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小さくすれば、強くなる?

第63回 小さくすれば、強くなる?


二日置いたら、頭の中が少し整理できるかと思っていた


結論から言えば、無理だった


目が覚めて最初に考えたのが火弾だった時点で、たぶんもう駄目だ


岩陰の天井を見ながら、片手を持ち上げる


ここで魔法を使うつもりはない


さすがに家の中で火を出すほど馬鹿ではない


ただ、手のひらの上に何かがあるつもりで指を動かしてみる


大きな球


小さな球


もっと小さな球


問題はここからだ


小さくするだけならできる


鉄爪ジャッカルと戦ったときも、必要以上に火弾を大きくしなければ何発も続けて撃てた


それ自体は使える


でも、俺が考えているのは少し違う


「小さいのに、強い……」


口に出すと、やっぱり変な感じがする


隣で寝ていたルッカの耳が動いた


「朝から?」


「まだ何もしてないぞ」


「考えてる」


「考えるくらいいいだろ」


ルッカが目を開ける


「昨日も考えてた」


「昨日は試してない」


「一昨日も」


「……そうだけど」


鉄爪ジャッカルの群れと戦ったのが二日前


昨日は周辺の様子を確認しながら、戦った場所の情報を第二水場へ持ち帰って整理した


森の奥から外へ動く魔物がいる


鉄爪ジャッカルだけではないらしい


理由はまだ不明


それ以上は何も分かっていない


だから森の異変については、今すぐ俺一人で考え続けても答えは出ない


それなら、答えが出そうな方を考えたくなる


つまり魔法だ


「今日はやる」


「知ってる」


「まだ何も言ってないだろ」


「顔」


「魔法考えてる顔ってそんな分かりやすいのか?」


「ああ」


あまり嬉しくない


朝の支度を済ませ、岩陰の外へ出る


空気は少し冷えていたが、空は明るい


森の音も、ここから聞く限りではいつもと変わらない


俺は軽く身体を伸ばしてから、《魔力探査》を使った


意識を広げる


近くにルッカ


少し離れた場所に小さな反応


さらに遠くにも何かいる


二日前より、もう使い方に慣れてきていた


大体どちらにいるか


近いか遠いか


反応が大きいか小さいか


そこまでは分かる


でも何なのかは分からない


木の向こうなのか、穴の中なのかも分からない


「近くには大きいのいないな」


「音もない」


ルッカが答える


「じゃあ移動しよう」


「第二水場?」


「その前に少し試す」


ルッカが何も言わず俺を見る


「安全なところで」


「うん」


信用が薄い


でも反論できない


俺たちは岩陰から少し離れ、周囲に燃えやすい草や低木が少ない場所へ向かった


以前にも魔法を試したことのある場所だ


木まで距離があり、地面もむき出しになっているところが多い


念のため《魔力探査》を広げ、周囲に大きな反応がないことを確認する


ルッカも匂いと音を確かめていた


「大丈夫」


「よし」


俺は少し開けた場所の中央へ立った


最初に作るのは《火弾》


手の前へ魔力を集める


