初めての依頼
第66回 初めての依頼
二日後の朝、俺はまたフェルナの冒険者ギルドにいた
前に来たときより、入口をくぐるのは少しだけ楽だった
少しだけ、だ
「また来たぞ」
誰に言うでもなく呟くと、隣のルッカが建物の中を見回した
「まだ見られてる」
「それは俺も分かる」
前に来たときほど露骨に静まり返りはしなかったものの、視線は集まる
入口近くで話していた冒険者が俺を見て声を落とす
受付の近くにいた男は、一度俺を見てから腰の武器へ目を落とした
逆に、前に来たとき見た顔の中には軽く頷く者もいる
俺もどう返せばいいのか迷い、結局小さく頭を下げた
「セイジ」
ミラが呼ぶ
「こっちです」
受付ではなく、その横にある広めの机へ案内される
ダリオとエナはすでに話を聞いていた
机の周囲には知らない人間が数人いる
革鎧を着た男
槍を持った女
弓を背負った男
盾を持った大柄な男
全員、どう見ても冒険者だ
俺たちが近づくと、一番大柄な男が眉を寄せた
「本当に一緒に行くのか」
聞こえる
というより、聞かせるつもりで言っている
ダリオが答える
「依頼を受けたのはこいつも同じだ」
「特例だろ」
「だから何だ」
「何かあったら困ると言ってる」
男の視線が俺へ向く
俺も見る
前世だったら、こういうときに余計なことを言って話をややこしくしていた気がする
今は少しだけ学んだ
「俺、勝手に攻撃しない」
人間語で言う
男が少し驚いた
「喋れるのか」
「少し」
「魔法は?」
「使う」
「火か?」
「火も」
男の顔がさらに嫌そうになる
まあ分かる
森の中で自分の横にいるゴブリンが突然火を撃ったら、俺でも嫌だ
「味方、いる場所には撃たない」
「当たり前だ」
「だから確認する」
そこまで言うと、槍を持った女が大柄な男の肩を叩いた
「やめとけ、話せるなら現場で見ればいい」
「だがな」
「ダリオもいる」
それで話は一旦終わった
信用されたわけではない
ただ、今ここで揉めるほどでもないと思われたらしい
それで十分だ
ギルド職員が机の上へ地図を広げた
前に見たものより範囲が狭い
フェルナ
街道
森の外縁
その辺りだけを大きく描いているらしい
文字は全部読めないが、前より地図の見方には慣れてきた
「依頼の目的は二つ」
職員が説明する
俺も聞き取れるところは自分で聞く
分からない単語だけミラを見る
「まず、森外縁で確認された魔物群の状態を調べる」
職員が地図の一か所を指した
「次に、街道利用者へ危険が及ぶ状態なら排除する」
「全部倒す?」
俺が聞く
「必要があれば」
「逃げたら?」
「追撃の必要がないと判断すれば追わない」
ダリオが横で小さく頷く
俺も頷く
鉄爪ジャッカルのときと同じだ
倒すこと自体が目的じゃない
安全を確保するために必要なら戦う
「数は?」
今度は大柄な冒険者が聞く
「正確には不明、昨日の報告では十を超える可能性がある」
「種類は?」
「少なくとも三種類」
三種類
俺はダリオを見る
向こうも同じことを考えているらしい
「一緒に動いてる?」
俺が聞く
ギルド職員は首を振った
「そこが分からない、報告した者は、一つの群れには見えなかったと言っている」
「同じ場所にいるだけ?」
「可能性はある」
まただ
鉄爪ジャッカル
鎧角オーガ
森の奥から外へ出てきた痕跡
今回は、複数種が同じ場所に集まっている
何かが少しずつ具体的になっている気がする
でもまだ原因は見えない
説明が終わると、討伐隊の簡単な役割分担が決まった
前を確認する者
盾を持って接近を止める者
槍で迎撃する者
