硬いなら、貫けばいい
第64回 硬いなら、貫けばいい
第二水場へ着いたとき、昨日見つけた大きな足跡の話はすでに広がっていた
誰かが大声で知らせたわけではない
ただ、普段使っている経路の一つが危ないかもしれないとなれば、ここを利用する者の動きは自然に変わる
水を汲みに来たゴブリンがいつもの方向へ行かず、少し遠回りする
採取から戻ってきた別の一体も、俺たちが足跡を見つけた側には近づかない
言葉が十分に通じなくても、それくらいは分かる
「まだ通ってない?」
俺が聞くと、ルッカが頷いた
「朝見た」
「新しい跡は?」
「ある」
嫌な答えだ
昨日だけ通った魔物なら、もう遠くへ行っている可能性もあった
でも新しい跡があるなら、まだこの辺りを動いている
ダリオが荷物を確認しながら言う
「今日は経路の安全確認までだ」
「見つけたら?」
「相手次第だ」
「またそれか」
「何でも先に決められると思うな」
正しい
魔物がどこにいるかも
何なのかも
どれくらい危険なのかも分かっていない
先に決められるのは、無理をしないことくらいだ
エナも同行する
昨日の跡を見る限り、相手はかなり大きい
戦わず戻れるならそれが一番だが、そうならなかったときにエナがいた方がいいという判断だった
俺は空間収納へ救護用品と水、最低限の道具を入れる
大型の物まで入るかは試していないが、この程度なら問題ない
「セイジ」
ルッカに呼ばれて振り向く
「何?」
「あれ」
水場の少し外側
ゴブリンが一体、俺たちを見ていた
昨日、大きな足跡の方向を避けた個体と同じようにも見える
ただ、本当に同じかは分からない
そいつは俺たちの持っている荷物を見たあと、森の方を見る
俺が昨日の経路を指すと、そいつは一歩下がった
「やっぱり嫌なんだな」
ルッカが頷く
ゴブリンは俺たちについてくる様子もない
むしろ逆だ
水場の奥へ移動し、危険方向から距離を取る
「行こう」
ダリオが先に動いた
俺たちは第二水場を離れた
昨日まで安全に使っていた経路だ
何度も通っている
地面の形も、目立つ木も少しは覚えている
それでも今日は同じ道に見えなかった
理由は単純だ
地面を見るたび、大きな足跡が増えていく
「こっち」
ルッカが少し道を外れる
俺たちも続く
足跡は昨日よりはっきりしていた
深い
大きい
一歩ごとの間隔も長い
「こいつ、二本足?」
俺が聞く
「ああ」
「やっぱり?」
四足の獣とは跡の並び方が違う
そこまでは俺にも分かる
ルッカはさらに地面を見ながら進む
折れた枝
押し潰された草
木の幹に残った擦れた跡
隠れる気がない
というより、この大きさでは隠れようがないのかもしれない
俺は《魔力探査》を広げる
近くにルッカ、ダリオ、エナ
周囲に小さな反応がいくつか
それより先
少し離れたところに、一つだけ明らかに大きな反応があった
「いる」
全員が止まる
ダリオが俺を見る
「方向」
「右前、少し遠い」
「動いているか」
集中する
反応の位置が少しずつ変わっている
「動いてる、たぶん……こっちじゃなく横」
ルッカも耳を立てる
しばらくしてから、同じ方向を指した
「音する」
「何してる?」
「木」
「木?」
答えはすぐ分かった
遠くで鈍い音がした
どん、と低く響く
少し間を空けてもう一度
何かが木へぶつかっているような音だ
「角かもしれんな」
ダリオが低く言う
昨日の木に残っていた傷を思い出す
かなり高い位置にあった
「近づく?」
「見るだけだ」
ダリオを先頭にはしない
痕跡を読むルッカが進み、その少し後ろにダリオ
俺とエナが続く
魔力反応はずっと同じ方向にある
これなら見失わない
でも相手の正体までは分からない
それはルッカにもまだ分からないらしい
距離を詰めるにつれて、音が大きくなる
木の枝が揺れる音
何か重いものが地面を踏む音
そして
低い唸り声
