小さな収納、大きな便利
第43回 小さな収納、大きな便利
翌朝、俺は目を覚ますと、寝床の横に置いていた木片へ真っ先に手を伸ばした
昨日まで何度も空間収納の練習に付き合わされ、そのたびに何事もなく戻されてきた小さな木片である
「今日こそやな」
「またそれ?」
ルッカはすでに起きていて、朝食の準備に使う物を棚から下ろしていた
「昨日、ちょっとだけ掴んだやろ」
「しまえてない」
「結果だけ言うたらそうやけど」
「今日もしまえなかったら?」
「明日またやる」
「ずっとやる?」
「できるまではな」
ルッカは、やっぱりそう言うと思っていたらしい顔で頷いた
とはいえ、朝からいきなり実験を始めるつもりはない
今日は第二水場へ行ったあと、エナと一緒に少し採取へ出る予定になっている
試験栽培に使っている植物の様子を見るだけでなく、近くで取れる薬草や食べられる実も確認しておきたいらしい
空間収納を試すには、むしろちょうどいい一日だった
朝食を作りながら、俺は今日持っていく物を頭の中で数える
食料
水を入れる容器
縄
布
小さな道具
採取したものを入れる袋
エナが薬草を持ち帰るなら、それを潰さないようにするための入れ物も欲しい
「……やっぱ多いな」
「持てる?」
「持てるで、重さは問題ない」
進化後の身体なら、この程度の荷物を運ぶこと自体は難しくない
問題は邪魔なことだ
背負えば枝へ引っかかる
腰へ下げれば走ると揺れる
袋の中へ何でも入れれば、柔らかい薬草が下敷きになることもある
雨が降れば紙や布も困る
「小さい物だけでもしまえたら、だいぶ違うんやけどな」
俺は朝食を終え、最後に昨日の木片を小さな袋へ入れた
「それも持ってくの?」
「今日の主役や」
「薬草じゃないの?」
「木片も主役や」
ルッカには納得してもらえなかった
二人で第二水場へ向かう
到着すると、まず試験栽培区画を確認した
昨日まで土しか見えなかった場所の一角で、ルッカがしゃがみ込む
「セイジ」
「なんかあった?」
「これ」
指の先を見る
土の間から、ごく小さな緑色が顔を出していた
「おお」
俺もしゃがむ
「これ、植えたやつ?」
「たぶん」
「たぶんか」
「近くになかった」
「ほな可能性高いな」
まだ芽と呼んでいいのか迷うほど小さい
何を植えた場所だったか、立てた枝の印を見ながら確認する
「これ、種だけにした方やったっけ」
「こっち」
「じゃあそうか」
最初に水をやりすぎた場所ではない
容器から少しずつ水を与えた側だった
「一個出たなぁ」
成功したと決まったわけではない
このあと枯れるかもしれないし、そもそも植えたものとは別の草がたまたま生えただけかもしれない
それでも、昨日まで何もなかった場所に変化が出ただけで嬉しい
「触らん方がええな」
「うん」
「水は?」
ルッカが土へ触れる
「まだ湿ってる」
「じゃあ今日もなし」
水魔法を持っているのに、水を出さない判断をする
少し前の自分なら、とりあえず元気に育つよう水をやっていたかもしれない
俺は立ち上がった
「帰ってきたらもう一回見るか」
「変わらないと思う」
「分かってても見たいやん」
道具小屋へ向かうと、エナはすでに来ていた
採取用の袋を確認している
「おはよう」
「おはよう、芽みたいなの出てたで」
「本当?」
「たぶんやけどな」
エナもあとで見ると言い、今日必要な物を並べ始める
薬草を採るための道具
布
小型の容器
縄
印をつけるための小物
俺はその一つ一つを見るたび、空間収納のことを考えてしまう
「これ全部、持って歩かんでよくなったらなぁ」
「まだ諦めてないの?」
「むしろ昨日ちょっと希望出た」
「できたの?」
「できてへん」
「じゃあまだだね」
エナまでルッカと同じことを言う
