森の外から来た人
第41回 森の外から来た人
第二水場へ着くと、俺は荷物を下ろすより先に試験区画へ向かった
「どうや?」
昨日植えた場所を覗き込む
土しかない
当然だった
「まだ」
隣にしゃがんだルッカが言う
「まあ、一日で出たら逆に怖いか」
指で土へ触れようとして、昨日エナに言われたことを思い出す
今日はまだ湿っているように見える
なら余計なことをしない方がいい
「水もいらんかな」
ルッカが土へ指先をつける
「まだ濡れてる」
「ほな触らんとこ」
何もしないという判断にも、少しずつ慣れてきた
二人で立ち上がる
昨日完成した道具小屋も変わりない
中を覗けば、縄や空容器、清潔な布、修理道具がそれぞれ決めた場所に収まっている
自分たちが帰ったあと誰かが使ったらしく、小さな容器の位置だけ変わっていたが、ちゃんと棚へ戻されていた
「使ったら戻す、守られてるな」
「セイジも」
「俺も守ってるって」
そんな話をしていると、森の外側へ続く道の方から人の声が聞こえた
ルッカが先に振り向く
俺も《魔力感知》を広げた
一人や二人ではない
何人かがこちらへ近づいている
「誰やろ」
知っている気配も混じっている
少し待つと、最初に姿を見せたのはミラだった
その横にダリオもいる
問題は、その後ろだった
知らない人間が四人
荷物を背負った男が一人
大きめの荷を持つもう一人
さらに武器を携えた二人が少し離れて歩いている
服装も持っている道具も、ハルナ村でよく見るものとは少し違う
「おはよう、セイジ」
「おはよう……その人ら?」
ミラが後ろを見る
「フェルナの方から来た人たち」
「フェルナ?」
名前は聞いたことがある
ハルナ村より大きな町
人や物が集まり、村では手に入りにくいものもある場所
ただ、俺自身が行ったことはない
「商いでハルナまで来てる人と、その護衛」
ミラが簡単に説明する
「森の近くを通ることもあるから、最近の道の様子とか危険な場所を聞きたいって」
「なるほど」
俺は納得し、それから外から来た四人へ顔を向けた
その瞬間だった
空気が変わった
一番後ろにいた護衛の手が、すぐ腰の武器へ伸びる
もう一人も足を止めた
荷物を持っていた二人は、揃って一歩下がった
「……あー」
分かりやすい
かなり分かりやすい
俺は無意識に上げかけた手を、そのままゆっくり下ろした
「警戒されてるな」
「されてる」
ルッカが普通に答えた
「ちょっとくらい否定してくれてもええんやで」
「してる」
「してるよなぁ」
進化前ですら人間から見ればゴブリンだった
今はさらに身体が大きくなり、種族もホブゴブリンメイジになっている
ハルナ村の者たちは、ここまで一緒に過ごしてきた時間がある
エナもダリオもローデンもミラも、俺が何をしてきたかを知っている
外から来た人間には、それがない
森の中へ来たら、大きなゴブリンが立っていた
それだけ見れば警戒する方が普通なのだろう
「そら知らんホブゴブリン出てきたら怖いわな」
自分で言うと少しだけ傷つく
前世では人間だった記憶があるぶん、なおさら複雑だった
けれど相手の立場になれば理解できる
もし前世の自分が森へ入り、いきなり人間より少し小さい程度の魔物が立っていたら、まず逃げるか身構えたはずだ
ミラが外から来た者たちへ何か説明する
俺には全部は分からない
ただ、途中で自分の名前が出たことと、第二水場やハルナ村について話していることだけは分かった
ダリオも短く何かを付け足した
一人の護衛がダリオへ問い返す
ダリオは頷き、俺を指してから、今度は道具小屋や第二水場を示した
「何て言ってる?」
俺が小声で聞くと、ミラがこちらへ顔を向ける
「この場所を一緒に整えたこととか、村の人を助けたこととか、森で危ないものを見つけたときに知らせてくれること」
「信用保証されてるみたいやな」
「そういうこと」
少しだけ嬉しかった
同時に、妙な感じもする
自分が何者かを、自分ではなく周りの人間が説明している
けれど外から来た者にとっては、その方が信用できるのだろう
本人が「危なくないです」と言うより、知っている人間が「こいつは大丈夫だ」と言う方がずっと意味がある
話が続くうち、護衛の手が武器から離れた
完全に警戒が消えたわけではない
それでも最初のような、いつでも抜ける姿勢ではなくなった
商人らしい二人も少しずつ前へ出てくる
ミラが俺へ視線を向けた
「近くで話しても大丈夫だって」
「俺が許可される側なんや」
