強くなったところ、弱いところ
第27回 強くなったところ、弱いところ
翌朝、俺はいつもより少し早く目が覚めた
理由は分かっている
LEVEL7
昨日から、その数字が妙に頭へ残っている
寝る前にもSTATUSを確認したし、起きてすぐにも確認したくなった
別に寝ている間に8になっているとは思っていない
それでも、新しく買った物を何度も眺めてしまうような感覚に近い
寝床から体を起こし、隣を見ると、ルッカはまだ眠っていた
岩陰の外は明るくなり始めている
昨日までの雨も残っておらず、屋根から水が落ちる音もしない静かな朝だ
「STATUS」
声に出す必要はないと思うけど、なんとなく呟く
見慣れた表示が現れる
NAME セイジ
RACE ゴブリンメイジ
LEVEL 7
HP F+
MP E+
筋力 F
耐久 F+
敏捷 E
器用 E
精神 E+
魔力 E+
SKILL
《魔力感知》
《魔力操作》
TITLE
なし
「七や」
変わっていない
当たり前やけど、その中でも目が行くのは敏捷だ
E-だったところがEになっている
たった一文字、正確には記号が一つ消えただけに見える
それでも昨日、岩陰拠点へ帰ってくるとき、体が少し軽く感じたのは気のせいではなかった
なら、どれくらい違うんやろう
そう思うと、試したくなる
ゲームなら能力値が上がれば数字で差が分かる
敏捷が十から十二になった、移動速度が何%上がった、そんなふうに確認できる
でも俺のSTATUSにそんな親切な説明はない
E-がEになりました
以上
何がどれくらい変わったかは自分で確かめろということらしい
「……走るか」
「どこに?」
後ろから声がした
振り返ると、ルッカが目を開けていた
「起きてたん?」
「今」
「ちょっと走ってみようかなと思って」
「肉?」
「なんで走る目的が肉やねん」
ルッカは寝床から起き上がる
「昨日、七になった」
「せや」
「速くなった」
「それを確認したいんや」
「競争?」
昨日はダリオに止められた
今日はダリオはいない
俺は少し考える
「ええで」
ルッカの目がわずかに明るくなった
ただし、朝飯を食ってからだ
空腹のまま全力で走って、何かあっても嫌やしな
保存していた食べ物を少し食べ、水を飲む
ルッカには当然、肉を取られた
いや、取られたというか普通に渡した
その代わり、今日は俺の確認に付き合ってもらうことにする
岩陰拠点を出て、普段から歩いている比較的安全な範囲へ向かう
森の中なので、真っ直ぐ長距離を走れるような場所ではない
でも、それがちょうどいい
昨日感じたのは、単純な足の速さというより、木の根を越えたり、方向を変えたりするときの体の動かしやすさだった
「ここから、あそこまで」
俺が少し先の太い木を指す
ルッカも見る
「競争?」
「いや、まず俺だけ走る」
「なんで?」
「比べる前に、自分がどう感じるか見たい」
ルッカはよく分かっていない顔をしたが、頷いた
前にも何度も通った場所で、地面の状態もだいたい分かる
深呼吸をして、走る
最初の数歩で、やっぱり違うと感じた
速いというより、体がついてくる
以前なら木の根を越える前に少し歩幅を合わせていたところを、そのまま踏み切れる
低い枝を避けるときも、上半身を傾けた後の戻りが早い
足元の石を避けて横へ動いたときも、思った位置へ足が出る
「おお」
思わず声が漏れた
そのまま木まで走り、止まる
急に止まったせいで少し前へよろけた
「危なっ」
後ろからルッカが走ってくる
「遅い」
「今の競争ちゃうからな」
「遅い」
「二回言わんでええ」
でも、自分でも分かる
ルッカよりはまだ遅い
森での走り方そのものが違う
敏捷がEになったからといって、ルッカが何年も使ってきた体の動かし方まで身につくわけではない
