強くなる理由
第26回 強くなる理由
翌朝、森は昨日の雨をまだ少し残していた
地面は柔らかく、踏みしめるたびに湿った土の匂いが立ち上るが、頭上には薄い青空が見えている
岩陰拠点の屋根も、夜の間に新しく漏れた形跡はなかった
朝一番にそこを確認してから、俺は保存肉を一枚かじり、水を飲んだ
ルッカは当然のように二枚目へ手を伸ばした
「一枚や」
「昨日、二枚食べた」
「昨日は昨日や」
「今日は?」
「今日は一枚」
「少ない」
「朝から肉だけで腹いっぱいにしようとすんな」
不満そうな顔をしながらも、ルッカは手を引っ込めた
昨日、第二水場から戻ってから考えていたことがある
水、保存食、縄、それから怪我をしたときに使うもの
最低限の備えをどうするかという話だ
第二水場へ物を置きっぱなしにするのは難しい
食べ物を置けば匂いで動物が来るかもしれないし、雨や湿気もある
なら、あそこへ行くときに持っていく物をある程度決めておいた方がいい
今日も俺の荷物には水と少量の保存食、それから縄が入っている
薬草については、まだ勝手に決めない
次にエナに会ったとき相談するつもりだ
「今日は第二水場?」
ルッカが聞いてきた
「せやな、昨日も行ったけど、今日は第二水場とその周りを見るつもりやし」
昨日、第二水場を見ながら考えたことの一つが、利用する人が増えるなら周囲の安全も今まで以上に気にした方がいいということだった
俺とルッカだけが水を取りに行く場所なら、危ないと思えば近づかなければいい
でも今は違う
エナたちも来る
ローデンも来る
ミラも来る
村側から第二水場へ向かう人間が通ることも増えているらしい
俺たちはまだハルナ村へ入ったことがない
それでも、村と森の間を行き来する人間がいることくらいは分かる
全部を俺たちが守るなんて話ではない
ただ、第二水場のすぐ近くに危険なものがいるなら、知らん顔もしにくい
「今日は谷、行かない?」
「行かへん」
「見るだけも?」
「行かへん」
「ちょっとだけ」
「昨日の俺みたいなこと言うなや」
ルッカが笑った
昨日、水のある谷の方向を見たとき、一瞬だけ少し確認しに行こうかと思った
結局やめた
今考えても、あれで正解や
気になることと、今行くべきことは違う
今日は第二水場と、人間側からそこへ続く経路の周りを見る
それだけだ
「ほな行こか」
「うん」
岩陰拠点を出て、いつもの道を進む
雨上がりの森は痕跡が見つけやすいようで、逆に消えているものも多いらしい
ルッカは時々しゃがみ込み、地面を見たり、草を触ったりしている
俺にはただの泥に見えるところでも、ルッカには何か分かるらしい
「なんかおる?」
「小さいの」
「危ないやつ?」
「違う」
「ならええか」
歩きながら、俺は《魔力感知》にも意識を向ける
最近は移動中に使うことが増えた
最初の頃は、魔力を感じようとするとそれだけで意識を集中しなければならなかった
今は歩きながらでも、ぼんやり周囲へ意識を広げられる
もちろん何でも分かるわけではない
木の向こうにいるのが何の魔物かなんて分からないし、大きさも正確には判断できない
ただ、何か反応がある
どっちの方向にある
一つなのか、いくつかあるのか
そのくらいなら、以前より掴みやすくなってきた気がする
第二水場へ着くと、簡易屋根のそばにダリオがいた
俺たちを見ると、軽く片手を上げる
「来たか」
「おはようさん」
「今日は早いな」
「ルッカが肉二枚目食う前に出てきたからな」
「関係ない」
ルッカが即座に否定した
ダリオは少し笑ってから、第二水場の周りへ目を向けた
昨日確認したときと大きく変わった様子はない
水も流れている
簡易屋根も無事だ
長椅子も濡れてはいるが壊れてはいない
「昨日、ここ見たんやけどな」
「聞いてる」
「今日はもうちょい人間側の道も見るん?」
「ああ、ここを使う人間が増えた」
ダリオが森の一方向を指す
「村から直接ここまで一本道ってわけじゃないが、来る道はだいたい決まってる」
「危ないもんが出てへんか確認しとく、と」
「そういうことだ」
「三人で?」
「大人数で歩き回る方が目立つ」
「それもそうやな」
前に遭遇した大型魔物みたいなものを探しに行くわけではない
第二水場の周辺を確認するだけなら、ダリオ、ルッカ、俺の三人で十分だという判断らしい
戦いに行くつもりもない
見つけたら避けられるものは避ける
危険な痕跡があれば、第二水場を使う人間に知らせる
それが今日の目的だ
「セイジ」
「ん?」
「前に話したことは覚えてるな」
ダリオが俺を見る
「谷には行かへん」
「それもだが、危険を見つけても自分から追うな」
「はい」
「返事が軽い」
「ちゃんと分かってるって」
ルッカが俺を見る
「昨日、ちょっと行こうとした」
「おい」
「行ってへんやろ!」
ダリオが呆れたようにため息をつく
「お前は魔法を覚えるたびに妙な自信をつけるな」
「そんなことないやろ」
「ある」