「今日はそう」
「まあ、しゃあないな」
俺は苦笑し、急に近づかないようその場で待った
外から来た四人が第二水場へ入ってくる
一人は俺を横目で何度も見ていた
もう一人は道具小屋の方を興味深そうに見ている
「これ、村の?」
商人の一人がミラへ尋ねたらしい
ミラが答え、俺たちが使っている場所だと説明する
第二水場には誰かが住んでいるわけではない
宿でも店でもない
必要な者が休み、水を使い、道具を置き、情報をやり取りする場所
その説明を聞いた商人は、少し驚いたようだった
「外から見たら、これも珍しいんかな」
「たぶん」
ルッカが答える
俺は自分たちにとって当たり前になり始めた第二水場を見回した
道具小屋
休める場所
少し離れたところには昨日作った小さな試験区画
最初に見つけた頃は、水があるだけの場所だった
それが少しずつ変わっている
外から来た人間の目で見ると、その変化がかえって分かりやすかった
しばらくして、荷物を持っていた二人が第二水場の端へ腰を下ろした
どうやら休憩も兼ねているらしい
大きな荷を開くと、中からいくつかの品が出てきた
布
小さな金属製の器具
丈夫そうな紐
紙をまとめた束
小瓶
乾燥させたものを包んだ荷
ハルナ村でまったく見たことがない物ばかりではない
それでも、形や作りが少し違う
「町から持ってきた物?」
俺がミラへ聞く
「うん、ハルナで交換したり売ったりする物もあるって」
「へぇ」
思わず近づきそうになり、外から来た護衛の視線が少し鋭くなったので止まる
「あ、すんません」
言葉が通じているかは分からないが、軽く頭を下げる
護衛は困ったような顔をした
敵意はない
でも慣れていない
そのくらいの距離が今はちょうどいいらしい
ミラが俺の代わりに、品物を見てもいいか尋ねる
商人が頷いた
「触ってもええ?」
「これは大丈夫だって」
許可された金属の小物を一つ手に取る
小さい
それでも岩陰拠点で使っている木や石の道具より、細かい形に作られている
「こういうの、町やったら普通にあるん?」
ミラが尋ね、返事を聞く
「物によるけど、ハルナより種類は多いって」
「そら町やもんな」
前世では、欲しいものがあれば店へ行けばいい
今では森にある材料を使って、自分たちで何とかすることが多い
だからこういう加工された道具を見るだけでも面白かった
「ローデンが見たら喜びそうやな」
「たぶん作り方の方を見ると思う」
「分かる」
俺は小物を元へ戻す
別の荷には紙があった
紙そのものはこれまでも見たことがある
ただ、まとめて持ち歩いているのを見ると、森で生活している自分たちとの差を感じる
「紙って持ち歩くと濡れそうやな」
何気なく言った
森の中を歩けば雨も降る
転べば泥もつく
薬草や布も同じだ
最近、道具小屋ができて少し楽になったが、移動中の荷物は相変わらず手で持つか背負うしかない
商人の荷が多いのも当然だろう
そう思って見ていると、一行の一人が動いた
商人ではない
護衛とも少し違う服装をしている男だった
最初から荷物は少なかったが、何も持っていないわけではない
男が商人から小さな包みを受け取る
片手に収まる程度のものだ
次の瞬間
消えた
「……ん?」
俺は目を瞬いた
男の手を見る
何もない
地面を見る
落ちていない
服の中へ入れたようにも見えなかった
「今のどこいった?」
誰に聞くでもなく口から出た
ルッカも男の手を見ている
男は何事もなかったかのように、今度は別の小物を受け取る
手を少し動かす
また消えた
「いやいやいや」
俺は一歩前へ出た
護衛の一人が反応しかけたが、今度はミラが先に手を上げる
「セイジ、落ち着いて」
「無理やろ、今の何!? どこ入れたん!?」
「声大きい」
「いやでも消えたやん!」
外から来た一行が揃ってこちらを見る
男本人まで少し驚いている
ミラが何か説明すると、商人の一人が笑った
どうやら敵意ではなく、単純に興奮しているだけだと伝わったらしい
「何なんあれ」
ミラが相手へ尋ねる
少し会話をしたあと、こちらを向いた
「空間魔法だって」
「空間?」
「物を入れておける」
「どこに?」
ミラがもう一度聞く
男が説明する
けれど途中からミラも少し困った顔になった
「普通の袋みたいに中が見えるわけじゃなくて……魔法で作った収納する場所に入れてる、みたい」
「魔法で作った場所?」
「そう言ってる」
俺は男を見る
空間
収納
その二つの言葉だけで、頭の中に一つのものが浮かんだ
