はじめての仲間は食いしん坊
第3回 はじめての仲間は食いしん坊
目が覚めたとき、最初に感じたのは痛みだった
「……っ」
左腕がずきりと疼く
反射的に身体を縮め、そこで昨日のことを思い出した
狼
牙
火弾
血
そして、この岩陰
「……夢ちゃうか」
薄暗い天井を見上げる
天井といっても、斜面から突き出した大きな岩の裏側だ
背中には葉っぱ
身体の下には硬い土
少し動けば枝が背中へ刺さる
「夢やったら、もうちょいええとこで起きるわな」
ゆっくり身体を起こした
入口の向こうは明るい
夜は終わっている
昨日の夜、何度も目を覚ました
枝が折れる音
遠くから聞こえる獣の声
風で葉が揺れる音
そのたびに目を開け、岩陰の入口を確認した
いつ襲われるか分からない
そう思っていたはずなのに、最後は疲労に負けたらしい
「生きてるな」
自分の身体を見る
緑色の手
緑色の足
粗末な布
左腕に巻いた、血の滲んだ布
「……よし」
何がよしなのか分からない
でも生きている
異世界で迎えた最初の夜を越えた
それだけで十分だった
岩陰から外へ出る
「さむっ」
朝の森は冷えていた
湿った空気が肌に触れる
焚き火は完全に消えている
灰の中に赤いものは残っていない
念のため枝で軽く触ってみる
「冷たいな」
火事にはなっていない
「よかった」
昨日は魔法で火をつけた
便利だったが、森で火を使う怖さもある
寝ている間に燃え広がったら、逃げるどころではない
「家作るんやったら、火使う場所も考えなあかんな」
もう家の心配をしている
まだ岩陰暮らし一日目なのに
「気ぃ早いわ」
俺は笑いながら沢へ向かった
昨日歩いた方向を覚えている
木
大きな根
苔のついた岩
途中で一度迷いかけたが、水の音が聞こえてきた
「おお、あった」
沢
昨日と同じように水が流れている
しゃがんで両手ですくい、飲む
「うま」
冷たい
顔も洗う
それから左腕の布を見る
「……これ、外したほうがええよな」
少し怖い
ゆっくり解く
「っ……」
布が傷へ貼りついている
水で濡らしながら剥がした
噛まれた跡が残っている
傷口の周囲は赤い
昨日より良くなっているのか悪くなっているのか、俺には判断できなかった
「病院……ないよなあ」
少なくとも、この辺にはない
あったとしても
ゴブリンが受付へ行った瞬間、大騒ぎになる未来しか見えない
「回復魔法、ほんま欲しいな」
使えない
適性はある
でも使えない
「適性あるんやったら、ちょっとくらいサービスしてくれてもええやろ」
当然、誰も答えない
傷を沢の水で洗う
痛い
新しく布を用意する余裕もないので、昨日の布も水で洗った
少し乾かしてから、また腕へ巻く
片手ではやはり難しい
「昨日より上手なってる気する」
口も使いながら結ぶ
「……怪我の手当てだけ上達してもなあ」
嬉しくない成長だった
岩陰へ戻る
昨日包んだ肉を確認する
大きな葉
蔓
中には角ウサギらしき生き物の肉
「これ……食えるんかな」
一晩経っている
冷蔵庫はない
森の朝は冷えていたとはいえ、保存状態がいいとは言えない
匂いを嗅ぐ
「…………」
よく分からない
そもそも元の肉の匂いを知らない
「腹壊したら終わるよな」
食べ物は欲しい
だが、傷まである状態で腹を壊すのは危険だ
少し悩み
「焼くか」
結局それしかなかった
火をしっかり通す
それでも安全かどうかは分からない
枯れ枝を集める
右手へ魔力を集めようとして
「……あ」
止まった
昨日より戻っている
身体の中心にある温かい感覚
夜の間に、かなり回復したように感じる
「やっぱ時間で戻ってるんかな」
まだ断定はしない
眠ったからかもしれない
食べたからかもしれない