炎が生まれる


いつもなら拳くらい


今日はそこから小さくする


半分


さらに小さく


指先でつまめそうな大きさまで落とす


「小さい」


ルッカが言う


「ここまでは簡単なんだ」


炎は安定している


小さい分だけ、使っている魔力も少ない


このまま飛ばすだけなら何の問題もない


試しに少し離れた地面へ撃つ


小さな火弾はまっすぐ飛び、土の上で弾けた


威力も小さい


当然だ


「次」


もう一度作る


同じ大きさ


今度はそこへ、さっきより多く魔力を流す


炎が膨らんだ


「違う」


止める


小さく戻す


もう一度魔力を加える


また膨らむ


「だから、大きくなるんじゃなくて……」


外側から押さえるつもりで形を保つ


《魔力制御》を意識する


炎は一瞬だけ小さいまま耐えた


その直後、表面が波打った


「あ」


火弾が横へ膨らむ


形が崩れ、俺はすぐ魔力を切った


炎が消える


「失敗」


「まだ一回」


「今日は優しいな」


「いつも数えるから」


「そういう意味か」


二回目


小さな火弾


魔力を加える


膨らもうとする


押さえる


今度は上下へ長くなった


「あれ?」


球ではない


楕円に近い


そのまま維持しようとすると、片側だけが伸びる


蛇みたいに曲がった炎になった


「……何だこれ」


「火」


「それは分かる」


少し面白かったので、そのまま飛ばしてみる


炎はまっすぐ進まなかった


ぐにゃりと曲がり、斜めの地面へ落ちる


「危な」


すぐに消す


ルッカが俺を見る


「安全なところでやってよかったな」


「ああ」


狙った方向へ飛ばない火なんて使えない


威力以前の問題だ


三回目


今度は無理に球の形へ戻そうとしない


小さくした火へ魔力を足したとき、なぜ形が崩れるのかを考える


外へ広がろうとしている


それを押さえる


押さえるだけだと別の方向へ逃げる


水を握ったら指の間から出るみたいなものかもしれない


「閉じ込めるだけじゃ駄目なのかな」


「何を?」


「魔力」


ルッカは首を傾げる


当然だ


俺も分かっていない


昨日までずっと考えていたのは、狭いところへ押し込むことだった


でも、押し込むと言ってもどうやるのかが分からない


魔力には箱がない


壁もない


《魔力制御》で形を保とうとしても、力を増やせばどこかへ広がる


「小さくするのと、押し込むのは違うのか」


もう一度、小さな火弾を作る


小さい


これは成功


でも、この中へ同じ量の魔力を入れようとした瞬間、膨らむ


つまり


大きさを小さくする


という操作と


中へ多く入れる


という操作は、別だ


今まではそこを一緒に考えていた


「……俺、ただ小さくすれば勝手に強くなると思ってたな」


「違う?」


「違うみたい」


小さくしただけなら、中身まで少ない


当たり前と言えば当たり前だ


小さな器には少ししか入らない


いっぱい入れれば溢れる


なら、溢れないようにするにはどうする


器を強くする?


もっと固く形を保つ?


