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街道の救難2

第47回 街道の救難2


夜明け前の第二水場は、普段よりずっと静かだった


人が多いから騒がしいはずなのに、聞こえるのは水の音と、時々誰かが寝返りを打つ気配くらいだった


俺は浅い眠りから目を覚ますと、すぐ身体を起こした


岩陰拠点ではない


目の前には道具小屋


少し離れた場所には、昨日街道から助けてきた交易一行が休んでいる


脚を痛めた男は横になったまま


肩を負傷した男も、昨夜より顔色は落ち着いている


エナが近くで眠っていた


さらに外側では、ダリオが周囲を確認している


「おはよう」


声を落として言う


「起きたか」


「何もなかった?」


「夜はな」


「よかった」


俺は立ち上がり、少し肩を回した


昨日は担架を長く持ち、魔法もかなり使った


それでも身体に強い疲れは残っていない


進化前なら、朝まで腕が重かったかもしれない


「ルッカは?」


「向こうだ」


ダリオが森側を示す


ちょうど木々の間からルッカが戻ってくるところだった


「おはよう」


「おはよう」


「何かあった?」


「新しい跡はない」


「街道側も?」


「ここから見えるところは」


ひとまず第二水場周辺に危険はない


それだけでも朝の始まりとしては十分だった


昨日の救助はまだ終わっていない


街道には壊れた荷車が残っている


一部の交易品も置いたまま


そして何より、あの周辺に危険な生き物がまだ残っている可能性がある


「今日、戻るんやんな」


「ああ」


ダリオが答える


「ただし全員では行かない」


「怪我人残す?」


「当然だ」


少しすると他の者たちも起き始めた


エナがまず脚を負傷した男の状態を見る


昨夜より腫れがひどくなっていないか


痛みが増えていないか


指示した範囲を動かせるか


俺は少し離れて待つ


「どう?」


「昨日より悪くはなってない」


「歩ける?」


「まだ歩かせない」


「了解」


肩の負傷者も傷口を確認する


昨夜洗浄し、必要な範囲だけ《治癒》を使った場所だ


「こっちは?」


「大丈夫そう、でも今日は荷物を持たせない方がいい」


「ほな残る?」


「うん」


結果、街道へ戻る人数は絞ることになった


セイジ


ルッカ


ダリオ


ローデン


ミラ


それに交易一行から、動ける護衛二人と商人の一人


エナは第二水場に残り、負傷者を見る


交易一行の残りもここで待機


「救護用品、持ってく?」


俺が聞く


「清潔な布と水を入れられる小さい器だけ」


エナが答える


「薬草は?」


「少しだけ」


「収納入れとく」


俺は一つずつ確認しながら、小規模空間収納へ入れていく


清潔な布


小型容器


少量の薬草


短い縄


昨日使ったものを補充した形だ


「便利やなぁ」


「なくさないで」


「それ何回目?」


「必要な回数」


「信用が増えへん」


ルッカが横で少し笑う


出発前、俺は温水を作った


負傷者の傷を見るために使う分と、朝の簡単な洗浄に使う分


《水球》で水を出し、弱い《火弾》を熱源にして温める


もう失敗しない


火を強くしすぎることもない


必要な分だけ


それが今では自然になっていた


「戻るまでに何かあったら?」


俺がエナへ聞く


「ミラがいないから言葉の問題はあるけど、簡単なことなら大丈夫、ローデンも行くんでしょ?」


「荷車見るからな」


ローデンが答える


「完全に直せるかは現地を見ないと分からん」


「持って帰れる?」


「それも見てからだ」


「了解」


誰も最初から全部解決できるとは言わない


現場を見て


できることを決める


最近、そういう進め方にも慣れてきた


朝食を簡単に済ませたあと、街道へ向けて出発する


昨日整えた退避路は、夜の間に大きく崩れてはいなかった


俺の《土成形》と《土締め》で作った部分も、そのまま使える


「ここ昨日通った」


ルッカが先頭で言う


「覚えてる」


「昨日ここで休んだ」


「うん」


救助の帰り道を逆にたどる


今度は怪我人を運んでいない


速度はずっと速い


それでも急がない


《魔力感知》を広げながら進む


昨日危険個体が現れた場所へ近づくと、俺は意識を強めた


「今のところ反応なし」


「痕跡はある」


ルッカが昨日倒した場所を見る


地面には戦闘の跡が残っている


火が当たった部分


踏み荒らされた土


倒れた個体の周囲に残る跡


