進化した身体で暮らす
第37回 進化した身体で暮らす
目を覚ましたとき、最初に感じたのは、身体のどこにも強く当たっている場所がないことだった
仰向けになっても脚が窮屈ではなく、横を向いても肩が壁へぶつからない
ローデンに手伝ってもらって広げた寝床は、昨日より少しだけ馴染んで見えた
進化して身体が大きくなってから、岩陰拠点の中で何度か頭をぶつけそうになり、寝るときも以前の感覚で身体を丸めてしまっていたが、入口も寝床も直してもらったことで、ようやくここが今の自分の身体に合った家になりつつある
俺は上半身を起こし、隣を見る
ルッカはまだ寝床の端で丸くなっていた
拠点を広げても、ルッカまで大きくなったわけではない
昨日ローデンが棚を全部高い位置へ移さず、ルッカが使う物はこれまでと同じ高さに残してくれた理由が、朝になって改めてよく分かった
「俺だけに合わせたらあかんもんな」
小さく呟きながら立ち上がり、入口へ向かう
以前ならほとんど気にせず通れた場所だったが、進化直後は深く身体を屈めなければ肩が引っかかりそうになっていた
今は少し頭を下げればいい
外へ出ると、朝の森の冷たい空気が顔に触れた
大きく息を吸って肩を回してみる
右、左、前、後ろ
腕を上げても、あの防衛戦で傷めた肩に強い痛みはない
赤みもかなり引いているはずで、普通に生活している分には意識することも減っていた
とはいえ、自分で問題ないと思うことと、実際に治っていることは同じではない
今日はエナに見てもらう予定だった
「んー……腹減ったな」
肩より先に訴えてきたのは腹だった
進化してから、これも分かりやすく変わっている
岩陰拠点へ戻り、保存してある食べ物を確認する
以前と同じ感覚で自分の分を取り出してみたところで、俺は手を止めた
「これ、足りへんな」
昨日も同じことを思った
その前も思った
偶然ではないらしい
身体が大きくなった分、食べる量も増えている
以前ならそれなりに腹が満たされた量でも、今では食事を終えたあとに少し物足りなさが残った
だからといって好きなだけ食べればいいわけではない
森で暮らす以上、保存している食料には限りがあり、次に何が取れるかも毎回同じではない
自分が大きくなったせいで、二人分の食料が思ったより早く減りました、では笑えない
「強くなったら食費も上がるんか……」
「セイジ?」
「あ、おはよう」
いつの間にか起きていたルッカが、寝床からこちらを見ていた
俺の手元と食料を見比べ、それから自分の腹に手を当てる
「ごはん?」
「そうそう、今作るわ」
ルッカの分は今までと大きく変わらない
変わったのは自分の方だ
朝食の支度をしながら、俺は以前より大きくなった手で器を持ち上げる
力そのものは明らかに増えている
けれど、器まで丈夫になったわけではない
進化して最初の頃は、無意識に強く掴みすぎないよう注意する必要があった
今ではそこまで意識しなくても扱えるが、力を入れれば簡単に壊せそうな感覚は残っている
筋力が上がれば何でも楽になると思っていたが、暮らしの中では強すぎても困るらしい
食事を終える頃には、ルッカがじっとこちらの器を見ていた
「多い」
「やっぱ分かる?」
ルッカが頷く
「セイジ、大きい、いっぱい食べる」
「そういうことやな」
言葉にすると、あまりにも単純だった
身体が大きいから、いっぱい食べる
そのままである
ただ、以前の自分と比べれば変化は大きい
食料の持ち方も少し考えた方がいいかもしれない
外へ出る準備を始め、いつも使う荷物をまとめる
今日は第二水場へ行き、エナに肩を見てもらったあと、ルッカと周辺を確認する予定だ
食料、水を入れる容器、必要な小物をまとめ、ついでに第二水場へ持っていく物も一つの束にする
持ち上げた瞬間、俺は思わず束を見下ろした
「軽っ」
「?」
「いや、これ前やったら両手で持ってた気がするんやけど」
片腕でも持てる
持てるというより、まだ余裕がある
もちろん本当に重い物なら話は別だろうが、日常的に運んでいた程度の荷物なら明らかに楽になっている
ルッカが近づき、荷物の端を持とうとする
「手伝う」
「いや、今日はええよ、これくらいやったら全然――」
そこまで言って、俺は止まった
