↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
55/101

持ってきたもの、持っていくもの

第55回 持ってきたもの、持っていくもの


あの救助から三日が経った


森へ出た人が帰ってこないという話を聞いた朝から、第二水場へ戻って全員の無事を確認するまで、ずいぶん長い一日だった気がする


その後は大きな問題も起きず、第二水場にはいつもの時間が戻っていた


俺は水場の端にしゃがみ、土から伸びた葉を眺める


「これは、元気」


隣にいたルッカもしゃがんだ


「うん」


最初に育ち始めた三つの芽は、さらに違いがはっきりしていた


一番よく育っていたものは葉が増え、茎も前よりしっかりしている


成長が遅かったものは、まだ小さいままだが枯れてはいない


葉の状態が悪かったものは、何日か観察しても戻らず、とうとうほとんど萎れてしまった


少し水を変えてみた


日当たりも見た


土の状態も確かめた


それでも全部が同じようには育たなかった


「駄目だったな」


日本語で呟くと、ルッカが萎れた株を見る


「死んだ?」


「たぶん」


植物相手に死んだという言い方が合っているのか分からないが、もう育っているとは言いにくい


少し離れたところでは、エナも別の葉を確認していた


俺が手招きすると近づいてくる


「これ、もう駄目?」


「たぶんね」


「原因、分かる?」


「まだ分からない」


やっぱりそうなる


俺は萎れた株を見ながら肩を落とした


「水、違う、光、違う、土も少し違う」


「うん」


「でも、分からない」


「そうね」


エナは簡単に答えた


最初の頃なら、もっと何か答えがほしいと思ったかもしれない


今は少し違う


失敗した


だから、この条件ではうまくいかなかった可能性がある


それだけでも一つ分かったことになる


本当に原因がその条件だったのかは、もう一度試さないと分からない


一回だけでは決めない


俺は比較的元気な株を見る


「こっち、少し増やす?」


エナも見る


「同じものを少しだけならいいんじゃない?」


「いっぱい?」


「少し」


すぐ訂正された


「分かった、少し」


ルッカが笑う


「セイジ、いっぱいやりたい?」


「成功したら増やしたいやん」


日本語だったので通じていない


言い直す


「育つ、だから、増やしたい」


エナが頷く


「気持ちは分かるけど、まだ一つだけでしょう」


「一つだけ」


俺も頷く


うまく育っている株が一つあるからといって、この植物なら何でも育つと決めるのは早い


俺は隣の小区画へ手を向け、《土成形》を使った


大きく広げない


今ある場所の横を少しだけ整え、水が溜まりすぎないよう低いところへつながる浅い筋を作る


植物を植える場所そのものには《土締め》を使わない


どのくらいの硬さがいいのか、まだ分からないからだ


「それくらい」


エナに言われ、俺は魔法を止めた


「小さいな」


「試す場所なんだから十分よ」


「失敗したら?」


「また考える」


最近よく聞く答えだった


でも、俺も同じ答えを使うようになっている


「じゃあ、見る」


「そういうこと」


俺たちが栽培区画を見ている間にも、第二水場には何人か人が来ていた


今日は採取帰りらしい者が二人


道具を直しに寄った者が一人


ミラも少し遅れてやってきた


大きな用事があるわけではない


水を使い、休み、持ってきた物を確認し、必要なら誰かと話す


そんな使い方が増えている


昼が近づくと、人間たちは自分で持ってきた食事を出し始めた


第二水場には食べ物を置きっぱなしにしていない


匂いの強いものを残せば、動物や魔物を寄せる可能性がある


だから食べる物は基本的にその日に持ってきて、その日に持ち帰る


食べ残しも残さない


俺とルッカも食べる分は自分たちで持ってきていた


共同で使うのは器や水、それに調理や洗浄に使う場所くらいだ


「水、いる?」


俺が聞くと、一人が頷いた


「頼む」


俺は《水球》を作り、今日の調理に必要な分だけ器へ入れた


水場そのものから汲んでもいいが、火のそばまで運ぶならこっちの方が早い


別の人が使い終えた器を洗っている