「アイテムボックス?」
「なにそれ」
「いや、なんでもない」
使えなかった
転生してSTATUSを見たときから、ずっと使えなかったもの
アイテムボックス
この世界にそういう能力が存在しないのかと思ったこともあった
少なくとも自分には使えない
けれど目の前で、似たことを魔法としてやっている人間がいる
「もう一回見せてもらえる?」
ミラを通して頼む
男は少し迷ったあと、頷いた
今度は小さな木製の札を持つ
俺は《魔力感知》へ意識を集中した
何が起きているのか
火でも水でも風でも土でもない
普段感じる魔法の流れと同じなのかも分からない
男が札を手にしたまま魔力を動かす
ほんの一瞬
何かがずれたような感覚があった
次の瞬間には札が消えている
「……今、なんかあった」
俺は目を細めた
「分かった?」
ミラが聞く
「分かったってほどちゃう、魔力動いたんは分かったけど……」
《火弾》なら魔力が火になる
《水球》なら水になる
《土成形》なら土へ働きかける
今のは違う
少なくとも、見えている何かを変えたようには感じなかった
「出す方も見せて」
もう一度頼む
男が今度は空の手を前へ出す
一瞬だけ魔力が動く
さっき消えた木の札が手の中へ現れた
「うわぁ……」
俺は思わず声を漏らした
男が少し笑う
最初にこちらを見たときの警戒した顔とは違う
珍しいものを見た子供でも相手にしているような顔だった
「それ、どれくらい入るん?」
ミラを通して聞く
返事が返ってくる
「人によるって」
「人による?」
「使える大きさとか量とか、違うみたい」
「何でも入る?」
また質問する
今度は男が首を振った
説明が続く
「大きすぎる物は無理、重い物も難しいことがあるって、この人は小さい物を入れるのに使ってる」
「生き物は?」
ミラが訳す前に、男は俺の雰囲気で質問攻めを察したのか少し身を引いた
「あ」
「聞きすぎ」
ルッカに言われる
「ごめん」
俺は一歩戻った
知りたいことが多すぎる
どうやって覚えたのか
誰でも使えるのか
どこに入っているのか
中で時間はどうなるのか
容量は何で決まるのか
魔力をずっと使うのか
自分にもできるのか
頭の中に質問が次々と浮かぶ
けれど、外から来たばかりで、こちらをまだ完全には信用していない相手だ
いきなり詰め寄るのは良くない
「一個だけ」
俺は指を一本立てた
「どうやったら使えるようになるん?」
ミラが訳す
男は少し考えた
それから短く答える
ミラもそのまま伝えた
「説明しにくいって」
「そこ一番聞きたいとこやのに」
「感覚を覚えるまで練習したって言ってる」
「練習?」
「うん」
「最初から使えたわけちゃうんや」
そこは大きかった
生まれつき使えるだけの力ではなく、少なくともこの男は練習したらしい
ただし、それが誰でも可能という意味ではない
適性が必要なのかもしれない
特別な条件があるのかもしれない
そこは今の話だけでは分からない
「俺にもできるかな」
自然と口から出る
ミラは訳さなかった
俺も頼まなかった
これは相手に聞いても答えられないだろう
自分のことなのだから
少し離れたところで、ダリオが外から来た護衛たちと森の話をしている
ミラがそちらにも呼ばれ、俺の前から離れた
その間、俺は空間魔法を使った男から視線を外せなかった
荷物を持たなくていい
少なくとも小さな物なら
紙を濡らさずに済む
薬草を潰さずに持ち帰れるかもしれない
縄や小さな道具を背負わなくて済む
救護用品だって、必要なときすぐ取り出せるかもしれない
「これ、めちゃくちゃ便利やん」
「便利?」
ルッカが聞く
「めっちゃ便利」
「火より?」
「比べるもんちゃうけど……今の気分やったらこっち」
高出力の《火弾》を使えるようになったときも嬉しかった
温水を作れたときも嬉しかった
でもこれは違う方向で衝撃が大きい
前世のゲームで当たり前のように使っていた収納
それに近いものが、実際に存在している
しかも魔法として
「やってみたい」
「今?」
「今は無理やろ」
とは言ったものの、手は動いていた
空の手を前へ出し、さっきの男の動きを思い出す
「こう……空間に……」
魔力を集めかける
すぐ横からルッカが腕を掴んだ
「ここでやらない」
「……はい」
正しい
何が起きるか分からない魔法を、外から来た人間の目の前で突然試すべきではない
しかも自分ができる保証すらない
「帰ってからやな」
「うん」
それでも頭の中では、もう試し方を考え始めている
