二つの頭、ひとつの狙い
第71回 二つの頭、ひとつの狙い
大きな魔力反応が浅い側へ動いた
その情報を確認してから、二日が経った
消えたわけではない
俺が《魔力探査》を使うたび、反応する位置が少しずつ変わっていた
遠くなった時間もある
止まっているように感じる時間もある
でも全体として見れば、最初に見つけた場所より確実に浅い
そして今朝
その反応は、俺たちがミレア大迷宮へ入るときに使っている経路から無視できない距離まで近づいていた
「ここ」
臨時調査地点に広げられた簡単な地図へ、俺は指を置いた
正確な位置ではない
《魔力探査》では壁も通路も地形も見えない
だから分かるのは、大まかな方向と距離だけだ
それでも
昨日までより近い
それだけは間違いなかった
「動いてる?」
ルッカが聞く
「今はほとんど止まってる、でも朝より少し位置が違う」
「入口へ?」
「そこまでは分からない」
ダリオが地図を見る
人間側の探索者も周囲へ集まっている
「避けて戻れるか」
一人が聞く
俺は首を振った
「地形が分からないから何とも言えない」
ミラが昨日までの探索記録を開く
「現在確認できている安全な経路は、この通路を通ります」
指先が地図をなぞる
裂け目
浅層の広い通路
昨日《暗幕》を使った場所
その先の分岐
そして
強い反応が近づいていると思われる方向
「迂回路は?」
俺が聞く
ローデンが答えた
「まだ安全確認してない」
あるかもしれない
でも
今から初めての道を使って逃げる方が危険かもしれない
ダリオが腕を組む
「放置して背後に回られる方がまずい」
それは俺も思った
これまで俺たちは
強い反応がある
だから奥へ行かない
という判断をしてきた
それは正しかったと思う
でも今回は違う
俺たちが進まなくても
向こうがこちらへ移動している
帰り道の近くまで来れば
撤退しようとしたところで後ろから襲われる可能性がある
「確認する」
ダリオが言う
「ただし、討伐前提ではない」
「見るだけ?」
「見て、避けられるなら避ける」
「無理なら?」
「その場で決める」
いつもの答えだ
でも、その方がいい
最初から戦うと決めて入れば
逃げられる場面でも無理をするかもしれない
俺たちは準備を始めた
エナが救護用品を確認する
俺の空間収納にも小型のものを入れる
ローデンは縄や簡単な工具
ミラは記録
ルッカは入口周辺の新しい痕跡
ダリオは人間側探索者と隊列を調整している
俺は魔力を確認する
火
水
風
土
光
闇
全部使える
《火槍》
《水槍》
《風刃》
《土壁》
《暗幕》
前に大きな敵と戦ったときより、できることは明らかに増えた
それでも
今日感じている反応は
鎧角オーガより大きい気がする
正確な比較なんてできない
でも
強い
それだけは分かる
「セイジ」
エナが呼ぶ
「何?」
「顔」
「また?」
「無理しそう」
「まだ何もしてない」
「だから先に言う」
分かっている
俺が攻撃へ集中しすぎると
治療が遅れる
周りが見えなくなる
最近は少しずつ直してきたつもりだ
「エナの判断聞く」
「本当?」
「本当」
「治癒必要なら呼ぶ」
「うん」
「自分で勝手に全員治しに走らない」
「それはもうやってないだろ」
エナは少し考え
「最近は」
とだけ言った
そこは認めてくれるらしい
裂け目へ入る
何度目かになった道
それでも地下へ入る瞬間は慣れない
地上の光が背後へ遠ざかり
空気が冷たくなる
灯りを必要最低限に抑える
