三つの芽、その先
第51回 三つの芽、その先
三日前に四体の捕食魔物を倒してから、第二水場の周囲は静かなままだった
少なくとも、俺が確認した範囲では新しく危険な魔物が入り込んだ形跡はない
三体のゴブリンについても、それから姿を見ていなかった
だから今日は、森の向こうではなく地面を見る日になった
第二水場の端
人が頻繁に歩く場所から少し外れたところに、小さく区切った土の場所がある
試験的に植物を育て始めた区画だ
最初から畑と呼べるほど立派なものではない
土を少し整え、森で手に入れたものを試しに植え、水を与えているだけだった
以前確認した芽は三つ
俺はしゃがみ込み、その三つを順番に見た
「……同じじゃないな」
一つ目は、前に見たときより少し伸びていた
小さな葉も広がっている
少なくとも、俺の素人目には順調そうに見える
二つ目も枯れてはいない
ただし、一つ目と比べるとほとんど伸びていないように見えた
そして三つ目
葉の端が少し変色している
元気そう、とは言いにくい
「三つ、違う」
隣にしゃがんでいたルッカが言った
「うん」
同じ場所に植えた
ほぼ同じ頃から育てている
水も大きく違わないはずだ
それなのに結果は違う
俺は三つの芽を眺めながら腕を組んだ
「水かな」
「多い?」
「それか少ない」
一番分かりやすい原因は水だと思った
水なら調整できる
《水球》がある
必要なら増やせるし、少なくしたければ与える量を減らせばいい
次に思いつくのは土だった
硬すぎるのかもしれない
逆に柔らかすぎる可能性もある
そこも《土成形》や《土締め》を使えば調整できる
なんだ
原因が分かれば、わりと簡単なのではないか
俺がそう考えていると、後ろから声がした
「何を難しい顔してるの?」
振り返る
エナだった
その後ろにはローデンもいる
二人とも第二水場へ来たところらしい
ローデンは小さな木材をいくつか抱えていた
「これ」
俺は芽を指した
「三つ、違う」
エナもしゃがみ込む
一つ目
二つ目
三つ目
順番に見る
葉を触ろうとする前に、少し離れたところから状態を確認していた
「これ、なんで弱い?」
俺は三つ目を指す
言葉を選ぶ
「水、多い?」
エナはすぐには答えなかった
土を見る
芽の位置を見る
周囲の草を見る
それから空を見上げた
「水かもしれないけど、水じゃないかもしれない」
少し長い
俺が困った顔をすると、エナは言い直す
「水だけじゃない」
「水だけ、じゃない?」
「そう」
エナは指を使いながら一つずつ示していく
「光」
空
「土」
地面
「水」
俺
最後に芽を指す
「植物」
「植物?」
「種類が同じでも、全部同じには育たないこともあるわ」
そこは難しかった
ルッカも少し首を傾げている
エナは考え、もっと簡単に言う
「同じようにしても、強いのと弱いのがある」
「ああ」
それなら分かる
人間だって同じだ
ゴブリンだって同じなのだろう
同じような体格でも力は違う
走る速さも違う
体の丈夫さも違う
植物だけ全部同じに育つと思う方がおかしいのかもしれない
「じゃあ、水、変えたら?」
俺が聞く
「すぐ全部変えるのは待って」
エナが手を出した
「なんで?」
「原因が水じゃなかったら、もっと悪くなるかもしれない」
俺は口を閉じる
なるほど
水が足りないと思って増やした
でも本当は水が多すぎて弱っていた
そうだったら、完全に逆だ
土が硬いと思って柔らかくした
実は硬さに問題はなかった
それでも状態を変えてしまう
魔法があると、すぐ直せる
だからこそ、直しすぎる危険もある
「見る、先?」
「そう、まず見る」
「分かった」
エナは少し笑った
「今日は素直ね」
「いつも素直」
「そういうことにしておく」
全部は聞き取れなかったが、何となくからかわれた気がした
ローデンが横から芽を覗き込む
「で、俺は何をするんだ?」
「まだ何も頼んでないけど」
「ここに呼ばれたから何か作るのかと思った」
「誰が呼んだの?」
ローデンはルッカを見る
ルッカが俺を見る
俺は首を振る
「俺、呼んでない」
少し沈黙する
「……じゃあ何で来たんだ?」