「もう一回」
今度は少し違う道を走る
倒木を避け、木の間を抜け、一度止まって反対方向へ戻る
やっぱり動きやすい
昨日の戦闘中にこれだったら、ほんの少し余裕が増えていたかもしれない
火弾を撃つ位置へ動くのも、敵から距離を取るのも、仲間の射線から外れるのも、敏捷が高いというのはただ足が速いだけではなさそうだ
「次、競争」
ルッカが言う
「まだやるん?」
「七だから」
「その理由便利やな」
結局やった
結果は普通に負けた
しかも結構な差で
「……なんでやねん」
木の幹に手をつきながら息を整える
ルッカはそれほど息も乱していない
「ルッカ速い」
「自分で言うんや」
「セイジも前より速い」
「ほんま?」
「うん」
それならいい
勝つことが目的じゃない
強くなったところを確認したかっただけだ
ただ、ちょっとくらい差が縮まった気分にさせてくれてもよかったんちゃうかな
岩陰拠点へ戻りながら、次に試したいことを考える
敏捷が上がった
なら魔法を使うときにも何か違いが出るだろうか
魔力そのもののランクは変わっていない
器用もEのまま
だから威力や制御が急に良くなったわけではないはずだ
でも、体を動かして狙うなら敏捷も関係するかもしれない
拠点から少し離れた、普段魔法の確認に使う場所へ移る
燃えやすいものが少ない方向を選び、地面も乾きすぎていないことを確認する
ルッカは少し離れて座った
「火?」
「火や」
「大きい?」
「今日は小さい」
昨日の戦闘では《火弾》の大きさを調整した
森の中で必要以上に大きな火を出すのは危ない
敵へ当てるためなら、威力だけでなく狙ったところへ当てることも重要だ
今日はそれをもう少し試す
目標は少し先に落ちている木片
細い枝ではなく、そこそこ太い
「あれに当てる」
魔力を集める
《魔力操作》で量を抑え、普段の火弾より小さく、弱く、それでも消えない程度にする
「《火弾》」
小さな火の塊が飛び、木片の横の地面へ当たった
「外れた」
ルッカが言う
「見たら分かる」
二回目
今度は少し姿勢を変え、腕を出し、狙いを合わせて発動する
火弾は木片の端へ当たり、小さく焦げる
「当たった」
「端やな」
三回目
今度は真ん中
さっきより少しだけ魔力を減らす
作った火弾そのものは安定している
昔なら、弱くしようとすると消えたり、逆に思ったより大きくなったりしていた
今は小さな火を作ること自体はそこまで難しくない
「《火弾》」
真ん中に当たった
「よし」
「燃えた」
「消すで」
《水球》
小さく出した水を当てる
焦げた木片と周囲の地面が濡れる
「便利やなあ」
改めて思う
火を出して、水で消す
前の世界なら当たり前に別の道具が必要だったことを、自分一人でできる
ただ、便利だからといって万能ではない
昨日の中型魔物に火弾を当てるまでにも、ルッカの誘導やダリオの指示が必要だった
俺が一人で立って撃っているだけなら、避けられて終わっていたかもしれない
何発か繰り返す
大きさを変え、距離を少し変え、立ったまま撃つ
一歩動いてから、横へ移動してからも試す
昨日より体がついてくる分、動いた直後に狙うのは少し楽になった気がする
でも、魔法そのものが強くなった感じはない
「敏捷上がって、動いて撃つんはちょい楽になった感じやな」
「びんしょう?」
「昨日上がったやつ」
「E」
「覚えてんの?」
「セイジ言ってた」
ルッカは必要なところだけ妙に覚えている
「ほな次」
火の練習を終え、岩陰拠点へ戻る
ここからは生活の方だ
昨日から気になっていた追加の棚
物が増えてきた
保存食、縄、薬草、器、細かな道具、地図、紙
全部同じところへ置いていると、必要なものを取り出すたびに何かを動かすことになる
ローデンと前から話していた棚を増やしたい
