居場所を守る2
第33回 居場所を守る2
地面が揺れる
さっきまでの群れとは違う
一体一体の足音が重く、その中心にいる最大個体が頭を低くしたまま、こちらへ真っ直ぐ向いてくる
逃げ道は後ろにある
今からでも村方向へ下がれる
それでも、誰も動かなかった
「来るで!」
俺が叫ぶ
「分かってる!」
ダリオが前へ出る
「さっきと同じ戦い方はするな!」
「何が違う?」
「でかい!」
「見たら分かるわ!」
言い返しながら、頭の中では必死に考える
火、風、土
どれから使う
最大個体だけを見たら駄目だ
その後ろに何体もいる
《魔力感知》
前方へ広げる
強い反応
その周囲にも複数
一つだけ飛び抜けて強い
最大個体
左右に少し弱い反応があり、後ろにも続いている
「右三!」
俺が叫ぶ
「左二!」
ルッカの声
見えている数と感知が合う
「後ろにもおる!」
「全部正面で受けるな!」
ダリオがすぐ指示を変える
「ルッカ、左へ流せ!」
「うん!」
「ローデン、右の障害物!」
「もう動かしてる!」
「セイジ!」
「はい!」
「中央を止める!」
中央
最大個体
その後ろ
「俺一人で?」
「誰が言った!」
ダリオが怒鳴る
「俺もいる!」
その言葉で少し頭が冷えた
そうだった
一人で止めるんじゃない
俺は魔法、ダリオは前、ルッカは進路、ローデンは障害物、エナは後ろ、ミラは離れた場所で情報
それぞれやることがある
「了解!」
まず土
最大個体の正面
完全な穴を作る時間はない
なら走りにくくする
左を低く、右を少し高くして進路を少しだけずらす
《土成形》
必要な範囲だけへ魔力を流す
広げない
《魔力制御》
土が盛り上がる
「ローデン!」
「そこ固定しろ!」
倒木の端へ《土締め》
土を固め、倒木が沈みにくい形にする
「次!」
見る
最大個体が近い
速い
俺が作った土の高低差へ入る
一歩、二歩
重い前脚が踏み込むと、少しだけ体が左へ傾いた
でも止まらない
「全然止まらんやん!」
「止めるんじゃない!」
ダリオが叫ぶ
「向きを変えろ!」
そうだ
全部止める必要はない
進路を第二水場と人間側から外せばいい
「《風圧》!」
最大個体の頭ではなく肩
傾いている側へ風を集中させる
以前なら広く押していた
今は一点へ、必要な方向に必要な強さだけ
最大個体の前脚が少しずれ、体が左へ流れる
「ルッカ!」
「こっち!」
ルッカが左側へ走る
木の間の抜けやすい方向へ移動し、音を立て、石を投げる
最大個体の頭がそちらへ動く
「そうや、そのまま左!」
俺も声を出す
通じるわけではない
それでも叫ばずにはいられない
最大個体がルッカの方を見る
その瞬間、後ろの二体が右へ広がった
「右!」
ローデン
倒木へ一体が突っ込む
大きな音
固定した土が耐え、倒木は動くものの完全には外れない
「持った!」
ローデンが叫ぶ
もう一体が隙間へ入る
ダリオがそちらへ移動する
「中央は任せる!」
「任された!」
言ってから責任重いなと思う
でも今はやる
最大個体はルッカを追う
追わせすぎたら駄目だ
ルッカへ届く
「ルッカ離れて!」
「分かってる!」
ルッカが木の横を抜ける
最大個体は体が大きく、速度もあるせいで曲がりきれない
木へ肩をぶつける
「今!」
俺は火を作る
大きくしすぎない
でも威嚇だけでは足りない
まず一発
肩
「《火弾》!」
命中
火が弾け、最大個体が声を上げて止まり、こっちを見る
「効いてる?」
「怒らせた!」
ダリオ
「それ効いてない方の反応ちゃう?」
最大個体がこちらへ向きを変える
まずい
完全に俺を見ている
「セイジ下がれ!」
一歩
二歩
最大個体が地面を蹴る
大きいのに速い
「うわっ!」
横へ避ける
敏捷E
体は動く
