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水のある谷2

第30回 水のある谷2


ルッカが選んだ迂回路は、来た道よりかなり歩きにくかった


左へ回り込めるとは言っていたが、道があるわけではない


木と木の間を抜け、斜面を横切り、ところどころ露出した岩を避けながら進む


谷から遠ざかる方向ではある


ただ、まっすぐ第二水場へ戻れるわけでもない


「ここ、ほんまに行けるん?」


前を歩くルッカへ聞く


「行ける」


「行けると歩きやすいは別なんやな」


「うん」


即答された


足元を見る


右側はまだいい


左側へ少し外れれば、地面が急に下がっている


崖というほど真っ直ぐではないが、落ちたら簡単には戻れなさそうな斜面だ


後ろへ戻れば、さっき見つけた新しい痕跡の方向へ近づく


前へ進むしかない


「全員、足元見ろ」


ダリオが言う


「セイジも感知だけに集中するな」


「分かってる」


さっきまでにも言われた


《魔力感知》ばかり使っていると、目の前の根につまずく


森では見えないものだけ警戒していればいいわけではない


俺は感知する範囲を少し狭めた


前と左右、それから少し後ろ


谷の近くにいた大型魔物の強い反応は、もうかなり遠い


弱い反応が時々あるが、どれもこちらへ近づいてはいない


今のところ危険はなさそうだ


「こっち」


ルッカが木の根を越える


その後ろをダリオ、エナ、ミラ、俺という順で進む


さっきまでは俺が後ろ寄りだったが、地形が悪くなってからダリオが隊列を少し変えた


後方にも気を配る必要はあるが、斜面側へ誰かが滑ったとき、一人では支えられない


俺の筋力はFだ


前に嫌というほど分かった


自分より大きな木材さえ一人では満足に運べない


人が落ちかけたときに腕力だけで引き上げるなんて期待しない方がいい


だから位置を選ぶ


魔法を使える距離


声が届く距離


それで十分だ


少し進むと、ミラが足を滑らせた


「わっ」


体が斜面側へ傾く


エナが腕を掴む


俺も反射的に手を伸ばしたが、そこまで行く前にミラは踏み直した


「大丈夫?」


「大丈夫」


ミラが苦笑いする


「怖い道」


「俺もそう思う」


ルッカが振り返る


「もう少し」


「その言葉、どこまで信用してええ?」


「もう少し」


「二回言うても距離分からんねん」


それでもルッカが選んだ道だ


元の場所へ戻るよりは安全なのだろう


少し進むと斜面が緩くなり、地面も土が増える


「おお、普通に歩ける」


「まだ」


ルッカが止まる


「何?」


地面を見る


さっきまでとは違う表情


俺もすぐ《魔力感知》へ意識を向ける


前方に反応


弱い――いや、一つ、そこまで弱くない


「前になんかおる」


ダリオが武器へ手を掛けた


「距離は」


「近くはない、でも……」


反応が動く


一度止まり、また動く


横ではない


こちらへ向かっているようにも感じる


「一つ」


「強さは」


「大型ほどちゃう、前に戦った三体くらい……いや、同じかは分からん、反応だけやで」


「分かってる」


ダリオはルッカを見る


ルッカは足元の土を調べ、少し先まで進んで草を見てから戻ってくる


「危ないやつ」


「何体」


「一つ」


「避けられるか?」


ルッカが右を見る


そちらは斜面が続いている


左は木が密集している


後ろは今通ってきた悪路


しばらく考える


「右、危ない」


「左は?」


「通れるけど遅い」


ダリオが俺たちを見る


「反応は」


「動いてる」


《魔力感知》へ集中する


距離が縮まっている


速くはない


でもこちらの方向だ


「こっちに近づいてる」


「気づかれてるか?」


「分からん」


ルッカが鼻を動かす


「風、向こう」


俺たちの匂いが相手側へ流れている


さっき谷で《風圧》を使ったときとは逆に、今は風が不利だ


「左から回る?」


俺が聞く


ルッカが首を振る


「時間かかる」


「間に合わへん?」


「たぶん」


ダリオは数秒だけ考えた


後ろへ戻るのも危険


右は斜面


左は遅すぎる


同行しているのは俺とルッカだけではない