それとも


「出口?」


昔の記憶が一つ浮かんだ


まだ人間だった頃


水仕事をしていたときに、何度もやったことがある


ホースから流れる水


普通に出せば太く流れる


でも先を指で少し塞ぐと、水が細くなって遠くまで飛ぶ


水そのものが増えたわけじゃない


むしろ出口を狭くしただけだ


なのに勢いは強く感じる


「ルッカ、水」


「水?」


「ちょっと見てて」


《水球》を使う


手の前に水を作り、地面へ流す


普通に落とす


次に、同じくらいの水をもう一度作る


今度は一気に落とさず、細く流すよう意識してみる


まだホースみたいにはならない


水球から細い筋が垂れる程度だ


「昔さ、水が出る長い管があったんだ」


「管?」


「中が空いてて、そこを水が流れるやつ」


ルッカが少し考える


「竹?」


「似てる、もっと曲がるやつ」


前世のゴムホースを説明しようとしたが、この世界で何と言えばいいか分からない


「その先を指で狭くすると、水がビューッて遠くまで飛ぶんだよ」


「びゅー?」


「音はどうでもいい」


「今言った」


「説明だから」


水を消す


ホース


蛇口


ノズル


どれも似ている


広い出口から流すより、細い出口から出した方が勢いが強くなる


針もそうだ


太い棒より、細い先の方が刺さりやすい


もちろん俺は詳しい計算なんて知らない


圧力がどうとか、面積がどうとか、学校で習った気はする


でも式までは覚えていない


必要なのは式じゃない


使った経験だ


「球じゃなくてもいいのか」


「何が?」


「火弾」


名前の通り今までは弾だと思っていた


丸く作る


飛ばす


当てる


でも、それは覚えたときにそういう形だったから使い続けているだけだ


火そのものを丸くしなければいけない理由はない


俺は新しい火弾を作った


今度は小さくするのではなく、形を変える


球の左右を少し押さえる


上下へ伸ばす


炎が細長くなる


「お」


さっき偶然できた形に近い


ただし、まだ太い


火の棒というより、長い芋みたいだ


「変」


ルッカが言う


「俺も思ってる」


飛ばす


短い棒状の炎が前へ進む


途中で形が崩れ、普通の火弾みたいに丸くなった


地面へ当たる


「途中で戻るな」


次


もっと細くする


今度は細くしすぎた


炎が途中から曲がる


蛇みたいだ


飛ばす前から先端が揺れている


「これは駄目」


消す


さらに次


短く


細く


まっすぐ


意識するものが増える


太さ


長さ


形


中の魔力


飛ばす方向


一つだけなら簡単なのに、全部一度にやろうとすると急に難しくなる


「頭が疲れる」


「休む?」


「もう少し」


「その言葉、長いやつ」


「今日は本当にもう少し」


ルッカが疑っている


俺は一度手を下ろし、深呼吸した


ただ繰り返しても駄目だ


失敗の違いを見る


最初は膨らんだ


次は曲がった


細すぎると形を維持できない


長くしすぎても揺れる


なら、まず短い形から始める


針ほど細くする必要もない


太い棒より少し細い杭


木へ打ち込む杭みたいなもの


「杭か」


火を作る


球


そこから前後へ伸ばす


太さはあまり減らさない


短い棒


ここまでは安定する


そこから少しずつ細くする


炎が揺れる


《魔力制御》で形を保つ


「曲がるな……」


先端が左へ動く


戻す


今度は右


「じっとしろ」


「火に言ってる?」


「言ってる」


ルッカが笑った


俺も少し笑う


集中しすぎると、こういうことを普通にやってしまう


もう一度


今度は最初から無理をしない


短い


細い


まっすぐ


魔力を一気に増やさない


形を先に決める


その中へ少しずつ入れる


火の色がわずかに濃くなる


表面が揺れる


膨らみそうになる


押さえる


また揺れる


それでも一瞬


本当に一瞬だけ


俺の手の前に、細い炎の杭みたいな形ができた


「……できた?」


ルッカが言う


その瞬間に崩れた


炎が横へ広がる


慌てて消す


「今の!」


「見た」


「細かったよな?」


「ああ」


「まっすぐだった?」


「少し」


「少しか」


でもいい


今までとは違う


小さい球ではない


曲がった蛇でもない


短いだけの棒でもない


細く


まっすぐ


一か所へ集めた形


一瞬しか保たなかったが、確かにできた


「もう一回」


「さっきもう少しって言った」