「今日は採取が先やから、歩きながら変な実験はせえへんよ」
「それならいい」
「信用が薄い」
「今までの積み重ね」
「反論できへん」
準備を終え、三人で森へ入る
今日は危険な場所へ向かうわけではない
第二水場からそれほど離れず、エナが知っている薬草の場所と、ルッカが普段食べ物を採る範囲を回る
ルッカが前を歩き、道を選ぶ
エナは植物を見るため少しゆっくり進み、俺は二人に歩調を合わせた
しばらくすると、エナが一か所で立ち止まった
「ここ」
低い草の間に、細長い葉の植物が何本か混じっている
俺には他の草との違いがほとんど分からない
「これ薬草?」
「そう、この辺りのは使える」
「全部取る?」
「取らない」
「やっぱり?」
「次も生えるように残す」
エナは必要な分だけを選び、根元から乱暴に引き抜かないよう採っていく
俺も教えてもらいながら手伝う
進化後の大きな指だと細い葉を傷つけそうで、最初は少し扱いにくかったが、力を抜けば問題ない
「これ、袋入れたら潰れそうやな」
「上に重い物を入れなければ大丈夫だけど」
「でも走ったりしたら?」
「そのときは気をつける」
「やっぱ収納欲しい」
「そこにつながるんだ」
「今日は何見てもそこにつながるで」
俺は採った薬草を見る
空間収納が欲しい理由が、昨日より明確になっていた
ただ魔法を覚えたいからではない
目の前に、しまいたいものがある
形を崩したくない薬草
濡らしたくない布
森を歩くとき邪魔になる縄や小物
「小さいのでええねんな」
呟きながら、薬草を袋へ入れる
巨大な倉庫を作りたいわけではない
昨日の木片が一つ入れば、次は薬草一束
そのくらいで十分だ
採取を続ける
食べられる実も少し見つかった
ルッカが状態を見て、良いものだけを取る
俺も手伝うが、こちらは薬草ほど神経質に扱わなくていい
「これは袋でも大丈夫やな」
「うん」
「じゃあ無理に収納せんでもええか」
ルッカが振り返る
「全部入れない?」
「入るようになっても、全部入れる必要ないやろ」
自分で言って、少し成長した気がした
使えるから使う
入るから入れる
そうではない
道具小屋も同じだ
置く必要がある物だけ置く
空間収納も、持ち歩く意味があるものだけ使えばいい
昼前になり、一度休憩することになった
三人で比較的開けた場所へ腰を下ろす
俺は背負っていた荷物を降ろし、小さく肩を回した
「重くはないけど、やっぱ身軽な方がええな」
「セイジ、大きいからいっぱい持てる」
「持てることと、持ちたいことは別やねん」
ルッカがよく分からない顔をしている
エナが採った薬草の状態を確認し始めた
何本かが袋の端に押され、少し曲がっている
「ほら」
俺が指を差す
「こういうのや」
「まだ使えるよ」
「使えるかどうかじゃなくて、綺麗に持ち帰れたらもっとええやろ」
「それはそうだけど」
俺は小袋から例の木片を取り出した
「ちょっと試してええ?」
「ここで?」
「危ないやり方はせえへん、昨日掴んだ感覚だけ」
エナは周囲を確認したあと、少し離れる
「疲れたらやめてね」
「了解」
ルッカもいつものように少し距離を取った
俺は木片を手のひらへ載せる
昨日最後に感じたものを思い出す
袋ではない
穴でもない
物を消すのでもない
小さな場所
ここではないが、自分の魔力からつながる場所
「少なく、安定させて……」
魔力を出す
《魔力制御》で量を絞る
火にも水にも変えない
魔力そのものを、手の前の一点に静かに留める
昨日はここから、何かを探そうとしていた
どこか遠くにある場所を
「ちゃうな」
俺は一度魔力を止めた
「何が?」
「遠く探しても分からん」
誰に説明するでもなく言う
収納する場所が最初からどこかに存在しているなら、それを探さなければならない