エナとミラもいる


無理に悪路へ入って転ぶ方が危ない


「ここで迎える」


ダリオが決めた


胸の奥が締まる


また戦う


前の三体戦と同じように、避けようとして、避けきれず、必要だから戦う


「位置は?」


俺が聞く


ダリオは周囲を見た


前方に木が二本


その間は少し広い


右は根が盛り上がり、左には低い茂み


「エナとミラは後ろ」


二人が下がる


「ルッカは左を見る」


「うん」


「セイジ」


「はい」


次の指示を待つ


ダリオが俺を見る


「お前はどうする」


「え?」


一瞬、意味が分からなかった


「魔法だ」


「ああ」


いつもなら、ここから撃て、火を使え、風を使えと何かしら指示がある


でも今回はない


ダリオは前だけを見る


「自分で決めろ」


少しだけ心臓が速くなる


任された


全部ではない


戦うかどうかはダリオが決めた


位置も決めた


エナとミラを下げた


その上で、俺が何の魔法を使うかは任せる


「……分かった」


前を見る


敵はまだ見えない


でも《魔力感知》にはいる


近づいている


俺が使える魔法は六つ


《火弾》《治癒》《水球》《風圧》《土締め》《土成形》


何を使う


以前なら、とりあえず火、効かなかったら風、土も試す、みたいに使えるものを順番に思い浮かべていたかもしれない


でも今は違う


何をしたい


まず動きを止めたい、あるいは遅くしたい


次に距離を作りたい


最後に、倒す必要があるなら火


その順番


「地面使う」


俺が言う


ダリオが一瞬こちらを見る


それだけ


止めない


敵が来る方向の土を見る


完全な平地ではない


湿り気があり、木の根もある


大きな穴を掘るほどのことはできない


《土成形》はそんな万能な魔法じゃない


動かせる量も大きくない


なら、足を置く場所を少し崩す


一歩分


それでいい


「ルッカ、あいつこっち来たら、真ん中通りそう?」


ルッカが前と地形を見る


「たぶん」


「ほな、ここ」


木と木の間


少し柔らかい土


魔力を流す


《土成形》


土がゆっくり動く


時間がかかる


戦闘中にゼロから作ろうとしたら間に合わない


だから今、来る前に表面を少し低くして片側を盛る


大きな罠ではない


走ってきた足が一瞬ずれればいい


「来る」


ルッカが言う


まだ終わっていない


「あとちょい」


土を寄せ、形を作る


そこで止める


固めるか


《土締め》


いや、今回は締めない


固めたらただの段差になる


柔らかいままの方が足を取られるかもしれない


「これでええ」


魔力を止める


次は風


まだ使わない


相手が崩れたとき、押す方向を決めるために使う


最後が火


頭の中で順番を作る


土


風


火


全部を同時に使うわけではない


一つずつ、必要なときに


茂みが揺れた


低い唸り声


前に見た三体とは少し違う


四本足なのは同じ


中型


俺より大きく、肩が高く、前脚が太い


口元から牙が見える


毛の色も体つきも、前のやつと全く同じには見えない


でも危険だということだけは分かる


「これ、普段どこにおるやつ?」


俺が小さく聞く


ルッカが答える


「もっと奥」


まただ


胸の中に嫌なものが増える


でも今考えることではない


魔物が止まる


こちらを見る


一人


二人


五人


数を見ているのかは分からない


低い声を出す


逃げるなら、それでいい


俺は火を作らない


まだ


ダリオも動かない


ルッカも


誰も先に攻撃しない


数秒


魔物が鼻を動かす


そして地面を蹴った


「来る!」


一直線


速い


狙いは誰だ


分からない


でも木の間へ入る


俺が作ったところ


「そのまま来い」


思わず呟く


一歩


二歩


三歩


前脚が柔らかい土へ入る


沈む


ほんの少し


でも次の足が盛り上げた土へ乗る


体が傾く


「今!」


自分で言った


「《風圧》」


狙うのは正面ではない


横


傾いた方向へ風をぶつける


魔物の体がさらに流れ、前脚が滑る


完全には倒れない


でも走る勢いが死んだ


「よし!」