ルッカまで同意した
「二対一は卑怯ちゃう?」
「人数の問題じゃない」
「はいはい、今日は追いかけません」
「今日は、じゃなくてだ」
話しながらも、ダリオの目は森を見ている
やっぱりこういうところは違う
俺なら会話していると、つい相手の方ばかり見てしまう
ダリオは喋りながら周囲も確認している
経験の差なんやろう
俺たちは第二水場を離れ、人間側の経路へ向かった
先頭はルッカ
少し後ろにダリオ
俺は最後だ
とはいえ一直線に進むわけではない
ルッカが地面を見て方向を変え、ダリオが周囲を確認しながら進む
俺は《魔力感知》を使う
三人で同じことをしているようで、見ているものが違う
「ここ」
しばらく進んだところで、ルッカが止まった
「なんや?」
地面を指差している
近づいて見るが、俺には少し土がへこんでいるようにしか見えない
ダリオはしゃがんだ
「新しいな」
「何の跡?」
「俺には分からん」
「ダリオでも分からんのか」
「足跡だけで何でも分かると思うな」
ルッカが少し離れた草の根元を見る
それから鼻を近づけるようにして、周囲を確認した
「何か通った」
「それは俺でも分かる」
「大きい」
「どれくらい?」
ルッカが少し考える
「セイジより大きい」
「比較対象が俺なんや」
俺はゴブリンなので、人間より小さい
俺より大きいと言われてもかなり幅がある
「四本足?」
ダリオが聞く
「うん」
「一体か?」
ルッカは地面を見ながら数歩動く
「分からない、重なってる」
ダリオの顔が少し真剣になる
俺も《魔力感知》へ意識を向けた
今のところ、近くに大きな反応は感じない
「ここ通っただけやったらええけどな」
「この辺じゃ見ない跡だ」
「そうなん?」
「ああ」
昨日考えていたことが頭をよぎる
森の中で何かが動いている
大型魔物
負傷したもの
狼みたいな魔物たち
森の奥の低い音
全部がつながっているとは限らない
むしろ勝手につなげる方が危ない
今見つけた足跡だって、ただ偶然ここを通っただけかもしれない
「これも森の異変なんか?」
「決めつけるな」
ダリオがすぐに答える
「一つ跡があっただけだ」
「せやな」
「ただ、この辺りまで来る種類じゃない可能性はある」
「可能性?」
「ルッカ」
呼ばれたルッカが頷いた
「もっと奥にいる」
「知ってるん?」
「見たことある」
「何を?」
ルッカは少し困った顔をした
どうやら名前を説明できるほど詳しいわけではないらしい
「肉食うやつ」
「だいたいの魔物そうちゃう?」
「四本足」
「それも多いな」
「牙ある」
「さらに増えた気がする」
ダリオが小さく笑った
「名前まで分からなくてもいい、危険かどうかだ」
「危ない」
ルッカは迷わず答えた
「人を襲う?」
「襲う」
それなら警戒した方がいい
ダリオが立ち上がる
「跡の方向だけ見る、深追いはしない」
「了解」
そこから進み方が少し変わった
会話が減り、ルッカが足跡を拾いながら進む
俺も《魔力感知》へ意識を集中する
足跡は森の奥から浅い方へ向かっているらしい
第二水場そのものへ真っ直ぐ進んでいるわけではない
それでも人間側の経路と近い
しばらくすると、草が大きく倒れている場所があった
ルッカがそこで止まる
「ここ、いた」
「何体?」
ダリオが聞く
「たぶん三つ」
「三体か」
三体
中型
人を襲う可能性がある
嫌な数字やな
「もう離れたんちゃう?」
言いながら、《魔力感知》を広げる
すぐ近くには何もない
右
前
後ろ
何も
左
そこで、意識に引っかかるものがあった
俺は立ち止まった
「待って」
ダリオがすぐこちらを見る
「どうした」
「左の方」
意識を集中する
一つ
いや、違う
重なっている
近い位置に複数
「何かおる」
「数は?」
「ちょい待って」
以前なら、反応があると分かっただけで精一杯だったかもしれない
今は一つの大きな反応ではないことが分かる
少し距離がある
動いている
止まっていない
「複数や」
「二体か?」
「そこまでは……いや、三つ、かもしれん」
三つの反応が近い
完全に区別できるわけではないが、一つではない
「こっちへ動いてる」
俺が言うと、ルッカが左側へ走りかけた
ダリオが腕を出して止める
「待て」
ルッカはその場でしゃがみ、地面を見る
少し進んだ先の草
折れた茎
湿った土
鼻を使って匂いも確かめる
「さっきの」
「間違いないか?」
「たぶん」
ダリオはすぐ周囲を見た
「距離は?」
「分からん、けど近づいてる」
《魔力感知》の反応はまだある
方向もさっきと同じ
確かに動いている
しかもこっちだ
「離れるぞ」
ダリオは即座に決めた
「戦わへんの?」
「戦う理由がない」
昨日、俺が考えたことと同じだった
必要もないのに戦うことはない
危険な魔物がいるなら、位置を覚えて戻り、第二水場を使う人間に知らせればいい
俺たちは静かに進路を変えた
来た道をそのまま戻るのではなく、反応から離れる方向へ移動する
ルッカが先に立つ
