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帰れる道2

第58回 帰れる道2


一時退避地点を出る頃には、森の明るさが目に見えて落ち始めていた


日が沈むまで、もうそれほど余裕はない


雨は止んでいるが、木々から落ちる水滴はまだ多く、地面も柔らかい


ここまで来た人たちは濡れて疲れている


三体のゴブリンも、人間たちから少し距離を取った位置で森の先を見ていた


俺も同じ方向を見る


第二水場へ戻るには、あと一つ越えなければならない


それが簡単ではないことだけは分かっていた


「セイジ」


ローデンに呼ばれる


「こっちだ」


俺は立ち上がり、ルッカと一緒についていく


ダリオも少し後ろから来る


最後の区間は、一時地点から少し下ったところにあった


斜面そのものが全部崩れているわけではない


ただ、雨で流れた土と倒木が道の半分を塞ぎ、残った部分も足元が柔らかい


そのまま一人で通るだけなら何とかなるかもしれない


でも、疲れた人や荷物を持った人まで同じように通すのは危ない


「ここ、作る?」


俺が聞く


ローデンはすぐには答えない


斜面を見る


倒木を見る


地面を踏む


少し先へ行き、また戻る


「全部直す必要はない」


「今日通る分?」


「ああ」


その言葉なら分かる


道を元通りにする必要はない


今いる全員が今日ここを通れればいい


明日以降のことは、落ち着いてから考えればいい


ローデンが倒木の一部を指した


「ここを支えに使う」


「切らない?」


「切ったら逆に動くかもしれん」


俺には邪魔にしか見えなかった木が、今は土を止めているらしい


勝手に《土成形》で周囲を動かさなくてよかった


「こっちを少し広げる」


ローデンが人一人分ほどの幅を示す


「土?」


「まず形を作る、それから固める」


俺は頷いた


《土成形》


濡れた土へ意識を向ける


一気に大きく動かさない


表面の泥だけを押しやるのではなく、ローデンが示した場所を少しずつ整える


足を置ける幅を作る


崩れた場所全部ではない


今日通る場所だけ


「そこで止めろ」


魔法を止める


ローデンが踏む


「まだ柔らかい」


「《土締め》?」


「ここだけな」


《土締め》


足を置く場所を狭く締める


強くしすぎない


その先


また少し


ローデンが確認する


俺が整える


ルッカはさらに先を見ている


「こっち、まだ濡れてる」


「水流れてる?」


俺も見る


細い水が斜面を伝って、新しく作った足場の方へ向かっている


このままだとまた削られるかもしれない


「水、外へ逃がせるか?」


ローデンに言われ、俺は少し考えた


《土成形》で浅い溝を作る


前に排水を確かめた時のことを思い出す


土を動かしながら、水の流れを見る


今日は《水球》を作る必要はない


もう本物の水が流れている


溝を少しずつ変えると、水が足場から離れて横へ流れ始めた


「そこ」


ローデンが言う


止める


「これで?」


「今はな」


今は


その言葉がちょうどいい


永久に安全だとは誰も言わない


今日、通れる


それでいい


その時、少し先へ行っていたルッカが戻ってきた


一人ではない


後ろにゴブリンが一体いる


残り二体もさらに向こうに見えた


ルッカが指す


「こっち、硬い」


ゴブリンの一体が進んだ場所らしい


ルッカ自身も確認したのだろう


「通れる?」


「ここは」


「その先?」


ルッカは首を振る


「まだ見る」


三体のゴブリンは俺たちの指示を待っていない


自分たちで動き、自分たちで地面を確かめている


ただ、その動きが結果としてこちらの役に立つ


俺たちも三体が通ったからという理由だけでは進まない


ルッカが見て


ローデンが見て


使える場所だけ使う


そのくらいの距離が今はちょうどいい


一時地点へ戻ると、ダリオが人間たちを集めていた


「一度に全員は動かさない」


ミラが説明を補う


疲れている者


荷物を持つ者


歩ける者


それぞれを見て順番を決める


エナは一人ずつ顔色や足の状態を確認していた


「大きな怪我はないけど、冷えてる人を先に動かしたい」


「分かった」


