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ふたりの寝床

第4回 ふたりの寝床


 目が覚めた瞬間、俺は何かに押し潰されているのかと思った


「……重い」


 胸の上に腕がある


 緑色の腕


 俺のではない


「…………」


 顔を横へ向ける


 近い


 ものすごく近い


 ルッカの顔が、目の前にあった


「近っ」


「グギャ……」


 寝ている


 完全に寝ている


 しかも俺の身体へ半分くらい乗っている


「ルッカ、重いって」


 肩を押す


 動かない


「おい」


 もう少し強く押す


「グギャ……」


 嫌そうな声を出しながら、さらにこちらへ寄ってきた


「なんでやねん!」


 狭い岩陰に俺の声が響いた


 ルッカが飛び起きる


「グギャッ!」


「こっちがびっくりするわ!」


 ルッカは周囲を見回し


 俺を見る


 首を傾げた


「何もない、何もないから」


 胸を押さえる


「お前が重かっただけや」


「グギャ?」


「重い」


 ルッカを指す


 自分の胸を押す


 寝る真似をして、腕を乗せる


「こう」


 ルッカがしばらく俺を見て


 笑った


「笑うとこちゃうぞ」


 昨日の夜


 寝る前から狭いとは思っていた


 二人で横になると肩が当たり、少し寝返りを打つだけで相手へぶつかる


 それでも疲れていたから眠れた


 問題は、眠ったあとだったらしい


「俺も蹴ってへんやろな」


 記憶はない


 寝相に自信もない


 前世では一人で寝ることが多かったから、誰かに確認したこともない


「……まあ、お互い様か」


 ルッカはもう岩陰の外へ出ていた


「切り替え早いな」


 俺も身体を起こす


 左腕が少し疼いた


「っ……」


 昨日、ルッカが草を潰して塗ってくれた傷


 布はまだ巻かれている


 血が大量に滲んでいる様子はない


 ただ、治っているかどうかまでは分からない


「今日も洗ったほうがええかな」


 岩陰を出る


 朝の森


 昨日より少しだけ見慣れた景色


 大きな木


 湿った土


 苔


 枝葉の隙間から差し込む白い光


 そして


「グギャ」


「ん?」


 ルッカが岩陰を指している


「家?」


「グギャ」


 首を振った


「ちゃう?」


 今度は自分の両腕を広げる


 岩陰を見る


 また腕を広げる


「……広くする?」


 ルッカが頷いた


「やっぱ狭かったんやんけ」


 昨日は俺が狭いと言ったら、何となく気にしていないような顔をしていたくせに


「そらそうやんな」


 俺一人でちょうどいい程度の場所だ


 二人では狭い


 寝るだけなら何とかなる


 でも荷物が増えたらどうする


 食べ物を置く場所もない


 道具も増やしたい


 雨の日だってあるはずだ


「……広いとこ探す?」


 ルッカは首を振る


「ここ?」


 頷く


「ここがええん?」


 また頷いた


 俺も岩陰を見る


 沢が近い


 背後は大きな岩


 入口が狭いから、少なくとも背後から突然襲われる心配は少ない


 昨日一晩


 今日でもう二晩


 ここで眠った


「俺もちょっと気に入ってんねんな」


 家と呼ぶには酷い


 岩の下に葉っぱを敷いただけ


 それでも


 最初に自分で見つけた寝床だった


「ほな、改築するか」


「グギャ?」


「改築」


 伝わっていない


「広くする」


 両腕を広げる


「二人で寝れるように」


 自分とルッカを指し


 寝る真似


 今度は少し離れて横になる動きをする


 ルッカが理解したらしい


「グギャ!」


「よし」


 こうして


 異世界生活三日目の仕事は


 家の改築に決まった


 もっとも


「……何したらええんやろ」


 岩は削れない


 地面を広げるにしても道具がない


 入口の外へ屋根を伸ばす


 それが一番現実的だろう


 岩陰そのものを寝床にして、その前に雨を防げる場所を作る


「木と葉っぱで屋根作る感じか」


 前世で家を建てた経験はない


 当然だ


 DIYもほとんどしていない


 キャンプですら数えるほど


「こういうとき、異世界転生する予定ある人は事前に勉強しといたほうがええで」


「グギャ?」


「誰に言うてんねやろな、俺」


 ルッカはすでに動き始めていた


 森へ入り、落ちている枝を確認している