ルッカが止まった
俺たちも止まる
木の隙間から、巨大な影が見えた
「……でか」
最初に出た言葉はそれだった
人型に近い
でも人間とは比べものにならない
俺より頭二つどころではなく高い
肩幅も異常に広く、腕は丸太みたいに太い
灰色がかった皮膚の上には、肩や胸の一部を覆うように硬そうな外殻がある
そして頭には巨大な角
一本ではない
額の両側から太い角が前へ伸びている
そいつは木の幹へ角を当て、力任せに押していた
みし、と嫌な音がする
「何あれ」
「鎧角オーガ」
ダリオが答える
名前を聞いただけで強そうだ
「この辺にいるの?」
「もっと奥で見ることが多い」
まただ
もっと奥
鉄爪ジャッカルのときと同じ言葉が頭に浮かぶ
本来ここに絶対いないわけではない
でも、普段より浅い場所へ出てきている
「一体だけ?」
俺は《魔力探査》を広げる
大きな反応は目の前の一つ
周囲には小さいものがいるが、同じくらいの反応はない
「今分かる範囲では一体」
ルッカも周囲を確認する
「他の大きい跡、ない」
ダリオが少し考える
「戻るぞ」
「倒さない?」
「今ならまだ気付かれていない、この経路は一旦使わなければいい」
それで済むなら、その方がいい
俺も頷こうとした
そのときだった
風向きが変わった
ルッカの耳が動く
鎧角オーガが突然顔を上げた
こっちを見る
目が合った
「……気付いた?」
答えの代わりに、鎧角オーガが吠えた
森が揺れたように感じるほど大きな声だった
「下がれ!」
ダリオが叫ぶ
俺たちは一斉に距離を取る
鎧角オーガが木を離れた
一歩
地面が沈む
二歩目から一気に速度が上がった
「遅くないじゃん!」
「直線から外れろ!」
ダリオに言われるまでもない
あんな角で正面から突っ込まれたら終わる
俺たちは左右へ散る
鎧角オーガがさっきまで俺たちのいた場所を通り抜け、そのまま木へ激突した
太い幹が大きく揺れる
でもオーガは平然としている
「痛くないのかよ」
いや、痛いのかもしれない
ただ効いているように見えない
俺は距離を取りながら《火弾》を作った
「セイジ!」
「一発だけ!」
普通の火弾
大きくしすぎない
胸を狙う
撃つ
火弾が命中した
炎が広がる
鎧角オーガが低く唸る
皮膚の表面は焼けた
でも倒れない
それどころか、こちらを見る
「効いてはいるけど……」
「浅い!」
ダリオが言う
もう一発
今度は少し威力を上げる
魔力を増やす
火弾が大きくなる
撃つ
肩に命中
炎が一気に広がった
鎧角オーガが腕で払うような動きをする
表面は焦げた
でも硬い外殻に覆われた場所は、ほとんど形が変わっていない
「硬すぎない?」
大きくすれば威力は上がる
でも同時に炎も広がる
あの外殻全部を焼くために、どれだけ魔力を使えばいい
効率が悪い
「セイジ、正面から撃ち続けるな!」
ダリオが叫ぶ
鎧角オーガが腕を振る
ダリオが距離を取る
あの腕に一発でもまともに当たれば危ない
俺は横へ回る
《魔力探査》で位置を確認しながら、木を挟まないように動く
「ルッカ!」
ダリオが呼ぶ
ルッカは戦うより、オーガの動きを見ていた
「肩、硬い」
「見れば分かる!」
「脇、違う」
「薄い?」
「ああ」
鎧角オーガが腕を振り上げた瞬間
脇の下から横腹にかけて、外殻が途切れる場所が見えた
全部が硬いわけじゃない
「そこか」
俺は火弾を作る
狙う
でも相手は動いている
脇の下なんて小さな場所へ丸い火弾を当てるのは難しい
撃つ
火弾は腕へ当たった
外れ
「くそ」
鎧角オーガが俺へ向きを変える
まずい
巨大な腕が横薙ぎに来る
後ろへ跳ぶ
風が顔へ当たった
少し遅ければ吹き飛ばされていた
「下がれ!」
ダリオがオーガの注意を引く
石を投げ、声を上げる
オーガがそちらへ向く
俺は息を整える
硬い
広い火では足りない
ならもっと大きくする?