「他のやつ来てた?」


ルッカが少し離れた場所を見る


「来てる」


「何体?」


「分からない、跡が重なってる」


ダリオがしゃがむ


「森側から出て、また戻ってる」


「昨日のあと?」


「可能性はある」


俺は森を見る


昨日だけでかなりの数を倒した


それでも周囲からいなくなったとは限らない


「ここまで外側に来てるんやな」


「昨日だけじゃなさそうだ」


ダリオが言う


「断定はできないが、街道へ出る回数は増えてるかもしれない」


まだ原因は分からない


ただ、街道周辺でも異変が広がっている可能性は強くなっていた


「荷車まで行こ」


俺たちは先へ進む


昨日のぬかるみが見えてくる


その先に、傾いた荷車


残した荷物も大部分はそのままだった


「荒らされてる?」


商人が何か叫ぶ


ミラが確認する


「荷物の一部が動いてるって」


近づいて見る


包みの一つが破れている


中身の一部が地面へ散らばっていた


食べ物ではないらしい


布や小物


何かが中を探ったような跡


「魔物?」


「獣かもしれない」


ルッカは地面を見る


「大きい跡ある」


「どっち向き?」


森側


昨日俺たちが戻った方向とは違う


「今はおらん?」


《魔力感知》を広げる


近くには反応なし


「今は大丈夫」


「なら先に荷車だ」


ローデンがすぐ作業に入る


昨日は怪我人を優先したため、詳しく見ていなかった


今日は車輪と軸を確認する


沈んだ側へしゃがみ、泥を払い、木材の割れ方を見る


「どう?」


「車輪は使える」


「ほんま?」


「ただ軸がずれてる、根に引っかかったまま無理に動かしたせいだな」


「直せる?」


「応急なら」


「何したらええ?」


「まず荷を下ろせ」


そこからは早かった


交易一行の三人が荷物を分ける


俺も手伝う


重いものは自分が担当する


「これどこ置く?」


ミラが訳し、商人が位置を示す


「こっちか」


荷物を持つ


以前より軽く感じる


昨日STATUSで筋力がE-へ上がったことを思い出す


ただし力任せにはしない


壊れ物かもしれない


「重いけど雑に置いたらあかんやつ?」


「そうみたい」


「了解」


ゆっくり下ろす


ローデンは荷車の下を確認する


「セイジ、土を少しどけられるか」


「どこ?」


「車輪の前、ここだけ」


「深さは?」


「根を出す程度」


「了解」


「《土成形》」


泥と土を少しずつ横へ逃がす


車輪の前に食い込んでいる根が見える


全部掘る必要はない


荷車が前へ動ける分だけ


「止めろ」


魔法を止める


「次、こっちを埋めろ」


車輪の下にできた深い窪み


そこへ土を寄せる


「固める?」


「軽くだけ」


「《土締め》」


強くしすぎない


車輪が沈まない程度


ローデンが足で踏んで確認する


「いい」


「最近土工事ばっか上手くなってる気するわ」


「役に立ってるならいいだろ」


「まあな」


道


排水


栽培区画


退避路


そして荷車の救出


《土成形》と《土締め》は、戦闘より生活で使っている回数の方が多いかもしれない


ローデンが歪んだ部分へ木を当て、縄を使って仮固定する


俺が荷車を少し持ち上げる


「そのまま」


「これ結構重いで」


「落とすな」


「分かってる」


両腕へ力を入れる


完全に持ち上げるわけではない


片側を浮かせるだけ


それでも重量はかなりある


「まだ?」


「もう少し」


「腕ぷるぷるしてきた」


「落とすな」


「その指示さっき聞いた」


ルッカが横で笑う


数十秒後


「下ろしていい」


「よっしゃ」


ゆっくり下ろす


車輪が先ほど整えた地面へ乗る


「動かしてみる」


交易一行の護衛も加わる


押す


少し動く


軋む音はある


だが車輪は回った


「いける?」


「荷を軽くすれば、第二水場までは持たせられるかもしれない」


ローデンの答えは慎重だった


「ハルナまで?」


「そこまでは保証できない」


「じゃあ第二水場まで運んで、そこでちゃんと直す?」


「その方がいい」


方針が決まる


荷物を全部戻すのではなく、重いものをいくつか人で運ぶ


荷車には軽い物を中心に載せる


「俺も荷物持つわ」


「収納は?」


ルッカが聞く


「入らん」


俺の空間収納は小物入れだ


大きな包みや交易品を収納できるほどではない


「なんでも入るわけちゃうからな」


清潔な布や縄なら便利


