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人間と歩くゴブリン

第45回 人間と歩くゴブリン


翌朝、俺は第二水場へ着くと、道具小屋へ荷物を置く前に周囲を見回した


昨日までと変わらない森


水の音も、風で葉が揺れる音もいつも通りだった


それでも、どこか落ち着かない


昨日見つけた足跡が頭に残っている


小さい


二本足


人間とも普通の獣とも違う


そして、一度ではなく複数の場所で見つかった


「気になる?」


横を歩いていたルッカが聞く


「分かる?」


「ずっと森見てる」


「まあな」


俺は苦笑した


気にならないと言えば嘘になる


もしあれが本当にゴブリンの足跡なら、自分以外のゴブリンがこの森にいるということになる


もちろん、いても不思議ではない


むしろ、自分しかいないと思う方がおかしい


それでも今までまともに会ったことがなかった


「今日見つけても勝手に追わんよ」


「昨日も言ってた」


「大事なことやから二回言うねん」


「三回目」


「そんな言った?」


ルッカが頷く


「信用されてへんなぁ」


「気になると行くから」


「……否定しにくい」


道具小屋へ着き、持ってきた物を収める


小規模空間収納には、短い縄と清潔な布、それから小さな木片が入っている


木片はもう練習用として定着していた


容量を広げる試みはまだしていない


今のところ、小物が数個入れば十分だった


「芽見る?」


「見る」


二人で試験栽培区画へ向かう


最初に出た小さな芽は、昨日より少しだけ葉らしい形になっていた


その隣にも、もう一つ緑が見える


「増えてる」


「ほんまや」


俺はしゃがみ込む


「二個目?」


「たぶん」


「ちょっとそれっぽくなってきたなぁ」


まだ食べられるものになるかは分からない


何を育てているのか、完全に確信できる段階でもない


それでも、何もなかった土から二つも緑が出ている


「水は?」


ルッカが土に触れる


「少し乾いてる」


「昨日より?」


「うん」


「じゃあ少しだけやるか」


今度は直接《水球》を落とさない


小さな容器へ水を入れ、二人で少量ずつ与える


最初に水を出しすぎた失敗は、今でもルッカに覚えられている


「これくらい?」


「いいと思う」


「少なかったらあとで足せるしな」


それ以上は触らない


俺が立ち上がったところで、森の外側から足音が聞こえた


ダリオとミラだった


「おはよう」


「おはよう」


俺は二人の顔を見る


「今日も調査?」


「昨日の続きだ」


ダリオが答えた


「ただし奥には入らない」


「足跡の方?」


ミラが頷く


「昨日見つけた場所と、その前に見つけた場所をもう一回確認したいって」


「新しいの増えてるか見る感じ?」


「そう」


俺は少しだけ胸が高鳴るのを感じた


自分から追いかけるつもりはない


でも、確認に行くなら気になる


「俺も行ってええ?」


「そのつもりで来た」


ダリオが言う


「ただし、見つけても俺たちから近づかない」


「了解」


「魔法も使うな」


「向こうが襲ってこん限りは使わん」


「それでいい」


ルッカも同行することになり、四人で第二水場を出た


前回見つけた足跡は、第二水場から極端に遠い場所ではない


生活圏のすぐ近くというほどでもないが、普段の採取や安全確認で通る可能性がある範囲だ


ルッカが先頭を歩く


俺は《魔力感知》を広げるが、いつもより範囲を少し狭めた


何か見つけようとしすぎると、余計なものまで拾って疲れる


今日は足跡と周囲の様子を確認するのが目的だ


最初の場所へ到着すると、以前見つけた跡はかなり崩れていた


風


小動物


落ち葉


時間が経てば当然だ


「新しいのある?」


俺が聞く


ルッカはすぐに答えず、地面を見ながら少しずつ範囲を広げる


「こっち」


数歩離れた場所で止まる


俺たちも近づく


「これ……新しい?」


「前より新しい」


小さな足跡


形は以前と似ている


一つ


二つ


三つ


今度は途中で消えていない


木々の間へ向かって続いている


「何人分?」


俺が聞く


「一つじゃない」


ルッカは少し先へ進む


「二つ……たぶん三つ」


「三体?」


「分からない」


「せやな」


人間なら三人と言うところだが、正体が分からない以上、それすらまだ早い


ダリオが周囲を見る


「追わない」


「分かってる」