ただ、ローデンが来るまでに自分でできることもある
少し離れたところに、以前集めておいた木材がある
その中から一本、少し太めのものを選ぶ
「これ運ぶか」
ルッカが木材を見る
「大きい」
「いけるやろ」
さっき敏捷が上がったことを実感したばかりだ
LEVELも7になった
なんとなく、なんとなくやけど、昨日より強い俺ならこれくらい持てそうな気がする
しゃがみ、木材の下へ手を入れ、腰を落とす
「よっ」
持ち上げる
動かない
いや、少し浮いた
「おおっ」
もう少し力を入れる
「ぬぐぐぐ……」
浮いた
数センチ
そこから上がらない
「……重っ」
一度置く
ルッカが見ている
「持てない?」
「待って、今のは持ち方が悪かった」
別の角度から掴む
今度は肩へ乗せるつもりで、
「ふんっ」
さっきより上がる
膝くらい
「おおお……」
腰がつらい
腕もつらい
肩まで持っていく前に諦めて下ろした
どん、と地面へ落ちる
「危ない」
「分かってる」
息を整える
おかしい
さっきまで確かに強くなった感じがしていたのに、木一本に普通に負けている
「……STATUS」
確認する
LEVEL7
HP F+
MP E+
筋力 F
耐久 F+
敏捷 E
器用 E
精神 E+
魔力 E+
筋力F
「そこ上がってへんのかい」
思わず声が大きくなった
ルッカが横から覗こうとする
見えないのに
「何?」
「筋力や、力の強さ」
「弱い?」
「Fや」
「F」
「昨日と一緒」
LEVELが上がったから、全能力もなんとなく強くなった気になっていた
でも実際に上がったのは敏捷だけ
筋力はFのまま
そら木材持てへんわ
いや、Fがどの程度なのか正確には知らんけど、少なくとも俺の体感としては、大きめの木を一人で軽々運べる強さではない
「LEVEL上がったら全部ちょっとずつ強なるんかと思ってたわ」
「違う?」
「違うみたいやな」
表示を見る限りはそうだ
基礎的な何かが変わっている可能性までは分からない
でも、少なくともランクとして筋力は上がっていない
敏捷は実感できた
なら筋力Fも、そのまま弱いところとして残っていると考えた方がいい
「ルッカ、ちょっと反対持って」
「うん」
二人で持つ
さっき一人で苦戦した木材が、かなり楽になる
「……最初からこうしたら良かったやん」
「セイジ、一人でやりたかった」
「確認したかっただけや」
「持てなかった」
「結果までまとめんでええ」
二人で木材を運び、拠点近くへ置く
そのあと少し細い木材も数本運ぶ
これは一人でもいける
重さを選べば問題ない
強くなったから何でもできる、ではなく、できるものは自分で、無理なら一緒に
その方が早い
昼前になった頃、森の向こうから聞き慣れた足音が近づいてきた
ルッカが先に気づく
「ローデン」
少しして、大きな体が木々の間から現れた
肩に道具と木材を担いでいる
俺がさっき二人で運んだものより太い
しかも普通に歩いている
「……なんか腹立つな」
「何がだ?」
近づいてきたローデンが聞く
「いや、こっちの話」
「朝から変な顔してるぞ」
「木持てへんかっただけや」
「どの木だ」
俺が指すと、ローデンが見る
「これか?」
片側を持つ
普通に上げる
「やめて、傷つく」
「何がだ」
「俺の心」
ルッカが笑っている
ローデンは意味が分からない顔をしながら木材を置いた
「棚を増やす話だったな」
「そうそう、それ待ってた」
「場所は決めたか?」
俺は岩陰の中へ案内する
今ある棚の横
ただし、同じ高さで増やすと調理する場所が狭くなる
だから少し位置をずらしたい
ローデンは中を見回し、今ある物の置き方を確認する
「ここに棚を足すなら、火の近くは空けろ」
「やっぱそこ危ない?」
「燃えるというより、動きにくくなる」