けれど昨日の男は、場所を探しているようには見えなかった
使いたいときに使い、終われば何事もなかったようにしていた
「自分で作るんかな」
再び魔力を集める
今度は何か大きな空間を作ろうとしない
木片一つ
この大きさだけ
手のひらの前に、木片を置くための空き場所を想像する
箱の形でもない
袋でもない
ただ、木片がそこにあることを受け入れられる小さな余白
魔力を押し込まない
広げない
周囲の空気を壊そうともしない
ごく薄く形を保つ
「……」
昨日感じたものが、一瞬だけ戻った
奥行き
目には見えない
けれど、手の前にある空間とは別に、ほんのわずかな余白があるような感覚
「あった」
ルッカが身を乗り出す
「何?」
「昨日のやつ」
俺は集中を切らさない
昨日は気づいた瞬間に消えた
今日は追いかけない
掴もうとしない
そのまま維持する
木片をゆっくり近づける
「入れるんやなくて……置く」
押し込まない
魔力で包んで消そうともしない
ただ、その小さな余白へ木片がある状態を想像する
指先に持っていた感触が、ふっと軽くなった
「……え?」
手を見る
木片がない
地面を見る
落ちていない
足元にもない
ルッカが立ち上がる
「消えた」
「消したんちゃう……と思う」
俺は動かなかった
喜ぶのはまだ早い
消えて終わりなら失敗だ
大事なのは取り出せること
さっき作った小さな場所へ意識を向ける
感覚はまだ残っている
木片がある
見えない
触れない
でも、そこにあると分かる
「ある」
「どこ?」
「分からんけど、ある」
「分からないの?」
「説明できへん」
今度は逆だ
木片をこちらへ戻す
手のひらを開く
さっきの小さな余白と、自分の手をつなげるように意識する
一瞬、魔力が揺れる
次の瞬間
木片が手の上へ落ちた
「……」
三人とも黙った
俺は手の木片を見る
表も裏も同じ
欠けてもいない
熱くも冷たくもなっていない
「戻った」
エナが先に言った
「戻ったな」
「しまえた?」
ルッカが聞く
俺はようやく顔を上げた
「しまえた」
もう一度木片を見る
「しまえた!」
声が森の中へ響いた
「声大きい」
「いやこれはしゃあないやろ!」
思わず立ち上がる
「できたで! ほんまに入った!」
「一回だけだよ」
エナが冷静に言う
「もう一回やる!」
「休んでから」
「今すぐ確認したい!」
「セイジ」
ルッカにも見られる
「……ちょっと休みます」
成功した瞬間から調子に乗りかけている
俺は座り直した
興奮しているせいで気づきにくかったが、細かい魔力制御に集中した分、少し疲れている
水を飲み、しばらく木片を眺める
「これ、めっちゃ便利やん」
「まだ木片だけ」
「木片入ったら次いけるやろ」
「次なに?」
俺の視線が、エナの薬草へ向く
「これ」
「いきなり薬草?」
「もっと軽いやん」
「なくしたら困る」
「一本だけ」
エナは少し迷い、採った中から状態の良いものではなく、少し折れかけている一本を選んだ
「これなら」
「ありがと」
休憩を終えてから再挑戦する
今度は最初より早かった
感覚を一度掴んだことで、何を探せばいいか分かる
魔力を小さくまとめる
木片が入ったときの余白を思い出す
大きくしすぎない
薬草一本が入ればいい
「置く」
薬草が手から消える
「おお」
今度は声を抑えた
意識を向ける
ちゃんと存在を感じる
「出す」
手の中へ戻る
エナがすぐに薬草を確認する
葉を見る
茎を見る
「傷んでない」
「ほんま?」
「入れる前と変わってないと思う」
「よっしゃ」
これでただ木片だけに使える不思議な現象ではないことが分かった
「もう一個入るかな」
「増やすの?」
「一個ずつ試す」
次は小さく畳んだ布
