帰る場所は変わらない
第36回 帰る場所は変わらない
翌朝、岩陰拠点の入口から聞こえてきた木を引きずる音で目が覚めた
昨日までならルッカが何か大きな獲物でも運んできたのかと考えたかもしれないが、今日は心当たりがある
寝床から体を起こし、まだ慣れない長い脚を引き寄せるようにして立つと、入口の向こうからローデンの声がした
「起きてるか」
「今起きたとこや」
返事をしてから、頭をぶつけないよう意識して身を屈める
昨日一日でだいぶ覚えたつもりだったが、何も考えずに歩けば今でも以前の高さで動こうとしてしまう
入口を抜けると、ローデンが長い木材を二本、その後ろに短い板や縄をまとめて置いていた
一人で運んできたらしい量を見て、思わず感心する
「朝から元気やな」
「直すって言っただろ」
「言うたけど、もっとゆっくり来ると思ってた」
「第二水場もある」
その一言で納得した
俺の家だけではない
第二水場もまだ直すところが多い
今日一日で全部終わるとは思えないが、できるところから進めるつもりらしい
ルッカも少し遅れて起きてきて、木材を見た瞬間に俺ではなくローデンを見る
「家、広くなる?」
「少しな」
「肉置く場所」
「増やさんでええから」
俺がすぐ止めると、ローデンが真顔で棚の方を見る
「増やす余地はある」
「乗らんでええねん」
「保存食が増えるなら棚はあった方がいい」
「それは正論やけど、こいつの目的は食う肉増やすことやから」
ルッカは否定しなかった
進化してから食事量が少し増えた俺と、元からよく食うルッカ
収納を増やす理由としては、たぶん以前より正しい
朝食を簡単に済ませてから、三人で岩陰拠点の中を見る
昨日ローデンが印を付けていった場所から作業開始
最優先は入口だった
岩そのものを大きく削るのは難しいが、入口周辺に組んでいた木材と土の位置を変えれば、俺が毎回深く屈まなくても通れる程度には広げられるという
「ここ外すぞ」
「俺持つ?」
「端だけ」
「前より力あるで」
「分かってる、でも全部任せるとは言ってない」
進化前ならローデン一人へ任せるしかなかった木材の片側を持つ
重い
それでも持てる
筋力F+
たったプラス一つでも、以前との違いははっきり分かる
「いける?」
ルッカが聞く
「いけるいける」
数歩運び、指定された場所へ下ろす
腕に重さは残るが、前みたいに持ち上げた瞬間から無理だと感じるほどではない
「俺、成長したなあ」
「まだ一本だ」
「褒めてくれてもええやろ」
「昨日褒めただろ」
「いつ?」
「前よりましだって言った」
「それ褒めてたん?」
ローデンにとっては褒め言葉だったらしい
次に入口下部の土を少し削る
《土成形》
以前より魔力が強くなった分、最初から大きく動かさないよう《魔力制御》で範囲を絞る
必要な場所だけ
木材を置き直す分だけ
土がゆっくり形を変える
ローデンが横から見て、そこで止めろと手を上げる
止める
「ちょうどいい」
「最近この言葉嬉しいわ」
「何が」
「ちょうどいいって言われるの」
《魔力制御》を覚える前は、魔法を強くすることの方が成長だと思っていた
でも今は、必要なところで止められる方が気持ちいい
広げすぎない
使いすぎない
後で困らない
それが生活でも戦闘でも同じだと分かってきた
入口上部の木枠を少しずらし、支える部分を《土締め》で固定する
作業が終わり、一度外へ出てから普通に戻ってみる
昨日までなら頭をかなり下げていた場所を、今日は軽く屈むだけで通れた
「おお」
もう一度出る
入る
「ええやん」
ルッカも後ろから通る
当然、ルッカには以前とほとんど変わらない
「ルッカも大丈夫?」
「うん」
「なら入口はこれでええな」
全部を俺に合わせない
それは昨日決めた
家は俺とルッカの家だから、二人とも使えることが大事
次は寝床
今までの幅を少し広げ、壁際へ寄せていた荷物の位置を変える
追加する材料は少ない
空間の使い方を変えるだけでもかなり違う
「ここまで広げる?」
俺が聞く
ローデンは俺が横になったときの長さを見て、少し先を指す
「もう少し」
「そんな要る?」
「また伸びるかもしれん」
「縁起でもないこと言うな」
「次の進化があるんだろ」