距離ができた


次は火


すぐには撃たない


魔物が体勢を戻そうとしている


首がこちらへ向く


動く


ここで適当に撃てば外れる


狙う


一発


必要な威力


「《火弾》!」


火の塊が飛び、肩へ当たる


魔物が吠える


倒れない


怒った


こちらへ向き直る


「セイジ!」


ミラの声


大丈夫


まだ距離はある


次に何をする


もう一発火


違う


今すぐ撃っても、走られたら狙いにくい


まず動きを止める


土はさっきの場所しか作っていない


なら風


正面から押し返す


でも一発で止まるか


前の戦いでは完全には止まらなかった


「ルッカ、右行ける?」


「行ける」


「そっち見せて!」


ルッカがすぐ動く


左側から姿を見せ、石を投げる


魔物の頭がそちらへ向く


一瞬


ダリオが前へ出る


武器を構える


俺は分かった


ルッカへ行けばダリオが止める


ダリオへ向けば俺が撃てる


俺へ来ても根と段差がある


三人で位置を作る


魔物がルッカへ一歩


ダリオが横から踏み込む


魔物が振り向く


牙


ダリオが下がる


「今や」


誰に言われたわけでもない


「《風圧》」


横から


頭ではなく体


魔物の後ろ脚がずれる


ダリオが距離を取る


俺も一歩前へ


敏捷E


以前より動きやすい


狙える位置まで移動する


火


でも、エナとミラの方向が後ろにある


外したら危ない


角度を変える


さらに二歩


魔物が俺を見る


「こっちや」


来る


怖い


それでも考える


動きを止める


距離


最後に倒す


魔物が地面を蹴る


俺は最初に作った柔らかい土の向こう側へ下がる


また同じ場所を通るとは限らない


少し横へずれた


「そっちちゃう!」


言っても聞くわけない


俺は地面を見る


今から《土成形》で間に合うか


無理


なら今は風


「《風圧》!」


正面へぶつける


魔物の速度が落ちる


止まらない


でも一瞬だけ頭が上がる


その間に横へ動く


牙が俺のいた場所を通る


近い


「うわっ」


飛び退く


足元の根にかかり、体が傾く


転ばない


敏捷が上がったおかげか、反対の足が出る


立て直す


その瞬間、腕に枝が擦れた


痛い


でも浅い


今は無視


魔物が振り返る


俺も振り返る


距離は近い


火弾を撃てる


でも焦るな


狙う


体の中心


「《火弾》!」


当たる


胸の横


火が弾ける


魔物が声を上げる


それでも立つ


強い


ダリオが前へ出ようとする


でも俺を見る


「続けられるか」


聞くだけ


指示ではない


「いける!」


答える


MPはまだある


疲れている


谷まで行って帰ってきている


《魔力感知》もずっと使った


《風圧》《土成形》《火弾》も使っている


でもまだ動ける


魔物は傷ついている


逃げるか


来るか


一瞬止まる


俺は撃たない


逃げるなら追わない


前の戦いと同じ


必要なくなったら終わり


「行け」


心の中で思う


でも魔物は逃げなかった


低い姿勢になる


口を開く


完全にこちらへ向く


「来るで」


俺が言う


「分かってる」


ダリオ


ルッカも位置を変える


次で決めたい


無駄に長引けば、こっちも危ない


動きを止める


今度こそ最初の土の場所へ誘導できるか


俺は少し位置をずらす


魔物と自分の間に、柔らかくした地面


「セイジ」


ダリオが気づいた


「そこ使うんや」


「分かった」


魔物が走る


俺は待つ


怖い


近づく


まだ


前脚が土へ入る


今


「《風圧》!」


横から、同じ方向へ崩す


一回目より深く足が沈んでいる


体が大きく傾く


胸が地面へつく


完全に転んだ


すぐ起きる


その前に狙う


火を集める


必要な威力


前に練習した小さな火弾ではない


森を焼くほど大きくもしない


敵を倒すための一発


「《火弾》!」


胸元へ当たる


火と衝撃


魔物の体が地面へ押しつけられる


動く


まだ


前脚が地面を掻く


俺はもう一発を作る


