育ててみる?
第40回 育ててみる?
翌朝、第二水場へ向かう途中で、ルッカが道を少し外れた
「こっち」
「ん?」
俺も後を追う
昨日まで使っていた経路からほんの少し森へ入ったところで、ルッカは低い木の前にしゃがみ込んだ
枝の間には、小さな実がいくつもついている
「食べられるやつ?」
「うん」
ルッカが一つ摘み、傷みがないことを確かめてから口へ入れた
それを見て俺も一つ取る
少し酸っぱい
けれど食べられないほどではなく、何個か食べれば腹の足しにもなる
「これ、前も取ったやつやんな」
「うん」
「ここまで来んとない?」
ルッカは周囲を見てから首を傾げた
「ここと、向こう」
別の場所にもあるらしい
ただし第二水場のすぐ近くではない
森の中を歩いて探す必要がある
俺は枝についている実をもう一つ取りながら、何となく考えた
食べ物は、今まで探すものだった
森を歩き、見つけ、採る
ルッカがいるから食べられる植物と危険なものを区別できるし、どの辺りに何があるかも少しずつ分かってきた
それでも、毎回同じ場所へ行けば必ず取れるわけではない
季節や天候で変わるし、ほかの動物に先に食べられていることもある
「……これ、近くにあったら楽ちゃう?」
「近く?」
「第二水場の近く」
ルッカが実のなっている木と俺を見比べる
「持っていく?」
「木ごと?」
「うん」
「いや、それは無理やろ」
今の身体なら小さな木くらい引き抜けそうな気もする
けれど根まで掘り返して運び、別の場所へ埋めたところで育つかどうか分からない
前世でも、植物を別の場所へ植え替えるときは何かいろいろ気をつけることがあったはずだ
そこまで詳しくはない
「種とか、実の中のやつとかで増やせへんかな」
「たね?」
「新しく生える元になるやつ」
説明しながら、自分が農業についてほとんど何も知らないことを思い出した
野菜を買ったことはある
料理もしたことがある
けれど育てた経験となると、前世でもほぼない
学校で何か植えたことがあるような気はするが、今さら頼りになる知識ではなかった
「まあ、エナに聞いた方が早いか」
「エナ?」
「薬草とか植物詳しいやろ」
食べられる植物すべてに詳しいとは限らないが、少なくとも俺よりは分かるはずだ
ルッカは森の中でどこに生えているかを知っている
エナは植物そのものを見る
自分だけで始めるより、その二人に聞いた方がいい
二人で採れる分だけ実を集め、第二水場へ向かった
昨日完成した道具小屋は、朝の森の中で見ると少し不思議だった
たった一日しか経っていないのに、最初からそこにあったようにも見える
俺は入口を覗き、昨日置いた物がそのままあることを確認した
「使ったら戻す」
横でルッカが言う
「朝から言わんでも覚えてるって」
「確認」
「厳しいなぁ」
道具小屋の前で荷物を下ろし、採ってきた実を出す
ちょうど来ていたエナがそれに気づいた
「それ、食べて大丈夫なやつだね」
「やっぱ知ってる?」
「知ってるよ、森の浅いところにもあるから」
「これって育てられる?」
俺が聞くと、エナはすぐには答えなかった
実を一つ手に取り、割って中を見る
「育てるって、ここで?」
「そう、第二水場の近くとか」
「どうだろう」
「分からん?」
「野生で生えてる場所は知ってるけど、植えたら必ず育つとは限らないよ」
「まあ、そらそうか」
簡単にいけば、森の中は食べ物だらけになっているはずだ
エナは実の中を見ながら続けた
「日がほとんど当たらない場所では見ないし、水がずっと溜まってる場所にもないと思う」
「日当たりと水か」
「土も違うかもしれない」
聞けば聞くほど、ただ埋めれば終わりではないことが分かる
それでも、難しそうだからやめようとは思わなかった
「一回ちょっとだけ試すのは?」
「それならいいんじゃない」
「食うもん自分で育てられたら最高やん」
毎回森へ探しに行かなくても、第二水場へ来れば少し食べ物が取れる
そんな場所になればかなり便利だ
大量に作る必要はない
まず一つでも育つか試せばいい
「ルッカ、これが生えてる場所ってどんなとこ?」