「念のためだ」


「俺そんな信用ない?」


ミラが少し笑った


「昨日の夜も気にしてたんでしょ」


「なんで知ってんの」


「顔に出てる」


「そんな分かりやすい?」


ルッカが頷いた


「みんな厳しいな」


俺は足跡を見る


新しい


数も一つではない


つまり、正体不明の小型人型存在が、少なくとも最近この辺りを通っている可能性は高くなった


「この方向、何ある?」


ルッカが答える


「森」


「それは見たら分かる」


「その先も森」


「ざっくりしてるなぁ」


ただし、その方向はハルナ村でも第二水場でもない


人間側へ向かっているわけではなさそうだ


ダリオが言う


「次の場所も見る」


四人は足跡を追わず、昨日もう一度痕跡を見つけた場所へ回る


途中で危険な気配はない


《魔力感知》にも、普段の小動物らしい弱い反応しか入らなかった


しばらく歩き、昨日の地点へ近づいた頃


ルッカが急に止まった


いつもの足跡を見る止まり方とは違う


身体全体が少し低くなる


「どうした?」


俺も声を落とす


ルッカが前方を見る


「いる」


その一言で、全員が止まった


「何が?」


「分からない」


俺は《魔力感知》を前へ伸ばす


一つ


二つ


三つ


小さい反応


人間より小さい


少なくとも大型の魔物ではない


それぞれが少し離れている


「三つ」


俺が小声で言う


ダリオがすぐ尋ねる


「動いてる?」


「ちょっとだけ、こっちには来てへん」


「気づいてるか?」


「分からん」


ルッカがゆっくり姿勢を低くし、木の陰から前を見る


数秒


戻ってくる


「小さい」


「人?」


「違う」


俺の胸が強く鳴った


「……ゴブリン?」


ルッカは少し迷ってから、


「たぶん」


と答えた


たぶん


それだけで十分だった


「見える?」


「少し」


「俺も見ていい?」


ダリオが先に言う


「近づくな」


「分かってる」


四人はその場から大きく動かず、見える位置だけを少し変えた


木々の間


三つの小さな影


緑がかった肌


人間とは違う体格


簡素な布や革のようなものを身につけている


一体は細い棒のようなものを持っていた


もう一体は腰に何か下げている


そして、顔


俺は息を止めた


「……ゴブリンや」


自分が以前まで持っていた身体に近い


もちろん同じではない


体格も顔つきも少し違う


だが見間違えようがない


ゴブリン


他のゴブリンだ


自分以外の


「ほんまにおったんやな」


声が少しだけ漏れた


「声」


ルッカが小さく注意する


「ごめん」


その瞬間


向こうの一体が顔を上げた


目が合った


「……あ」


完全に気づかれた


一体が棒を構える


もう一体が後ろへ下がる


三体目も身を低くする


逃げるのか


襲ってくるのか


どちらでも動ける姿勢


「止まれ」


ダリオが低く言った


全員その場で止まる


俺も手を上げない


魔力も集めない


こちらにはダリオとミラがいる


人間二人


そして俺とルッカ


向こうから見れば、どう見える


ホブゴブリンが人間と一緒にいる


「……そら警戒するわな」


俺は小さく呟いた


前にフェルナ方面から来た人間に、自分が警戒されたときのことを思い出す


知らない


だから怖い


今度は反対だ


目の前のゴブリンたちは、俺を知らない


しかも、その隣には人間がいる


「ダリオ」


「何だ」


「ちょっと下がってもらってええ?」


ダリオはすぐ意図を理解したらしい


「ミラ」


「うん」


二人がゆっくり数歩下がる


武器へ手をかけない


背中も見せない


ただ距離を取る


俺とルッカだけが少し前に残った


「俺も武器ないけど……」


そもそも俺は魔法が主な戦い方だ


だから手に武器はない


逆に言えば、向こうから見れば何をするか分からない


「魔法使わん」


通じるはずもないのに、俺は言った


そして両手をゆっくり横へ開いた


何も持っていない


攻撃するつもりもない


そう見えるように


向こうの三体は動かない


一体だけが棒を構えたまま


俺を見ている


その視線が、次にルッカへ移る


さらに後ろのダリオとミラへ


また俺へ戻る


「何て言えばええんやろ」


「分からない」


ルッカも小声で答える


「ゴブリン語とか俺知らんで」


前世の記憶がある俺は、人間の言葉も完全ではないながら覚えてきた