単純に時間なのかもしれない
条件は分からない
ただ、昨日の夜より余裕がある
火弾
小さな火の塊を枯れ枝の端へ当てる
ぼっ
「よし」
火を育てる
肉を焼く
昨日より手際がいい
枝へ刺して、焦がさないように回す
「二日目にして料理スキル上昇中やな」
STATUSには出ないだろうけど
しっかり焼く
少し焦げるくらいまで
口へ入れる
「…………」
噛む
「昨日より硬い」
でも食べられる
今のところ変な味はしない
「塩……」
欲しい
切実に
「塩探す旅とか始まるんかな」
世界を救う旅ではなく塩を探す旅
俺にはそのくらいがちょうどいい気がする
肉を食べ、水を飲む
腹が満ちると、少しだけ余裕が戻った
「さて」
今日、何をするか
傷がある
だから無茶はしたくない
食料は今のでほぼ終わり
新しい食料が必要
道具も欲しい
寝床も改善したい
それから
「昨日の狼……」
死体をそのままにしている
角ウサギの残りも
あの場所へ別の獣が来ている可能性がある
「近づかんほうがええかな」
肉食獣にとっては餌だ
危険
そう判断した
沢の反対側
昨日あまり探索していない方向へ行ってみる
「今日は遠く行かんとこ」
岩陰を見失ったら困る
左腕も痛い
魔力は戻ってきているとはいえ、戦闘は避けたい
「安全第一」
薄く割れた石を持つ
昨日より愛着が出てきた
「お前が今んとこ俺の最重要装備や」
石
ただの石
「名前つける?」
数秒考える
「……やめよ」
なくしたとき悲しくなりそうだ
沢沿いをゆっくり進む
昨日より慎重に
ときどき立ち止まり、《魔力感知》へ意識を向ける
身体の内側
自分の魔力
そこから外へ
森
昨日感じた、薄い何か
やはりある気がする
空気全体に漂っているような
でも掴めない
「これが魔力やったら、何に使えるんやろな」
敵を探す
人を探す
魔法を探す
何かできるかもしれない
まだ分からない
歩く
沢が少し曲がっている
その先に、小さな足跡を見つけた
「……これ」
しゃがむ
泥に残った跡
昨日の角ウサギより大きい
狼よりは小さい
たぶん
「動物?」
分からない
足跡は沢へ向かっている
水を飲みに来たのだろうか
追うべきか
やめるべきか
「食料……」
腹は満たしたばかり
今すぐ必要ではない
「今日は無理せん」
足跡から離れる
昨日の経験が効いている
何でも追いかければいいわけではない
そのまま進んで
ふと
「…………?」
止まった
何か聞こえた
がさ
枝が揺れる
俺は木の陰へ隠れた
右手を空ける
魔力はまだ集めない
昨日、人間相手にそれをやって失敗した
「何や……」
がさがさ
近い
大きさは分からない
狼だったら嫌だ
もっと大きいものなら、もっと嫌だ
俺はゆっくり後ろへ下がる
そのとき
「グギャ?」
「…………」
声
聞いたことがあるような
いや
正確には、自分の口から出る音に似ている
「グギャ、ギ?」
茂みから何かが出てきた
緑
「…………」
俺は固まった
向こうも固まった
ゴブリン
間違いない
俺と同じような緑色の肌
小柄な身体
尖った耳
粗末な布
ただ、俺より少しがっしりしている
手には木の棒
先端を削ったようなもの
槍
というには粗末だが、武器としては俺の石よりずっとまともに見える
「…………」
「…………」
見つめ合う
昨日、人間を見つけたときのことが頭をよぎった
飛び出した
近づいた
言葉が通じなかった
攻撃された
「……今度は慎重にいこ」
俺は両手を見える位置へ出した
石は地面へ置く
敵意はない
そう示したつもりだった
相手のゴブリンが首を傾げる
「グギャ?」
その声を聞いた瞬間
頭の中に意味が入ってきた
――何してる?