弓で後ろから狙う者
エナは後方
ミラも基本は戦闘位置から離れる
ルッカは人間側の隊列に無理に入れず、森側の痕跡と接近を確認
ダリオは全体の動きを見ながら俺たちと人間側の間をつなぐ
そして俺
「後方から魔法」
職員が言う
「分かった」
「ただし」
大柄な男が口を挟む
「前に味方がいるときは、こっちの合図なしで大きい魔法を撃つな」
少し言い方が気になる
でも内容は正しい
「大きくない魔法も、位置を見る」
俺が答える
男は少し黙ったあと
「ならいい」
とだけ言った
ギルドを出て、町の門へ向かう
今日は前に来たときより視線を気にしている余裕がなかった
初めての依頼
初めて人間の討伐隊と戦う
そればかり考えている
「緊張してる?」
エナが聞く
「してる」
「珍しい」
「俺だってするよ」
「魔物?」
「そっちより人間」
前を歩いていた槍の女が振り返った
「聞こえてるぞ」
「ごめん」
「謝るようなことでもない、こっちも同じだ」
そう言って女は前へ戻る
少しだけ気が楽になった
町を出る
街道へ入る
そこから森の外縁へ近づくほど、人の数は減っていった
ルッカの動きが変わる
町の中では音と匂いの多さに少し疲れていたが、森が近づけばいつもの顔に戻る
耳が動く
地面を見る
草を見る
俺も《魔力探査》を広げた
最初は人間の反応が多すぎて少し分かりにくかった
一緒に歩いている討伐隊
少し離れた街道の人
小さな動物
森側の何か
「これ、人間が多いと逆に難しいな」
「何がだ」
ダリオが聞く
「探査、反応がいっぱい入る」
「区別できないのか」
「大きい小さいは分かるけど、人間とか魔物とかは分からない」
「なら森側だけ見ろ」
「ああ」
全部を見ようとするから散らかる
意識する方向を絞る
右側
森
近いところ
少し遠いところ
反応がある
小さいのが二つ
もっと奥に一つ
でも今すぐ危険な距離ではない
「右の森側、何かいる、でも近くない」
俺が言う
先頭の冒険者が振り返る
「何だ?」
「種類は分からない」
「距離は?」
「遠め」
「遠めってどれくらいだ」
困る
正確な数字で言えない
「今すぐ出てくる感じじゃない」
大柄な男が微妙な顔をした
ダリオが横から言う
「それでいい、分からない距離を適当に言うよりましだ」
男は何も言わなくなった
しばらく進み、街道から森側へ入る
人が普段使う細い道らしい
完全な獣道ではないが、街道ほど歩きやすくもない
少し進んだところでルッカが止まった
地面へしゃがむ
俺たちも止まる
「多い」
「足跡?」
「ああ」
俺も覗く
確かにいろいろある
鉄爪ジャッカルらしい爪のある跡
それより丸く大きな跡
細長い爪痕
向きもばらばらに見える
ルッカは少しずつ場所を変えながら確認する
「同じところ来てる」
「群れ?」
ルッカは首を振る
「違う」
「何が?」
「近いのに、混ざってない」
意味を考える
一緒に動いているなら、足跡も重なって同じ方向にまとまっていくはずだ
でもこれは違う
同じ場所を使っている
近くにいる
それなのに互いに一定の距離を取っている
「仲間じゃない?」
「ああ」
そのとき、俺の《魔力探査》にも複数の反応が入った
正面奥
右
左にも一つ
一つの塊じゃない
点々といる
近いものと遠いものが混ざっている
「いる」
討伐隊が止まる
「前に三つ以上、右にもいる」
「種類は?」
「分からない」
「動いてる?」
集中する
「前のは動いてる、右は……あまり動いてない」
ルッカが右側を見た
「右、臭い違う」
「何がいる?」
「分からない、でも前と同じじゃない」
