浅い森の異変1
第23回 浅い森の異変1
朝、目を覚まして最初に見たのは棚だった
昨日作った一段だけの棚には、紙、布、塩、薬草がちゃんと分かれて置いてある
「……ええな」
床に全部並べていた頃より、ずっと家っぽい
塩の袋も昨日より安心して見られる
湿っていないし、紙も無事で、焚き火からも遠い
「収納って大事やな」
横ではルッカがまだ寝ている
「朝やぞ」
反応なし
「甘い」
「甘い?」
「ない」
ルッカが起きて俺を見る
「ない?」
「昨日も言うたやろ」
「交換」
「次な」
最近、肉より甘いものへの反応が早い
塩、甘いもの
人間の食べ物を知るたび、好物が増えている
朝飯は肉、木の実、少しの塩、それから《水球》
もういつもの形だ
食べ終わって器を洗う
「《水球》」
ぱしゃ
煙には、
「《風圧》」
ふわ
これもいつもの動き
「普通になったなあ」
ルッカが首を傾げる
「普通?」
「また今度」
今日は何をするか
棚の二段目、屋根、次の雨待ち、地図、第二水場、休憩所
やることはある
昨日は人間四人と一日作業したし、今日は少し家でゆっくりしてもいい
そう思っていた
ルッカが外で止まるまでは
「セイジ」
声が違った
俺もすぐ立つ
「何?」
ルッカは家ではなく森を見ている
「何かいる?」
「……跡」
「跡?」
外へ出る
ルッカは地面を見る
昨日みんなが帰った道とは違う
家の横から森へ続く方向
濡れた土には雨の跡が残り、その上で枝が折れている
「これ?」
ルッカは首を振る
少し先の地面が大きく踏まれている
前に奥で見つけた巨大なへこみほどではない
いや、同じくらいかもしれない
土が少し乾いて、形が違って見えるだけだろうか
「これ……」
ルッカがしゃがみ、触り、匂いを嗅ぎ、周囲を見てさらに進む
俺もついていく
家からそれほど離れていない
「近すぎへん?」
嫌な感じがする
前に見つけた痕跡はもっと奥、危険の印をつけた場所だった
ここは俺たちが普通に動く浅い範囲だ
少し先にも地面のへこみ
今度ははっきり大きい
「同じ?」
ルッカはすぐ答えない
痕跡、木、枝、土を順番に見る
「たぶん」
「タブン」
今日は笑えない
さらに低い木の太い枝が折れている
高さは俺の胸より上
力で押し倒したような感じ
「こっち来てる?」
ルッカが跡の方向を見る
「来た」
「家?」
ルッカは首を振る
家を目指したわけではなく、横を通っただけらしい
「どっち行った?」
ルッカが森の外側を指す
「……村?」
正確にはハルナ村がある方向
ここから直接見えないし距離もある
でも浅い森の、人間側
そっちだ
「まずいな」
俺は《魔力感知》を広げる
近くにあるのは鳥や小さな獣、いつもの反応
大きな反応はない
今ここにはいない
でも跡は新しい
前の雨が降ったあとについたものだ
形もまだはっきり残っている
「雨のあと?」
ルッカが土へ触る
「あと」
少なくとも雨より後
しかも痕跡そのものはかなり新しく見える
「めちゃくちゃ新しいやん」
前の痕跡より明らかに近く、しかも浅いところ
「追う?」
ルッカが聞く
俺は止まる
あの時決めた
危険な大きな痕跡は一人で追わない
二人でも勝手に追わない
「追わない」
答える
「ダリオ」
「ダリオ」
こういう時に考える人
判断と危険を見る人
「人間、来る?」
問題はそこだ
今日は誰かが来る約束はない
村へ行かない方針もある
俺たちから知らせに行くなら森の入口まで
そこから人間を待つ?