「…………え?」
俺は目を見開いた
今
分かった
音は明らかに日本語ではない
でも意味が分かる
「分かるん?」
俺が喋る
口から出たのは
「ギャ、グギャ?」
それでも
相手のゴブリンは目を瞬いた
「グギャ」
――分かる
「…………」
俺は口を開けたまま固まった
「通じた……」
声が震えた
昨日
人間に何を言っても通じなかった
助けてほしいわけでもなかった
ただ、話したかった
敵じゃないと言いたかった
それすらできなかった
今
目の前のゴブリンには
俺の言葉が通じている
「ほんまに?」
「グギャ?」
――ほんまに?
相手が俺の言葉をそのまま返したような意味が伝わってくる
「いや、そうやなくて……」
俺は笑った
自分でも驚くくらい自然に
「喋れるやん」
ゴブリンはますます不思議そうな顔をした
当然だろう
こいつからすれば、同族と会話できることの何がそんなに嬉しいのか分からないはずだ
「グギャ、ギャ」
――変なやつ
「初対面でそれ言う?」
「グギャ」
――変
「二回言うな」
笑った
声はゴブリンの濁った声
相手もゴブリン
森の中
俺の身体も緑
状況だけ見れば、前世の俺なら絶対に理解できない
でも
嬉しかった
本当に
誰かと話せる
それだけで
「俺、セイジ」
自分を指す
「セイジ」
相手が繰り返す
それから自分の胸を叩いた
「ルッカ」
「ルッカ?」
「ルッカ」
名前
あるんだ
「よろしく、ルッカ」
手を出そうとして止める
握手がある文化なのか分からない
ルッカは俺の手を見る
首を傾げる
「……やっぱないか」
引っ込めようとすると
ルッカが俺の手を掴んだ
「お」
握る
かなり強い
「痛い痛い」
左手じゃなくてよかった
ルッカが離す
満足そうな顔
「握力勝負ちゃうからな」
通じているのか分からない
でもルッカは少し笑ったように見えた
俺も笑う
そのとき
ルッカの鼻が動いた
「……ん?」
くん
くんくん
俺を見る
「何?」
また鼻を動かす
俺の後ろを見る
「…………」
嫌な予感
「グギャ?」
――食べ物?
「…………」
俺は自分の身体の匂いを嗅ぐ
肉
朝食べた
「肉の匂い?」
ルッカの目が変わった
「グギャ!」
――肉!
「近い近い」
ルッカが寄ってくる
俺の周りを嗅ぐ
「ちょ、待て」
「グギャ、グギャ」
――肉、どこ
「食った」
ルッカが止まった
「…………」
「…………」
ものすごく悲しそうな顔をされた
「いや、そんな顔されても」
「グギャ……」
――肉……
「俺の朝飯やってん」
「グギャ……」
――肉……
「圧がすごいねん」
肩を落とすルッカ
分かりやすい
「食いしん坊か、お前」
意味が伝わったのかどうか
ルッカは俺の岩陰がある方向を見ている
鼻が利くのかもしれない
あそこには肉を焼いた匂いが残っている
「もうないで」
正確には、食べられる状態の肉はほとんど残っていない
昨日の場所には角ウサギの残りや狼の死体がある
でも
「あっち行ったらあかんぞ」
俺は昨日の戦闘場所の方向を指す
「狼みたいなんおったから」
ルッカの表情が変わった
「グギャ?」
短い言葉
意味としては、どこ、と伝わる
「沢の向こう」
俺が指す
ルッカは地面を見る
少し歩く
しゃがむ
「何してんの?」
返事はない
泥
草
折れた枝
そこを見ている
やがて俺を見る
「グギャ」
――こっち
「え?」
歩き出した
「いや、待て待て」
俺は石を拾い、追いかける
「どこ行くん?」
「グギャ」
――見る
「何を?」
「グギャ」
――肉
「肉なんや」
結局そこだった
でも、ルッカの動きは俺とは違った
地面を見る
枝を見る
匂いを嗅ぐ
ときどき止まる
迷わない
「森、慣れてんねんな」
ルッカは振り返る
当然だという顔
「そらそうか」
ゴブリン
この森で暮らしているなら、俺より詳しくて当然だ
少し歩いたところで、ルッカが急に腕を出した
「うわ」
止められる
「何?」
ルッカが前方を指す
俺には何も見えない
「…………?」
よく見る
木の根元
草
その奥
「あ」
何かいる
小さい
灰色
ネズミに似ている
ただ、前足が妙に長い
地面を掘っている
「グギャ」
ルッカが小声で何か言う
意味は
――食べる
「……あれ食えるん?」
ルッカが頷いた
「おお」
初めての食料情報
これは大きい
「どうやって捕るん?」
ルッカは木の槍を構えた
「ああ、そういう」
分かりやすい
灰色の生き物はまだ気づいていない
ルッカが低く姿勢を落とす
一歩
また一歩
俺は見ている
何か手伝ったほうがいいか
火弾
でも昨日みたいに外したら逃げる
ルッカの邪魔になる
俺は右手へ少しだけ魔力を集める
いつでも撃てるように
その瞬間
灰色の生き物が顔を上げた
「ギッ!」
気づいた
走る
速い
「ルッカ!」
ルッカが槍を投げる
外れた
「グギャ!」
――そっち!