《暗幕》はまだ使わない
常に維持すれば俺が疲れる
必要なときだけ
昨日までの記録と地面の印を確認しながら進む
「近い?」
ダリオ
俺は《魔力探査》へ意識を向ける
大きな反応
ある
昨日より分かりやすい
「近い」
「動いてるか」
「少し」
「こっちへ?」
しばらく集中する
「横……いや、斜めかな」
自信がない
壁があるせいで実際の移動経路までは分からない
俺から見た方向が変わっただけかもしれない
「正確じゃない」
「それでいい」
ダリオが答える
分からないものを分かったふりしない
それだけでいい
さらに進む
ルッカが途中で止まった
床を見る
「跡」
「何の?」
「大きい」
俺も覗く
深い爪痕
昨日まではなかった
四本
いや
角度が変わった場所には別の跡もある
「歩いてる?」
「歩いた」
「新しい?」
「ああ」
ルッカが壁へ近づく
今度は岩肌
そこに長い擦れた跡がある
高い位置
俺の肩より上
もっと上
「これ何?」
「翼かも」
人間側探索者の一人が言った
「翼?」
もう一度見る
確かに
爪で引っかいたような細い線じゃない
広いものが擦ったような跡
床には別の場所で強く踏み込んだ痕跡がある
「飛ぶやつ?」
俺が聞く
誰もすぐ答えない
ルッカが空気を嗅ぐ
「臭い、違う」
「何と?」
「昨日のやつ全部」
新しい種類
しかも大きい
少し先へ進むと
通路が広くなった
天井も高い
昨日まで見た浅層の中ではかなり大きな空間
天然洞窟のような形を残しながら
壁の一部には人工的に削られたような平面がある
中央には太い岩柱が何本も立っている
「止まれ」
ローデンが言う
全員が止まる
ローデンは上を見る
壁
柱
床
順番に見る
「ここ、天井高い」
「見れば分かる」
俺が言うと
「そうじゃない」
怒られた
「柱で支えてるところある、全部壊すな」
「誰も壊さないよ」
「セイジに言ってる」
「俺?」
「土も火も」
信用されてない
でも理由は分かる
鎧角オーガと同じ感覚で大きな魔法を撃てば
敵より先に周囲を壊すかもしれない
「土壁使うなら?」
俺が聞く
ローデンは周囲を見る
一か所を指す
「そこなら短時間なら大丈夫」
「分かった」
「こっちは駄目」
別の岩壁
上に亀裂がある
「崩れる?」
「可能性ある」
覚える
安全に魔法を使える場所
使ってはいけない場所
俺の頭の中では見えない情報だ
そのとき
ルッカの耳が動いた
「上」
同時に
《魔力探査》の大きな反応が急に動いた
「来る!」
羽ばたき
風
灯りが揺れる
全員が顔を上げる
暗い天井近く
巨大な影が動いた
次の瞬間
何かが岩柱の間を抜けて降りてくる
翼
尾
四本の脚
硬そうな鱗
「ワイバーン!」
人間側の誰かが叫ぶ
俺はそこで
一瞬だけ見間違いかと思った
頭が
二つある
一本の太い首が途中で分かれているわけじゃない
肩の上から二本の首が伸び
それぞれに頭がある
左右の頭が別々の方向を見ている
「二つ?」
俺が言う
答える暇はなかった
右の頭が俺たちを見る
左の頭は人間側の後方を見る
同時に口が開く
「散れ!」
ダリオ
片方から炎
もう片方も少し遅れて炎
一方向じゃない
二つのブレスが別々に走る
「土壁!」
ローデンが叫ぶ
さっき安全と言われた場所
そこへ《土壁》
地面が持ち上がる
形
締める
壁
人間側数人がその後ろへ飛び込む
炎が当たる
熱
土の表面が焼ける
全部は防げない
でも直撃は避けられた
反対側
ダリオたちは横へ逃げている
「頭別々に狙ってる!」
