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森の向こうの三人

第50回 森の向こうの三人


第二水場の朝は、二日前より少しだけ整って見えた


棚に置かれた器は決めた場所にあり、縄もまとめられ、治療に使う物の場所には葉を簡単に描いた印が残っている


全部が完璧というわけではない


共有の器が一つ違う場所に置かれていたし、共有の物を置く場所にも、昨日誰かが使ったらしい袋が開いたまま残っていた


それでも、以前のように探し回る必要はなかった


俺は開いた袋を閉じ、器を元の場所へ戻す


「使ったら、戻す」


隣でルッカが言った


「そう、それ」


二日前に決めたばかりなのに、もう合言葉のようになっている


俺は少し笑いながら、共有物を一通り確認した


不足している物もあるが、今日すぐ困るほどではない


空間収納の中も確認する


縄、小さな容器、少量の布、その他いくつかの小物


第二水場の共有物と、自分が持ち歩く物を分けたことで、何が入っているか以前より把握しやすい


とはいえ、空間収納そのものが広がったわけではない


入る量も、取り出し方も、二日前と同じだ


便利だからこそ、何でも突っ込まない方がいい


そのくらいの付き合い方が、今のところ一番よさそうだった


「セイジ」


ルッカが水場の外側を見ていた


その声が、少しだけ低い


俺も視線を向ける


「どうした?」


「昨日の跡」


「ゴブリン?」


「たぶん」


二日前、第二水場から少し離れた場所で、ルッカは小型の人型らしい痕跡を確認していた


すぐには追わなかった


相手がこちらを避けているなら、無理に追いかける必要はない


それでも第二水場の周辺を誰が歩いているのかは知っておきたい


ここはもう、自分とルッカだけが水を飲む場所ではない


人間も来る


荷物もある


救護用品や道具も置かれている


周囲に危険がないか確かめることも、この場所を使い続けるために必要になっていた


「見る?」


ルッカが聞く


「見る、でも追いすぎない」


「うん」


二人は必要な物だけを持ち、第二水場を離れた


俺は《魔力感知》を薄く広げる


何かを探すために強く集中するのではなく、周囲に大きな反応が近づいていないか確認する程度だ


こういう使い方も、かなり自然になった


ルッカは少し前を歩く


地面を見る


枝を見る


低い草の向きを確かめる


時々立ち止まり、少し戻り、別の場所を見る


俺にはほとんど違いが分からない場所でも、ルッカには何かが見えているらしい


しばらく進んだところで、ルッカがしゃがんだ


「ここ」


俺も隣へ行く


湿った土に浅い跡がある


人間の足より小さい


獣の足とも違う


少し離れた位置にも似た跡が続いていた


「三つ?」


「たぶん」


ルッカはすぐには立たず、周囲を見回した


「新しい」


「今日?」


「朝、たぶん」


俺は森の先を見る


姿はない


魔力感知にも、それらしい反応はまだ引っかからない


「第二水場の方、来てた?」


ルッカは跡を確かめ、首を振った


「近くまで、でも入ってない」


「見てた?」


「分からない」


そこは推測するしかない


痕跡だけで相手の考えまで分かるわけではない


二人はさらに少しだけ進んだ


森は深くなるというほどではないが、第二水場からは十分離れている


人間が日常的に歩く範囲から外れ始める辺りだった


ルッカが突然、片手を上げた


俺も止まる


前方


木々の間


何かが動いた


一つ


その奥にもう一つ


さらに少し離れて一つ


俺は息を整える


「いた」


ルッカの声は小さい


俺にも見えた


三体のゴブリン


遠い


顔立ちを見分けられるほどではない


だが人数と体格、それにこちらとの距離の取り方には覚えがある


以前会った三体なのかもしれない


少なくとも、そう考えて不自然ではなかった


三体もこちらに気づいている


以前なら、姿を確認した時点ですぐ森の奥へ消えていた


今日は違った


逃げない


もちろん近づいてもこない


木や藪を挟みながら、明確に距離を取ってこちらを見ている


「前の三人……かな」


俺は人間語で言ってみた


ルッカが横を見る


少し考えてから頷く


「たぶん、前の三人」


人間語で返してくれた


発音はセイジより自然だ


練習になっていると考えればありがたいが、少し悔しい


「近づかない、見るだけ」


今度も人間語で言う


ルッカが頷いた


「うん、近づかない」


意味は伝わった


これでいい


俺は両手を体の横へ下ろした


《火弾》も出さない


《風圧》も使わない


敵意がないと伝わるかどうかは分からない


だが少なくとも、攻撃の準備をする必要はない