成功
木片と布を同時に入れてみる
一度目は感覚が崩れて失敗した
木片を入れたあと、追加で布を入れる
今度は入る
「二つ入った」
「出せる?」
「木片」
木片を意識する
手に戻る
「布」
次に布
戻る
「選べるやん」
何でも同時に出てくるわけではない
自分が取り出したいものを意識すれば、それを戻せる
「これほんまに便利やで」
俺は興奮を抑えられない
「薬草入れられる、布も入る、縄も小さかったらいけるやろ、紙も濡れへんかもしれん」
「いっぱい入る?」
「そこは分からん」
ルッカの質問で少し冷静になる
どこまで入るのか
大きさなのか、重さなのか、物の数なのか
まだ何も分からない
「限界まで試すのはやめとこ」
自分から言った
エナが少し驚いた顔をする
「やらないの?」
「やりたいけど、今ここで全部入れて急に戻せんようになったら困るやろ」
「うん」
「まず小物だけ、なくしても困らんやつから」
成功したからこそ慎重になる
昨日までなら、できた勢いで次々と物を突っ込んでいたかもしれない
けれど今は、便利な力ほど使い方を考えた方がいいと分かる
「食べ物はまだやめとく」
「なんで?」
「中がどうなってるか分からんから」
時間がどう流れるのか
温度がどうなるのか
入れた物がずっと同じ状態なのか
何も分からない
木片や布、縄のような物なら試せる
薬草も短時間なら今のところ問題なかった
だが食料を長時間入れて食べるのは、もう少し様子を見てからだ
「生き物も入れへん」
「私?」
「ルッカ入れようと思ってへんからな」
「入る?」
「試さん」
即答した
人や生き物を入れるものではない
少なくとも、安全だと分かるまでは絶対に試す気はなかった
「小物入れや」
俺はそう決めた
「それで十分」
小さい
何でも入らない
容量も分からない
でも今欲しかったのは、まさにそれだった
休憩を終え、採取を再開する
今度は、採った薬草の一部を空間収納へ入れてみた
一度に大量には入れない
柔らかいものを数本だけ
小さく畳んだ清潔な布も一枚
縄も短いものだけ試す
歩き始めると、違いはすぐに分かった
「腰軽い」
「荷物あるよ」
「全部なくなったわけちゃうけど、小物がぶら下がってへん」
歩くたびに揺れる物が減る
枝へ引っかかる心配も減る
両手も空きやすい
「これ、ほんま探索向きやな」
機嫌が明らかに良くなる
ルッカは少し先を歩きながら、何度か振り返っている
「まだ入ってる?」
「入ってる」
「見えないのに?」
「分かるねん、不思議やけど」
収納しているものを意識すると、何が入っているか大まかに分かる
文字で一覧が見えるわけではない
STATUSのような表示もない
ただ、自分が入れたものがそこにあるという感覚が残る
「忘れたら?」
「……それはちょっと怖いな」
何を入れたか忘れれば、探すのに困るかもしれない
今は数が少ないから問題ない
その辺りも、使いながら覚える必要がありそうだ
「なんでも入れすぎん方がええな」
「使ったら戻す」
ルッカが言う
「空間の中でもそれ言う?」
「セイジ、忘れる」
「否定できへんのが悔しい」
昼を過ぎた頃、ルッカが急に足を止めた
戦うときのような緊張した止まり方ではない
ただ、地面へ目を向けている
「どうした?」
俺とエナも近づく
「跡」
「何の?」
ルッカがしゃがむ
柔らかい土の上に、小さな窪みが残っている
最初、俺には何の跡か分からなかった
「獣?」
ルッカは答えず、少し先へ進む
もう一つ
さらに先にもある
俺も目で追って、ようやく違和感に気づいた
「……二本足?」
四つ足の獣が残す並びとは違う
一つずつ、左右にわずかにずれながら続いている
足の形は人間そのものではない
大きさも小さい
