↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
25/103

久しぶりのSTATUS

第25回 久しぶりのSTATUS


目を覚ましたとき、最初に聞こえたのは雨の音だった


岩陰の外で葉を叩く細かな音が続き、時々、枝に溜まった水がまとまって落ちる大きな音が混じる


眠ったのがいつもより遅かったせいか、体は少し重い


昨日は森の奥から現れた大きな魔物を、水のある谷の方向へ追いやるために、朝からずっと動き回っていた


倒したわけではない


追い払ったとも少し違う


俺たち六人で考えて、道を選んで、障害物を使って、どうにか危ない場所から動かした


あの巨大な体が森の奥へ消えていった光景を思い出しながら、寝床の上でしばらく天井を見上げる


いや、天井というより屋根やけどな


葉と枝、それから手を入れた部分が重なっている俺たちの屋根だ


雨音を聞いた瞬間、眠気が少し飛んだ


「……雨やん」


横を見ると、ルッカはまだ丸くなって寝ている


昨日はこいつも走り回ったし、森の道を何度も行ったり来たりした


大型の魔物がどっちへ動くか、どの道なら人のいる場所から離せるか、俺よりずっと森を知っているルッカがいなかったら、そもそも昨日のやり方は成立していない


起こさんように体を起こし、まず寝床の周りを見る


以前に雨漏りした場所


一か所


もう一か所


それから、修理した屋根の下


地面は乾いていた


手を伸ばして触ってみても、湿っている感じはない


「おお……漏れてへん」


声が少し大きくなったらしい


後ろで布が動く気配がして、ルッカが顔だけを上げた


「雨?」


「雨やな」


「漏れた?」


「今んとこ大丈夫そうや」


ルッカはしばらく屋根を見上げ、それから寝床の端に手を伸ばした


以前、水が落ちてきた辺りを触る


「濡れてない」


「せやろ、ちゃんと直ったんちゃうか、これ」


少し得意になって言うと、ルッカはもう一度屋根を見上げた


「ローデン、すごい」


「そこ俺ちゃうんや」


「セイジもやった」


「ほな半分くらい俺もすごいことにしとこか」


「半分?」


「いや、ローデン先生が七割くらいやな」


「じゃあ、セイジ三割」


「厳密やな」


ルッカは小さく笑った


雨の日は嫌いやった


前の世界でもそうやったし、この森に来たばかりの頃はもっと嫌いやった


濡れるし、火は扱いにくくなるし、寝る場所まで湿れば体力が削られる


けど今は、雨の音を聞きながら乾いた場所に座っていられる


それだけでずいぶん違う


自分たちで直した屋根がちゃんと雨を止めてくれている


岩陰の奥には寝床があって、棚があって、食べ物を置く場所があって、火を使う場所もだいたい決まっている


まだ立派な家とは言えんかもしれんけど、俺にとっては十分に家やった


「もうちょい見とこか」


「屋根?」


「せや、今は大丈夫でも、雨が強なったら漏れるかもしれへんしな」


ルッカも起き上がり、二人で屋根の下を確認していく


修理した二か所以外にも、枝の隙間から細かな水滴が落ちそうな場所がないか、地面が湿り始めていないかを見る


外から回り込んだ水が壁際に溜まっていないかも確認した


排水の流れは問題なさそうだった


ローデンに教わったことを思い出しながら眺めていると、自分でも少しだけ見る場所が分かるようになってきた気がする


最初は屋根なんて雨が落ちてこんかったらそれでええと思っていた


今なら、水がどこへ流れるかまで考えなあかんのは分かる


分かるけど、自分で全部できる気はせえへん


そういうところは素直にローデンを頼るのが正解やろう


昨日だってそうやった


俺一人で魔法を撃ちまくったところで、あの大型の魔物をどうにかできたわけやない


ダリオが危険を見て、ルッカが道を見て、ローデンが障害物の使い方を考え、エナとミラもそれぞれ必要なところを支えてくれた


俺は俺のできることをやった


それでうまくいった


以前の俺なら、もう少し自分で何とかしようとしてたかもしれへん


「腹減った」


ルッカの声で考え事が切れた


「朝からいつも通りやな」


「昨日いっぱい走った」