火の魔法を覚えたときは火を作る感覚を探した
水なら水
風なら風
土なら土
空間なら何を感じればいい
空間そのもの
何もない場所
入れる場所を作る
考えれば考えるほど分からなくなる
昼が近づく頃、第二水場では外から来た一行も休憩を取ることになった
ハルナ側から持ってきた食べ物と、フェルナ方面の者たちが持参したものがそれぞれ広げられる
俺とルッカは少し離れた場所で自分たちの食事を取った
完全に一緒の輪へ入るわけではない
けれど追い払われてもいない
外から来た者の一人が、ときどきこちらを見る
最初ほど怖がってはいないようだった
「ちょっと慣れたかな」
「まだ見てる」
「まあ今日初めてやしな」
俺も無理に近づくつもりはない
ハルナ村で今の関係になるまでにも時間がかかった
外の人間と初日に同じようになれるはずはない
食事を終えたあと、ミラが戻ってきた
「森の近くの道について聞かれた」
「最近の魔物のこと?」
「それも」
「何か向こうでもあるん?」
ミラは少し考えてから答える
「森に近い場所で、前より見かける生き物が変わった気がするって話はあるみたい」
「変わった?」
「数が増えたとか、前はあまり見なかったものを見たとか、そのくらい」
「原因は?」
「分からないって」
俺は少し黙った
ハルナ側でも、生活圏に近い場所で危険な生き物を見つけることが増えている
ただ、それだけで全部を同じ原因にすることはできない
今日聞いた話も同じだ
具体的に何が、いつ、どこで増えたのかまで分からない
「とりあえず覚えとこ」
「うん」
「向こうの人らがまた来ることある?」
「商いでハルナには来るって」
「第二水場にも?」
「今日は森の情報を聞くために来ただけだから、毎回来るかは分からない」
「そっか」
少し残念だった
理由はもちろん空間魔法である
もう少し見たい
もっと聞きたい
だがそれだけのために引き止めるわけにはいかない
午後になると、一行は荷物をまとめ始めた
俺はその様子を眺めていたが、空間魔法を使う男がまた小さな物をいくつか収納するところを見つけると、今度は声を出さず《魔力感知》へ集中した
やはり一瞬だけ、普段とは違う動きがある
何かを作っているのか
開いているのか
つないでいるのか
そこまでは分からない
ただ、何もないわけではない
「……もうちょいやな」
ルッカが隣で聞く
「何が?」
「いや、全然分かってへんけど、何も分からんよりはちょっとだけ進んだ気する」
「できそう?」
「今のところ、できる気はせえへん」
「じゃあ、もうちょいじゃない」
「厳しいなぁ」
でもその通りだった
見ただけでできるなら苦労しない
これまで覚えた魔法も、何度も試して失敗している
空間魔法だけ一度見て成功する方がおかしい
外から来た一行が出発する前、俺はミラへ一つ頼んだ
「さっきの人に、見せてくれてありがとうって言って」
「それだけ?」
「あと、たぶん俺も練習するって」
「それ言う必要ある?」
「ある」
ミラが笑いながら訳す
空間魔法を使った男は一瞬驚き、それから何か答えた
「何て?」
「簡単じゃないぞって」
「望むところや」
「それは訳さなくていい?」
「そこまで言うなら訳して」
ミラが再び伝えると、男は今度こそ声を出して笑った
最初に俺を見たときの警戒した顔は、もうなかった
仲良くなったわけではない
信用されたとも言い切れない
ただ少なくとも、最後には会話できる相手として見てもらえた気がした
一行が第二水場を離れていく
ダリオとミラは途中まで同行するらしく、一緒に歩いていった
俺とルッカは残る
姿が見えなくなったあと、第二水場が急に静かになった
「森の外の人か」
俺は呟く
ハルナ村で知っている人間は増えた
村へも限定的なら入れる
それでも世界はそこだけではない
フェルナという町があり、そこから人が来る
自分を知らない人間も当然いる
ハルナで積み重ねたものが、そのまま外でも通じるわけではない
「また一からやな」
「なにが?」
「信用」
ルッカは少し考えたあと、頷いた
「でもミラとダリオいた」
「そうやな」
一人でゼロからではない
自分が何をしてきたかを説明してくれる人がいる
それは大きい
俺は道具小屋を見る
次に試験区画を見る
外から来た人間たちも、この場所を見ていた
ただの魔物がいる場所ではなく、人が休み、道具を置き、何かを育てようとしている場所
そう見えていたなら少し嬉しい
「……で」
俺は両手を見た