でも荷車の代わりにはならない


それでいい


準備を進めている途中


ルッカが突然顔を上げた


俺もほぼ同時に森を見る


「来る」


「何体?」


ダリオがすぐ聞く


《魔力感知》を広げる


一つ


二つ


三つ


四つ


少し間を置いて、さらに反応


「……多い」


「数は?」


「今分かるだけで七」


空気が変わる


交易一行の護衛二人も武器を構えた


「方向は?」


「森側から、ばらけてる」


ルッカが木々を見る


「音もする」


枝が折れる


葉が揺れる


一体や二体ではない


ダリオがすぐ指示する


「荷車を壁代わりにするな、逃げられなくなる、道の反対側へ移せる荷物だけ寄せろ」


「セイジ」


「何?」


「足場」


「了解」


俺は街道の端を見る


ぬかるみ


昨日から荒れた地面


ここで後退することになったとき、足を取られる場所がある


「《土成形》」


窪みを埋める


泥の深い部分を少し横へ逃がす


逃げ道を広くする


「《土締め》」


必要なところだけ


その間にも反応は近づいてくる


「五体前に出た」


「残りは?」


「少し後ろ」


「まず前だけ見る」


ダリオが言う


全部を一度に相手にしない


俺も頷く


「ミラ」


「うん」


「商人たちを下げろ」


ミラが伝える


交易一行の商人が荷物を気にする


ミラが強い口調で何かを返す


男は迷ったあと、荷物から離れた


「何て言ったん?」


「死んだら荷物も運べないって」


「強いな」


「今はそれくらいでいい」


俺は前へ出る


ルッカが左


ダリオが右


護衛二人はその後ろ


「来た」


最初の一体が木々の間から飛び出した


昨日と同種の危険個体


続けて二体


「三つ」


俺は両手を上げる


《火弾》二つなら安定してきた


でも三つはまだ試していない


ここで新しいことをやる場面ではない


「二つでええ」


魔力を二分する


「《火弾》」


二発


右


左


放つ


二体へ命中


残る一体へ一発


「《火弾》」


直撃


「次!」


ルッカが声を上げる


二体が別方向から出る


近い


俺は一歩下がり、味方の位置を見る


火の射線


荷物


森


「右は俺」


ダリオが前へ出る


「じゃあ左」


一体だけへ《火弾》


撃つ


命中


ダリオ側も護衛と合わせて動きを止める


「まだ来る!」


《魔力感知》には残り二体


その後ろ


「……待って」


「どうした」


「でかいのがおる」


反応が一つ増えた


いや、最初から奥にいたのかもしれない


他より明らかに強い


魔力感知だけで種類までは分からない


でも存在感が違う


「昨日の連中と同じ?」


「分からん、でも強い」


木々の奥で低い音がする


枝が大きく揺れた


先に残り二体が姿を見せる


その後ろ


一回り大きな個体


「三体」


俺が息を吐く


「強いのは最後」


ダリオが言う


「前の二体を先に落とせ」


「了解」


二発同時


「《火弾》」


左右


放つ


一体へ命中


もう一体が途中で跳ぶ


「外した」


「こっち来る!」


ルッカの声


俺はすぐ一発へ切り替える


「《火弾》」


今度は一点


命中


倒れる


そして大きな個体が出てきた


昨日までの危険個体より身体が大きい


動きも鈍くない


火を受けた仲間を見ても止まらない


「来るぞ!」


護衛の一人が声を上げる


俺は高出力の《火弾》を作ろうとする


しかし、その前に周囲を見る


近すぎる


荷車


乾いた荷物


人間


ここで大きな火を撃てば危ない


「高出力あかん」


判断を変える


「ルッカ、動き見て」


「うん」


「ダリオ、止められる?」


「一瞬なら」


「頼む」


大きな個体が突っ込む


ダリオと護衛が横から動く


正面で受けない


進路を少しずらす


「今!」


ルッカが声を上げた


俺は通常より小さめの《火弾》を二つ作る


一点へ重ねない


片方は足元


片方は上体


「《火弾》」


二発


一発目が足元近くへ当たり、相手の動きが崩れる


二発目は肩口


まだ倒れない


「硬いな」


「来る!」


無理に火を増やさない


俺は地面へ手を向ける


「《土成形》」


相手の前足が踏み込む位置


ごく浅く崩す


地面が沈む


体勢が傾く


「今や!」


一発


火力を絞る


狙いは頭ではなく、動きを止めやすい胴体


「《火弾》」


