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また一段、ゴブリン

第59回 また一段、ゴブリン


目を開けた時、最初に見えたのはいつもの岩の天井だった


昨日までと同じ


少し暗くて、見慣れた凹凸があって、その横には俺たちが置いた物が並んでいる


だから一瞬、何も変わっていない気がした


体を起こそうとするまでは


「……ん?」


手を床について力を入れた瞬間、思っていたより体が早く起きた


勢いがつきすぎる


慌てて反対の手をつく


手のひらに返ってくる感覚も少し違った


「何やこれ」


昨夜のことが一気に戻ってくる


進化


ハイホブゴブリンメイジ


俺はまだ完全に起きていなかった頭で、自分の腕を見る


緑色の肌は変わらない


人間の腕になっているわけでもない


ただ、前より少し長い


いや、腕だけではない


肩


胸


脚


全部がわずかに大きくなっているように感じる


最初にゴブリンメイジからホブゴブリンメイジへ変わった時ほどの差ではなさそうだ


あの時は生活そのものを見直さないといけないくらい体格が変わった


今回はそこまでではない


寝床にも普通に収まっていた


天井へ頭をぶつけることもない


岩陰拠点は、一度俺の体格変化に合わせて広げてもらっている


それがそのまま使える


「よかった……」


何が一番心配だったのか自分でも分からないが、家がまた使えなくなる展開だけは避けられたらしい


横を見る


ルッカはもう起きていた


座ったまま俺を見ている


「起きた」


「おはよう」


「おはよう」


返事をした瞬間、俺は自分の声に少し違和感を覚えた


低くなったのか


大きくなったのか


そこまでは分からない


ただ、言葉を出した時の口の動きが少し滑らかだった


もう一度言う


「おはよう」


ルッカが首を傾げる


「なに?」


「声、違う?」


ルッカは俺の顔を見る


「少し?」


「少し?」


「うん」


微妙な答えだ


俺も自分で確認する


「あ」


声を出す


「い」


口を動かす


「う」


ルッカが変なものを見る目になってきた


「何してる?」


「確認」


「何の?」


「口」


もっと変な顔をされた


俺はやめた


立ち上がる


今度はゆっくり


昨日進化直後に立った時ほどの違和感はない


一晩寝て少し慣れたのかもしれない


それでも歩幅が微妙に違う


いつもの位置に置いてある小さな器へ二歩で行くつもりが、一歩目で思ったより近づいた


「歩くのも違うな」


手を伸ばす


器を持つ


軽い


軽すぎるというほどではない


ただ、持ち上げる時の力が少し余る


指の位置も違う


手が少し大きくなっているらしい


いつもと同じ場所を持ったつもりなのに、指が器の縁へかかる


「これも慣れ直しか」


食事の準備を始める


小さな道具を握る


以前と同じ握り方だと少し窮屈だ


持つ位置を変える


力を入れすぎないようにする


細かいことばかりだ


生活できないわけではない


ただ、いつも通りにやろうとすると小さなずれが出る


俺は昨日の夜に思ったことを思い出した


分からないなら試せばいい


まさに今日からそれをすることになりそうだ


食べ始める


少しして別の違和感に気づいた


「足りんかも」


ルッカが俺を見る


「もっと食べる?」


「たぶん」


昨日までと同じくらい用意したつもりだった


でも、腹の減り方が少し違う


進化した直後だからなのか


体が大きくなったからなのか


今日だけなのか


まだ分からない


俺は追加で少し食べる


「これも見る」


「何を?」


「いっぱい食べるか」


ルッカが頷く


何でも一回で決めない


食事量だって同じだ


一日多く食べただけで、これからずっと増えるとは限らない


食事を終えると、俺はようやく一番大事な確認をすることにした


昨日は進化直後で疲れていた


今なら落ち着いて見られる


「STATUS」


表示が開く


俺は上からゆっくり読む


NAME セイジ


RACE ハイホブゴブリンメイジ