違う
それを昨日まで考えていた
大きくするんじゃない
細くする
一か所へ
ローデンの言葉が頭へ浮かぶ
刺すなら細い
細すぎると折れる
全部を細くする必要はない
先を細くする
「硬いなら……」
壊すより
「貫けばいい」
昨日、一瞬だけできた炎の杭を思い出す
球から変える
細長くする
まっすぐ
先端を絞る
俺は手を前へ出した
《火弾》を作るときと同じように魔力を集める
でも球にはしない
前へ伸ばす
細く
炎が形を変える
短い棒
そこからさらに伸ばす
「セイジ!」
「今やってる!」
何をしているのか説明している余裕はない
炎が揺れる
先端が曲がる
昨日と同じだ
「曲がるな……!」
《魔力制御》で形を戻す
まっすぐ
でも魔力を増やした瞬間
炎が横へ膨らんだ
「ああ、もう!」
そのまま撃つ
細長かったはずの炎が途中で崩れ、普通の火弾に近い形へ戻る
鎧角オーガの横腹へ当たる
焦げる
でも浅い
一発目
失敗
「もう一回」
鎧角オーガがダリオへ突進する
ダリオは木の横へ逃げ、直線をずらす
巨大な角が木をえぐった
その隙に二発目を作る
今度は形を先に固定する
短い
細い
まっすぐ
昨日より長く保てる
LEVELが上がったからか
魔力が強くなったからか
昨日の練習のおかげか
分からない
今はどうでもいい
「行け!」
撃つ
細い炎が今度はまっすぐ飛んだ
速い
普通の火弾より明らかに速い
鎧角オーガの脇へ当たる
「入った!」
そう思った
でも浅かった
炎は皮膚を焼き、一部を傷つけた
それでも止まらない
「威力が足りない!」
形はいい
方向もいい
でも中身が足りない
小さくしただけでは弱くなる
昨日確認したばかりだ
必要なのは
この形の中へ
もっと魔力を入れること
膨らませずに
逃がさずに
細いまま
「セイジ、時間を作る!」
ダリオが叫ぶ
「無理するな!」
「早くしろ!」
鎧角オーガがダリオへ腕を振る
ダリオはぎりぎりで避ける
ルッカが反対側から音を立て、注意を逸らす
エナは少し離れた安全な位置を保ちながら、全員の動きを見ている
俺一人の戦いじゃない
だから
ここで決める
三度目
魔力を集める
火を作る
細長くする
先を絞る
昨日までなら、ここから魔力を増やすと膨らんだ
なら膨らむ前に押さえる
外へ逃げる魔力を、形の内側へ戻す
広がるな
前へ
横じゃない
中へ
狭く
もっと狭く
炎の表面が激しく揺れる
腕が重い
頭の奥が締め付けられる
でも昨日までとは違う
何となく押さえるのではなく、外へ逃げようとする魔力そのものを掴む感覚がある
押す
まとめる
もう一段
炎の色が濃くなる
細い形のまま
中身だけが増える
「これ……」
できる
一瞬だけではない
保てる
細い炎の一本が、俺の手の前に浮かんでいた
火弾ではない
炎の杭より長い
槍みたいだ
鎧角オーガがダリオから離れ、俺へ顔を向けた
気付いた
「セイジ!」
ルッカの声
「分かってる!」
オーガがこちらへ踏み込む
今だ
外殻の薄い場所
脇から横腹
ルッカが見つけた場所
狙う
撃つ
細い炎が一直線に走った
速い
さっきとは違う
目で追うより先に、鎧角オーガの脇へ突き刺さった
一瞬だけ止まる
次の瞬間
炎が外へ広がるのではなく、奥へ食い込んだ
鎧角オーガの身体が大きく揺れる
叫び声
今までで一番大きい
でも倒れない
「まだ!」
俺は同じ形を作る
さっきより早い
完全に同じではない
でも身体が覚え始めている
細く
まっすぐ
魔力を逃がさない
狭い範囲へまとめる
鎧角オーガがこちらへ走る
「左へ!」
ダリオの声
俺は避ける
角が横を通り過ぎる
振り向く
今度は背中側
肩甲骨の間にも外殻の切れ目がある
ルッカが指す
「そこ!」
俺も見えた
炎を構える
撃つ
二発目の細い炎が背中へ突き刺さる
鎧角オーガが膝をついた
地面が揺れる
まだ動こうとする
腕をつく
立ち上がろうとする
「しぶといな」
魔力の消費は軽くない
普通の火弾より明らかに重い
でも巨大な火弾を何発も撃つよりいい
必要なところだけへ威力を集められる
最後の一発
同じ形を作る
さっきまでより安定している
鎧角オーガが顔を上げる
俺は胸の外殻が途切れた場所を狙った
「これで――」