ルッカは少し考え、第二水場の周囲を見回した
「明るい、でもずっと明るくない」
「ずっと日向でもないってこと?」
「うん」
「水の近く?」
「近いけど、びちゃびちゃじゃない」
「なるほどなぁ」
俺は地面を見る
第二水場のすぐ横は水が多すぎる
逆に森の奥へ入りすぎれば日が当たらない
少し離れたところに、木々の間から朝と昼の光が入りそうな場所がある
昨日、帰り際に何となく見ていた空き地だ
「あそこどう?」
指を差すと、ルッカが先に歩いていく
地面へしゃがみ込み、土を触る
エナもついていき、周囲に生えている植物を確認した
「悪くないと思う」
「ほんま?」
「少なくとも、水が溜まり続ける場所じゃない」
エナが答える
「でも雨が強かったら、こっちから流れてくるかも」
指された方向を見ると、少しだけ地面が高くなっている
雨が降れば、そこから水が下ってくるのだろう
「排水いる?」
「大きなのはいらないと思う」
そこへローデンの声が加わった
振り返ると、昨日使った道具を取りに来たらしい
「何をする気だ?」
「育ててみようかなって」
「何を」
俺は持っている実を見せた
ローデンは実より、すでに三人が見ていた地面へ視線を移した
「畑でも作るのか?」
「畑ってほどちゃうよ、ちょっと試すだけ」
「なら広げるなよ」
「分かってるって」
「お前、便利になると思ったらすぐ広げそうだからな」
「そんな信用ない?」
エナとルッカが同時に俺を見る
「……はい、ちょっとだけにします」
自分でも勢いで広げそうな気はした
ローデンは地面を何度か踏み、傾きを確認する
「ここなら、水が溜まらないように端へ逃がせばいい」
「昨日の小屋みたいに?」
「もっと簡単でいい、植物を育てる場所を固めすぎたら水が抜けなくなる」
俺はそこで手を止めた
「……《土締め》使ったらあかん?」
「全部に使うな」
「あぶな」
昨日の流れで、地面を整えたら最後に《土締め》を使うところだった
道具小屋の床は固い方がいい
人が歩く道も、ある程度締まっていた方が使いやすい
けれど植物を育てる場所まで同じように固めれば、根が伸びにくくなるかもしれない
「同じ土魔法でも、使う場所で逆になるんやな」
「何を作るかが違うからな」
ローデンは当然のように言った
「形だけ作るなら、お前の《土成形》は便利だ、ただし柔らかさは残せ」
「了解」
俺は小さな範囲を決める
本当に小さい
両腕を広げれば届く程度の長さと、それより少し狭い幅
畑というより、地面を四角く区切っただけの場所だ
「これくらいならええ?」
「試すだけなら十分だろ」
ローデンが頷く
まず周囲にある大きな石や枝をどける
ルッカが石を拾い、エナはそこにすでに生えている植物のうち、残した方がいいものがないかを見る
「これは抜いていい」
「こっちは?」
「それは残そう」
俺には違いがほとんど分からない
「全部草に見える」
「全部同じじゃないよ」
「そらそうなんやろうけど」
エナが植物を一本ずつ確認する横で、俺は勝手に抜かないように手を止める
戦闘なら危険な相手を見つけて《火弾》を撃てばいい場面もある
植物相手ではそうはいかない
分からないなら、分かる人に聞く
最近この形が増えてきた気がする
邪魔になるものを取り除いたあと、俺は地面へ手を向けた
「《土成形》」
表面の土がゆっくり動く
硬く固めるのではなく、石を除いた部分を軽く起こし、低いところへ少し土を寄せる
深く動かしすぎない
周りの木の根がどこまで来ているか分からないからだ
「その辺まで」
ローデンが言う
俺はすぐ魔法を止める
「もっと深い方がええんちゃう?」
「何を植えるか分かってないのに深く変えるな」
「確かに」
まず育つかどうかを見るだけなのだ
最初から完璧な畑を作る必要はない
土を整え終えると、ルッカがしゃがみ込んだ
手で触り、少し掘る
「こっち、やわらかい」
「じゃあこれでええんかな」
エナも確認する
「今のところはいいと思う」
「ほな次、水?」
「まだ植えてないよ」
「あ」
順番を飛ばした
俺は笑いながら頭をかく
「なんか魔法でできることからやろうとしてまうな」