 細いものは無視


 太すぎるものも無視


 俺の腕くらいの太さの枝を一本持ち上げる


「それ使うん?」


「グギャ」


 頷く


「ほな俺も」


 似たような枝を探す


「あった」


 持ち上げる


「……重っ」


 思ったより重い


 両手で抱える


 左腕に力がかかる


「痛っ」


 すぐ下ろした


 傷


 忘れていた


「今日は左使わんほうがええな」


 右腕だけで持てる細めの枝を選ぶ


 一本


 二本


 三本


 岩陰の前へ運ぶ


 ルッカを見る


 すでに俺の倍くらい集めている


「…………」


 筋力差なのか


 慣れなのか


 両方か


「俺、LEVEL2やぞ」


 何の自慢にもならない


 STATUSを開く


 NAME セイジ


 RACE ゴブリンメイジ


 LEVEL 2


 HP F+


 MP E+


 筋力 F


 耐久 F+


 敏捷 E-


 器用 E


 精神 E+


 魔力 E+


 SKILL

 《魔力感知》

 《魔力操作》


 TITLE

 なし


「筋力F……」


 昨日から何度見ても変わらない


「レベル上がったんやから、ちょっとくらい力持ちになっててもええのに」


 実際に何か変わっている可能性はある


 でも少なくとも、太い枝を片手で軽々運べるようにはなっていない


「地道にやれってことか」


 STATUSを消す


 ルッカが俺を見ていた


「何?」


 もちろんルッカにはSTATUSの画面は見えていないらしい


 俺が何もない場所を見つめていたように見えたのだろう


「気にせんでええよ」


 枝集めを再開する


 しばらくして


 それなりの量になった


「で」


 俺は枝の山を見る


「これをどうする?」


 ルッカが一本持つ


 地面へ突き刺そうとする


「なるほど、柱か」


 ぐっ


 刺さらない


「…………」


 ルッカがもう一度


 ぐっ


 少し入る


「手伝う?」


「グギャ」


 俺が枝を支える


 ルッカが上から体重をかける


 ぐぐ


 少し入った


「おお」


 離す


 枝が傾く


「あ」


 倒れた


「…………」


「…………」


 ルッカが俺を見る


「俺ちゃうで」


 もう一度


 今度は地面を少し掘る


 石


 俺の薄い石ではなく、硬そうな別の石を使って土を削る


「穴掘ってから入れるんやな」


 掘る


 枝を入れる


 周囲へ土を戻す


 踏む


「これなら」


 手を離す


 立った


「おお!」


 一本の枝


 ただ立っているだけ


 それでも嬉しい


「柱一本完成!」


 ルッカも満足そうに胸を張る


「いや、ほとんどお前がやったけどな」


 二本目


 今度は俺が穴を掘る


 右手で石を持つ


 土を削る


「硬いな」


 木の根が邪魔をする


「ここ無理や」


 少し場所をずらす


 掘る


 石に当たる


「またか」


 さらにずらす


「家建てるって大変やな……」


 まだ家ですらない


 柱一本立てようとしているだけだ


 ようやく穴ができる


 枝を立てる


 土を戻す


 踏み固める


「できた」


 手を離す


 枝は


 ゆっくり


 ゆっくり


 俺のほうへ倒れてきた


「うわっ」


 避ける


 地面へ倒れる


「…………」


 ルッカが笑う


「今のは穴が浅かっただけや」


 もう一度


 深く掘る


 枝を入れる


 固める


「今度こそ」


 手を離す


 立っている


「見たか」


 ルッカが枝を指で押した


「やめろ」


 ぐら


「やめろって!」


 ぐらぐら


「試すな!」


 倒れた


 ルッカが笑う


「お前なあ!」


 俺も笑った


 悔しい


 でも楽しい


 昨日までなら、失敗するたびに不安になっていた


 火弾を外せば生きるか死ぬか


 獲物を逃せば飯がない


 道に迷えば寝床へ帰れない


 今日は違う


 柱が倒れた


 ただそれだけ


「こういう失敗やったら、何回でもええな」


「グギャ?」


「何でもない」


 三回目


 今度はルッカのやり方をよく見る


 穴の深さ


 枝の角度


 土の固め方


 石も周囲へ詰めている


「ああ、石入れるんか」


 真似する


 枝を立てる


 土


 石


 踏む


「どうや」