「それはそうやな、俺も腹減ったわ」


朝飯は保存してある肉を少しと、昨日までに確保していた食べ物で済ませることにした


雨の日に無理して外へ出て食料を探す必要はない


こういう日に動かんでも食べられるように、少しずつ保存できるものを増やしてきた


それだけでも生活はかなり楽になった


肉を温めながら棚を見る


一段目はだいぶ使い方が決まってきている


食べ物


塩


薬草


細かな道具


全部がきっちり整理されているわけではないけど、以前みたいに、その辺に置いたものを毎回探すことは減った


追加の棚はまだ必要やな


物が増えれば増えるほど置く場所もいる


暮らしが便利になると、便利になった分だけ次に欲しいものが見えてくる


人間とは贅沢な生き物や


今はゴブリンやけど


「これ、まだある」


ルッカが保存肉を指差す


「あるけど、食べすぎたらなくなるで」


「また取る」


「雨の日に言う台詞ちゃうなあ」


「晴れたら」


「それならまあ」


肉を分けると、ルッカは満足そうに食べ始めた


俺も口に入れる


豪華な食事ではない


けど、雨の中で食料を探して歩かなくてもいい


昨日みたいなことがあった翌日に、こうして座って朝飯を食える


それはたぶん、俺がこの世界に来たばかりの頃からしたら、とんでもない贅沢だった


食べ終わる頃には雨が少し弱くなっていた


屋根から落ちる水の量も減り、森の音が戻ってくる


ルッカが外を見た


「行く?」


「どこに?」


「水場」


「ああ、第二水場か」


ルッカが頷く


昨日のこともあるし、今日は遠くへ行くつもりはなかった


大型の魔物を水のある谷の方向へ動かした以上、あっちがどうなったかは気になる


けど、確認しに行くのは別の話や


今すぐ様子を見に行って、昨日の続きみたいなことになったら意味がない


ダリオにも言われている


危ない場所へ一人で入らない


分からないものを分からないまま追いかけない


大型の魔物が森の奥で聞こえた低い音と関係しているのかも分かっていないし、前に見つかった傷や、狼みたいな魔物たちとの関係だって分からない


分からないことだらけや


だから今日は、そこへ踏み込まない


「第二水場なら行こか」


「うん」


「ただし谷の方は行かへんで」


ルッカは少し考えてから頷いた


「今日は行かない」


「今日は、な」


あそこはいずれ確認せなあかんと思う


昨日の魔物が本当にそのまま奥へ行ったのか


あの辺りに何があるのか


低い音の正体は何なのか


気になることは増える一方や


けど、気になるから行くでは、森の中ではたぶん長生きできない


準備して、誰と行くか決めて、戻る時間も考えてからや


朝飯の片付けをしている途中、棚の隅に置いてある紙が目に入った


二枚もらったうちの一枚は、今は地図に使っている


もう一枚はまだ手を付けていない


地図の方を広げると、俺が描いた線よりミラが整えてくれたところの方が圧倒的に分かりやすい


岩陰拠点


第二水場


森の入口へ向かう道


分かっている範囲だけやけど、以前よりずっと形になってきた


昨日、大型の魔物を誘導した辺りを指でなぞり、その先へ視線を向ける


水のある谷


まだ地図の中でも、ほとんど何も描かれていない場所だ


「あっち」


ルッカが横から指を伸ばした


「昨日のやつやろ」


「うん」


「気になるか?」


「気になる」


「俺もや」


ルッカは地図の空白をじっと見る


森を俺より知っているルッカでも、水のある谷について全部を知っているわけではない


むしろルッカが慎重になる場所なら、俺が軽い気持ちで行く場所ではない


地図を畳んで棚へ戻した


「今日はこっちや」


第二水場の方を指すと、ルッカも頷いた


雨がほぼ止んだところで外へ出る


森は濡れていた


葉の先から落ちる水滴が光を拾い、地面には湿った土の匂いが広がっている


俺たちの家の屋根を外から見て回ると、修理した部分に大きな崩れはなかった


枝の重なりも残っている


「大丈夫そうやな」


「うん」


「次に強い雨来たときも確認やな」


「また雨?」


「そら降るやろ」


ルッカは少し嫌そうな顔をした


「晴れがいい」