ダリオが俺の後ろを見る
俺は感知を続ける
「まだ来てる」
「こっちに気づいてるか?」
「分からん」
魔力感知で相手の気持ちまでは分からない
ただ動いていることしか分からない
「速くなってる気がする」
「走るぞ」
三人で速度を上げた
地面が濡れているので走りにくい
それでもルッカは迷わない
俺はその後ろを追う
昨日STATUSを見たとき、敏捷はE-だった
人間の感覚からすれば、俺の体は小さくて軽い
けど、ルッカと比べると森の中を走る技術は圧倒的に向こうが上だ
木の根を避け、滑りやすい場所を選ばず、枝を潜って進んでいく
「セイジ、まだか」
後ろからダリオの声
俺は走りながら感知する
「まだおる、こっち来てる!」
逃げれば振り切れるかもしれない
そう思った直後だった
前を走っていたルッカが急に止まった
危うく背中へぶつかりそうになる
「なんや!?」
「人」
「え?」
ルッカが前方を指す
耳を澄ませる
遠くから声が聞こえた
人間の声
一人じゃない
まだ姿は見えない
でも、第二水場の方向からこっちへ向かっている
ダリオの顔色が変わった
「村の連中だ」
「今日来る予定やったん?」
「何人か水場へ行くとは聞いてる」
まずい
俺たちは今、危険な魔物から離れる方向へ動いている
その先から村人が来ている
このまま俺たちだけ横へ逃げれば、魔物と村人がぶつかる可能性がある
「戻らせる?」
俺が聞く
「間に合うか分からん」
ダリオが周囲を見る
「セイジ、反応は?」
「まだ三つ、近づいてる」
今度はかなり分かりやすい
さっきより近い
「人の方に行く可能性ある?」
「分からん、けど俺らが避けたら……」
言い切る必要はなかった
ダリオも分かっている
ルッカも同じだった
「戦う?」
ルッカが聞く
ダリオは一瞬だけ黙った
たぶん、頭の中でいくつかの選択肢を比べている
その間にも反応は近づく
村人の声も少しずつ大きくなる
「迎え撃つ」
ダリオが言った
声が低い
「村の連中と合流する前に止める」
俺の胸が少し強く鳴った
昨日、LEVELを上げるためだけに魔物を探して殺すのは違うと決めた
今日は魔物を探しに来たわけではない
むしろ避けようとした
それでも戦うことになった
逃げれば誰かが襲われるかもしれないから
必要な戦い
昨日考えていたことが、そのまま目の前に来た
「どうする?」
俺が聞く
「ここでは駄目だ」
ダリオが前方を見る
左右に木が多い
村人がこちらへ来る道も近い
「少し戻る、開けた場所があった」
「さっきの倒れた草のとこ?」
ルッカが聞く
「いや、その手前だ、木が二本並んでた場所」
ルッカはすぐ理解したらしい
「分かった」
「セイジ」
「うん」
「火を大きくするな」
「森やしな」
「それだけじゃない、敵が何か分からん」
確かにそうだ
火が効くかも分からない
前に遭遇した大型魔物みたいに、火弾が大した効果にならない相手もいる
「ルッカは前に出過ぎるな、地形を見ろ」
「うん」
「俺が正面を取る、セイジは後ろから魔法だ」
「了解」
三人で少し戻る
逃げるためではない
戦う場所を選ぶためだ
こういう判断が俺にはまだできない
敵が来た
なら撃つ
ついそう考えてしまう
ダリオは先に、どこで戦うかを決める
俺が魔法を使えることも考えている
少し戻ると、確かに木と木の間が広く空いた場所があった
左側には太い根が地面から大きく出ている
右には低い茂み
ルッカがそこを見て、すぐ動いた
「こっち来るなら、ここ通る」
「分かるん?」
「走るなら通りやすい」
ダリオが頷いた
「セイジ、あの根の後ろ」
「俺?」
「ああ、真正面に立つな」
「分かった」
俺は太い根の後ろへ移動する
完全に隠れるわけではない
前方は見える
でも、一直線に飛びかかられたとき少し障害になる
ダリオは俺より前
ルッカは左の木の近く
三人が固まらないように位置を取る
「村人は?」
俺が聞く
「声を出すな、気づいてこっちへ来られる方が危ない」
なるほど
助けを呼ぶ人数でもないし、戦えない人まで近づいてきたら余計に面倒だ
俺は両手を空ける
《火弾》
いつでも撃てる
でも、まだ撃たない
《魔力感知》に意識を向ける
「来る」
一つ
二つ
三つ
やっぱり三つだ
方向が少しずつ分かれている
広がっているわけではない
ほぼ一緒に動いている
「三つや、たぶん」
「距離は?」
「もう近い」
ルッカが鼻を動かした
「臭いする」
次の瞬間、茂みの向こうから低い唸り声が聞こえた
俺の背中に冷たいものが走る
姿が見える前の声というのは嫌だ
何が出てくるか分からん
「構えろ」
ダリオが短く言う
枝が揺れた
最初の一体が姿を現した
四本足
低い体
俺よりは明らかに大きい
太い前脚と長い口
口の端から見える牙
毛は濡れて体へ張り付き、背中が不自然に盛り上がって見える
名前は分からない
見たこともない
でも、ルッカが危ないと言った理由は一目で分かった
その後ろから二体目