でも余裕はない
角の先が腕のすぐ横を通り、その風が当たる
「近っ!」
最大個体が止まりきれず、後ろの倒木へぶつかる
ローデンが叫ぶ
「そこ!」
《土成形》
前脚が踏む地面を少し崩す
最大個体が踏み込み、今度は少し深く沈む
「ダリオ!」
ダリオが横から攻撃する
武器が肩へ入る
浅い
でも最大個体がそちらを見る
俺から意識が外れる
「セイジ!」
「分かってる!」
火
いや、まず風
ダリオが近い
大きな火は使えない
最大個体の反対側の肩へ、
「《風圧》!」
横から押す
体が傾き、ダリオが離れる
「よし!」
後ろでは別の戦いが続いている
ルッカが一体を森側へ追い返し、ローデンが倒木の隙間を塞ぐ
村人二人も後ろから長い棒で個体を近づけさせない
エナはまだ前へ出ていない
それでいい
怪我人が出るまで出ない方がいい
「セイジ!」
今度はミラの声
遠い
村側から戻ってきたわけではない
少し高い場所、人間側経路の途中からこちらを見ている
「右後ろ!」
右後ろ
《魔力感知》
一体
最大個体ばかり見ていて気づくのが遅れた
「ほんまや!」
振り返る
一体が防衛線の端を抜けようとしている
その先は第二水場
さらに人間側
「行かすか!」
火は使える
でもその奥にミラがいて、もっと向こうには退避中の人もいる
直線では撃てない
風
横へ
狭く
「《風圧》!」
個体の横腹へ当て、森側へ押す
一歩ずれる
足りない
もう少し
でも強くしすぎたら転がって人間側へ向くかもしれない
止める
次は地面
《土成形》
足元を盛る
個体が乗り、前脚が上がって動きが止まる
ルッカが来る
「こっち!」
槍で進路を変え、個体が森へ戻る
「助かった!」
「最大!」
ルッカが叫ぶ
振り返る
最大個体がまた来ている
「休ませてくれへんな!」
俺は走る
正面を避ける
ダリオも位置を変える
「こいつだけでも先に何とかせんと!」
「まだ倒すな!」
「え?」
「後ろが残ってる!」
見る
確かに最大個体へ集中しすぎると、他の個体が抜ける
「ローデン!」
ダリオ
「右を閉じろ!」
「閉じたら逃げ道なくなる!」
「完全に閉じるな、狭めろ!」
「分かった!」
ローデンが倒木を動かす
一人では重い
村人一人が手伝う
俺も行くか
いや、筋力F
邪魔になる
土だ
倒木の足元を《土成形》で受ける形にし、《土締め》で固定する
「これで!」
「いける!」
ローデンが縄を掛け直す
最大個体の周囲は少しずつ進路が減っていく
逃げ道を全部塞ぐわけじゃない
森側だけ残す
そちらへ逃げるなら追わない
それが一番いい
「火で左へ寄せる!」
俺が言う
ダリオが頷く
「やれ!」
最大個体の右側、地面へ《火弾》
着弾
火と音
最大個体が左へ寄る
もう一発、右側の少し後ろへ
《火弾》
後続の一体も進路を変える
「一体逃げる!」
ルッカ
「追うな!」
もう何回目か分からない
でも大事だ
逃げたなら終わり
俺たちの目的は全滅じゃない
第二水場と人を守ることだ
一体、二体と森側へ離れる
《魔力感知》で追う
遠ざかっている
「二体離れた!」
「残り!」
見えるのは最大個体、その近くに三体、さらに右側に一体
五
第一波から残っていた個体も混ざっているかもしれない
正確な総数はもう分からない
「セイジ!」
ダリオが一体を止める
「火!」
「そこ人おる!」
「じゃあ風!」
「了解!」
《風圧》
狭く
個体の頭を横へ向ける
ダリオの武器が入る
倒れる
誰が倒したか分からない
今はどうでもいい
「右!」
ミラ
また声
高い位置から全体を見ている
俺たちより見える
「ローデンの後ろ!」
「何?」
ローデンが振り返る
一体が倒木を回り込んでいる
「ローデン離れて!」
間に合うか