「育てる方が先」
「はい」
集めてきた実を使うことになったが、どう植えるのが正しいかは誰も断言できなかった
ルッカは野生で生えている場所を知っている
エナも植物の特徴は知っている
けれど、これを人が育てる手順として確立しているわけではない
「実ごと埋める?」
俺が聞く
「中の種を使う方がいいと思う」
エナが答える
「ただ、全部同じようにしたら何が良かったのか分からないから、少し分けてもいいかも」
「おお、それ賢い」
いくつかは実の中から種を取り出す
いくつかは実の一部を残す
深さも完全には揃えず、ただし場所だけは分かるように小さな印をつける
正解が分からないなら、少しずつ違うやり方を試す
「なんか研究みたいやな」
「研究?」
「どれが育つか比べるやつ」
燃料電池の研究補助をしていた前世の記憶が、ほんの少しだけ頭をよぎる
もちろん今やっていることは比べものにならないほど簡単だ
測定器もなければ、正確な条件管理もない
それでも、全部同じにして失敗するより、少し条件を変えて様子を見る方が分かることは増える
「ここ、印しとこ」
小さな枝を立てる
どこへ何を植えたか分からなくならないようにするためだ
準備が終わり、いよいよ水をやることになった
「これは俺の出番やな」
少し嬉しくなって手を出した
「《水球》」
水が集まる
いつもなら器へ入れる量を調整する
今日は地面へ直接落とす
「これくらい――」
水を流す
土が一気に濡れた
思ったより勢いが強い
「あ」
表面に小さな水溜まりができた
さらに端から水が流れ出す
「多い」
ルッカが即座に言った
「多かったな」
言い終わる前に、植えた場所の一部から土が少し崩れた
「ちょ、待って待って」
俺は《水球》を止める
エナがしゃがんで確認する
「流れちゃったのもあるかも」
「うわぁ……やらかした」
昨日まで、水は必要なら多く出せる方が便利だと思っていた
飲み水でも洗濯でも、足りなければ追加すればいい
けれど植物へ水をやる場合、多ければいいわけではない
「魔法で水出せるからって、出したらええわけちゃうんやな」
「うん」
ルッカが真顔で頷く
「そこは慰めてくれてもええんやで」
「多かった」
「事実やな」
ローデンが笑っている
「土魔法で戻すか?」
「いや、待て」
エナが止めた
「どこまで種が動いたか分からないから、今すぐ全部いじらない方がいい」
「なるほど」
失敗した場所を魔法で即座に元へ戻せばいい
そう考えかけたが、それも乱暴らしい
「こっちはそのままにして、残りは少しずつ水をやろう」
「分かった」
今度は《水球》を直接落とさない
小さな容器へ水を入れ、それを少しずつ地面へ注ぐことにした
魔法を使えるのに、わざわざ器を使う
けれどその方が量を目で確認しやすい
「最初からこれでよかったな」
「失敗したから分かった」
エナが言う
「せやな」
俺は気を取り直す
残りの場所へ少しずつ水を与える
表面が湿る程度で止める
ルッカが指で土を触り、乾いている場所だけ教えてくれる
これなら水溜まりにはならない
一通り終わったところで、俺は最初に水をやりすぎた場所を見る
「雨降ったら、またこんなんなるんちゃう?」
「なるかもしれない」
エナが答える
ローデンはすでに周囲を見ていた
「だから逃げ道を作る」
「排水か」
「小屋と同じだが、こっちは水を全部遠ざける必要はない、溜まりすぎないようにするだけだ」
「むずいな」
「何でも極端にやろうとするからだ」
「今日はよう言われるなぁ」
それでも言っていることは分かる
乾燥させればいいわけでもなく、水浸しにすればいいわけでもない
必要な量を残し、余分だけ逃がす
俺は試験区画の少し外側へ浅い溝を作ることにした
「《土成形》」
ごく浅く
指で線を引くように、土の表面だけを動かす
植えた場所から少し離し、水が多くなったときだけ端へ流れるよう傾きをつける
「そこはもう少しこっち」
ローデンが位置を示す
「水場へ直接流すなよ」
「分かってる」
第二水場を汚すような流れにしたら意味がない
少し外側へ向け、自然に森の地面へ広がるようにする