さらに少し離れて三体目
やっぱり三体だ
「三体!」
「見えてる!」
そらそうや
ダリオは武器を構えたまま、一体目から目を離さない
魔物たちもこちらを見ている
逃げる様子はない
むしろ唸りながら間を広げ始めた
「囲む気や」
思わず口から出る
「セイジ、一番右を見ろ!」
ダリオの声
右の一体が俺の方へ回ろうとしている
「分かった!」
火を作る
《火弾》
いつもより小さく
威力を落としすぎない
森の中で大きな炎を撒き散らす必要はない
狙うなら相手の体
飛んだ先の木に当てない角度
魔力を集める
ここ最近、生活のために火を弱く使う練習をしてきた
強い火を出すだけではなく、必要な量にする
その感覚を今度は戦いに使う
右の魔物が地面を蹴った
速い
「《火弾》!」
放つ
火の塊が飛ぶ
相手は横へ跳んだ
外れた
火弾はその先の湿った地面へ当たり、小さく火が散る
「外した!」
「次を撃て!」
言われなくても分かってる
もう一度魔力を集める
敵は一度方向を変え、今度は低く走ってくる
狙いにくい
速い
このまま撃ってもまた避けられる
「ルッカ!」
俺が叫ぶより先に、ルッカが動いていた
左側にいたはずのルッカが、木の後ろから石を投げる
石が魔物の横へ落ちた
当てるためではない
音で注意をずらした
魔物の頭が一瞬そちらを向く
「今!」
ダリオの声
《火弾》
二発目
今度は当たった
魔物の肩の辺りに火が弾ける
甲高い声
体勢が崩れる
でも倒れない
「まだや!」
痛みで怒ったのか、魔物がこちらへ向き直る
来る
距離が一気に縮まった
「《風圧》!」
前へ押し出す
空気の塊がぶつかる
完全には止まらない
ただ、走っていた魔物の前脚がずれ、体が横へ流れる
地面が濡れていたこともあって、そのまま滑った
「うおっ」
自分でやっておいて声が出た
倒れるまではいかない
けど、一瞬だけ動きが止まる
そこへダリオが別の魔物を押し返しながら叫んだ
「仕留めろ!」
胸が鳴る
仕留める
それはつまり、殺すということだ
一瞬だけ昨日の話が頭をよぎった
必要なら戦う
家を守るなら
水場を守るなら
人を守るなら
今がそれだ
迷っている時間はない
倒れかけた魔物が顔を上げる
俺を見る
口が開く
牙が見える
魔力を集める
大きすぎない
でもさっきより強く
外さない距離
狙う場所を決める
「《火弾》!」
火が一直線に飛んだ
今度は避けられない
火弾が魔物の胸から首に近い部分へまともに当たった
火が弾ける
衝撃で体が地面へ落ちる
一度だけ脚が動いた
起き上がろうとしたようにも見えた
でも立たない
焦げた臭いがする
声もない
動かない
「……一体」
言葉が勝手に出た
俺がやった
今の火弾で
死んだ
確認している時間はなかった
「セイジ!」
ルッカの声で顔を上げる
二体目がダリオへ飛びかかっている
ダリオは正面から受けず、体をずらして攻撃をかわす
そのまま横から武器を振る
魔物が悲鳴を上げた
三体目はルッカの方だ
「ルッカ!」
「大丈夫!」
大丈夫に見えへん
ルッカは木の周りを回るように動いている
魔物が追う
でも木が邪魔で真っ直ぐ飛びかかれない
さっきダリオが、地形を見ろと言った意味が分かった
ルッカは戦っているというより、敵を動かしている
自分より大きな相手と正面から力比べをしない
追わせて
向きを変えさせて
こちらへ背中を見せる位置へ動かす
「セイジ!」
「見えてる!」
火弾を作る
ただし撃てない
ルッカが近い
魔物が木の向こうへ回る
ルッカも反対側へ動く
狙いが入れ替わる
「離れて!」
「今!」
ルッカが横へ飛んだ
魔物の体がこちらへ向く
「《風圧》!」
先に風を当てる
横から
魔物の体がよろける
その隙にルッカが距離を取る
これなら撃てる
《火弾》
今度は少し小さめ
当たった
背中で火が弾ける
魔物がこちらを見る
怒った
完全に俺へ狙いを変えた
「来るで!」
自分に言っているのか、みんなに言っているのか分からない
魔物が走る
俺は根の後ろから一歩ずれる
真正面から逃げたら追われる
なら
「こっちや!」
声を出す
敵が向かってくる
近い
怖い
昨日の大型魔物ほどではない
でも、自分より大きな牙のあるものが全力で走ってくるというのは、何回経験しても慣れそうにない
あと少し
もう少し
飛びかかる直前
俺は横へ動く
太い根が間に入る
魔物が方向を変えきれず、前脚を根へ乗り上げた
「今や!」
ルッカが叫ぶ
火弾を撃とうとした
でも視界の端でダリオが見えた
二体目を押さえている
一人で二体を相手にさせる時間が長すぎる
「ルッカ、こいつ見て!」
「うん!」
俺は方向を変えた
ダリオの方へ走る
二体目の魔物は傷を負っている
それでも動いている
ダリオも無傷ではない
腕の服が少し裂けていた
血が出ているかまでは分からない
「ダリオ!」
「右から来い!」
指示どおり右へ回る
魔物の意識はダリオへ向いている
《火弾》を撃てる角度