ダリオが頷く


ローデンが俺たちの作った足場について説明する


俺には半分くらいしか分からない言葉もある


でも役割は分かる


俺は経路を維持する


必要なら土を直す


危険が出れば止める


全部俺が決めるわけではない


「三人、先?」


俺が聞く


ダリオが頷く


「疲れてる三人からだ」


俺は人間側を見る


「三人、先に行く」


指を三本立てる


「ゆっくり」


次に残る人たちを指す


「ここ待つ」


ミラがより細かく説明する


人間たちは頷いた


三体のゴブリンは少し離れた場所にいる


そのうち一体が先へ動いた


ルッカも続く


「ルッカについて行く」


俺が人間側へ言う


先頭はルッカ


その少し前をゴブリン一体が進む


でも道を決めるのはルッカだ


人間三人がその後ろ


エナがつく


俺とローデンは足場の近くへ残る


ダリオは全体を見る


ミラは待っている人間へ状況を伝える


残り二体のゴブリンはさらに後ろ


こんな並びを見ても、もう誰もすぐには声を荒らげなかった


警戒はある


武器を持っている人もいる


三体も人間へ近づきすぎない


それでも今は同じ方向へ進んでいる


一人目が足場へ入る


俺は地面を見る


沈まない


二人目


少し土が崩れる


「待って」


俺は手を上げた


人間が止まる


《土締め》


足を置いていない横側だけを少し締める


「もういい」


ローデンが確認する


「行って」


人間が進む


三人目は荷物を持っている


「重い?」


俺が聞く


本人が何か答える


全部は分からない


ミラが後ろから、


「少し重いって」


と伝える


「俺、持つ?」


「足場から動くな」


ローデンに止められた


そうだった


俺が今動くと、土を見る人がいなくなる


ダリオが別の人へ荷物を分けさせる


少し軽くしてから通す


俺が全部持つ必要はない


三人が無事に渡る


向こうでエナが待つ


「次!」


ダリオの声


残りの人間が動き始める


フェルナ方向から来ていた二人もいる


俺はその二人の顔をまだよく知らない


どこから来たかも詳しくは知らない


でも今は関係ない


ここにいて、帰れていない


それだけで十分だ


二人目の集団も足場へ入る


その途中だった


《魔力感知》に強い反応が触れた


俺は顔を上げる


遠くない


一つ


大きい


その周りに小さな反応がいくつか


「止まって!」


声が出た


ダリオがすぐこちらを見る


「何だ」


「いる」


森の奥を指す


「大きい、一つ、あと何匹か」


ルッカも立ち止まった


三体のゴブリンも同じ方向を見る


その反応が動く


こっちへ


「人を戻すか?」


ローデンが聞く


ダリオは経路を見る


戻すにも時間がかかる


一時地点へ戻れば安全とも限らない


「進める」


ダリオが決めた


「移動を止めない」


それから俺を見る


「全部相手にするな、道へ来る奴だけ止めろ」


「分かった」


役割を分ける


移動する人


足場を見る人


危険を止める人


全員で戦う必要はない


俺は森側へ移動する


経路から離れすぎない


《魔力感知》を広げる


近づく反応


枝が揺れる


まず小さい個体が二体見えた


四足


前にも見たような形に近い


でも今は種類を考えている時間はない


その後ろ


木の間から大きな影が出る


通常の個体より一回り以上大きい


体も太い


頭の位置も高い


さらに二体、小さい個体が横から出てくる


「四……いや五」


俺は数える


大きいのが一体


周囲に四体


「セイジ!」


ダリオの声


「左二体が道へ行く!」


見える


俺は《火弾》を作る


一つ


二つ


三つ


前より速い


三つを保ったまま、左へ二つ


正面へ一つ


撃つ


左の一体へ命中


倒れる


もう一発


二体目


命中


正面の一発は大きい個体へ向ける


当たる


だが倒れない


「強い」


大きい個体がこちらを見る


その間に人間たちは動き続けている


俺は後ろを一瞬見る


一人が足場を渡る


エナが先で受ける


ローデンが地面を確認する


俺は戻る必要がない


今はこっちだ