迷う


必要か


立ち上がる


牙が見える


必要だ


「《火弾》!」


二発目


首に近い位置


当たる


魔物の体が大きく震える


前脚が落ちる


頭が地面へつく


しばらく待つ


誰も動かない


俺も火を消さない


魔物は起きない


呼吸は分からない


ダリオが武器を構えたまま慎重に近づき、少し待つ


「終わりだ」


その言葉で俺は手を下ろした


「……倒した?」


「ああ」


俺が倒した


前の三体戦と同じ、必要な戦い


でも今回は前より自分で考えた


どの魔法を使うか


いつ使うか


何のために使うか


全部


完璧ではない


途中で転びかけた


枝で腕も擦った


《風圧》で止めきれなかった


《火弾》も一発では倒せなかった


それでも、


「土で足止めして、風で崩して、火で倒した」


口に出して整理する


ダリオが俺を見る


「そうだな」


「指示少なかったな」


「必要なかったからな」


少し嬉しい


かなり嬉しい


でも死骸を見ると、その気持ちだけにはならない


また一つ、俺が殺した


必要だった


逃げられなかった


同行者もいた


戦うと決めたのはダリオ


最後に倒したのは俺


その両方が本当だ


「必要やった」


小さく言う


ルッカが横に来る


「うん」


それで十分だった


「怪我」


エナが近づいてくる


「俺?」


腕を見る


枝で擦ったところが少し赤い


うっすら血が滲んでいる


「こんなん大丈夫やろ」


エナは手を取って見る


触る


「痛い?」


「ちょい」


「動く?」


腕を曲げる


「普通」


エナは荷物から布と水を出す


傷を洗う


少ししみる


「うお」


「動かない」


「はい」


ルッカが覗く


「治癒?」


「これで使うん?」


俺もエナを見る


エナは首を振った


「いらない」


「やっぱり」


浅い擦り傷


出血もほとんどない


《治癒》を使うほどではない


布で汚れを拭き、そのままでいいらしい


「便利な魔法覚えると、何でも光らせたくなるんよな」


ミラが笑う


「光らせる?」


「治癒使うと光るやろ」


「ああ」


「でも毎回使わんでええんやな」


エナが頷く


前から分かっていたことだ


《治癒》は便利


でも怪我を見て判断すること自体は必要


今回は使わない


それも選択だ


「ほか大丈夫?」


エナが全員を見る


ルッカは怪我なし


ダリオも問題なし


ミラも問題なし


エナ自身も大丈夫


俺だけ軽い擦り傷


「よし」


ダリオが前を見る


「長居しない、戻るぞ」


「死骸は?」


「今は放置だ」


「分かった」


森の中で死骸を運んで帰る理由はない


食料として使う話でもない


大型の荷物になる


それより情報を持ち帰る方が大事だ


ルッカが、さっき見つけた痕跡の方向と今の魔物が来た方向を確認する


「奥から来た」


「やっぱり?」


「うん」


「普段もっと奥におるやつなんやろ」


「うん」


また一つ、深い側にいる危険な魔物が浅い方向へ出てきていた


前の三体


村人の目撃


谷近くの別種の大型痕跡


今日のこいつ


全部が同じ原因とはまだ言えない


でも、


「偶然だけで片づけるには増えてきたな」


俺が言う


ダリオも否定しなかった


「原因は別として、分布がずれてる可能性は考えた方がいい」


「分布?」


ミラが俺を見る


「いる場所が変わってるってこと」


「なるほど」


「ただ、原因は分からん」


「低い音?」


ルッカが聞く


「かもしれん、ちゃうかもしれん」


俺は自分で答える


「大型のやつは怖がってたけど、それだけや」


ダリオが少しだけ頷く


たぶん今の答えなら怒られない


俺たちは帰路を再開した


さっきの戦闘で緊張していたせいか、歩き始めると一気に疲れが出た


足が重い


腕も少しだるい


魔力も減っている


数字では見えない


でも残りが多くないのは感覚で分かる


「セイジ」


ルッカが前を歩きながら振り返る


「遅い」


「今日はほんまに疲れてんねん」


「七なのに」


「LEVEL関係あるか」


言ってから、ふと思う


さっき倒した