ルッカが手伝えるのに、自分が強くなったからという理由だけで全部取り上げる必要はない
それに、森で何が起きるか分からない以上、一人だけが荷物を抱え込むのも良くない
「じゃあ、そっちの小さい方頼むわ」
「うん」
ルッカはいつも通りの顔で小さな荷物を背負った
こういうところも変わらない
俺がゴブリンメイジからホブゴブリンメイジになろうが、身体が大きくなろうが、ルッカにとっては一緒に暮らす相棒が少し大きくなっただけらしい
二人で岩陰拠点を出る
歩き始めてすぐ、別の変化にも気づいた
同じ道なのに、進み方が違う
一歩が大きい
以前の感覚で歩いているだけなのに、木から木までの距離が短く感じられる
少し調子に乗って歩いていると、後ろから声が飛んできた
「セイジ」
「ん?」
「はやい」
「あ」
振り返ると、ルッカが少し離れたところからこちらを見ている
「ごめんごめん」
進化前なら自然に並んで歩いていた速度だった
今の身体では同じ足運びでも距離が伸びる
俺は歩幅を少し狭くした
「これも慣れなあかんなぁ」
「大きいから?」
「そう、大きいから」
朝食の話と同じ答えだった
ルッカが少し笑った
二人で歩くなら、自分一人が早く進めても意味はない
森の経路を選ぶのはルッカの方が上手く、足跡や折れた枝、地面の状態を読む力も俺よりずっと優れている
身体が大きくなったからといって、その役割まで変わるわけではなかった
第二水場へ近づくにつれて、見慣れた痕跡が増えていく
人が通った跡、踏み固められた地面、置かれている物
最初に見つけた頃と比べれば、この場所には確実に人の手が入っていた
それでも村ではない
店もなければ、宿もない
ここに住んでいる者がいるわけでもない
あくまで森の中にある、みんなが使う場所だ
「おはよう」
先に来ていたエナが二人へ声をかけた
「おはよう、エナ」
「おはよう」
俺が荷物を下ろすと、エナは挨拶より先に肩へ目を向けた
そうなるだろうと思っていた
「肩、見せて」
「はい」
上着をずらし、傷めた側の肩を見せる
エナはまず外から状態を見て、そのあと周囲へ触れながら確認していく
「ここは?」
「大丈夫」
「ここ」
「そこも痛くない」
「腕、上げて」
言われた通り、ゆっくり腕を上げる
真上まで上げても問題ない
横へ開き、後ろへ回し、何度か動かす
エナはその様子をじっと見ていた
「前よりずっといい」
「やっぱり?」
「うん、赤いのもほとんどないし、動かして痛くないならかなり良くなってると思う」
「ほな、もう治った?」
そう聞くと、エナはすぐには頷かなかった
「無理して大丈夫って決めなくていい、しばらく普通に動かして、痛くなったり変になったら言って」
「了解」
その返事に、俺は少し安心した
自分なら、腕が動く、痛くない、だったら治った、で終わらせてしまいそうだ
けれどエナはそうしない
治すことについては、エナの判断を聞いた方がいい
「《治癒》も、何でもすぐ使えばええってわけちゃうよな」
「うん、傷があるなら先にどんな傷か見た方がいい」
「俺、自分で治せるようになってから、ちょっとその辺雑になってたかもしれん」
「セイジの《治癒》は便利だけど、分からない傷まで分かったことにはならないから」
「そこやな」
魔法が使えることと、治療が分かることは別だ
治癒魔法を持っているからといって、急に身体の中まで何でも理解できるようになったわけではない
傷の状態を見るのはエナの方が上手い
自分にできるのは、エナの判断と自分の《魔力制御》を合わせて、必要な場所へ必要なだけ《治癒》を使うことだろう
「また何かあったら頼むわ」
「何もない方がいい」
「それはほんまにそう」
エナが少し呆れたように笑った
肩の確認が終わったところで、俺は持ってきた荷物を第二水場の備品が置かれている場所へ運ぶ
そこで、別の問題に気づいた
「……増えたな」
前から置いてあった物に加え、布や縄、小さな容器、簡単な道具などが少しずつ増えている
使う人が増えれば、必要な物も増える
それ自体はいいことだった
ただし、置く場所は増えていない
濡らしたくない物は岩陰へ寄せ、汚したくない物は布を敷いた上へまとめ、すぐ使う物とそうでない物を何となく分けているだけだ
