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森から逃げてくるもの

第62回 森から逃げてくるもの


第二水場へ着いたときには、ルッカはもう昨日残されていた毛の束を手にしていた


鼻先へ近づけ、短く息を吸う


それから森の奥ではなく、反対側へ顔を向けた


「やっぱり、こっち」


「外側?」


「ああ」


昨日見つけた痕跡は、森の奥からこちらへ向かっていた


ただ、第二水場そのものを目指していたようには見えない


途中を通り、そのまま森の外側へ流れている


今日確かめるのは、その先だ


ダリオが持ってきた荷物を地面へ置き、中身を確認する


水、小さな布、縄、最低限の食料


エナは救護に使うものを自分で確認してから、いくつかを俺の空間収納へ渡した


「これも」


「分かった」


受け取った小さな包みを収納する


こういう物を運べるのはやっぱり便利だ


どれくらい入るのかは今でも正確には分からないが、必要な小物をまとめて持ち歩く分には困っていない


「今日は戦いに行くわけじゃないんだよな」


俺が聞くと、ダリオが頷く


「調べるのが目的だ」


「見つけても追わない?」


「相手による、危険がなければ見るだけでいい」


「危険なら?」


「避けられるなら避ける」


「避けられなかったら?」


「倒す」


分かりやすい


俺としては嫌いじゃない


昨日のうちに森の奥へ入り込まなかったのも、今日いきなり危険な場所へ突っ込まないのも、ダリオなりの順番なのだろう


知りたいから近づく


ではなく


安全に知るために、どこまで近づくかを決める


俺にはまだ、その感覚が少し足りない


準備を終えている間にも、第二水場へゴブリンが一体やってきた


以前にも見た気がするが、同じ個体かは分からない


そいつは俺たちの荷物を見ると、いつもより少し遠いところで立ち止まった


「出るの分かるのかな」


「たぶん」


ルッカが答える


ゴブリンは水を飲んだあと、森の奥を振り返った


それから短く何かを言い、手を横へ振る


言葉の意味までは分からない


ただ、昨日見た個体と似た動きだった


奥へ行くな


あるいは、あっちには行かない


そんな意味に見える


少し遅れて、別のゴブリンも水場へ来た


こちらは水を飲むより先に、木々の間を何度も振り返っている


採取用らしい袋には、それほど物が入っていなかった


ルッカがその袋を見てから言う


「早い」


「帰ってくるのが?」


「ああ、いつもより」


三体全部を一度に見たわけではない


どれが以前のどれなのかも断定できない


それでも、普段ここを利用しているゴブリンたちの中に、森の奥を避けようとする動きがあるのは間違いなさそうだった


「行くぞ」


ダリオの声で、俺たちは水場を離れた


先頭はルッカ


少し後ろにダリオ


俺とエナが続く


いつもの移動と違い、今日は何度も足を止める


ルッカが地面を見るたび、俺も覗き込んだ


最初のうちは何となく足跡らしいものがある程度しか分からなかったが、いくつか並べて見ると違いが見えてきた


大きい跡


小さい跡


爪の深い跡


草を踏み倒した跡


一か所だけなら偶然にも見える


けれど、それが何度も同じ向きへ続いていた


「全部、外へ?」


俺が聞く


ルッカはすぐには答えず、少し離れた場所へ移動した


地面へしゃがみ、葉を持ち上げる


さらに先へ進み、木の根元を見る


「全部じゃない」


「違う向きもある?」


「ある、でも多いのはこっち」


指したのは外側だ


「何か追ってるとかじゃなくて?」


今度は首を振る


「違う」


「分かるの?」


「追うなら、跡が寄る」


ルッカは二本の指を動かし、何かが一つの方向へ集まる形を作った


それから指をばらばらに広げる


「これは、離れてる」


「ああ……」


何かを獲物として追いかけているなら、複数の足跡が同じ対象へ集まっていく


でも今見ている跡は違う


別々の場所から来て、同じように奥から離れている


「逃げてる?」


「分からない」


ルッカはそこまでは言わなかった


でも、少なくとも追ってはいない


奥から離れている


それだけでも昨日より一歩進んだ


俺は周囲へ意識を向けた


《魔力感知》


木々の間に散らばる小さな反応を拾う


左前


遠くに一つ


右側にもある


さらに奥にもいくつか


「何かいるな」


ダリオが振り返る


「どこだ」


「前の方、あと右にも」


「どれくらい離れている?」