でもダリオが近い
外したら危ない
「風からいく!」
返事を待たずに手を向ける
「《風圧》!」
魔物の横へ風をぶつける
少し体勢が崩れる
ダリオが一歩下がった
距離ができる
「もう一回!」
《風圧》
今度は正面ではなく、やや下から
前脚が浮く
完全に転ばすほどではない
それでも頭の位置が上がった
ダリオがそこへ踏み込む
一撃
魔物の体が崩れた
地面へ倒れる
まだ動いている
ダリオがもう一度武器を振る
動きが止まった
「二体!」
俺が言う
「あと一体だ!」
振り返る
最後の一体はルッカを追っていた
いや
違う
逃げようとしている
最初に俺の火弾を受けた一体が死に、もう一体も倒れた
それを見たのかどうかは分からない
最後の一体は体の向きを変え、森の奥へ走ろうとしている
ルッカは追わない
「行かせる?」
俺が聞く
ダリオが一瞬だけ見る
「追うな!」
即答だった
俺は手を下ろした
火弾は撃たない
魔物は茂みを突っ切り、森の奥へ消えた
《魔力感知》に意識を向ける
反応が離れていく
一つ
遠くなる
「逃げた」
「それでいい」
ダリオは息を整えながら答えた
「追いかけて倒す必要はない」
その言葉が、昨日の俺の考えと重なった
必要な戦い
必要がなくなったなら、そこで終わり
俺は大きく息を吐いた
急に手が震えていることに気づいた
戦っている間は気にならなかった
終わった途端に力が抜ける
「ルッカ!」
「いる」
木の向こうから出てくる
怪我はなさそうだ
「大丈夫か?」
「大丈夫」
「ほんまに?」
「うん」
「ダリオは?」
腕を見る
服が裂けている
「かすっただけだ」
「血は?」
「少しだ」
「エナ呼ぶ?」
「この程度で呼んだら怒られる」
「逆ちゃう? 放っといた方が怒られへん?」
ダリオが黙った
たぶん俺の方が正しい
「あとで見てもらお」
「分かった」
そこで、遠くから人の声が聞こえた
さっきより近い
ダリオの表情が変わる
「村の連中だ」
「来るなって言う?」
「ああ」
ダリオが声を上げた
森の向こうへ向けて、そこから先へ来るなと伝える
返事が返ってきた
何を言っているか俺には全部聞き取れなかったが、ダリオには通じたらしい
「第二水場まで戻らせる」
「俺らは?」
「ここを確認してから戻る」
俺は地面を見る
二体の魔物
一体は俺が倒した
もう一体はダリオが倒した
さっきまで動いていたものが、今は動かない
ゲームなら、ここで敵が消える
経験値が入って
数字が増えて
次へ進む
でも消えない
焦げた毛も
臭いも
地面についた血も
全部そのままだ
「セイジ」
ルッカが俺を見る
「ん?」
「大丈夫?」
「……大丈夫や」
自分でも少し遅れて返事をしたのが分かった
死んだ魔物を見る
最初の一体
俺の《火弾》が致命傷になった
間違いない
あれは俺が殺した
必要だった
もし逃げ続けていたら、第二水場へ向かう村人とぶつかっていたかもしれない
だから戦った
自分から探したわけじゃない
LEVELを上げるためでもない
必要だったから
「昨日の話」
ルッカが言う
「昨日?」
「必要なら倒す」
俺は少しだけ笑った
「覚えてたんか」
「うん」
「……そうやな」
必要やった
だから戦った
それでも、殺したことが軽くなるわけではない
でも、後悔して動けなくなるのも違う
俺はこの森で生きている
食うために殺すこともある
襲われて殺すこともある
誰かを守るために殺すこともある
そこから逃げることはできない
「セイジ」
ダリオが呼ぶ
「お前が一体仕留めたな」
「うん」
「最後の火だ」
「分かってる」
「怖いか?」
少し考える
「怖いというか……変な感じや」
「初めてじゃないだろ」
「戦ったんは初めてちゃうけど、自分が殺したってはっきり分かるんは、なんか違う」
ダリオは少しだけ黙った
「慣れすぎるよりはいい」
それだけ言った
たぶん、ダリオなりの答えなのだろう
俺はもう一度死骸を見る
そのときだった
体の奥で、何かが変わったような感覚がした
熱いわけではない
痛くもない
ただ一瞬
体が軽くなったような
何かが馴染んだような
「……ん?」
腕を動かす
変な感じはない
むしろさっきまでの疲れが、ほんの少し遠くなったように感じる
「どうした?」
「いや」
心当たりがある
まさか
「ちょっと待って」
意識を内側へ向ける
STATUS
表示が開く
NAME セイジ
RACE ゴブリンメイジ
LEVEL 7
HP F+
MP E+
筋力 F
耐久 F+
敏捷 E
器用 E
精神 E+
魔力 E+
SKILL
《魔力感知》
《魔力操作》
TITLE
なし
「……上がった」
声が漏れた
ルッカがすぐ反応する
「七?」
「七や」
昨日の会話を覚えていたらしい
「LEVEL7」
「上がった」
「上がったわ」
嬉しい
最初に出た感情は、それだった
どうしようもなく、少し嬉しい
LEVEL6から7
数字が一つ増えた
昨日、まだ6やったと確認したばかりなのに