 離す


 立っている


 ルッカが指を伸ばす


「触んなよ」


 押す


「おい!」


 少し揺れた


 でも倒れない


「勝った!」


 何に勝ったのか分からない


 ルッカも頷いた


 柱が二本


 岩陰の前に立った


「次、横やな」


 横木を渡す


 問題は固定


「紐」


 蔓が必要だ


 昨日、肉を包むのにも使った


 俺は近くの蔓を見つけて引っ張る


「これやろ」


 ぶちっ


「…………」


 切れた


 別の蔓


 引っ張る


 ぶちっ


「弱いな」


 ルッカが俺の持っている蔓を見て首を振った


「ちゃう?」


 森へ入る


 少しして、別の蔓を持ってきた


 色が濃い


 太さも少し違う


「これ?」


 引っ張ってみる


「お」


 切れない


「全然ちゃうな」


 ルッカは頷く


「森の知識、ほんま助かるわ」


 俺一人なら


 食える草も分からない


 使える蔓も分からない


 危険な場所も分からない


 獲物の解体もできない


「昨日会えてよかったな」


 ルッカは蔓を噛んで適当な長さに切っている


「聞いてへんな」


 まあいい


 横木を柱へ固定する


 ルッカが蔓を巻く


 俺も真似する


 一周


 二周


 結ぶ


「こう?」


 引っ張る


 するっ


 ほどけた


「…………」


 ルッカを見る


 また笑っている


「結び方まであるんか」


 見せてもらう


 巻く


 交差


 引っかける


 締める


「待って、もう一回」


 ルッカがやる


「ゆっくり」


 伝わったのか、今度は少し遅い


「そこか」


 俺もやる


 締める


「お」


 ほどけない


「できた!」


 引っ張る


 大丈夫


「俺、成長してる」


 STATUSには何も出ない


 でも確実に昨日の俺よりできることが増えている


 火を起こせる


 肉を焼ける


 傷を洗える


 簡単な結び方を覚えた


 森で使える蔓も一種類知った


「レベルより、こっちのほうが実感あるな」


 横木を固定する


 次は屋根


 長い枝を岩へ斜めに立てかける


 何本も並べる


 その上へ細い枝


 さらに葉


「葉っぱ、どれでもええん?」


 俺が大きな葉を持ってくる


 ルッカが首を振る


「これあかん?」


 別の葉


 首を振る


「これ?」


 少し考えてから頷く


「何が違うんや……」


 俺には全部葉っぱに見える


 ルッカが選んだのは、幅が広くて厚みのある葉だった


 触る


「こっちのほうが丈夫か」


 水も弾きそうに見える


「なるほどな」


 大量に必要だ


 二人で集める


 俺は左腕をなるべく使わない


 片手で葉を抱える


 何度か落とす


「くそ」


 ルッカが俺の分まで持つ


「いや、持てるって」


 さらに持っていかれる


「病人扱いすんな」


 左腕を指される


「……怪我人ではある」


 素直に任せた


「ありがと」


 岩陰へ戻る


 枝の骨組みに葉を重ねる


 下から


 少しずつ上へ


 前世の瓦屋根みたいに、水が下へ流れるように重ねたほうがいいはずだ


「たぶん、こう」


 ルッカも似たように重ねている


「合ってた」


 ちょっと嬉しい


 一段


 二段


 三段


 蔓で固定


 また葉


 繰り返す


「地味やな」


 でも嫌いではない


 むしろ


 こういう作業をしたかった


 魔物と戦うより


 命懸けで逃げるより


 食べ物を奪い合うより


 家を作る


 飯を作る


 少しずつ暮らしを良くする


「これやん」


「グギャ?」


「俺がやりたかったやつ」


 ルッカには意味が分からないだろう


 それでも俺は笑った


「スローライフ」


「グギャ?」


「スローライフ」


 ルッカが真似する


「グギャ、ライ?」


「惜しい」


「グギャライ」


「だいぶ違う」


 何度か言わせてみる


 結局、ゴブリンの発音では妙な音になった


「まあええか」


 意味も伝わっていない


 でも何となく面白い


 作業を続ける


 昼が近いのか、森の中が少し明るくなった


 腹も減ってきた


「飯どうする?」


 ルッカを見る


「グギャ!」


 反応が速い


「食べ物の話だけ理解早ない?」


 ルッカが槍を持つ


「狩り?」