《火弾》は撃てない
ローデンが近すぎる
風
強く
でもローデンも巻き込む
「しゃがんで!」
「何?」
「ええから!」
ローデンがしゃがむ
俺はその上を狙う
《風圧》
風が魔物の顔へ当たり、一瞬ひるむ
「今逃げて!」
ローデンが転がるように離れる
魔物が追う
ルッカが横から石を当てる
頭が向く
俺は火
小さく
「《火弾》!」
脚へ当たる
魔物が転ぶ
ローデンが立ち上がる
「助かった!」
「あとで棚一個追加な!」
「何の請求だ!」
「命の値段安いやろ!」
「戦闘中に交渉するな!」
ダリオに怒鳴られた
自分でも何言ってるんやと思う
でも怖いと口が勝手に動く
そのとき最大個体が吠えた
空気が震える
残っている個体が一瞬止まり、そしてまとめて前へ出た
「来る!」
今までより速い
「中央!」
ダリオ
「中央に集める!」
「集めてどうするん?」
「分断する!」
意味を理解するより先に動く
右側の土を《土成形》で低い壁にする
左側はローデンが倒木を固定
中央だけ少し通りやすい
群れはそこへ入る
「今!」
ダリオ
俺は《風圧》
先頭ではなく二体目
横から、先頭と後続の間へ風をぶつける
二体目がずれ、三体目とぶつかる
先頭だけが前へ出る
「分かれた!」
ルッカが先頭へ
ダリオも二人で対応する
後ろ三体は詰まっている
「火!」
でも倒す必要はない
右側、森側の地面へ火弾を一発
二発
逃げ道を見せる
一体がそちらへ向く
もう一体も
「行け行け!」
二体が森へ離れる
最後の一体はこちらへ来る
「こいつは無理か!」
《火弾》
胸
当たる
まだ来る
《風圧》
足元を崩し、ローデンの倒木へぶつける
ダリオが先頭個体を倒して戻る
「そのまま押さえろ!」
「押さえてる!」
ルッカが横から攻撃
俺も火
誰が最後だったか分からない
動かなくなる
また一体
でも最大個体はまだいる
俺も、ルッカも、ダリオも、みんな息が荒い
疲れている
最大個体にも傷が増えている
俺の火
ダリオの攻撃
障害物への衝突
それでも立っている
「しぶとすぎやろ」
俺が言う
「向こうも同じこと思ってる」
ダリオ
「喋れたら聞いてみたいな」
「やめとけ」
《魔力感知》
周囲
遠ざかる反応がいくつか
まだ近いのは最大個体と、もう二体
「残り三!」
俺が言う
「見えてるのも三!」
ルッカ
合った
これなら今いる分で終わりかもしれない
「後ろは?」
「遠ざかってるやつだけ!」
「ならここで止める!」
ダリオが最大個体を見る
「役割変えるぞ!」
俺たちが集まる
ほんの数秒
「最大はセイジ一人じゃ無理だ」
「分かってる」
「俺が前」
「危ないで」
「隙を作る」
ルッカを見る
「進路を読め」
「うん」
ローデン
「左の倒木、まだ使えるか」
「一回なら」
「固定しろ」
「分かった」
エナ
「前へ出るな」
「怪我人が出たら行く」
「必要なときだけ」
「分かってる」
遠くのミラへダリオが手を上げる
ミラも返す
位置を見る
知らせる
それが役割だ
そして俺
「セイジ」
「魔法やろ」
「ああ」
「何使う?」
「必要なやつ」
ダリオが少し笑った
「それでいい」
最大個体が動く
こちらへ
「ルッカ!」
ルッカが地面と最大個体の体、脚、視線を見る
「右へ来る!」
「ローデン!」
「準備できてる!」
右
俺から見れば左
倒木
土
狭い通路
最大個体が来る
「火でこっち見せる!」
小さな《火弾》を肩へ当てる
最大個体が俺を見る
狙い通り
怖い
「こっちや!」
俺は少し右へ動く
最大個体が追う
「セイジ近すぎ!」
ルッカ
「分かってる!」
でも離れすぎたら誘導できない
一歩
二歩
最大個体が加速する
「今!」
ルッカ
俺は横へ走る
最大個体は曲がる