大柄な冒険者が小声で言った
「本当に混成か」
誰も返さない
もう少し進むと、最初の一体が見えた
鉄爪ジャッカル
木の陰からこちらを見ている
でも様子がおかしい
俺たちだけを見ているわけじゃない
少し右の茂みも気にしている
そこから別の魔物が出てきた
低く太い四足
牙が口の横から伸びている
見たことのない種類だ
鉄爪ジャッカルがそいつへ唸る
四足の魔物も唸り返す
「仲間じゃないな」
俺が呟く
「どう見てもな」
槍の女が答えた
さらに奥
木々の間を別の細身の魔物が横切る
そいつも他の二種へ近づかない
同じ場所にいる
でも群れじゃない
互いに警戒している
「何でこんな集まってるんだ」
誰かが言った
ルッカが足跡を確認する
そして森の奥を指す
「あっちから来てる」
「全部?」
「ああ、多い」
三種類
少なくとも今見えている範囲では、それぞれ別の魔物
なのに来た方向は同じ
押し出されるみたいに外側へ集まっている
「戻って報告だけでもいいんじゃないか」
弓の男が言う
ダリオが周囲を見る
「街道までの距離が近い」
大柄な男も頷く
「このまま残せば、どれかが出る」
その言葉を待っていたみたいに、鉄爪ジャッカルが動いた
俺たちへ向かってくる
一体
二体
その動きにつられるように、奥の魔物も騒ぎ始めた
「来るぞ!」
隊列が動く
盾の男が前
槍の女がその横
ダリオも前寄りへ出る
俺は後ろ
エナとミラよりは前
ルッカは少し外側
最初の鉄爪ジャッカルが跳ぶ
盾へ爪が当たる
金属の音
すぐ横から槍が突き出される
一体が倒れる
「右!」
ルッカの声
俺も反応を感じる
火弾を作る
右から来た個体へ撃つ
命中
倒れる
もう一体
火弾
撃つ
今度は横を抜けた
その先に乾いた草がある
火が少し移る
「まずい」
《水球》を飛ばす
消す
その間に別の魔物が前へ出る
太い四足
盾へ体当たりする
盾の男が後ろへ押される
「重っ!」
槍の女が横から刺す
浅い
皮膚が厚いらしい
俺は《火槍》を作りかける
その瞬間
「待て!」
ダリオの声
手を止める
「何?」
「前を見ろ!」
盾の男
槍の女
そのさらに横に別の冒険者
狭い
火槍は細い
狙いを外せばその先まで飛ぶ
何より周囲には乾いた草と枝が多い
さっき火弾一発で燃えかけた
「火、使いにくいな」
「今気付いたか!」
「使ってから気付いた!」
「威張るな!」
でも本当に使いにくい
俺一人で戦うなら、位置を変えて撃てる
今は人間が前にいる
右にも左にも動く
敵だけ見て撃つわけにいかない
《火槍》の威力は高い
でも貫いた先に味方がいたら使えない
外して草木へ刺されば火が出る
便利な魔法が、場所と仲間が変わっただけで一気に使いづらくなる
太い四足の魔物がもう一度突っ込む
盾が受ける
今度は男が膝をついた
「押される!」
助けたい
火以外
《風圧》
正面から当てる
魔物の身体が少し横へずれる
その隙に槍が入る
効いている
でも倒れない
「もう一発!」
風圧
今度は角度を変え、前ではなく斜め横へ押す
四足の魔物が体勢を崩した
冒険者が一斉に攻撃する
倒れる
「今のは助かった!」
盾の男が言う
大柄な男ではない
別の人だ
「まだ右!」
ルッカの声で意識を戻す
《魔力探査》
近い反応
右に二つ
正面に三つ以上
奥にもいる
数が増えている
いや、こっちへ寄ってきている
鉄爪ジャッカルと細身の魔物が同時に飛び出す
人間側も迎え撃つ
俺は火弾を作りかけて止めた
火は使える
でも今は選びにくい
水
頭に浮かぶ
《水球》