 頷く


「今日は家優先したいな」


 昨日みたいに獲物を探して歩き回れば時間がかかる


 傷もある


 できれば近場で済ませたい


 ルッカが森を見る


 何か考える


 そして俺へ手招きした


「何?」


 ついていく


 沢沿いを少し進む


 昨日とは違う場所


 ルッカが低い木の前で止まる


 枝には、小さな橙色の実がいくつもついていた


「これ」


 俺は実を見る


「食えるん?」


 ルッカが一つ取る


 そのまま口へ


「おい」


 もぐもぐ


「…………」


 飲み込む


 もう一つ取る


「食えるんやな」


 俺も一つ


 匂い


 少し甘い


「ほんまに大丈夫やろな」


 ルッカは三つ目を食べている


「お前基準で大丈夫か不安やけど」


 恐る恐る噛む


「……酸っぱ」


 酸味が強い


 でも


「食える」


 少し甘い


 果肉は柔らかい


「うまいやん」


 肉以外


 初めて安全だと判断できる食べ物を知った


「これ覚えとこ」


 葉の形


 木の高さ


 実の色


 匂い


「似た毒の実とかないよな?」


 それは分からない


 ルッカに聞こうとしても、細かい質問は難しい


「とりあえず、この木のこれは食える」


 確実に分かる範囲だけ覚える


 いくつか食べる


 ルッカは大量に取ろうとする


「待て待て、全部取るな」


「グギャ?」


「残しとこ」


 木を指す


 実を指す


 少しだけ取る


 残す


 伝わったのかどうか


 ルッカは不満そうだが手を止めた


「また食えるやろ」


 明日も


 明後日も


 この辺りにいるなら


「一回で全部食わんでもええねん」


 前世なら当たり前だった


 でも森ではどうなのだろう


 他の動物に食べられるかもしれない


 実が落ちるかもしれない


 それでも


「食べ物ある場所、覚えるん大事やな」


 岩陰へ戻る


 水を飲む


 左腕の傷も洗う


 ルッカが昨日の草をまた探してきた


「今日もやるん?」


「グギャ」


「痛いねんな、あれ」


 逃げたい


 でも傷はもっと怖い


「……お願いします」


 腕を出す


 草を潰す


 塗る


「いっ!」


 やっぱりしみる


「痛いって!」


 ルッカは気にしない


「もうちょい優しく!」


「グギャ」


「絶対分かってへんやろ!」


 処置が終わる


 布を巻く


「ふぅ……」


 傷の具合は自分ではよく分からない


 少なくとも、腕が動かなくなったり、熱で倒れたりはしていない


 それ以上は判断できなかった


「治ってくれよ」


 左腕へ呟く


 午後


 屋根作りを再開する


 葉を重ねる


 蔓で縛る


 少しずつ形になる


「おお……」


 岩陰の前に


 屋根らしきものがある


 壁はない


 床も土


 柱は少し曲がっている


 葉っぱの重なりも不揃い


 でも


「家っぽい!」


 俺は数歩離れて見る


 大岩


 その下の狭い寝床


 入口から前へ伸びた簡単な屋根


「めっちゃ家っぽいやん!」


 ルッカも横に立つ


 二人で見る


「ええな」


「グギャ」


「な?」


 満足


 かなり満足


「雨降ってみてほしいくらいや」


 言った直後


「いや、やっぱ降らんでええわ」


 雨漏りしたら悲しい


「試す方法……」


 沢


「水かけたらええやん」


 問題


 水を運ぶ容器がない


「…………」


 昨日から何度目だ


「容器欲しいなあ!」


 声が森へ響いた


 ルッカが驚く


「ごめん」


 水を持ち運べない


 地味に困る


「これ次の課題やな」


 頭の中へ追加


 刃物


 水を運ぶ容器


 もっと安全な食料


 寝床


 寝床は今日かなり改善している


「一個ずつや」


 屋根の下へ入る


 日差しが遮られる


「おお」


 岩陰より広い


 立つことはできないが、座るなら十分


 二人並んでも余裕がある


「これで飯食う場所できたな」


 寝る場所とは別


 それだけで生活感が増した


「次は寝床や」


 問題の本丸


 昨日の葉っぱを全部出す


 湿っているもの


 潰れているもの


 枝が混ざっているもの


「背中痛かった原因これやな」


 尖った枝


「こんなん敷いて寝てたんか」


 昨日は疲れすぎて気にする余裕がなかった