LEVEL 1


HP D+


MP C


筋力 D-


耐久 D+


敏捷 D+


器用 C-


精神 C-


魔力 C


SKILL

《魔力感知》

《魔力制御》


TITLE

なし


しばらく黙って見る


「やっぱり一や」


ルッカが近づく


「一?」


「LEVEL」


指を一本立てる


「進化したら、一」


前にもあった


ホブゴブリンメイジへ進化した時もLEVELは1へ戻った


だから今回は前ほど驚かない


「まあ、前もこれやったしな」


日本語で言ってから、改めてSTATUSを見る


種族は確かに変わっている


ハイホブゴブリンメイジ


HPはD+


MPはC


筋力はD-


耐久はD+


敏捷はD+


器用はC-


精神はC-


魔力はC


進化前より全体的に上がっている


特に、昨日までE+だった筋力がD-になっている


器用もC-


MPと魔力はC


「結構変わったな」


でも、新しいSKILLはない


《魔力感知》


《魔力制御》


そのまま


TITLEもなし


新しい魔法が表示されているわけでもない


使えるものが急に増えた様子はない


俺は少し安心した


知らない能力が大量に増えていたら、それはそれで確認が大変だった


今まで使ってきたものを、今の体でどう扱えるか


まずそこからだ


「ルッカ」


「なに?」


「魔法、試す」


「ここで?」


「小さいの」


入口近くへ移動する


岩陰拠点を壊したくない


まず手のひらを上へ向ける


《水球》


いつもの感覚で、ごく小さな水球を作るつもりだった


出た瞬間、


「でか」


思っていたより少し大きい


慌てて《魔力制御》へ意識を向ける


出力を落とす


水球が小さくなる


「同じじゃない」


魔法そのものが変わったのか


俺の魔力が上がったからなのか


制御の感覚がずれただけなのか


そこまではまだ分からない


ただ、昨日までと同じつもりで魔力を流すと、少し強く出る


それは確認できた


「もう一回」


一度消す


今度は最初から弱く


《水球》


小さな水球が出る


「これくらい」


次は《風圧》


入口の外へ向ける


弱く


落ち葉が少し揺れる


さっきよりは思った通りだ


《土成形》も小さな範囲だけ


地面をほんの少し動かす


強くなっているからといって、大きく変える必要はない


《火弾》は岩陰拠点の近くでは試さない


昨日も十分使った


必要になった時に、まず小さめから調整すればいい


《治癒》も怪我人がいないのに試すものではない


「新しい魔法は?」


ルッカが聞く


「ない」


「強い?」


「たぶん、前より」


俺は自分の手を見る


「でも、調整いる」


言葉が前より少し出しやすい


今の発音が本当に明瞭になっているのか、自分だけでは判断しにくい


ただ、舌が動かしやすい


口の形も作りやすい


日本語を話す時より、人間語の音を作る時の方が違いを感じる


「第二水場、行く?」


ルッカが聞く


「行く」


昨日の道も気になる


人間たちがどうしているかも見たい


それに進化後の俺を見れば、みんな驚くだろう


そのことを考えて、


「面倒やな」


と呟いた


「面倒?」


ルッカが聞く


「見た目」


自分を指す


「変わった」


「うん」


「みんな驚く」


ルッカは少し考え、


「驚く」


と頷いた


否定してほしかった


岩陰拠点を出る


入口は普通に通れる


以前より肩周りが広くなった気はするが、屈み方を大きく変えるほどではない


外へ出て歩き始める


やはり歩幅は少し違う


前と同じ速さで歩こうとすると、ルッカとの距離が少し開く


俺が速くなったのか


歩幅が広がっただけなのか


今はどちらでもいい


「速い?」


俺が聞く


「少し」


歩調を落とす


昨日までと同じように隣を歩く


森にはまだ雨の跡が残っている


崩れた道へは行かない


ダリオもローデンも、明るくなってから確認すると言っていた


俺とルッカは安全が確認されている経路を使う