「……はい」


反論できない


手を止める


今日はこれで十分だ


むしろ今の感覚を忘れないうちに、誰かに説明した方がいい


俺とルッカはそのまま第二水場へ向かった


途中でも何度か《魔力探査》を使ったが、特に大きな反応はない


鉄爪ジャッカルと戦った辺りより静かだ


それが良いことなのか、たまたまなのかは分からない


ルッカは何度か足跡を確認していた


俺には普通の地面にしか見えない場所でも、あいつは立ち止まる


「何かいた?」


「昨日」


「分かるのか」


「ああ」


「どっち向き?」


「外」


やっぱりまだ続いている


ただ今日は調査が目的ではない


危険が近くにないなら、その情報を持ち帰るだけだ


第二水場へ着くと、ミラが紙を広げていた


ダリオも近くにいる


ローデンは少し離れたところで木材を削っていた


「戻ったんですね」


ミラが顔を上げる


「うん、ちょうどよかった」


「何か見つかりました?」


「森の方は大きな変化なし、でも魔法でちょっと分かった」


「そっちですか」


「その反応やめてくれない?」


「驚いてはいません」


「それは分かる」


俺が魔法を試しに行くこと自体、もう珍しくなくなってきているらしい


少し寂しい


でも説明する


「小さくすれば強くなると思ってたんだけど、そうじゃなかった」


ミラが紙を新しく一枚出す


「どう違ったんです?」


「小さくしただけなら、弱くなる」


「普通ですね」


「そうなんだよ、普通なんだよ」


言われてみれば本当に普通だ


でも昨日までは、圧縮という言葉だけが先に頭にあった


狭くまとめれば勝手に強くなる気がしていた


実際には、狭くすることと、そこへ魔力を押し込むことは別だった


俺は紙の端に指で丸を描く


「普通の火弾がこれ」


次に小さい丸


「これを小さくするだけならできる」


「はい」


「でも同じくらい魔力を入れようとすると、こうなる」


手で広がる形を作る


「大きくなる?」


「そう、押さえると今度は変な形になる」


「変な形」


「蛇とか」


ミラが俺を見る


「火が?」


「火が」


「見たかったです」


「見るほどじゃない」


ルッカが横から言う


「面白かった」


「お前はそう言うと思った」


ミラが紙へ何か書く


俺には読める部分と読めない部分がある


人間の文字は以前より分かるようになってきたが、長い文章になるとまだつらい


細かい説明を全部文字で残されても、あとで一人では読めない可能性がある


「簡単にして」


「どのくらいです?」


「大きい、小さい、細い、速い、そのくらい」


「子供向けみたいですね」


「俺向けだよ」


「では、絵も入れます」


丸


小さい丸


細長い形


横に短い言葉


ミラが順番に書いていく


大きい


小さい


細い


失敗


俺でも分かる


「これいいな」


「これなら読めます?」


「読める」


「もう少し説明も書きますけど、印を付けておけばセイジにも分かりますね」


「頼む」


ミラはさらに、俺が話した失敗を簡単な絵にした


膨らんだ火


曲がった火


短い火


最後に、一瞬だけできた細い杭みたいな炎


「これ、成功ですか?」


「成功って書くのはまだ早い」


「では?」


「一瞬」


ミラが笑う


「それを書きます?」


「いや、印でいい」


成功には丸


失敗にはバツ


途中まで良かったものには三角


そんな簡単な記録にする


俺は紙を見ながら、少し楽しくなってきた


今までも魔法はいろいろ試してきた


でも、頭の中と感覚だけで覚えていることが多かった


何をやって失敗したか


どこまでできたか


それを紙に残せば、次に同じところから始められる


「これ、残しておこう」


「もちろんです」


「魔法用に何枚かまとめたいな」


「紙は無限ではありませんよ」


「そこは分かってる」


「ならいいです」


紙そのものが前世みたいに気軽な物ではない


何でも書き捨てるわけにはいかない


だからこそ、短い言葉と図でまとめる方法は合っている気がする


「何してる」


ローデンがいつの間にか近くへ来ていた


手には削りかけの木がある


「魔法の記録」


「これ」


俺は細長い火の絵を指す


「火弾を細くしたい」


「なんで」


「大きくするより、一か所に強く当てたいから」


ローデンは絵を見る


それから自分が持っている木材を見る


「こうか」


木を俺へ見せる


片方は太い


先端も丸い


「これだと刺さりにくい」