今のところ大きな問題は起きていないが、雨が続けば困るだろうし、誰かが急いで使ったあと適当に戻せば、どこに何があるか分からなくなる
ルッカも荷物を置き、並んでいる物を見回した
「いっぱい」
「なぁ、これそろそろちゃんと置く場所いるよな」
「置く場所?」
「雨に濡れへんようにして、使った物を戻せる場所」
俺は周囲を見る
岩陰拠点なら、自分とルッカの暮らしに必要な物だけ考えればいい
だがここは違う
エナが使う物もあれば、ローデンが作業するときに必要な物もある
ダリオが安全確認のために置いておきたい物が出てくるかもしれない
人が使う場所になればなるほど、物も増える
「地面にそのまま置き続けるんは無理やな」
「ローデンに聞く?」
「うん、それが一番やな」
作るなら、構造を考えるのはローデンだ
俺が土魔法を使えるからといって、適当に壁を作れば建物になるわけではない
何をどこへ置くのか、雨をどう避けるのか、地面をどうするのか
その辺りは任せた方がいい
「今日は周り見てくるんでしょ?」
エナに言われ、俺は頷いた
「そうそう、こっちはルッカと一周見てくる、何もなかったら昼くらいには戻ると思う」
「分かった、無理しないで」
「肩もな」
「肩だけじゃなくて」
「はい」
釘を刺された
ルッカが笑っている
「笑うとこちゃうで」
「セイジ、怒られた」
「怒られてへん、注意されたんや」
「同じ」
「ちゃうわ」
そんな話をしながら、二人は第二水場を離れた
ここから先は普段使う場所の周辺確認になる
ルッカが少し前を歩き、地面や木々の様子を見る
俺は歩幅を合わせながら《魔力感知》を広げた
進化してから、魔力そのものの余裕が増している
以前と同じように感知を続けていても、疲れ方が違う
ただ、広げれば広げるほど良いわけではない
遠くまで無理に拾おうとすれば、その分だけ細かい違いが分かりにくくなる
だから今日は、第二水場を中心に、生活圏へ入ってくるものを見落とさない程度の範囲へ絞っていた
「こっちは?」
「大丈夫」
ルッカが地面を見ながら答える
「古い足跡、昨日より前」
「何の?」
「小さいの、危なくない」
「じゃあそのままでええな」
森にいる生き物を全部追い払う必要はない
危険なものが第二水場の近くへ来ていないか、それを確認するのが目的だ
何もないなら、それが一番いい
しばらく進んだところで、ルッカが急に足を止めた
俺も止まる
声をかける前に、ルッカが片手を上げた
地面へしゃがみ、指先で土をなぞる
「新しい」
「危ない方?」
「たぶん」
俺は周囲へ意識を向ける
木々の間、茂みの奥、そのさらに向こう
《魔力感知》へ小さく引っかかるものがあった
一つ
大きすぎない
だが、覚えがある
「おるな」
ルッカも頷いた
姿が見えるより先に、向こうがこちらへ気づいたらしい
茂みが揺れた
現れたのは、これまでにも何度か見たことのある捕食魔物だった
小型と呼ぶには少し大きく、中型と呼ぶにはそこまでではない
低い姿勢から一気に距離を詰めるタイプで、牙と前脚に注意しなければならない
進化する前なら、ルッカに相手の動きを見てもらいながら距離を取り、《風圧》で勢いをずらすか進路を崩し、確実に《火弾》を当てられる位置を作る必要があった
一発外せば、そのぶん距離を詰められる
だから先に位置を取り、逃げ道を確認し、複数の手順を重ねて倒していた相手だ
魔物が低く身を沈める
「ルッカ、下がって」
「うん」
短い返事とともにルッカが斜め後ろへ動く
俺も無理に前へ出ない
ただし、以前のように《風圧》を準備することもしなかった
右手を向ける
「《火弾》」
炎が生まれる
いつもの《火弾》より、明らかに大きい
進化後の魔力をそのまま押し込むのではなく、《魔力制御》で一発へ集める
小さくするのとは逆だ
抑えるのではなく、必要なところまで上げる
魔物が地面を蹴った
俺はその動きを見てから撃った
高出力の《火弾》が正面から直撃する
鈍い衝撃音とともに魔物の身体が弾かれ、勢いを失ったまま地面へ倒れた
そのまま動かない
俺は右手を下ろさず、少し待った
ルッカもすぐには近づかない
二人で様子を見てから、ルッカが先に周囲を確認する
「もういない」