途中、《魔力感知》も試す


意識を広げる


反応が返ってくる


小さなもの


遠いもの


昨日までより何かが急に見えるようになったわけではない


ただ、感知を維持する時の負担が少し軽い気がする


本当に変わったのか、昨日の疲労が抜けただけなのかは分からない


今日はそういうことばかりだ


進化したから全部進化のせいだと決めたくなる


でも、一つずつ確かめないと分からない


第二水場へ着くと、最初に俺を見た人間が固まった


本当に固まった


手に持っていた器を途中で止めたまま、こちらを見る


「……セイジ?」


声を出したのはミラだった


「うん」


返事をする


ミラの目が少し大きくなる


「声も少し違う?」


「ルッカも言った」


「やっぱり」


エナもこちらへ来る


俺の前で止まり、上から下まで見る


「昨日より大きくなってる」


「少し?」


「少しどころではあるけど、前の進化ほどじゃないかな」


「怪我じゃない」


「それは見れば分かる」


エナの反応は思ったより普通だった


ダリオは俺を見ると、


「また変わったのか」


とだけ言った


「うん」


「動けるか?」


「動ける」


「なら後で道を見に行く時、無理するな」


それで終わりだった


ローデンはもっと露骨に俺の体を見る


腕


肩


手


足


「また道具の持ち方変わるな」


「やっぱり?」


「手がでかくなってる」


自分でも分かっていたが、人に言われると確定した気がする


「全部直す?」


俺が聞く


ローデンはすぐ首を振った


「まず使え」


「使う?」


「困るところだけ見ろ」


前なら、俺の体に合わせて岩陰拠点を直してもらった


今度も同じように全部変えるのかと思っていた


でも第二水場は俺だけの場所ではない


人間も使う


ルッカも使う


他のゴブリンが来ることもある


体の大きさが全員違う


「俺だけ高くする、駄目?」


「駄目じゃないが、全部セイジ用にしたら他が困る」


「そっか」


単純だった


第二水場にある共同用の棚へ行く


上の段


俺には取りやすい


以前よりさらに楽だ


でも低い段へ手を伸ばすと、少し腰を曲げる量が増えた


ルッカなら低い方が使いやすい


人間には真ん中くらいがちょうどいい


「違う高さ」


俺が言う


ローデンが頷く


「棚を全部同じ高さにする必要はない」


「高い、低い、両方?」


「そういうことだ」


別の場所へ移る


作業に使う道具


持ち手の位置


俺には低い


人間にはちょうどよさそうだ


ルッカには少し高い


「これも?」


「直すなら、持つ場所を増やす方がいいかもな」


「俺用だけじゃなく?」


「誰でも持てる方が楽だろ」


なるほど


俺が大きくなるたびに全部を俺へ合わせていたら、他の人が使いにくくなる


なら最初から違う体格でも使えるようにすればいい


高さの違う棚


低い位置と高い位置の持ち手


必要なら動かせる踏み台


小さい人でも扱える軽い道具


力のある人が使う重い道具


同じ場所に全部押し込まなくてもいい


「これ、面白いな」


俺が言う


ローデンが眉を上げる


「何が?」


「俺が変わったから、みんな使いやすくする」


「普通は自分に合わせたくなるんじゃないか?」


「岩陰拠点は俺とルッカの家だから、それでいい」


俺は周囲を見る


「ここ、みんな使う」


ローデンは少しだけ笑った


「分かってるじゃないか」


言われると嬉しい


第二水場へ人が増えてきた


昨日の崩落の話を聞いた人もいる


道はまだ完全には戻っていない


危険な経路は使わない


ダリオとルッカが確認した道だけを使う


ローデンも後で崩落地点を見る予定だが、今日は人を連れて無理に通すつもりはないらしい


ミラが昨日のことを人間側へ説明している


その途中で俺を指された


何か言われている


「何?」


聞くとミラが笑った


「セイジが変わったから説明してた」


「何て?」


「同じセイジだって」


「そこから?」


確かに必要かもしれない


昨日会った人でも、今日の俺を見て別のゴブリンだと思う可能性はある