「なるほど」
「水を置く場所も分けた方がいい」
「保存食と一緒やと邪魔やもんな」
「それもある」
ローデンが棚の候補位置へ手を当てる
「こっちを一段増やして、下は重い物」
「縄とか?」
「縄は上でもいい」
「ほな水入れるもんとか?」
「その方がいいな」
相談していると、生活の形が少しずつ整理されていく
最初は何もなかった
置ける場所があれば、そこへ置く
寝られるところで寝る
火を使えるところで火を使う
それだけだった
今は寝床、棚、調理場所、道具、保存食、地図、それぞれの置き場所を考えている
物が増えたから面倒になったとも言える
でも、それは暮らしが増えたということでもある
「これ、俺も手伝うで」
「当然だ」
「そこは、任せろくらい言うてくれてもええんちゃう?」
「お前の家だろ」
「はい」
正論だった
ローデンが木材を測るように見て、必要な長さを決める
俺は《土成形》で棚を支える部分の地面を少し整える
岩陰だから全部を自由に変えられるわけではないが、土が出ているところなら調整できる
「ここ、ちょっと平らにするで」
「ああ、削りすぎるな」
「分かってる」
魔力を流す
《土成形》
土がゆっくり動く
盛り上がっていた部分をならし、低いところへ寄せる
大きく動かす必要はない
棚の足が安定する程度
形を作ったら、
《土締め》
柔らかいままだと沈むので固める
ローデンが足で踏んで確かめる
「もう少し右」
「ここ?」
「そこだ」
もう一度調整する
魔法だけなら一瞬で棚まで作れたら楽なのにと思う
でも《土成形》で木の棚は作れない
土だけで全部やればいいという話でもない
湿気もあるし、重さもある
壊れたときの直しやすさも違う
ローデンにはローデンのやり方がある
「次これ持ってくれ」
差し出された木材を受け取る
さっきより細い
これなら持てる
「さっきの太いやつは?」
「俺が持つ」
「頼んだ」
即答する
ローデンが少しこちらを見る
「今日は素直だな」
「筋力Fやからな」
「何だそれは」
「力が弱いってことや」
「前からだろ」
「言い方」
でも否定できない
以前なら、もう一回くらい自分で持とうとしたかもしれない
手伝ってもらうのが悪いことみたいに感じるときもあった
人間に頼ること自体、最初は怖かった
今は違う
ローデンが来てくれたなら、ローデンが得意なことは頼めばいい
その代わり、俺は魔法で地面を整えたり、細かいところを手伝えばいい
全部を同じようにできる必要はない
「そこ押さえろ」
「はいよ」
木材を固定する
ローデンが組む
ルッカも反対側を押さえる
三人で作業すると早い
途中で一度、位置が合わずにやり直した
そのときも、俺は土を少し戻す
こういう使い方なら《土成形》と《土締め》は便利だ
戦いでは敵の足場を崩したり、動きを止めたりする
家では棚を置く場所を整える
同じ魔法でも使い方が全然違う
昼を少し過ぎた頃、新しい棚が形になった
「おお」
前からあった棚の横に、もう一つ
大きさはそれほどでもない
でも、今まで床や棚の端へ寄せていた物を分けるには十分だ
「ええやん」
ルッカが触ろうとする
「まだ強く引くな」
ローデンが止めた
「壊れる?」
「今はな」
「肉置ける?」
「第一声それなん?」
「保存食なら置ける」
ローデンが答える
ルッカが嬉しそうにする
「こっち全部肉にせんでええからな」
「なんで?」
「他にも物あるからや」
新しい棚へ少しずつ物を移す
保存食、縄、使う頻度の低い道具、水を入れる容器
場所を分けるだけで、思った以上に広く感じる
調理場所の周りも片付ける
火の近くに置いていた物を少し離し、座る場所から手を伸ばして取れる物だけを残す
「ここ空いたな」
以前、物を重ねていた端が空いた