「……そこが分からない」


感じる


でも距離が曖昧だ


近いか遠いかくらいなら何となく分かる


ただ、木を十本越えた向こうなのか、もっと先なのかまでは掴みにくい


意識を広げるほど、反応はぼやける


「数は?」


「何個か……いや、もっといるかも」


「近づいている?」


「それも分かりにくい」


自分で言っていてもどかしい


いることは分かる


方向も大体分かる


数が一つではないことも分かる


なのに、それを戦うための情報として使おうとすると急に足りなくなる


ルッカが耳を立てた


俺たちへ手を上げる


全員が止まる


しばらくして、ルッカが右を指した


「二つ」


「俺は三つくらい感じる」


「近いの二つ、遠いの一つ」


「そこまで分かるのか」


「音」


俺には聞こえない


魔力なら感じる俺と、魔力なんて見ていないルッカ


同じ場所を見ているのに、拾っているものが違う


少し進むと、俺にも物音が聞こえた


枝が折れる


一度


少し間を空けてもう一度


ダリオが手を出し、俺たちを止めた


「前へ出るな」


「何か来る?」


「分からん、だが動きが速い」


俺はもう一度意識を広げる


確かにいる


さっきより近い


右前


一つ


その奥にも


さらに別方向からも何かが入ってきた


「増えた」


「どこだ」


「右前と、その奥……左にもいる」


「左?」


ルッカが左へ顔を向ける


数秒後、表情が変わった


「いる」


「何体?」


「三……いや、もっと」


ダリオがすぐに俺たちの位置を変えた


「木を背にするな、前だけ見るな」


俺は一歩開けた場所へ出る


エナは後ろへ下がり、太い木と岩の間に位置を取った


俺の魔力感知へ反応が次々に入ってくる


右


左


前


数が多い


でも、それぞれの距離が曖昧だ


近づいているのは分かる


それ以上が分からない


草が大きく揺れた


最初に飛び出してきたのは、犬と狼の中間みたいな魔物だった


低い身体


黒灰色の毛


前脚の爪だけが不自然なくらい長い


木漏れ日を受け、その爪が鈍く光る


一体だけではない


続けて二体


さらに少し離れた場所からもう一体


「鉄爪ジャッカルだ」


ダリオが言う


「強い?」


「一体なら大した相手じゃない、群れが面倒だ」


答えを聞くより早く、一体が地面を蹴った


俺は《火弾》を作る


狙う


撃つ


炎が正面から飛び込み、鉄爪ジャッカルの胸へ当たった


勢いのまま地面を転がる


止まった


一体


前より明らかに楽だ


火弾の立ち上がりが速い


威力を必要以上に大きくしなければ、魔力にも余裕がある


けれど、倒れた一体を見ている暇はなかった


「右!」


ルッカの声


身体を向けるより先に魔力の反応を感じる


二つ


いや、三つ


木の陰から続けて飛び出した


《火弾》


二つ作る


撃つ


一発目が先頭へ当たり、二発目は横を抜けた


外した


その隙に三体目が低く走り込んでくる


俺が次の魔法を作ろうとした瞬間、ダリオが横から踏み込み、武器で進路を変えた


鉄爪ジャッカルの身体が地面を滑る


「一つを見るな!」


「分かってる!」


分かっていたつもりだった


でも実際には、一発撃つと当たった相手を見ている


次を作るときには次の一体だけを見る


これでは数が増えたとき遅れる


俺は魔力感知を広げる


目で追うのではなく、周り全部


前にいる


右にもいる


後ろにも反応


「後ろ!」


振り返る


木の横から一体が飛び込んでくる


火弾を作る時間が惜しい


《風圧》


正面から叩きつける


鉄爪ジャッカルの身体が横へ流され、木へぶつかった


そのまま倒れたが、まだ動いている


「仕留めるな、前!」


ダリオに言われ、俺は視線を戻した


二体来る


火弾を二つ


撃つ


一つ当たる


もう一つも当たる


今度は止まらない


撃った瞬間には次の魔力を集める


正面の結果を見ない


右側へ意識を向ける


反応


近い


遠い


近い方を先に


火弾


撃つ


「左、二!」


ルッカの声


左へ向く


確かに二つ


いや、その後ろにも何かある


「三ついる!」


「奥にもう一つ!」


ルッカの方が細かい


俺には一つのまとまりに感じていた場所を、あいつは音で分けている


火弾を三つ作る


ここまでは前からできた


違うのは、その後だ


一発ずつ狙う


右


中央


左