人間の一人が近づく


警戒しながらではあるが、逃げない


「本当にセイジか?」


「本当」


俺は答える


発音した瞬間、その人が少し首を傾げた


「前より喋りやすそうだな」


「少し、口、動かしやすい」


言ってから、自分でも驚く


以前なら、


「口、動く、楽」


くらいになっていたかもしれない


今の方が音をつなげやすい


だからといって、知らない単語が増えたわけではない


文法を急に理解したわけでもない


頭の中にあるものを、口に出しやすくなっただけだ


「種族は?」


別の人が聞く


俺はSTATUSで見た名前を思い出す


「ハイホブゴブリンメイジ」


少し長い


でも言えた


「ハイホブ……?」


「ゴブリンメイジ」


ミラが補足する


「昨日までのホブゴブリンメイジから、また進化したみたい」


「人間になったわけじゃないのか」


俺は自分の腕を見る


「見たら分かるやろ」


日本語で言ってしまう


「何?」


「違う」


人間語に直す


「人間じゃない、ゴブリン」


言葉にしても、前ほど胸が重くならなかった


ゴブリン


それは事実だ


人間になりたい気持ちと矛盾しているようで、今は両方そのまま置いておける


午前のうちは、新しい体で日常のことを一つずつ試した


共同用の器を持つ


少し軽い


力を入れすぎない


布を絞る


前と同じつもりだと強すぎる


途中で緩める


小さな工具を握る


手に合わないものがある


空間収納から必要な物を取り出す


ここは大きく違わない


意識すると、目的の物が以前よりすっと手元へ出てくる感覚はある


ただ、容量が増えたかどうかは試していない


進化したからといって、何でも入るようになったとは限らない


今は、


「前より少し余裕があるかも」


その程度だ


ローデンから細い紐を頼まれる


空間収納へ意識を向ける


すぐ取り出せた


次に小型工具


これも出す


救護用品の一部をエナに渡す


続けて出しても、以前ほど頭の中が散らからない


「便利」


俺が言う


エナが笑う


「前から便利でしょう」


「前より、楽」


「進化したから?」


「分からない」


「そう言うと思った」


それでいい


分からないものは分からない


少なくとも今日の俺は扱いやすいと感じている


その後、エナに頼まれて水を出す


《水球》


朝の失敗を思い出し、最初から出力を抑える


ちょうどいい大きさ


「どう?」


「普通ね」


「普通が難しい」


「強くなったなら、強くしないのも大事じゃない?」


本当にその通りだ


魔力が増えたから毎回大きな魔法を使えばいいわけではない


人の手を洗う水なら少量でいい


布を洗うならそれに合う量


調理に使うなら必要なだけ


進化した後こそ、《魔力制御》が大事なのかもしれない


洗った布を乾かすため《風圧》を使う


弱く


朝よりさらに感覚を合わせる


風が布だけを揺らす


近くの灰は飛ばない


「これならいい」


俺は一人で頷く


火はまだ試さない


危険もない


撃つ必要がない


土も必要なところだけ


治癒は怪我がなければ使わない


新しい体になったからといって、全部の魔法を見せるように試す必要はない


昼が近づいた頃、森側に動きがあった


ルッカが最初に気づく


「いる」


俺も見る


一体のゴブリンが木々の間にいる


少し遠い


以前接触した三体のうちの一体かもしれない


体格や持っている物が似ている気はする


ただ、それだけでは分からない


「一人」


俺が言う


人間側も気づいた


大きな騒ぎにはならない


警戒はする


でも武器をすぐ構える者はいない


俺はその場で待つ


ゴブリンも止まった


こちらを見る


いや


俺を見ている


他の人ではなく、明らかに俺の方を長く見ている


その姿勢が硬い


「警戒してる」


ミラが小さく言う


「俺?」


「たぶん」


俺もそう思う


昨日までの俺と見た目が違う


人間側ですら驚いた


ゴブリンならもっと違って見えるかもしれない


一体は水場へ近づかない