普段なら球にして飛ばす
当たれば押せる
火のように燃えない
でも大きな相手への決定力は弱い
それなら
細くしたら
少し前に思い出したホース
指で出口を狭くする
水が遠くへ飛ぶ
《火槍》を作ったときに覚えた《魔力圧縮》
火だけのSKILLとは限らない
少なくとも名前は火圧縮ではない
「やってみるか」
「何を!」
ダリオが前から叫ぶ
「水!」
「今説明するな、早くしろ!」
もっともだ
《水球》を作る
球
いつもの形
そこから前へ伸ばそうとする
火より難しい
水は形を変えやすい代わりに、まとまりにくい
細くした途端に横へ垂れる
「違う」
消す
もう一度
今度は水を作ってから形を変えるのではなく
出口を作る
手の前に小さな水の塊
その前方だけを細くする
ホースの先
ノズル
細い穴
そこから水を押し出す
水が一本の線になって飛んだ
「お」
でも途中で散った
敵まで届かない
圧が足りない
《魔力圧縮》
水そのものではなく
流し込む魔力を狭くする
出口へ集める
広がるな
前だけ
細く
強く
水が震える
手の前で押し返される感覚がある
火槍とは違う
火は形そのものを細長くした
水は
後ろから押して
細い出口から出す
そんな感じだ
「セイジ!」
正面
鉄爪ジャッカルが人間の横を抜けた
こっちへ来る
距離が近い
まだ魔法が完成していない
「来る!」
ルッカが横から飛び込み、相手の進路をずらす
ジャッカルが俺ではなくルッカへ向く
「ルッカ!」
「早く!」
やるしかない
水を集める
出口を狭く
魔力を押し込む
撃つ
細い水が一直線に走った
鉄爪ジャッカルの横腹へ当たる
水なのに
鈍い音がした
身体が横へ吹き飛ぶ
木の根元へぶつかる
動かなくなる
「……水?」
自分で撃っておいて驚く
火槍みたいに焼けない
でも押す力が強い
そして当たった場所には深い傷がある
「もう一回!」
考えるのは後だ
次
水を作る
今度はさっきより早い
細い出口
《魔力圧縮》
直線
撃つ
前で暴れていた細身の魔物へ当たる
胸へ食い込み
後ろへ押し倒す
まだ動く
二発目
今度は少し角度を下げる
撃つ
止まった
「火じゃないのか?」
大柄な男が驚いた声を出す
「今作った!」
「今!?」
「話あと!」
これは俺が言う側だった
右
《魔力探査》
一体
少し遠い
人間の位置を見る
射線
前に味方なし
水を集める
撃つ
命中
魔物が倒れる
「《水槍》……かな」
火槍と同じ名前の付け方なら、それが一番分かりやすい
でも性質は違う
火槍は高熱を細い場所へ集中させて貫く
こっちは
細い水を強く叩き込む
貫くこともある
押し飛ばすこともある
火がない
今みたいな場所なら、その違いが大きい
「セイジ、左へ寄れ!」
ダリオの指示で動く
味方の後ろから撃つのではなく
少し横へ出て射線を確保する
前に誰もいない
正面に魔物
一発
撃つ
当たる
そのまま次
作る
撃つ
前より安定してきた
ただし簡単ではない
《水球》より魔力を使う
《魔力圧縮》を維持する分、頭も疲れる
何発でも撃てるようなものじゃない
「三体、右奥!」
ルッカ
「分かった!」
反応を確認
確かに三つ
でも人間の弓使いも狙っている
俺は一番外側だけを選ぶ
水槍
撃つ
命中
中央は矢が入る
残り一体へ槍の女が走る
倒す
全部自分でやる必要はない
人間側も強い
それぞれ役割がある
俺が全部撃とうとすると、むしろ邪魔になる
正面で大柄な男が叫ぶ
「右の大きいやつ頼めるか!」
さっき俺を警戒していた男だ
「前、空けて!」
「分かった!」
男が位置をずらす