今日もう7になった
「ほんまに上がるんやな」
「何が変わった」
ダリオが聞く
「ちょい待って」
昨日のSTATUSを思い出す
HP F+
MP E+
筋力 F
耐久 F+
敏捷 E-
器用 E
精神 E+
魔力 E+
今は
敏捷 E
「敏捷が上がってる」
「敏捷?」
「動く速さとか、その辺やと思う」
E-からE
小さな変化だ
でも確かに変わっている
さっき感じた体の軽さはこれかもしれない
「他は?」
「変わってへん」
もう一度確認する
HPはF+のまま
MPもE+
筋力F
耐久F+
器用E
精神E+
魔力E+
SKILLも《魔力感知》《魔力操作》のまま
TITLEもなし
新しい魔法も増えていない
LEVELだけ一つ上がり、能力では敏捷だけがE-からEになった
「一個だけなんやな」
昨日、魔法が六種類に増えてもLEVELが6のままだった
今度はLEVELが上がったけど、何もかも一緒に上がるわけではない
「七」
ルッカが嬉しそうに言う
「七やな」
「強くなった?」
「ちょっとは」
足を動かしてみる
急にものすごく速くなった感じはしない
でも、体を動かしたときの引っかかりが少ない気がする
さっきの戦いの疲れがあるから正確には分からない
「これだけやと分からんな」
「何がだ」
ダリオが聞く
「ほんまにどれくらい速くなったんか」
「今ここで走るなよ」
「せえへんわ」
「お前ならやりかねん」
「信用なさすぎちゃう?」
「昨日、谷を見に行きかけた奴だからな」
「行ってへんって」
ルッカが笑う
少しだけ空気が軽くなる
俺も笑った
でも、STATUSのLEVEL7という文字を見ると、どうしてもさっきの死骸が目に入る
上がった
嬉しい
強くなった
でも、そのきっかけは俺が一体殺したことだ
ゲームみたいに、経験値だけ抜き取って考えることはできない
「……必要やったから戦った」
口に出す
ダリオがこちらを見る
「何だ?」
「昨日な、ルッカと話してたんや」
LEVELを上げるためだけに魔物を探して殺して回るのは違う
強くはなりたい
でも、そのためだけに命を奪うのは違う
必要な戦いをした結果として強くなるなら、それでいい
簡単に説明すると、ダリオは黙って聞いていた
「今日は?」
最後に聞かれた
「必要やったと思う」
迷わず答えた
「逃げたら、あっちの人らとぶつかったかもしれへん」
「そうだな」
「最後の一体は逃げたから追わんかった」
「ああ」
「ほな、これでええんやと思う」
言葉にすると、少し整理できた
LEVEL7になったことを喜んでもいい
殺したことまで喜ぶ必要はない
その二つは分けて考えた方がいい
強くなったことは嬉しい
でも、次のLEVELのためにまた何か殺そうとは思わない
必要な戦いが来なければ、それでいい
来たときは、今より少し強い自分で戦える
それでいい
「戻るぞ」
ダリオが言う
「ここに長くいる必要はない」
「死骸は?」
「場所だけ覚える、今は村人を水場まで戻す方が先だ」
「分かった」
俺たちはその場を離れた
来たときより、森の見え方が少し変わっている
LEVELが上がったからなのか、戦いの後だからなのかは分からない
歩き始めてすぐ、体が少し軽い気はした
木の根を越えるとき
低い枝を避けるとき
足を置く場所を変えるとき
一つ一つはほんの少しだ
前なら一歩余計に必要だったところへ、そのまま足が届くような感じ
「セイジ」
前を歩くルッカが振り返る
「何?」
「速くなった」
「分かる?」
「ちょっと」
「ほんまか」
俺より森を走るのが上手いルッカが言うなら、本当に少し変わっているのかもしれない
嬉しくなって歩く速度を上げる
「調子に乗るな」
後ろからダリオ
「まだ何もしてへんやろ」
「顔が調子に乗ってる」
「顔で判断すんな」
「乗ってる」
ルッカまで言う
「お前までダリオ側につくんか」
「七だから」
「意味分からん」
第二水場へ戻ると、簡易屋根の近くに人影があった
数人の村人だ
俺とルッカの姿を見て、一瞬動きが止まる
まだ慣れていない人間なのだろう
俺も止まりかける
ダリオがそのまま前へ出た
「大丈夫だ」
誰に対して言ったのか分からない
村人に対してか
俺に対してか
たぶん両方だ
何人かはこちらを見る
露骨に逃げることはない
でも、完全に平気という感じでもない
俺とルッカはまだハルナ村へ入ったことがない
エナたちとは話せる
ダリオともローデンともミラとも一緒に動ける
だからといって、村のみんなが俺たちを仲間と思っているわけではない
そこは勘違いしたらあかん
「さっきの声、聞こえた?」
一人がダリオに聞く
「ああ、危険な魔物が三体いた」
村人たちの表情が変わる
「三体?」
「二体は倒した、一体は森の奥へ逃げた」
「ここまで来てたのか?」
「この道の近くだ」
ダリオが状況を説明する
俺は少し離れたところで聞く
ルッカはもう長椅子へ座っていた
切り替え早すぎへん?