なら上がっている可能性がある


前の戦闘では戦闘後すぐSTATUSを見た


今日はまだ見ていない


「……いや、待てよ」


「どうした」


ミラが聞く


「STATUS」


見たい


めちゃくちゃ見たい


でも、ここはまだ森の中


「戻ってからやな」


自分で言う


ダリオが少し笑った


「学んだな」


「何が」


「今開くと言うかと思った」


「歩きながら見て木にぶつかりたくないからな」


LEVEL7になったあと、その変化はちゃんと安全な場所で確かめた


今日は戦闘で土と風と火を順番に使えた


もしLEVELが上がっていても、何が変わったか確認するのは帰ってからでいい


今は帰る


それが一番大事だ


途中で何度か休んだ


水を飲む


保存食を少し食べる


ルッカの肉の消費速度だけはいつも通りだ


「お前、戦ったあと元気やな」


「腹減った」


「俺も減ったけど、今は座りたい」


「食べながら座れる」


「賢い」


ミラが笑う


少しだけ食べる


口に入れると、体が欲しがっていたのが分かる


エナが俺の腕を見る


「痛い?」


「忘れてた」


「なら大丈夫」


「判断基準それでええん?」


「今は」


たぶん冗談だ


エナも前より俺と普通に話すようになった


こういう軽いやり取りができるようになったのも、STATUSには出ない変化だ


しばらく休み、また歩く


帰り道は長い


でもルッカが知っている範囲へ戻ってくると、歩く速度が少し上がった


俺も《魔力感知》を使う


さっきの戦闘で魔力を使ったので、範囲は無理に広げない


近くだけ


危険な強い反応はない


「今んとこ何もなし」


ダリオへ伝える


「そのままでいい」


指示はそれだけ


前の戦いでは、どこを見ろ、どこに立て、何をしろと細かく言われた


今日も必要なところは決めてもらった


でも戦闘中、自分で考える時間が増えた


それが嬉しい


任されているというだけではない


俺自身が、何をすればいいか考えられるようになってきた


《火弾》だけの頃は、攻撃するなら火しかなかった


魔法が増えた頃は、使える魔法を試したくなった


今は、何がしたいかを先に考える


止める


距離を作る


倒す


だから土、風、火と選んだ


使わなかった魔法もある


《水球》《治癒》《土締め》


必要なかった


使えるものを全部使うのが強いんじゃない


必要なものを選べる方が、たぶん強い


第二水場が見えたとき、本気でほっとした


「帰ってきた」


俺が言う


「まだ家じゃない」


ルッカが返す


「前にも同じこと言うたな」


簡易屋根の近くにローデンがいた


俺たちを見ると立ち上がる


「全員いるな」


「おるで」


「怪我は」


「俺がちょっと擦っただけ」


エナが問題ないと説明する


ローデンの表情が少し緩む


「谷は?」


ダリオが荷物を置く


「あとでまとめて話す」


「今聞きたい」


「水を飲ませろ」


「それはそうだな」


みんなで第二水場へ座る


水を飲む


冷たい


谷にも水はあった


でも、ここの水は妙に安心する


知っている場所だからだ


「大型、生きてたで」


俺が先に言う


ダリオが俺を見る


「あとでまとめてと言っただろ」


「それくらいええやん」


ローデンは真剣になる


「怪我は」


「まだしてた」


「動けるのか」


「動いてた、でも後ろ脚かばってた」


ミラが地図を広げる


谷で書いたもの


別種の大型痕跡


低い音


大型魔物の反応


帰路で戦った場所


情報を一つずつ整理する


ローデンも見る


「これが今日戦った場所か」


「そう」


「ここまで来てるのか」


ルッカが頷く


「もっと奥にいるやつ」


「前の三体とは同じか?」


「分からない」


俺が答える


「見た目は同じには見えへんかった」


「でも奥側の危険なやつではある?」


「ルッカはそう言うてる」


情報が増えた


でも分からないことも増えた


谷には大型魔物がいる


生きている


傷ついている


別の大型痕跡もある


低い音に反応する


帰路では、本来もっと奥にいる危険な魔物に遭遇した


村側でも別の目撃がある


「これ」