「あるか分からんって」
昨日もその話をした
ホブゴブリンメイジが途中なのか、これが最終形なのか
STATUSには何も出ていない
今考えても答えは出ない
「次あったらそのときまた直せばええ」
「その方が仕事増える」
「嫌なん?」
「嫌とは言ってない」
ローデンが少し笑う
仕事が増えるのを嫌がっているようで、実際は楽しんでいるのかもしれない
寝床の下を《土締め》で少し固め、低かった一部を《土成形》で均す
木と布を置き直すと、昨日までより明らかに広い
横になる
脚が端へ当たらない
肩にも余裕がある
「最高や」
「昨日までそれで寝てた」
「体変わったら感覚も変わんねん」
ルッカも隣へ寝転ぶ
二人分の余裕は十分にある
「広い」
「せやろ」
「肉も置ける」
「寝床に肉置くな」
次は棚
ここは全部高くせず、一部だけ変更する
上段は俺が使いやすい高さ、下段はルッカが使いやすい高さ
食料、薬草、縄、水を入れる器、地図
それぞれ場所を分ける
以前より物が増えた
最初の頃なんて、持っているもの自体が少なかった
火と水と食料、それに寝る場所
それだけあれば十分だった
今は違う
保存食、薬草、布、縄、地図、簡単な道具、交換用に取っておくもの、人間側からもらったもの
少しずつ増えている
「物増えたな」
俺が棚を見ながら言う
ローデンも頷く
「前より家らしい」
「最初知らんやろ」
「話は聞いてる」
「最初は岩陰やで、ほんまに」
「今も岩陰」
ルッカが言う
「そこは変わってへんな」
岩陰
でも家
屋根を直し、床を整え、棚を作り、入口を直して、今また体に合わせて広げる
同じ場所なのに、俺たちと一緒に少しずつ変わっている
調理場所も少し手を入れる
進化後の俺がしゃがんだとき、火に近づきすぎないよう石の位置を変え、器を置く台を少し高くする
以前からあった低出力魔法の練習場所も、体が大きくなった分だけ立つ位置をずらす
ただし拡張しすぎない
家の中で強い魔法を試すつもりはない
「これで一通りか」
ローデンが全体を見る
「めっちゃ住みやすなった」
「まだ細かいところはある」
「十分十分」
入口を普通に通れる
寝床で脚を伸ばせる
棚が使いやすい
それだけでかなり違う
「ありがとな」
「第二水場で返せ」
「結局働くんやな」
「当たり前だ」
昼前には岩陰拠点の改修を一旦終え、俺たちは第二水場へ向かう
道中、新しい身体にもかなり慣れてきた
低い枝は自然に避けられるようになり、歩幅も一定になっている
ルッカとの差はまだある
森の中ではあいつの方がずっと滑らか
でも俺自身の違和感は減った
《魔力感知》を短い範囲で使う
強い反応なし
危険なし
そのまま第二水場へ着くと、昨日以上に人がいた
「……多ない?」
俺が思わず立ち止まる
十人はいない
でも以前なら二人か三人いれば多いと感じた場所だ
今日は村人が数人
ダリオ、エナ、ミラ
さらに見覚えのある人が二人
一人は水を汲み、一人は壊れた長椅子を直すのを手伝い、別の人は縄を持ってきていた
「店みたい」
ルッカが言う
「まだ店ちゃうで」
前にも似たことを思った
人が集まり、物があり、話をする
でも売る場所ではない
宿でもない
村でもない
第二水場
休憩所
みんなの場所
そのままでいい
俺たちに気づいたミラが手を上げる
「おはよう」
「おはようさん」
昨日村で会った人もいる
俺を見て少し驚く人もいるが、昨日より反応は軽い
一人が普通に手を上げてくる
俺も返す
セイジがいる
そのこと自体へ毎回大きく反応しない人が少しずつ増えている
進化したばかりなのに、それが嬉しい
「家どうだった?」
ミラが聞く
「広なった」
「頭?」
「もうぶつけへん」
「たぶん」
ローデンが横から付け加える
「たぶん要らんやろ」
「お前なら忘れそうだ」
「信用低いな」
エナは俺を見るなり、また肩へ視線を向ける
「痛い?」
「ほぼない」
「後で見る」
「まだ見るん?」
「見る」
「はい」
もう諦める
第二水場の修復は、俺たちが来る前からかなり進んでいた
傾いていた簡易屋根は支柱を仮固定済み
長椅子は割れた部分を外し、新しい木材を当てる準備中
倒木を使った障害物は、戦闘前より位置を少し変えるらしい