俺が叫ぶ
「見れば分かる!」
ダリオの声
本当に今日はそればっかりだ
でも重要だ
頭が二つ
視線も二つ
右を引きつけても
左が別の相手を狙える
一か所に集まったら危ない
「固まるな!」
ダリオが人間側へ指示する
「二組に分かれろ! 片方へ全員寄るな!」
ワイバーンが翼を広げる
大きい
天井が高い理由が嫌になる
飛べる
地上の大型魔物なら足元や側面を狙える
こいつは上へ逃げる
羽ばたき
砂と埃が舞う
「目!」
ルッカの声
「何?」
「右、先に動く!」
次の瞬間
右側の頭が持ち上がる
ルッカが叫ぶ
「来る!」
炎
今度は予測が早い
人間側が先に散る
「何で分かった?」
俺が聞く
「首と胸」
「後で教えて!」
俺は《水槍》を作る
火より水
この場所で大きな火は使いたくない
右の頭
狙う
撃つ
ワイバーンが頭をずらす
外れる
速い
もう一発
今度は首の付け根
命中
鱗へ当たり
水が弾ける
でも
効いてはいる
首が少し揺れる
「押せる!」
致命傷にはならない
でも行動をずらせる
左の頭がこちらを見る
「まずい」
炎
《暗幕》
俺とワイバーンの間
光を弱める
視線を切る
ブレスは来た
でも照準がずれた
俺の左を炎が通る
熱風
「熱っ!」
直撃じゃない
まだ大丈夫
暗幕を維持
《並列制御》
そのまま水槍
右の頭へ
撃つ
今度は口元
ワイバーンが大きく首を振る
左の頭が暗幕の外側を探している
「効いてる!」
視界を完全には奪えない
匂いや音もある
でも
二つの頭のうち片方だけでも見えにくくできるなら価値がある
「セイジ、暗幕維持!」
ダリオ
「分かった!」
「右の頭は俺たちで引く!」
人間側とダリオが右側へ移動する
ワイバーンの右頭がそちらへ向く
左頭は暗幕越しに俺たちを探している
別々
本当に別々だ
一体の魔物なのに
二体を相手しているみたいだ
「ルッカ!」
俺が呼ぶ
姿が見えない
「どこ?」
「上!」
見上げる
ルッカは岩柱の陰
ワイバーンの動きを見ている
戦うより
観察している
翼
脚
尾
首
「飛ぶ!」
その声
ワイバーンが地面を蹴る
直後に翼が大きく動く
上がる
ルッカの方が早かった
「左回る!」
ワイバーンが空洞の中を旋回する
右ではなく
本当に左
「何で分かるんだよ」
俺には魔力反応しか分からない
飛び上がった
位置が変わった
そこまでは探査できる
でも
どちらへ旋回するか
どこへ着地しようとしているか
そこまでは分からない
ルッカは
羽ばたきの向き
身体の傾き
脚の蹴り
風
そういうものを見ている
「次、あそこ!」
ルッカが床を指す
少し先
広い場所
ワイバーンが一周し
本当にそこへ降りた
「すご」
「今じゃない!」
ダリオ
そうだった
俺は《火槍》を作る
水では決め手にならない
硬い相手
なら火槍
《魔力圧縮》
細く
高密度
ワイバーンの胸
撃つ
命中
炎が弾ける
鱗の一部が焦げる
でも
浅い
「硬っ」
鎧角オーガより動く
そのうえ鱗
火槍が通らないわけではない
でも厚いところに当たれば止まる
ワイバーンが怒ったように吠える
二つの頭が別々の声を出す
気持ち悪い
右の頭が俺
左の頭がダリオ
同時に見る
「来るぞ!」
炎
二方向
俺は土壁へ飛び込む
ダリオたちは岩柱の裏
炎が交差する
熱気が空洞に溜まる
「風!」
誰かが叫ぶ
《風圧》
炎そのものを消すわけじゃない
通り過ぎた後の熱気と煙
それを通路側へ押し出す
視界が少し戻る
人間側の退路が見える