靴らしい跡もない
「人?」
エナが尋ねる
ルッカは首を振った
「人と違う」
「じゃあ何?」
「分からない」
俺は周囲へ《魔力感知》を広げる
少し範囲を広げる
何かいないか
こちらを見ている気配はないか
しかし、今の範囲でははっきりした反応を拾えない
「近くにはおらんかな」
ルッカは足跡の端へ指を当てる
「新しくない」
「どれくらい前?」
「分からない、でも今じゃない」
足跡はところどころ崩れている
昨日なのか、それより前なのか、俺には判断できない
「人間でもない、普通の獣でもない」
口にしてから、自分の足元を見る
ゴブリンだった頃の自分なら、こういう足跡を残していたのだろうか
今のホブゴブリンメイジの身体では、もっと大きい
だが小さな人型の存在なら
「……ゴブリン?」
言葉が漏れた
エナが俺を見る
ルッカはすぐには頷かなかった
「分からない」
「そらそうか」
足跡だけで決めつけることはできない
小型の人型魔物が他にもいるかもしれない
人間の子供という可能性も、足跡の形が違うなら低いのかもしれないが、完全には否定できない
「追う?」
エナが尋ねる
俺はルッカを見る
判断するなら、自分よりルッカだ
ルッカは足跡が続く方向を見て、少し考えた
「今日は行かない」
「理由は?」
「採取の道から外れる、準備してない」
「了解」
俺もすぐ頷いた
好奇心はある
かなりある
もし本当に他のゴブリンなら、自分以外のゴブリンとまともに接触する機会になるかもしれない
けれど正体が分からない以上、追いかける理由にはならない
今日の目的は採取だ
「場所だけ覚えとこ」
「うん」
ルッカは周囲の木や地形を確認する
俺も目印になるものを覚える
足跡そのものをいじらないよう、その場を離れた
「気になる?」
歩き出してからエナに聞かれる
「そら気になるよ」
「追わなくてよかったの?」
「ルッカが行かん方がいいって言ったしな」
それに、分からないものを全部その場で確かめる必要もない
空間魔法と同じだ
できることから
安全な範囲から
「もしゴブリンやったら、そのうちまた跡見つかるかもしれんし」
「怖くない?」
少し考える
自分はゴブリンとして生きてきた
けれど、他のゴブリンについて詳しいわけではない
同じ種族だったから仲間
そんな単純な話ではないだろう
「怖いっていうより、分からん」
正直に答えた
「人間でも初めて会うやつは分からんし、それと似たようなもんちゃうかな」
昨日、フェルナ方面の人間から警戒されたことを思い出す
知らないから警戒する
それは人間もゴブリンも同じかもしれない
採取を終え、三人は第二水場へ戻った
俺が最初にしたのは、空間収納に入れた物を全部出すことだった
「薬草」
数本を取り出す
エナが状態を見る
「大丈夫」
「布」
続いて清潔な布
問題なし
「縄」
短い縄
これも変化なし
最後に木片
「全部ある」
「なくしてないね」
「そこ大事やからな」
収納したまま忘れるのは困る
少なくとも今日は、何を入れたか全部覚えていた
エナは薬草を道具小屋へ運び、必要な分を整理する
俺は小さな収納空間をもう一度作った
今度は木片と短い縄だけを入れる
成功までの時間は、最初より明らかに短い
「慣れてきた」
「いっぱいやる?」
「今日はもう増やさん」
「珍しい」
「俺も学ぶねん」
空間収納ができたことが嬉しいからこそ、壊したくない
無理に大きくしようとは思わなかった
容量を広げるのは、そのうちでいい
「小さいので十分や」
実際、今日一日だけでも便利さは十分分かった
薬草が潰れにくい
小物が揺れない
両手が空く
雨が降ったときのことはまだ分からないが、少なくとも外へ出ていないなら紙や布を直接濡らすことは減りそうだ