大きな体は完全には曲がれない
進路の先には倒木
「ローデン!」
「来い!」
最大個体が倒木へ突っ込む
衝撃
固定した土が割れ、縄が張り、木が軋む
「持て!」
ローデンが叫ぶ
倒木がずれる
でも一瞬、速度が落ちた
「ダリオ!」
ダリオが横から入る
最大個体の前脚近くへ攻撃
血
最大個体が吠え、角を振る
ダリオが避ける
少し遅い
「ダリオ!」
角の端が腕を掠め、服が裂けて血が出る
「下がれ!」
「まだ!」
ダリオは武器を離さない
でも一歩下がる
「エナ!」
「見えてる!」
後ろから声
今すぐ治すほどではない
まだ動ける
なら前
俺は最大個体を見る
隙
今
火
大きく
いや、大きさではない
集中
威力を一点へ
《魔力制御》
火弾を広げない
魔力を散らさない
小さすぎない
必要な量を一つに
「《火弾》!」
胸へ当たる
最大個体が大きく揺れる
でも倒れない
「嘘やろ!」
「まだ浅い!」
ダリオ
「どこ狙う?」
「前からじゃ硬い!」
ルッカが叫ぶ
「横!」
横
脇
前脚の後ろ
そこなら
「回り込む!」
俺が動く
最大個体がこちらを見る
まずい
「セイジ、そのまま!」
ミラの声
「何?」
「左!」
左
感知
残りの小型二体が来る
「今それ来るん!?」
ルッカが一体へ
ダリオは最大個体
ローデンは障害物
俺は二体目
どうする
火を一体へ
でも最大個体への魔力を残したい
風
進路を変える
「《風圧》!」
一体を森側へ
もう一体は止まらない
土
《土成形》
足元を崩す
転ぶ
ローデンが長い棒で押し返す
「戻れ!」
魔物が起き、俺を見る
火を作る
でも逃げ道がある
右
森
「そっち行け!」
地面へ火弾
魔物が驚き、森側へ走る
「逃げた!」
これで最大個体だけ
「セイジ!」
ダリオ
最大個体が突っ込んでくる
避ける
遅い
「うおっ!」
肩へ何か当たる
角ではない
体
吹き飛ばされ、地面へ転がる
息が止まる
「セイジ!」
ルッカの声
痛い
でも動ける
HP E-
耐久 E-
上がっていなかったら、もっときつかったかもしれない
そんなことを一瞬考える
「大丈夫!」
立つ
肩は痛い
でも骨はたぶん大丈夫
「エナ来るな!」
俺が叫ぶ
近づこうとしていたエナが止まる
「動ける!」
今はまだ前へ来なくていい
最大個体がこちらへ来る
ルッカが横から石を投げる
頭が動く
「こっち!」
ルッカが走り、最大個体が追う
「ルッカ無理すんな!」
「分かってる!」
進路を変える
木の間
狭い
最大個体は追い切れない
「今度は左!」
ルッカ
ダリオが位置を変える
ローデンの障害物がもう一か所
「そこまだ使える?」
俺が叫ぶ
「一回だけだ!」
「一回でええ!」
俺は土
《土締め》
倒木の根元
残った魔力を必要な分だけ使って固定する
「できた!」
ルッカが最大個体を誘導する
俺の方ではない
倒木側
最大個体が曲がる
「今!」
《風圧》
肩へ
進路を少しだけずらす
倒木へ衝突
木が折れる
でも速度は大きく落ちた
「ダリオ!」
ダリオが踏み込む
前脚
同じ傷
攻撃
最大個体の体が傾く
「セイジ!」
「見えてる!」
横
脇
前脚の後ろ
さっきルッカが言った場所
狙える
でもダリオが近い
「離れて!」
ダリオが一歩動く
最大個体が追おうとする
ルッカが反対側から石を当て、また頭が動く
隙
一瞬
今しかない
火を集める
残り全部ではない
必要な量
でも今までより強く
広げない
一点
《魔力制御》
火の形が小さく締まる
熱も魔力も中心へ
「これで――!」
腕を伸ばす
「《火弾》!」
真っ直ぐ飛ぶ
最大個体の脇、前脚の後ろへ命中
火が弾ける
でも外へ広がらない
一点へ深く
最大個体が吠え、前脚が崩れる
「まだ!」
ダリオ