三つ放つ


二つが命中


一つは木に当たり、火が小さく散った


「まずい」


火が広がる前に《水球》をぶつける


消えた


その間にも反応が近づく


「くそ、忙しいな」


「数を見る!」


ダリオが叫ぶ


見る


いや、感じる


前だけじゃない


意識を広げる


魔力の反応が散らばっている


さっきまでは、いる、というだけだった


今はその中に少し違いがある


近い


遠い


右


左


後ろ


大きい


小さい


今までにも何となく感じていたはずなのに、戦いながら何度も位置を確かめるうち、それぞれが少しずつ分かれていく


頭の中に地図が出るわけじゃない


木の位置も分からない


地面の形も見えない


ただ、魔力だけが点のように散らばっている


近い点


遠い点


動く点


止まった点


「右から来る!」


俺が言う


ルッカがすぐ返す


「三体、いやもっといる、こっちへ回り込んでる」


「もっと?」


俺の感覚では三つだった


でも耳を澄ますと、草が何か所も揺れている


魔力反応が重なっていたのかもしれない


「ダリオ!」


「位置を下げる、囲ませるな!」


俺たちは一斉に後ろへ動く


開けた場所を保ちながら、鉄爪ジャッカルの群れが左右から包む形になるのを避ける


前から二体


右から三体以上


左にも反応


十数体


最初に見えた数だけではなかった


「エナ、そのまま後ろ!」


「分かった!」


俺は火弾を作る


一発


二発


三発


撃つ


一体が倒れる


次を作る


撃つ


右へ向く


また作る


撃つ


これまでなら三発を用意して、それをどう使うかに集中していた


今は違う


撃ったら次を作る


作りながら周りを見る


いや、感じる


次の位置を探す


一体ずつ長く相手にする必要はない


今の火弾なら、きちんと当てれば十分倒せる


だから必要なのは、一発をもっと大きくすることじゃない


必要な相手へ、必要なだけ当て続けることだ


右側の一体へ撃つ


次


正面


次


左


少し遠い


後回し


近い方


撃つ


反応が一つ消える


消えたことまで分かる


「後ろに一つ!」


俺が振り向く


ダリオより先に火弾を飛ばす


木の横から出てきた鉄爪ジャッカルの肩へ当たった


倒れる


まだ魔力は残っている


昨日、必要以上に大きな魔法を使えば燃費が悪いと考えたばかりだった


今はその意味がよく分かる


一体を倒すのに巨大な炎は必要ない


必要な大きさで


必要な威力で


何度も使う


それだけで、戦い方が変わる


一体が低く跳んだ


俺の火弾を避ける


速い


もう一発


今度は前ではなく、着地する少し先へ撃つ


炎を嫌って進路を変えたところへダリオが入る


一撃


倒れる


「今のはいい!」


「そっちも!」


声を返した直後、左から二つの反応が急に近づいた


振り向く


一体目


近すぎる


《風圧》


吹き飛ばす


二体目には火弾


命中


さらに後ろ


もう一つ


火弾を作る


撃つ


外れる


すぐ次


今度は当たる


身体が熱い


息も上がってきた


でも、進化前の戦いとは違う


魔力をこれだけ連続で使っているのに、まだ動ける


頭の中も妙に冴えている


周囲へ広げた感覚が消えない


むしろ、使えば使うほど位置の違いがはっきりしてくる


「前、遠いのが四つ」


俺が言う


ルッカが見る


「逃げる」


確かに反応が遠ざかっている


正面に残っていた鉄爪ジャッカルがこちらへ背を向けた


一体


二体


その後ろにもいる


「追う?」


俺が聞く


ダリオは即答した


「追わない」


「でもまだ――」


「目的を忘れるな」


言われて止まる


討伐しに来たんじゃない


調べに来た


それに、群れが逃げる先まで追えば、今度こそ森の奥や知らない場所へ引き込まれるかもしれない


俺は作りかけた火弾を消した


遠ざかる魔力の反応を追う


前より分かる


一つ


その少し右に二つ


遠くに大きめの反応


でも、それが鉄爪ジャッカルかどうかは分からない


もっと先にいる別の何かなのかもしれない


距離も、大まかだ


「あっちにまだ何かいる」


俺が指す


ルッカが同じ方向を見る


「足跡ある」


「ジャッカル?」


ルッカは地面へしゃがみ込んだ


しばらく見てから首を振る


「分からない、違うのもある」


やっぱりそうだ


俺には魔力があることしか分からない