「そこ開けて!」
《風圧》を横へ
煙
熱気
埃
一気に流す
「助かる!」
人間側が移動する
暗幕
水槍
土壁
風圧
一つずつなら使える
問題は
全部必要になることだ
暗幕を維持しながら
別魔法
位置を変え
探査
圧縮
敵の二つの頭
味方
壁
柱
ローデンの安全位置
情報が多い
《並列制御》で分ける
暗幕は左
探査は全体
右手側に水
次の火槍を準備
できる
でも
粗い
「くそ」
火槍を作る
細く
魔力圧縮
狙う
翼の付け根
撃つ
外れた
少し
ほんの少し
狙いがずれた
岩壁へ当たる
「セイジ!」
ローデンが怒鳴る
「そこ撃つな!」
「ごめん!」
火槍が当たった壁の上
細い亀裂
まずい
崩れはしなかった
でも次は危ない
「射線ここ!」
ローデンが別の方向を指す
「あそこからなら後ろに支柱ない!」
「分かった!」
敵だけ見てはいけない
外した先まで見る
地下は本当に面倒だ
ワイバーンがまた飛ぶ
ルッカ
「右!」
今度は右旋回
身体の向きを見る
飛行軌道
次の着地
読んでいる
ダリオもそれに合わせて人間側を動かす
「右頭を引く! 左へ寄るな!」
二つの頭
片方に囮
片方から退避
攻撃の時間を作る
俺は火槍
今度はローデンに言われた射線
撃つ
胸の鱗
命中
焦げる
割れない
「駄目か」
もっと威力
魔力を増やす
いや
違う
鎧角オーガのときもそうだった
大きくするな
広げるな
硬いなら
狭く
今よりもっと一点
鱗全部を壊そうとするから駄目
隙間
薄いところ
露出しているところ
「どこだ」
目で探す
動く
速い
頭が二つあるせいで正面へ集中できない
翼
胸
首
脚
鱗は重なっている
その間
細い線
狙えそう
でも
小さい
今の火槍で当てられるか
魔力を圧縮する
密度を上げる
その分
少しでも外したら終わる
「もっと細く」
炎を絞る
狭く
高密度
形を保つ
《魔力制御》
でも
暗幕を同時維持
探査
火槍
圧縮
狙い
一気に負荷が来る
「ぐっ」
形が揺れる
火槍の先端が少し太る
「違う」
押さえる
今度は暗幕が薄くなる
左の頭がこちらを向いた
「セイジ、切れ!」
ダリオ
暗幕を一度消す
ブレス
避ける
地面へ転がる
炎が近くを通る
「危なっ」
立つ
《魔力制御》で全部を強く握ろうとしている
暗幕
火槍
探査
それぞれ
同じ力で押さえる
だから一つ変えると
別が崩れる
もっと細かく
必要なところだけ
「……何か違う」
考える暇はない
ワイバーンが降りる
脚
爪
人間側の一人が避けきれず弾かれる
「エナ!」
「見てる!」
エナが走る
俺も《治癒》を使おうとする
「来なくていい!」
エナに止められる
「でも」
「攻撃見て!」
男は動けている
脚を痛めたらしい
出血は少ない
エナが判断する
今は俺が行く必要はない
「分かった!」
任せる
ワイバーンがエナたちを見る
左頭
まずい
《水槍》
撃つ
頭へ直撃
大きくずれる
炎が別方向へ吐かれる
「こっち見ろ!」
俺が叫ぶ
本当に見た
二つとも
「両方は嫌だ!」
自分で呼んでおいて後悔する
ワイバーンが突っ込む
横へ避ける
爪
速い
《風圧》
身体全体は飛ばせない
でも翼へ当てる
姿勢が少し崩れる
「今の効いた!」
ルッカ
そうか
吹き飛ばさなくていい
飛んでいる相手なら
ほんの少し姿勢をずらすだけで意味がある
ワイバーンが再び上へ
「左回る!」
ルッカ
俺は飛行軌道を見る
今度は俺にも少し分かる
翼の傾き
尾
でも遅い
ルッカの方が一瞬早い