座れば一人分くらいの場所
俺はそこを見る
「ここ、魔法の練習に使えるんちゃう?」
ローデンが眉を寄せる
「ここで火を撃つなよ」
「撃たへんわ」
「お前ならやりそうだ」
「ダリオにも似たようなこと言われたんやけど」
信用とは何か考えたくなる
「火は外でやる、ここは魔力の調整とか、土ちょっと触るとかや」
魔法を試すたびに外へ大きく移動する必要はない
火や風を強く出すなら外がいい
水も量が多ければ外
でも魔力を集めたり、弱い出力を確認したりするくらいなら、拠点の端でできる
「何も置かないならいい」
「ほなここ空けとこ」
地面を少し整える
《土成形》
凸凹を減らし、
《土締め》
固める
座っても土が崩れにくい程度
これだけで小さな区切りができる
俺専用というほど大げさではない
でも、魔法をちょっと試す場所としては十分だ
「研究場所やな」
「けんきゅう?」
ルッカが聞く
「魔法試すとこ」
「火?」
「火は外」
「肉焼く?」
「それ調理場所や」
「同じ火」
「用途が違うねん」
ルッカには納得してもらえなかった
棚の作業が終わり、少し休む
ローデンが持ってきてくれた物と、こちらの保存食を分けて食べる
こういう時間も自然になった
最初の頃なら、人間が俺たちの家に入って座って飯を食うなんて考えられなかった
今はローデンが普通に壁際へ座り、ルッカが普通に隣で肉を食っている
俺もいちいち緊張しない
「昨日の話、ダリオから聞いた」
ローデンが言う
「魔物の?」
「ああ」
「もう伝わってるんやな」
「村に関わる場所だからな」
「ダリオ怪我してたで」
「それも聞いた」
「エナに見てもろた?」
「ああ、大した傷じゃなかったそうだ」
それなら良かった
昨日の未確認が一つ減った
「お前、LEVELが上がったんだってな」
「そこまで言うたん?」
「数字までは知らん」
「ほななんで」
「お前が帰り道で妙に嬉しそうだったと言ってた」
「ダリオめ」
ルッカが横から言う
「七」
「言うたらあかんやつちゃうけど、そんな元気に発表せんでええ」
ローデンは俺を見る
「七になったのか」
「うん」
「前はいくつだった」
「六」
「何が変わった」
「敏捷だけ上がった」
「それが何かは分からん」
「俺も細かいところまでは分からんけど、動きはちょい軽くなった」
「力は?」
「F」
「変わってないのか」
「変わってへん」
ローデンがさっきの木材を見る
「だから持てなかったのか」
「確認せんでもええねん」
「持てないものを持とうとするな」
「今日みんなそれ言うな」
「怪我するぞ」
正しい
反論できない
食べ終わってから、さっそく新しく空けた場所を使ってみる
大きな魔法は出さない
まず魔力を集め、《魔力操作》で少量だけ動かし、止めて、消す
もう一度、今度は少し多くして止める
こういう地味な練習は、成果が分かりにくい
でも昨日の戦闘で火弾の大きさを調整できたのは、日頃こういうことをしていたからだと思う
ローデンは棚を確認しながら、時々こちらを見る
「何してるんだ?」
「魔力だけ動かしてる」
「何も見えん」
「俺も見えるわけちゃうで、感じてるだけ」
「それで練習になるのか」
「たぶん」
「たぶんか」
自分でもそこは分からない
ただ《魔力操作》を使う感覚は、最初より確実に自然になっている
なら無駄ではないはずだ
火は外でやった
水は必要なときに使っている
風も普段から試している
土は今日かなり使った
光の《治癒》は怪我もないのに使うものではない
残るのは闇
六属性への適性がある中で、火、水、風、土、光は使えるようになった
でも闇だけは、いまだに魔法を一つも使えない
「そういや、久しぶりにこれもやってみるか」
「何を?」
ルッカが近づいてくる
「闇」
「暗くする?」