森の端で止まったまま


俺が一歩出ると、一歩下がる


「駄目か」


それ以上進まない


手を見せる


武器は持っていない


魔法も使わない


「俺、セイジ」


自分を指す


「セイジ」


一体がこちらを見る


反応は分からない


俺はルッカを見る


ルッカも前へ出る


「セイジ」


俺を指す


もう一度、


「セイジ」


一体の視線が俺からルッカへ移る


また俺へ戻る


俺はいつものように手を軽く上げる


前に何度か使った動きだ


水場を指す


自分は下がる


近づくかどうかは向こうに任せる


しばらく動かない


長い


人間側も静かに待っている


やがて一体が一歩だけ出た


止まる


俺を見る


もう一歩


まだ距離はある


逃げない


それだけで十分だ


「同じって分かった?」


ルッカが聞く


「分からない」


でも、少なくとも完全に別の危険な個体だと判断して逃げたわけではない


一体は水場の端まで来る


以前と同じような位置


水を飲む


俺たちへ近づきすぎない


飲み終えてから、もう一度俺を見る


俺は何も求めない


昨日一緒に道を越えた個体かもしれない


そうでないかもしれない


ただ、今ここにいる一体は、進化した俺を見て警戒し、それでも水場から逃げなかった


そこまでだ


「大きくなったから怖いんかな」


日本語で言う


ルッカが俺の腕を見る


「大きい」


「少しだけやろ」


ルッカは首を振る


「セイジは大きい」


ゴブリン基準ではそうなのかもしれない


俺自身も、普通のゴブリンと並んだ時の差をちゃんと見たことが少ない


俺は一体を見る


その体格


次に自分の腕


確かに違う


「これ、設備もっと難しいな」


「設備?」


ローデンが反応した


俺は水場の棚を見る


「俺には低い」


次に一体のゴブリンを見る


「たぶん、あれには高い」


人間側を見る


「人間は真ん中」


ローデンも視線を移す


棚


俺


ゴブリン


人間


「そうだな」


「全部一個の高さ、無理」


「だから分けるんだろ」


朝の話につながった


一体のゴブリンが水を飲み終え、森へ戻っていく


今日は物を置かない


枝も運ばない


それでいい


来て


見て


警戒して


水を飲んで


帰った


次も来るかは分からない


午後、ローデンと一緒に第二水場の設備をもう一度見て回った


「これ、低い」


俺が言う


「セイジにはな」


「ルッカは?」


ルッカが試す


「ちょうどいい」


「人間は?」


近くにいた人に使ってもらう


少し低いが問題はないらしい


別の棚


俺にはちょうどいい


ルッカには高い


人間には使いやすい


一つずつ違う


「全部作り直すんじゃなくて」


ローデンが地面へ簡単な形を描く


「高いのと低いのを残す」


「両方」


「持ち手も一つじゃなくていい」


「ここ、と、ここ?」


俺が高さの違う位置を指す


「ああ」


「踏み台?」


以前から低い位置用の工夫はある


ただ、動かせる小さな踏み台があれば、必要な時だけ使える


「重いのは駄目」


俺が言う


「誰でも動かせる方がいいな」


「俺なら重いの動かせる」


「セイジだけ使える物を増やしたら意味がないだろ」


また言われた


「分かってる」


少し悔しい


でも本当にその通りだ


俺が力を使えば大きな物も動かせるようになった


だからといって、全部重く丈夫にすれば便利になるわけではない


軽い物が必要な人もいる


高さも同じ


俺に合わせれば、誰かが困る


俺は第二水場全体を見る


ここは俺の家ではない


俺とルッカの家は岩陰拠点だ


あそこなら、俺たち二人が使いやすいようにすればいい


でもここは違う


人間が来る


ルッカが使う


俺が使う


ゴブリンが来ることもある


誰か一人へ合わせる場所ではない


「ローデン」


「何だ」


「いろんな大きさ、使えるようにする」


ローデンが頷く


「それがいいだろうな」


大げさな改修を始めるわけではない


今日は確認だけ


どこが低い