直撃


大きな身体が倒れる


それでもまだ動く


「まだ!」


ダリオが言う


俺は次の一発を作る


周囲を確認


味方なし


荷物からも離れた


「ここならいける」


少しだけ出力を上げる


高出力ほどではない


必要な分


「《火弾》」


命中


今度こそ動きが止まった


しばらく誰も動かなかった


俺は《魔力感知》を広げる


「……近くにはおらん」


「奥は?」


「弱い反応あるけど、離れてる」


「追うな」


「追わへん」


いつものやり取り


でも今日はその言葉がいつもより重く感じた


こちらには荷物がある


人間がいる


第二水場には怪我人が待っている


倒すことより、戻ることが大事だ


「怪我人おる?」


俺がすぐ周囲を見る


護衛の一人が腕を押さえていた


「怪我した?」


ミラが近づく


服の袖が破れている


先ほど大きな個体を避けたとき、枝か爪のようなものがかすったらしい


血が出ている


「エナおらん」


俺は一瞬止まった


いつもなら判断を任せる


今日はエナが第二水場に残っている


「深い?」


ミラが本人へ確認する


護衛は首を振る


だが傷が浅いかどうか、素人判断だけで決めるのは危ない


「まず洗う」


そこまでは分かる


空間収納へ意識を向ける


小型容器


清潔な布


取り出す


「《水球》」


必要な量だけ水を入れる


「傷、見せて」


ミラが伝える


袖を少し上げる


前腕に長い擦過傷


一部が切れている


大量出血ではない


「強く触らんように洗うで」


水を流す


泥や細かな汚れを落とす


清潔な布を当てる


「止血」


エナに教わった範囲


圧迫する


それ以上の判断はしない


「《治癒》は?」


ミラが聞く


俺は少し迷った


「今は使わん」


「どうして?」


「エナに見てもらってから」


緊急で出血が止まらないなら別だ


でも今は止血できている


ここで自分の判断だけで治癒魔法を使う必要はない


「第二水場戻って、エナに見てもらう」


「分かった」


護衛本人も頷いた


俺は少しだけ安心する


できることが増えたからといって、自分が何でも判断できるようになったわけではない


その線を越えないことも大事だった


「荷車どうする?」


戦闘で少し時間を使った


ローデンが確認する


「動かせる」


「今すぐ帰る?」


「帰る」


ダリオが即答した


「これ以上ここにいる理由はない」


残した荷物を拾う


破れた包みをまとめる


小物の一部は俺の空間収納へ入れられる大きさだった


ただし勝手には入れない


「これ、収納使う?」


ミラに聞いてもらう


商人は驚いた顔をした


どうやら前に会った空間魔法利用者とは別の人物らしい


俺が小さな包みを一つ入れて見せる


消える


商人の目が丸くなる


「入るん?」


「この大きさなら」


ミラが訳す


商人がいくつかの小物を示す


「これとこれなら入れていいって」


「了解」


全部は無理


小さいものだけ


紙


小さな包み


割れやすそうな小瓶


その程度


「荷車よりこっち向きやな」


「当たり前だろ」


ローデンが言う


「俺もそう言うたやん」


荷車が動き出す


軋む


だが進む


俺たちは歩く速度を合わせる


ルッカが前


ダリオが周囲


俺は荷車の横


ミラは交易一行と会話


ローデンは車輪の状態を見ながら歩く


帰り道は、昨日より静かだった


それでも誰も油断しない


俺も《魔力感知》を切らさない


途中、小さな反応がいくつか森側にあった


しかしこちらへ近づかない


追わない


戦わない


道を進む


「昨日より戦わんで済んでるな」


俺が呟く


「さっき十分戦った」


ルッカが言う


「それはそう」


少し笑う


緊張がわずかに抜ける


第二水場まで半分ほど戻ったところで、荷車の仮固定が一度緩んだ


「止めろ」


ローデンの声


全員止まる


軸の部分を見る


「縄替える」


「収納に短いのある」


「出せ」


「はい」


取り出す


ローデンが結び直す


俺が荷車を少し支える


こういうとき、小規模空間収納の便利さを改めて感じる


「でかい荷物は無理やけど、小さい道具すぐ出せるん強いな」


「覚えた物を全部入れようとするなよ」


「ローデンまでルッカみたいなこと言う」


「お前ならやる」


「信用ないなぁ」


護衛の一人が、そのやり取りを見て笑った


言葉は全部分からなくても、雰囲気は伝わったらしい