「できたらな」
やり方が分からない
火なら火を思い浮かべた
水なら水
風なら空気の動き
土なら地面
治癒は傷を治すイメージ
闇は何や
暗さ
影
光がない状態
何度か試したことはある
そのたび何も起こらなかった
今日も同じように手を出す
目の前の影を見る
魔力を流し、暗く、濃く、影を広げるような感覚
「……」
何も起きない
「どう?」
ルッカが聞く
「何も」
「暗くない」
「知ってる」
もう一度
今度は目を閉じる
真っ暗な場所
夜
光が消える
そんなものを思い浮かべる
魔力を少し動かす
「……」
やっぱり何もない
「むずいな」
ローデンが近くから聞く
「何をしようとしてる」
「闇の魔法」
「そんなものも使えるのか」
「適性はあるらしい」
「らしい?」
「六属性に適性はあるみたいやけど、適性あるだけで魔法使えるわけちゃうみたいや」
「今まで使ったことは?」
「ない」
「なら無理に使う必要もないだろ」
「それ言われたらそうなんやけど」
せっかく適性があると分かっている
使えたら何ができるのか気になる
でも今は何も起こらない
LEVELが上がったから急に闇属性まで使えるようになる、ということでもないらしい
「今日はここまでやな」
長くやっても仕方ない
魔力を無駄に消費するほど試す必要もない
闇属性は保留
できないものはできない
それでいい
午後になり、ローデンは棚の最終確認をしてから帰る準備を始めた
「もう帰るん?」
「ああ、村でもやることがある」
「今日は助かったわ」
「また棚が足りなくなったら言え」
「頼んでええん?」
「一人で太い木を持とうとするくらいなら呼べ」
「まだ言う?」
「次もやるだろ」
「……たぶん」
「ほらな」
笑われた
以前なら、次も頼むのは悪い気がしていたかもしれない
でも今は、
「ほな、そのとき頼むわ」
普通に言えた
ローデンも普通に頷いた
それだけだった
大げさな話ではない
助けてもらうことに、いちいち理由をつけなくてもいい
俺ができるときは手伝う
ローデンが得意なときは頼る
そういう関係になってきたんだと思う
ローデンを見送ったあと、俺とルッカは少しだけ森へ出た
遠くへ行くつもりはない
目的は《魔力感知》の確認だ
昨日、三つの反応がこちらへ近づいているのを以前より分かりやすく感じた
ダリオにも、これから感知を役目に入れると言われた
なら、自分が何を分かって、何を分からないのかを知っておいた方がいい
「ルッカ」
「ん?」
「俺が感知して何か見つけたら、その辺見てもらってええ?」
「何を見る?」
「跡とか匂いとか」
「いいよ」
森の中をゆっくり歩く
戦いに行くわけではない
危ないところへ向かうつもりもない
普段使っている範囲だけ
《魔力感知》
周囲へ意識を広げる
近くには何もない
少し先に小さな反応
動いている
鳥か、小動物か、分からない
反応は上の方へ移動し、すぐ遠ざかった
「今、あっちなんかおった」
俺が上を指す
ルッカが見る
「鳥」
「見えたん?」
「鳴いた」
「感知いらんかったな」
もう少し進む
次は左
かなり小さく、動きが遅い
「左に何か」
ルッカが地面を見る
「小さい」
「何?」
「分からない」
「ルッカでも分からんことあるんやな」
「ある」
当然か
ルッカだって森の全てを知っているわけではない
さらに進む
今度は少し離れた右奥
何かある
一つ
いや、反応が重なっているような
動いているのか止まっているのか、距離があるせいか分かりにくい
「右奥になんかおる」
俺は足を止める
「一個か二個か……ちょっと分からん」
ルッカがそちらを見る
すぐには行かない
地面を確認しながら、少しだけ右へ移動する
俺もついていく
「近づかんでええで」
「見てるだけ」