「え?」
灰色の生き物が俺のほうへ走ってくる
「こっち来た!」
避ける
いや
捕まえる
右手
魔力
火弾
でも近い
撃ったら焦がしすぎるかもしれない
「どうする!」
迷った一瞬
生き物が方向を変えた
逃げる
「ルッカ!」
ルッカが走る
速い
俺より明らかに森の中の動きに慣れている
回り込む
灰色の生き物がまた方向を変える
俺の前へ
「また俺か!」
今度は迷わない
火弾
地面
生き物の進行方向へ撃つ
ぼっ
火が弾ける
「ギッ!」
驚いて急停止
横へ逃げる
そこに
ルッカ
「グギャッ!」
拾い直した槍を突く
灰色の生き物が転がった
「…………」
動かない
ルッカが慎重に近づく
槍先で触る
それから持ち上げた
「グギャ!」
――肉!
「結局それかい」
でも
俺は笑っていた
「今の、俺らで捕ったんよな?」
ルッカは首を傾げる
俺は自分を指す
ルッカを指す
最後に獲物
「二人で」
ルッカが少し考え
「グギャ」
頷いた
胸の奥が妙に温かくなった
一人ではない
昨日までは何をするにも一人だった
食べ物を探すのも
狼と戦うのも
火を起こすのも
寝床を作るのも
今は
誰かがいる
「ええな、これ」
「グギャ?」
「何でもない」
ルッカは獲物を持ち上げ、俺を見る
「グギャ」
――食べる
「はいはい」
俺たちは岩陰へ戻った
正確には、途中からルッカが先を歩いた
「なんで俺の家知ってるみたいに進むねん」
匂いなのか
足跡なのか
俺が来た道を見ているのか
分からない
でも迷わない
途中、ルッカが急に進路を変えた
「こっちちゃうで」
「グギャ」
――危ない
「危ない?」
前方を見る
何も分からない
ルッカは木の幹を指した
傷
大きな爪痕のようなもの
「…………」
俺は黙ってルッカについていった
「先生って呼ぼかな」
「グギャ?」
「何でもないです」
森に関しては、完全にルッカのほうが上だった
岩陰へ戻る
ルッカが入口を見る
「ここ、俺んち」
胸を張る
ルッカは岩陰を見る
葉っぱを見る
枝を見る
俺を見る
「……何その顔」
「グギャ」
意味は
――狭い
「知ってるわ!」
初めて来たやつに家へ文句を言われた
「昨日作ったばっかりやぞ」
「グギャ」
――狭い
「二回言うな!」
ルッカが笑った
たぶん笑った
「お前、結構言うな」
でも嫌ではなかった
むしろ
楽しい
「ほな、飯にしよか」
獲物を見る
問題
「解体できる?」
石を見せる
ルッカが石を見る
俺を見る
また石を見る
「何やねん」
ルッカが腰のあたりを探る
そこから出したのは
「……石?」
俺のものよりずっと鋭い
薄く剥がしたような石片
木の短い柄へ蔓のようなもので固定されている
「ナイフやん!」
石器だけど
俺より文明が進んでいる
「それ欲しい!」
ルッカが胸へ抱える
「グギャ!」
――だめ!