だが、ゴブリン同士に共通の言葉があるのかすら分からない


今まで同族との会話経験がないのだから当然だった


「敵ちゃうって伝えたいねんけどな」


言葉が通じないなら、態度で示すしかない


俺は少し考えたあと、ゆっくりしゃがんだ


身体を低くする


進化した自分は、目の前のゴブリンたちよりかなり大きい


立ったままよりは威圧感が減るかもしれない


ルッカも隣で少し姿勢を下げる


向こうがわずかに動いた


逃げない


襲ってもこない


棒を持ったゴブリンが、何か短い声を出した


「……何て?」


「分からない」


「やんな」


声は人間の言葉とは違った


短い音


隣のゴブリンが答える


三体の間では何か通じているらしい


「ちゃんと話してる」


俺は少し驚いた


当たり前かもしれない


自分が知らないだけで、群れで暮らすなら意思疎通の方法があって当然だ


その事実だけで、妙に胸がざわついた


目の前にいるのは、倒す対象として出てきたゴブリンではない


こちらを見て


考えて


仲間同士で何かを話している


「俺もああやったんかな」


小さく呟く


「何が?」


「転生してなかったら」


自分が普通のゴブリンとして生まれ、この森で仲間と暮らしていたなら


あちら側にいたのだろうか


人間と一緒にいる大きなホブゴブリンを見て、同じように警戒していたのだろうか


分からない


考えても答えは出ない


向こうの一体が、少し横へ動いた


逃走経路を確保しているようにも見える


「追わんって見せた方がええかな」


俺はさらに一歩だけ後ろへ下がった


ルッカも合わせる


それを見た向こうの三体が、わずかに緊張を緩めたように見えた


棒はまだ下がらない


でも今すぐ飛びかかってくる姿勢ではない


「今日はこれでええんちゃう?」


俺が言う


ダリオが後ろから答える


「ああ」


「もっと近づいたり、話そうとしたりせん方がええよな」


「今はな」


「俺もそう思う」


会えた


それだけでいい


初めて見つけた日に、全部知ろうとする必要はない


どこに住んでいるのか


何体いるのか


何を食べているのか


人間をどう思っているのか


俺をどう思っているのか


聞きたいことはいくらでもある


でも聞けない


言葉も通じない


信用もない


「フェルナの人らと一緒やな」


ルッカが首を傾げる


「最初は知らんから警戒するってこと」


「うん」


俺はもう一度、両手が空であることを見せた


それから自分の胸を指す


「セイジ」


通じるか分からない


名前という概念が同じかどうかも分からない


でも言ってみる


「セイジ」


もう一度


向こうの三体は反応しない


一体だけが首を少し動かした


「……あかんか」


ところが数秒後


棒を持っていない一体が、自分の胸へ触れた


そして短い音を発した


「え?」


俺は目を見開く


同じ音がもう一度聞こえる


名前なのか


単なる言葉なのか


意味は分からない


けれど、俺がした動作を真似した


「今、返してくれた?」


ルッカが小さく頷く


「たぶん」


「名前かな」


「分からない」


「今日は分からんばっかりやな」


それでも俺は笑った


嬉しかった


意味まで分からなくてもいい


少なくとも、完全に無視されたわけではない


こちらが何かを伝えようとしていることに、向こうも反応した


その直後


棒を持つゴブリンが何か言った


三体がゆっくり後ろへ下がり始める


「行くみたい」


ルッカが言う


「追わん」


俺はその場から動かなかった


ダリオもミラも動かない


三体は何度もこちらを確認しながら森の奥へ下がる


完全に背中を向けない


一定の距離ができたところで、一体ずつ木々の向こうへ消えていった


《魔力感知》にはしばらく反応が残っている


ゆっくり遠ざかる


こちらへ回り込んでくる様子はない


「……行ったな」


「ああ」


ダリオが答える


俺は息を吐いた


戦っていない


逃げられただけでもない


ほんの少しだけ、やり取りのようなものがあった


「初めて会った」


思ったより声が静かになった


ルッカが横を見る


「嬉しい?」


「うーん」


俺は少し考えた


「嬉しい、と思う」


「思う?」


「なんか変な感じやねん」


同じゴブリン


でも、仲間ではない


知り合いでもない


言葉も通じない


向こうは俺を警戒していた


俺自身も、相手が安全かどうか分からない