ルッカには、そこを何が通ったかを推測するための跡が見えている


どちらかだけでは足りない


「怪我したやつは?」


エナの声で、俺は自分の身体を見る


血は出ていない


ダリオも大きな怪我はなさそうだ


ルッカの腕に細い傷がある


「それ」


エナが見つけた


「枝」


「見せて」


「平気」


「見せて」


二回目は少し強かった


ルッカが素直に腕を出す


エナが傷を見る


「浅い、洗う」


「治癒いる?」


俺が聞くと、エナは首を振った


「いらない」


「了解」


これも俺が決めることじゃない


治せるから治す、ではない


必要かどうかを見るのはエナだ


水で洗い、布で拭くだけで終わった


「俺は?」


「怪我なし」


「ダリオ」


「なし」


「じゃあ大丈夫か」


呼吸を整えながら、周囲を見る


倒れた鉄爪ジャッカルが何体もいる


全部を正確に数えてはいない


俺が倒したものも多い


ダリオが仕留めたものもいる


途中で倒れていた個体に誰の攻撃が決定打だったかなんて分からない


ただ、進化してから初めて、まとまった数を相手に戦った


強くなったことは、嫌でも分かる


一発の威力だけじゃない


連続して使える


周囲へ意識を広げられる


動きながら次の魔法を準備できる


それでも一人なら危なかった


右から回り込む数はルッカの方が早く掴んだ


囲まれない位置を決めたのはダリオだ


怪我の確認はエナ


強くなったことと、一人で全部できることは全然違う


俺たちはしばらく周囲を調べた


倒れた鉄爪ジャッカルの足跡は、戦った場所のさらに奥へ続いている


ただし、そこから俺たちへ一直線に向かってきたわけではなかった


ルッカは何度も地面を確認し、少しずつ移動していく


「どう?」


「奥から来た」


「俺たちを追って?」


「違う」


「やっぱり?」


ルッカが少し先を指す


「ここ、走ってる」


「戦う前から?」


「ああ」


さらに別方向


「こっちも」


鉄爪ジャッカルたちは、最初から俺たちを獲物として奥から追跡してきたわけではない


すでに外側へ向かって移動していた


その途中で俺たちとぶつかった


「逃げてたのかな」


俺が言う


「分からない」


ルッカはまたそう答えた


「でも奥から離れてる」


それは昨日から変わらない


ただ、今度ははっきりした群れとして確認できた


十数体もの鉄爪ジャッカル


しかも、周辺には別の種類らしい痕跡まである


「鉄爪ジャッカルって、普段この辺にいるの?」


俺がダリオへ聞く


「見ないわけじゃない」


「じゃあ、ここにいてもおかしくない?」


「一体二体ならな」


「群れで外へ動くのが変?」


「それだけなら理由はいくつもある、獲物が減った、縄張り争いに負けた、繁殖場所が変わった、強い魔物を避けた」


「じゃあまだ異変とは言えない?」


ダリオは倒れた魔物ではなく、ルッカが調べている別の足跡を見る


「これだけならな」


そこが大事らしい


鉄爪ジャッカルだけなら説明できるかもしれない


でも昨日から見つかっているのは一種類じゃない


「別のやつも同じ向きだからか」


「ああ」


原因はまだ分からない


何か一体の強い魔物から逃げているのか


環境が変わったのか


食べ物がなくなったのか


もっと別の何かなのか


分からないことだらけだ


ただ一つ、昨日より確かなのは、森の奥側から外へ動いているものがいるということだった


帰る前に、俺は少し離れた場所へ立った


「何してる?」


ルッカが聞く


「確認」


「魔法?」


「違う、たぶん」


自分の中へ意識を向ける


戦っている途中から、感覚が少し変わっていた


周囲へ広げた魔力感知


近い


遠い


右


左


大きい


小さい


前から何となくは分かっていた情報が、戦いの中で妙にはっきりした


気のせいなのか


それとも何か変わったのか


こういうときに一番確実なのは、結局これだ


STATUS


意識を向ける


表示された内容を見て、最初に目へ入ったのはLEVELだった


NAME セイジ


RACE ハイホブゴブリンメイジ


LEVEL 4


HP C-


MP C


筋力 D-


耐久 D+


敏捷 C-


器用 C-


精神 C


魔力 C+


SKILL


《魔力探査》


《魔力制御》


TITLE


なし


「……四?」


思わず声が出た


「何?」


ルッカが寄ってくる