ルッカは草の根元へしゃがみ、土を見る
少し先の葉を見て、何かを指で触り、鼻を近づける
「二匹」
「え?」
「二匹いる」
俺はもう一度感知する
確かに反応が二つに分かれている気はする
でも自信はない
「なんで二匹って分かったん?」
ルッカが地面を指す
「跡」
俺には一つの跡にしか見えない
「重なってる?」
「うん」
昨日の捕食魔物のときも似たようなことを言っていた
「新しい?」
ルッカは首を振る
「古い」
「どれくらい?」
「今日じゃない」
「そんなことまで分かるん?」
「乾いてる」
言われて見る
確かに跡の縁が崩れているような気もする
でも俺一人なら絶対気づかない
ルッカはさらに周りを確認する
「こっち来ない」
「なんで?」
「向こう行った」
跡が続いている方向を見る
俺が感じる魔力反応の方とは少しずれている
「じゃあ今感じてるやつと、この跡のやつ別?」
ルッカが少し考える
「分からない」
「そらそうか」
古い足跡が二匹分
今、右奥に魔力反応がある
それだけでは同じ個体か分からない
でもルッカは少なくとも、二匹が通ったこと、跡は古いこと、こちらへ向かう痕跡ではないことまで分かる
俺は魔力がある場所を感じられる
でも、何の魔物か分からない
足跡がいつのものか分からない
どちらへ進んだかも、魔力反応が動いていなければ判断しづらい
「全然違うな」
「何が?」
「俺とルッカの分かること」
俺は目を閉じて感知する
右奥
二つらしい反応がいる
それだけなら、俺の方が早く見つけられるかもしれない
木や茂みの向こうでも感じられる
でも、その反応が消えたあと、俺にはほとんど何も残らない
ルッカなら跡を見る
草を見る
匂いを見る
それがいつ通ったか、どちらへ行ったか、危険かどうか、そこまで判断できることがある
「魔力感知あったら、森のこと全部分かるようになるんかなって、ちょっと思ってた」
「全部?」
「どこに何がおるとか」
ルッカは首を傾げる
「分からない?」
「分からへんな」
むしろ昨日よりはっきりした
《魔力感知》は便利だ
間違いなく強い
昨日だって、接近を早く察知できたから戦う場所を選べた
でも万能ではない
感じられるのは魔力
俺がそこから読み取れる範囲だけ
「昨日、ダリオに役目にするって言われて嬉しかったんやけどな」
「役目」
「せや、敵とか危ないもん先に見つける役」
「セイジ見つける」
「うん、でも見つけた後はルッカにも見てもらわなあかんな」
「一緒?」
「一緒やな」
ルッカは頷いた
「じゃあいい」
簡単な答えだった
それでいい
俺が全部分かる必要はない
魔力感知で何かを見つける
ルッカが痕跡を見る
ダリオが危険を判断する
必要ならエナやローデンやミラにも相談する
それぞれ分かるものが違う
その方が、たぶん強い
しばらく様子を見たが、右奥の反応はこちらへ近づいてこなかった
追いかける理由もない
そのまま岩陰拠点へ戻る
新しい棚があるだけで、中が少し違って見えた
物が整理されたせいで、今までより広い
調理場所も使いやすい
端には魔法を試すための小さな空間もある
「ええ感じやな」
「肉どこ?」
「新しい棚」
ルッカがすぐ確認する
「見つけた」
「そら俺が入れたからな」
夕方の食事を作りながら、今日一日を思い返す
LEVEL7
敏捷E
走れば少し速くなった
体を動かしやすくなった
魔法を撃つときの位置取りにも使えそうだ
でも筋力F
重い木は持てない
魔力感知は以前より分かりやすくなっている
でも森の痕跡は読めない
火弾は弱く細かく扱えるようになってきた
でも何でも当てられるわけではない
土魔法は生活でも役に立つ
でも棚そのものはローデンに作ってもらった
闇属性は、
「……何も起こらんかったな」
「闇?」
ルッカが肉を食べながら聞く