俺は洗った器を受け取り、弱い《風圧》を当てた


水気を飛ばす


熱くするわけではない


砂や灰を巻き上げない程度の弱い風だ


「それ便利だよな」


そう言われると少し嬉しい


「便利」


俺は素直に答えた


調理に使う場所も、前より少し使いやすくなっている


大きな設備を作ったわけではない


火を使う位置と人が座る位置が近すぎたので、俺が《土成形》で地面を少し整え、器を置ける平らな場所を増やした程度だ


それでも、誰かが鍋を置いている横を別の人が通るたびに避ける必要はなくなった


「ここ、もう少し広い方がいい?」


俺がミラへ聞く


ミラは周りを見る


「今日はこれで足りてるんじゃない?」


「人、増えたら?」


「その時に考えればいいよ」


また同じだ


必要になる前から全部大きくしない


俺は頷き、空間収納へ意識を向けた


中に入れてある小物を思い浮かべる


細い紐


予備の布


小さな容器


簡単な道具


救護に使う物


俺は必要な物をいくつか順番に取り出し、使う場所へ分けた


以前より、違う種類の軽い物を続けて扱うことには慣れてきた


どれくらい入るのか


前より入る量が変わったのか


そこまでは試していない


今分かるのは、俺自身が出し入れに迷わなくなってきたことだけだ


「これ、こっち」


俺は紐を共有物の置き場へ


布は救護用品の近くへ


自分で使う小さな道具は手元へ置いた


その時、ルッカが急に森の方を向いた


俺もつられて見る


「いる?」


「うん」


周りにいた人間も気づいた


少し前までの空気が消える


笑っていた人も口を閉じる


俺は立ち上がった


森の外縁


木々の間に、小さな影が三つある


ゴブリン


三体


前に何度か会った三体と同じ可能性は高そうに見える


人数も似ている


距離の取り方も似ている


けれど、それだけで同じ個体だとは言えない


俺は人間側を見る


「武器、まだ」


誰も武器へ手を伸ばしてはいない


それでも言っておく


ミラもすぐ状況を見た


「距離を取って見てよう」


人間たちは少し下がった


前に救助された人の一人も今日ここに来ていた


その人は三体を見ると一瞬体を固くしたが、武器へは手を伸ばさなかった


三体も動かない


ただ、今回は以前と少し違う


一体が何かを抱えていた


二体目も手に小さな物を持っている


三体目は周囲を見ている


「持ってる」


ルッカが言う


「うん」


俺にも見える


何なのかはまだ分からない


俺は前へ出すぎない位置で止まる


「待つ」


誰に言ったのか自分でも分からない


人間側か


三体か


両方かもしれない


三体のうち一体が、ゆっくり水場の方へ近づいた


前と同じく中央には来ない


森に近い端


そこで止まり、水を飲む


二体目も少し遅れて動いた


三体目は外側に残る


この動きも前と似ている


ただし、同じ役割を毎回しているのかまでは分からない


水を飲み終えた一体が、持っていた物を地面へ置いた


今度は一つではない


小さな木の実のようなもの


細い根のようなもの


乾いた葉に包まれた何か


森で集めてきた物に見える


二体目も似たものを置く


俺は動かなかった


前にも一度、小さな採取物らしいものを置いていったことがある


あの時は意味が分からなかった


今回も同じ意味だとは限らない


ただ、似た行動が繰り返された


そこまでは事実だ


「また置いた」


俺が言う


ミラも頷く


「うん」


「同じ?」


「行動は似てるね」


「意味も?」


「そこはまだ分からない」


俺も同じ考えだった


三体は置いた物から少し離れる


帰るのかと思ったが、今回は動かない


一体が人間たちの方を見る


その視線が、昼食を広げていた人のところで止まったように見えた


その人の手元には、持参した硬いパンと干した肉がある


三体のうち一体が短く声を出した


置いた採取物を指す


次に人間側を見る


また採取物


また人間


「……これ?」


人間の一人が自分の昼食を指した


三体が反応する


短い声


俺には意味が分からない


「欲しい?」


ルッカが小さく聞く