右から小さい個体が回り込む


三体のゴブリンのうち一体が声を上げた


俺も気づいている


《火弾》


一発


放つ


倒れる


残る小さい個体が木の間へ動く


逃げるのか


回るのか


分からない


追わない


大きい個体が前へ出る


俺は《火弾》を二つ作る


同じ場所へ撃つだけではなく、少し角度を分ける


一発目


肩の辺りへ当たる


二発目


顔に近い位置へ


大きい個体が頭を振る


まだ倒れない


「しぶといな」


日本語で漏れる


近づいてくる


俺も下がる


足元が滑る


《風圧》


地面ではなく正面へ


倒すほどではない


動きを一瞬鈍らせる


その間に距離を取る


「セイジ、右!」


ルッカの声


さっき見失った小さい個体だ


俺へ向かっているのではない


移動中の人間へ回っている


俺は大きい個体への攻撃を一度止める


《火弾》


右


一発


命中


倒れる


これで小さい個体は四体とも止めた


大きい個体だけ


人間側を見る


最後の数人が動いている


三体のゴブリンも、ルッカと少し離れながら経路の先へ移り始めている


大きい個体を倒すまで全員止まる必要はない


俺が引きつければいい


「先、行く!」


俺は人間側へ叫ぶ


「止まらない!」


ミラが同じ意味をもっと正確に伝える


ダリオも手で進めと合図する


大きい個体が突っ込んでくる


俺は横へ避ける


ぬかるみに足を取られそうになる


体勢を立て直す


ここで長く戦いたくない


魔法は朝から使い続けている


まだ動ける


でも無駄に使う必要はない


俺は《魔力制御》へ意識を集中する


《火弾》


三つ


一つ目を正面


二つ目を少し右


三つ目を少し左


同時に作る


大きい個体が進む


一つ目を撃つ


正面


相手がひるむ


二つ目


横


当たる


三つ目はまだ撃たない


動きを見る


大きい個体が向きを変える


経路側へ


駄目だ


三つ目を放つ


脚に近い位置


体勢が崩れる


倒れかける


でもまだ起きようとする


俺は次の《火弾》を作る


一つだけ


狙う


放つ


大きい体が地面へ落ちた


動かない


息を吐く


追撃はしない


周囲へ《魔力感知》


すぐ近くに別の大きな反応はない


「終わり?」


ルッカの声


「今は」


俺は答える


完全に安全だとは言えない


でも目の前の危険は止まった


「セイジ、戻れ!」


ダリオに呼ばれる


経路へ戻る


最後の人間が渡りかけている


ローデンが足場を見ていた


「ここが削れた」


見る


さっきより端が崩れている


「直す?」


「少しだけだ、もう最後だ」


俺は《土成形》を使う


足を置く部分を戻す


続けて《土締め》


狭い範囲を固める


戦った直後で頭が重い


それでも魔法は出る


火から土へ


土から周囲の確認へ


必要なものを切り替える


最後の一人が通る


その後をダリオ


ローデン


俺


三体のゴブリンも別の細い場所を使いながら、同じ側へ出た


「全員?」


俺が聞く


ダリオが人数を見る


ミラも確認する


エナが人間側を見渡す


ルッカは三体の位置を確認する


「いる」


誰かが答えた


もう一度数える


一人


二人


三人


四人


五人


最初から一緒だった俺たちもいる


三体のゴブリンもいる


「全員?」


今度はミラが頷いた


「今ここにいた人は、みんないる」


その言い方がいい


森のどこかに他の誰かがいるかまでは分からない


でも今回確認していた人たちは全員こちら側へ来た


俺は一気に力が抜けた


「帰れた?」


ルッカが聞く


まだ第二水場には着いていない


でも崩落の向こう側ではない


ここからなら、いつも使う側へ戻れる


「あと少し」


俺が言う


「第二水場まで」


最後の道を進む


今度はルッカが前


ダリオが全体を見る


エナは疲れている人の近く


ミラは声をかけ続ける


ローデンは時々足元を確認する


俺は後ろからついていく


三体のゴブリンは人間たちと少し距離を保ちながら同じ方向へ進む


誰も話さない時間が増えた


疲れている


俺も疲れた