「次あそこ!」
着地位置
ダリオが動く
「右頭はこっちで引く、セイジは左!」
「分かった!」
「ローデン、射線!」
ローデンが空洞内を見る
「中央柱の左、そこなら撃てる!」
位置
決まる
ミラが人間側へ大きな声で伝える
「右側から離れて! セイジが中央左から撃ちます!」
人が動く
射線が空く
ミラの声がなければ
俺から離れた人間全員へ伝えるのは難しい
ワイバーンが降りる
右の頭
ダリオたちへ
左の頭
こっち
《暗幕》
左頭と俺の間
視線を切る
同時に
火槍
作る
また負荷
でも
さっきと同じにしない
暗幕
全部を強く握らない
範囲の端
必要な位置だけ整える
中央は多少揺れてもいい
火槍
形全部を同じ強さで押さえない
先端
細さ
射線に必要な部分
そこだけ強く
魔力圧縮
全部を押すんじゃない
中心へ流す
外側は形を支えるだけ
「……そうか」
一つの魔法を一つの塊として握る必要はない
中でも
部分がある
流れがある
強くする場所
弱くていい場所
固定するところ
動かすところ
それを分ける
頭の中で
魔力の流れが今までより細かく見えるような感覚
見えるわけじゃない
でも
分かる
ここ
こっち
今までならまとめて動かしていたものを
必要な場所だけ変える
「セイジ!」
ルッカ
ワイバーンが飛ぶ
「右回る、低い!」
ダリオ
「右頭引く!」
人間側が声を上げる
武器を鳴らす
右の頭がそちらを向く
左頭は暗幕
俺を見失う
ワイバーンが低く旋回
「着地、中央!」
ルッカ
「そこ駄目!」
ローデン
「何が?」
「柱の後ろ! 撃つなら一歩左!」
移動する
一歩
二歩
射線
ワイバーン
その後ろに壊したくない岩柱はない
「ここ!」
《暗幕》維持
左頭の視界を切る
右頭はダリオ
ワイバーンが地面へ足をつく直前
《風圧》
別方向
翼の下
強く押す必要はない
ほんの少し
姿勢
ずれる
着地が乱れる
胸が開く
鱗の隙間
見えた
首の付け根から胸へ続く境目
一瞬
「そこ!」
ルッカも同じ場所を見ていた
火槍
細く
もっと細く
大きくしない
魔力を中心へ
圧縮
暗幕を維持したまま
でも混ぜない
暗幕は暗幕
風圧はもう消した
火槍は火槍
全部別
一つにしない
火槍の中だけ
流れを細かく整える
外へ逃げる魔力
戻す
先端がぶれる
右側だけ修正
根元はそのまま
密度
維持
照準
ほんの少し下
「撃て!」
ダリオの声
放つ
炎が走る
いつもの火槍より細い
でも強い
鱗へ当たらない
隙間
その一点へ
入った
一瞬
何も起こらなかったように見えた
次の瞬間
ワイバーンの身体が大きく跳ねた
左の頭が叫ぶ
右の頭も遅れて吠える
炎が外へ広がるより
内側へ通る
ワイバーンが翼を動かす
飛ぼうとする
「まだ!」
火槍をもう一つ
作る
さっきより早い
狙いは同じ
ただし動いている
ルッカを見る
「どっち!」
「左へ逃げる!」
身体が左へ傾く
ダリオが右側から圧をかける
人間側が武器を投げるわけではない
声
動き
右頭の注意をさらに引く
左頭はまだ暗幕の残る方向を見失っている
「セイジ!」
ローデンが叫ぶ
「今なら後ろ安全!」
射線確認
炎
圧縮
細い流れ
先端
狙い
撃つ
二発目
最初に傷つけた場所のすぐ近く
さらに深く入る
ワイバーンが前へ崩れる
翼が床を叩く
強い風
砂埃
まだ動く
二つの頭
右は上がる
左はほとんど動かない
「右!」
ルッカ
右の頭が口を開く
炎
「暗幕!」
視線を遮る
でもブレス自体は止まらない
