森の案内人
第21回 森の案内人
朝、屋根から音がした
ぽつ
少し間があって、
ぽつ、ぽつ
「……雨?」
目を開ける
ルッカも起きた
二人で上を見る
昨日まで晴れていた空は今日は灰色で、葉と草を重ねた屋根の上へ雨粒が落ちている
ぽつ
ぱら
ぱらぱら
「来た」
待っていたような、待っていなかったような気分だった
家を作り始めてから、一度は雨で試したいと思っていた
でも本当に降ると不安になる
「ルッカ」
「雨」
「そう」
二人で寝床から出て屋根を見る
まだ落ちてこない
「いける?」
ルッカが上を指す
「たぶん」
「タブン」
「今日はその言葉怖いな」
雨が少し強くなる
ぱらぱら
ぱらぱらぱら
葉を叩く音
今までなら岩陰から少し外へ出た場所は普通に濡れていた
今は新しく作った屋根の下にも乾いた地面が残っている
「おお……」
嬉しい
壁と屋根
自分たちで作った家が、本当に雨を防いでいる
「家!」
ルッカが言う
「今日はめっちゃ家やな」
雨の日に濡れない
家として、ものすごく重要だ
しばらく二人で見ていると、
ぽた
俺の鼻へ水が落ちた
「……ん?」
上を見る
ぽた
もう一滴
「漏れてるやん!」
一か所
葉の重なりが甘いところから水が落ちている
少し離れた場所でも、
ぽた
「二か所!」
ルッカが、
「雨」
と言う
「それは分かってる」
器を置く
ぽた、ぽたと水が溜まる
「まあ、このくらいなら」
致命的ではない
寝床は濡れていない
食料も薬草も大丈夫
屋根の端から流れる水も入口へ入り込まず、外側へ落ちている
昨日《土締め》で高くした入口前も効いている
雨水がそこで分かれて横へ流れていく
「土締めも仕事してるやん」
嬉しくなる
新しく覚えた魔法が派手な戦いではなく、雨の日に家を守っている
俺らしい
「あとで直す場所、二個」
指で示す
ルッカも一、二と指を立てる
「二」
数字も少しずつ覚えている
「そう、二」
雨はそれ以上強くならなかった
しばらくすると細い雨へ戻る
「今日、外出るん面倒やな」
壁作り、屋根修理、収納
やることはある
でも濡れながら材料を集めるのは嫌だ
まず朝飯にする
肉、塩、木の実
「《水球》」
「雨降ってるのに水魔法使うのなんか変やな」
外には水がいくらでも落ちている
でも飲み水に使うなら《水球》のほうが早い
「そのうち雨水ためる場所も欲しいな」
樋、桶
前世なら簡単に思いつく
でも作るとなると難しい
屋根から流れた雨を一か所へ集め、器へ入れる
そうすれば魔力も使わない
「また欲しいもん増えた」
ルッカが肉を食べながら、
「塩」
「今それちゃう」
「塩」
「はいはい」
◇
朝食後、雨が止んだ
雲はまだ厚い
森全体が濡れていて、葉も土も木も、匂いがいつもより強い
湿った土の匂い
木の匂い
「森の匂いするな」
ルッカが外へ出る
「森」
当たり前だ
でも雨上がりの森は普段と違って見える
葉が光り、足元も柔らかい
「今日は壁直すか」
そう思った時、ルッカが止まった
「人間」
俺も《魔力感知》を広げる
三つ
知っている
「エナ、ダリオ……もう一人」
近づいてくる
ルッカが、
「人間」
「知ってる?」
少し考える
「ミラ?」
俺も感覚を探る
「たぶん」
しばらくして木の間からエナ、ダリオ、ミラの三人が現れた
「おはよう」
俺が言う
「おはよう」
エナ
ミラも手を上げる
ダリオは屋根を見る
「雨、大丈夫だったか?」
雨、大丈夫
そこは分かる
俺は上を指す
「二」
指二本
「ここ、雨」
水が落ちる仕草
ミラが、
「二か所漏れた?」
「そう」
「でも大丈夫?」
「大丈夫」
ダリオが入口、地面、壁の順に見る
「随分家らしくなったな」
家
分かる
「家」
ルッカが嬉しそうに答える
エナが薬草を見る
「乾いてる?」
「風」
俺は右手を出す
「《風圧》」
弱く
ふわ
薬草が揺れる
「便利」
エナが笑う
「便利」