撃つ
炎の槍が走る
命中
鎧角オーガの身体が後ろへ揺れ
そのまま地面へ倒れた
大きな音が森へ響く
しばらく誰も動かなかった
俺は手を前へ出したまま、倒れた巨体を見る
《魔力探査》を使う
大きな反応が弱くなる
さらに薄くなり
消えた
「……終わった?」
ルッカが少しずつ近づく
ダリオが止める
「まだ待て」
さすがに慎重だ
俺も近づかない
少し待つ
反応は戻らない
動きもない
それを確認してから、ダリオが近づいた
鎧角オーガの状態を見る
「死んでる」
そこでようやく力が抜けた
「疲れた……」
座り込みたい
でもエナが先に来た
「怪我」
「俺はない」
「見せて」
「ないって」
「見せて」
またこれだ
腕
肩
脚
簡単に確認される
確かに怪我はない
ただ魔力をかなり使った
「ダリオ」
エナが呼ぶ
「擦っただけだ」
「見せて」
ダリオも逆らえない
腕に軽い擦り傷があった
オーガの攻撃ではなく、避けたとき木に擦ったらしい
洗って終わり
ルッカにも怪我はない
「全員大丈夫だな」
俺が言う
エナが頷く
「今は」
「その言い方怖いな」
「帰るまで見る」
「お願いします」
少し休んでから、倒れた鎧角オーガを見る
近くで見ると、本当に硬そうだ
肩の外殻を指で叩く
こん、と乾いた音がする
「普通の火弾じゃ厳しいわけだ」
黒く焦げた場所はある
でも外殻そのものは壊れていない
一方、最後に使った細い炎が当たったところには、深い傷が残っている
広く焼くのではなく
狭い場所へ集中して貫く
思っていた形になった
「さっきの魔法」
ルッカが傷を見る
「新しい?」
「たぶん」
「名前は?」
聞かれて考える
細い炎
杭
槍
見た目なら槍が一番近い
「《火槍》」
「そのまま」
「分かりやすい方がいいだろ」
ダリオも傷を確認している
「火弾とは使い方が違うな」
「ああ」
火弾より細い
速い
硬い相手へ通しやすい
でも良いことばかりじゃない
「外したらかなり無駄になる」
「だろうな」
「広く当たらないし、魔力も軽くない」
「なら使い分けろ」
「そうする」
鉄爪ジャッカルみたいな相手が何体も来たとき、一体ずつ火槍で狙っていたら効率が悪い
火弾ならある程度当てやすいし、必要な威力で連発できる
火槍は硬い相手
狙う場所がはっきりしている相手
一発を深く通したいとき
完全に上位というより、別の使い道だ
その方が面白い
俺は倒れたオーガから少し離れ、STATUSを確認することにした
鉄爪ジャッカルのときも戦闘後に変わっていた
今回も感覚が違う
特に魔力
さっき細い炎へ押し込んだとき、今までとは明らかに違う感覚があった
意識を向ける
NAME セイジ
RACE ハイホブゴブリンメイジ
LEVEL 7
HP C-
MP C+
筋力 D
耐久 D+
敏捷 C-
器用 C
精神 C
魔力 B-
SKILL
《魔力探査》
《魔力制御》
《魔力圧縮》
TITLE
なし
「七……」
前に確認した時は四だった
五になった瞬間も
六になった瞬間も分からない
今回も確定しているのは、前に確認した時がLEVEL4
今がLEVEL7
それだけだ
でもLEVELより先に目が止まった
SKILL
増えている
「魔力圧縮?」
声に出す
ルッカが寄ってくる
「新しい?」
「ああ」
《魔力圧縮》
文字を見るだけなら、ここ数日ずっとやろうとしていたことそのものだ
魔力を狭いところへまとめる
小さくするだけではない
外へ逃げようとする魔力を押さえ
形の中へ入れる
高い密度にする
「これ……さっきの感覚か」
突然何もないところから出てきた感じはしない
最初に水球で失敗した
小さいまま魔力を増やそうとして膨らんだ
次に火弾を細くした
曲がった
崩れた
一瞬だけ杭みたいな形になった
今日
実戦で必要になった
形を保ちながら
そこへ魔力を押し込んだ
それがようやく一つの感覚としてまとまった
「何できる?」
ルッカが聞く
「魔力を狭いところにまとめやすくなった……と思う」
「火槍?」
「それも」
でも火だけとは限らない
水
風
もしかすると土
まだ試していない
今ここで全部できるとは言えない
《魔力圧縮》があるから何でも圧縮できる、と決めつけるのも早い