時間が分からない
「どうするかな」
その時、《魔力感知》に一つ
人間
こっちへ来ている
知っている反応
「……噂したら来た」
ルッカも、
「人間」
少し待つと、木々の間からダリオが一人で現れた
「おはよう」
「おはよう」
でも俺とルッカの顔を見て、すぐ表情が変わる
「何かあったか?」
「跡」
俺は地面を指す
「大きい」
ダリオが近づき、しゃがんで見る
顔がさらに真面目になる
「これか」
「前と同じ?」
「分からん」
正直に答える
「でも、大きい」
「近い」
俺は家を指し、次に地面と雨の跡
「雨、あと」
ダリオも痕跡を見る
「新しいな」
新しい
分かる
「どっちだ」
ルッカが村方向を指す
ダリオが止まる
「ハルナ?」
「たぶん」
また、たぶん
でも今回は十分危ない
「確認する」
ダリオが言う
「追う?」
「少しだけ」
少しだけ痕跡を確認し、危険なら戻る
たぶんそんな意味
「三人?」
「三人」
俺、ルッカ、ダリオ
「エナ?」
「呼ぶ時間はない」
全部は分からない
でも時間がないなら、今は俺たち三人だけ
「行く」
ルッカは家へ戻り、食料と火を確認して槍を持つ
俺も水を少し《水球》で器へ入れて持つ
紙の地図は置いていく
濡らしたくない
今回は新しい道だ
地図へ書くのは帰ってから
戻れたら
「行こ」
三人で痕跡を追う
ルッカが先頭
俺が真ん中
ダリオが後ろ
「魔力感知」
ダリオが言う
「する」
いつもより広い範囲へ伸ばし、大きな反応を探す
最初は何もない
足跡、太い枝、擦れた木、土
ルッカじゃなくても、何か大きなものが通ったのは分かる
ただ途中で跡が変わった
「何?」
ルッカがしゃがむ
大きな跡の横に赤いもの
「血?」
ルッカは指で触らず、匂いを嗅ぐ
「血」
「怪我?」
枝にも赤い跡
毛も少し落ちている
黒っぽく、太い
「傷ついてる?」
ダリオも見る
「そうみたいだ」
血は一か所じゃない
少し進むと、またある
「これずっと?」
「うん」
ルッカが跡を見る
「走る」
「走ってる?」
大きな足跡の間隔が広く、地面も抉れている
真っ直ぐでもない
右、左とぶれ、木にぶつかり、枝を折っている
「逃げてる?」
俺が言う
ダリオが俺を見る
ルッカも跡を見る
「逃げる」
「何から?」
答えはない
前の大きな痕跡と今回が同じ個体なのか、それすらまだ分からない
でも傷ついて、走って、森の奥から浅い側へ来ている
「押し出された?」
人間語ではなく独り言
何かから逃げて浅い森へ来た
そんな感じがする
ダリオが奥の方向を見る
「普通じゃないな」
普通じゃない
そこは分かる
「この大きさのやつ、ここ来る?」
俺は地面と周囲の浅い森を指す
ダリオは首を振る
「普通はもっと奥だ」
「奥?」
「中のほう」
森のもっと深い側
詳しい境界は知らない
でも俺たちが生活している浅い範囲に普通に出る個体ではない
「じゃあ、やっぱ逃げる?」
「分からん」
分からない
でも可能性はある
「追う?」
「村へ向かうなら確認する」
そこが重要
こいつが森の奥へ戻るなら追わない
でも村方向なら放置しにくい
「行く」
三人でさらに進む
《魔力感知》を広げる
「……いる」
止まる
前方、遠く
初めてはっきり大きい反応を一つ感じた
「前」
指す
「どれくらい?」
「まだ遠い」
正確な距離は分からない
でも動いている
ゆっくり進み、止まり、また動く
「村?」
痕跡の方向をルッカが見る
「村」
嫌な答え
「急ぐ?」
ダリオは、
「急ぎすぎるな」
「うん」
音、風、匂い
ルッカは地面も全部確認しながら近づく
森が壊れているというほどではない
でも大きな身体が通った跡ははっきりしている
枝が折れ、草が潰れ、木の幹には血
「傷、ひどい?」
血の量が少し増えている
《治癒》が頭をよぎる
大型魔物を治せる?
近づける?