「それは俺も同意や」


出発する前に、持っていくものを確認する


水


少しの食料


薬草


縄


絶対に全部必要になるとは限らない


けど、昨日みたいなことがあると、最低限のものを持っている意味がよく分かる


何も起きなかったら、それが一番ええ


何か起きたとき、持ってくればよかったと後悔する方が嫌や


そう考えながら荷物をまとめていると、ふと第二水場の休憩所のことが頭に浮かんだ


「なあルッカ」


「ん?」


「あっちにも、最低限なんか置けたら便利やと思わへん?」


「何を?」


「水とか、食いもんとか、縄とか、怪我したときに使うもんとか」


ルッカは少し考えた


「置いたら、動物来る」


「せやな」


食べ物を置きっぱなしにしない


第二水場を使い始めるときに決めたことの一つだ


匂いにつられて魔物や獣が寄ってくる可能性があるし、誰もいない場所に大事なものを置くのも危ない


「ほな、常に置いとくんやなくて、持って行く分を決めとくとかやな」


「持って行く?」


「第二水場に行くときは、これだけは持って行こうっていうやつや、みんなで使えるようにな」


ルッカが荷物を見る


「水」


「水はいるな」


「肉」


「保存できるやつな、でも肉だけやなくてええで」


「肉がいい」


「そこは知ってる」


「縄」


「いるな」


「薬草」


「それはエナに聞かなあかんな、俺が勝手に選ぶより絶対ええ」


治癒の魔法が使えるようになってから、怪我に対する気持ちは少し変わった


前ほど、傷を見ただけでどうしようもないとは思わなくなった


けど、治癒が万能ではないことも分かっている


エナが使う薬草も必要だし、傷の状態を見る知識もいる


何でも魔法で治せると思うのは危ない


俺の《治癒》は便利や


便利やけど、それだけや


「応急処置の道具みたいなん、まとめられたらええな」


「おうきゅう?」


「怪我したとき、最初に使うもんや」


「薬草?」


「薬草もやな、あと布とか……まあ、その辺はエナに聞こ」


知らんことを知ったふりして決めても仕方ない


昨日も今日も、それを何度も思う


俺は前の世界の知識がある


この世界では、それが役に立つことも多い


でも全部がそのまま使えるわけではない


薬草ならエナの方が詳しい


森の道ならルッカ


建物ならローデン


危険なときの判断ならダリオ


言葉や人とのやり取り、地図をまとめるならミラ


そういう人たちがいるのに、俺が全部知っている顔をする必要はない


「よし、行こか」


第二水場へ向かう道は、もう何度も歩いている


それでもルッカは先を見ながら進む


俺も《魔力感知》を意識する


何かいるか


妙な魔力はないか


森の中では、いつもの癖になりつつある


感知できる範囲を無理に広げようとはせず、自分の周りを確かめながら歩いた


何か特別なものが見つかったわけではない


昨日の大型の魔物の気配も感じない


それでいい


今日は何かを見つけるための日ではない


第二水場へ着くと、簡易屋根の下は思ったより乾いていた


完全に雨を防げるわけではないが、休むには十分だ


壁はない


長椅子があり、水が溜まらないように排水も考えてある


最初にここを見つけたときとは、ずいぶん雰囲気が変わった


ルッカが真っ先に水の方へ行き、俺は休憩所の周りを見て回る


大きく荒らされた形跡はない


屋根も残っている


地面も問題ない


昨日の大型の魔物がこちらへ戻ってきた様子もなさそうだった


「大丈夫」


戻ってきたルッカが言う


「水も?」


「いつもと同じ」


「ほな良かった」


水辺にしゃがみ込み、手で掬う


冷たい


そのまま飲むと、昨日の疲れまで少し抜けるような気がした


この場所も、最初はただの水場やった


今は休める場所があって、みんなが来る


エナが薬草を見て、ローデンが屋根を直して、ダリオが危険な場所を決め、ミラが地図に道を書き足す


俺とルッカだけの場所ではない


そう思うと、少し不思議な感じがする


岩陰拠点は俺とルッカの家


ここはみんなの場所


その違いが、最近は自分の中ではっきりしてきた


どっちも大事や