俺も返す
最近、このやり取りが増えた
「今日は何?」
三人を見る
荷物は軽い
交換品を持ってきた感じではない
ローデンもいない
ミラが森の奥を指す
「一緒に行く?」
「森?」
「そう」
ダリオが少し長く説明する
分からない
エナが短くする
「道」
「道?」
「安全」
安全な道
森
「探す?」
「そう」
なんとなく分かってきた
人間側が森の中を少し歩ける道を確認したい
ここまで交流が増え、この家まで来る人間も増えた
でも毎回好き勝手に森を歩けば危ない
魔物、獣、崖、毒草、知らない場所
だから比較的安全な経路を知りたい
「案内?」
ミラが言う
「案内」
知らない
首を傾げる
ミラがルッカを指す
「ルッカ、森」
次に前を歩く仕草
「ルッカ、前」
「案内」
もう一度
「ああ」
道を知っている人が、知らない人を連れていく
「案内」
覚えた
エナがルッカを見る
「ルッカ、案内人」
「案内人?」
「森の案内人」
ルッカが自分を指す
「ルッカ、案内人」
得意そうだ
「似合ってるやん」
当然通じない
でも今日の中心は、またルッカらしい
ダリオが、
「セイジも頼む」
と言う
「何する?」
俺は自分を指す
「魔法?」
ダリオは首を少し振り、頭の辺りを指す
「感知」
「魔力感知?」
「それ」
人や魔物の気配
少し先の危険
そういうのを見る
「なるほど」
役割がはっきりしている
ルッカは道、痕跡、森
エナは植物と薬
ダリオは危険を見て、戦うか避けるかを判断する
俺は《魔力感知》、必要なら魔法
「行く」
答える
家の屋根は二か所漏れるけど、今すぐ崩れそうではない
雨も止んだ
「ルッカ」
「何?」
「案内人」
「案内人」
胸を張る
「行く」
「行く」
俺、ルッカ、エナ、ダリオ、ミラ
五人で森へ出る
◇
少し歩いたところで、ルッカが止まった
「こっち」
いつもと違う道
俺たちが水場へ行く時の道ではない
「なんで?」
聞く
ルッカが地面を指す
今朝の雨で柔らかくなった土
俺には普通の地面に見える
ルッカは少し先を指す
「滑る」
「滑る?」
自分で足を滑らせる仕草
「ああ」
いつもの道には坂がある
雨上がりでは滑りやすい
だから別の道
ダリオがルッカを見る
「分かるのか」
ルッカ、
「森」
それだけ
でも十分
ミラが笑う
「頼もしいね」
意味は全部分からない
でも褒めている
森の案内人
そのまま進む
ルッカは最短距離を行かない
地面、木、周囲を何度も見る
雨でぬかるんだ場所を避ける
低いところも避ける
折れやすそうな枝の下も避ける
「そんなとこまで見るんやな」
俺は今まで、ただ後ろをついていただけで気づかなかった
道を知っているだけじゃない
今日の森がどうなっているかを見ている
昨日と今日、同じ道でも安全は違う
雨、風、動物、魔物
全部で変わる
「案内人って大変やな」
ルッカは何も聞いていない顔で先へ行く
◇
しばらくしてエナが止まった
「待って」
ルッカも止まる
道の横に小さな草
「薬?」
俺が聞く
「薬」
エナがしゃがみ、葉、茎、裏側を見る
「薬一?」
「違う」
「薬二?」
「違う」
「薬三?」
「違う」
「増えた」
エナが正式名を言う
無理
「薬四」
「また?」
ミラが笑う
「覚える、難しい」
「これは?」
俺が指す
エナが腕や脚が腫れる仕草をし、次に草を潰して貼る
「腫れ?」
「そう」
「薬四、腫れ」
「名前あるって」
「難しい」
もういい
エナも諦めた顔
「薬四」
通った
ルッカが、
「食べる?」
「食べない」
エナ即答
ルッカは興味を失った
分かりやすい
少し採取する
でも今日は薬草採りが目的ではない
エナも数本だけ取って先へ進む
◇
森は少しずつ、俺たちの普段の行動範囲から外れていく
知っている木
知らない木
地形も違う
「ここ、来た?」
俺がルッカへ聞く
「来た」
「一人?」
ルッカは少し考える
「前」
前
昔?
