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帰ってこない人

第54回 帰ってこない人


翌朝、俺とルッカが第二水場へ着いた時には、すでにエナとミラ、それからハルナ側から来ていた何人かが動き始めていた


昨日までと変わらない朝に見えたが、共有物を確認していたエナの顔が少し険しい


「どうした?」


俺が聞くと、エナは森の方を見た


「朝から採取と作業に出た人たちが、まだ戻ってないの」


言葉を頭の中でつなぐ


朝に出た


戻る予定だった


でも戻っていない


俺は空を見る


まだ昼にはなっていないが、いつもなら一度戻ってくるくらいの時間らしい


「遅い?」


「少しね」


エナの答えに、ルッカがすぐ反応した


「どこ?」


ミラが森の方向を示す


「いつもの場所より少し先、必要な物を見つけたら戻るって言ってた」


俺にはその場所が分からない


ルッカには何か心当たりがあるらしく、地面へ視線を落とした


第二水場を出ていった跡が残っているのかもしれない


「見てくる」


ルッカが言う


俺も頷く


「俺も行く」


「待って」


エナに止められた


「まだ迷ったって決まったわけじゃないし、少し遅れてるだけかもしれない」


その通りだった


一回遅れただけで危険だと決めるのは早い


でも、何もせず待ち続ける必要もない


俺がどう言えばいいか考えていると、後ろからダリオの声がした


「俺も行く」


振り向くと、ダリオが第二水場へ入ってきたところだった


事情を聞くと、すぐに表情が変わる


「まだ捜索と決める必要はない、まず途中まで確認する」


「うん」


俺はその言葉に頷いた


探しに行く


でも、何かが起きたと決めつけない


最近はこの考え方を使うことが増えた


分からないものは、まず見る


エナは少し迷ったあと、自分も行くと言った


ミラも同行することになる


怪我人がいるかもしれないならエナが必要で、人間の声を拾ったり状況を説明したりするならミラもいた方がいい


出発前に、俺は必要になりそうな物を確認した


清潔な布、縄、小さな容器、救護に使える物


空間収納へ入れてある物の中から、すぐ使いそうなものを思い出す


何がどこまで入るのかを考える余裕はない


今入っている物を、必要な時に出せればいい


「行くぞ」


ダリオの声で、俺たちは第二水場を出た


先頭はルッカ


少し後ろをダリオ


俺はその後ろにつき、エナとミラが続く


最初のうちは歩き慣れた場所だった


ルッカは何度も止まりながら地面を見る


俺には踏まれた草くらいしか分からない場所でも、ルッカは迷わず次の痕跡を拾っていく


「こっち」


しばらく進んだところで、道らしい道から外れた


俺は《魔力感知》を薄く広げる


森の中にはいろいろな反応がある


それだけで何がいるか分かるわけではないが、近くに大きな反応がないかだけは確認できる


今のところ、すぐ近くに危険そうなものはない


「人の跡?」


俺が聞くと、ルッカは頷く


「たぶん、何人か」


「戻る跡は?」


ルッカが少し先へ進む


しゃがむ


戻ってくる


首を振る


「ない」


ダリオの顔がさらに険しくなった


ただ遅れているだけなら、同じ道を戻る跡があってもいい


別の道から戻ろうとしている可能性もある


何かを見つけて予定を変えた可能性もある


まだ何も確定しない


それでも、さっきより心配する理由は増えた


もう少し進んだところで、ルッカが急に立ち止まった


右手を上げる


全員が止まる


俺も《魔力感知》へ意識を向けた


前ではない


少し左


小さな反応が複数ある


人間とは違う


見覚えのあるような、ないような感覚


木々の間に動く影が見えた


三つ


ゴブリンだった


俺たちが止まると、向こうも止まった


人数は三体


体格も、距離の取り方も、このところ何度か接触した三体と似ている


ただ、見た目だけで同じ個体だとは分からない


俺はそれ以上近づかなかった


向こうも近づかない


だが、いつもと様子が違う


三体とも、俺たちではなく森の奥を何度も見ている


武器も持っている