大事やから、守り方も考えなあかん


「ここにずっと物置くんは、やっぱり危ないな」


俺が言うと、ルッカは長椅子に座りながら頷いた


「動物来る」


「せやな、食いもんは特にな」


俺も隣へ座る


「でも、来るときに持ってくる最低限の物を決めとくんはありやと思う」


指を一本立てる


「まず水」


ルッカも真似して一本指を立てた


「水」


「次、保存できる食いもん」


「肉」


「保存食な」


「肉」


「はいはい」


二本目


「縄」


三本目


「あと怪我したときの道具、これはエナに相談」


「薬草」


「そうそう、エナがええって言うやつな」


それ以外にも必要なものはあるかもしれへん


ただ、増やしすぎれば持ち運ぶのが大変になる


最低限という言葉は簡単やけど、何が最低限か決めるのは意外と難しい


昨日みたいな大型の魔物が毎回来る前提で荷物を持つわけにもいかない


逆に、何も起きない前提で空身になるのも違う


ダリオならどう考えるやろう


たぶん、必要なものだけ持てと言う


ローデンなら置き場所や雨対策を考えるかもしれない


エナなら薬草の種類と量を見る


ミラなら、誰が何を持ったか分かるようにした方がいいと言うかもしれない


「今度みんなで決めよか」


「うん」


「ここ、もう俺らだけが使う場所ちゃうしな」


ルッカが周りを見る


水場


簡易屋根


長椅子


濡れた森


「みんなの場所」


「せや」


その言葉が思ったより自然に出てきた


少し前まで、人間に見つからないことばかり考えていた


今も警戒がなくなったわけではない


俺とルッカはまだハルナ村に入ったことがない


村のみんなと仲良くなったわけでもない


知っているのはエナたち数人だけだ


それでも、一緒に使う場所ができた


何かあったら話をする相手がいる


昨日みたいに危険があれば、一緒に考えることもできる


それはかなり大きな変化やと思う


ルッカが保存肉を見た


「食べる?」


「さっき食うたやろ」


「歩いた」


「そんな歩いてへん」


「歩いた」


「まあ、一枚だけな」


結局食べるんかいと思いながら渡すと、ルッカは満足そうに受け取った


俺は水を飲みながら、ぼんやり森を見る


昨日までと同じ森のはずなのに、少しだけ見え方が違う


大型の魔物がいた


俺たちだけではどうにもならん可能性があるものが、この森には普通にいる


昨日はうまくいった


でも次も同じようにできる保証はない


そこで、ずっと後回しにしていたことを思い出した


「……そういや」


ルッカが肉を噛みながら俺を見る


「なに?」


「俺、しばらくSTATUS見てへんな」


「すてーたす?」


「そう、それ」


ルッカには何度か説明した気はするけど、俺に見えるあの表示を同じように見られるわけではない


俺自身も、最近は生活や魔法の練習ばかりで、ちゃんと確認していなかった


魔法は増えた


《火弾》だけだった頃から考えれば、かなり増えた


《治癒》


《水球》


《風圧》


《土締め》


《土成形》


できることは確実に増えている


それなのに、LEVELを最後に確認したのはずいぶん前だ


昨日も魔法を使った


その前にも大型の魔物と向き合った


けど、倒してはいない


そもそもこの世界のLEVELは、敵を倒した結果として上がる


倒すというのは、殺すということだ


魔法を覚えたから上がるわけでもない


暮らしが上手くなったから上がるわけでもない


家を作ったから上がるわけでもない


「ちょっと見るわ」


「今?」


「今や」


長椅子に座ったまま、意識を向ける


最初にこの表示を見たときは、何が何やら分からんかった


今は見方も分かる


頭の中で呼び出すように意識すると、見慣れた表示が現れた


NAME セイジ


RACE ゴブリンメイジ


LEVEL 6


HP F+


MP E+


筋力 F


耐久 F+


敏捷 E-


器用 E


精神 E+


魔力 E+


SKILL


《魔力感知》


《魔力操作》


TITLE


なし


「……六」


思わず声が出た


「六?」