「取らへん取らへん」
でも欲しい
ものすごく欲しい
「作り方教えてくれへん?」
ルッカは分かっているのか分からないのか
とにかく獲物の処理を始めた
「おお……」
速い
昨日の俺とは全然違う
迷いがない
必要な部分を切る
皮を剥ぐ
内臓を分ける
「すご」
俺は横で見た
「そこ切るんや」
覚える
全部は無理でも
見る
ルッカは途中で俺を見る
「続けて続けて」
俺は真剣だ
「勉強中やから」
たぶん意味は伝わっていない
でもルッカはまた作業へ戻った
しばらくして肉が取れた
「昨日の俺、めちゃくちゃ無駄にしてたんやな……」
量が違う
同じくらいの大きさの獲物なら、俺が取れた肉はほんの一部だった
ルッカは使える部分をかなり残している
「師匠」
「グギャ?」
「今日から師匠って呼んでもええ?」
首を傾げられた
「ルッカでええか」
火を起こす
俺が枯れ枝を組む
ルッカが見ている
「見とけよ」
少し得意になる
右手へ魔力
火弾
ぼっ
火がつく
ルッカが飛び退いた
「グギャッ!」
「びっくりした?」
ルッカが俺と火を交互に見る
「魔法や」
手を見せる
「火弾」
ルッカの目が大きくなる
少しだけ胸を張る
「俺、メイジやから」
これは言っていい
STATUSにも書いてある
ルッカが近づく
俺の手を見る
裏返そうとする
「何もないで」
指を広げる
ルッカが触る
「くすぐったいって」
何か仕掛けがあると思っているのかもしれない
もう一度火弾を出して見せたい気もしたが
「無駄撃ちはせえへん」
昨日学んだ
魔力は有限
今朝かなり戻っていたとはいえ、使い切れば危険
ルッカはまだ俺の手を見ている
「そんな珍しいん?」
答えはよく分からない
でも興味はあるらしい
肉を焼く
今回は量が多い
枝へ刺し、火の周りへ並べる
「焦がすなよ」
ルッカが肉へ手を伸ばす
「まだ!」
手を叩く
「グギャ!」
怒られた
「生やぞ!」
また伸ばす
「待て!」
止める
「犬か!」
ルッカが俺を睨む
「いや、ごめん」
ゴブリンだった
しばらく待つ
肉の匂いが広がる
ルッカの視線が肉から一秒も離れない
「お前、ほんま食うこと好きやな」
「グギャ」
――食べる
「知ってる」
焼けた肉を一本渡す
「熱いで」
ルッカがかぶりつく
「グギャッ!」
「言うたやん!」
口を開けている
「熱いやろ」
沢の方向を指す
「水飲んでき」
でも肉は離さない
「そこまでして持つ?」
俺も一本取る
少し冷ます
「こうすんねん」
ふうふう
食べる
「うん」
昨日よりうまい
処理が違うのかもしれない
「塩欲しいな」
ルッカを見る
「塩、知ってる?」
「グギャ?」
伝わらない
「白くて、しょっぱいやつ」
「グギャ?」
「知らんか」
今度探そう
肉を食べる
ルッカは速い
「待て待て」
一本
二本
三本
「俺の分!」
慌てて確保する
ルッカが見る
「これは俺」
自分を指す
肉を指す
「俺の」
ルッカが肉を見る
俺を見る
また肉を見る
「その顔やめろ」
すごく欲しそう
「半分な」
結局分けた
「俺、甘いなあ」
でも
悪くない
誰かと食べる
前世では当たり前だったこと
同僚と昼飯を食べたり
誰かと店へ行ったり
どうでもいい話をしながら食べたり
今
隣にいるのはゴブリン
俺もゴブリン
食べているのは名前も知らない森の生き物
味付けなし
皿なし
箸なし
岩陰の前
焚き火
「……不思議やな」
ルッカが肉を食べながら俺を見る
「何でもない」
俺も食べる
昨日、一人で食べた肉より美味い気がした
食事が終わる
ルッカは満足そうに腹を撫でた
「食ったなあ」
俺より食べている
身体は少し大きいとはいえ、それでも多い