俺も笑い返す


前に会ったフェルナ方面の人間とは違う


今回の一行は、昨日まで俺を知らなかった


街道で出会ったときは明確に警戒していた


今は同じ道を歩き、同じ荷車を押している


信用と呼べるほど深いものではない


でも最初よりは確実に違った


「変わるもんやな」


「何が?」


ルッカが聞く


「見る目」


「セイジの?」


「向こうの」


知らないから怖い


一緒に動けば少し分かる


一昨日の他ゴブリンとの出会いも、もしかすると同じなのかもしれない


ただし、焦って近づけば逆効果だ


「ちょっとずつやな」


「何が?」


「全部」


説明になっていない


でも今はそれでよかった


昼を少し過ぎた頃、第二水場の水音が聞こえ始めた


「着いた」


ルッカが言う


「今回は荷車も一緒や」


俺は少し嬉しくなる


昨日は人だけを先に助けた


今日は残したものも戻せた


ようやく救助が終わりに近づいている


第二水場へ入ると、待っていた者たちが一斉にこちらを見る


交易一行の仲間たちが立ち上がる


エナもすぐ来た


「怪我した人いる?」


「一人」


俺は護衛を示す


「腕、洗って止血まではした、《治癒》は使ってへん」


「見せて」


エナがすぐ確認する


布を外す


出血はほぼ止まっている


「ちゃんと洗った?」


「水出して、汚れ流した」


「布は清潔なやつ?」


「道具小屋から補充したやつ」


「うん」


エナは傷を見る


腫れ


深さ


動かしたときの痛み


本人へミラを通して確認する


「どう?」


「深くはないと思う」


「《治癒》使う?」


「その前にもう一回洗う」


「了解」


俺が《水球》を出す


今度はエナの指示通り


傷の周囲まで丁寧に洗う


清潔な布


止血


それから


「ここだけお願い」


エナが範囲を示す


「《治癒》」


光を小さく


必要な部分だけ


傷全体へ広げすぎない


終わったあと、エナが再び状態を見る


「これでいい」


「よし」


「今日はその腕で重い物持たないで」


ミラが伝える


護衛が頷く


脚の負傷者も再確認する


腫れはまだある


ただし昨日より痛みが少し軽くなっているらしい


「今日もう一回《治癒》する?」


俺が聞く


「少し時間を置いてから、必要なら」


「了解」


エナの判断に任せる


治療が落ち着くと、次は荷車だった


ローデンが第二水場の道具小屋から修理用の物を出す


「ここならちゃんと直せる?」


「街道よりはな」


荷を下ろす


車輪を外す


仮固定していた部分をやり直す


俺も支える


「持ち上げて」


「はい」


「もう少し」


「はい」


「動かすな」


「はい」


「返事だけはいいな」


「ちゃんとやってるって」


少し離れたところでは、交易一行が回収した荷物を確認している


小規模空間収納に入れた物も順番に返す


「紙」


出す


「小瓶」


出す


「包み」


出す


商人が一つずつ確かめる


破損なし


「全部ある?」


ミラが確認する


商人が頷いた


「よかった」


俺も安心する


他人の物を収納するのは、自分の木片を入れるより少し緊張した


なくしたら困る


今後使うなら、入れたものを忘れない工夫も必要かもしれない


「何入れたか記録できたらええな」


「紙を収納する?」


ルッカが言う


「その紙に収納した物書いて、紙もしまったら見られへんやん」


ルッカが少し考える


「じゃあ覚える」


「それが一番危ない気する」


近くでミラが笑った


昼を過ぎると、第二水場は昨日よりさらに人の出入りが増えたように見えた


水を飲む者


怪我を見てもらう者


荷物を確認する者


荷車を修理する者


森や街道の情報を地図へ書く者


その中心に誰か一人がいるわけではない


必要なところへ、それぞれが動いている


俺は少し離れた場所から眺めていた


「ここ、完全に役割増えたな」


「何が?」


ミラが聞く


「第二水場」


最初は水


次に休憩


それから道具


情報


今は救護


一時避難


街道から戻った人が状況を整理する場所


「まだ村ではないけど」


「うん」


「宿でもない」


「そうだね」


「でも、助けた人連れて帰る場所にはなったな」


その変化は大きかった


以前なら危険があれば、岩陰拠点へ戻るか、ハルナ側へ行くしかなかった


今はその間に、みんなで使える場所がある


「作ろうと思って作ったわけちゃうのにな」