ミラが地図上の印を指す


「一つだけなら偶然」


次を指す


「二つ」


さらに別


「三つ」


「数え方だけで決めるのは危ないけどな」


俺が言う


「でも、増えてる」


ダリオが答える


「深い側の生き物が浅い方へ出てきている可能性は、前より高い」


「原因は?」


ローデンが聞く


「不明」


ダリオは即答した


「低い音との関係も分からない」


「大型は反応した」


ミラが補足する


「それだけだ」


俺も頷く


そこは大事だ


分かったことと、分からないことを混ぜない


「今日はこれ以上決めんでええんちゃう?」


俺が言う


「疲れた」


「珍しく正しい」


ダリオ


「珍しくいらん」


「今日は戻って休め」


「そうする」


第二水場で少し休んだあと、村側へ戻る三人と別れる


ダリオ


エナ


ミラ


ローデンも村側へ戻る


俺とルッカは岩陰拠点へ


「また明日?」


ミラが聞く


「用事あったらな」


「地図、持ってる?」


「俺の方にある」


「なくさないで」


「なくさんわ」


少し不安そうな顔をされた


信用ないな


エナが俺の腕をもう一度見る


「夜、痛くなったら?」


「治癒?」


「必要なら」


「分かった」


今は使わない


痛みが増えたら考える


それくらいでいい


みんなと別れ、俺とルッカで帰る


岩陰拠点までの道は、さっきまでの森と比べれば近所みたいなものだ


それでも足が重い


「今日、いっぱい歩いた」


ルッカが言う


「ほんまにな」


「肉いっぱい食べていい?」


「その結論になるん?」


「動いた」


「まあ今日はええか」


「二枚?」


「一枚半」


「二枚」


「交渉すな」


家が見える


屋根


岩


入口


それだけで力が抜ける


「ただいま」


俺が言う


「ただいま」


ルッカも言う


返事をする人はいない


今日は二人だけ


でも帰ってきた


それでいい


荷物を下ろす


水、縄、応急処置用品、地図


使ったものを分ける


減った保存食を見る


「ほんまに減ったな」


「肉」


「主犯が言うな」


とりあえず食事を先にする


疲れているときにSTATUSを見ても、体感の違いなんて分からない


腹が減っている


まず食う


火を使い、保存していた肉を温める


今日は魔法を使いすぎた気がするので、火は普通の火を使う


何でも《火弾》で済ませる必要はない


ルッカが肉を見る


「まだ?」


「待て」


「戦った」


「それ便利な言葉になってるやん」


前の戦いでも言っていた


戦ったから肉


LEVELが上がったから肉


村へ行ったら干し果物


ルッカの中で食べ物と出来事の結びつきが強すぎる


「はい」


肉を渡す


「二枚?」


「一枚半」


「少ない」


「さっきも食べたやろ」


俺も食べる


疲れているせいか、いつもよりうまい


しばらく無言で食べた


森の奥


谷


大型魔物


戦闘


全部が頭に残っている


でも家で飯を食っていると、少しずつ遠くなる


食事を終え、水を飲み、寝床の近くへ座る


そこでようやく思い出した


「……STATUS」


ルッカがすぐ反応する


「上がった?」


「それ今から見るんや」


意識を向ける


表示が開く


NAME セイジ


RACE ゴブリンメイジ


LEVEL 8


「上がってる」


思わず前のめりになる


「八?」


「八や」


「八」


LEVEL7から8


また一つ


必要な戦いの結果、数字が増えた


前にLEVELが上がったときほど驚きはしない


今回は倒した瞬間から可能性を考えていた


それでも実際に8を見ると嬉しい


「ほんまに上がったな」


そのまま下を見る


HP E-


「……ん?」


昨日まではF+


「HP上がってる」


次


MP E+


変わらない


筋力 F


変わらない


「そこは変わらんのかい」


前に持てなかった木材を思い出す


耐久 E-


「耐久も上がってる」


敏捷 E


変わらない


器用 E


精神 E+


魔力 E+


変化なし


SKILL


《魔力感知》


《魔力操作》