作り終わっても《土締め》は使わない
「なんか落ち着かんな」
「何が?」
「《土成形》したあと《土締め》せえへんの」
「今日はしなくていい」
「分かってるけど、昨日ずっとセットで使ってたから」
ローデンが呆れたような顔をする
「魔法に使われるなよ」
「それ、ちょっと刺さるわ」
使える魔法を全部使う必要はない
必要な魔法だけ使う
温水のときもそうだった
火を強くしすぎれば失敗する
畑では土を締めすぎれば困る
強くできることと、強くするべきことは違う
「ほんま生活って調整ばっかりやな」
「戦いもそうでしょ」
エナが言う
「まあ、それもそうか」
昼前には、小さな試験区画が一応の形になった
四角く整えた土
端に立てた印
水を逃がす浅い溝
それだけだ
畑と呼ぶにはあまりにも小さい
けれど何もなかった昨日までとは違う
「これで育つ?」
ルッカが尋ねる
「分からん」
俺は即答した
「そこは分からんの?」
「分からんから試してるんや」
エナも頷く
「芽が出るかもしれないし、出ないかもしれない」
「出なかったら?」
「何が悪かったか考えて、また試す」
俺が答えると、ルッカはしばらく土を見た
「毎日見る?」
「見る」
「じゃあ私も見る」
「頼むわ、俺より変化気づきそうやし」
ルッカなら、知らない芽が出ても周囲の植物と比べて気づけるかもしれない
虫や動物が近づいた痕跡にも気づくだろう
俺一人で育てるより、ずっと安心できる
「水は毎日やるの?」
俺がエナへ聞く
「土が濡れてるならいらないんじゃないかな」
「雨降ったら?」
「その分いらないと思う」
「量は?」
「それは様子を見ないと分からない」
「思ったより分からんこと多いな」
「野生で育つものを人が育てるんだから、最初から全部分かる方がおかしいよ」
そう言われると納得できた
前世の畑や農業は、誰かが何年も何十年も試してきた結果なのだろう
種を植える時期も、水の量も、土の作り方も
俺は完成した小さな区画を見下ろす
「まあ、枯れたら終わり、じゃないしな」
「うん」
「また試したらええ」
食べ物を確保する方法が一つ増えるかもしれない
今はそれだけで十分だ
昼食は第二水場で取った
昨日できた道具小屋から器を出し、使ったあと元へ戻す
「戻したで」
俺がわざわざルッカに報告すると、ルッカが中を覗く
「ほんと」
「信用なさすぎちゃう?」
「確認」
「昨日からそれ好きやな」
食事をしながら、俺は試験区画を何度も見る
当然ながら、数時間で何か変わるわけではない
「まだ?」
ルッカも同じことを考えたらしい
「さすがに早すぎるやろ」
「いつ?」
「うーん……」
答えに詰まる
どのくらいで芽が出るのか分からない
数日なのか、もっとかかるのか
「エナ?」
「私に聞いても、これは育てたことないから分からないよ」
「そっか」
俺は笑った
何でもすぐ答えが出るわけではない
魔法なら使った瞬間に結果が見えることが多い
《火弾》を撃てば飛ぶ
《水球》を使えば水が出る
《土成形》なら土が動く
でも植物は違う
植えて、水をやって、待つ
「待つのも作業なんやな」
「何もしないの?」
「必要ないなら何もせん方がええんやろな」
魔法を使えるようになってから、何か問題があればすぐ動かす癖がついていた
土が悪そうなら土魔法
水が足りなければ水魔法
壊れたら直す
危険なら戦う
けれど植物を育てるなら、触らず待つ時間も必要らしい
午後は、試験区画の周囲を少しだけ整えることになった
人が誤って踏み込まないよう、大きめの石を端へ置く
道具小屋から第二水場へ向かう経路と重ならないようにする
ローデンが簡単に歩く位置を決め、俺がでこぼこしているところだけ《土成形》で均した
本格的な道を作るほどではない
人が何度か歩けば自然に分かる程度だ
「こっち踏まんようにしたらええんやな」
「そうだな」
「そのうち増えたら、もっと広げられる?」
「育ってから考えろ」
「はい」
先の話をするとすぐ止められる
でもそれくらいでちょうどいいのかもしれない
まだ芽すら出ていない
畑と呼べるものでもない