ルッカが聞く


「LEVELや、まだ六やった」


「まだ?」


「いや、別に上がってると思ってたわけでもないんやけど……」


もう一度見る


LEVEL 6


間違いない


能力も前に確認したものと同じだ


HPはF+


MPはE+


筋力F


耐久F+


敏捷E-


器用E


精神E+


魔力E+


SKILLは《魔力感知》と《魔力操作》


TITLEはなし


何か増えた表示もない


能力ランクが上がった様子もない


「ほんまにそのままやな」


このしばらくで、できることはかなり増えた


最初は火の玉を飛ばすことしかできなかった


今は傷を治せる


水を出せる


風を押し出せる


土を締められる


土の形を整えられる


それでもSTATUSの数値というか、ランクは変わっていない


LEVELも6のままだ


「魔法、増えたのになあ」


「増えた」


ルッカが即答する


俺は指を折って数える


「《火弾》」


「火」


「《治癒》」


「治す」


「《水球》」


「水」


「《風圧》」


「風」


「《土締め》」


「土」


「《土成形》」


「土」


「六個や」


改めて数えると、本当に増えた


最初の一個から六個


属性で見ても、火、光、水、風、土まで使えるようになっている


適性がある六つのうち、まだ使っていないのは闇だ


適性があるからといって勝手に使えるわけではない


これは今までで十分分かっている


闇属性の魔法はまだ一つも使えない


空間魔法も使えない


アイテムをどこかへしまえる便利な能力もない


できることが増えたからって、何でもできるようになったわけではない


「六種類も魔法覚えたのに、LEVELも六なんか」


妙な一致やな


別に魔法一個につきLEVEL一個なんて仕組みではないはずやけど、並べると少し面白い


「セイジ、六」


「せやな」


「魔法も六」


「そうそう」


ルッカが少し笑う


「同じ」


「そこだけ見ると分かりやすいな」


俺も笑った


けど、すぐにもう一度STATUSを見る


LEVEL6


これを低いと考えるべきか、高いと考えるべきかは分からない


他人のSTATUSは見られない


比較できる相手もいない


だからLEVEL6がこの森でどの程度なのか、俺には判断できへん


ただ一つ言えるのは、昨日の大型の魔物を見たとき、俺は自分が十分に強いとは思えなかった


火を当てた


水も使った


風も土も使った


それで、思うようにはいかなかった


もしあれが本気で俺たちを追ってきていたら


もし誘導できなかったら


もし逃げ道を塞がれていたら


考えれば考えるほど、昨日は危ないところが多かった


もっと強ければと思う


それは本音だ


魔力がもっとあれば


火弾がもっと強ければ


土をもっと大きく動かせれば


魔物が襲ってきても簡単に追い払えるくらいになれたら


俺とルッカの家も


この第二水場も


エナたちも


もっと安全になるかもしれない


「……強なりたいな」


自然に口から出た


ルッカは肉を食べ終え、俺を見る


「強く?」


「せや、昨日みたいなん来ても、もうちょい余裕持てるくらいにな」


「セイジ、強い」


「ありがとな、でも昨日のやつ見たやろ」


ルッカの顔が少し真面目になる


「大きかった」


「大きかったなあ」


思い出すだけで嫌になる


あれを倒せと言われても、今の俺には方法が思いつかない


魔法を全部撃ち込んだらどうにかなる、という相手でもなさそうやった


そこで頭をよぎる


LEVELを上げればええんやろうか


魔物を倒せば経験値が入る


なら、森を歩いて魔物を探して、倒せるやつを倒して回ればLEVELは上がるかもしれない


ゲームなら普通のやり方だ


むしろ当然や


レベル上げ


経験値稼ぎ


前の世界では何度もやった


安全な場所をぐるぐる回って、敵を倒して、数字を上げる


けど、この森では敵を倒すというのは、画面の中の数字を減らすことではない


殺すことだ


目の前にいる生き物を


必要もないのに


自分が強くなるためだけに


「……ちゃうな」