「こっちやな」
「やるの?」
「やる」
「岩陰で」
「分かってるって」
ルッカに先を読まれた
帰る前に試験区画の土だけ確認する
まだ湿っている
変化はない
水も追加しない
「こっちは待つ」
「空間は?」
「待たへん」
「やっぱり」
岩陰拠点へ戻る道中、俺の頭の中はほとんど空間魔法で埋まっていた
荷物を持たずに済む
雨から守れる
小さい物なら取り出すのも早い
薬草
縄
紙
清潔な布
小瓶
道具小屋に置いているものの中にも、持ち歩ければ便利な物がいくつもある
「でかい物入れたいとかちゃうねんな」
「?」
「小さいのでええ、小さい道具だけでもめっちゃ便利やろ」
ルッカは自分の腰につけている小さな袋を見る
「袋ある」
「そう、今は袋でええねんけど、濡れるやろ」
「濡れる」
「走ったら邪魔なときあるやろ」
「ある」
「ほら」
自分で言いながら、ますます欲しくなる
万能でなくていい
荷車が丸ごと入る必要もない
家を持ち歩きたいわけでもない
手のひらに乗る程度の小物を、いくつか安全にしまえればそれだけで十分便利だ
「まず小さいやつやな」
いつの間にか、できる前提で考え始めている
岩陰拠点へ到着すると、俺は荷物を下ろした
夕食にはまだ少し早い
ルッカは何も言わず、少し離れた場所へ座る
完全に実験を見る体勢だった
「なんでそんな慣れてんの」
「いつもやるから」
「まあ、そうやな」
俺は拠点の中で、何も置かれていない場所へ座った
目の前に小さな木片を一つ置く
いきなり大事な物を使う気はない
失敗して消えて戻らなくなったら困る
「まず……何したらええんや」
そこで止まった
《火弾》なら火を作る
《水球》なら水を集める
空間収納なら、収納する場所を作る
「場所を……作る?」
目の前の何もない空間へ手を出す
魔力を流す
何も起こらない
「そらそうか」
今度は、昼に見た男の魔力の動きを思い出す
物へ直接魔力を入れていたようには見えなかった
手の周り
いや、その先
何もないところへ一瞬だけ何かができたような感覚
「こう……ここに入れる場所があるとして」
魔力を一点へ集める
《火弾》にならないよう火を意識しない
水も風も土も考えない
ただ、魔力だけをそこへ留めようとする
「……」
何も起きない
木片も消えない
ルッカが見ている
「どう?」
「何も」
「うん」
「見たら分かるわ」
もう一度
今度は魔力を広げてみる
少しだけ膜のように
しかし広がっただけで終わる
「ちゃうな」
三度目
四度目
何度やっても木片は目の前にある
少し疲れてきたところで、俺は手を下ろした
「見ただけでできるほど甘ないか」
「やめる?」
「今日はな」
無理に続けて魔力を減らしても意味がない
何より、何を目指せばいいのかすらまだ曖昧だ
「でも、やりたいことは分かった」
「小さい物」
「そう、小さい物だけでええ」
最初から大きな収納を作ろうとする必要はない
手のひらに乗る物
木片
紙
薬草
そのくらいからでいい
俺は木片を拾い上げた
「明日またやろ」
「うん」
夕食の準備を始める
《水球》で必要な量だけ水を出す
小さな火で温水を作る
少し前までなら、それだけでも新しいことだった
今ではかなり自然にできる
できなかったものも、繰り返せば使えるようになる
空間魔法が同じとは限らない
自分に使えるのかどうかすら不明だ
それでも、目の前で実際に使う人間を見た
少なくとも、この世界に存在する魔法だということは分かった
「フェルナかぁ」
「行く?」
「今は行かへんよ」
ルッカが少し安心したように見えた
知らない町へ急に行ける立場でもない
ハルナ村ですら自由に出入りできるわけではないのだ
外の世界は、まだ遠い
でも今日はその外から、人がこちらへ来た
知らない道具を持って
知らない魔法を持って
自分を見て警戒して、それでも最後には少し笑って帰っていった
俺は温水へ布を浸しながら、昼間消えた木の札を思い出す
「空間収納……」
口にすると、また少しわくわくする
「明日やる?」
「やる」
「失敗する?」
「たぶん」
「じゃあ見てる」
「成功する方も考えてくれへん?」
ルッカが笑う
俺も笑った
LEVELは4のまま
今日は戦っていない
STATUSが変わるようなこともない
それでも、昨日まで知らなかった魔法を一つ知った
そして森の外には、自分の知らない便利なものがまだたくさんあるらしい
俺はそれだけで、明日やることがまた一つ増えた気がしていた