「同族やから仲間ってわけちゃうもんな」


ダリオが少しだけ俺を見る


「そう思えるならいい」


「人間もそうやろ?」


「ああ」


「ゴブリンも一緒やと思う」


同じ種族だから信用する


違う種族だから敵


そんな単純な話ではない


俺の周りにいるのは人間の仲間たちだ


今出会ったゴブリンたちは同族だが、まだ何者か分からない


「でも、敵にはならんかった」


ミラが言う


「それで十分ちゃうかな、今日は」


「そうやな」


俺は頷いた


足跡を見つけたときは、正体を知りたくて仕方がなかった


実際に会ってみれば、分かったことより分からないことの方が多い


住処


人数


生活


目的


森の異変との関係


人間への態度


全部不明


それでも一つだけ分かった


「この森に、他のゴブリンがおる」


当たり前のようで、俺にとっては大きな事実だった


ダリオが周囲を確認する


「今日は戻る」


「追跡なし?」


「なし」


「了解」


俺も異論はない


相手が去った方向を追えば、さっきの非敵対的な態度が全部無駄になる


人間二人を連れて追えば、なおさらだ


「次会えるかな」


俺が呟く


「分からない」


ルッカが答える


「まあ、そうやな」


四人は来た道を戻り始めた


途中、俺は何度も後ろを振り返った


もう何も見えない


《魔力感知》からも反応は消えている


「セイジ」


「ん?」


「前」


「あ、ごめん」


木の根につまずきかけた


ルッカが呆れた顔をする


「危ない」


「考え事してた」


「ゴブリン?」


「うん」


また会ったとき、どうすればいい


名前らしきものをもう一度伝える


食べ物を置く


距離を取る


人間を連れずに行く


いろいろ考えが浮かぶ


だが今すぐ何かするつもりはなかった


「向こうが嫌がってたら、近づいたらあかんよな」


ミラが言う


「そうだね」


「人間相手でも一緒やもんな」


信頼は押しつけるものではない


ハルナ村との関係だって、少しずつ積み重なった


最初から仲間だったわけではない


第二水場へ戻ると、エナとローデンがいた


ローデンは道具小屋の屋根を見ている


「なんかあった?」


俺が聞く


「問題がないか見てるだけだ」


「修理?」


「まだいらん」


「よかった」


エナが四人へ気づく


「どうだった?」


ミラが答える前に、俺が言った


「おった」


「何が?」


「ゴブリン」


エナの表情が変わる


「本当に?」


「三体」


「戦った?」


「戦ってへん」


そこはすぐ伝える


「向こうも警戒してたけど、襲ってこんかった、こっちも何もせんかった」


「近づいたの?」


「ちょっと見える距離までは、でも追ってない」


エナは少し安心したようだった


ローデンも作業を止めて聞いている


「どんな連中だった?」


「分からん」


「それだけか」


「いや、ほんま分からんねん」


俺は苦笑する


「三体おった、ちゃんと仲間同士で何か喋ってた、武器みたいなん持ってるやつもおった、こっち警戒してた、それくらい」


「住処は?」


「分からん」


「何人いる?」


「分からん」


「何しに来てた?」


「分からん」


「……本当に分からんな」


「せやろ?」


森の異変と関係があるのかも分からない


たまたま前から近くにいたのかもしれない


最近移動してきたのかもしれない


すべて推測でしかない


「一体だけ、俺が名前言ったら何か返した」


「言葉が通じたの?」


エナが聞く


「そこも分からん」


「分からないばっかり」


ルッカが横から言う


「今日はそれでええねん」


俺は笑った


「分からんって分かったから」


勝手に仲間だと思わない


勝手に敵とも決めない


ただ、そこにいる


今はそれだけでいい


しばらくして、俺はSTATUSを確認した


NAME セイジ


RACE ホブゴブリンメイジ


LEVEL 6


HP E+


MP D+


筋力 F+


耐久 E+


敏捷 E+


器用 D


精神 D-


魔力 D+


SKILL


《魔力感知》

《魔力制御》


TITLE


なし


「変わってへん」


当然だった


今日は戦っていない


何か新しい魔法を覚えたわけでもない


LEVEL6のまま


能力ランクも変化なし


「今日は上がらんでええ日や」


「上げたいんじゃないの?」


ルッカが聞く


「強くなりたいけど、毎日戦いたいわけちゃうからな」