実際の防衛戦で使ったことで、どこが役立ち、どこが壊れやすかったか分かった
「ここは前より外へ出す」
ダリオが地面を指す
「何で?」
「第二水場に近すぎた」
「突破されたらすぐ中やったもんな」
「もう少し手前で進路を変えたい」
「でも人の道は空ける?」
「ああ」
方針は同じ
要塞にはしない
人間側への逃げ道は絶対に塞がない
森側から真っ直ぐ突っ込めないようにして、数秒でも時間を稼ぐ
それだけでいい
俺はローデンと一緒に土を使う
《土成形》で倒木を置く場所を整え、《土締め》で一部だけ固定する
進化後はMP D、魔力D
使い始めた頃よりずっと魔力は増えている
でも今日はそれを意識する時間が少ない
ここを少し
次はそこ
ローデンが言い、俺が土を動かして必要な量で止める
魔法を使っているというより、道具を使っている感覚に近い
「そこもう少し」
「これくらい?」
「あと少し」
《土成形》
「止め」
止める
「はい次」
「扱い雑なってへん?」
「できるの知ってるからだ」
それはちょっと嬉しい
少し離れたところではエナが簡易屋根の下を整理している
応急処置用の布、水、薬草
前回置いていたものを、戦闘時に取りやすい位置へ変えるらしい
「そこに置きっぱなしでええん?」
俺が聞く
「食べ物じゃない」
「湿気は?」
「全部じゃない」
必要最低限
濡れて困るものや傷みやすいものは置かない
布も全部常備ではなく、一部だけ
前に決めた通り、食料を大量に置けば動物や魔物を呼ぶかもしれないから、食べ物は常設しない
その方針は変えない
ただ、縄、布、空の水容器、修理用の簡単な道具
そういうものなら少し置いてもいいのではないかという話になる
「棚いる?」
俺がローデンへ聞く
「屋根の下に一段だけなら」
「第二水場にも棚か」
「家ほどはいらない」
「そらそうや」
ここを家にはしない
長く住む場所でもない
必要なものだけ
それでも前より増える
物も、人も、役割も
昼になる頃には長椅子の修理が終わった
俺が座る
進化して体が大きくなったが、普通に座れる
人間用の高さに近づいたからか、むしろ以前より自然かもしれない
「前より座りやすい」
ミラが隣に座る
「大きくなったから?」
「たぶん」
「ルッカは?」
ルッカも座る
脚が少し浮く
「普通」
「ならええか」
全員同じ体格ではない
全員に完璧に合う椅子なんて無理だ
使えればいい
昼食は第二水場で取る
人が持ってきたパン、俺たちの干し肉、木の実、少しの干し果物
誰がどれを出したのか分からなくなりかける
「交換?」
俺が聞くと、ミラが笑う
「今日は一緒に食べる」
「ほな俺の肉も出すわ」
袋から少し追加する
ルッカが俺を見る
「何?」
「減る」
「みんなで食べるんやからええやろ」
「でも肉」
「また狩ったらええ」
一瞬、ルッカが考える
「狩る」
「今行かんでええから」
みんなで食べる
これも第二水場では普通になってきた
最初から俺とルッカだけの場所だったわけではない
そもそも見つけたのは俺たちでも、独占するつもりはなかった
でも、人間がここで普通に食べ、俺たちもそこにいる
その光景は最初の頃の俺なら想像できなかったと思う
人間を見つけたら逃げる
ゴブリンだとバレたら殺される
それしか考えていなかった
今は進化してホブゴブリンになった俺が、村人の隣でパンを食っている
「変な感じやな」
「何が?」
ミラ
「最初の頃思い出した」
詳しく話すのはやめる
でも俺の中では、かなり遠くまで来た気がする
昼食のあと、一人の村人が袋を持ってくる
中には縄と、木を削る簡単な道具
第二水場へ来るたび持ち運ぶのが面倒らしい
「ここ置く?」
ミラが訳す
「道具?」
「うん」
「濡れへん?」
簡易屋根の下ならある程度は大丈夫
でも完全ではない
ローデンが袋を見る
「箱があれば」
「箱?」
「小さいの」
話が進む
地面へ直接置けば湿る
屋根の下でも雨が吹き込むことはある
棚だけだと物が増えれば落ちる
なら蓋のある箱、または小さな囲い
「そこまでしたら、もう物置やな」
俺が言う
村人はミラを通して説明する
ここへ来る人が少しずつ道具を置けたら便利
森へ入る前も、帰ったあとも、毎回村から全部持ってこなくていい