「帰ってから試す」
「今日?」
「今日はやらない」
「本当?」
「魔力かなり減ってるから」
さすがに学ぶ
俺はもう一度STATUSを見る
MP CからC+
筋力 D-
ではなく、今はD
器用 C-
からC
魔力 C+
からB-
いくつか上がっている
火槍の形を維持しやすくなったのも、能力そのものが上がっている影響はありそうだ
ただ、どこからがLEVELの成長で、どこからが練習の成果なのかは分からない
分ける必要もない気がする
練習した
戦った
できるようになった
今はそれでいい
「これどうする?」
俺は鎧角オーガを見る
ダリオも考える
全部を運ぶのは無理だ
空間収納へ入れられるかどうかは試していない
「危険がなくなったことだけ伝える、使える部分はあとで考える」
「ローデンとか見たがりそう」
「外殻は使えるかもしれん」
「エナは?」
エナが外殻ではなく焦げた皮膚を見る
「分からない」
「薬とか?」
「分からないものは使わない」
「ですよね」
全部が素材になるとは限らない
使えるかどうかを知っている人間が見た方がいい
それも後だ
まず安全確認
ルッカが周囲の痕跡をもう一度見る
「こいつ、一体」
「他はいない?」
「跡ない」
「どこから来た?」
ルッカが森の奥側を指した
また同じだ
「奥から?」
「ああ」
ダリオの表情が変わる
俺も同じことを考えた
鉄爪ジャッカル
別種の足跡
鎧角オーガ
それぞれ別の理由で動いている可能性はある
でも、本来もっと奥で見ることが多い魔物までこちら側へ来ている
偶然で済ませるには、少しずつ数が増えてきた
「これも何かから逃げてたのかな」
俺が言う
ダリオは首を振る
「分からん」
「だよな」
「外へ移動してきたことと、逃げてきたことは同じじゃない」
「うん」
そこは分ける
分からないものを勝手につなげない
でも調べる理由は増えた
第二水場へ戻る頃には、危険経路の情報も更新された
鎧角オーガ自体は倒した
それでもしばらくはルッカが周辺を見てから使う
他にも同じような魔物が来ていないとは限らない
水場へ着くと、朝に見た個体と似たゴブリンが一体いた
俺たちが戻ってきたのを見る
そして血や大きな怪我がないと分かると、少しだけ近づいた
「倒したって分かるかな」
俺が角の形を手で作り
倒れる動きをしてみる
ゴブリンはじっと見る
伝わったかどうか分からない
ルッカが大きな足跡の方向を指し、それから首を振る
ゴブリンはしばらく迷ったあと、少しだけそちらへ近づいた
ただし途中で止まる
「慎重だな」
「違うやつもいる」
ルッカが言う
水場の向こう側
別のゴブリンがこちらを見ていた
俺たちの話には近づかない
危険だった方向にも行かない
そのまま水を飲み、来た道へ戻っていく
「反応違うな」
「ああ」
一体は気になる
一体は近づかない
当たり前と言えば当たり前だ
全部同じじゃない
俺たちだって性格が違う
ゴブリンだから同じ動きをするわけじゃない
少しして
最初の一体だけが、かなり距離を空けながら鎧角オーガの倒れた方向へ向かった
「見に行くのかな」
ルッカが頷く
「追わなくていい?」
「ああ」
危険がないと確認できれば戻ってくるだろう
無理に一緒に行く必要はない
第二水場では、いつも通りの作業も続いていた
試験栽培の区画へ水がやられ
使った道具が戻され
朝避けられていた経路については簡単な印が残される
強い魔物を倒したからといって、ここが急に変わるわけじゃない
むしろ
こういう場所を守るために戦ったのだと思うと、少し分かりやすかった
俺が強くなりたい理由は、戦いたいからだけじゃない
外へ行きたい
知らないものを見たい
魔法を試したい
それも本当だ
でも帰ってきたときに、ここがいつも通りであってほしい
それも同じくらい本当だった
「セイジ」
ダリオに呼ばれる
水場の端へ行くと、ミラもいた
いつ来たのか気付かなかった
「おかえりなさい」
「ただいま」
「大きな魔物だったと聞きました」
「鎧角オーガってやつ」
ミラの顔が少し変わる
「この近くに?」
「安全経路のそば」
「それは……かなり浅いですね」
「ミラも知ってる?」