どこが高い


誰が困る


何なら少し変えられる


それを見て回る


一日で全部直す必要はない


次の日も、俺たちは第二水場へ来た


一晩経つと、新しい体への違和感はさらに減っていた


歩幅も、道具の握り方も、昨日より意識しなくて済む


朝食は昨日より少しだけ多めにした


それでちょうどいいように感じた


でもまだ二日目だ


食事量が本当に増えたかは、もう少し見てもいい


第二水場では、ローデンが昨日話したことをさっそく少し試していた


大きな工事ではない


棚の一部に、低い位置でも取れる場所を残す


別の場所には少し高い位置を使う


一本しかなかった持ち手の近くに、別の高さで掴めそうな位置を作れるか確認する


「もう作る?」


俺が聞く


「試すだけだ」


ローデンが木片を仮に当てる


固定はまだしない


ルッカが使う


俺が使う


人間にも触ってもらう


「低い」


俺


「ちょうどいい」


ルッカ


「俺はどっちでもいい」


人間


結果が違う


「面白いな」


「昨日も言ってたな」


「だって違う」


俺は笑う


進化したせいで、また自分だけの問題が増えたと思っていた


でも見方を変えると、今まで気づかなかった使いにくさが見えただけなのかもしれない


俺が大きくなった


ルッカは小さい


人間はその間


他のゴブリンも俺より小さい


なら最初から一種類で全部に合わせる方が無理だった


「俺、前は自分に合わせるだけだったな」


ローデンがこちらを見る


「家ならそれでいい」


「ここは違う」


「ああ」


それでいい


午前の終わり頃、俺は《土成形》を使って足元の小さな段差を直すことになった


いつもの感覚より出力を抑える


狭い範囲だけ


少し動かす


止める


「どう?」


ローデンが踏む


「いい」


前より強く使えることより、前と同じくらいの小ささで使えることの方が今は大事だった


強さは必要な時に上げればいい


生活では、強すぎない方が便利なことの方が多い


《風圧》も同じ


《水球》も同じ


進化して、魔法が扱いやすくなるなら嬉しい


でも、出力が上がった分だけ制御を覚え直さないと困る


「魔力制御、あってよかったな」


日本語で呟く


ミラが近くにいた


「何て?」


「魔法、強くなった」


「うん」


「でも、強いだけ駄目」


少し考える


「小さく使う、大事」


ミラが頷く


「言い方、前より分かりやすくなったね」


「ほんと?」


「うん、発音も少し聞き取りやすい」


俺は口を動かす


「進化したから?」


「たぶん?」


「たぶん」


そのくらいにしておく


俺自身、口の動かしやすさは感じている


でも、人間語そのものを覚えたわけではない


知らない言葉は分からない


長い説明ではミラに助けてもらう


そこは変わらない


昼を過ぎる頃には、昨日から確認していた設備のいくつかに、小さな変更候補ができていた


高さの違う棚


掴む位置を変えられる持ち手


必要な時だけ使う軽い踏み台


道具も一種類にせず、小さく軽い物と、大きく力をかけられる物を分ける


まだ全部作ったわけではない


どれが本当に必要かも、使ってから見ればいい


「また試す」


俺が言う


ローデンが頷く


「使いにくければ直す」


どこかで何度も聞いた考え方だ


試験栽培でもそうだった


他ゴブリンとのやり取りでもそうだった


一回で決めない


使って


見て


必要なら変える


俺自身も同じなのかもしれない


ハイホブゴブリンメイジになった


だからどうなるかを今日だけで決めなくていい


LEVEL1


新しい体


少し強く出る魔法


少し動かしやすい口


少し大きくなった手


そのくらいから見ていけばいい


夕方近く、俺は水場の端へ座った


ルッカも隣へ来る


「疲れた?」


「昨日より全然まし」


「体、慣れた?」


「少し」


自分の手を見る


やっぱり以前より大きい


でも昨日の夜ほど知らない手には見えない


「またゴブリンやな」


日本語で呟く


ルッカが首を傾げる


「ゴブリン?」


「うん」