「土壁!」
ローデンが指した安全位置
《土壁》
人間側の前
炎
衝突
熱
壁の上端が崩れる
耐える
その間に
俺は火槍を作る
三つ同時
暗幕
土壁
火槍
頭が痛い
でも
前より分けられる
土壁は完成後の形維持
全部に意識はいらない
暗幕は右頭の視線側だけ
範囲全部を均一にする必要はない
火槍
今一番必要
そこへ集中
「セイジ、無理なら止めろ!」
ダリオ
「いける!」
ワイバーンの右頭
ブレスを吐き終える
首が下がる
胸の傷
まだ同じ場所
「最後!」
火槍
撃つ
傷へ入る
深く
ワイバーンの身体が一度だけ大きく震え
そのまま動きを止めた
音が消える
俺は魔法を消さない
《魔力探査》
反応
大きい
まだある
薄くなる
さらに
薄く
消える
「……終わった?」
誰もすぐ近づかない
ダリオが手を上げる
待つ
ルッカも見る
匂い
動き
人間側の探索者が遠くから確認
しばらくして
ダリオがゆっくり近づいた
二つの頭
翼
胸
動かない
「死んでる」
その言葉で
全身の力が抜けた
座り込みそうになる
でも先に周りを見る
「怪我は?」
エナがすでに動いている
さっき転倒した人間
別の一人
腕に火傷
ブレスの熱を受けたらしい
エナが水で冷やし
布を使う
「治癒いる?」
俺が聞く
「一人」
エナが指す
火傷が深い方
俺はそこへ行く
手を当てる
《治癒》
光
傷の状態が少しずつ落ち着く
「これで?」
エナが確認する
「十分」
「他は?」
「今は大丈夫」
任せる
俺は下がる
戦闘中
エナへ任せた
だから俺は攻撃へ集中できた
もし俺が途中で全部治そうとしていたら
最後の火槍は撃てなかったかもしれない
「ルッカ」
「大丈夫」
「ダリオ」
「擦っただけだ」
「ローデン」
「ない」
「ミラ」
「無事です」
全員いる
それだけでほっとする
少し休んでから
倒したワイバーンを見る
近くで見るとさらに大きい
二つの首
硬い鱗
翼
爪
浅層で今まで見た魔物とは明らかに格が違う
人間側の探索者も同じことを考えているらしい
「これが浅層にいるのはおかしい」
一人が言った
「普通どこ?」
俺が聞く
「もっと深い場所で報告される類だ」
また
深い側
俺は倒れた魔物を見る
「二つ頭なのも普通?」
人間側が首を振る
「少なくとも、一般的なものではない」
普通のワイバーン
それと何が違うのか
俺には分からない
人間側もすぐには断定しない
後で記録と照合するという
「原因は?」
当然聞く
「分からない」
当然の答え
二つの頭
浅層への移動
強い魔力
それが何を意味するのか
今はまだ不明
「でも奥から来た可能性は高い?」
ミラが聞く
ルッカが床を見る
「跡、奥から」
飛んでいる時間もある
それでも着地痕
爪痕
擦れた跡
匂い
それらを追えば、浅い側から奥へ向かったわけではなく
奥側からこの空洞へ移動してきたと考える方が自然らしい
また一つ
同じ流れが増えた
森だけじゃない
迷宮の中でも
強いものまで浅い方へ出てきている
「何があるんだよ、奥に」
俺が呟く
答えはない
調べたい
当然思う
でも今日は行かない
ここで十分すぎる
強敵
負傷者
魔力消費
そして
俺自身もかなり疲れている
「戻る」
ダリオが言う
俺はすぐ頷いた
「うん」
ダリオが少し俺を見る
「珍しいな」
「何が」
「反対しない」
「俺だって成長する」
「LEVEL以外も?」
「そこ強調しなくていい」
ルッカが少し笑う
倒したワイバーンは、その場ですぐ全部運べる大きさではない