ローデン自身が首を傾げた
エナが笑う
「第二水場に来るのに理由が必要?」
ローデンは少し考えてから、抱えていた木材を地面へ置いた
「まあ、そう言われりゃそうだな」
そのやり取りを聞きながら、俺は少しだけ嬉しくなった
以前なら、誰かがここへ来るときには何か理由があった
怪我
作業
相談
危険確認
今は、特に大きな理由がなくても来る
それだけ第二水場が日常の中へ入ってきたということなのだろう
とはいえ、ローデンが来たのなら役に立ってもらう
俺は小さな栽培区画を見る
三つの芽
今は近い場所にまとまっている
このままだと、条件の違いが分かりにくい
「広げる?」
俺が地面を指した
ローデンも見る
「畑にするのか?」
「まだ、小さい」
両手を狭く開いてみせる
「少しだけ」
「なら、区切るか」
その言葉は分かった
「区切る」
俺が頷く
本格的な畑を作るつもりはない
まだ三つの芽すらどう育てればいいのか分かっていない
知らないまま大きな場所を作っても、失敗する面積が増えるだけだ
今必要なのは、小さく試せる場所だった
ローデンは持ってきた木材を見下ろした
「ちょうど使えそうなのがあるな」
偶然らしい
短い木材を地面へ並べ、簡単な区切りを作る案を出す
俺はその横で《土成形》を使った
現在の区画の隣
広げるのは本当に少しだけ
表面の大きな石を避け、凹凸をならす
いつもの癖で、そのあと《土締め》を使おうとして手を止めた
「……これ、固めたら駄目か?」
ローデンが見る
「俺に聞くな」
二人でエナを見る
エナも困った顔をした
「植物によるんじゃない?」
結局、誰もはっきり分からない
俺は《土締め》を使うのをやめた
少なくとも芽を植える予定の場所を、道のように固める必要はない
人が歩く外側だけを軽く整える
植物が育つ部分は《土成形》で形を作る程度に留めた
「知らないものに魔法使うの、怖いな」
日本語で呟く
ルッカが聞く
「なに?」
「知らない、難しい」
人間語へ直す
ルッカが頷いた
「森も同じ」
「森?」
「知らないもの、触らない」
なるほど
ルッカにとっては当たり前らしい
森で知らない実を見つけたからといって、すぐ食べない
知らない生き物を見つけたからといって、すぐ近づかない
植物を育てるのも似ているのかもしれない
知らないなら、まず見る
ローデンが木材で区切りを作る
完全な柵ではない
地面に低く置き、どこからどこまでが一つの区画なのか分かる程度だ
「ここ、水、流れる?」
俺は地面の傾きを指した
「雨が降った時か?」
「うん」
ローデンはしゃがみ込み、周囲を見る
「こっちが低いな」
第二水場の水が直接入ってくる位置ではない
だが強い雨が降れば地表を水が流れる
それが全部芽の周りへ集まるのは良くなさそうだ
ローデンが浅い溝を作る位置を示す
俺が《土成形》で細い溝を作った
深くはない
水が溜まりそうなときに外へ逃がせる程度
「もう少しこっち」
ローデンが指示する
俺が修正する
「これ?」
「そこ」
「長い?」
「いや、それ以上はいらん」
共同設備を作るときと同じだ
俺が魔法を使えるからといって、形を決めるのまで俺が一番上手いわけではない
水の流れや構造を見るのはローデンの方が慣れている
新しい区画ができたところで、俺は空間収納へ意識を向けた
中には小さな袋がいくつかある
採取した種らしいもの
細い紐
小さな道具
少量の布
その他の小物
以前は、とにかく入る物を入れていた
最近は種類ごとに分けることを意識している
収納空間そのものに棚があるわけではない
だが、何をどこへ入れたか意識しておけば、取り出すときの迷いが減る
俺は種の入った小袋を一つ取り出した
次に細い紐
そのあと小型の道具
三種類を続けて取り出す
特別に速くなったわけではない
容量が変わったかどうかは、まだ分からない
ただ、以前より「何を入れているか」を意識しているため、探す感覚が少し減っていた
「これ、便利」
ルッカが言う
「便利」
俺も答える
「でも、大きいの無理」
ローデンが横から言う
「荷車入るようになったら俺が泣くぞ」