「たぶん、でもまだ分からない」


俺は人間の方を見る


「無理、しない」


「俺の分を少しならいい」


人間はそう答えた


ミラが間に入る


「渡すなら、向こうの物を取る前に見せた方がいいかも」


俺は少し考える


こっちが勝手に持っていけば、意味が違った時に困る


人間は自分の持ってきたパンを小さくちぎった


全部ではない


本当に少しだけ


それを地面へ置く


三体との間


採取物とは少し離れた位置


三体はすぐには取らない


人間側も採取物を取らない


俺は両方を見る


長い


妙に長く感じる


やがて一体が前へ出た


パンの近くで止まる


見る


人間を見る


置いてきた採取物を見る


それからパンを取った


持ったまま少し下がる


俺たちはまだ採取物へ触らない


すると、その一体が採取物をこちらへ押すような動きをした


一度


少しだけ


「これと、これ?」


俺は採取物とパンを交互に指した


三体がこちらを見る


意味が通じたかは分からない


ミラが俺の言葉を聞いて、


「交換、かもしれないね」


と言った


「交換?」


「これを渡して、代わりに別のものを受け取ること」


ミラが採取物を指す


次にパン


「これと、これ」


「交換」


「そう」


俺は覚える


「交換」


ただし、言葉を覚えたからといって、今ここで制度ができたわけではない


一回目の物は意味不明


今回も、相手が本当に交換を考えているかは分からない


でも、少なくとも今は、採取物を押し出したあとにパンを持っていった


その行動は見えた


人間がゆっくり採取物へ近づく


三体は攻撃しない


一つ拾う


三体はそのまま


「取った」


俺が言う


ルッカが頷く


「持ってきた」


採取物を見る


「持っていく」


パンを持ったゴブリンを見る


それだけなら、見たままだ


二体目のゴブリンも手にしていた物を一つ置いた


今度は別の人間が、自分で持ってきていた小さな食べ物を見せる


すぐ渡さない


ゴブリンも待つ


同じようなやり取りを繰り返し、少量だけ物が動いた


大量には渡さない


三体も持ってきた物を全部置くわけではない


俺はその様子を見ながら、


「少し」


と言った


ミラが頷く


「そう、少しだけ」


「全部じゃない」


「うん」


「同じ?」


俺は最初のやり取りと二回目を指す


「似てるけど、物は違うね」


「ああ」


同じ行動でも、持ってくる物も持っていく物も違う


それでも、置く


見せる


相手が取る


こちらも取る


その流れが二度続いた


ここまでくれば、今日のこの場で物を取り替えたこと自体は確かだと思う


ただ、これから毎回来るとか、決まった価値があるとか、そういう話ではない


「店?」


俺がミラへ聞く


ミラはすぐ首を振った


「違う」


「交換、でも店じゃない?」


「うん、今日は物を取り替えただけ」


なるほど


人間側でも勘違いしそうな人がいたらしく、ミラが周囲へ説明した


「ここで売り買いを始めるって話じゃないからね、持ってきた物と、今日ここにある物を少し取り替えただけ」


一人が頷く


別の人は採取物を興味深そうに見ている


「じゃあ次も何か用意した方がいいのか?」


「それもまだ分からないよ」


ミラが答えた


俺も頷く


「次、見る」


相手が毎回来るとも限らない


毎回物を持ってくるとも限らない


こちらが欲しい物を持ってくるとも限らない


先に大量の食べ物を用意する必要はない


そもそも第二水場に食べ物を置きっぱなしにするつもりもない


今日渡したのは、それぞれが自分で食べるために持ってきた物の一部だけだ


「足りないなら?」


俺が聞くと、ミラが首を傾げた


「何が?」


「俺たちの食べ物」


「足りないなら渡さなくていいと思う」


「足りない」


俺はその言葉を繰り返した


「少し、足りない、同じ、交換」


「今日は新しい言葉が多いね」


「便利だから」


最近、便利という言葉ばかり使っている気もする


でも本当に便利なのだから仕方ない


三体は持っていった物をその場ですぐ全部食べるわけではなかった


一体がパンを少し口にする