雨の匂い


濡れた土


踏むたびに鳴る泥


それだけが続く


やがて、見慣れた水の音が聞こえた


第二水場だ


「着いた」


誰かが言う


人間たちの歩く速度が少しだけ上がった


「走らない」


俺が言う


「まだ滑る」


自分が朝滑ったことは黙っておく


第二水場へ入る


いつもの水


いつもの棚


雨除け


調理に使う場所


試験栽培の区画


何日も見てきた景色なのに、今日は違って見える


帰ってきた場所に見える


エナがすぐ人間たちを座らせる


「怪我してる人は?」


大きな怪我はない


足を擦った者


手に小さな傷がある者


疲れて座り込む者


エナが順番に確認する


俺も必要な物を出す


清潔な布


小さな容器


救護用品


空間収納から順番に取り出す


以前より迷わない


誰に何が必要か全部俺が決めるわけではない


エナに言われた物を出す


ローデンに必要と言われれば小さな工具を出す


縄も戻す


使った物を確認する


今日一日、俺の空間収納は何度も開いた


道具を運び


布を出し


縄を出し


また戻し


必要な場所へ持ち回った


だからといって、中が急に広くなったのかは分からない


容量を試してはいない


ただ、使いやすくなっている感覚はある


何を出すか迷う時間が減った


それで十分だ


「水」


エナの声


「分かった」


《水球》


共同用の器へ必要な分だけ入れる


人間たちが順番に飲む


三体のゴブリンは水場の端にいる


いつものように中央へは来ない


一体が水を飲む


残り二体は周囲を見る


人間側から近づく者はいない


でも追い払う者もいない


さっき同じ道を越えてきた


それだけで急に仲間になるわけではない


三体が何を考えているかも分からない


それでも今は、同じ場所まで戻ってきた


一人の人間が三体の方を見る


少し前の俺なら、人間が武器へ手を伸ばさないか気にしたと思う


今日はその人はただ見ていた


三体も見る


それだけだった


ミラが俺の隣へ来る


「みんな戻れたね」


「うん」


「荷物は残ったけど」


「人が先」


「そうだね」


崩落の向こう側には回収できていない荷物がある


それは明日以降考えればいい


今日、人を危険な場所へ戻してまで取りに行く理由はない


「三人も戻った」


俺が水場の端を見る


「そうだね」


「同じ場所」


「うん」


それ以上の意味はつけない


でも、なかったことにもしない


三体が知っていた細い経路が役に立った


三体も人間たちと同じ方向へ移動した


俺たちも三体が通れるように道を使った


その結果、今ここにいる


それは事実だ


ダリオが近づいてきた


「セイジ、もう戦えないか?」


「え?」


思わず身構える


ダリオが少し笑った


「今から戦えって意味じゃない、状態を聞いてる」


「疲れた」


「魔法は?」


俺は手を開く


少し意識する


まだ使えそうだ


でも余裕があるとは言いにくい


「使える、でも少し休みたい」


「なら休め」


「いいの?」


「もう戻った」


その言葉で、ようやく座っていい気がした


水場の近くへ腰を下ろす


ルッカも隣へ来る


「疲れた?」


「疲れた」


「いっぱい魔法」


「いっぱい使った」


火


土


風


水


感知


途中で一つだけに集中したり、すぐ別の魔法へ切り替えたりした


戦いながら道を見る場面もあった


俺が全部やったわけではない


むしろ俺一人なら帰れていなかったと思う


ルッカが道を探した


ローデンが足場を考えた


ダリオが順番を決めた


エナが疲れた人を見た


ミラが人を動かした


三体のゴブリンが知っている経路も役に立った


俺はその中で魔法を使った


それだけだ


「STATUS」


俺は思い出す


さっき一時地点で確認した時はLEVEL18だった


その後また戦った


今どうなっているかは、見なければ分からない


俺はSTATUSを開いた


NAME セイジ


RACE ホブゴブリンメイジ


LEVEL 20


HP D


MP C-


筋力 E+


耐久 D


敏捷 D


器用 D+


精神 D+


魔力 C-


SKILL