今はただの試験だ
夕方前、エナとローデンが帰る準備を始める
俺も岩陰拠点へ戻るつもりだったが、その前にもう一度区画を見る
「水、追加せんでええ?」
エナが土を触る
「まだ十分濡れてる」
「了解」
「今日はもう触らない方がいいよ」
「分かった」
今度こそ素直に離れる
ルッカは少し遅れてついてきた
「気になる?」
「めっちゃ気になる」
「私も」
「明日また見よ」
「うん」
第二水場を離れ、岩陰拠点への道を歩く
森の中では、いつも通りいろいろな植物が生えている
昨日までなら食べられるかどうかしか気にしていなかったものも、今日は少し見え方が違った
日が当たっている場所
湿っている場所
乾いた場所
木の根元
水場の近く
「ルッカ」
「なに?」
「この辺に生えてるやつも、場所違ったら育たんのかな」
「たぶん」
「なんでここにあるかって考えたことなかったわ」
森に生えているから、森ならどこでも育つ
何となくそんな感覚だった
けれど実際は、植物ごとに好きな場所があるらしい
「ルッカって、そういうの見て覚えてたん?」
「どこにあるかは覚えてる」
「すごいな」
種類ごとの育て方を知らなくても、どんな場所に生えているかを知っている
それだけで大きな情報だ
今後何か試すなら、まずルッカに野生で生えている場所を聞けばいい
「俺、魔法で何とかすることばっか考えてたわ」
「魔法、便利」
「便利やけどな」
俺は頷く
「植物そのものを育てる魔法は持ってへんし」
土を動かせる
水を出せる
それでも植物を一瞬で大きくすることはできない
そんな魔法を覚えたわけでもない
できるのは、育ちやすそうな場所を作り、水をやり、邪魔にならないよう整えることだけだ
あとは植物自身が育つしかない
「なんかええな、それも」
「なにが?」
「全部魔法で一瞬にできへんとこ」
ルッカは意味が分からなかったのか、少し首を傾げた
自分でもうまく説明できなかった
時間をかけて育つ
明日見ても何も変わらないかもしれない
それでも毎日少し気にするものが増えた
そのことが思ったより嬉しい
岩陰拠点へ戻り、夕食の準備を始める
《水球》で必要な分の水を出す
今度は多すぎない
温水を作るときも、火を強くしすぎない
ここ数日の失敗のおかげで、魔法を使うたびに「必要な分」という感覚が頭へ浮かぶようになっていた
「水も火も土も、出せるだけ出したらあかんねんな」
器へ水を入れながら呟く
「多いと失敗」
ルッカが言う
「今日のは忘れて」
「いっぱい水」
「忘れてって」
ルッカが笑う
俺も笑いながら夕食を続けた
LEVELは4のまま
今日は魔物を倒していない
新しい魔法を覚えたわけでもない
STATUSを見ても、きっと昨日と変わっていないだろう
それでも、できることは一つ増えた気がした
正確には、できるかもしれないことが増えた
植物を育てる
まだ成功していない
芽も出ていない
食べ物になる保証もない
けれど第二水場の横には、明日確認しに行きたい小さな場所ができた
「育ったらどうする?」
ルッカが聞く
「食べる」
「全部?」
「全部はあかんやろ、次増やす分も残さな」
「増やす?」
「育ったらやで、育ったら」
自分でも少し気が早いと思う
けれど想像するだけなら自由だ
第二水場の近くで、少しずつ食べ物を育てられるようになる
毎回すべてを森へ探しに行かなくてもいい
そのうち種類が増えるかもしれない
今はまだ、手の届くほどの小さな区画一つだけだ
「明日、芽出てたりせえへんかな」
「早いって言った」
「分かってるけど、ちょっと期待するやん」
ルッカがまた笑った
俺も笑いながら、温めた水へ布を浸した
道具小屋の次は、小さな試験区画
第二水場の周りに、一つずつ使い道が増えている
誰かが計画して村を作っているわけではない
必要だから道具を置き、楽だから温かい水を使い、食べ物が近くにあれば便利だと思ったから土をいじった
そんな小さな積み重ねだった
俺は温かい布で顔を拭きながら、明日の第二水場を思い浮かべる
「育ってくれたらええなぁ」
「うん」
答えが出るのは、まだ少し先だった