太い四足の魔物が見える
一体
火槍ならたぶんもっと深く通る
でも今は水でいい
周囲への危険が少ない
水を圧縮する
細く
直線
狙う
首ではなく、前脚の付け根
動きを止める
撃つ
水槍が当たる
魔物の身体が大きく崩れる
倒れたところへ人間側が入る
仕留める
「使えるじゃないか!」
男が叫ぶ
「水?」
「お前だ!」
「ああ、ありがとう!」
褒められたらしい
戦いはそれほど長く続かなかった
数は多い
種類も混じっている
でも一体ずつが鎧角オーガほど強いわけではない
むしろ厄介なのは、別々に動くことだった
鉄爪ジャッカルは回り込む
太い四足は正面から押す
細身の魔物は木の間を走り、隙を狙う
一つの群れなら同じ動きを読むこともできる
混ざっているせいで、それぞれへの対応が違う
その代わり
魔物同士も協力していない
途中で進路が重なり、互いに威嚇することすらあった
「こいつら、本当に一緒じゃない」
俺が言う
ダリオが前を見たまま答える
「ああ、追い込まれて集まってるだけに見える」
追い込まれて
その言葉が引っかかる
何に
どこから
考えるのは後だ
最後の数体が森の外側へ逃げる
一体へ弓が向く
でもダリオが言った
「追わなくていい!」
人間側の隊長らしい男も手を上げる
「止めろ、街道から離れるなら十分だ!」
俺も水槍を作りかけて消した
逃げる反応が遠ざかる
《魔力探査》で追う
一つ
二つ
さらに向こうへ
追える
でも追わない
鉄爪ジャッカルのときにやったのと同じだ
目的は皆殺しではない
街道への危険を減らす
調べる
それが終われば十分だ
静かになる
急に森の音が戻ってきた
さっきまでの叫び声
武器の音
魔法
それが止まると、妙に静かに感じる
「怪我した人!」
エナの声
人間側が一瞬戸惑った
エナが何者か分からなかったらしい
ダリオが言う
「治療を見られる、怪我してるやつは行け」
それでようやく動く
盾の男
腕に切り傷
槍の女
脚に浅い傷
別の冒険者
肩を打っている
エナが順番に見る
俺も近づこうとする
「セイジ」
エナに止められた
「何?」
「そこ」
指されたのは少し離れた場所
「邪魔?」
「今は」
「はい」
人間側の誰かが少し笑った
俺は素直に下がる
《治癒》を使えるからといって、俺が全部見る必要はない
むしろ治療順を決めるのはエナの方が早い
一番深い傷
汚れている傷
洗うだけでいいもの
固定が必要かもしれないもの
俺には判断できない
必要なら呼ばれる
それでいい
少ししてエナが一人を指した
「セイジ、ここ」
「治癒?」
「ああ」
肩を強く打ち、皮膚も裂けている男だ
俺は近くへ座る
「触る」
一応言う
男が少し緊張しながら頷く
光を集める
《治癒》
傷がゆっくり閉じていく
完全に何もなかった状態へ戻るわけではない
でも出血が止まり、痛みも軽くなったらしい
男が肩を動かす
「……本当に治癒も使うのか」
「使う」
「火と水だけじゃないんだな」
「土と風も」
「何なんだ、お前」
「ゴブリン」
近くで誰かが吹き出した
俺も笑う
間違ってはいない
治療が終わると、討伐した魔物と周辺の確認へ移った
ルッカが一番忙しい
戦う前より広い範囲を歩き、足跡を見る
俺もついていく
「どう?」
「やっぱり奥」
「全部?」
「ここに来たやつは多い」
指差した先を見る
地面の痕跡
一種類ではない
複数
それぞれ別の場所から
でも大まかには同じ奥側から外へ
「何か一緒に追いかけてた感じは?」
「ない」
「一緒に逃げてた?」
ルッカは首を傾げる