「セイジ」
「ん?」
「肉」
「今?」
「戦った」
「それ言われたら弱いな」
荷物から保存肉を取り出す
一枚渡す
ルッカは満足そうに食べ始めた
俺も座る
急に腹が減っていることに気づく
戦った後だからかもしれない
水を飲む
冷たい
生き返る
「セイジも食べる?」
ルッカが自分の肉を少しこちらへ差し出した
珍しい
「ええん?」
「うん」
「朝二枚目欲しがってたやん」
「今はある」
どういう理屈か分からないが、ありがたく少しもらう
「うまいな」
「肉だから」
「肉への信頼すごいな」
横でそんな話をしていると、ダリオが戻ってきた
「お前ら、もう食ってるのか」
「戦ったし」
「ルッカと同じこと言うな」
「必要な補給や」
「さっきまで死骸見て難しい顔してた奴とは思えんな」
「それと腹減るんは別や」
人間というか、ゴブリンというか
生き物なんてそんなもんかもしれない
重く考えても腹は減る
怖い思いをしても喉は渇く
生きて帰ってきたら飯を食う
それでいい気がする
ダリオも長椅子へ座った
俺は裂けた腕の服を見る
「ほんまに大丈夫?」
「ああ」
「エナには見てもらいや」
「分かってる」
「治癒いる?」
「いらん」
即答だった
「かすり傷だ」
「ほなエナ判断やな」
「お前、治せるのに慎重になったな」
「治せるから何でも俺がやる、は違うやろ」
前なら、せっかく覚えた魔法だから使いたくなっていたかもしれない
今も使えるものは使いたい
でも、エナは傷を見る知識がある
俺の《治癒》は便利だけど、何でも解決するものではない
ダリオが小さく笑う
「少しは覚えたか」
「少しってなんや」
「昨日ならすぐ光らせてただろ」
「そこまでちゃうわ」
自信ないけど
村人たちは少し離れたところで水を確認している
俺たちの存在を気にしながらも、第二水場を普通に使い始めている
昨日思った
ここはみんなの場所だ
今日、その意味が少しだけ増えた気がした
俺とルッカがいる
ダリオがいる
村の人もいる
同じ水を使って
同じ屋根の近くで休む
全員が仲良しというわけではない
俺を警戒している人もいる
それでも同じ場所を使える
そのために、さっき戦った
そう考えると、LEVEL7になったことが昨日とは違う意味に思えてくる
昨日は数字だった
今日は理由がある
「なあダリオ」
「何だ」
「さっきのやつ、この辺に普通におる魔物なん?」
ダリオはすぐ答えなかった
「ルッカが言うには、もう少し奥にいる」
「やっぱ浅いところまで来てる?」
「可能性はある」
「また異変?」
「だから決めつけるな」
「分かってるって」
昨日から何回言われてるんやろ
でも、重要なんやと思う
大型魔物がいた
今日も危険な魔物が浅い場所で見つかった
だから全部同じ原因
そう考えるのは簡単だ
簡単すぎる
「ただ、記録はしといた方がええな」
「記録?」
「地図に、今日おった場所」
「それはいい」
ダリオが頷く
「ミラにも話せ」
「了解」
原因は分からなくても
何が
どこに
いついたか
それは残せる
分からないことを無理に答えにしなくても、分かっていることだけ積み上げればいい
森の異変もたぶん同じだ
しばらく休んでから、俺はもう一度STATUSを開いた
LEVEL7
何度見ても7だ
「また見てる」
ルッカが言う
「ええやろ、上がったばっかりなんやから」
「七」
「せや」
敏捷E
昨日まではE-
一段階というほど大きいのか、小さいのか分からない
でも表示は変わった
他はそのまま
SKILLも同じ
魔法も増えていない
「魔法は六個のままやな」
「六」
「LEVELだけ七になった」
「七の方が多い」
「そこ競うところちゃうで」
ルッカは何となく満足そうだった
俺は表示を消す
魔法が増えたときは、できることが増えた実感が分かりやすかった
水を出せる
風を出せる
土を動かせる
傷を治せる
LEVELが一つ上がった変化は、それより地味だ
敏捷が少し上がった
体が少し軽い
その程度
でも、この程度が積み重なれば大きいのかもしれない
次に同じ魔物と戦うことがあれば、今日より一歩早く避けられるかもしれない
一歩早く位置を変えられるかもしれない
火弾を撃てる場所へ早く動けるかもしれない
それで誰かが怪我をせずに済むなら、十分意味がある
「さっきな」
俺はダリオを見る
「俺が感知したとき、三つあるって前より分かりやすかった気がする」
「レベルが上がったからか?」
「いや、それは上がる前や」
戦闘前
LEVEL6のときだ
だからLEVEL7になった結果ではない
「《魔力感知》使う回数増えたからかな」
「お前が一番分かるんじゃないのか」
「それが分からんねん」
スキルの表示は変わっていない
《魔力感知》
ただそれだけ
熟練度みたいな数字も見えない
でも、使い始めた頃よりできることは増えている
最初は何かあるという感覚だけ
今は方向
複数かどうか
動いているかどうかも、ある程度なら分かる
「スキルも練習したら上手くなるんかな」
「魔法がそうなら、そうなんじゃないか」
「適当やな」
「俺にSTATUSは見えん」
「それ言われたら何も言えん」
確かにそうだ
この辺は自分で確かめるしかない
ただ、今日役に立った
あの反応に気づかなかったら、もっと近い距離で遭遇していたかもしれない
あるいは村人が先に出会っていたかもしれない
魔力感知そのものが敵を倒したわけではない
でも、戦う前に存在を知れた
そういう力も大事だ
「セイジ」
ダリオが少し真面目な声で呼んだ
「何?」
「今日、お前が先に気づいた」
「うん」
「俺とルッカだけなら、痕跡で追えたとしても、接近に気づくのはもう少し遅れたかもしれない」
「おお」
褒められてる?