「こいつだけ?」
「うん」
「そっちは任せる」
ルッカが周囲の痕跡を確認している間に、俺は倒れた魔物へ目を向けた
「……一発か」
自分で撃ったのに、少し驚いた
以前なら倒せなかった相手ではない
ちゃんと準備して戦えば勝てた
だから強敵を倒したという感覚ではなかった
違うのは、そこへ至るまでの手間だ
位置を変える必要もなかった
《風圧》も使っていない
二発目の《火弾》も必要なかった
相手が突っ込んでくる前に、高い威力の一発を当てただけだ
「前より、強い」
戻ってきたルッカが言った
「うん、これは分かりやすいな」
自分でもそう思う
進化したあと、STATUSのLEVELは1へ戻った
最初に数字を見たときは、妙な感じがした
LEVEL10まで上げて進化したのに、また1
けれど、身体も魔力も前へ戻ったわけではない
むしろ明らかに強くなっている
「LEVEL1やのにな」
「れべる?」
「また一からって意味やったと思うけど、弱くなったって意味ちゃうみたいやな」
進化前のLEVEL1と、今のLEVEL1は同じではない
そのことは身体の変化でも分かっていたが、実戦ではさらに明確だった
俺は周囲に火が残っていないことを確認し、改めて右手を見る
今の《火弾》はかなり強かった
だが、いつもあれを撃つ必要はない
例えば、相手を牽制するだけならもっと小さくていい
普通に戦うなら、以前から使ってきた程度の出力で十分な場面もある
そして今みたいに、一撃で終わらせた方が安全な相手なら強くする
「小さいのと、普通のと、でかいの……ちゃんと使い分けた方がええな」
「火?」
「そう、火」
ルッカが倒れた魔物と俺の手を交互に見る
「今の、大きい」
「大きいやつやな、毎回これやったら森まで燃やしそうやし」
強くなったからといって、常に最大の威力を出せばいいわけではない
むしろ、強くなったからこそ調整が必要になる
器を持つときと同じだ
力があることと、全部の力を使うことは違う
俺は小さく息を吐いた
「なんか進化してから、強くするより弱くする方が大事なときも増えた気するわ」
「弱くする?」
「必要な分だけ使うってこと」
説明しながら、自分でも納得する
《魔力制御》を得たときから、その考え方は少しずつ身についていた
今の身体になって、さらに重要になっただけだ
その後も二人で周辺を確認したが、ほかに危険な痕跡は見つからなかった
今回の一体についても、それだけで森の異変と結びつける理由はない
この辺りまで来ることが絶対にない魔物ではないし、一体だけなら普通の移動かもしれない
変に意味を付けるより、事実だけ覚えておけばいい
「戻ろうか」
「うん」
第二水場へ戻る途中、俺は身体の軽さを改めて感じていた
戦ったあとでも息がほとんど乱れていない
荷物を持って歩くのも楽で、少し足場の悪いところを越えるときも、以前より身体を支えやすい
ただし、自分の歩幅に任せて進むとまたルッカを置いていきそうになるので、そこだけは意識して合わせる
第二水場へ戻ると、エナがすぐ二人へ目を向けた
「何かあった?」
「一体だけ、前にも見たことあるやつがおった」
「怪我は?」
「なし、ルッカも大丈夫」
「うん」
ルッカも頷く
エナは二人の様子を見て、本当に怪我がないと分かるとようやく力を抜いた
「倒したの?」
「倒した、思ったよりあっさり」
「進化したから?」
「たぶん、それが大きいと思う」
俺はさっきの戦いを簡単に説明する
前ならいくつか魔法を使い、相手の動きを崩しながら戦っていたこと
今回は高出力の《火弾》一発で終わったこと
エナは魔法そのものより、二人に怪我がなかった点へ安心したようだった
「強くなったのはいいけど、無理はしないでね」
「分かってるって」
言いながら、俺は少しだけ視線を逸らした
「セイジ?」
「分かってます」
朝から二度目である
ルッカがまた笑った
昼の休憩を取りながら、俺は第二水場の備品を改めて整理した
使う頻度が高い物を手前へ寄せ、濡らしたくない物を奥へ置く
大きな荷物を動かす作業は、以前よりはるかに楽だった
一度持ち上げてしまえば、そのまま位置を変えられる
「これくらいなら一人でも動かせるな」
そう言ったところで、朝と同じことを思い出す