「LEVEL、四になってる」


前に確認した時は一だった


二になった瞬間も


三になった瞬間も


全く分からなかった


いつ上がったのかは分からない


どの鉄爪ジャッカルを倒したときなのかも分からない


ただ、前に確認した時が一


今が四


確定しているのはそれだけだ


それより気になるものがある


「魔力感知がない」


「なくなった?」


「いや……違う」


SKILLの欄を見る


《魔力探査》


知らない名前だ


でも、さっきまで使っていた感覚そのものが消えたわけではない


むしろ逆だ


意識を周囲へ広げる


すぐに反応が入る


ルッカ


ダリオ


エナ


少し遠くにも小さな反応


さらに別方向にもある


前より距離の違いが分かりやすい


「これか」


試しに目を閉じる


右前にルッカ


後ろ寄りにエナ


もっと離れた位置にダリオ


当然、姿は見えない


何をしているかも分からない


木がどこにあるかも分からない


でも、魔力の位置だけは以前より掴みやすい


「ルッカ、ちょっと動いて」


「ああ」


反応が動く


右から左へ


少し離れる


距離の変化も分かる


「止まって」


止まる


「もうちょい遠く」


また動く


少し曖昧になるが、それでも前より分かる


「何してる?」


「SKILLが変わったみたいだ」


「何に?」


「《魔力探査》」


言葉にすると、それらしい名前だ


感知より探査


いると気付くだけじゃなく、もう少し積極的に探れる


そんな違いなのかもしれない


俺はさらに範囲を広げてみる


いくつか反応


大きさにも差がある


ルッカたちの反応と、そのさらに向こうの小さな反応


違いは感じる


ただし、それが何の生き物かは分からない


「向こうに何かいる」


俺が指す


ルッカが見る


「何?」


「分からない」


「何体?」


「一つ……たぶん」


ルッカが少し移動し、地面を見る


それから耳を動かす


「小さい獣」


「種類は?」


「ここからじゃ分からない」


「俺は小さいってことしか分からない」


やっぱりそうだ


便利にはなった


かなり便利だ


でも、何でも分かるわけじゃない


地図が頭に浮かぶわけでもない


木や岩の位置は見えない


罠があるかも分からない


種族も分からない


足跡も匂いも分からない


「ルッカがいらなくなるやつじゃないな」


「当たり前」


「そこはちょっと迷ってくれてもいいだろ」


「なんで?」


「いや、いい」


俺が苦笑すると、ルッカは不思議そうにしていた


その横でダリオが俺を見る


「戦っている途中で変わったのか」


「たぶん、でもいつかは分からない」


「何ができる」


「前より、方向と距離が分かる、あと魔力が大きいか小さいかも少し分かりやすい」


「数は?」


「離れていれば分かるけど、近くに固まってるとまだ怪しい」


さっきも三体だと思ったところに、もっといた


万能じゃない


そこを勘違いすると危ない


「なら次からは、分かることと分からないことを言え」


ダリオが言う


「どういうこと?」


「『敵がいる』だけでは足りん、『右に近い反応が二つ、奥は不明』なら使える」


「ああ」


確かに


能力が良くなっても、伝え方が悪ければ役に立たない


「分からないところまで分かったふりをするな」


「はい」


「返事だけはいいな」


「ちゃんと覚えるって」


ダリオが少し笑った


もう一度STATUSを見る


LEVELだけじゃない


HP


敏捷


精神


魔力


いくつかの表示が変わっている


戦闘中、以前より身体を動かしやすかったのも気のせいではなかったらしい


魔力にも余裕が増えている


ただ、それ以上に気になるのは《魔力探査》だった


力そのものが増えるのも嬉しい


でも、見えるものが増える方が、今の俺には面白い


周りを探す


位置を掴む


そこへ必要な魔法を撃つ


今日の戦いでは、それだけでかなり違った


それでも、火弾を何発も撃ちながら俺は何度も思っていた


一体を倒すのに、毎回あの大きさが必要なのか


もっと小さく


もっと狭く


必要なところだけへ威力を集められれば、同じ魔力でももっと効率よく戦えるんじゃないか


昨日、水球で失敗したやつだ


小さくしたまま中へ押し込もうとして、膨らみ、歪み、最後には顔へ水をかぶった


戦いながら火弾を何度も作ったことで、その疑問がむしろ強くなった


「また変な顔してる」


ルッカが言う