無理だ
今は考えない
「見えた」
ルッカが低くなる
俺たちも茂みの陰へ身を落とす
その向こうにいた
「……でか」
最初に出た言葉がそれだった
四足
俺よりはるかに大きい
太い背中
重そうな身体
毛というより硬そうな体表
頭には角のような突起があり、片側は途中で折れている
腹の横には大きな傷
乾いた血と新しい血が混ざっている
後ろ脚も少し引きずっていた
「生きてるな」
当たり前だ
息は荒い
鼻から、ぶる、ぶる、と音を出しながら周りを見る
何かを警戒している
俺たちにはまだ気づいていない
たぶん
「何これ?」
ルッカが聞く
「知らない」
ダリオは少し考える
「見たことはある」
「知ってる?」
「直接は少ない」
長いので短く聞く
「奥、いる?」
「そう」
森のもっと深いところにいる魔物
少なくとも、この辺で見るものではない
「強い?」
ダリオは黙った
それで十分だった
強いらしい
俺は《魔力感知》で大型個体の周りを探る
他に大きな反応はない
「追ってるもの、いない」
今のところ後ろから何かが来ている感じはない
でも傷の原因は分からない
「どうする?」
「村に行かせない」
ダリオが即答する
「倒す?」
「できれば追い返す」
追い返す
森の奥へ戻す
「怪我してる」
俺が言う
ダリオが頷く
「だから危ない」
なるほど
傷ついているから弱い、ではない
傷ついて、怯えて、追い詰められている
何をするか分からない
「誘導」
俺は火を片側、風を反対側へ使う身振りをする
ダリオが頷く
「そうだ」
村と反対
森の横
できれば奥側へ道を空ける
「ルッカ」
「道」
ルッカが大型魔物の右、左、後ろと周囲を見る
「こっち」
左側
少し広く、木の間からその先の奥へ戻れる
「じゃあ」
俺は使える魔法を頭に並べる
《火弾》
怖がらせる
でも傷ついて怯えている
暴れるかもしれない
《風圧》
押す
でかい
効く?
《水球》
顔に当てれば嫌がる?
《土成形》
足元
遅い
《土締め》
地面を固めて何になる
《治癒》
近づけない
「……多いな」
できることが増えた
だからこそ何を使うか分からない
ダリオが俺を見る
「まず、火は使うな」
「火、なし?」
「今は」
森はまだ湿っている
前の雨の影響も残っている
でも問題は火事より、この魔物が怯えて暴走することらしい
「分かった」
「風」
俺が言う
「弱く」
ダリオは、音と圧で向きを変えられるか見るらしい
全部は分からない
でも弱い風を右側から左へ
大型魔物を左の道へ
「やる」
俺たちは魔物の右後ろ側へ回る
ルッカは少し離れ、槍は構えない
ダリオもまだ剣を抜かない
俺は右手を向ける
「《風圧》」
弱く
ぶわ
魔物の耳が動き、頭が上がる
「気づいた」
こっちを見る
目が赤い
いや、充血している?
怖い
息も荒い
「もう一回?」
「少し強く」
「《風圧》」
ぶわっ
魔物の横で草と葉が揺れ、硬そうな体表も少し動く
魔物が左へ一歩
「いける?」
もう一歩
ルッカが左奥への道を空ける
俺は右から左へ風を送る
「《風圧》」
今度は少し強い
魔物が頭を下げる
「……ん?」
止まった
前脚で地面を掻く
「これあかんやつちゃう?」
「止めろ」
ダリオの声ですぐ風を止める
魔物が完全にこっちへ向いた
「あ」
俺たちを見ている
息を荒くし、低い声を出す
「怒った?」
「刺激した」
ダリオが一歩前へ出て剣を抜く
「下がれ」
俺も下がる
ルッカも槍を構える
でも魔物はすぐには来ない
まだ迷っている
怖がっている
怒っている
逃げたい
全部混ざっているように見える
「別の方法」
俺はすぐ考える
「水」
顔ではなく、進んでほしくない側の地面へ《水球》
ばしゃ
「何してる」
ダリオが聞く
「こっち嫌?」
自分でも分からない
大型魔物は水なんて見ない
意味がない
「違うか」
次は土
前へ小さく《土成形》
ず、と土が少し盛り上がる
大型魔物なら普通に一歩で越えられる高さ
「意味ないな」
《土締め》で固める?