 ルッカが葉を選別する


 俺も真似する


 柔らかい葉


 乾いた草


 細い枝は除く


「もっと集めるか」


 二人で森へ


 安全そうな範囲だけ


 ルッカが選ぶものを覚える


 大きな葉


 柔らかな草


 乾いたもの


 俺が適当に取ろうとすると止められる


「これあかん?」


 ルッカが葉を裏返す


「うわ」


 小さな虫がびっしり


「やめとこ」


 別の葉


 ルッカが匂いを嗅ぐ


 首を振る


「これも?」


 何が駄目なのか分からない


 知らないことだらけ


 でも


「一人より早いな」


 駄目なものを全部自分で試さなくていい


 ルッカが知っている


 俺は教えてもらえる


「逆に俺が教えられるもんって……」


 火弾


 前世の知識


 ただし前世の知識も、この世界で使えるものと使えないものがある


「役に立たんかったら追い出されるかな」


 冗談半分で言う


 ルッカは聞いていない


 大量の葉を抱えている


「……大丈夫そうやな」


 少なくとも飯を焼いている間は


 戻る


 葉を敷く


 草を重ねる


 その上にまた葉


「どう?」


 寝転ぶ


「おお……」


 昨日より柔らかい


「めっちゃええやん」


 寝返り


 枝が刺さらない


「これ布団や!」


 布ではない


 でも俺にとっては布団だ


「ルッカ、寝てみ」


 ルッカが横になる


「どう?」


「グギャ」


 満足そう


「やろ?」


 俺も隣へ


「…………」


 狭い


 やっぱり狭い


「ここは変わらんか」


 岩そのものは広げられない


 俺は外に作った屋根を見る


「……片方、外で寝る?」


 嫌だ


 獣が怖い


「寝る場所を横に増やすか」


 岩陰の入口横


 屋根の下


 地面を少し整えれば、一人分くらいは作れそう


 ただし壁がない


「壁」


 枝


 葉


「作れるんちゃう?」


 やってみる


 細い枝を地面へ立てる


 横へ枝を渡す


 蔓で固定


 葉を重ねる


「お」


 壁っぽい


 ルッカも手伝う


「そこ押さえて」


 意味が通じた


 ルッカが押さえる


「よし」


 縛る


 俺の結び方も少し速くなった


「できた」


 手を離す


 壁


 高さは低い


 隙間だらけ


「……壁?」


 ルッカが押す


「待て」


 ぐらぐら


「押すなって」


 さらに押す


 ばさっ


 倒れた


「…………」


「…………」


 ルッカが笑う


「またか!」


 俺も笑う


「今のは柱が細かった!」


 やり直す


 今度は太め


 深く刺す


 石で固める


 横木


 蔓


 葉


「どうや」


 ルッカを見る


「押してみ」


 押す


 ぐら


 耐える


「勝った!」


 また何かに勝った


「これや!」


 二枚目


 三枚目


 完全に囲う必要はない


 入口が見える程度


 風を少し防げればいい


 獣への防御になるとは思えない


 それでも


「ないよりマシ」


 夕方になるころ


 岩陰の前は朝とは別の場所になっていた


 大岩の下に寝床


 その前に葉を重ねた屋根


 片側には低い壁


 屋根の下にも葉を敷いた場所


 少し離れたところに焚き火


「…………」


 俺は腰へ手を当てる


「家や」


 ルッカが見る


「家やで、これ」


 たぶん


「小屋?」


 いや


 小屋と呼ぶには厳しい


「野宿?」


 それよりはいい


「小屋未満、野宿以上」


「グギャ?」


「これが一番近いわ」


 でも朝より確実に快適だ


 俺は屋根の下へ座る


 ルッカも隣へ


 二人並べる


「広いな」


 昨日までは岩陰の入口で肩を寄せて座っていた


 今は少し離れて座れる


「……何か寂しいな」


 言ってから


「いやいや、昨日まで狭いって文句言うてたやろ」


 自分で突っ込む


 ルッカが俺を見る


「何でもない」


 火をつける


 枯れ枝を組む


 右手へ魔力を集める


 いつものように火弾を作ろうとして


 ふと思った


「これ、毎回強すぎんねんな」


 着火するだけなら


 敵へ撃つような火の塊はいらない


 昨日も枝が弾けた


 森の中だ


 危ない


「もっと小さくできへんかな」


 魔力を集める


 いつもより少なく


 右手