三体のうち一体が少しだけ前へ出た


その瞬間、残り二体がわずかに身構える


前へ出た個体も数歩で止まる


誰も声をかけない


声をかけたところで通じる保証もない


以前の接触でも、互いの言葉を確かめられるほど近づいてはいなかった


俺はただ、待った


三体も待っている


森の中で、ゴブリン四体とルッカが互いに何もしないまま立っている


何とも言えない時間だった


前世なら気まずさに耐えられず、何か話そうとしていたかもしれない


今は、それをしない方がいいことくらい分かる


近づかない


追わない


攻撃しない


相手にも相手の都合がある


同じゴブリンだからといって、突然仲良くなれるわけではない


そもそも、自分は見た目からして普通のゴブリンとは違う


ホブゴブリンメイジ


人間と行動している


魔法を使う


相手から見れば、警戒する理由はいくらでもあるだろう


「どうする?」


ルッカが小声で聞いた


「少し、見る」


「うん」


三体の方も動かない


そのときだった


俺の意識に、別の反応が触れた


《魔力感知》の端


ゴブリンたちとは違う


一つではない


複数


俺は顔を向ける


第二水場とは少しずれた方向だが、このまま進めば近くを通る


見覚えのある気配だった


「ルッカ」


「なに?」


「別のいる」


人間語を意識する


「魔物、何匹か」


ルッカの表情が変わった


すぐに森を見る


「どっち?」


俺が方向を示す


ルッカは地面を確認しながら数歩進み、低い場所から先を覗いた


戻ってきたときには、いつもの柔らかな雰囲気が消えている


「来てる」


「第二水場?」


「このままなら、近い」


短い言葉だけで十分だった


俺は三体のゴブリンを見る


向こうも何かに気づいたらしい


こちらではなく、森の別方向へ視線を向けている


一体が低く姿勢を落とした


もう一体は木の陰へ半歩下がる


三体とも逃げてはいない


だが明らかに警戒している


「知ってるやつ?」


ルッカが聞く


俺は魔力感知をもう少し絞った


数体


大きくはない


以前にも何度か見た程度の捕食魔物


今の自分なら、一体ずつなら大きな問題にはならない


ただし複数いる


そして第二水場の近くへ入られるのは困る


荷物や救護用品がある


人が来る


誰かが一人で水を汲んでいる時に出会えば危険だ


「前に倒した、やつ」


俺は人間語でゆっくり言う


「何匹かいる、第二水場、近い」


ルッカは一度頷いた


「倒す?」


俺は少しだけ考えた


避けられるなら避ける


それがいつもの基本だ


だが今回は、このまま通せば生活圏に入る


後で探し直す方が危ない


「倒す」


答えてから、三体のゴブリンを見る


相手は動かない


助けを求めているわけでもない


こちらを手伝う様子もない


なら、巻き込まない


「ルッカ、後ろ」


「分かった」


ルッカが少し距離を取る


俺は前へ出た


魔力を集める


まず一つ


《火弾》


以前なら、一つ作るだけでも意識をかなり持っていかれた


今は違う


一つ目を維持したまま、二つ目を作る


そして三つ目


炎の塊が俺の周囲に浮かぶ


揺れは小さい


形も崩れない


「……いけるな」


前に複数展開へ挑んだときは、作る順番を意識しなければ一つが大きくなりすぎたり、別の一つが弱くなったりした


今は三つをほぼ同じ状態で維持できる


無制限に増やせるわけではない


四つ、五つと増やせば集中も魔力も重くなるだろう


必要以上に増やす意味もない


三つで十分だ


森の向こうから音が近づく


低い唸り


草が擦れる音


そして木々の間から、一体目が姿を見せた


見覚えのある四足の捕食魔物


続いて二体


さらに少し遅れてもう一体


四体


一体目がこちらを認識する


足が止まる


二体目も止まる


だが後ろから来た個体に押されるように、群れ全体が少し広がった


「四」


ルッカが言った


「うん、四」


俺は火弾を動かす


一つ目を左


二つ目を正面


三つ目を右


以前なら、この照準変更だけで意識が散っていた


今日は違う


視線を一体へ固定し続けなくても、魔力の位置が分かる


《魔力制御》で炎の形を崩さず、狙いだけを変える


捕食魔物が走り出した


一体目


速い


けれど、以前ほど速く見えない


俺は一歩横へ動いた


その足が、自分でも驚くほど自然に出る


火弾を放つ


一発目


正面から来た個体の進路へ撃ち込む


命中


炎が弾け、個体が崩れる


止まらない


左から回り込もうとした二体目へ、すでに浮かせていた火弾の向きを変える


放つ


二発目


二体目が跳んだ瞬間、火弾が横から当たる


地面へ転がる