何のために
自分でも分からない
「ちょっと待て」
ダリオ
「何?」
「お前、今何をしたい」
「え?」
「何をさせたい」
大型魔物を見る
「向こう、行く」
「ならそれ以外やるな」
「……」
刺さった
風が駄目
じゃあ水
土
火
治癒
使えるものが頭に全部出てきた
でも目的は一つ
奥へ行かせる
「できること全部やるな」
ダリオがはっきり言った
聞き取れた
できること全部、やるな
「……うん」
そうだ
魔法が増えた
嬉しい
選べる
でも選べるからって、全部使えばいいわけじゃない
昨日、自分でも考えたばかりだ
必要なものを、必要な分
「何使う?」
俺はダリオへ聞く
自分で全部決めない
ダリオは大型魔物と道を見て、次にルッカへ聞く
「ルッカ」
「何?」
「右」
村側
「通れる?」
ルッカが見る
「狭い」
「左」
「広い」
ダリオが頷く
「左を逃げ道にする」
「うん」
「右を嫌がらせる」
「火?」
「まだ使うな」
「じゃあ」
「音」
音
風
枝
分かった
魔物そのものへ当てず、右側の茂みへ《風圧》
強く
ざざざっ
枝と葉が大きく揺れる
魔物がびくっとして左を見る
「お」
「もう一回」
「《風圧》」
右側の枝と葉
ざざっ
魔物が左へ一歩
二歩
「いけ」
心の中で言う
ルッカは左奥で距離を取りながら逃げ道を空ける
ダリオは右
俺も右
大型魔物は左
「いける」
そう思った瞬間
森の奥
遠く
低い音
ぐ、ううう
何かが聞こえた
俺も止まる
ルッカの顔が変わる
大型魔物はもっと変わった
全身をびくっと震わせ、目を見開く
「何?」
《魔力感知》を広げる
遠い
遠すぎる
はっきりしない
何かある?
分からない
大型魔物が左の奥を見る
次の瞬間、反対の村側へ向いた
「まずい!」
ダリオが叫ぶ
大型魔物が走る
村方向
「止める!」
「《風圧》!」
正面から強く
ぶわっ
巨体の頭が少しぶれる
でも止まらない
「効かん!」
ルッカが横から地面を槍で叩き、方向を変えようとする
大型魔物はさらに興奮する
「火!」
ダリオ
「火、使う?」
「横だ!」
魔物へじゃない
村側の進路の横
「《火弾》!」
小さく地面へ
ぼっ
大型魔物が驚き、急に左へ曲がる
「よし!」
でも止まらない
勢いのまま細い木を、ばき、と倒す
「でかすぎ!」
左へ
森の奥へ行く
ならいい
そう思った
違う
曲がりすぎた
俺たち側
「来る!」
「散れ!」
ダリオが叫ぶ
ルッカは左
俺は右
ダリオは前から横へ
大型魔物が俺とダリオの間を通る
近い
でかい
血と土の臭い
荒い息
「うわ!」
前脚が地面を抉る
俺は転ぶ
直接当たってはいない
でも怖い
すぐ起きる
「セイジ!」
「大丈夫!」
反射で答える
「今それ言うな!」
ダリオに怒鳴られた
こんな時でも言われる
大型魔物が止まり、振り向く
完全に俺たちを敵として見ている
誘導は失敗した
「戦うしかない?」
「一度止める」
倒す、ではない
まず止める
村へ行かせない
進路を止める
「ルッカ、横!」
ダリオ
「うん!」
ルッカが木の間を走る
大型魔物より速い
「何する?」
俺はまた聞く
「風で頭を上げろ」
「頭?」
「目を外させろ」
分かったような、分からんような
でもやる
大型魔物がダリオへ突進する
「《風圧》!」
下から顔の上を狙う
ぶわっ
完全には持ち上がらない
でも魔物が目を閉じ、頭がずれる
ダリオが横へ避けながら剣を振る
脚へ浅い一撃
大型魔物が吠えた
「うおおおっ!」
腹へ響く音
ルッカが後ろから槍を向ける
傷がない側――いや、止まった
どこを刺すか迷っている
「無理するな!」
俺が叫ぶ
ルッカが下がる
大型魔物が回る
俺は次に何をするか考える
火
水
土
風
治癒
また頭がいっぱいになる
「セイジ!」
ダリオ
「一個だ!」
「風!」
選ぶ
今は風
「《風圧》!」
横から強く
巨体は完全には動かない
でも前脚が一歩ずれる
その隙にダリオが距離を取る
「効いてる!」
倒せない
でも一瞬、姿勢を崩せる
前に戦った小型獣ほどじゃない
それでもゼロじゃない
「風、援護!」
俺が言う