「道具小屋なくなる?」
ルッカが尋ねる
「ならへんよ」
「全部しまわない?」
「こんな小さい空間に全部入らんし、入ったとしても共同の物を俺が持って帰ったら困るやろ」
道具小屋は皆で使う場所だ
空間収納は俺が持ち歩くためのもの
用途が違う
「俺が持ってた方が便利なやつだけ」
「使ったら?」
「必要なら戻す」
「うん」
「なんでルッカが管理する側みたいになってんの」
ルッカは答えず、小屋の中を確認している
俺は笑いながら試験区画へ向かった
朝見つけた小さな芽は、そのままだった
「ほんまに変わってへんな」
「朝からそんな変わらない」
「分かってるけど見たいやん」
土もまだ湿っている
水は追加しない
触りもしない
「こっちは待つしかないな」
「空間は?」
「できた」
言ってから、改めて嬉しくなる
「できたなぁ」
火の魔法とは違う
強敵を倒せる力でもない
誰かを治す魔法でもない
ただ、小さな物をしまえるだけ
それなのに、新しい攻撃魔法を覚えたとき以上に嬉しい気がしていた
「これ、めっちゃ便利やん」
何度言っても足りない
第二水場から岩陰拠点へ戻る途中も、小さな木片と縄を収納したまま歩いた
腰へぶら下げる物が少し減っただけなのに、妙に身軽に感じる
途中で一度取り出し、またしまう
ちゃんとできる
ただし、歩きながら雑に使おうとすると一度失敗した
立ち止まり、集中すれば成功する
「まだ慣れ必要やな」
「走りながら無理?」
「今は無理」
「戦うときは?」
「使わん方がええやろな」
今の段階では、戦闘中に収納から何かを即座に出すほど安定していない
それは今後の課題だ
「便利やけど万能ちゃう」
「小さい」
「そう、小さい」
今の自分にはそれでいい
岩陰拠点へ戻ると、俺はまず木片と縄を取り出した
空間の中へ入れたまま寝ても問題ないのか
長時間入れたときどうなるのか
まだ分からない
今日はすべて外へ出しておく
「明日、紙試すか」
「濡らす?」
「わざと濡らすんは怖いな、まず入れて出すだけ」
紙
小さな容器
清潔な布
薬草
少しずつ用途を増やせる
救護用品を持ち歩くこともできるかもしれない
そう考えると、便利さがさらに見えてくる
夕食の準備を始める
水を出す
火を弱くする
温水を作る
どれも今では日常だ
少し前まで、その一つ一つが新しい挑戦だった
「空間もそのうち普通になるんかな」
「何が?」
「今のお湯みたいに、考えんでも使えるようになるかなって」
「いっぱい練習したら?」
「せやな」
俺は温水へ布を浸す
今日は新しい魔法を覚えたというより、新しい道具を一つ手に入れた感覚に近かった
しかもその道具は、自分の魔力で作る
なくさない
壊れないかどうかはまだ分からない
容量も分からない
使える範囲も狭い
それでも十分だった
夜が近づき、岩陰拠点の中が静かになる
俺は寝床へ座り、今日見つけた足跡のことを思い出した
小さい
二本足
人間とは違う
普通の獣とも違う
正体は分からない
「ルッカ」
「なに?」
「あの跡、また見つけたら教えてな」
「うん」
「すぐ追わんでええから」
「分かってる」
もしゴブリンなら
そこまで考えて、俺は止めた
まだ何も分からない
期待しすぎても仕方ない
今は足跡を一度見ただけだ
「明日は明日やな」
そう言って横になる
棚には今日使った木片が戻っている
空間収納そのものは目に見えない
でも、あの感覚はもう分かる
小さく魔力を安定させ、その先へほんのわずかな余白を作る
そこへ物を置く
必要なときにつなぎ直して、取り出す
まだ小さい
まだ遅い
それでも、自分の力で初めて成立させた
俺は目を閉じながら、明日何を入れてみようかと考えた
森での暮らしが、また一つだけ便利になった