警戒しているのは俺たちに対してだけではなさそうだった


一体が短い声を出す


森の奥を指す


別の一体も同じ方向を見る


そのあと、片手を大きく振った


前に身振りでやり取りした時、俺は「危険」を伝えようとして、今そこに何かいると誤解させたかもしれなかった


今回は逆だ


相手の動きを見ている俺の方が、意味を考える番だった


「危険?」


俺は森の奥を指し、前に見せた爪のような仕草をする


三体の反応が変わった


一体がすぐ頷いたように見えた


本当に頷いたのか、たまたま頭を動かしただけなのかは分からない


だが別の一体が武器を持ち直し、同じ方向へ低く声を出した


「向こう、何かいる」


俺はダリオへ言う


「たぶん、危険」


「人の跡は?」


ダリオがルッカを見る


ルッカはすぐ地面を確認する


少し先


さらに先


三体が警戒している方向


何度か行き来してから戻ってきた


「同じ」


「何が?」


「人の跡、向こう」


俺の背中が少し冷たくなる


ダリオもそれ以上迷わなかった


「確認する、危険なら救助を優先する」


俺たちは進む


三体へ「来い」とは言わない


向こうも俺たちの指示を待っているわけではない


ただ、俺たちが進むと、三体も少し離れた場所を同じ方向へ動き始めた


一緒に行動しているというより、それぞれが同じ危険を気にしているように見えた


森が少し騒がしくなってきた


遠くから枝が折れる音


低い唸り


一つではない


俺は《魔力感知》を少し広げる


複数の反応


少し前よりはっきりしている


「いる」


ダリオを見る


「何体だ?」


「分からない、何匹か」


数までは掴めない


ダリオはそれ以上聞かず、ルッカへ向いた


「近づける道は?」


ルッカが少し先へ出る


三体のゴブリンの一体が、その時、別の方向を指した


ルッカがそちらを見る


地面も見る


すぐには進まない


少し回り、別の角度から確認する


「こっち、行ける」


ゴブリンが示したから安全だと信じたわけではない


ルッカ自身が確かめた結果だった


その順番が大事だと思った


俺たちは少し回り込む


やがて、声が聞こえた


「誰か!」


ミラが反応した


「聞こえた」


俺には方向しか分からない


ミラが声を返す


「そこにいるの!」


少し間があり、返事が来る


今度は複数


「いる!」


「動けない!」


人間の声だ


見つけた


でも、近づけない理由もすぐ分かった


木々の向こう、少し高くなった場所と大きな倒木の周辺に人影がある


その下を、複数の危険生物がうろついていた


獣型の魔物


全部が同じ種類かは分からない


倒木と斜面の間を行き来し、戻る道を塞ぐように動いている


人間たちは高い場所から下りられずにいる


「怪我は!」


エナが声を上げる


ミラが聞き取り、返事を拾う


「大きな怪我はないみたい、でも一人、足を少し痛めてるって」


まだ歩けるかもしれない


だが魔物がいる限り下りられない


ダリオが周囲を見る


「全滅させる必要はない、帰る道だけ開ける」


俺は頷く


それでいい


戦うことが目的ではない


人を戻すことが目的だ


「ルッカ、近づけるところを見ろ」


「うん」


「ミラ、向こうに動かないよう伝えてくれ」


「分かった」


「エナ、出せるようになったら怪我人を先に見る」


「任せて」


最後に俺を見る


「セイジ、前へ出すぎるな、逃げる奴は追うな」


「分かった」


役割が決まる


俺一人で全部やる必要はない


むしろ、俺が全部やろうとしたら、どこかを見る人がいなくなる


ルッカが左側の低い場所を指す


「ここ、通れる」


ダリオが見て判断する


「あそこを開ける」


人間たちがいる場所から第二水場側へ抜けるには、その辺りを塞いでいる数体をどかす必要がある


俺は魔力を集めた


《火弾》


一つ


二つ


三つ


前より安定している


三つを維持しながら、それぞれ別の位置へ向ける


ただし、今は敵だけ見ればいいわけではない


高い場所に人がいる


木がある


逃げ道も残したい