《魔力感知》

《魔力制御》


TITLE

なし


「二十」


声が出る


ルッカが覗く


「二十?」


「うん」


前に見た時は18


今は20


途中のどこで19になったのか


いつ20になったのか


どの個体を倒した時なのか


それは分からない


分かるのは、今確認したら20だったということだけだ


筋力がE+


魔力がC-


そこも変わっている


ただ、その理由までは分からない


今日の戦いなのか


長く魔法を使ったからなのか


何か別の積み重ねなのか


STATUSはそこまで教えてくれない


俺は表示を見ている


すると、その下に見慣れないものが現れた


進化可能


俺は固まった


「……また?」


ルッカが俺の顔を見る


「何?」


俺は表示を見直す


消えていない


進化可能


その先に、進化先の名称が表示される


ハイホブゴブリンメイジ


「ハイ……ホブゴブリンメイジ」


またゴブリンだ


いや、今もゴブリンなのだから、そこから急に人間になるとは思っていなかった


思っていなかったはずだ


それでも胸の奥が少し重くなる


前に進化できると分かった時のことを思い出す


あの時は怖かった


進めば、人間からもっと遠くなる気がした


ゴブリンの体が変わること自体が嫌だった


人間に戻りたいのに、何でさらにゴブリンらしくならなければならないのかと思った


今回も戸惑いはある


「またゴブリンの上位なんか」


日本語で呟く


ルッカには分からない


俺自身にも、どう思っているのか全部は分からない


ただ、前とは少し違う


すぐに嫌だとは思わなかった


俺は表示を閉じる


今は進化しない


まだやることがある


「セイジ?」


「あとで」


何を聞かれたのか分からないが、そう答えた


まず片付ける


人の怪我を見る


道具を戻す


今日使った物を確認する


進化は逃げないだろう


少なくとも今すぐ選ばなければ消えるとは表示されていない


だから、分からないことを勝手に考えず、先に今必要なことをする


立ち上がる


エナのところへ行く


「怪我、大丈夫?」


「大きな怪我はないよ、擦り傷と疲労くらい」


「治癒いる?」


「今は必要ないかな」


「分かった」


使わなくていいなら使わない


次にローデンのところ


使った縄や道具を確認している


「これ戻す?」


「こっちは置いとけ、濡れてる」


「乾かす?」


「少し風が使えるなら頼む」


「分かった」


弱い《風圧》


濡れた縄の表面から水気を飛ばす


完全に乾かすには時間がいる


強く吹けば早いかもしれないが、周囲の泥や葉まで巻き上げる


だから弱く


必要な分だけ


ダリオは明日以降の道について話している


今日はもう誰も戻らない


崩落地点へ行かない


荷物回収もしない


安全確認は明るくなってから


俺もそれでいいと思う


ミラはハルナ側から来た人と、フェルナ方向から来た人の話を聞いている


どこへ帰るのか


今夜どうするのか


俺には細かいところまでは分からない


でも第二水場で長く留まる人ばかりではない


休んでからハルナ側へ向かう者


同行者と戻る者


安全を見て動く者


それぞれだ


三体のゴブリンも、水を飲み終えると森側へ動き始めた


「行く?」


俺が聞く


一体がこちらを見る


返事はない


当たり前だ


俺は追わない


三体はそのまま森へ消えていく


今日一緒に道を越えた


だから明日から一緒に暮らすわけではない


それでいい


「セイジ」


ミラが戻ってくる


「何?」


「さっきの人が、三体のこと聞いてたよ」


「何て?」


「道を知ってたのかって」


俺は少し考える


「知ってた?」


「私は分からないって答えた」


「うん」


それがいい


三体は道を示した


通った


ルッカが確認したら使えた


だから、少なくともあの時は役に立った


でも、森の道をどこまで知っているのかは分からない


「敵?」


俺が聞く


ミラが首を傾げる


「その人が?」


「三人、敵って言った?」


「ああ」


ミラは少し考えた


「今日は言わなかったよ」


「今日は」


「うん、これからどう思うかは分からないけど」