俺には全部分からなかった
「荷車?」
「なんでもない」
エナが笑っている
たぶん、入らない方がローデンの仕事がなくならなくていい、という話だろうか
実際、大きな物は入らない
今のところ、それで困ってはいない
種や紐、小さな道具が持ち運べるだけでも十分便利だった
「これ、全部植える?」
ルッカが袋を見る
「いや」
俺は首を振る
失敗したら全部なくなる
それは嫌だ
少しだけ使う
残りは取っておく
「少し」
指で量を示す
エナも頷いた
「その方がいいと思う」
問題は、どう違いを作るかだ
全部同じにして育てれば、三つの芽と同じように結果が違っても原因が分からない
逆に全部を変えたら、それはそれで何が影響したのか分からない
俺は土を見る
「水、違う?」
「それも一つね」
エナが答える
「光も違う場所がいいかもしれない」
「光」
俺は周囲を見る
同じ小さな区画でも、時間によって木の影がかかる場所と、比較的明るい場所がある
今まで気にしたことがなかった
水なら作れる
土なら動かせる
でも太陽の光までは作れない
少なくとも、今の俺にはどうにもできない
「植物、難しいな」
「今さら?」
エナが言う
「水と土、できる」
俺は自分を指す
「だから、できると思った」
「農業が?」
その言葉はまだ難しかったが、意味は分かった
俺は日本語でぼそりと言った
「水と土できるから農業いけると思ったんやけどな」
エナが首を傾げる
「何て言ったの?」
「簡単、思った」
「それは残念だったわね」
笑われた
俺も笑う
残念ではある
でも、不思議と嫌ではなかった
魔法で水を出せる
土を動かせる
それだけで全部解決したら、きっと最初は気持ちいい
ただ、そうならないから試す意味がある
「じゃあ、分ける」
俺は新しく作った区画を指す
一つは今までと近い条件
一つは水を少し少なめ
もう一つは、日が当たりやすい位置
全部を大きく変えない
比べられる程度に違いを作る
エナもローデンも、大きく反対はしなかった
ただし、エナから一つ注意された
「水を少なくするって言っても、極端にしないでね」
「極端?」
「少なすぎるのも駄目」
「分かった」
俺は《水球》を作る
大きな球ではない
手の上に収まるくらいの水を浮かべる
それを少しずつ分けて落とす
以前なら、一つの容器を満たすために水量を考えることが多かった
今日は違う
一つの場所へ多すぎない量
次の場所へは少し減らす
さらに別の場所へ
ほんの少しずつ変える
目分量だ
正確な数字はない
道具もない
それでも、全部同じ量を勢いよく撒くよりは比較できる
「これ、多い?」
俺がエナを見る
「たぶん大丈夫」
「たぶん?」
「私も農家じゃないもの」
それはそうだ
エナは薬草や治療の知識がある
だからといって、食べる植物を何でも上手に育てられるわけではない
俺は少し安心した
自分だけが知らないわけではない
「エナも、知らない?」
「知らないことくらいあるわよ」
「いっぱい?」
「……その聞き方はどういう意味?」
何となく怒られそうだったので、俺は水球へ意識を戻した
ルッカが横で笑っている
昼頃までかけて、小さな区画の形が整った
まだ何かを大量に植えたわけではない
手元にある種や植物を少しずつ試すだけだ
現在育っている三つの芽にも、大きな変更は加えなかった
一番元気なもの
成長が遅いもの
葉の状態が悪いもの
それぞれの周囲を見て、土が極端に乾いていないか、水が溜まっていないかを確認する
「これ、なんで遅い?」
俺が二つ目を指す
エナは首を振った
「分からない」
「同じじゃない?」
一つ目と二つ目を交互に指す
「近いけど、完全に同じではないわ」
「どこ違う?」
「そこを探すの」
簡単に答えが返ってくると思ったのに、さらに仕事が増えた
俺は少し肩を落とす
「面倒?」
ルッカが聞く
「ちょっと」
「やめる?」
俺は芽を見る
「やめない」
答えはすぐ出た
面倒だからといって、やめたいわけではない
三つとも同じように育たない
理由も分からない
だったら知りたい
それだけだった
昼食のあと、ルッカが森へ行こうと言った