ルッカが分かったのか槍を構える
大型魔物が次にルッカへ向く
「《風圧》!」
顔へ横から
ルッカと反対側へ押す
魔物の頭が俺側を向く
ルッカが反対から脚へ槍を突く
浅く
すぐ抜く
「いい!」
ダリオが叫ぶ
俺も嬉しくなる
でも次の瞬間、大型魔物が体当たりで木を、ばきっ、と折る
俺たちは散る
「これ長く無理やろ!」
魔力
《風圧》を何回使った
まだ動ける
でも強い風を連続で使う負担は大きい
《火弾》一回
《水球》一回
《土成形》一回
無駄も多かった
「俺、使いすぎた」
「だから言った!」
「ごめん!」
戦闘中に謝る
大型魔物も息がさらに荒い
動いたせいで傷からまた血が出ている
「こいつも長く無理?」
ダリオが、
「追い詰めるな」
と言う
そこが重要
弱っている
だから一気に倒す、ではない
追い詰めたら何をするか分からない
「出口!」
ルッカが叫ぶ
「何?」
左
さらに奥ではなく斜め
広く、村から離れる方向
「こっち!」
逃げ道がまだある
「誘導、もう一回?」
ダリオが少し考える
「今は下がる」
「下がる?」
「こっちが距離を取る」
なるほど
俺たちが近すぎる
大型魔物は俺たちを敵と認識し、逃げ道より攻撃対象を見ている
「少しずつ」
後退する
ルッカは左の逃げ道を空ける
俺とダリオは右からゆっくり下がる
大型魔物は俺たちを見る
荒い息
一歩来る
俺たちも下がる
「走らない」
「うん」
走れば追うかもしれない
一歩
一歩
距離を取る
魔物が止まる
「いけ」
俺は小さく言う
左ではルッカがかなり離れ、道を空けている
大型魔物が左を見る
その時、奥からまた低い音
ぐうう
今度は俺にも聞こえた
「また」
大型魔物の全身が硬くなる
そして俺たち側へ、また来た
「無理!」
「撤退!」
ダリオが今度ははっきり言った
「どこ!」
ルッカが別の道を指す
「こっち!」
俺たちは走る
大型魔物も追う
完全に逃げる方向が同じ
「来る!」
「ルッカ、先!」
「セイジ、後ろ見る!」
俺は走りながら《魔力感知》を広げる
大きな反応が近い
「速い!」
「《風圧》!」
後ろ
魔物へ直接ではなく、地面の落ち葉や枝を巻き上げる
目くらまし
ぶわっ
魔物が少し減速した
「効いた!」
「もう使うな!」
「え?」
「魔力残せ!」
そうだった
全部使うな
今は逃げる
戦う必要はない
「分かった!」
走る
ルッカが先頭
迷わない
右
左
低い枝を避ける
雨で滑りやすくなった場所も避ける
俺の息が上がる
ダリオは後ろ
大きな音が少しずつ遠くなる
「止まった!」
《魔力感知》で確認する
大型魔物は止まっている
その場で動くが、追っては来ていない
「まだ走る?」
「少し」
さらに距離を取る
しばらくしてルッカが止まり、俺も木へ手をつく
「はあ……はあ……」
「大丈夫?」
ルッカ
「大丈夫」
ダリオが俺を見る
「今は言っていい」
「基準なんなん」
通じない
でも少し笑った
緊張が少しだけ抜ける
「魔力」
自分で確認する
かなり減っている
でも空ではない
《治癒》を使えるくらい
たぶん《火弾》も
ただ余裕はない
「ルッカ」
ダリオ
「道」
「家?」
ルッカが首を振る
「家、危険」
大型魔物を家の近くへ誘導したくない
「休憩所?」
そこも首を振る
人間側も使う
「別」
ルッカが普段あまり使わない別経路を示す
「そこ?」
「安全?」
「今」
今なら
大型魔物とは離れ、村とも家とも休憩所とも違う
一旦安全
「行く」
三人で移動する
小さな岩場
木が少し開けている
そこで止まる
《魔力感知》
大型魔物はかなり離れた
でもまだ村側と奥側の間
どっちへ行くか分からない
「どうする?」
ダリオが地面へ枝で簡単な図を描く
村
大型魔物
俺たち
森
「このまま放置できない」
「うん」
村方向へ行けば危険
「倒す?」
「それも考える」
それも
つまり、まだ決めない
「でも今すぐ戻らない」
「なんで?」
「お前の魔力」
「ああ」
それ
「ルッカも」
ルッカも走った
槍で戦った
「休憩」
ルッカ
「そう」
一回休む
「戻る?」
「今日は一度引く」