三体目がこちらへ向きを変えた


残った火弾を撃つ


わずかに外れかけた


俺は放った後も魔力の流れを最後まで追う


完全に曲げられるわけではない


それでも、撃ち出す直前の一瞬で角度を修正できる


命中


三体目も倒れる


残る一体


三つの火弾はもうない


だが焦る必要はなかった


俺は魔力を集め直す


一つ


今度は複数ではなく一発


最後の個体は仲間が倒れたことで進路を変えた


逃げるのかと思った


違う


大きく回り、ルッカ側へ向かおうとしている


「ルッカ、右!」


俺が人間語で叫ぶ


ルッカはすぐ動いた


木を挟むように位置を変える


俺も走る


以前なら追いつけるか考えた距離だった


今は足が前へ出る


地面を蹴る


一歩


二歩


体が軽い


捕食魔物の横へ回り込み、進路を塞ぐ


一瞬、相手がこちらを向いた


そこで撃つ


《火弾》


短い距離


外さない


炎が命中し、最後の個体が倒れた


静かになった


火の残りが小さく消えていく


俺はその場で呼吸を整えた


「……終わった?」


ルッカが木の陰から顔を出す


「終わった」


「四つ?」


「四つ」


ルッカが倒れた個体を一体ずつ確認する


俺も近づき、動かないことを確かめた


短い戦闘だった


本当に短い


以前なら、四体を相手にすればもっと位置を考えた


逃げ道を探した


一体ずつ引きつけることも考えただろう


今日は、最初に複数の《火弾》を展開し、別々の相手へ撃ち分けた


崩れなかった


焦らなかった


最後の一体が進路を変えても対応できた


「強くなってるな」


日本語で呟く


「なに?」


「前より、早い」


人間語へ言い直し、自分の足を指す


「動く、早い」


ルッカが頷く


「うん、前より早い」


「火も、三つ、楽」


「それは怖い」


「怖い?」


「三つ飛んでくる」


ルッカが真顔で言う


俺は少し黙り、それから笑った


「ルッカには、しない」


「知ってる」


当たり前の返事だった


戦闘が終わり、呼吸が落ち着いたところで、俺はふと思った


四体倒した


前にも戦闘のあとでLEVELが上がっていた


「一応、見とくか」


俺はSTATUSを開く


NAME セイジ


RACE ホブゴブリンメイジ


LEVEL 12


HP E+


MP D+


筋力 E-


耐久 D


敏捷 D


器用 D


精神 D


魔力 D+


SKILL


《魔力感知》


《魔力制御》


TITLE


なし


「十二」


思わず声に出た


「上がった?」


ルッカが聞く


「うん、十から十二」


指を使いながら説明する


ルッカも数字は分かる


「二つ?」


「二つ」


耐久


E+からD


敏捷


D-からD


大きく何かが変わった感覚ではない


突然体が別物になったわけでもない


だが、最後の一体へ追いついたときの足の出方を思い返すと、納得できた


戦闘中にも、少し違っていたのかもしれない


「耐える、上がった」


自分の腕を軽く叩きながら人間語を探す


「早いも、上がった」


ルッカが笑う


「セイジの説明、変」


「分かる?」


「分かる」


「なら、いい」


正しい言い方ではないだろう


それでも、意味は伝わっている


少し前なら数字を見せて終わっていた


今は、何が変わったのかを短い言葉でも説明できる


それも成長といえば成長なのかもしれない


俺はSTATUS表示を閉じた


そして、ようやく思い出す


三体のゴブリン


視線を向ける


いた


まだいる


さっきより遠い


木々の向こう


三体ともこちらを見ていた


逃げてはいない


ただし、明らかに警戒は強くなっている


当然だろう


目の前で四体の捕食魔物を短時間に倒したのだ


しかも魔法で


俺が一歩動くと、三体のうち二体がすぐ後ろへ下がった


俺は止まる


「……そりゃ怖いよな」


追うつもりはない


近づくつもりもない


俺は倒れた魔物と三体を交互に見た


もし三体が襲われていたなら、助けただろうか


たぶん、危険が迫っていれば動いたと思う


でも、それは同じゴブリンだから仲間だという意味ではない


人間が襲われていても助ける


ルッカが危なければ当然助ける


知らない相手でも、手が届くなら助けたいと思うことはある


三体だけを特別に弱い存在として扱う必要もない


見たところ、武器らしい物も持っている


森で生きてきた


自分たちなりのやり方があるはずだ


だから今は、それでいい


こちらから仲間だと決めない


敵だとも決めない


「行こう」


俺が言う


「戻る?」


「先に、この辺、見る」


ルッカが頷く


捕食魔物がほかにいないか確認する必要がある