人間側が位置と状態を記録する
回収できるものがあるとしても後
今は帰る
その前に
俺はSTATUSを確認した
前に確認した時は
LEVEL16
戦っている途中は見ていない
いつ上がったか
どの攻撃か
どの瞬間か
分からない
見る
NAME セイジ
RACE ハイホブゴブリンメイジ
LEVEL 18
HP C+
MP B+
筋力 C-
耐久 C+
敏捷 B-
器用 B
精神 B-
魔力 B+
SKILL
《魔力探査》
《精密魔力制御》
《並列制御》
《魔力圧縮》
TITLE
なし
「……十八」
まずLEVEL
十六から十八
途中の十七は確認していない
能力も変わっている
MP
筋力
敏捷
器用
どれも上がっている
でも
それより目が止まった
SKILL
「《精密魔力制御》?」
ルッカが横から覗く
「新しい?」
「いや」
一覧を見る
《魔力制御》がない
代わりに
《精密魔力制御》
「変わった」
「何が?」
「《魔力制御》が……上のやつになってる」
さっきの感覚を思い出す
全部を一つの塊として強く押さえる
じゃない
火槍の先端
根元
流れ
暗幕の必要な範囲
土壁の維持
一つ一つを分ける
必要な場所だけ調整する
あれ
「戦ってる途中、何か変わった感じした」
名前は知らなかった
今初めて見る
《精密魔力制御》
たぶん
今日突然何もないところから出てきたわけじゃない
昔から魔力を触ってきた
弱く出す
強く出す
形を変える
異なる属性を同時に扱う
《魔力圧縮》で狭い場所へ集める
《並列制御》で別々の魔法を維持する
火槍
水槍
風刃
土壁
暗幕
全部で細かい調整を繰り返した
その延長に
今日の感覚がある
「これで火槍もっと当てやすくなる?」
ルッカが聞く
「たぶん」
でも
すぐ試さない
さすがに今日は魔力を使いすぎた
「帰ってから」
「珍しい」
「お前まで言うな」
帰路は慎重だった
さっきの戦闘で崩れた場所
焼けた床
土壁の跡
全部確認
ローデンが危険箇所を見る
火槍が外れた壁も確認する
「大丈夫?」
俺が聞く
「今すぐ崩れない」
「よかった」
「次から撃つな」
「はい」
射線
外した先
それを忘れない
強い魔法ほど
当てればいい
だけでは済まない
《精密魔力制御》
名前だけ見ると
もっと強く撃つためのSKILLみたいに思える
でも今日必要だったのは
強さじゃなかった
外さない
壊さない
味方を巻き込まない
必要なところだけ変える
たぶん
そういうものだ
裂け目の外へ出る
森の光
何度目でも眩しい
臨時調査地点へ戻る頃には
もう夕方が近かった
エナが負傷者をもう一度見る
問題なし
人間側の探索者が戦闘記録をまとめる
ミラもそこへ加わる
倒した魔物について
人間側では
通常のワイバーンと異なる特徴
二つの頭
高い魔力
浅層での出現
そういう点から
ひとまず異常な個体として記録することになった
「名前付ける?」
俺が聞く
ミラが記録を確認する
「正式な種として決めるわけではありません」
「じゃあ?」
「報告上、区別が必要です」
少し相談が続き
仮の呼び方として
《迷宮異常種・双頭ワイバーン》
と記録されることになった
「異常種って確定?」
俺が聞く
「原因が分かったという意味ではありません」
ミラが答える
「通常と異なる特徴を持つ個体として、区別するための暫定的な記録です」
「じゃあ、何で二つ頭になったかは不明?」
「不明です」
「何で浅層に来たかも?」