むしろ今日は、何も倒さずに終われたことの方が良かった


もし最初に出会ったゴブリンたちと戦闘になっていたら


想像するだけで少し嫌だった


相手が危険なら戦う必要はある


でも、危険かどうかも分からない相手を、同族だからという理由でも、人間と違うからという理由でも攻撃したくない


「次会っても、今日みたいにできたらええな」


「向こう次第だ」


ダリオが言う


「もちろん」


相手が襲ってくれば話は変わる


それでも最初から敵と決めない


そのくらいしか、今はできない


夕方になるまで、俺たちは第二水場で過ごした


ローデンが道具小屋の細かい部分を確認し、ミラが今日見つけた場所を地図へ記す


ただし、ゴブリンたちがいた位置だけ


その先の住処を推測して書くことはしない


エナは試験栽培区画の芽を見る


「二つ出てるね」


「やっぱ植えたやつかな」


「もう少し育てば分かりやすいかも」


「楽しみやなぁ」


俺は芽を見る


今日、森の中では自分と同じ種族に出会った


戻ってくれば、小さな芽が二つある


何も派手なことは起きていない


それでも、昨日とは少し世界が違って見えた


「なんか増えてきたな」


「何が?」


エナが聞く


「気になるもん」


芽


空間収納


フェルナ方面の人間


森の異変


他のゴブリン


少し前まで、岩陰拠点とルッカとの生活だけで一日が終わることも多かった


今は第二水場へ来るたび、確認したいことが増えている


「忙しいの嫌やったはずやのになぁ」


「嫌なの?」


「嫌ちゃうねん、それが不思議」


前世で感じていた忙しさとは違う


誰かに急かされているわけではない


納期があるわけでもない


やらなければ怒られるわけでもない


自分が気になるから見に行く


誰かと一緒に作った場所だから整える


困るかもしれないから備える


その違いは大きかった


帰る時間になり、俺とルッカは岩陰拠点へ向かう


森の中を歩きながら、ルッカが突然聞いた


「セイジ、人間?」


「ん?」


「人間と歩いてた」


一瞬、意味が分からなかった


すぐに今日のゴブリンたちから見た自分の姿のことだと気づく


「俺が人間と一緒に歩いてたってこと?」


「うん」


「向こうからしたら変やったやろな」


ホブゴブリンが、人間二人と一緒に森を歩いている


しかも人間の言葉を話し、攻撃もしない


どう見えたのだろう


「敵と思われたかな」


「分からない」


「またそれやな」


俺は笑った


「でも逃げる前に、ちょっと返してくれたしな」


あの短い音


名前だったのか


別の意味だったのか


今は分からない


けれど、次に会ったとき同じ音を聞けば、何か分かるかもしれない


「覚えとこ」


「音?」


「うん」


完璧には再現できない


それでも耳に残っている


岩陰拠点へ戻ると、夕食を作る


水


火


温水


いつもの流れ


空間収納から小さな布を出してみる


問題なし


「便利」


ルッカが言う


「やろ?」


「ゴブリンも使える?」


「知らん」


「見せる?」


「次会えたとしても、いきなり魔法見せるんは怖がられるんちゃうかな」


今日はあの三体の前では魔法を一度も使わなかった


それが良かったのかもしれない


大きなホブゴブリンが、いきなり火や水を出せば警戒されて当然だ


「最初は何もせんでええんやろな」


「名前だけ?」


「名前も通じたか分からんけどな」


それでも、また会えば同じことから始めればいい


両手を見せる


距離を取る


追わない


敵意がないことだけ伝える


その先は相手次第だ


寝床へ入る前、俺は今日一日を思い返した


LEVELは6のまま


新しい魔法もない


戦闘もない


STATUSだけ見れば、昨日から何も変わっていない


けれど、森の中で初めて他のゴブリンと向かい合った


仲間にはならなかった


敵にもならなかった


ただ、お互いに警戒しながら、その場を離れた


「それでええか」


俺は呟く


「なにが?」


「今日」


「うん」


ルッカが短く答える


「また会えるかな」


「森にいるなら」


「そうやな」


急いで探す必要はない


こちらにも生活がある


向こうにも、きっと向こうの生活がある


いつかもう一度会ったとき、今日より少しだけ近い距離で話せればいい


今はそれくらいで十分だった

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