「でも魔物」
「見張る」
見張る
距離
《魔力感知》
ルッカの痕跡確認
ダリオは村側への連絡と次の作戦を考える
「三人で倒すより?」
ダリオが俺を見る
「できること全部やるな」
また言われた
「人も同じだ」
「人?」
「三人で全部やるな」
「ああ」
魔法だけじゃない
俺、ルッカ、ダリオだけで全部解決しようとしていた
ローデン
エナ
ミラ
人間側にも仲間がいる
「仲間」
「そうだ」
「使えるものが多いなら、選べ」
次に、
「頼れる奴がいるなら、頼れ」
少し長い
でも意味は分かった
頼る
みんなに
「分かった」
今まで家作りで学んだことと同じだ
全部俺じゃない
全部三人でもない
「次」
俺は地面を指す
「みんな」
ダリオが、
「そうする」
と頷く
でも、これは今日だけでは終わらない
大型魔物は傷つき、怯え、奥から浅い森へ何かに押し出されるように出てきた
それが村方向へ近づいている
誘導は失敗
戦闘になった
俺は魔法を使いすぎた
選択も下手だった
「反省やな」
ルッカ、
「反省?」
「難しい」
「難しい顔」
「それでええわ」
少し休む
持ってきた水を三人で少しずつ飲む
《水球》は使わない
魔力を残す
「これも選ぶやな」
水を出せる
でも持っているなら持っている水を使う
魔法を使わない
それも選択
しばらく《魔力感知》で大型魔物の位置を見る
少し動いた
「動いた」
「どっち」
方向を確認する
「横」
村へ真っ直ぐではない
少し外れた
「今のうち戻る」
ダリオが言う
「村?」
「俺は村へ」
「俺たち?」
「家」
俺たちは家へ戻る
「危険?」
大型魔物は家から少し離れている
「ルッカ」
「安全な道」
ルッカが頷く
「家」
三人で戻る
大型魔物の痕跡と交わらない道をルッカが選ぶ
俺はずっと《魔力感知》で気にする
大型魔物は遠い
でも消えない
まだいる
「何から逃げたんやろ」
独り言
「それは後だ」
ダリオ
後
そう
今は村へ行かせない
俺たちも生き延びる
大型魔物も、できれば
「殺さない?」
俺が聞く
「決めてない」
「危険なら?」
「倒す」
「逃がせる?」
「逃がす」
明確だった
「分かった」
俺もそれでいい
殺すか追い払うか、どちらかがいつも正しいわけじゃない
状況で選ぶ
家が見える
「家」
ルッカ
「ただいま」
いつもなら安心する
でも今日は完全には緊張が抜けない
家は無事
その横には大型魔物が通った跡が残っている
「近いな」
ダリオ
「だから次は失敗できない」
「どうする?」
「人を集める」
ローデンは障害物
エナは治療
ミラは村への説明
ルッカは道
俺は魔法
ダリオは戦術
頭の中に自然と役割が並ぶ
「分担」
「そう」
「お前は魔法を選べ」
「全部やらない」
「そうだ」
「風?」
「状況次第」
「火?」
「状況次第」
「土?」
「状況次第」
全部、状況次第
それが難しい
でも前より分かる
「一個ずつ」
俺
「一個ずつ」
ルッカも言う
何の話か半分しか分かっていないだろう
でも言う
「まず休め」
ダリオ
「休む」
即答
ダリオが少し驚く
「今日は素直だな」
「何?」
「何でもない」
またそれ
ダリオは村へ戻る
「一人?」
「ここからなら」
森の入口から村へ続くいつもの経路
大型魔物の現在位置とは別方向
俺は《魔力感知》を広げる
大きい反応は遠い
ダリオの帰路とは違う
「今、大丈夫」
「分かった」
「気をつける」
「お前もな」
「うん」
ダリオが森へ消える
俺とルッカの二人
家
「今日は棚?」
ルッカ
「できるか!」
思わず笑う
壁、屋根、棚、塩、紙、薬草
昨日までは暮らしや地図や休憩所のことを考えていた
今日は急に大型魔物
森はやっぱり、安全になったわけではない
生活が整った
人間と仲良くなった
魔法が増えた
それでもここは森で、危険はある
「忘れてたわけちゃうけどな」
ルッカが跡を見る
「大きい」
「でかかったな」
「強い」
「強いな」
「肉?」
「今それ考える?」
ルッカが少し笑う
俺も笑って力が抜ける
「食えるか知らんし」
「食べる?」
「倒したらな」