「食費かかりそうやな、お前」
何の話だ
金なんてない
そもそも一緒に暮らすわけでも
「…………」
ルッカを見る
ルッカは焚き火の前に座っている
帰る気配がない
「ルッカ」
「グギャ?」
「どこ住んでんの?」
伝わる言葉を選ぶ
「家」
岩陰を指す
「俺、ここ」
自分を指す
「ルッカ、どこ?」
ルッカが森の方向を指した
「向こう?」
頷く
「帰るん?」
ルッカが首を傾げる
「今日」
空を指す
「帰る?」
また首を傾げる
そして
岩陰へ入った
「…………」
葉っぱの上へ座る
「いやいや」
俺も入る
「そこ俺の寝るとこ」
ルッカが葉っぱを触る
横になる
「寝るな!」
目を閉じた
「早い早い!」
肩を揺する
ルッカが嫌そうに俺の手を払う
「お前んちちゃうぞ!」
ルッカが岩陰を指す
俺を指す
自分を指す
「…………」
意味は何となく分かった
「ここ、おるん?」
ルッカが頷く
「今日だけ?」
伝わらない
「……まあええか」
俺は入口に座った
昨日まで一人だった
誰かがいることを望んでいた
話せる相手がいたらいいと思った
それが現れた
想像していた形とは少し違う
いや、かなり違う
「食いしん坊で、人んち勝手に寝るゴブリンか」
「グギャ」
後ろから声
「起きてるやん」
ルッカが身体を起こす
俺の隣へ来る
二人で森を見る
風が吹く
木々が揺れる
沢の水音が遠くに聞こえる
昨日までなら
この音を聞くたびに不安になった
何かいる
何か来る
そう思っていた
今は少し違う
隣にルッカがいる
森を知っている
危険を見つけられる
俺より近くで戦える
俺には魔法がある
「相性ええんちゃう?」
「グギャ?」
「俺が火、ルッカが槍」
手で説明する
俺
火
ルッカ
槍
「二人」
ルッカは少し考えて
槍を持ち上げた
「グギャ」
俺も右手を上げる
「火弾」
ルッカが笑った
俺も笑う
そのあと、岩陰の周りを少し整えた
ルッカは森から太めの枝を持ってきた
俺は葉を集める
「何すんの?」
ルッカは入口の横へ枝を立てる
別の枝を組む
俺には意図が分からない
「これ?」
手伝おうとすると、違うと言われる
「難しいな」
ルッカが枝を組む
俺は真似する
崩れる
「…………」
ルッカが俺を見る
「何」
もう一度
崩れる
ルッカが笑う
「笑うな!」
三回目
今度は少し持った
「見たか」
すぐ崩れた
「…………」
「今のは地面が悪い」
完全に言い訳だった
ルッカがまた笑う
「お前、初対面の相手に遠慮ないな」
でも
俺も笑った
何を作っているのか、最後までよく分からなかった
入口の横に枝をまとめただけにも見える
ただ、ルッカは満足そうだった
「まあ、ええか」
日が傾き始める
昨日と同じように森の光が弱くなる
俺は沢へ行って水を飲んだ
ルッカもついてくる
傷を洗う
ルッカが左腕を見る
「昨日噛まれてん」
牙の真似
腕を指す
ルッカの表情が少し変わる
「大丈夫や」
たぶん
根拠はない
でもそう言った
ルッカが傷を見る
周囲を見る
森へ入ろうとする
「どこ行くん?」
「グギャ」
意味がうまく取れない
何かを探す
そんな感じ
「暗なるで」
ルッカは少し先まで行き、草を何本か抜いて戻ってきた
「何それ」
細長い葉
俺にはただの草にしか見えない
ルッカがそれを石の上へ置く
別の石で潰す
青臭い匂い
「……薬?」
ルッカは答えず、潰した草を指に取った
「待て待て」
俺の腕へ
「それ塗るん?」
ルッカが頷く
「大丈夫なん?」
当然返事は
「グギャ」
――大丈夫
ほんまか
でもルッカは森を知っている
俺よりは信用できる
「……頼むわ」
布を外す
傷へ草を当てる