ローデンが少し考える
「小さい小屋なら作れる」
その言葉に、俺は第二水場を見る
簡易屋根
長椅子
水
障害物
応急処置の場所
もしそこに小さな道具小屋までできる
「……増えるな」
「何が?」
ルッカ
「建物」
まだ一つ
しかも小屋
誰かが住むわけではない
宿でもない
店でもない
正式な集落でもない
ただ道具を置く小さな小屋
それだけなのに、この場所がまた一歩変わる気がする
「ええんちゃう?」
俺は答える
「食べ物置かへん、危ない物置かへん、逃げ道塞がへん、それなら」
ダリオも頷く
「位置は決める」
「今日作る?」
俺が聞く
ローデンは即座に首を振る
「今日は無理だ」
「やっぱり?」
「第二水場の修理が先」
「ほな次やな」
すぐ作らない
相談が出た
できるかもしれない
それだけでも十分だ
午後は破損した屋根を直す
俺は《土成形》より、木材を運ぶ方も少し手伝った
進化前より持てる
それでも太い柱はローデンや村人に頼る
「そこ俺持つ?」
「無理」
「即答」
「そっちの短い方」
「はい」
できることは増えた
できないことも残っている
ちょうどいい
全部一人でできるようになるより、今の方が落ち着く
屋根の布を張り直すときは《風圧》を少し使う
広げない
布の端を持ち上げるだけ
人が引っ張り、縄を結ぶ
「風止めて」
止める
「次」
また少し
魔法を魔法らしく見せようとすれば、もっと派手にできる
でも今はこれでいい
火弾で魔物を倒すのも魔法
布を持ち上げるのも魔法
どちらも俺の生活の中にある
夕方近くになり、ようやく第二水場の修復に一区切りついた
完全に戦闘前へ戻ったわけではない
障害物の一部は仮
屋根も今後もう少し補強する
道具小屋はまだ話だけ
それでも水場は使える
座れる
休める
怪我を見られる
逃げ道もある
「これなら十分やな」
俺が言う
ローデンも頷く
「今日はな」
「また仕事増えたけど」
「小屋の話か」
「楽しそうやん」
「位置を決めてからだ」
もう作る気はあるらしい
ミラが地図を広げる
「今日、これも」
「ああ」
谷を調べてから増えた情報がある
谷
大型魔物
別の大型痕跡
帰路で遭遇した中型魔物
第二水場近くへ来た群れ
その後の大きな群れ
それぞれの位置を、分かる範囲で地図へ残していく
俺たちは長椅子と地面を使って地図を囲む
ルッカが痕跡の位置を指し、ダリオが危険区域を確認し、ミラが書く
俺は《魔力感知》で確認した方向を補足し、エナは人が通る道と治療の必要が出そうな範囲を見る
ローデンは第二水場からの退避経路を確認している
「結局、何が分かった?」
俺が聞く
誰もすぐには答えない
地図を見る
点と線と印
情報は増えた
でも原因は分からない
「奥のやつが浅い」
ルッカが言う
一番簡単で、一番確かな答え
「複数種類」
ミラが付け足す
そう
一種類じゃない
前に遭遇した捕食魔物
帰路で戦った中型個体
第二水場へ近づいた群れ型
その後に来た突進性の群れ
それ以外にも村人の目撃と、谷で見つけた別種大型痕跡がある
全部同じ種類ではない
「これだけ重なったら、分布変わってる可能性高いってことでええ?」
俺がダリオへ聞く
「ああ」
今までは、たまたま一件だけ起きた可能性を残していた
でももう多い
本来もっと奥にいる生物が複数種類、浅いところへ出ている
そこまでは言っていい
「原因は?」
ミラが聞く
「分からん」
俺が答える
森の奥の低い音
谷の大型魔物はそれに反応した
でも、低い音が生物を押し出しているとは確定していない
大型魔物の負傷原因も不明
谷にあった別種大型痕跡も不明
前に浅い森へ出てきた狼の群れとの関係も不明
全部つなげようと思えばつなげられる
でも証拠がない
「分からんこと増えたな」
俺が言う
ダリオは地図を見たまま答える
「分かったことも増えた」
「浅いところが前と同じちゃうってこと?」
「ああ」
それだけでも大事だ
危険がなくなったと思わない
第二水場を直したから終わりでもない
群れを倒したから森が元通りでもない
変化は続いている
原因を追うにしても、今すぐ奥へ突っ込むつもりはない
「谷の大きいやつは?」
エナが聞く