最大個体が立とうとする
首を上げ、俺を見る
まだ動く
「ほんましぶといな!」
もう一発
魔力の残りはある
でも減っている
焦るな
必要な量で止める
「ルッカ!」
「右向く!」
最大個体の頭が右を向き、胸の横が見える
「ダリオ!」
「今だ!」
ローデンが後ろの倒木を押す
音
最大個体が一瞬そちらを見る
ミラの声
「セイジ、今!」
全員の声が同じ一瞬へ集まる
俺は火を作る
小さく
強く
必要な場所だけ
「《火弾》!」
命中
さっきと同じ場所
最大個体の体が震える
一歩
前へ
もう一歩
そこで止まる
前脚が折れ、大きな体が地面へ落ちた
土が舞う
誰も動かない
まだ
待つ
最大個体の脚が一度動く
頭が上がりかけて、落ちる
荒かった呼吸が少しずつ弱くなり、そして止まった
「……終わった?」
俺が聞く
誰もすぐ答えない
ダリオが武器を構えたまま慎重に近づき、少し待ってから、
「終わりだ」
力が抜けた
その場へ座りそうになる
「倒した?」
「最後はお前だ」
ダリオが言う
俺が
でも一人ではない
絶対に
「いや」
俺は息を整えながら周りを見る
ルッカ
ダリオ
ローデン
エナ
遠くのミラ
「俺一人やったら無理やったで」
ルッカが進路を読んだ
ローデンが止めた
ダリオが隙を作った
ミラが死角を教えた
エナが後ろにいたから、怪我を恐れすぎず動けた
俺は最後に火を撃っただけ
「六人やな」
俺が言う
ダリオが息を吐く
「そうだな」
《魔力感知》
周囲を確認する
遠ざかる反応がいくつか
近くには仲間と村人
それ以外の大きな群れの反応はない
「追ってこん」
俺が言う
「群れ離れた」
ルッカも森を見る
「終わった?」
エナが聞く
ダリオはしばらく周囲を確認してから、ようやく頷いた
「一旦、終わりだ」
一旦
その言葉がちょうどいい
森の異変そのものが終わったわけではない
低い音も分からない
谷の大型魔物も生きている
今日の群れがなぜここまで来たのかも分からない
でも今の危機は終わった
「ミラ!」
俺が手を上げる
遠くでミラも上げる
「大丈夫!」
「こっちも!」
声が返ってくる
それを聞いて、本当に終わった気がした
「怪我!」
エナが急に動く
まずダリオ
腕
服が裂けている
血
「見せて」
「浅い」
「私が決める」
「はい」
俺と同じや
エナ強い
傷を見る
角が掠めたところ
深くはない
でも前に俺が作った擦り傷よりは明らかに大きい
「セイジ」
呼ばれる
「治癒?」
エナが頷く
必要
それなら使う
「ダリオ、腕出して」
「頼む」
俺は手を近づける
魔力
光
《治癒》
必要な強さ
強くしすぎない
傷全体へ
《魔力制御》
光が広がり、傷が少しずつ閉じる
完全に何もなかったようにはならない
痛みも少し残るらしい
でも出血は止まる
「こんなもん?」
エナが見る
「十分」
「よし」
次は俺の肩
ぶつけられたところ
服をめくる
赤く、腫れ始めている
「動かして」
腕を上げる
痛い
でも上がる
「治癒いる?」
俺が聞く
エナは少し考える
「少し」
「自分に?」
「使える」
「はい」
俺は肩へ《治癒》
小さく
痛みが少し和らぐ
全部消えない
それでいい
ルッカは怪我なし
ローデンは手に軽い擦り傷
治癒不要
村人は一人が転んで膝を擦っただけで、洗浄と布で済む
大きな怪我はない
「……よかった」
本気でそう思う
あれだけ戦って、これで済んだ
「水」
エナが言う
「飲む」
全員で第二水場へ戻る
と言ってもすぐ近くだ
でも景色は変わっている
倒木
壊れた縄
崩れた土
傾いた簡易屋根
長椅子の片側も割れている
地面には足跡、焦げ跡、血
「めちゃくちゃやな」
俺が言う
ローデンが屋根を見る
「直せる」
「全部?」
「時間はかかる」