「っ!」
しみる
「痛い痛い!」
ルッカが押さえる
「痛いって!」
逃げようとする
腕を掴まれる
「力強っ!」
草を塗られる
涙が出そう
「お前、治療に優しさないんか!」
終わった
布を巻く
ルッカが結ぶ
俺より上手い
「…………」
少し悔しい
「何でもできるやん、お前」
ルッカは得意そう
「魔法は俺のほうが上やからな」
張り合うところではない
岩陰へ戻る
焚き火
今夜も火をつける
ルッカはもう驚かなかった
むしろ火弾を出す俺の手をじっと見ている
「教えられるんかな」
魔法
俺自身、どう覚えたのか分からない
最初から《火弾》だけ使えた
だから教え方も分からない
「そのうちな」
夜
二人で焚き火の前に座る
会話はまだ難しい
通じる
でも俺の知っている日本語を、そのまま全部理解してくれるわけではない
単純な意味は伝わる
知らない概念は伝わりにくい
それでも
「ルッカ」
「グギャ?」
「俺な」
自分を指す
「ここ、知らんねん」
森を指す
首を振る
「何も」
ルッカが俺を見る
「昨日……」
昨日という言葉が伝わるか分からない
地面を指す
寝る真似
起きる
「ここで起きた」
ルッカは首を傾げる
「それまで、別のとこ」
遠くを指す
人間だった
大阪にいた
仕事をしていた
死んだ
転生した
そんな話をしても、きっと伝わらない
俺自身ですら整理できていない
「一人やった」
これは伝わったらしい
ルッカの表情が少し変わった
「昨日から、ずっと一人」
人差し指を一本立てる
そしてルッカを見る
「今日、二人」
二本
ルッカが俺の指を見る
自分の指を二本立てる
「そう」
俺は笑った
「二人」
ルッカも笑った
たったそれだけ
でも
胸の奥に何かが広がった
前世で、当たり前だと思っていたもの
誰かと飯を食う
誰かと話す
くだらないことで笑う
帰ったら誰かがいる
そんなものが
今は、とても大きく感じる
「……居場所って、こういうとこからできるんかな」
「グギャ?」
「難しい話」
ルッカは分からなそうな顔をした
「ええねん」
火を見る
ぱちり
枝が弾ける
昨日と同じ火
同じ森
同じ岩陰
なのに
昨日とは違う
夜の音が、少しだけ怖くない
「寝よか」
岩陰へ入る
問題
「…………」
狭い
昨日は一人でちょうどよかった
今日は二人
「ルッカ」
「グギャ?」
「お前、そっち」
端を指す
ルッカが横になる
「俺こっち」
俺も横になる
肩が当たる
「狭っ」
ルッカが俺を押す
「押すな!」
押し返す
ルッカが押す
「お前の家ちゃうからな!」
さらに押される
「俺が家主やぞ!」
家賃も契約もない
そもそも家ですらない
それでも押し合う
最後は二人とも疲れて止まった
「……明日、広げよか」
岩は広げられない
「別の寝床作るしかないな」
ルッカはもう目を閉じている
「寝るん早いな」
返事なし
「……ほんまに寝た?」
静か
俺も目を閉じる
左腕はまだ痛い
明日、傷がどうなっているか分からない
食料も安定していない
道具も足りない
世界のことも知らない
人間とは話せない
なぜ転生したのかも分からない
問題だらけ
でも
「まあ……昨日よりええか」
昨日は一人だった
今日は二人
食べ物を一緒に捕った
飯を分けた
笑った
傷に薬らしい草まで塗ってもらった
「ルッカ」
小さく呼ぶ
「…………」
返事はない
「ありがとな」
たぶん聞いていない
それでいい
俺は少し身体を丸めた
すぐ隣から、誰かの寝息が聞こえる
森の中で初めて聞く
自分以外の
安心できる音だった
異世界へ来て二度目の夜
俺の岩陰暮らしは
一人暮らしから、二人暮らしになった