次に近くに置いてあった別の木を取る


こちらは細く、先が尖っている


「こっちは刺さる」


「やっぱりそうだよな」


「同じ力なら、細い方」


「そう、それ」


前世の針やノズルと同じ発想だ


でもローデンは計算なんてしていない


ずっと木や土を扱ってきた経験で知っている


「太い杭は?」


俺が聞く


「支えるなら太い」


「刺すなら?」


「細い、でも細すぎると折れる」


「ああ」


そこも同じか


細ければ細いほどいいわけではない


細くしすぎれば形を保てない


俺の炎が曲がったのも、それに近いのかもしれない


「細くして、折れないくらい」


俺が言う


ローデンが頷く


「先を細くする」


「先?」


「全部細くなくてもいい」


そう言って木の先端を削る真似をする


なるほど


俺は細長い一本を作ることばかり考えていた


でも杭なら先だけ尖っている


後ろまで全部同じ太さである必要はない


「それも試したいな」


「今?」


ルッカがすぐ言う


「今日はやらない」


「本当?」


「本当だって」


俺の信用はどこへ行ったんだろう


ダリオも紙を覗き込む


「火を細くするのか」


「ああ、まだ安定しないけど」


「何に使う」


「硬いやつとか?」


答えてから、自分でもまだ具体的ではないことに気付く


「普通の火弾だと広く当たるだろ、もっと狭いところに集中したら、硬い相手にも効きやすくなるかなって」


「試す相手は選べ」


「分かってる」


「森で曲がる火を撃つな」


「それも分かってる」


ルッカが横で頷いている


味方が多いのか少ないのか分からない


その後は、第二水場でいつもの作業を少し手伝った


俺が研究の話をしている間にも、ここでは普通に時間が進んでいた


使った器が戻され


布が干され


道具が使われ


必要な場所へ返される


試験栽培の区画にも水がやられている


俺が何かを言わなくても、誰かがやる


前ならそれが少し不思議だった


今はもう、そういうものになり始めている


俺も水やりを手伝う


《水球》を作り、必要な場所へ少しずつ流す


さっきまで火を細くすることばかり考えていたせいで、水を見る目まで変わっていた


広く流す


細く流す


同じ水でも違う


「これも使えそうだな」


「また?」


ルッカが言う


「まだ何もしてないって」


水球の端から細い水を落とす


今はただの水やりだ


でも前世のホースを思い出すと、やってみたいことが増える


出口を狭くする


勢いを上げる


遠くへ飛ばす


もし魔法でも同じことができるなら


「火だけじゃないか」


火を細く


水を細く


風だって広く押すだけじゃなく、狭いところへ集められるかもしれない


土は少し違う気がする


それでも形を作るという意味では似ている


考え始めると止まらない


「顔」


ルッカが言う


「分かったよ」


俺は水やりへ意識を戻した


今は今の作業だ


一度に全部試せば、どれがどうなったか分からなくなる


今日は火


次もまず火


一つずつでいい


昼を過ぎた頃、ミラが作った紙をもう一度見せてくれた


簡単な図と短い言葉が並んでいる


普通の火弾


小さい火弾


膨らむ


曲がる


短い


細い


三角印


その横に、俺でも読める短い言葉がある


「速い、はまだ空けてあります」


「まだ速くなってないからな」


「次に比べられるように」


「同じ、もいるか」


「魔力の量ですか?」


「そう、普通の火弾と同じくらい使ってるのか、少ないのか」


「分かるんです?」


「正確な数字は無理」


自分の魔力を何個使った、なんて分かり方はしない


多い


少ない


かなり使った


それくらいだ


「じゃあ、大体で」


「それでいい」


完璧な記録を作る必要はない


俺自身が次に見て分かればいい


「これ、空間収納に入れておこうかな」


紙なら小さい


持ち歩ける


でも、濡れたり破れたりするのは困る


中でどう時間が流れているのか分からないし、入れたら絶対安全とも限らない


それでも外へ持っていくときには便利そうだ


「必要なときだけ持ち出せばいいですよ」


ミラが言う


「普段はここ?」


「岩陰でもいいですけど、セイジが読むなら近い方がいいでしょう」


「じゃあ岩陰かな」


研究した本人が見られない場所に置いても仕方ない


俺は紙を受け取った


最初の一枚


大したことは書いていない


でも少しだけ嬉しい


魔法を覚えるだけじゃなく


自分で試して


失敗して


違いを残す