「火も風も使えた」
「まあな」
「だから次から、お前がいるときは感知も役目に入れる」
少し意外だった
今までも使っていた
でも、自分が勝手にやっている感じだった
ダリオの口から役目と言われると、意味が違う
「戦闘要員ってこと?」
「それもある」
「それも?」
「魔法を撃つだけじゃないってことだ」
胸の奥が少し温かくなる
昨日、自分一人で全部やる必要はないと思った
今日もそうだった
ダリオが場所を決めた
ルッカが地形を使った
俺が感知して
火と風を使った
一人なら、たぶん三体相手にあんなふうには戦えなかった
強くなるというのは、俺一人が全部できるようになることじゃない
俺にできることを増やして、必要な場所で使えるようになることなのかもしれない
「了解」
短く答える
妙に嬉しいので、それ以上言うと顔に出そうだった
「顔が嬉しそう」
ルッカが言う
「出てた?」
「出てる」
「ええやん別に」
「調子に乗るなよ」
ダリオが言う
「まだ何もしてへんやろ!」
また同じやり取りになって、三人で笑った
第二水場にいる村人たちの緊張も、少しだけ和らいだように見えた
俺たちはまだ村には入らない
今すぐ入る理由もない
でも、こういう場所で少しずつ顔を見られて
危険があれば一緒に避けて
必要なら戦って
同じ場所で飯を食う
そういう積み重ねでも関係は変わるのかもしれない
帰る前に、水を補充する
保存食は少し減った
縄は使わなかった
応急処置用品はまだ決めていない
昨日考えた最低限の備えは、今日の戦いで少し現実味が増した
「縄、使わんかったな」
俺が言うと、ダリオが変な顔をした
「使わない方がいいだろ」
「いや、持ってきた意味なかったかなと思って」
「使わなくても必要な物はある」
「なるほど」
「水だって全部飲まなかったからいらなかった、とはならんだろ」
確かに
備えというのは、使わなかったら無駄ではない
使わずに帰れる方がいい物もある
「怪我の道具もちゃんと決めよ」
「エナに聞け」
「昨日からその予定や」
「なら忘れるな」
「分かってる」
水のある谷の方向へ目を向ける
今日の魔物がどこから来たのか
あの谷と関係があるのか
大型魔物と関係があるのか
何も分からない
今日分かったのは、普段より奥にいるはずの危険な魔物が、人間側の経路に近いところまで来ていた可能性があるということだけ
それ以上はまだ言えない
調べるなら、今日みたいに準備がいる
人もいる
そして、逃げられない戦いが起きるかもしれない
そのとき、今日より少しだけ強くなった俺がいる
LEVEL7
敏捷E
それだけで何でもできるわけではない
でも昨日より一つ進んだ
岩陰拠点へ戻る道で、俺は何度か自分の足を気にした
やっぱり少し軽い
大きく違うわけじゃない
ルッカに追いつけるほどでもない
ダリオが驚くほど速くなったわけでもない
でも、木の根を越えるときに足が出やすい
濡れた地面で体勢を直すのも少し楽な気がする
「セイジ」
前を歩いていたルッカが振り返る
「競争する?」
「せえへん」
「七なのに?」
「LEVEL7になったら競争せなあかん決まりないやろ」
「負けるから?」
「……やる?」
「やめろ」
ダリオに止められた
「帰るまでが見回りだ」
「先生みたいなこと言うなあ」
「誰が先生だ」
「ローデン先生とは別の先生や」
「いらん」
ルッカが笑いながら先へ進む
その背中を見て、俺も少しだけ歩幅を広げた
強くなった
ほんの少し
その理由は、魔物を殺したかったからじゃない
逃げた先に誰かがいたから
放っておけなかったから
必要だったから戦った
その結果としてLEVELが上がった
昨日自分で決めたことを、翌日に確かめることになるとは思わなかった
岩陰拠点が見えてくる
屋根
寝床
棚
保存食
俺とルッカの家
少し離れたところには、みんなが使う第二水場がある
今日、そこへ向かう人たちを守るために戦った
それなら、このLEVEL7は嫌いじゃない
家へ戻ると、ルッカが真っ先に棚を見る
「肉」
「またか」
「戦った」
「その言葉、今日何回使う気や」
「七になった」
「それ俺や」
「お祝い」
「なんでルッカが多く食う前提やねん」
それでも一枚取り出して半分にする
俺とルッカで分ける
小さな祝いだ
豪華なものはない
いつもの保存肉
いつもの水
いつもの岩陰
でも今日はそれでいい
肉を噛みながら、もう一度だけSTATUSを開く
LEVEL 7
敏捷 E
その他は変わらない
SKILLも変わらない
魔法も六種類のまま
TITLEもなし
「七やな」
「七」
隣でルッカが答える
「次は八」
言いかけて、止めた
ルッカが俺を見る
俺は少し考えてから笑う
「いや、別に急がんでええか」
「八、いらない?」
「欲しくないわけちゃう」
強くなりたい
それは変わらない
でも、次の数字を上げるために明日敵を探しに行く必要はない
必要なことをする
家を整える
食べ物を確保する
第二水場を使いやすくする
森の様子を見る
仲間と相談する
その途中で、避けられない戦いが来るなら戦う
「必要になったらやな」
「戦う?」
「必要ならな」
ルッカは頷いた
俺も保存肉を噛む
昨日よりほんの少し強くなった体で
昨日と同じ家に座って
昨日と同じように飯を食う
それが妙に嬉しかった