自分を指す


「俺、ゴブリン」


「うん」


当たり前のように返される


「ハイホブゴブリンメイジ」


ルッカが真似しようとする


「ハイ……ホブ……」


途中で止まる


「長い」


「俺もそう思う」


二人で笑う


以前なら、自分の種族名を笑って言えただろうか


分からない


ゴブリンであることを完全に好きになったわけではない


人間になりたい気持ちも残っている


でも、進化した朝から二日過ごしてみて、思ったほど嫌ではなかった


体が変わった


だから道具を持ち直した


魔法を調整した


第二水場の設備を見直した


それで終わりだ


俺が俺ではなくなったわけではない


水場の向こうでエナが救護用品をまとめている


ダリオは道の話をしている


ローデンは木片を見ている


ミラは誰かから話を聞いている


俺が進化しても、みんながやることは大きく変わらなかった


驚いたのは最初だけだった


その後は普通に、


水を出して


土を直して


道具を渡して


分からないことを聞かれた


それが妙に安心する


「進化した俺に何か特別なこと頼まれるかと思ったんやけどな」


「何?」


「何でもない」


たぶん、このくらいがいい


新しい種族になったからといって、急に偉くなるわけではない


誰かの上に立つわけでもない


俺が決めることが増えるわけでもない


できることが少し増えたり、今までのことを少しやりやすくなったりする


それを必要なところで使えばいい


立ち上がる


帰る前に共同用の器を確認する


水が少ない


《水球》


今度は迷わず、ちょうどいい量を出せた


器へ入れる


「よし」


ルッカが見る


「普通」


「そう、普通」


普通に使える


それが嬉しい


空間収納から小さな道具を取り出し、ローデンへ返す


清潔な布はエナのところ


自分で持ち帰る物は収納へ戻す


使う場所が違えば、置く場所も違う


全部を俺が持ち歩く必要はない


進化して空間収納が扱いやすく感じても、それは変わらない


「セイジ」


ミラに呼ばれる


「なに?」


「今日は帰る?」


俺は空を見る


まだ少し明るい


「うん、ルッカと帰る」


言ってから気づく


以前より自然に言えた


ミラも普通に頷く


「じゃあまた」


「また」


岩陰拠点へ帰るつもりで歩き始めかけ、俺は一度立ち止まる


第二水場を見る


高い棚


低い棚


水


雨除け


救護用品


試験栽培


まだ仮のままの持ち手


いろいろな大きさの誰かが使う場所


進化して大きくなった俺に全部合わせるのではなく、俺もその中の一人として使えるようにする


その考え方が、何となく気に入った


「明日、また見る」


ローデンへ言う


「ああ」


「俺だけじゃなく、みんな使う」


「だから今日はそれをやってたんだろ」


「確認」


「何の?」


「俺、分かってるか」


ローデンが呆れた顔をする


ルッカが笑う


俺も笑った


ハイホブゴブリンメイジ


名前はまだ長くて慣れない


LEVEL1に戻った


体も少し変わった


でも、帰る場所も、来る場所も変わっていない


違うのは、今までより少しだけ見えるものが増えたことだった


俺に合うかだけじゃない


ルッカに合うか


人間に合うか


他のゴブリンが来た時に使えるか


誰か一人だけが便利ではなく、違う体でも困らないようにする


そういうことまで考える場所になってきた


「行く?」


ルッカが聞く


「うん」


今日は岩陰拠点へ戻る


そこは俺とルッカの家だ


第二水場は、俺たちだけの家ではない


だからこそ、違うもの同士が使える形を考えればいい


また一段ゴブリンになって、最初に考えたのが棚の高さだった


人間だった頃の俺が聞いたら、もっと格好いいことを考えろと言うかもしれない


でも今の俺は、


「まあ、これでええか」


と少し思った


進化したって、暮らすことは続いていく


だったらまず、明日も使いやすい場所にすればいい

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