「ならええ」
完全に壊れていない
水は流れている
場所そのものは残っている
「みんなの場所、生き残ったな」
ルッカが水を飲む
「肉の場所」
「今それ言う?」
「腹減った」
俺も腹が減っている
極端に
魔力も使った
体も動かした
「俺もや」
水を飲む
冷たい
うまい
生きてる感じがする
ミラも戻ってきた
村側への報告は済んだらしい
「全員いる?」
「おる」
「怪我?」
「大したことない」
ダリオの腕
俺の肩
村人の膝
それくらい
ミラが大きく息を吐く
「よかった」
食べ物を出す
残っている保存食
村側から持ってきたパン、干し肉、木の実
誰のものか細かく分けず、みんなで食べる
ルッカが肉を多めに取る
今日は誰も文句を言わない
「今日は二枚ええで」
俺が言う
「三枚」
「調子乗んな」
いつものやり取りに笑いが出る
戦闘のあとに笑える
それだけでかなり救われる
食べながら、俺はふと思い出す
STATUS
最大個体
最後は俺が明確に倒した
「……見るか」
「上がった?」
ルッカがすぐ反応する
「まだ分からん」
意識を向ける
STATUS
最初にLEVELを見る
10
「十!」
声が大きくなる
全員が見る
「上がった?」
ミラ
「上がった!」
LEVEL10
LEVEL6だった頃から、7、8、9、そして10
「十や!」
嬉しい
素直に
「ほんまに十なった!」
ルッカが肉を持ったまま、
「おめでとう?」
「たぶんおめでとう!」
俺は下を見る
HP E-
MP D-
筋力 F
「筋力!」
「まだ?」
ローデン
「まだF!」
「木は任せろ」
「頼む!」
耐久 E-
敏捷 E
器用 E+
精神 E+
魔力 D-
「魔力上がった!」
E+からD-
MPだけじゃなく、魔力そのものもD帯
「すごい?」
ルッカ
「たぶんすごい」
SKILL
《魔力感知》
《魔力制御》
変化なし
TITLE
なし
「そこも相変わらず!」
いつものSTATUS
でも、その下に見慣れない表示がある
俺は止まった
「……何これ」
進化可能
文字
見間違いじゃない
進化可能
「しんか?」
ミラが聞く
俺は次を見る
進化先
ホブゴブリンメイジ
言葉が止まる
「ホブ……」
「何?」
「ホブゴブリンメイジ」
ルッカが首を傾げる
「セイジ?」
「今はゴブリンメイジ」
「うん」
「次、ホブゴブリンメイジ」
「ホブ増えた」
「雑な理解やな」
笑おうとした
でも笑えなかった
進化すれば、たぶん今より強くなる
それは嬉しい
ずっと強くなってきた
守れるものも増えた
今日だって、もう少し弱かったらあの火弾をあそこまで集中できなかったかもしれない
進化すれば、もっとできることが増えるかもしれない
でもホブゴブリン
まだゴブリンだ
「……これ以上、人間から遠ざかるんちゃうか」
小さく言う
誰もすぐ答えない
前世では人間だった
間宮誠司
今はゴブリンメイジ
少しずつ人間と話せるようになり、村へ入れた
警戒されながらも知ってもらった
今日は一緒に場所を守った
進化したら姿はどうなる
もっと大きく、もっと魔物らしく、もっと怖くなるかもしれない
せっかく近づいた人間との距離が、また離れるかもしれない
「今する?」
ルッカが聞く
俺は表示を見る
進化可能
選べる
今すぐ
たぶん
「……せん」
「しない?」
「今は」
まだ戦場だ
壊れた第二水場
怪我人
死骸
片付け
考えることがいっぱいある
「先にこっちや」
俺はSTATUSを閉じる
「進化は逃げへんやろ、多分」
まず片付け
死骸をどうするか
全部ここへ置いておけない
村人が来る場所
水場
血の匂いで別の魔物が来るかもしれない
ダリオと相談する
「近くに残さない」
「どこへ?」