一人でできるから、一人で全部やる必要はない
第二水場は自分の家ではない
みんなで使う場所だ
「でも置き方は勝手に決めん方がええな」
「ローデン」
「そうそう、ちゃんと作るならローデンやな」
今ある物を雨から守れて、必要なときに取り出せる場所
大きな建物でなくてもいい
道具を置くための小さな場所だけでも、今よりずっと使いやすくなるだろう
地面の水はけを良くするなら《土成形》と《土締め》も使える
建て方はローデンに任せ、自分は魔法で手伝う
それなら役割も分かりやすい
「次会ったら聞いてみよ」
「うん」
休憩を終えたあと、俺はふと思い出してSTATUSを開いた
戦いのあとに確認する癖は、進化しても残っている
表示された内容へ目を通し、LEVELの欄で視線が止まった
「お」
「どうした?」
「上がってる」
LEVEL2
それ以外に目立った変化はない
能力の表示も、SKILLもそのままだ
TITLEも増えていない
ただ、LEVELだけが1から2へ変わっている
「また上がり始めたんやな」
進化したことで一度LEVEL1へ戻った
そして、今また2へ上がった
奇妙な感覚より、今度は楽しさの方が大きかった
「またここから育つんやな」
LEVELを上げるためだけに魔物を探して歩くつもりはない
それはこれまでと同じだ
けれど生活して、必要なときに戦って、その結果として強くなっていくなら悪くない
守れる範囲が少しずつ広がるなら、それは素直に嬉しかった
夕方が近づき、二人は岩陰拠点へ戻ることにした
来たときより荷物は少ない
それでも歩きながら、朝から確認した変化が頭の中へ次々と浮かんでくる
食べる量が増えた
一歩が大きくなった
荷物が軽く感じる
重い物を動かすのが楽になった
以前ならいくつかの手順が必要だった魔物を、《火弾》一発で倒せるようになった
その一方で、器を持つときは力を抑え、ルッカと歩くときは歩幅を合わせ、《火弾》も毎回最大威力で撃つわけにはいかない
強くなるというのは、ただできることが増えるだけではないらしい
使い方を覚えることまで含めて、ようやく自分の力になる
岩陰拠点へ戻ると、俺は荷物を棚へ置いた
高い位置にある自分用の棚へ手を伸ばす
進化前なら少し背伸びしたかもしれない高さへ、今では普通に届く
反対側には、ルッカが使う低い棚が残っている
その二つを見比べて、俺は少し笑った
「やっぱ家って、使うやつに合わせるんやな」
「?」
「なんでもない」
夕食の支度を始める
朝より手際よく、今の自分が食べる量を考えて取り分ける
ルッカの分まで増やさないように気をつけながら、自分の分だけ少し多くする
こういう小さな変化にも、そのうち慣れるだろう
火を使う準備をしながら、俺は右手へほんのわずかに魔力を集めた
戦ったときのような高出力はいらない
ほんの少しでいい
《魔力制御》で出力を絞り、小さな《火弾》を作る
大きさも熱も、戦闘で使うものとは比べものにならない
それで火をつける
「……これでええやん」
朝から何度も感じたことが、一つにつながった気がした
大きくできる
小さくもできる
必要な分だけ使えばいい
戦うときだけではない
荷物を運ぶのが楽になったなら、もっと生活の作業にも使えるかもしれない
土を動かせる
水を出せる
風も使える
火も使える
今までも全部持っていたのに、危険な場面や必要に迫られたときばかり考えていた
進化して強くなったことで、むしろ余裕ができたのかもしれない
俺は火のそばに置いた水の容器へ目を向けた
「なぁ、ルッカ」
「なに?」
「俺、強くなったやん」
「うん」
「強くなった分、暮らしの方も楽にできへんかな」
ルッカは少し考え、それから首を傾げた
俺もまだ具体的な答えを持っているわけではない
ただ、水も出せて、火も使えて、風も土も使える
戦うために覚えた魔法ばかりではない
使い方次第では、毎日の面倒なことを減らせるはずだ
高出力の《火弾》一発で魔物を倒せたことより、その考えの方が少しだけわくわくした
「まあ、明日から考えてみるか」
「うん」
ルッカの返事を聞きながら、俺は夕食の続きを始めた
進化して変わった身体での暮らしは、まだ始まったばかりだった