倒すとは決めていない
でも、もしそうなったら無駄にしたくない
そんなことも考える
「まず休憩」
「休憩」
家へ座る
魔力はゆっくり戻る
左腕はもう痛くない
身体に怪我はない
ただ疲れた
走った
怖かった
「治癒いらん」
怪我がないなら使わない
それも選択
◇
昼は少し遅くなった
肉、塩、水
簡単に食べる
火も普通に残り火を使う
《火弾》は使わない
煙に《風圧》を使うか少し迷う
魔力は温存したい
「外で食うか」
焚き火を入口側へ寄せれば、煙は自然に外へ流れる
魔法なし
できること全部やらない
ダリオの言葉が頭に残っている
便利だから使う、ではない
必要だから使う
今は必要ない
午後は何も作らない
ルッカも珍しく家にいる
俺は紙の地図を出す
大型魔物が通った跡
家の近く
まだ書かない
正確な位置は、ダリオたちが来てから確認する
でも危険地点が新しく増える可能性はある
「×増えるな」
紙の余白を見て楽しいと思った昨日
今日は危険の印が増えるかもしれない
それも地図だ
いい場所だけを書くものではない
水
道
休憩所
危険
全部、生きるための情報
ルッカが紙を見る
大型魔物が行った方向を指す
「ここ」
「うん」
次に奥にある前の危険地点
「ここ」
「同じ?」
ルッカが考える
「たぶん」
同じ個体の痕跡である可能性はある
でも断定しない
「タブン」
二人で言う
今日は笑わない
もし同じ個体なら、奥にいたものがそこから浅い森へ来て、家の横を通り、村方向へかなり移動している
しかも傷つき、何かから逃げている
「何か奥で起きてる?」
可能性はある
でも分からない
前に群れで浅い森へ来た狼たち
今回の大型魔物
どちらも奥から浅い側へ来ている
二つを繋げたくなる
「まだ」
自分に言う
証拠はない
何でも一つの答えへ繋げない
まず目の前
大型魔物を村へ行かせない
それだけ
◇
夕方近く、《魔力感知》で大きな反応を確かめる
まだ遠い
「動いてない?」
少し位置は変わる
でも大きくは移動していない
休んでいる?
怪我がひどいのかもしれない
「ルッカ」
「何?」
「もし、明日」
手で大きな魔物を示す
「また戦う」
ルッカが槍を握る
「槍」
「でも」
俺は逃げる道を指す
「逃がす」
「逃げる?」
「そう」
「殺す?」
「必要なら」
言葉は難しい
でもルッカも少し分かった顔をする
「ダリオ」
「うん」
「考える」
「そう」
思わず笑う
完全に役割が決まった
「俺、魔法」
「セイジ、魔法」
「ルッカ、森」
「ルッカ、森」
「ローデン、家」
「エナ、薬」
「ミラ、話す」
「ダリオ、考える」
全員必要
今回、本当に一人欠けるだけで困る気がする
「仲間って、こういう時やな」
楽しい時だけじゃない
飯
家
交換
それも仲間
でも危険で困った時に頼る
頼られる
それも仲間だ
◇
夜になりかけてもダリオはまだ戻らない
当然だ
村へ行き、人を集めて話している
明日なのか今日なのか、俺には分からない
来るなら日が落ちる前だろう
そう思った頃、《魔力感知》に人が一つ
「ダリオ?」
違う
ミラ
一人?
「ミラ」
本当にミラが走ってくる
息が上がっている
「ダリオから」
「うん」
説明は長い
短くしてもらう
「明日、朝」
「みんな?」
「来る」
「ダリオ?」
「来る」
「ローデン」
「来る」
「エナ」
「来る」
ミラが自分を指す
「私も」
「六人」
指で数える
一、二、三、四、五、六
最近覚えた数字
「六」
「そう」
明日、六人
「魔物?」
「まだいる?」
俺は《魔力感知》を広げる
遠くに大きい反応
「いる」
「どこ?」
地図を出し、大体の位置を指す
ミラも真剣になる
「村?」
「まだ、違う」
少し外れている
でも近い
「明日」
ミラ
「止める」
止める
「倒す?」
ミラは首を振る
「ダリオが決める」
「分かった」
ミラも一人で来た
「帰る?」
「帰る」
日が落ちるまでにはまだ少しある
「一人」
俺は不安になる
ミラは、
「近い」
と言う
でも大型魔物がいる
「ルッカ」
俺は森の入口方向を指す
「途中」
入口まで送る?