「なに?」


「いや、なんでもない」


俺はSTATUSの表示を消した


LEVEL6という数字だけが頭に残る


強くなりたい


それは変わらない


けど、そのために森を歩き回って、見つけた魔物を片っ端から殺すのは違う


食うためなら狩ることはある


襲われれば戦う


誰かを守るために倒さなあかんこともあるやろう


そういう戦いまで避けるつもりはない


俺はもう、何も殺さずにこの森で生きていけるとは思っていない


実際、ここまで来る間にも戦った


その結果としてLEVELが上がった


でも、LEVELを上げたいから殺すのと、生きるために戦った結果LEVELが上がるのは、俺の中では同じじゃない


たぶん、この線は大事や


「ルッカ」


「ん?」


「強なるためだけに、魔物探して倒しに行くんはどう思う?」


ルッカはすぐには答えなかった


質問の意味を考えているらしい


「食べる?」


「食べるためやなくて」


「襲ってくる?」


「襲ってきてもない」


「じゃあ、なんで倒す?」


「強なるため」


ルッカはさらに考えてから、首を傾げた


「倒さなくていい」


「……せやんな」


ものすごく単純な答えだった


でも、俺にはそれで十分だった


「倒さんでええやつを、わざわざ探して倒す必要はないわな」


「うん」


「襲ってきたら?」


「倒す」


「食べるなら?」


「倒す」


「家壊しに来たら?」


ルッカの顔が変わった


「倒す」


さっきより強かった


思わず笑う


「家はあかんか」


「家はだめ」


「俺もや」


そこなんやと思う


俺が強くなりたい理由


数字を上げたいからじゃない


強い魔法を見せたいからでもない


俺とルッカが暮らす家がある


みんなが使う第二水場がある


何かあったときに、力が足りなくて全部なくなるのが嫌や


昨日は六人いたから、どうにかなった


これからも一人で何でもやるつもりはない


それでも、俺ができることを増やしておけば助かる場面はきっとある


必要な戦いは避けられへん


その結果として強くなるなら、それでいい


「よし」


立ち上がる


「決めた」


ルッカも立つ


「何を?」


「無理にLEVEL上げはせえへん」


「れべる」


「俺が強なる数字みたいなもんや」


「六」


「今は六やな」


「七になる?」


「そのうちな」


いつなるかは分からない


必要な戦いがなければ、ずっと6のままかもしれない


それでもいい


魔法はLEVELが上がらなくても練習できる


実際、六種類まで増えた


《魔力感知》も《魔力操作》も、普段から使っている


数字だけが強さの全部ではない


昨日だって、必要だったのは魔法の威力だけじゃなかった


逃げ道


地形


仲間


判断


それを忘れたらあかん


第二水場の周りをもう一度確認し、持ってきた水の容器を見る


ここは水場だから、飲み水そのものは確保できる


ただ、移動中や何かあったときのために、容器へ入れて持ち歩ける分は必要だ


「水はここで足せるな」


「うん」


「保存食は毎回持ってくる」


「肉」


「肉以外でもええ」


「肉」


「強い意志を感じるわ」


ルッカは真剣だった


「縄も一本くらいは持ってくるようにするか」


昨日も、何かを固定したり引いたりする道具の大切さは分かった


何でも魔法で代用しようとすると、MPを使う


普通の道具で済むことまで魔法に頼る必要はない


「怪我のやつはエナ」


ルッカが言う


「せやな、次会うたとき聞こ」


エナなら、俺たちが持ち歩くなら何がいいか教えてくれるだろう


量も、使い方も


治癒の魔法があっても、エナの知識は必要だ


むしろ治癒を覚えたからこそ、どこまでできるか分かっている人の話を聞いた方がいい


「ローデンには、屋根の話もせな」


「漏れてない」


「そうそう、今んとこ成功やって報告や」


ルッカが嬉しそうに頷く


「先生、すごい」


「三割俺もな」


「セイジ三割」


「覚えてたんか」


少し休んでから、第二水場を離れることにした


今日は他に誰も来ていない


だからといって不安になる感じはなかった