第二水場へ戻ってから別の群れが現れましたでは意味がない


俺とルッカは三体へ背を向けるのではなく、横へ離れるように移動を始めた


追わないことが伝わればいい


数十歩進んだところで、俺は一度だけ振り返った


三体はまだいた


その中の一体がこちらを見ている


少しすると、最初の一体が森の奥へ動いた


二体目も続く


最後の一体も背を向ける


そこで終わると思った


だが最後の一体だけ、一度足を止めた


振り返る


遠すぎて表情は分からない


何を考えているのかも分からない


ただ、確かにこちらを見た


それから森の中へ消えた


「見た?」


ルッカが聞く


「うん」


「逃げた?」


俺は少し考える


「逃げた……かな」


以前と同じ言葉ではある


でも、何かが少し違う気がした


前は、こちらを見つけたらすぐ消えた


今日は見ていた


戦いも見ていた


そして最後に一度、振り返った


それだけだ


それ以上の意味を勝手につける必要はない


「また会うかな」


「たぶん」


ルッカは森の奥を見ながら答えた


二人は周辺を確認していく


新しい危険な反応は見つからなかった


捕食魔物が来た方向も少し調べたが、さらに大きな群れがいる痕跡はない


そこで深追いはやめる


原因を探すために森の奥へ進む必要はない


今日は第二水場周辺が安全かどうか分かれば十分だった


帰路へ入ったところで、ルッカがまた立ち止まった


今度は地面ではなく、低い草木を見ている


「どうした?」


「少ない」


「なにが?」


ルッカが少し歩き、別の場所を見る


そのあと、木の根元付近を指した


「食べられるの」


俺は周囲を見た


自分には普通の森に見える


「植物?」


「うん」


ルッカは第二水場の方向と、さっき三体が消えた方向を交互に指す


「こっち、ある」


第二水場側


「向こう、少ない」


ゴブリンたちがいた側


「ずっと?」


「分からない」


即答だった


それ以上はルッカにも判断できないらしい


俺は森の奥を見る


三体の食べ物が足りない


そう決めつけることはできない


肉を中心に食べているかもしれない


別の場所で採取しているかもしれない


たまたまこの辺りだけ少ない可能性もある


「理由、分からない?」


人間語で聞いてみる


ルッカが頷いた


「分からない、まだ」


「じゃあ、分からない」


「うん」


簡単な結論だった


知らないことを知らないまま置いておく


最近、それも少し上手くなった気がする


前世では、分からないことがあるとすぐ理由を作りたくなった


こっちでは、それをすると危ない


森は知らないことだらけだ


少し植物が少ないからといって、大きな異変に結びつける必要はない


ただ、覚えておく


それで十分だ


第二水場へ戻ったのは昼を少し過ぎた頃だった


朝と変わらず静かだった


荒らされた様子もない


置いてある物も大きく動いていない


俺はまず水辺を確認し、それから共有物の棚を見る


何も起きていない


それだけで少し安心する


「安全」


ルッカが言った


俺も頷く


「今日は、安全」


戦闘があったのに、安全と言うのも変な話だ


でも第二水場そのものは守られた


あの四体がここまで入ってきていたら、誰かが使うたびに警戒が必要になっていたかもしれない


「これも仕事か」


日本語で呟く


棚を作る


布を洗う


水を用意する


道を直す


それだけではない


使う場所の周りに危険がないか見る


危険が生活圏へ入ってくるなら、必要な分だけ対処する


誰かに命令されたわけではない


担当を決めたわけでもない


ただ、必要だからやった


二日前、みんなで物を整理したときと同じだ


できる人が、気づいたところを見る


今日はルッカが痕跡を見つけた


俺が魔力を感じた


そして二人で確認した


それだけのことだった


俺は共有の水用器を一つ取り、《水球》で水を補充する


戦闘のあとだからといって、急に何か特別なことをする気にはならなかった


ルッカも水を飲み、少し休む


「三人、来るかな」


不意にルッカが言った


俺は器を置く


「ここに?」


「うん」


「分からない」


「来たら?」


その質問には少し考えた


追い返す理由はない


でも、勝手に仲間扱いするつもりもない


第二水場は人間も使う


他のゴブリンが来れば、人間側が警戒する可能性もある


相手だって人間を怖がるだろう


「水、使うだけなら……いい」


俺はゆっくり答える


「でも、みんな、怖いかも」


人間語で言ってみる


ルッカは意味を考えてから頷く


「人間も、三人も?」


「うん、両方」


その辺りは簡単ではない


俺が大丈夫と言えば全部解決する話でもない