撃てる相手だけ撃つ


「セイジ、右!」


ダリオの声


右から一体が回り込む


俺は三つのうち一つだけ狙いを変えた


放つ


《火弾》が正面から当たり、魔物が倒れる


残り二つはまだ維持する


左の一体がこちらへ動く


もう一つを放つ


二体目


命中


最後の一つは撃たない


人間たちの近くへ上がろうとしていた個体がいるが、今撃つと位置が悪い


「待って!」


俺は人間側へ叫ぶ


ミラもすぐ同じ意味を伝える


動かない


そのまま


魔物の位置が変わる


ダリオが石を投げ、注意をこちらへ向けた


ルッカは別の場所から音を立てる


魔物が振り向く


人から離れた


そこで残していた《火弾》を放つ


三体目が倒れる


「今だ、少し下りろ!」


ダリオの声に、ミラが続ける


人間たちが慎重に動き始めた


全員一気に走らせない


足を痛めている者がいる


一人ずつ倒木の陰を使って移る


だが魔物はまだ残っている


一体が倒れた仲間の横を回り、逃げる人間の方へ向きを変えた


俺も動く


《火弾》を新しく作る


一つ


狙う


その時、右奥から短い声が飛んだ


ゴブリンの一体だ


俺へではない


森の脇を指している


次の瞬間、そこから別の魔物が出た


見えていなかった


「右!」


ルッカも叫ぶ


俺は作った《火弾》を、逃げる人間へ近づいていた個体ではなく、右から出てきた個体へ向ける


放つ


命中


もう一体はダリオが前へ出て進路を変えた


完全に倒そうとはせず、人間から離す


「セイジ、今!」


次の《火弾》


放つ


倒れる


何体目かを考える余裕はなかった


必要なところへ撃つ


それだけだった


後ろで土埃が舞った


走る足


倒れた枝


乾いた地面


視界が悪くなる


俺は《風圧》を弱く使う


吹き飛ばすほどではない


人間が下りる方向から土埃を横へ逃がす


視界が少し戻る


「こっち!」


俺は手を振る


「走らない、こっち!」


言葉は短い


でも、今はそれでいい


足を痛めている人を別の人が支える


一人


二人


少しずつこちらへ移ってくる


エナが安全な位置で待っている


「そこから先は私が見る!」


俺は人間側から視線を外し、残っている魔物を見る


群れ全体が崩れ始めていた


倒れた個体が増え、こちらに近づかず森の奥へ離れていくものもいる


追う必要はない


ダリオも追わない


その時、少し離れた場所で三体のゴブリンが動いた


一体が急に横へ飛ぶ


魔物が一体、そちらへ向かっていた


三体は戦うために並んでいるわけではない


俺たちの指示を受けてもいない


二体は森側へ逃げる


残る一体が少し遅れた


魔物の爪のような部分が腕をかすめる


短い声


血が見えた


「危ない!」


俺は《火弾》を作る


だが距離が近い


そのまま撃てばゴブリンまで巻き込むかもしれない


撃たない


代わりに《風圧》を前へ出す


強くはない


魔物の向きを一瞬ずらす


その隙にゴブリンが後ろへ下がった


距離ができる


《火弾》


一発


魔物へ当たる


倒れる


三体はさらに距離を取った


負傷した一体も立っている


深い傷には見えないが、腕から血が流れている


「追うな」


ダリオが言う


「うん」


俺も追わない


今は人間側を戻す方が先だ


ルッカが周囲を見ている


「もう来ない?」


俺が聞くと、ルッカはしばらく森を見た


「今は、近くない」


《魔力感知》でも近い大きな反応は減っている


完全に安全だとは言えない


だから急ぐ


俺たちは人間たちを連れて、その場を離れた


足を痛めている人には無理をさせない


ダリオが先を確認し、ルッカが戻る道を選ぶ


ミラが何度も後ろへ声をかける


エナは歩き方を見ながら、休ませる場所を判断する


俺は後ろと横を見る


三体のゴブリンは、少し離れた森の中を動いている


ついてきているようにも見える


別の道を戻っているだけにも見える


同じ三体かどうかも含め、分からないことはそのままにしておく


途中で一度だけ休む


足を痛めた人の状態をエナが確認する