「谷へ行ったときは生きてた」
俺が答える
「その後は見てへん」
だから今も生きている可能性はある
断定はしない
怪我がどうなったかも分からない
低い音
大型魔物
森の奥
いつかまた調べる必要がある
でも今日はその日ではない
「今日は家直して、水場直したから十分やろ」
俺が言う
ローデンが頷く
「今日はな」
またそれ
でも今はそれでいい
地図を片付ける頃には日が傾いていた
第二水場にいた人たちも少しずつ村へ戻る
水を汲んだ人
修理した人
飯を食った人
道具小屋を相談した人
それぞれ帰る
俺がいることへ、いちいち挨拶する人もいれば、特に何も言わず帰る人もいる
その普通さが少し嬉しい
「セイジ」
エナが呼ぶ
「忘れてた」
肩
結局見られる
服をずらす
昨日より赤みが減っている
触られてもほぼ痛くない
「大丈夫」
「やっと許可出た」
「無茶しない」
「そこは別なん?」
「別」
「はい」
ダリオとも明日以降の話をする
大規模な調査はすぐしない
第二水場周辺と人間側経路の安全確認を続ける
異変の情報を集める
必要なら谷方面も再確認
でも焦らない
「俺、進化したし奥行けるで」
冗談半分で言うと、ダリオは即座に首を振る
「進化したから危険が減るわけじゃない」
「分かってるって」
「ならいい」
強くなったから危険へ行く
ではない
前から決めていることだ
LEVELは1へ戻った
でも経験は残った
その経験の中には、逃げる判断も、止まる判断も、頼る判断もある
俺とルッカは第二水場を出る
帰り道では《魔力感知》を短い範囲だけ使う
危険なし
ルッカは前
俺は後ろ
今日は枝にぶつからない
「慣れた?」
ルッカが振り返る
「だいぶ」
「速い?」
「お前ほどちゃう」
「うん」
「即答やな」
森の道
水場
岩陰拠点
全部、進化前からある
俺だけ少し変わった
でも歩く道は同じ
岩陰拠点が見えてくる
入口
今日直した場所
俺は少し身を屈めるだけで中へ入る
頭は当たらない
「ただいま」
ルッカも続く
「ただいま」
荷物を下ろす
新しい棚には俺用の高い段と、ルッカが使いやすい低い段がある
食料を入れ、縄を置き、地図を戻す
水の器も調理場所も全部少し使いやすい
「ええ家なったな」
俺が言う
ルッカは棚を見る
「肉置ける」
「そこ基準やめろって」
夕食の準備
今日は少し多め
進化後、食事量が増えたのはもうほぼ認めていい気がする
俺が自分の分を以前より少し増やすと、ルッカが満足そうに頷いた
「仲間」
「何の仲間や」
「いっぱい食べる」
「お前ほどちゃう」
肉を焼く
火は普通の焚き火
魔法は使わない
使えるけど使う必要がないから
そのことに違和感すらない
以前なら、異世界で魔法なんだからもっと使いたいと思ったかもしれない
今は必要なら使う
必要なければ使わない
それでいい
食後、少しだけSTATUSを開く
確認するのは簡単だ
LEVEL1
変わらない
HP E
MP D
筋力 F+
耐久 E
敏捷 E+
器用 D-
精神 D-
魔力 D
SKILL
《魔力感知》
《魔力制御》
TITLE
なし
「そのままやな」
戦っていない
討伐していない
当然だ
魔法も六つで変化なし
闇はまだ使えない
空間魔法もない
便利なアイテムボックスもない
進化してもそこは増えなかった
「まあええか」
必要になったら、また覚えることがあるかもしれない
今は持っているものを使える
それで十分
STATUSを閉じる
LEVEL6だった頃から、7、8、9、10と上がった
その途中で《魔力操作》が《魔力制御》になり、そして進化してLEVEL1へ戻った
数字だけ見たら一周して弱くなったみたいだ
でも実際は違う
体は強くなった
魔法は残った
SKILLも残った
それ以上に、増えたものは数字以外にもある
ルッカがいる
エナ
ダリオ
ローデン
ミラ
村で俺を知っている人
第二水場を使う人
岩陰拠点
みんなの場所
「いっぱい増えたな」
俺が呟く
ルッカが肉の残りを見ながら聞く
「肉?」
「ちゃう」
「何?」
少し考える
説明するのが難しい
「帰る場所とか、行く場所とか、人とか」
ルッカは岩陰拠点を見回す
「ここ」
「ここも」
「第二水場」
「そこも」