同じ


TITLE


なし


魔法も新しく増えたものはない


俺はもう一度上から見る


NAME セイジ


RACE ゴブリンメイジ


LEVEL 8


HP E-


MP E+


筋力 F


耐久 E-


敏捷 E


器用 E


精神 E+


魔力 E+


SKILL


《魔力感知》


《魔力操作》


TITLE


なし


「今回は二個や」


「何が?」


「能力、HPと耐久」


「強くなった?」


「たぶん、前より丈夫になったってことやと思う」


HPと耐久


どっちも打たれ強さとか、体の持ちとか、そういう方向だろう


正確な説明はない


でも名前からすれば、敏捷が上がったときより分かりやすい気もする


「この擦り傷が治るとか?」


腕を見る


「それとは別やろな」


今ついている傷が消えたわけではない


LEVELが上がった瞬間に全回復するゲームではないらしい


腕は普通に少し赤い


疲れも残っている


腹も減る


「HP上がったから元気いっぱい、とはならへんか」


「眠い」


ルッカが言う


「お前はLEVEL上がってへんやろ」


「いっぱい歩いた」


「俺も」


STATUSを見ながら考える


LEVEL8


HP E-


耐久 E-


敏捷 E


少し前に見たときはLEVEL6、HP F+、耐久F+、敏捷E-だった


少しずつ変わっている


魔法だけではない


体そのものも


でも筋力F


「そこはほんま頑固やな」


「F?」


「せや」


「木持てない」


「もう忘れてくれへん?」


ルッカが笑う


俺も笑う


LEVELが上がったからといって万能になるわけではない


それはもう分かっている


HPと耐久が上がっても、谷の大型魔物に勝てるとは思わない


あの低い音の正体と戦えるかも分からない


今日の中型魔物だって、一人なら危なかった


地形があって、ルッカがいて、ダリオがいて、エナとミラを守る必要があって、その状況で考えて戦った


そして帰ってこられた


「八か」


俺が呟く


「次、九?」


ルッカが言う


「数字だけならな」


「倒す?」


「必要なら」


答えはもう決まっている


次のLEVELのために戦いを探しに行かない


今日も谷の帰りに避けられない相手が出た


だから戦った


その結果8になった


それでいい


STATUSを消す


寝床へ背中を預ける


一気に眠気がくる


「今日はもう何もせん」


「肉?」


「食うた」


「もう一枚」


「せん言うたやろ」


「食べるだけ」


「それも今日は終わり」


ルッカが不満そうにする


「明日」


「明日な」


外はもう暗くなり始めている


今日は朝から谷へ行った


大型魔物の生存を確認した


傷は残っていた


低い音をまた聞いた


別の大型痕跡を見つけた


帰りには、本来もっと奥にいる危険な魔物と戦った


情報は増えた


でも原因は分からない


「森の奥で何が起きてんねやろな」


ルッカは少し考える


「分からない」


「せやな」


今はそれでいい


分からないのに答えを作らない


見たものを残す


危険なら避ける


必要なら戦う


帰れるときに帰る


その積み重ねで、今日も俺たちは家にいる


LEVEL8


少し丈夫になったらしい体


六種類の魔法


二つのSKILL


まだ分からない森


守りたい家


みんなが使う第二水場


昨日初めて入った人間の村


強くなった理由は、数字を増やしたかったからではない


帰るために戦った結果、数字が増えた


「これならええ」


自分で言う


「何が?」


ルッカがもう横になりながら聞く


「強なり方」


ルッカはよく分かっていない顔をした


それから、


「明日、肉取る?」


「……それは必要かもしれんな」


保存食がかなり減っている


生活のための狩り


それなら別だ


ルッカが満足そうに目を閉じる


俺も横になる


LEVEL8になっても、疲れたら眠い


腹が減れば食べる


家へ帰れば安心する


そういうところは何も変わらなかった

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