「必要なもの増やしてたらこうなった」


「それが一番ええんかもな」


誰かが住むための場所ではない


俺とルッカの家は岩陰拠点


そこは変わらない


でも第二水場には、別の役割が生まれている


午後


ダリオとミラが街道周辺の情報を整理する


ルッカも一緒に地図を見る


「昨日ここ」


俺が指す


「今日、荷車の近くでここ」


ミラが印を加える


さらに帰路で見つけた痕跡


フェルナ方面から以前聞いた目撃位置


ハルナ側で増えている痕跡


「広がってる?」


俺が聞く


ダリオは地図をしばらく見た


「そう見える」


「確定?」


「そこまでは言わない」


「やっぱり」


「ただ、森の浅い場所だけじゃなく街道近くでも複数回出てる、警戒範囲は広げた方がいい」


「原因は?」


「不明」


変わらない


何かが森の奥から生き物を押し出しているのか


餌の問題なのか


大型魔物が関係しているのか


水のある谷なのか


あの低い音なのか


他ゴブリンも関係しているのか


何も分からない


「全部一緒にせん方がええよな」


「ああ」


ダリオが答える


「今分かってるのは、浅い場所や街道付近で危険な個体を見ることが増えてる、それだけだ」


「了解」


原因を決めつけない


でも事実は軽く見ない


そのくらいが今はちょうどいい


荷車の修理が終わる頃には、日が少し傾き始めていた


「動く?」


俺が聞く


ローデンが車輪を回す


「昨日よりはましだ」


「ハルナまで行けそう?」


「荷を戻しすぎなければ」


交易一行も相談する


怪我人を今日さらに動かすかどうか


エナが脚の負傷者を見る


「今日はまだ休ませた方がいい」


ミラが伝える


商人たちも最終的には同意した


「じゃあ今日もここ?」


「怪我人と何人かは残るって、元気な人だけ先にハルナへ知らせに行くみたい」


「なるほど」


全員一緒に移動する必要はない


荷車も今日中に無理に動かさない


安全優先


「明日なら?」


「状態見てから」


エナが答える


「はい」


夕方前


俺はようやく一人で少し休む時間ができた


水辺へ座る


腕を見る


昨日ほどではないが、今日もかなり動いた


戦闘


荷車


土魔法


救護


収納


「STATUS見るか」


昨日LEVEL8になった


今日も複数の危険個体を倒している


ただ、何体倒したからどうなるという計算はできない


確認するまで分からない


表示を開く


NAME セイジ


RACE ホブゴブリンメイジ


LEVEL 10


HP E+


MP D+


筋力 E-


耐久 E+


敏捷 D-


器用 D


精神 D


魔力 D+


SKILL


《魔力感知》

《魔力制御》


TITLE


なし


「……十」


一瞬、声が出なかった


もう一度見る


LEVEL 10


「ルッカ」


「なに?」


少し離れていたルッカが来る


「十なった」


「LEVEL?」


「うん」


ルッカが表示を覗く


「昨日八」


「今日十」


「二つ」


「またやな」


途中でLEVEL9になったのか


一度に上がったのか


それは分からない


確認した今、LEVEL10


そしてもう一つ


「精神、上がってる」


D-からD


ほかは変わっていない


「精神?」


「これ」


「強くなった?」


「どう強くなったんやろ」


腕力のように分かりやすくない


魔力のように感覚で測れるものでもない


精神


何を示しているのか、細かくは分からない


でも今日一日を思い返す


街道へ戻る


危険個体が増える


強い個体も出る


人間を守りながら戦う


怪我人が出ても慌てず、できることとできないことを分ける


エナがいない場では洗浄と止血までに留める


荷物より人を優先する


追撃しない


「前より落ち着いて判断できるようになった、とか?」


「分からない」


「せやんな」


能力ランクと実際の行動が直接どう結びつくのかは、まだ分からない


それでも、自分自身としては少し変わった気がする


昔なら


強い相手が出れば倒したくなる


新しい魔法ができれば使いたくなる


便利な力を覚えれば限界まで試したくなる


今もその性格は残っている


でも、必要な場面では止まれるようになった


「LEVEL10か」


ホブゴブリンメイジへ進化した直後はLEVEL1だった


そこから10