 手のひら


 温かさ


「ちょっとだけ」


 火弾


 そう意識する


 赤い光が生まれる


「……お?」


 いつもより小さい


 気がする


 まだ撃たない


 維持


 火が揺れる


 ルッカが覗き込む


「近い近い」


 少し離れさせる


「これを」


 枯れ草の端へ


 撃つというより


 近づける


 火が移った


「おお!」


 すぐ手の火を消す


「できた!」


 火弾


 同じ魔法


 でも


「撃たんでも使えるやん」


 正確に何をしたのか、自分でも完全には分からない


 ただ、いつものように飛ばさず


 小さな火を作り


 枯れ草へ火を移した


「便利やん!」


 新しい魔法ではない


 STATUSを見ても


 SKILLは変わらない


 魔法の欄にも、何か増えた感じはない


「使い方か」


 火弾という一つの魔法でも


 魔力の集め方


 大きさ


 出し方


 使う場所


 工夫できる


「これ、結構大事ちゃう?」


 戦うためだけじゃない


 火をつける


 料理する


 暖を取る


「乾かすんにも使えるかな」


 濡れた枝へ直接火を当てたら燃える


 もっと弱く


 熱だけ


「……それは難しそうやな」


 今すぐ試して火事になるのも嫌だ


「ちょっとずつや」


 ルッカが俺の手を見ている


「すごいやろ」


 少し得意げに言う


 ルッカが焚き火を指す


「ん?」


 次に腹を押さえる


「…………」


「飯かい!」


 魔法の進歩より飯


「分かった分かった」


 今日は肉がない


 昼に見つけた橙色の実


 それと


 ルッカが途中で集めていた何か


「それ何?」


 太い根のようなもの


 土がついている


「食える?」


「グギャ」


 頷く


「また新しい食材や」


 ルッカが皮を削る


 俺も石で真似する


「硬いな」


 白っぽい中身


 匂いは弱い


「これ焼く?」


 ルッカが火を指す


「焼くんやな」


 枝へ刺す


 火の近くへ


 じっくり


 表面が少し色づく


 匂い


「……芋っぽい?」


 見た目は芋ではない


 根


 でも焼いた匂いは少し似ている


「食べてええ?」


 ルッカはもう食べている


「早いねん」


 俺も一口


「熱っ」


 ほく


 というほど柔らかくない


 少し繊維っぽい


 でも


「甘い」


 ほんの少し


「これええやん」


 肉がなくても食べられる


 実


 根


 食料候補が増えた


「ルッカ先生、頼りになるな」


「グギャ?」


「先生」


 ルッカを指す


「森の先生」


 意味は伝わらない


 でも俺は勝手に認定した


 二人で食べる


 橙色の実


 焼いた根


 沢の水


 豪華ではない


 腹いっぱいにもならない


 でも昨日まで肉しか安全な食べ物を知らなかった俺には、大きな進歩だった


「明日はもっと探そか」


 ルッカは食べながら頷く


 伝わったのかは分からない


 食事のあと


 火の前で座る


 新しく作った屋根の下


 風が吹く


 葉が少し揺れる


「壊れんなよ」


 屋根を見る


 ぎし


「…………」


 不安


 でも持っている


「初日にしては上出来やろ」


 ルッカが壁へ寄りかかる


「そこ寄りかかんな!」


 ばき


「あっ」


 枝が一本外れた


「ほら!」


 ルッカが慌てて身体を離す


「今直したとこやぞ!」


 外れた蔓を結び直す


「壁は寄りかかったらあかん、覚えといて」


「グギャ」


「ほんまに分かってる?」


 ルッカはもう火を見ている


「怪しいな」


 それでも


 腹は立たない


 むしろ笑ってしまう


「明日また直せばええか」


 壊れたら直す


 足りなければ増やす


 失敗したらやり直す


 そうやって


 少しずつ


 暮らせる場所にしていく


 俺は岩陰を見る


 初日に見つけたときは


 ただ死なないために入った


 雨風を少し防げそう


 背後から襲われにくそう


 それだけだった


 昨日はルッカが来た


 今日は二人で屋根を作った


 壁を作った


 寝床を柔らかくした


 火を囲んだ


 飯を食べた


「…………」


 同じ場所なのに


 もう少しだけ


 違って見える


「ここ」


 俺は地面を指した