「せや」
「またする?」
「今日はもうええ」
できないものまで無理にできることにする必要はない
STATUSを開く
LEVEL7
数字は上がった
でも、数字が一つ増えたから全部が強くなったわけではない
筋力FはF
魔力E+はE+
《魔力感知》も《魔力操作》のまま
新しい魔法もない
TITLEもなし
「分かりやすいな」
「何が?」
「強なったとこもあるし、弱いままのとこもあるってことや」
ルッカが俺を見る
「セイジ弱い?」
「言い方」
「力、弱い」
「筋力はな」
「木、持てない」
「その件もうええやろ」
「ローデン持てた」
「比較せんといて」
ルッカが笑う
俺も笑った
別にええ
ローデンより力が弱くても、ルッカより森を走るのが下手でも、エナより薬草を知らなくても、ダリオより戦いの判断が遅くても、ミラより人との話や記録が下手でも、俺には俺のできることがある
魔力を感じられる
魔法が使える
少しずつ扱いも上手くなっている
敏捷も上がった
強くなった部分を使えばいい
弱いところは、
「頼ったらええか」
口に出す
「誰に?」
ルッカが聞く
「みんなに」
「ルッカも?」
「もちろん」
「肉?」
「肉については頼らん」
「なんで?」
「むしろ減るからや」
ルッカが不満そうに肉を噛む
俺は笑いながら水を飲む
前の俺なら、強くなったと分かったら、もっと一人でできるようにならないと、と考えていたかもしれない
でも今は逆だ
自分の強いところと弱いところが分かれば、誰に頼ればいいかも分かる
何を自分が担当すればいいかも分かる
それは悪いことではない
むしろ、昨日の戦いで一番分かったことだ
一人で三体倒す必要はなかった
俺が一体を倒した
ダリオが一体を倒した
ルッカが敵を動かした
三人で必要なことをした
それで全員帰ってこられた
食事を終え、棚をもう一度見る
保存食、水、縄、道具
前より探しやすい
調理場所も空いている
魔法を試す場所もできた
たった一日で家が少し便利になった
LEVELが上がるのとは違う成長だ
STATUSには出ない
でも確かに良くなっている
「明日は何する?」
ルッカが聞く
「まだ決めてへんな」
「肉取り?」
「保存食減ってきたらな」
「減ってる」
「ルッカが食うからや」
そんな話をしていると、森の外から足音が聞こえた
一瞬身構える
でも、ルッカはすぐに顔を上げた
「ローデン」
「戻ってきたん?」
夕方に帰ったばかりだ
何か忘れ物でもしたのか
少し待つと、やっぱりローデンが現れた
ただ、さっきとは少し顔が違う
仕事の話をしに来たような真面目な表情だ
「どうしたん?」
俺が立ち上がる
「忘れ物?」
「いや」
ローデンは岩陰の入口近くで止まった
「村から話がある」
「村?」
俺とルッカを見る
「セイジとルッカ、二人にだ」
俺は思わずルッカと顔を見合わせた
エナからでも、ダリオからでも、ローデンからでもなく、村から
俺たち二人へ、正式に用事がある
そんな言い方をされたのは、たぶん初めてだった
「何の話?」
「第二水場と、森の道のことだ」
ローデンはそこで一度言葉を切った
「詳しいことは、明日話す」
「明日?」
「ああ」
「第二水場で?」
俺が聞くと、ローデンはすぐには答えなかった
その短い間が、妙に気になった
そして、
「村の側から、お前たちに来てほしいと言ってる」
そう言った
俺はもう一度ルッカを見る
ルッカも俺を見ている
ハルナ村
すぐ近くにあるのに、俺たちはまだ一度も直接入ったことがない場所
その村から、俺たちに用事がある
今日一日、強くなったところと弱いところを確かめて、できないことは頼ればいいと思った
その日の最後に、今まで近づかなかった場所の方から、俺たちへ声がかかった