「逃げるかは分からない、でも奥から離れてる」
前から同じ答え
それが一番正確なんだと思う
同じ方向へ動いている
でも理由は不明
俺たちを狙ってまとまったわけでもない
互いに仲間でもない
それなのに同じ場所まで出てきた
「これ、ギルドの人に見せたいな」
「見せる?」
「足跡全部は無理だけど」
人間側の冒険者にも痕跡を確認してもらう
何人かは森に慣れているようだが、ルッカほど細かくは分からない
それでも
複数種
同方向
群れではない
ということは共有できた
帰る前に、俺は少し離れた場所でSTATUSを確認した
前に確認した時はLEVEL7
途中で上がった感覚はない
いつ変わったのかも分からない
鉄爪ジャッカル
太い四足
細身の魔物
全部を俺が倒したわけでもない
人間側もかなり倒している
だからどの討伐で何が起きたかは分からない
見る
NAME セイジ
RACE ハイホブゴブリンメイジ
LEVEL 10
HP C
MP B-
筋力 D+
耐久 C-
敏捷 C-
器用 C
精神 C
魔力 B
SKILL
《魔力探査》
《魔力制御》
《魔力圧縮》
TITLE
なし
「十」
思ったより上がっている
七から十
八も九も確認していない
戦いの途中でいつ変わったかは不明
ただ今は十
それだけ確定
「また上がった?」
ルッカが聞く
「ああ、LEVEL10」
「早い」
「俺も思う」
進化してLEVEL1へ戻ったばかりだった感覚がまだ残っている
それがもう十
身体もまた少し違う
HP
MP
筋力
耐久
魔力
いくつも上がっている
特にMPがB-になっていた
魔力もB
水槍を何度も使えた理由の一つかもしれない
ただ、SKILLは増えていない
《魔力探査》
《魔力制御》
《魔力圧縮》
そのまま
でも魔法は増えた
「《水槍》」
小さく口に出す
まだ正式に何かへ登録されたわけじゃない
でも俺の中では、それでいい
火槍
水槍
同じ槍でも性質が違う
火は熱と貫通
水は高い圧と押し込み
場所に合わせて選べる
それが嬉しい
フェルナへ戻る道では、人間側の空気が少し変わっていた
最初は俺から距離を取っていた大柄な男が、今は普通に隣を歩いている
「お前、本当に火を撃たなかったな」
「撃った、一発だけ」
「そうじゃない、途中からだ」
「ああ、危なかったから」
「火槍ってやつを使えば早かったんじゃないのか」
「味方いたし、燃える」
「それを分かってるなら最初に言え」
「最初から分かってたら火弾も撃ってない」
男が呆れた顔をする
「正直だな」
「嘘ついてもしょうがない」
少しして、男が言う
「強いだけの魔物かと思ってた」
「俺を?」
「ああ」
「今は?」
男は少し考える
「強い変なやつ」
「変は要る?」
「水の魔法を戦いながら作るやつを普通とは言わん」
それはそうかもしれない
「でも、味方の位置を見るのは悪くない」
最後だけ少し小さかった
褒めているらしい
「ありがとう」
俺が答えると、男は前へ歩いていった
全員が同じではない
まだ俺を見る目が固い冒険者もいる
ルッカを警戒している者もいる
それでいい
一回一緒に戦っただけで全員仲良くなる方がおかしい
でも
何も知らないゴブリン
から
一緒に戦ったことのあるセイジ
くらいには変わったかもしれない
それで十分だ
フェルナへ戻る
門を通るとき、前に俺を警戒していた門衛が討伐隊を見る
「どうだった?」
人間側の男が答える
「片付いた、混成だった」
門衛の視線が俺へ来る
「そいつも?」
大柄な男が言う
「働いた」
短い
でも何となく嬉しい