「似てるの、ある」
「この植物?」
「たぶん」
また、たぶんだ
でも今日はそのくらいでいい
俺とルッカは第二水場からそれほど遠くない場所へ向かった
エナも一緒に来る
ローデンは残り、作った区切りと排水の状態をもう少し見ることになった
森へ入ると、ルッカは迷わず進んだ
獣道にも見えない場所を通り、少し開けた場所へ出る
そこには低い植物がいくつも生えていた
俺はしゃがむ
「これ?」
「似てる」
ルッカが葉を指す
完全に同じかどうかは分からない
俺には判断できない
エナも慎重に見る
「似てるけど、同じかは分からないわね」
「また分からない」
「分からないものは分からない」
最近よく聞く気がする
俺は周囲を見る
第二水場の栽培区画とは環境が違う
木はある
でも少し隙間が広い
日が差している
地面には枯れ葉が積もっている
土も第二水場の端とは色が少し違うように見える
近くには大きな水場はない
ただ、完全に乾いているわけでもない
俺は地面へ手を当てた
「土、柔らかい」
ルッカが別の場所を示す
「こっちも」
エナが言う
「全部を持って帰って同じにするのは無理よ」
「しない」
そこは分かっている
森をそのまま第二水場へ移すことはできない
でも、参考にはなる
どれくらい光が当たるのか
周りにどんな植物があるのか
土がどれくらい湿っているのか
分かる範囲だけ見る
「ルッカ、よく知ってるな」
日本語で言う
「なに?」
「ルッカ、植物、場所、分かる」
「森だから」
簡単な答えだった
ルッカにとって森は、俺が前世で街の道を覚えていたのと同じなのかもしれない
どこに何がある
どこを通ればいい
どこが危ない
何が食べられる
何が使える
俺が魔法を使えるからといって、その知識が手に入るわけではない
帰る途中、俺は三日前に三体のゴブリンを見た方向へ一度だけ目を向けた
今日は姿がない
痕跡を探しに行くつもりもない
ただ、ルッカが言っていたことを思い出した
向こう側では、食べられる植物が少ない
今日見た場所には、似た植物がいくつも育っている
違いはある
でも、その理由はまだ分からない
「三人、食べるもの、少ないかな」
俺が呟く
人間語になっていた
エナが聞く
「三人?」
俺は少し迷う
三体のゴブリンのことを説明する
「森の、ゴブリン、三人」
「ああ」
エナも存在については知っている
「向こう、食べる植物、少ない」
「それだけじゃ、困ってるかどうかは分からないわね」
「うん」
俺も同じ考えだった
肉を食べているかもしれない
他の場所へ行っているかもしれない
違う植物を食べられるかもしれない
そもそも、俺たちが食べられると思っているものを三体も食べるとは限らない
「食べ物、あげる?」
ルッカが聞いた
俺は少し考えて、首を振る
「まだ」
「なんで?」
「欲しい、分からない」
ルッカが頷く
「嫌かも」
「うん」
一方的に食料を置けば、助けになるとは限らない
警戒されるかもしれない
何か意味のある行為だと思われるかもしれない
相手が何を必要としているかも分からないのに、こちらだけで決めるのは早い
今はまだ、見ているだけでいい
第二水場へ戻ると、ローデンが排水の溝を少し直していた
「遅かったな」
「植物、見た」
「分かったか?」
俺は少し考える
「分からないこと、増えた」
ローデンが笑った
「そりゃ良かったな」
「良くない」
「分からないことが分かったんだろ」
そこまで言われて、俺は黙る
確かにそうだ
水を出せる
土を動かせる
だから植物を育てるのも簡単
そう思っていた
でも違った
水
土
光
植物そのもの
たぶん、それ以外にもある
虫
気温
季節
まだ知らない何か
できる魔法が増えても、知らないことは知らない
その事実は、少し悔しい
でも、以前ほど嫌ではなかった
知らないなら、知ればいい
分からないなら、小さく試せばいい
間違えたら全部を駄目にするのではなく、一部分だけ変えて比べればいい
「これ、面白いかも」
俺は新しい区画を見る
エナが横に来る
「さっき面倒って言ってなかった?」
「面倒、でも面白い」