そういうことが始まった気がした


夕方が近づいた頃、ルッカが水場の端から俺を呼んだ


「セイジ」


声が少し違う


俺は紙をしまい、そちらへ向かう


「どうした?」


「来て」


ルッカについて、水場から少し離れる


ダリオも気付いて後ろから来た


安全に使っている経路の一つ


採取へ向かうときにも使う場所だ


そこでルッカがしゃがむ


地面に大きな跡があった


「……でかいな」


俺の足よりずっと大きい


人の足とも


鉄爪ジャッカルとも違う


深く沈んでいる


一つだけではない


少し先にもある


さらに木の幹には、表面を大きく削ったような跡が残っていた


「何これ」


ルッカが跡を指でなぞる


「大きい」


「それは俺にも分かる」


「重い」


「足跡が深いから?」


「ああ」


ダリオが木の傷を見る


「角か?」


「たぶん」


ルッカが立ち上がり、傷の高さを見る


俺の胸より上


かなり高い


「角って……こんなところに当たるくらい?」


「大きいやつならな」


ダリオの表情が少し硬くなる


「新しいか」


ルッカが匂いを確認する


地面


木


周囲の草


「古くない」


「今日?」


「分からない、でも近い」


俺も《魔力探査》を広げる


周囲


遠く


いくつか小さな反応はある


大きいものは今の範囲には入っていない


「近くには感じない」


「今いないだけだ」


ダリオが言う


「そうだな」


足跡を追うか


そう考えたところで、少し離れたところから物音がした


振り向く


ゴブリンが一体いる


第二水場へ来たことがあるように見える一体だ


同じ個体かどうか、過去まで遡って断定はできない


ただ最近何度か見た気はする


そいつは俺たちのところへ来ず、足跡のある方向を見ると明らかに止まった


耳が下がる


身体を少し引く


「知ってるのか?」


もちろん返事は分からない


俺が大きな足跡を指す


ゴブリンはすぐ首を横に振った


そしてその方向とは反対側へ回り込むような動きをする


「避けてる」


ルッカが言う


「いつもここ通る?」


「ああ」


「今日は違う道?」


ルッカが頷く


ゴブリンは俺たちの横を通ることもせず、かなり大きく離れて第二水場へ向かった


さっきまで魔法の形ばかり考えていた頭が、一気に森へ戻る


鉄爪ジャッカル


複数種の足跡


奥から外へ動くもの


そして今度は、普段使う安全な経路に残された巨大な跡


全部が同じ原因とは限らない


この大きな魔物が他の魔物を追い出しているとも限らない


そこは勝手につなげない方がいい


でも、この足跡だけは別の意味で放っておけない


ここは俺たちだけが使う道ではない


他のゴブリンも通る


採取にも使う


第二水場へ来る者もいる


「これ、確認した方がいいよな」


俺が言う


ダリオはすぐには答えず、足跡が続く方向を見る


「まず、どこまで近づいているかだ」


「追う?」


「無理には追わない、だがこの経路を使えるかは確認する」


ルッカがもう次の痕跡を探している


俺は足跡をもう一度見た


深い


大きい


木には高い位置の傷


角らしい跡


硬そうだな、と最初に思った自分に少し呆れる


普通なら、まず危ないと思うところだ


でも今日は一日中


細くする


刺す


一か所へ集める


そんなことばかり考えていた


だからなのかもしれない


大きな足跡を見ても


怖さより先に


もし普通の火弾が効かなかったら、という考えが浮かんだ


俺は空間収納に入れた紙を思い出す


丸い火


小さい火


曲がった火


そして最後に描いた、細い炎


まだ名前もない


まだ一瞬しか作れない


実戦で使えるものでもない


それでも次に何を試すかは、もう決まっていた


細くするだけじゃない


形を保ったまま、その中へ魔力を集める


もし、それができたら


「セイジ」


ルッカの声で我に返る


「また魔法考えてた」


「……ちょっとだけ」


「顔」


「分かったって」


俺は大きな足跡の先を見る


今日は追わない


今はまだ


第二水場へ戻り、見つけたことを共有する


それから必要なら、改めて確かめる


魔法も同じだ


いきなり完成させようとしなくていい


一つずつ


失敗したところを覚えて


次を試す


森の中には、まだ分からないことが増えている


その分だけ、できるようになりたいことも増えていた

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