ギルドへ戻る
報告が始まる
討伐数
負傷者
現場の位置
魔物の種類
逃走した方向
俺が全部説明する必要はない
人間側の隊長らしい男が中心に話す
ダリオも補足する
ミラが俺たちの森側情報を整理する
ルッカの見た痕跡は、俺とミラが言葉にする
「三種類以上」
俺が言う
「一緒の群れではない」
ギルド職員が記録する
「根拠は?」
「魔物同士も警戒してた、足跡も混ざってるけど同じ動きじゃない、それと全部、森の奥側から外へ来てる」
細かい部分はルッカへ確認する
ルッカが短い言葉で答える
ミラが補う
一つずつ情報が紙へ残される
それから地図が広げられた
今回の場所
鉄爪ジャッカルを見た場所
鎧角オーガ
他の報告
印が増えていく
俺には細かい地名までは分からない
でも向きは分かる
「……似てない?」
俺が言う
職員が顔を上げる
「何がだ」
「こっちから、こっち」
森の奥側
そこから外へ
別の報告も似た方向
完全に一本の線ではない
でもばらばらでもない
「ガルディア側の報告と重なるな」
誰かが言った
俺はその名前に反応する
「ガルディア?」
前に聞いた大きな都市
ギルド職員が頷く
「向こうでも森深部の情報をまとめている」
「裂け目?」
「それも含む」
部屋の空気が少し変わる
大きな裂け目
魔物の移動
ガルディア
まだ原因は不明
でも、情報が少しずつ一か所へ集まり始めている
「フェルナだけで調べるの?」
俺が聞く
「いや」
職員が地図を畳まず、そのまま俺たちを見る
「近いうちに、ガルディアへ情報を持っていく予定がある」
「行く人が?」
「ああ」
俺はたぶん
また顔に出た
ルッカがこっちを見る前に分かった
「行きたい」
自分から言った
ミラがため息まじりに笑う
「まだ誰も誘っていませんよ」
「でも行く話でしょ」
「そうだ」
答えたのはギルド職員だった
「今回の現場を見た者が同行した方がいい、ダリオたちにも参加を相談したい」
俺を見て
少し間を置く
「特例探索者のセイジにもだ」
一瞬
言葉が遅れて入ってきた
この前は
特例探索者としてここに置いてみよう
という段階だった
今回は
仕事を一つ終えた
そして次の話に、自分からではなく向こうから名前を入れられた
「俺も?」
「ああ」
「ガルディアへ?」
「調整が済めばな」
フェルナより大きな都市
もっと多くの冒険者
もっと多くの情報
森深部の異変
大きな裂け目
気になるものしかない
「行く」
「まだ決定じゃない」
「決まったら行く」
「セイジ」
ダリオが呼ぶ
怒られるかと思った
でも違った
「行くなら準備が増える」
「何が?」
「フェルナへ来るのとは違う」
移動
荷物
安全
全員で行くのか
第二水場をどうするのか
戻るまでのこと
考えることは多い
「分かった」
今度はちゃんと答えた
外へ出る距離が少しずつ伸びている
岩陰から第二水場
第二水場から森の外縁
フェルナ
そして今度はガルディア
帰る場所が遠くなる
でも
なくなるわけじゃない
俺は机の上の地図を見る
森の奥から外へ向かういくつもの印
その先にある人間の町
さらに先の大きな都市
まだ見たことのない場所へ
自分の足で行けるところまで来た
その前に
今日できたばかりの水魔法も、ちゃんと練習しないとな
そう思ったところで
横からルッカが言った
「魔法の顔」
「今はガルディアの顔も半分入ってる」
「同じ」
「やっぱり全部同じじゃないか」
ルッカが少し笑う
俺も笑った
初めての依頼は終わった
次は
今までより遠い場所へ行く話が始まろうとしていた