「歩ける?」


「ゆっくりなら」


大きな負傷ではないらしい


俺は空間収納から清潔な布と小さな容器を取り出す


必要な物を考えたら、迷わず手元へ出せた


エナが布を受け取り、軽く固定する


「これで第二水場まで行こう」


その間も、森の向こうに三体の姿が見えることがあった


近づいてはこない


人間側も気づいている


何人かが不安そうに見る


「来るのか?」


聞かれて、俺は首を振る


「分からない」


少し考えて続ける


「でも、さっき、危険、教えた」


言ってから、自分で止まる


教えた、と断定していいのか


三体が森の方向を指した


その先に実際に危険がいた


そこまでは事実だ


「たぶん、危険、知らせた」


言い直す


「たぶん?」


「うん、意味、全部分からない」


人間は少し戸惑った顔をしたが、何も言わなかった


第二水場へ戻った時には、昼を大きく過ぎていた


帰ってきた人たちの姿を見て、残っていた者たちが集まる


エナはすぐ足を痛めた人を座らせる


第二水場にある清潔な布や救護用品を使い、状態を確認する


大きな怪我ではなかった


それでも疲労が強い


水を飲ませ、休ませる


俺は共同用の器へ《水球》で必要な分だけ水を補う


救助から戻った人たちが順番に使う


ようやく全員戻った


その事実を確認した時、体から力が抜けそうになった


「帰ってきたな」


俺が日本語で呟くと、ルッカが隣で頷いた


「帰った」


それで十分だった


ダリオが人数をもう一度確認している


ミラは何が起きたのか、残っていた人たちへ説明している


俺はそこで初めて、自分の状態を確認していないことに気づいた


戦闘中に何か変わった感覚はあった


足ではない


手元


《火弾》の照準を変えた時や、道具を取り出した時の感覚が少し違う


でも感覚だけでは決められない


俺はSTATUSを開いた


NAME セイジ


RACE ホブゴブリンメイジ


LEVEL 16


HP D


MP D+


筋力 E


耐久 D


敏捷 D


器用 D+


精神 D


魔力 D+


SKILL

《魔力感知》

《魔力制御》


TITLE

なし


「……十六」


思わず声が出た


前に確認した時はLEVEL12だった


今見たら16になっている


途中のどこで変わったのかは分からない


どの魔物を倒した時なのかも分からない


確認したのは今だ


分かるのはそこまでだった


HPがD


筋力がE


器用がD+


そこも前と違う


「上がった?」


ルッカが覗き込む


「うん、今、十六」


「いっぱい」


「いっぱいやな」


日本語が混じったが、ルッカには雰囲気で伝わったらしい


俺はSTATUSを閉じる


強くなったことは嬉しい


でも今は、それより全員が戻ったことの方が大きかった


そこで森側から物音がした


何人かが一斉に振り向く


俺も見る


三体のゴブリンが、第二水場から少し離れた場所にいた


入ってこない


人間たちを見る


俺を見る


そして、その中の一体の腕にまだ血がついている


さっき負傷した個体だと思う


ただ、距離があるので完全に同じ個体かまで俺には断定できない


少なくとも腕を傷つけているゴブリンが一体いる


「怪我」


エナも気づいた


一歩前へ出ようとする


その瞬間、三体が一斉に身構えた


エナが止まる


「近づかない方がいい?」


俺は頷く


「たぶん」


負傷した一体も逃げない


だがエナが近づくと警戒する


俺ならどうだ


少しずつ前へ出てみる


三体は身構える


でも逃げない


俺は止まる


両手を見せる


「待つ」


通じるかは分からない


それでも前に使った動作も合わせる


その場にしゃがむ


動かない


三体の緊張が少しだけ変わる


俺は腕を指す


自分の腕


相手の腕


「怪我」


言葉の意味は分からなくても、見ている場所くらいは伝わるかもしれない


負傷した一体が傷を隠すように腕を引いた


嫌がっているのか


警戒しているだけなのか


分からない


「エナ」


俺は後ろへ呼ぶ


「見える?」