俺は水場の端を見る


三体はもういない


それでも、その言葉が少し残った


敵ではない


とはまだ誰も言っていない


でも、敵だと決めつける言葉も出なかった


そのくらいでいい


空がかなり暗くなる


人も減ってきた


エナとミラがハルナ側へ戻る準備をしている


ダリオもそちらへ行く


ローデンは明日また道を見に来ると言った


「今日は触らない?」


俺が聞く


「ああ、暗い中で崩れた場所を触る方が危ない」


「分かった」


「セイジももうやるなよ」


「やらない」


たぶん顔に出ていたのだろう


俺なら夜でも土魔法で少し直せると思った


でも、今やる必要はない


明日見ればいい


全員が第二水場側へ戻れた


今日の目的は終わった


俺とルッカも岩陰拠点へ戻ることにした


森の中は暗くなり始めている


地面はまだ滑る


朝みたいに転びかけないよう、今度は本当にゆっくり歩く


「ゆっくり」


ルッカが言う


「分かってる」


「朝、滑った」


「覚えてたんか」


「うん」


「忘れてくれてよかったのに」


意味は通じなくても、俺が文句を言っていることだけは分かったらしく、ルッカは笑った


歩きながら、俺は進化の表示を思い出していた


ハイホブゴブリンメイジ


名前だけなら今よりさらに上だ


何が変わるのかは分からない


体がどうなるのか


魔法がどうなるのか


またLEVELがどうなるのか


実際に進化しなければ分からない


前に進化した時も、俺は怖かった


人間だった自分が遠くなるような気がした


その気持ちが消えたわけではない


今でも人間になりたい


元に戻れるなら戻りたい


それは変わっていない


でも、今日は人間を助けた


ゴブリン三体とも同じ道を進んだ


ルッカと一緒に帰っている


第二水場へ戻った時、俺はあそこを帰ってきた場所みたいに感じた


全部、今の体でやったことだ


ゴブリンだから全部嫌だと考えたら、その時間まで嫌だったことになる気がした


それは違う


「俺、変わったんかな」


日本語で呟く


「変わる?」


ルッカが聞き取った言葉だけ返す


「まだ」


「まだ?」


「あとで」


岩陰拠点へ着く


入口をくぐり、中へ入る


濡れた物を置く


手を洗う


簡単に食べる準備をする


外で大変なことがあった日ほど、こういう普通の動きが落ち着く


ルッカが隣で食べている


俺も食べる


しばらく何も話さない


体は疲れている


でも頭の中は進化のことで落ち着かない


食事を終え、使った物を片付ける


俺は壁に背を預けた


「ルッカ」


「なに?」


「俺、変わるかも」


自分を指す


両手を広げる


前に体が大きくなった時のような仕草をする


ルッカは少し考えてから、


「進化?」


と言った


「うん」


この言葉はもう知っている


「また?」


「また」


ルッカは俺を見る


頭から足まで


「大きくなる?」


「分からない」


「強くなる?」


「分からない」


「魔法?」


「分からない」


聞かれるたびに同じ答えだ


ルッカが笑う


「分からないいっぱい」


「ほんまにな」


進化先の名前以外、俺にはほとんど分からない


「怖い?」


不意に聞かれた


俺は答えるまで少し時間がかかった


「少し」


前ほどではない


でもゼロではない


「人間、なりたい」


自分を指す


「俺、人間なりたい」


ルッカは黙って聞いている


「でも」


俺は自分の腕を見る


緑色の肌


人間とは違う手


今まで何度も見た体


「今の俺……」


言葉が続かない


人間語でどう言えばいい


嫌いじゃない


そこまで簡単でもない


好きかと聞かれたら、まだ分からない


俺は日本語で呟く


「今の俺まで嫌う必要はないか」


ルッカは当然分からない


でも、俺は自分で言ってみて少し納得した


人間になりたい


それはそのままでいい


今の自分を全部嫌い続ける必要もない


両方あっていい


俺はもう一度STATUSを開く


NAME セイジ


RACE ホブゴブリンメイジ


LEVEL 20


HP D


MP C-


筋力 E+


耐久 D


敏捷 D


器用 D+


精神 D+