前の進化も、LEVEL10になっただけですぐ起きたわけではなく、あの防衛戦のあとに進化可能になった


今は進化可能の表示も出ていない


そもそも、次に何があるかも分からない


「何か出てる?」


ルッカが聞く


「進化?」


「うん」


「出てへん」


表示をもう一度見る


種族


LEVEL


能力ランク


SKILL


TITLE


そこに新しい進化情報はない


「LEVEL10なったらすぐ進化、ではないんやな」


「前も条件あった」


「そうやな」


なら今はこれでいい


無理に答えを探す必要はない


STATUSを閉じる


「強くなる理由、ちょっと変わったな」


「なにが?」


「前は自分が生きるためとか、ルッカ守るためとか、みんなの場所守るためやったやろ」


「今は?」


俺は第二水場を見る


交易一行


怪我人


エナ


ローデン


ダリオ


ミラ


道具小屋


水


小さな試験栽培区画


「知らん人まで助けるために使ってた」


自分で言うと少し不思議だった


昨日まで名前すら知らなかった人間


今日助けた護衛


最初は俺を警戒していた者たち


それでも危険なら助ける


「前世から変わってへんとこもあるんかな」


「前世?」


「困ってるやつ見たら放っとかれへんとこ」


ルッカは詳しい事情までは分からない


でも俺の横で聞いている


「損する性格やと思ってたけどな」


「損?」


「面倒増えるし」


「増えた」


「そこ肯定する?」


「増えてる」


「まあ、増えてるな」


俺は笑った


フェルナ方面の人間


街道


怪我人


荷車


他ゴブリン


森の異変


確かに面倒は増えている


でも今のところ嫌ではない


「居場所って、自分が寝るとこだけちゃうんかもな」


岩陰拠点は家だ


そこは変わらない


ルッカと帰る場所


第二水場は別のものになり始めている


人が来る


休む


情報を持ち寄る


怪我をすれば治療する


危険なら一時的に逃げ込む


誰か一人の家ではない


「みんなが戻ってこれる場所、みたいなんもあるんかな」


「ここ?」


「うん」


ルッカは第二水場を見る


「みんなの場所」


「そうやな」


最初にそう呼び始めた頃より、意味が少し増えた気がした


日が落ちる前、ハルナ側へ知らせに行っていた者が戻ってきた


明日、怪我人の状態が良ければ村側へ移動する手伝いを出せるらしい


交易一行の者たちは明らかに安心した様子だった


ミラが俺へ来る


「さっき商人の人が、お礼言いたいって」


「俺に?」


「みんなに、でも特にセイジにも」


「何て?」


ミラが相手の言葉を伝える


助けてもらったこと


荷車まで戻せたこと


荷物を守れたこと


仲間を治療してもらったこと


そして、最初に俺を見たとき武器へ手をかけたことへの謝意らしきものも含まれていた


「謝らんでもええのにな」


「そう言う?」


「うん」


ミラが伝える


商人が何か答える


「何て?」


「それでも、知らない相手を怖がったのと、助けてもらったのは別だからって」


「そっか」


俺は少し考え、頷いた


「じゃあ、気にしてへんって言っといて」


伝わる


商人も頷く


それだけ


握手もない


大げさな約束もない


フェルナへ来てくれとも言われない


仲間になったわけでもない


でも、十分だった


前に初めてフェルナ方面の人間と会ったときより、ほんの少し外の世界が近くなった


「次会ったとき、最初から武器構えられへんかったらええな」


「この人たちはたぶん大丈夫」


「ほな一歩前進や」


夕食の時間が近づく


第二水場で、いつもより多い人数分の火が使われる


俺は自分の小さな《火弾》を火起こしに使った


一つだけ


二つ必要ない


《水球》で水を足す


風が煙を人の方へ流したときだけ《風圧》で方向を変える


全部、もう戦闘用か生活用かを意識しなくなっている


必要な形で使う


それだけだ


食事のあと、脚を痛めた男へ最後の確認が行われる


エナが状態を見てから、俺へ言う


「今日はもう一度だけ少し使おう」


「《治癒》?」


「うん、ここ」


範囲を示す


俺は手をかざす


「《治癒》」


光


小さく


必要なところだけ


「これで終わり?」


「今日はね」


「歩かせる?」


「明日の朝見てから」


「了解」


何でも今日中に終わらせない


それも大事だ


夜


俺は昨日と同じく第二水場へ残ることになった


ただし空気は昨日より穏やかだった


荷車は戻った


交易品も大部分回収した