ルッカが頷く
「行く」
「俺も」
魔力も少し回復している
三人で森の入口近くまでミラを送る
大型魔物がいる方向は避ける
ルッカが安全な道を選び、俺は《魔力感知》を広げる
「大丈夫」
入口
人間側の道
「ありがとう」
「どういたしまして」
「明日」
「明日」
ミラが帰る
俺とルッカも家へ戻る
「ただいま」
「タダイマ」
返す人はいない
俺とルッカは一緒だから
でも家がある
戻れる
それだけで違う
◇
夕食は簡単にする
今日は魔法もほとんど使わない
《水球》を一回
飲み水だけ
煙は自然に外へ流す
「温存」
人間語じゃない
俺の中だけの言葉
明日何が起きるか分からない
魔力を残す
身体を休める
装備らしい装備は俺にはない
ルッカは槍の先を確認し、蔓の緩みを直している
「武器整備やな」
ルッカは真剣だ
俺も頭の中で魔法を並べる
《火弾》
《風圧》
《水球》
《土締め》
《土成形》
《治癒》
全部使える
でも全部使うな
「選ぶ」
自分へ言う
まず目的
大型魔物を村から離す
できれば森の奥へ
無理なら人間の生活圏から完全に外す
それでも無理で、攻撃してきて止められないなら倒す
順番
「目的先」
魔法は後
これが今日一番学んだことかもしれない
ルッカが横から、
「風?」
「使うかも」
「火?」
「使うかも」
「土?」
「使うかも」
「水?」
「使うかも」
「全部?」
「全部は使わん」
ルッカ、
「まだ?」
「それ違う」
笑う
少し緊張が抜ける
寝床へ入る
でもすぐには眠れない
《魔力感知》を広げる
大型魔物は遠い
まだいる
少し動いて、止まる
「何から逃げてんねやろ」
奥から聞こえた、今日二回の低い音
大型魔物が異常に怯えた音
何だったのか
別の大型魔物
もっと危険な何か
縄張り
群れ
分からない
前に群れで浅い森へ来た狼たち
今回の大型魔物
森の中で何か変わっている?
「まだ答え出すな」
自分に言う
今分かっていることだけでいい
大型魔物は傷ついている
怯えている
普段より浅い場所へ来ている
村方向へ近づいた
誘導しようとして失敗した
俺たちを敵と認識した
今も浅い森にいる
それだけで十分だ
明日、みんなで止める
一人で全部やらない
使える魔法を全部やらない
役割を任せる
俺は必要な魔法を、必要な時に選ぶ
「できるかな」
ルッカが、
「できる」
「起きてたん?」
「できる」
何を理解したか分からない
でも少し安心する
「ルッカ」
「何?」
「明日、案内人」
「案内人」
「頼むで」
「頼む?」
意味が分からない
俺は頭を下げる
「お願い」
ルッカが分かった顔になる
「任せる」
「そんな言葉覚えてたん?」
誰からだ
たぶんローデンかダリオ
「任せる」
もう一回、胸を張る
「うん」
「任せる」
俺も答える
「魔法は任せろ」
意味は全部届かなくてもいい
明日はダリオ、ルッカ、ローデン、エナ、ミラ、俺
六人
今度は最初から役割を決める
できることを全部やるんじゃない
必要なことを、それぞれがやる
そのために仲間がいる
外の森は静かだ
でも遠くには大きな何かが確かにいる
この先どうなるかなんて分からない
ただ、俺たちの家と人間の村、その間に傷ついた大型魔物がいる
だから明日、どうにかする
目を閉じる
今日の失敗を頭の中で何度も思い出す
風
水
土
火
迷った
無駄に使った
ダリオの言葉
できること全部やるな
「覚えた」
小さく言う
明日はたぶん、今日よりちゃんと戦える
いや
戦わずに済ませられるなら、そのほうがいい
それも含めて、ちゃんと選ぶ
森の浅い場所で起きた異変は、まだ終わっていなかった