「運べる分は森側へ離す、無理なものは村から人手を呼ぶ」
最大個体はでかい
俺には絶対運べない
筋力F
「こういうときほんま役に立たんな俺」
「魔法で倒しただろ」
ローデン
「でも運ばれへん」
「全部できる必要ない」
前にも同じことを思った
頼る
俺は土
焦げた場所
崩れた地面
危ない穴だけ直す
《土成形》
少し
今は完璧に直さない
歩いて転ばない程度
火の焦げと煙が少し残っている
《水球》
少量だけ土へ
火が残っていないことを確認する
大きく出さない
泥だらけにしない
《魔力制御》
水を必要なところだけへ
「ほんま便利やな」
俺が言う
ダリオが笑う
「また生活に使ってる」
「戦闘終わったからええやろ」
「好きにしろ」
エナは傷を見る
ミラは村側との連絡
ローデンは破損確認
ルッカは森の周囲
俺は魔法で危険な場所だけ整える
六人
さっきまで戦っていたときと同じで、役割が違うだけだ
「セイジが守った」
村人の一人がゆっくり言った
俺にも分かる言葉
一瞬、返事に迷う
「ちゃうで」
相手には通じにくいかもしれない
ミラを見る
「六人で守った、って言って」
ミラが村人へ伝える
村人はルッカ、エナ、ダリオ、ローデン、ミラ、俺と順番に見る
それからゆっくり頷いた
「六人」
「せや」
それがいい
俺一人が守った場所ではない
みんなで守った
日が傾く頃、ようやく最低限の片付けが終わった
完全には直っていない
屋根は傾いたまま
長椅子も一部壊れている
障害物はほとんど作り直し
でも水場は使える
道も通れる
「今日はここまで」
ローデンが言う
「明日続き?」
「明日で全部は無理だ」
「ゆっくりでええやろ」
俺は第二水場を見る
壊れたところ
残ったところ
今日守った場所
「また直せばええ」
誰かが怪我をして戻らない
それよりずっといい
村側から人が来る
状況確認
荷物
手伝い
俺とルッカは少し離れて見る
昨日までより人が多い
でも、さっきまでの危険はない
《魔力感知》
近くには人と仲間、それから小さな反応
危険な群れはもう遠い
「帰ろか」
俺が言う
ルッカが頷く
「家」
「せや」
ダリオたちに声をかける
エナが俺の肩をもう一度見る
「今日は休む」
「分かってる」
「進化?」
どこで聞いた
ミラか
「まだ」
「家で?」
「考える」
エナはそれ以上言わない
ダリオもローデンも何も言わない
自分で決めることだと分かっているらしい
「また明日」
ミラが言う
俺は第二水場を見る
「明日な」
岩陰拠点への帰り道、ルッカはいつもより静かだった
俺も体は疲れている
魔力もかなり使った
肩も少し痛い
でも頭は別のことでいっぱいだ
進化
ホブゴブリンメイジ
「ルッカ」
「何?」
「進化したら、俺変わるんかな」
「変わる」
「そらそうやろけど」
「大きくなる?」
「分からん」
「肉いっぱい食べる?」
「そこ気になる?」
「大事」
「ルッカにとってはな」
少し笑う
「怖ない?」
「何が?」
「俺変わるん」
ルッカが俺を見る
本当に意味が分からない顔
「セイジはセイジ」
それだけ
「……簡単に言うなあ」
でも助かる
岩陰拠点が見える
家
今日は無事だ
ここまで群れは来なかった
第二水場で止めた
人間側経路へも通さなかった
ハルナ村にも岩陰拠点にも来なかった
「ただいま」
「ただいま」
中へ入る
荷物を下ろす
水
食料
今日は料理する元気があまりない
保存食と残っている肉を簡単に食べる
ルッカは普通に食べる
戦闘後でも食欲は変わらない
「元気やな」
「腹減った」
「俺もやけど」
食べる
水を飲む
肩を見る
赤み
腫れ
でも治癒した分、さっきより楽だ
寝床へ座る
STATUS
もう一度
LEVEL10