残りは手に持ったまま


別の一体も少量を食べる


三体目は食べず、周囲を見ている


人間側も昼食を再開した


距離はかなりある


同じ場所に集まって食べるという感じではない


人間たちは調理場所の近く


三体は森に近い水場の端


俺とルッカはその間より少し人間側


ミラとエナもこちらにいる


誰も三体へ「こっちで食べろ」と言わない


三体も寄ってこない


それでも、同じ時間に第二水場で食べている


前なら考えもしなかった光景だった


「変な感じ」


俺が日本語で言うと、ルッカが聞く


「なに?」


「みんな、食べる」


人間側を指す


三体を指す


「でも、離れる」


「うん」


「これでいい?」


ルッカは少し考えた


「食べられる」


「そこ?」


俺は笑った


たしかに、誰も困っていないなら今はそれでいい


食事が終わると、人間側は持ってきた物を片付け始めた


食べ残しは持ち帰る


三体も自分たちが持ってきた物の残りを持っている


地面へ置いた分のうち、人間側が受け取ったものだけがこちらに残った


問題は、それをどこへ置くかだった


「棚?」


誰かが言う


俺は首を振る


食べ物かどうかすら分からない物もある


共有物として扱うと意味が変わる


ミラも少し考えた


「一時的に置くところだけ決める?」


「一時?」


「今みたいに、何か持ってきたけど、まだ何か分からない時に置く場所」


それなら分かる


店ではない


交換品を並べる棚でもない


意味や用途が分からない物を、他の道具や救護用品に混ぜないための場所だ


俺は以前、意味の分からない採取物を置いた棚の端を見る


あそこでもいいが、他の物と混ざりやすい


水場から少し離れた場所に、使っていない平らな石がある


俺は《土成形》でその周囲だけを軽く整えた


置いた物が転がらない程度


屋根もない


棚も作らない


「ここ?」


俺が聞く


ミラが頷く


「とりあえずなら」


「名前は?」


「一時置き場でいいんじゃない?」


「いちじ、おきば」


少し言いにくい


「あとで見る場所」


俺が言うと、ルッカが頷いた


「そっち分かる」


俺もその方が分かりやすかった


何かを持ってきた


意味が分からない


だから、一旦置く


確認したら動かす


食べ物ならその日のうちに扱いを決め、置きっぱなしにはしない


危ないものなら別の場所へ移す


道具なら必要な場所へ


何でもここへ溜めるわけではない


「いっぱい置かない」


俺が言う


「そうだね」


ミラも頷く


「溜める場所じゃないから」


それで決まった


決まったと言っても、大げさなものではない


平らな場所を一つ空けただけだ


使いにくければ変えればいい


三体はその作業を離れた場所から見ていた


意味が分かったかどうかは不明だ


人間側が受け取った採取物の一つをそこへ置くと、一体が視線を向けた


それ以上の反応はない


しばらくすると、三体は帰るような動きを見せた


俺は追わない


何も渡し足さない


「また」


言いかけて止める


また来いという意味になるかもしれない


来るかどうかは向こうが決める


俺は手だけを軽く上げた


三体のうち一体がこちらを見る


それだけだった


森へ消える


人間側から息を吐く音がした


「前より慣れたと思ったけど、まだ緊張するな」


誰かが言う


俺は頷く


「俺も」


「セイジもか?」


「分からないこと、多い」


三体が攻撃しない場面は増えた


水を使った


物を置いた


危険の方向を示したように見えた


一体は俺の《治癒》を受けた


今日はこちらと物を取り替えるような行動まであった


それでも、全部が分かったわけではない


むしろ接触が増えるほど、分からないことも増えている


「でも」


俺は森を見る


「前より、見る時間、増えた」


逃げない


攻撃しない


すぐ帰らない


それは確かだった


午後になり、人が少なくなってから、俺たちは栽培区画へ戻った


午前中に広げかけていた小さな場所を仕上げる


比較的よく育っている株と同じものを、一気に増やさない範囲で試す