「それなら続きそうね」
夕方までに、新しい小区画の準備を終えた
大きさは以前とほとんど変わらない
畑と呼ぶには小さすぎる
それでも、ただ三つの芽を見るだけだった場所から、少しだけ「試す場所」らしくなった
水量を変える場所
日当たりが少し違う場所
今までに近い条件を残す場所
完全な比較実験と呼べるほど厳密ではない
だが今の俺たちにできる範囲では十分だった
俺は最後に《水球》を作る
今日は何度も水量を変えた
大きく出すより、少量ずつ分ける方が意外と集中力を使う
それでも朝よりは扱いやすい
一つ目へ少し
二つ目へ少なめ
新しい区画へ必要な分だけ
一気に濡らさない
土の表面を見ながら止める
「それくらい」
エナが言う
俺は水球を消した
次に、道具を片付ける
細い紐
小さな袋
使わなかった種
小型の道具
空間収納へ順番に戻す
違う種類の小物を何度も出し入れした一日だった
容量そのものは、今日は試していない
でも、何を持っていて、何を使い、何を戻したのかは朝より把握しやすくなっている
これも慣れなのだろう
ローデンが木材の残りをまとめる
「全部ここに置くか?」
俺は首を振る
「使う分、ここ」
残りを指す
「ローデン?」
「持って帰る」
この前みんなで決めたことと同じだ
使う場所に必要な物は置く
何でも第二水場へ集めるわけではない
何でも俺の空間収納へ入れるわけでもない
必要な場所に必要な分だけ
少しずつ、そういう考え方が増えてきた
日が傾いた頃、エナとローデンが帰る準備を始める
俺は三つの芽をもう一度見た
一つ目
比較的元気
二つ目
遅い
三つ目
葉が少し悪い
今日一日で急に良くなったわけではない
もちろん原因も分かっていない
それでいい
明日見ても変わらないかもしれない
数日後には一つ枯れるかもしれない
全部駄目になる可能性だってある
そのときは、何が違ったのか考える
「セイジ」
ルッカが呼ぶ
「帰る?」
「うん」
第二水場を片付ける
使った器を戻す
種の袋が閉じているか確認する
新しい区画の周りに道具が残っていないか見る
最後に排水の溝を見る
大丈夫そうだった
四人で途中まで歩き、分かれる
エナとローデンはハルナ側
俺とルッカは岩陰拠点
森の道を歩きながら、俺は今日のことを考えていた
戦っていない
LEVELも上がっていない
新しい魔法も覚えていない
なのに、知らなかったことがかなり増えた
植物は水だけでは育たない
土だけでもない
同じようにしても同じように育つとは限らない
魔法で条件を変えられるからといって、何を変えるべきか分かるわけではない
「できること増えても、知らんことは知らんな」
日本語で言う
ルッカが横を見る
「また分からない言葉」
「できる、増える」
自分を指す
「魔法、増える、強くなる」
次に頭を指す
「でも、知らない、知らない」
ルッカはしばらく考えた
そして頷く
「私も」
「ルッカも?」
「魔法、知らない」
「ああ」
確かに
俺は笑った
「俺、森、知らない」
「うん」
即答された
「そこは少し否定して」
「なんて?」
「なんでもない」
岩陰拠点へ戻る
いつもの入口
いつもの棚
いつもの寝床
俺は空間収納から今日使った小物を一つ取り出した
第二水場へ置くつもりだったのに、間違えて持ち帰ってしまったらしい
細い紐だった
「戻すの忘れた」
ルッカが見る
「明日?」
「次行くとき」
棚の分かりやすい場所へ置いておく
忘れないためだ
完璧にはならない
第二水場の物の置き場所も
栽培も
空間収納の使い方も
人間語も
全部少しずつだった
夕食の準備をしながら、俺は三つの芽を思い出す
同じように見えて、違う三つ
一つは育つ
一つは遅い
一つは弱っている
どれが最後まで残るのかは分からない
その先に食べ物がたくさん取れる未来があるのかも分からない
まだ、ただの試しだ
それでも明日になれば、また少し見る
水が多いか
土が乾いているか
葉が変わったか
今日と何が違うか
魔法で全部解決するのではなく、分からないことを一つずつ減らしていく
そういう暮らし方も、悪くなかった