負傷者は安定している


街道の危険も少なくとも今日確認した範囲では排除した


救助事件として、やるべきことはほぼ終わっている


「終わったな」


水辺へ座り、俺は言った


「救助?」


ルッカが隣へ座る


「うん」


「まだ明日帰る」


「そこまで見送ったら完全に終わりやけど、危ないとこから助け出すのは終わったやろ」


「うん」


森の方を見る


今日倒した危険個体


強い個体


昨日から続く異常な数


「でも森の方は終わってへんな」


「うん」


「街道まで来てる」


「前より外」


「そうやな」


異変の範囲が広がっている可能性


それは無視できない


だが、原因はまだ分からない


「他のゴブリンもおるしな」


一昨日出会った三体


今日は姿を見なかった


痕跡も確認していない


「関係ある?」


ルッカが聞く


「分からん」


今度は俺が迷わず答える


「分からんもんは分からんままでええ、今は」


「うん」


勝手につなげない


ゴブリンが現れたから異変の原因


危険個体が外へ出たから大型魔物が原因


そう決める証拠はない


「分かったことだけ覚えとこ」


街道付近でも危険個体の出現が増えている可能性


強い個体も混じっていた


フェルナ方面からも似た情報


第二水場は救護拠点として機能した


そして俺はLEVEL10になった


「十なぁ」


「嬉しい?」


「嬉しいで」


「進化しない」


「そこはちょっと気になるけど」


でも焦りはなかった


前の進化へ近づいていた頃は、進化が大きな目標になっていた


今は少し違う


進化できるかどうかより、明日第二水場で何をするか


森の情報をどう集めるか


他ゴブリンと次に会ったらどうするか


そちらの方が気になる


「今の身体もだいぶ慣れたしな」


「大きい」


「ルッカよりだいぶな」


「食べる量も多い」


「そこ毎回言う?」


笑う


第二水場には、交易一行の小さな話し声が聞こえている


昨日までは知らない人たちだった


明日にはここを出ていく


それでも、この場所を使って助かった人たちとして記憶には残るだろう


俺は道具小屋を見る


救護用品は減った


清潔な布も使った


補充が必要だ


「使ったら戻す、だけじゃ足らんな」


「何が?」


「使ったら減るもん」


縄


布


救護用品


水は自分が出せる


でも全部がそうではない


「補充も考えなあかん」


「また増えた」


「何が?」


「やること」


「ほんまやなぁ」


俺は笑った


でも嫌ではない


場所が役に立てば、必要なことも増える


それもこの場所が育っている証拠なのかもしれない


「帰ったら岩陰もちゃんと片づけな」


「セイジの棚」


「散らかしてへんよ」


「少し」


「少しは許して」


ルッカが笑う


俺も笑った


LEVEL10


精神D


それ以外の能力ランクは変わっていない


新しいSKILLもない


TITLEもない


次の進化表示もない


それでも、ホブゴブリンメイジになったばかりの頃とは、できることも考え方も大きく変わっていた


魔法で戦う


だけではない


道を作る


水を出す


煙を流す


傷を洗う


必要な部分だけ治す


荷物をしまう


誰かを運ぶ


逃げる道を整える


誰かが戻ってこられる場所を作る


「これでええんやろな」


小さく呟く


「何が?」


「強くなり方」


ルッカは少し考えたあと


「セイジっぽい」


と答えた


「それ褒めてる?」


「うん」


「ほなええか」


森の奥では、まだ何かが起きている


原因は分からない


街道まで影響が出始めている


他のゴブリンもいる


フェルナ方面とのつながりも生まれた


問題は増えた


けれど同時に、俺たちの居場所も少しずつ広がっていた


岩陰拠点


第二水場


ハルナ村とのつながり


そして森の外から来る人間たち


すべてが同じ場所ではない


それでも、どこかでつながり始めている


俺は水音を聞きながら目を閉じた


明日になれば、助けた人たちはまた街道へ戻っていく


第二水場には、いつもの静けさが戻るかもしれない


でも、昨日までと同じ場所には戻らない


一度ここで誰かが助かり


一度ここが逃げ込める場所になった


その事実は残る


「みんなの場所、か」


小さく笑う


前より、その呼び方がしっくりきていた

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