「変な顔?」


「魔法考えてる顔」


「そんな顔ある?」


「ああ」


「どんな?」


ルッカが少し考える


「周り見てない」


「それは危ないやつじゃないか」


「だから言った」


俺は森を見る


さっきまで鉄爪ジャッカルがいた場所には、もう動くものはほとんどない


逃げた反応も遠ざかっている


追う必要はない


今日は十分だ


帰る途中にも、何度か《魔力探査》を試した


以前より使いやすい


ただし、森の中で本当に役立つのは、やはりルッカと一緒に使ったときだった


「左奥、反応一つ」


俺が言う


ルッカが確認する


「動いてない」


「寝てる?」


「分からない」


少し近づいてから、ルッカが地面を見る


「古い穴」


「穴?」


俺には分からない


木の根の陰に、小さな巣穴らしいものが隠れている


「中にいる?」


「ああ」


「俺には魔力しか分からなかった」


「俺は魔力分からない」


「二人なら両方分かるな」


ルッカが頷く


単純な話だ


でも悪くない


俺のSKILLが変わったからといって、今まで一緒にやってきた相手の仕事を奪うわけじゃない


むしろ、組み合わせられる情報が一つ増えた


第二水場が近づく頃には、俺の頭の中もだいぶ整理できていた


森では何かが動いている


複数の種類が、奥から外へ


今日確認した鉄爪ジャッカルも、その途中で俺たちとぶつかった可能性が高い


理由は不明


原因も不明


だから、まだ決めつけない


分かっていることだけを積み上げる


水場へ戻ると、朝に見たゴブリンとは別の一体がいた


俺たちを見ると少し身構えたが、ルッカの姿を確認して力を抜く


そいつの持っている採取物は少ない


森の奥へ向かう経路を避けているのか、それとも単に今日は少ないだけなのか


そこまでは分からない


ただ、俺たちが奥側を指すと、そのゴブリンは明らかに嫌そうな顔をした


そして首を振る


「やっぱり避けてるな」


俺が言うと、ダリオも頷いた


「理由までは分からん」


「でも、俺たちだけじゃない」


「ああ」


昨日までなら、何となく変だ、で終わったかもしれない


今日は違う


痕跡がある


ルッカが方向を確認した


鉄爪ジャッカルの群れと実際に遭遇した


他の種類らしい跡もある


他ゴブリンも奥を避けている


一つ一つなら偶然かもしれない


でも重なると、無視するには多すぎる


エナが朝に持ち出した物を確認している横で、俺は水場に腰を下ろした


戦った疲れはある


それでも魔力はまだ残っている


進化した直後より、さらに身体の感覚が軽い


LEVEL4


まだ四


前の進化前ならもっと高かった数字なのに、今はそこまで戻っただけでも身体の変化が分かる


進化してLEVEL1へ戻った意味が、少しずつ実感になってきた


俺は手を前へ出した


「やるの?」


ルッカがすぐ気付く


「一回だけ」


「水?」


「今日は火はやめとく」


「水ならかぶっても平気」


「そこ基準なのか」


小さな《水球》を作る


昨日と同じくらい


でも今日は、その前に周囲へ《魔力探査》を広げる


近くにルッカたちの反応


すぐ近くに大きな反応はない


それを確認してから、水球へ意識を戻す


大きくするのではなく


狭くまとめる


昨日は魔力を足しただけで膨らんだ


今日の火弾も同じだった


魔力を増やせば大きくなる


でも俺が欲しいのは、それじゃない


小さなまま


中身を強く


「……やっぱり、これだな」


「何が?」


「次にやりたいこと」


水球を消す


今日は試さない


戦ったあとに疲れた頭でやることでもない


今度は落ち着いて


失敗する前提で


ちゃんと試す


鉄爪ジャッカルを何体倒したかより、その考えの方が頭に残っていた


たくさん撃てるようになった


周りも前より見えるようになった


だったら次は、一発ずつをもっと無駄なく強くしたい


大きくするんじゃない


小さく、狭く、そこへまとめる


やり方はまだ分からない


でも昨日より、その必要性ははっきりした


森の奥で何が起きているのかも分からない


これから、もっと強いものに出会うかもしれない


なら、今使える魔法をただ大きくするだけでは足りない


俺は手のひらを握り、もう一度森の奥を見た


そこに何がいるのかは、まだ見えない


けれど、見える範囲は昨日より少し広がった

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