魔力 D-
進化可能
進化先
ホブゴブリンメイジ
「ほんまにあるな」
消えていない
選択肢は一つ
他の進化先はない
ホブゴブリンメイジ
それだけ
「人間にはならんか」
期待していたわけではない
たぶん
でも、どこかでは思っていた
進化というものがあるなら、いつか人間に近づく道があるかもしれない
最初から人間になるとは思っていない
でもホブゴブリン
名前だけなら、むしろゴブリンとして先へ進む
「強くなることと、人間になることは別か」
まだ進化していない
だから本当にどうなるかは分からない
でも進化先の名前ははっきりしている
ホブゴブリンメイジ
俺は表示を閉じ、外を見る
森は暗く、静かだ
今日、逃げようと思えば逃げられた
ダリオも村側へ下がっていいと言った
俺は村人じゃない
命を張る義務もない
あのとき残った理由は、経験値じゃない
LEVEL10でもない
進化条件なんて知らなかった
ただ第二水場がなくなるのが嫌だった
ルッカがいる
エナがいる
ダリオがいる
ローデンがいる
ミラがいる
村人も来る
笑う
飯を食う
水を飲む
休む
甘い干し果物を交換する
そういう場所だ
岩陰拠点
ここは俺とルッカの家
雨漏りして、棚を増やして、肉を置いて、魔法を試して、帰ってくる場所
ハルナ村
まだ自由には入れない
怖がる人もいる
でも俺を知っている人もいる
今日守った先にある場所
「進化したらもっと怖がられるかもしれんな」
「誰に?」
「人間」
ルッカが肉の残りを片付けながら答える
「今日、一緒にいた」
「せやな」
人間は姿だけを見る人もいる
それは仕方ない
でもエナたちは今日一緒にいた
俺が何をしたか知っている
村人も何人か見ていた
姿が変わっただけで全部消えるのか
分からない
「先は分からん」
声に出す
本当に分からない
進化したらどうなる
村人はどう見る
人間へ近づくのか
遠ざかるのか
次の進化があるのか
何も分からない
でも今日、分かったことはある
今のままで守れないものが、これから増えるかもしれない
今日の群れ以上
もっと強いもの
森の奥
低い音
分布の変化
原因不明
この先また危険が来る
そのとき、
「今ここを守れへん方が嫌や」
俺はSTATUSを開いた
進化可能
ホブゴブリンメイジ
文字を見る
ルッカが隣へ座る
「する?」
「……する」
怖い
見た目が変わるのも
人間から遠ざかるかもしれないのも
LEVELがどうなるかも
全部分からない
でも選ぶ
「進化する」
意識を向ける
選択
ホブゴブリンメイジ
一瞬、何も起きない
「……あれ?」
ルッカが見る
「失敗?」
「いや、ちょっと待って」
その直後、体の奥で魔力の流れが変わった
熱い
いや、痛いわけではない
でも今まで感じたことのないものが体の中心から広がっていく
「お、おお?」
手を見る
指
腕
まだ変わってはいない
でも体の内側が強く脈打つ
魔力
骨
筋肉
全部が一度ほどけて、作り直されるような変な感覚
「セイジ?」
ルッカの声が少し遠くなる
「大丈夫……たぶん」
立とうとして、力が入らない
「これ寝た方がええやつや」
「寝る?」
「勝手に寝そう」
寝床へ倒れ込む
視界が揺れる
岩陰拠点の天井
見慣れた場所
ルッカの顔
棚
火
全部がぼやける
最後にSTATUSの文字が見えた気がした
進化処理中
そんな表示だったのか、自信はない
もう読めない
「ルッカ」
「いる」
「起きたとき……俺やったらええな」
ルッカは少し怒ったような顔をした
「セイジはセイジ」
また同じ
俺は笑った
「せやったな」
目を閉じる
今日守った場所
みんなの場所
帰ってきた家
その両方を思い浮かべながら、俺の意識はゆっくり沈んでいった