自分は人間と一緒に歩ける


でも普通のゴブリンが同じとは限らない


三体が何を考えているのかも分からない


「だから、ゆっくり」


俺が言う


ルッカが笑った


「それ、よく言う」


「大事だから」


「人間の言葉?」


「そう」


「上手になった」


「それだけ?」


「それだけ」


少し悔しい


それでも会話が続いているだけ、昔よりずっといい


午後は第二水場周辺の近い範囲だけを確認した


戦闘はなかった


新しい魔物も出ない


ルッカは何か所かで足跡を見つけたが、普通の獣のものらしく問題なしと判断した


俺も魔力感知を続けたが、大きな反応はない


LEVELが上がったからといって、すぐさらに戦おうとは思わない


十二になった


耐久も敏捷も一段上がった


それで十分だ


強くなることは嬉しい


以前なら倒せなかった相手を倒せるようになるのも嬉しい


でも今は、強くなった結果として何が守りやすくなったのかの方が分かりやすい


第二水場まで戻ってきたとき、何も壊れていなかった


誰も怪我していなかった


それが一番よかった


夕方が近づく


俺とルッカは第二水場を簡単に片付ける


朝に使った器を戻す


水をこぼした場所を確認する


持ってきた物を忘れていないか見る


空間収納にも必要な小物だけを戻した


使った範囲では、取り出し方に変化は感じない


容量まで変わったかどうかは、まだ試していない


「そこは、まだ分からんな」


少しだけ期待していた自分に気づき、苦笑する


LEVELが上がったからといって、何でも一緒に変わると決めつける必要はない


ルッカが帰る準備を終える


「帰ろう」


「うん」


二人で第二水場を離れた


朝に通った道を戻る


途中、俺は無意識に歩く速度を上げていた


数歩進んでから気づく


後ろを見ると、ルッカが普通についてきていた


「早い?」


「少し」


「ごめん」


歩幅を戻す


敏捷が上がった影響なのか、単に戦闘の感覚が残っているだけなのかは分からない


ただ、体は確かに少し動かしやすくなっている


「慣れないとな」


日本語で呟く


強くなるたびに、扱い方を覚える必要がある


魔法も同じだった


複数《火弾》を出せるようになったからといって、数を増やし続ければいいわけではない


今日は三つで足りた


四つ目は必要になってから作った


それで十分だった


岩陰拠点が見えてくる


ルッカが先に入口へ入る


俺も続く


帰ってきた


第二水場とは違う安心感がある


棚


寝床


調理場所


いつもの物


二日前と変わらない


俺は持っていた小物を決めた場所へ戻す


ルッカがそれを見て笑う


「使ったら?」


「戻す」


二人で同時に言った


少し笑ったあと、俺は入口の近くへ座った


今日一日を思い返す


三体のゴブリン


逃げなかった


近づかなかった


戦わなかった


ただ見ていた


こちらも追わなかった


それだけ


でも、前より一歩だけ距離が近くなったような気はする


仲間ではない


部下でもない


助けなければならない相手でもない


同じゴブリンだから分かり合えると決めつけるつもりもない


ただ、森の向こうにいる誰か


今はそれくらいでいい


最後に振り返った一体の姿を思い出す


次に会ったとき、また逃げるかもしれない


もっと警戒されるかもしれない


今日の戦いを見て、近づかなくなる可能性だってある


それでも、自分があの力を三体へ向けなかったことだけは、向こうも見ていた


それ以上を期待する必要はない


「セイジ」


ルッカが呼ぶ


「なに?」


「お腹すいた」


俺は一瞬黙った


朝から歩き、戦い、また歩いた


自分もかなり腹が減っている


「俺も」


「いっぱい?」


「たぶん、いっぱい」


「LEVEL上がったから?」


「それ関係ある?」


分からない


二人で笑いながら夕食の準備を始める


LEVEL12


少し丈夫になった


少し速くなった


火弾も扱いやすくなった


でも、夜になれば腹は減る


帰れば食事を作る


使った物は元へ戻す


明日になればまた第二水場へ行くかもしれない


強くなったことと、暮らすことは別々ではなかった


森の向こうには、まだ距離を取ってこちらを見る三体がいる


こちら側には、帰る家と、みんなが使う水場がある


その間に立っている自分が何なのか、俺にはまだ分からない


分からないままでいい


今日はただ、四体の危険な魔物を倒し、第二水場の周りが少し安全になった


そして三体のゴブリンとは、戦わなかった


それだけ覚えておけば十分だった

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