「名前と、大まかな特徴くらいです、もっと森の奥側で報告されることが多い魔物だったと思います」
また一つ重なる
ダリオが言う
「その話と関係するかもしれん」
「何?」
「フェルナ方面から来た者が、森の魔物について情報を集めていると言っていた」
「誰が?」
「冒険者ギルドだ」
俺は名前を聞いたことはある
冒険者
ギルド
前世のゲームや小説なら、むしろ定番すぎる言葉だ
でもこの世界では、俺自身が関わったことはほとんどない
ましてフェルナの町の中へ入ったこともない
「なんで情報集めてる?」
「森から外へ出る魔物が増えているらしい」
ミラが補足する
「フェルナ側でも、同じような報告が出ている可能性があります」
「俺たちが見つけたのと同じ?」
「まだ分かりません」
またそこだ
同じかもしれない
違うかもしれない
でも、人間側でも異変を感じているなら、聞く価値はある
「行って聞けないの?」
俺が言うと、ダリオとミラが顔を見合わせた
「それを話していた」
「フェルナへ?」
ミラが頷く
「一度、行ってみてもいいかもしれません」
胸の奥が少し動いた
フェルナ
今まで人間側の一行とは何度も関わった
物を受け取ったこともある
人間の話を聞いたこともある
でも町そのものへ入って、普通に中を見るなんて経験はない
俺は自分の手を見る
緑色の肌
人間より大きくなった身体
額や顔立ちも、もう普通のゴブリンとは違う
それでも人間から見れば、ゴブリンの一種だ
「俺も?」
「セイジの情報が必要になる」
ダリオが言う
「魔物を実際に見た、倒した、森で何が起きているかを知っている」
「町に入れるの?」
「そこから確認する」
「簡単じゃない?」
「簡単なら相談していない」
「ですよね」
ミラが苦笑する
「でも、以前より話はしやすいと思います」
「なんで?」
「あなたを知っている人が増えました」
森で助けた人
交易の一行
第二水場へ来た人間
少しずつ接点は増えている
人間全部が俺を信用しているわけではない
それでも、誰にも知られていなかった頃とは違う
「行けるなら行きたい」
俺は答えた
怖くないわけじゃない
町の中でどう見られるか
武器を向けられないか
追い出されないか
分からない
でも
森の異変について知りたい
冒険者ギルドというものも見たい
人間の町も見たい
前世では当たり前だった
店があり
道があり
たくさんの人が暮らす場所
この世界に来てから、俺の世界はずっと森の中にあった
岩陰
第二水場
森の道
それが嫌だったわけじゃない
むしろ今では大事な場所だ
だからこそ
外へ行ってみたい
「準備がいるな」
ダリオが言う
「何日か?」
「まず話を通す」
「分かった」
「勝手に町へ行くなよ」
「行かないって」
「顔が行きそうだった」
ルッカが横から言う
「お前まで言うのか」
「魔法のときと同じ顔」
「そんな万能な顔じゃないだろ」
ミラが笑った
夕方
俺とルッカは岩陰へ戻った
いつもの道
いつもの入口
中へ入れば、見慣れた棚と寝床がある
今日一日で
鎧角オーガと戦った
新しい魔法ができた
LEVELも上がった
新しいSKILLも増えた
そして今度は
町へ行く話まで出ている
変化が多すぎる
俺は寝床へ腰を下ろし、手を前へ出す
火は出さない
ただ形だけを思い出す
細く
まっすぐ
狭いところへ魔力をまとめる
《火槍》
次に使えば、今日よりうまくできる気がする
でも火だけじゃない
《魔力圧縮》が本当に俺の考えている通りのものなら、他の魔法でも試せるかもしれない
水を細く
風を狭く
いろいろ思い付く
「また顔」
ルッカが言う
「今日は仕方ないだろ」
「町の顔?」
「違う、魔法の顔」
「何だよ町の顔って」
「知らない」
「自分で言ったんだろ」
ルッカはもう寝床へ座っている
俺も横になる
岩陰の天井を見る
ここへ来たばかりの頃は、この狭い岩陰だけで生きることに必死だった
今は違う
ここへ帰ってくるのが当たり前になった
だから外へ行ける
フェルナ
人間の町
冒険者ギルド
知らないものが、また少し近づいてきた
俺は目を閉じる
明日すぐ行けるわけじゃない
それでも
次に森の外へ出るときは、今までより少し遠くまで行くことになりそうだった