「村」
「自由には入られへんけどな」
「エナ」
「人や」
「ダリオ」
「人」
「ローデン」
「人」
「ミラ」
「人」
「肉」
「最後だけ違う!」
ルッカが笑う
俺も笑う
外では森が暗くなっている
その奥で何が起きているのか、まだ分からない
本来深い場所にいる生物が浅いところへ出ている
それだけはかなりはっきりしてきた
原因もないまま分布だけが変わるとは考えにくい
何かある
低い音かもしれない
別の魔物かもしれない
環境の変化かもしれない
全然違うものかもしれない
今は分からない
最初の頃なら、分からない危険はただ怖かった
今も怖い
でも前とは違う
調べる仲間がいる
相談できる
逃げる場所がある
守る場所もある
一人で森の全部を相手にする必要はない
「強なったなあ」
自分の腕を見る
前より長い
少し太い
筋力F+
笑ってしまう
「まだFついてるけど」
「プラス」
ルッカが言う
「そう、プラスや」
小さいけど成長
俺らしいかもしれない
突然なんでもできるようにはならない
できることを少しずつ増やす
できないことは誰かに頼る
今日だって、家はローデンがいなければ直せなかった
森の道はルッカ
傷はエナ
危険判断はダリオ
人間との言葉はミラ
俺は魔法
それぞれだ
「一人で強なったんちゃうな」
第二水場を守った戦いを思い出す
最後の火弾を撃ったのは俺
でも、そこまで運んだのは六人
LEVEL10も進化も、結果としてついてきた
経験値を稼ぐために戦ったわけではない
守ろうとした
その結果、強くなった
「なんか、ええな」
ルッカが首を傾げる
「何が?」
「強なり方」
前にも似たことを思った
必要なときに戦う
必要なものを使う
一人で全部やろうとしない
その積み重ね
進化しても、そこは変えたくない
寝る前、入口の外へ出る
新しい高さでも頭はぶつけない
空を見る
木々の隙間
夜
岩陰拠点の後ろには森が続いている
第二水場はここから見えない
村も見えない
でも、そこにあると分かる
明日も人が来る
道具小屋の話をするかもしれない
その次には別の物を置きたいと言う人が出るかもしれない
もしかしたら、いつか誰かがもう少し長くいたいと言うかもしれない
そうなったとき、第二水場は何になるんだろう
「村にはせえへんけどな」
今のところ、そこまでは考えない
休む場所
集まる場所
物を置く場所
それで十分
もし変わるなら、そのとき考える
岩陰拠点と同じだ
最初から家を作ろうと思っていたわけではない
気づけば帰る場所になっていた
「第二水場も、そうなるんかな」
誰に言うでもなく呟く
背後からルッカが出てくる
「寝る?」
「寝る」
二人で中へ戻る
新しく広げた寝床へ横になる
脚を伸ばしても当たらない
「最高」
「広い」
「ローデンに感謝やな」
「うん」
目を閉じる
LEVEL6だった頃の朝を思い出す
雨
STATUS
強くなりたいと思った
でも、経験値のためだけに殺したくないとも思った
そのあと人を守るために戦った
自分の弱いところを確かめた
村へ初めて入った
谷へ行った
戦いを重ねてLEVEL8になった
《魔力制御》を覚えた
逃げられる状況でも第二水場へ残ることを選んだ
みんなで守った
進化してLEVEL1へ戻った
姿が変わっても、積み上げた関係が全部消えるわけではないと知った
そして今日は家を直した
第二水場を直した
森の異変を整理した
派手なことは何も起きていない
でも不思議と、今日が一番落ち着く
強くなった
姿も変わった
LEVELも変わった
それでも寝るときはこの岩陰拠点
隣にはルッカ
明日になれば第二水場へ行くかもしれない
そこには知っている人がいる
「結局、帰るとこは同じやな」
小さく呟く
ルッカから返事はない
もう寝たのかもしれない
俺も目を閉じる
家は少し広くなった
俺も少し大きくなった
第二水場には人と物が集まり始めた
森の奥には、まだ分からないことが残っている
全部が終わったわけではない
むしろ、これから増えることの方が多い気がする
それでも帰れる場所があるなら、たぶんまた先へ行ける
そう思いながら、俺は新しく広くなった寝床でゆっくり眠りについた
第三部 完