魔力 C-


SKILL

《魔力感知》

《魔力制御》


TITLE

なし


その下


進化可能


ハイホブゴブリンメイジ


他の条件らしい表示は見当たらない


それ以上のことは分からない


俺は表示を見ながら息を吐く


「やる」


ルッカが目を丸くする


「今?」


「うん」


「大丈夫?」


「分からない」


まただ


でも今回は、それでも選ぶ


前みたいに、人間から遠ざかる怖さだけで止まりたくはなかった


どう変わるかは分からない


でも今のまま止まる理由もない


もっとできることが増えるなら、それを使いたい


今日みたいな時に、帰れない人を帰せるなら、その方がいい


俺は進化先を選ぶ


ハイホブゴブリンメイジ


決めた瞬間、体の奥が熱くなった


「来た……」


以前にも感じたような、でも同じとは言い切れない熱


胸の奥から広がり、腕へ


脚へ


背中へ


指先へ


俺は壁から背を離した


立っていた方がいいのか


座った方がいいのか


分からない


結局その場に座る


「セイジ?」


「大丈夫……たぶん」


ルッカが近づく


「離れる?」


「いや、そこ」


何が起きるか分からない以上、近づきすぎない方がいい


でも遠くへ行かれるのも少し不安だ


ルッカは数歩離れたところへ座った


体の奥の熱が強くなる


痛いというより、全身が内側から組み替わっていくような変な感覚


手に力が入る


歯を食いしばる


骨が軋んだような気がする


でも本当に骨が変わっているのかは分からない


視界が少し揺れる


「長い……」


どれくらい経ったのか分からない


熱が強くなり


一度全身へ広がり


やがて少しずつ引いていく


息が荒い


床へ手をつく


手の感触が、さっきまでと少し違う気がした


指


腕


肩


体全体


何かが変わった


でも暗い中で細かく確認する余裕はない


頭も重い


「終わった?」


ルッカが恐る恐る聞く


「たぶん」


立とうとする


体が思ったより軽く動き、逆に少しよろけた


「おっと」


壁へ手をつく


力加減がおかしい


今までと同じつもりなのに、手へ返ってくる感覚が違う


「変わった」


ルッカが言う


「分かる?」


「うん」


「どこ?」


ルッカが俺を見る


上から下まで


「いっぱい」


「それ一番困る答えや」


俺は自分の手を見る


薄暗くても、前と同じではないことは分かる


でも今日はもう確認する気力がない


STATUSも今は開かない


進化が終わった直後に何がどう変化したか、落ち着いてから確かめた方がいい


前にも進化した後はいろいろあった


今回も同じとは限らない


だから明るくなってから、一つずつ見る


「明日」


俺が言う


ルッカも頷く


「明日見る」


「うん」


俺は寝床へ向かう


少し体の感覚が違う


でも横になれないほどではない


岩陰拠点も、そのまま使える


それだけで少し安心する


横になると、今日一日のことが一気に戻ってきた


崩れた道


雨


疲れた人


三体のゴブリン


危険生物


作った足場


第二水場へ戻った時の水音


LEVEL20


進化


長い一日だった


「セイジ」


「なに?」


「明日、大きい?」


「分からん」


「また?」


「分からんもんは分からん」


ルッカが笑う


俺も笑った


前なら、進化した夜にこんなふうに笑えただろうか


分からない


ただ、今は怖さだけではなかった


人間になりたい気持ちはまだある


それでも、今日までここで暮らしてきた俺を、全部間違いだったことにはしたくない


第二水場も


岩陰拠点も


ルッカも


人間たちも


森で会う三体も


今の俺だからできたことが、もうたくさんある


だから、次の体がどんなものでも


まず見ればいい


分からないなら試せばいい


一回で決めずに、明日から確かめていけばいい


俺は目を閉じる


帰れない人を帰すために走り回った一日の最後に、俺自身もまた少し変わった


それでも眠る場所は変わらない


今日も俺は、ルッカと一緒に岩陰拠点へ帰ってきた

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