「少し」


エナは距離を保ったまま目を凝らす


「深くはなさそう、でも汚れてる」


「どうする?」


「まず洗った方がいい」


俺は頷く


《水球》なら使える


ただ、いきなり相手の傷へ水を当てたら驚かせる


俺は自分の手の上へ小さな《水球》を作った


三体が魔法へ反応する


身構える


俺はすぐ動かさない


水を指す


「水」


前に何度も使った動作


手の上の水


負傷した腕


ゆっくり交互に示す


「水」


一体が短く声を出す


意味は分からない


負傷した個体が逃げないことだけは確認できる


俺はほんの少し近づく


止まる


また待つ


相手も動かない


「やる?」


俺は傷を指し、水を指す


返事はない


でも、負傷した腕を完全には隠さなくなった


それを許可と決めつけるのは危ない


俺はさらにゆっくり手を近づける


嫌がったら止める


逃げたら追わない


相手は緊張している


それでもその場に残った


俺は小さな《水球》から、本当に少しだけ水を落とした


傷へ流す


相手の体が硬くなる


俺も止める


逃げない


もう少し


汚れと血を流す


強く当てない


必要な分だけ


「そこ、もう少し」


後ろからエナの声


「傷の上じゃなくて、周りから流して」


「分かった」


俺は言われた通りにする


水で汚れが落ちると、傷が見えやすくなる


深く裂けてはいない


エナもそれを確認したらしい


「それなら《治癒》は少しでいい、塞ぎすぎなくていいから」


「少し」


俺は《水球》を消し、《治癒》へ切り替える


光を集める


腕全体ではない


傷がある場所


狭い範囲


必要以上に強くしない


相手の反応を見る


《治癒》


光が傷へ触れる


ゴブリンがびくりと動く


俺もすぐ出力を下げる


逃げない


少し続ける


血が止まり、傷の開きが小さくなる


完全に何もなかった状態へ戻そうとはしない


エナが後ろから言う


「そこまででいい」


俺はすぐ止めた


光が消える


負傷したゴブリンは自分の腕を見る


次に俺を見る


何を考えているのか分からない


残り二体も傷を見る


俺は後ろへ下がった


これ以上近づかない


「終わり」


通じるか分からないが、両手を広げて見せる


三体はしばらく動かなかった


人間側も静かだった


さっき救助された人たちまでこちらを見ている


誰も近づかない


誰も武器を取らない


やがて負傷した一体が腕を曲げる


痛みを確かめているようにも見える


そのあと、三体はゆっくり森の方へ下がった


一体が短く声を出す


返事をした方がいいのか分からない


俺は何も言わず、その場に立っていた


三体は森へ消えた


「行った」


ルッカが言う


「うん」


俺は息を吐く


今日一日で、随分いろいろ起きた


人間が戻らない


森へ探しに行く


三体と会う


危険を見つける


人を助ける


ゴブリンも怪我をする


その傷を俺が洗って、《治癒》を使う


朝には考えてもいなかった


「セイジ」


救助された人の一人に呼ばれた


俺は振り向く


その人は森の方を見る


三体が消えた場所


「さっきの奴ら……」


言葉が続かない


俺も待つ


「あいつらが、魔物のいる方向を教えたのか?」


俺はすぐ答えなかった


見た事実を思い出す


森の奥を指した


警戒していた


その先に危険がいた


別の道を示したように見えた


危険な個体が出た時にも声を出した


「たぶん」


俺は言う


「でも、言葉、分からない」


人間が頷く


「そうか」


それだけだった


友好的だと言ったわけではない


助けてくれたとも言わない


でも、すぐ敵だと決める言葉も出なかった


それで十分だと思った


夕方になっても、救助された人たちはしばらく第二水場で休んだ


足を痛めた人はエナに見てもらい、歩ける状態だと確認してから帰ることになった


清潔な布を使い、水を使い、必要な者は座って休む


ここが治療のための特別な場所になったわけではない


ただ今日は、戻ってきた人を休ませるのにちょうどよかった