誰かが毎日ここにいるわけではない


必要なときに来て、使って、帰る


次はエナが来るかもしれない


ローデンが屋根を見に来るかもしれない


ダリオが周囲を確認するかもしれない


ミラが地図を持ってくるかもしれない


そうやって使われていけば、ここはもっと自然にみんなの場所になっていくんやろう


帰り道、少しだけ水のある谷へ続く方向が見える場所で、ルッカが足を止めた


俺も止まる


森の奥


濡れた木々の向こう


昨日、大型の魔物が進んでいった方向だ


何も見えない


低い音も聞こえない


静かな森が続いているだけ


「いるかな」


ルッカが言う


「あのでかいやつ?」


「うん」


「分からんな」


「谷」


「気になるなあ」


一歩だけ、そちらへ向き直る


行こうと思えば行ける


ルッカがいる


俺には魔法もある


昨日と違って、追われているわけでもない


少しだけ見に行くくらいなら


そんな考えが頭を出す


けど、そこで止めた


「帰ろか」


ルッカが俺を見る


「行かない?」


「今日はな」


「うん」


「見に行くなら、ちゃんとみんなと話してからや」


昨日あれだけ大変な思いをして動かした魔物を、興味本位で追いかけるほど俺も馬鹿ではない


……たぶん


少なくとも今日は大丈夫や


水のある谷は消えない


気になるものも、分からないことも、明日になったら全部なくなるわけではない


急ぐ理由がないなら、準備する


それでいい


岩陰拠点へ戻る頃には、空が少し明るくなっていた


雨は完全に止んでいる


家の前へ着くと、ルッカが先に屋根の下へ入り、すぐに地面を確認した


「濡れてない」


「ほんまやな」


朝より雨が続いた後でも問題ない


俺も屋根の内側を触って回る


修理した二か所も乾いている


「これは成功ってことでええやろ」


「成功」


「次にもっと強い雨来たら、また確認やな」


「晴れがいい」


「そこは変わらんな」


荷物を置き、持って帰った水や食べ物を整理する


縄も戻す


薬草の残りを見る


保存食も確認する


こうして見ると、備蓄と呼べるほど立派な量ではない


でも、何もなかった頃とは違う


明日すぐ食べ物が取れなくても少しは持つ


怪我をしたときに使えるものもある


水も確保できる


第二水場まで行けばさらに水がある


家と、共有の場所


一か所だけに全部を頼らなくなってきた


「もうちょい保存食増やしたいな」


ルッカが反応する


「肉?」


「まあ肉も含めてや」


「増やす」


「晴れた日にやで」


「うん」


「あと縄も、一本使ってなくなると困るしな」


「作る?」


「材料と作り方次第やな、そこも聞けるやつに聞こ」


何でも自作すればええというものでもない


できるものはやる


分からないものは教えてもらう


そういう生活になってきた


棚の前に座り、もう一度だけ朝見たSTATUSを思い出す


LEVEL6


変わっていなかった


少しだけ残念な気持ちがないと言えば嘘になる


ゲームの感覚がどこかに残っているのかもしれない


魔法が六種類も増えた


大型の魔物とも向き合った


森でできることも増えた


なら数字も上がっていてほしい


そういう気持ちはある


けど、STATUSが変わっていないから、この間のことに意味がなかったわけではない


俺は水を出せるようになった


風を使えるようになった


土を動かせるようになった


傷を治せるようになった


家は前より住みやすくなった


第二水場には休める場所ができた


人間の仲間も増えた


ルッカとは今も一緒にここで暮らしている


それはLEVELの横に数字では出ない


能力ランクにも出ない


でも確かに増えたものだ


「STATUSって、分かりやすいようで分かりにくいな」


「すてーたす?」


「数字とか文字で見えるんは便利なんやけど、それだけ見ても全部は分からんってことや」


ルッカはよく分からない顔をした


「セイジ、六」


「そこはめっちゃ分かりやすいけどな」


「ルッカは?」


「見られへん」


「なんで?」


「俺に聞かれても知らん」