「不明です」
「奥で何が起きてるかも?」
「不明です」
不明だらけ
でも
分からないものを
適当な理由で埋めるよりいい
確定しているのは
強い
二つ頭
飛ぶ
炎を吐く
硬い
浅層まで移動していた
それだけ
夜
簡単な食事を取る
今日は誰も裂け目の近くへ行きたがらない
俺も行かない
さすがに疲れた
座ったまま
昼の戦いを思い返す
土壁
水槍
暗幕
風圧
火槍
《並列制御》
《魔力圧縮》
そして
細かく魔力を調整した感覚
一つでも欠けたら
倒せなかったかもしれない
でも
俺の魔法だけでも無理だった
ルッカが飛行軌道を読んだ
ダリオが二つの頭を分けて狙わせた
エナが負傷者を見た
ローデンが安全な場所と射線を決めた
ミラが離れた人間側へ指示を伝えた
人間側の探索者も戦った
その全部で
最後の一発が通った
「俺一人だったら死んでたかな」
何となく口から出た
ダリオが近くで食事をしながら答える
「可能性は高い」
「即答?」
「二つの頭を一人で見続けられるか」
「無理」
「飛ぶ場所を読めるか」
ルッカを見る
「無理」
「崩していい壁が分かるか」
ローデンを見る
「無理」
「負傷者見ながら最大火力出せるか」
エナを見る
「無理」
「人間側へ全部指示できるか」
ミラを見る
「無理」
ダリオが食事を続ける
「ならそういうことだ」
「もう少し優しく言ってくれても」
でも
嫌な感じはしない
むしろ
それでいい
俺が強くなっても
全部一人でできるようになる必要はない
役割がある
俺にできることが増えれば
みんなが作ってくれた機会を
もっと確実に使える
今日の最後の火槍みたいに
「十八か」
自分のLEVELを思い出す
進化してLEVEL1へ戻ったところから
かなり上がった
身体も強くなった
魔法も増えた
SKILLも変わった
でも
ミレア大迷宮の奥には
まだ何がいるか分からない
今日の双頭ワイバーンですら
本来もっと深い側にいると考えられている
それが浅層まで出てきた
「やっぱり変だよな」
ルッカが近くで聞く
「迷宮?」
「ああ」
森で魔物が外へ
迷宮で魔物が浅い方へ
方向は似ている
深いところから
外側へ
強いものまで
押し出されているように見える
ただ
それが本当に押し出されているのか
何から逃げているのか
そもそも逃げているのか
まだ分からない
「原因、奥?」
ルッカが聞く
「分からない」
今度は俺がそう答える
「でも、奥に何かある可能性は高くなったと思う」
それ以上は言わない
大きな竜がいるとか
迷宮そのものがどうとか
そんなことは何も知らない
今の俺たちが知っているのは
動きだけ
それで十分
調べる理由にはなる
夜が深くなる
見張りの順番が決まる
俺も担当する
でもその前に休む
横になる
臨時調査地点の簡単な寝場所
岩陰より落ち着かない
ガルディアの宿より静か
すぐ近くには裂け目
その下には大迷宮
「セイジ」
ルッカの声
「何?」
「明日、奥行く?」
少し考える
前なら
行く
と答えていた気がする
今は
「決めるのは明日」
と答えた
ルッカが頷く
俺も目を閉じる
強い敵を倒した
LEVEL18
《精密魔力制御》
かなり強くなった
それでも
強くなったから奥へ行く
ではない
行くべきか
戻るべきか
何を持ち帰るべきか
そこまで含めて探索なんだと思う
森の底には
まだ答えがない
でも
今日分かったことは一つある
奥から浅い場所へ動いているのは
弱い魔物だけじゃなかった