使える物があったから使った


それだけだ


俺は空間収納の中を確認する


清潔な布は減った


小さな容器も使った


救護に使える物の残りも、また確認した方がいい


今日のようなことが毎日起きるわけではない


でも、必要な時にすぐ出せたことは助かった


「空間収納、便利だったね」


ミラに言われ、俺は頷く


「うん、すぐ出せた」


「慣れてきた?」


「たぶん」


「またそれ」


俺は少し笑った


能力そのものが変わったかは分からない


今日はそこまで試していない


ただ、入れてある物を把握し、必要な物をすぐ取り出すことには慣れてきている


それなら十分だ


日が沈み始める頃、ダリオが森の方向を見ながら俺の隣へ来た


「今日は助かった」


「俺だけじゃない」


人間語で言う


「ルッカ、道」


指を一本


「ダリオ、考える」


もう一本


「エナ、怪我」


もう一本


「ミラ、声」


最後に自分を指す


「俺、魔法」


ダリオが少し笑った


「分かってる」


俺は森を見る


「三人も……」


そこで言葉が止まる


何と言えばいい


助けた


違う


仲間


違う


協力


まだ違う気がする


「三人も、危険、見た」


「そうだな」


「道、指した」


「見えてた」


「でも、意味、全部分からない」


「それでいい」


ダリオの返事は短かった


俺も頷く


今日、同じことに巻き込まれた


それだけなら確かだ


人間が帰れなくなった


俺たちは助けに行った


三体も同じ危険を警戒していた


互いに命令し合ったわけではない


同じ仲間として戦ったわけでもない


でも、三体の動きが俺たちの役に立った場面があった


俺たちの動きが、三体の一体を助けた場面もあった


それ以上の意味は、次を見てから考えればいい


夜が近づく


今日は俺とルッカも岩陰拠点へすぐ戻らず、第二水場に残っていた


人が無事にハルナ側へ戻るのを見届けるためだ


一人


また一人


最後に足を痛めた人も、付き添いと一緒に歩いていく


エナも途中までついていくことになった


ミラも一緒だ


ダリオは最後まで周囲を確認してから戻ると言う


俺とルッカは水場の端に座った


暗くなった森を見る


三体の姿はもうない


「今日、いっぱいあった」


ルッカが言う


「いっぱいあった」


「LEVELも」


「十六」


「強くなった」


「うん」


それは確かだ


でも、今日一番残っているのはSTATUSの数字ではなかった


倒木の近くから人が下りてきた光景


三体の一体が森の別方向を指したこと


傷を洗う水を見て逃げずにいたこと


人間の一人が、三体をすぐ敵だと言わなかったこと


どれも小さい


まだ何かが決まったわけではない


それでも、俺は自分が人間だけの側にも、ゴブリンだけの側にも立っていないような気がした


人間と話す


ゴブリンの姿で暮らす


人間を助ける


ゴブリンへ《治癒》を使う


どちらか一つを選んだわけではない


「俺、変なところにいるな」


日本語で呟く


ルッカが首を傾げる


「なに?」


少し考える


人間語にしてみる


「俺、人間といる」


「うん」


「ゴブリンとも、いる」


ルッカが頷く


俺は自分の胸を指す


「俺も、ゴブリン」


もう一度森を見る


「でも、人間も大事」


うまく説明できない


「だから……真ん中?」


ルッカはしばらく考えた


「真ん中、悪い?」


俺は答えに詰まった


悪いか


少なくとも今日は悪くなかった


人間を助けられた


ゴブリンの傷も治せた


「悪くない」


そう答える


第二水場には静かな水音だけが残っている


朝、帰ってこない人がいると聞いた時には、この夜までにこんなことになるとは思わなかった


それでも最後には、帰るはずだった人たちは全員帰った


俺はそれをもう一度思い出す


帰ってこない人を探しに行って、帰れるようにした


今日は、それができた


今はそれだけで十分だった

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