本人以外のSTATUSを見ることはできない


そういう能力があるのか、道具があるのかは知らないけど、少なくとも俺には無理だ


「でもルッカは、森の道なら俺より上やろ」


「上?」


「俺より詳しいってことや」


ルッカは少し胸を張った


「知ってる」


「そういうのSTATUSに出るんかな」


「知らない」


「せやんな」


笑いながら棚へ背中を預ける


外では、雨上がりの森から鳥の声が聞こえ始めていた


昨日の緊張が嘘みたいに静かだ


でも、何も終わったわけではない


大型の魔物は倒していない


水のある谷へ向かっただけ


森の奥で聞こえた低い音も分からない


負傷の原因も分からない


狼みたいな魔物たちとの関係も分からない


知らないことはそのまま残っている


だから、備える


水


保存食


縄


怪我をしたときのもの


それから、逃げる道と、相談できる相手


強さだけでは足りない


でも強さも必要だ


「六か」


もう一度呟く


「六」


ルッカが返す


「次は七やな」


「七」


「いつなるか知らんけど」


「倒す?」


少し驚いてルッカを見る


さっきの話を覚えていたらしい


「必要ならな」


「必要?」


「襲われたり、食うためやったり、家とかみんなを守らなあかんときや」


ルッカはすぐ頷いた


「家、守る」


「せやな」


「水場も」


俺は少しだけ目を丸くする


それから笑った


「そうやな、あそこもや」


俺とルッカの家


みんなの第二水場


守りたい場所が一つだけではなくなった


強くなりたい理由も、前より少し分かる


LEVELを上げるために戦うんやない


生きるために必要な戦いから逃げられへんとき、ちゃんと帰ってこられるように強くなる


その結果、LEVELが上がるなら、それでええ


たぶん俺にはその順番の方が合っている


「明日晴れたら、保存食の確認からやな」


「肉」


「そこだけ反応早いな」


「肉、大事」


「否定はせんけど」


笑いながら立ち上がり、屋根の端を見る


雨漏りはない


今日のところは、ちゃんと家を守ってくれた


森の奥にはまだ分からないことが山ほどある


水のある谷も気になる


けど、行くのは今じゃない


今はまず、ここにあるものを整える


家を整えて


第二水場を使いやすくして


必要なものを考えて


みんなと相談して


必要なときに動けるようにしておく


俺のSTATUSはLEVEL6のまま


能力ランクも変わっていない


SKILLも《魔力感知》と《魔力操作》のまま


使える魔法は六種類


《火弾》


《治癒》


《水球》


《風圧》


《土締め》


《土成形》


それが今の俺だ


足りないところはいっぱいある


それでも、最初に森で目を覚ました頃とは違う


一人ではない


帰る場所がある


一緒に飯を食う相手がいる


相談できる相手がいる


守りたい場所もできた


なら、必要なときには戦えるようにしておこう


無理に敵を探す必要はない


強さのためだけに命を奪う必要もない


ただ、向こうから危険が来たときに、何もできず逃げるしかないのは嫌だ


次に戦うことがあるなら、そのときは必要だから戦う


そしてその結果として俺が強くなるなら、それでいい


ルッカが外を覗き、空を見た


「晴れる?」


「どうやろな、もう降らんかったらええけど」


「肉、取りに行ける」


「今日は休むで」


「まだ昼」


「昨日あんだけ走ったやろ」


「元気」


「俺が休みたいねん」


ルッカは俺を見て、それから寝床を見る


「寝る?」


「そこまでではない」


「じゃあ肉」


「なんでそうなるねん」


雨上がりの岩陰に、ルッカの小さな笑い声が響く


俺も笑いながら、棚の保存肉を一枚だけ取り出した


今日くらいはええやろ


昨日はちゃんと帰ってこられた


屋根も漏れていない


STATUSも久しぶりに確認できた


LEVEL6


まだ6


でも、今の俺にはそれで十分だった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。