俺が《土成形》で表面を整え、ルッカが森で見た生育場所の土や周囲の様子を思い出しながら位置を確認する


エナも葉を見ている


「ここ、水多い?」


俺が聞く


「前より少し控えてみたら?」


「少し」


「そう、極端に変えない」


俺は《水球》を作り、必要な量だけ分ける


一つの場所へ全部流さず、土の状態を見ながら止める


失敗した株の場所にも目を向ける


そこへすぐ新しいものを植えることはしない


何が悪かったのか分からないまま同じことをしても、また同じ結果になるかもしれない


「ここ、あとで」


俺が言う


エナが頷く


「もう少し考えてからね」


作業が終わる頃には、日が少し傾いていた


洗った小さな器や布に、俺は弱い《風圧》を使う


水気を飛ばし、乾きやすくする


その間に、空間収納から細い縄、小型容器、予備の布、小さな道具を順番に取り出す


使う物


戻す物


第二水場に置く物


自分で持つ物


種類が増えても、以前ほど迷わない


「今日いっぱい出したね」


ミラが言う


「うん」


「まだ入る?」


俺は少し考えた


「分からない」


「試してない?」


「うん」


容量が変わったのかは確認していない


LEVELが上がったからといって、空間収納まで変わったとは限らない


今は必要もないのに限界まで物を詰め込む理由もない


「入る量、あとで試す?」


「必要になったらでいいんじゃない?」


「そうする」


今日分かったのは、いろいろな軽い物を続けて出し入れすることにはかなり慣れたということだけだ


それで困っていないなら、今は十分だった


夕方、人間の利用者たちが帰り始める


持参した食事の残りも持って帰る


調理場所には食べ物を残さない


灰を片付け、器を洗い、使った道具を元の位置へ戻す


俺は今日できた一時置き場を見る


そこには、人間側が受け取った採取物のうち、すぐ正体が分からなかったものが少しだけ残っている


エナとルッカが確認できるものはすでに分けた


食べ物かもしれない物についても、このまま夜まで放置するつもりはない


分からない物を集める場所ではなく、確認するまで短く置く場所だ


「これ、持って帰る?」


俺が聞く


ルッカが一つを見る


「森で見る」


「じゃあ持つ?」


「うん」


ルッカが持ち帰って確認するものを選ぶ


残りも、ミラや今日受け取った本人がそれぞれ持つことになった


一時置き場には何も残らない


それでいい


今日は使った


必要な時だけ使えばいい


エナが救護用品を確認し終え、こちらへ来る


「今日は平和だったね」


俺は笑った


「三人来た」


「それでも平和だったでしょう?」


「……そうだな」


人間語ではなく日本語になった


戦わなかった


怪我もしなかった


物を置き、物を持っていった


人間は怖がりながらも、その場に残った


三体も距離を取りながら、水場にいた


平和という言葉が合うなら、たぶんこういう日なのだろう


ミラも帰る準備をしながら言う


「話せなくても、分かることって増えるんだね」


俺はその言葉を考える


水が欲しい


物を置く


別の物を取る


待つ


離れる


怖ければ距離を取る


そういうことは、全部を言葉にできなくても少しずつ伝わっている


「仲良くなるって、話せるようになるだけちゃうんやな」


日本語で呟いた


ミラが聞き返す


「何て?」


人間語に直そうとして、少し悩む


「言葉、少ない」


三体が消えた森を指す


「でも、前より分かる」


自分たちを指す


「向こうも……たぶん、少し分かる」


ミラは笑った


「それなら、だいたい同じ意味かな」


「だいたい?」


「全部同じじゃないかもしれないから」


俺も笑う


そのくらいがちょうどいい


全部同じだと決めなくていい


今日起きたことだけ見ればいい


三体は物を持ってきた


こちらも少し物を出した


それぞれが別の物を持っていった


次も同じになるかは分からない


でも今日は確かに、


持ってきたものがあって


持っていくものがあった


それだけは、俺にも分かった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。