 ルッカを見る


「ええな」


「グギャ?」


「ここ、好き?」


 伝わるように考える


 岩陰を指す


 自分を指す


 ルッカを指す


 笑う


「ここ、ええ?」


 ルッカは周囲を見る


 屋根


 壁


 焚き火


 寝床


 それから


「グギャ」


 頷いた


「そっか」


 胸の奥が温かくなる


「俺もや」


 まだ家ではない


 安全でもない


 食料も足りない


 水は沢まで行かなければならない


 扉もない


 壁も半分


 雨が降れば屋根が役に立つかすら分からない


 狼より強い何かが来たら


 こんな枝の壁など何の意味もない


 それでも


「ちょっと快適にしたいって思える場所になったな」


 初日は


 今日を生き延びるための場所だった


 今は


 明日もここへ帰ってきたいと思う


 明日は壁を直したい


 食べられるものを増やしたい


 水を運ぶ方法を考えたい


 できれば石の刃物も作りたい


 そのうち


 もっとちゃんとした屋根


 ちゃんとした寝床


 料理する場所


 物を置く場所


「……風呂」


 忘れてはいない


「絶対いつか作るからな」


 ルッカが首を傾げる


「これは俺の夢や」


 意味は伝わらなくてもいい


 火が小さくなる


 枝を一本足す


 夜の森は暗い


 遠くで獣の声が聞こえる


 昨日なら身体が固まっていた


 今日は耳を澄ませ


 ルッカを見る


 ルッカも音の方向を見ている


 少しして


 気にしなくなった


「大丈夫?」


「グギャ」


「ならええか」


 森の先生が大丈夫と言うなら


 今は信じよう


 寝る時間


「さて」


 新しい寝床を見る


 岩陰の奥


 柔らかい葉と草


 昨日より明らかに快適


 ただし二人では狭い


 外側


 屋根と低い壁に囲まれた場所にも葉を敷いてある


「どっち寝る?」


 俺は岩陰を指す


 外側を指す


「ルッカ、どっち?」


 ルッカは迷わず岩陰へ入った


「そっち取るんかい!」


 しかも真ん中


「詰めろ」


 押す


 ルッカが動かない


「詰めろって!」


 押す


 ようやく少し動く


「俺が作った家やぞ」


「グギャ」


「二人で作った?」


 たぶんそんな意味ではない


 でも


「……まあ、そうやな」


 俺も入る


 昨日より葉が厚い


「おお」


 柔らかい


 横になる


 ルッカも横


 肩が当たる


「結局狭いやん」


 外側に新しい寝床を作った意味がない


「明日は別々に寝るからな」


「グギャ」


「絶対分かってへん」


 ルッカが目を閉じる


「寝るの早っ」


 今日一日


 よく働いた


 枝を運んだ


 蔓を集めた


 葉を重ねた


 寝床を作った


 食べ物も教えてもらった


 火弾も少し違う使い方ができた


 戦っていない


 逃げてもいない


 誰かに襲われてもいない


「……こういう日でええねん」


 俺が欲しかったのは


 たぶんこういう日だ


 何かを作って


 飯を食って


 くだらないことで笑って


 明日は何をしようか考えながら寝る


「最高やん」


 小さく呟く


 返事はない


 ルッカはもう寝ている


 俺も目を閉じる


 葉っぱの匂い


 土の匂い


 少し離れた焚き火の匂い


 隣から聞こえる寝息


 前世の布団とは比べものにならない


 硬い


 狭い


 枕もない


 それでも


 昨日より少しだけ寝やすい


 明日は


 今日より少しだけ暮らしやすくしたい


 それでいい


 いきなり理想の生活なんて作れない


 一日ひとつでも


 できることを増やす


 知っているものを増やす


 安心できるものを増やす


 そうすれば


 いつか本当に


 ここを家と呼べる日が来るかもしれない


「……おやすみ、ルッカ」


「グギャ……」


「起きてんの?」


 返事はない


「寝言かい」


 笑う


 異世界で迎える三度目の夜


 昨日までただの岩陰だった場所には


 二人で作った小さな屋根と


 頼りない壁と


 少し柔らかくなった寝床があった


 立派な家には程遠い


 それでも俺は


 明日もここへ帰ってきたいと思っていた

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