俺と会う前
「ルッカ、前、来た?」
「来た」
なるほど
俺が知らないだけで、ルッカはかなり広く森を動いていたのかもしれない
「どこまで知ってんねん」
答えは、
「森」
だった
便利な返事
少し先から水の音がする
「水?」
ルッカが頷く
「水」
木の間を抜けると細い流れがあった
小川と呼ぶほど大きくはない
でも俺たちが普段使っている水場とは別で、岩の間から水が流れている
「おお」
知らなかった
エナ、ミラ、ダリオも周囲を見る
「飲める?」
俺が聞く
ルッカはすぐには飲まない
水と周囲、上流側を見る
「待つ」
そう言って少し上へ
俺たちもついていく
上流に動物の死骸はない
変な匂いもない
濁りも少ない
ルッカが水をすくい、匂いを嗅ぎ、少し口へ入れる
「大丈夫」
「ほんま?」
俺も慎重に、ほんの少し
冷たい
普通の水
エナも確認する
「大丈夫」
「水場、二」
俺は指を二本立てる
普段使っている場所
ここ
「二」
ミラが理解する
「二つ目の水場」
「そう」
これは大きい
家からどちらが近いかと言えば、たぶん今の場所のほうが遠い
でも森の奥へ行く時に使える
途中で水を補給できる
《水球》もあるけど、大量に飲むなら自然の水がいい
「休む場所にもできるな」
大きな岩
少し平らな場所
木陰
雨を完全には防げないけど休憩にはいい
ダリオが周囲を見る
「ここは覚えておこう」
覚える
水
休む
「休憩?」
ミラが、
「そう、休憩」
「休憩」
新しい言葉
ルッカ、
「休憩」
俺を見る
「休む」
「そう」
ルッカはすぐ座った
「まだ早い」
でもちょうどいい
五人で少し休む
俺は頭の中で、家からここまでの道を思い出す
曲がる場所
大きな木
岩
低い場所
坂
「地図欲しいな」
紙なんてない
書くものもない
地面に描くならできる
でも持ち運べない
木の板に刻む?
「地図?」
ミラが反応した
「あ、分かる?」
地面へ枝で、家、線、水場を描く
「地図」
「地図」
人間側にはあるらしい
たぶん
「欲しい」
ミラが少し考える
「紙?」
「紙」
見たことはあるかもしれない
でも持っていない
「村?」
「ある」
「交換?」
「できるかも」
おお
また欲しいものが増えた
紙
書くもの
森の簡単な地図
薬草
道
水場
危険な場所
全部記録できる
「欲しい」
「分かった」
人間との交換
生活用品だけじゃない
知識を残すものもある
◇
休憩後、さらに奥へ進む
ルッカが先頭
道は少し狭く、木の根が多い
エナは植物を確認し、ダリオは周囲を見る
俺は《魔力感知》
ミラは会話の間を繋ぐ
役割が自然に分かれている
「なんかパーティーみたいやな」
前世のゲームみたい
でも勇者、戦士、魔法使い、僧侶みたいなものではない
森の案内人
薬草
危険判断
感知
言葉
生活感が強い
俺たちらしい
「止まって」
俺が言う
全員止まる
《魔力感知》
前方
反応が二つ
小さい
少し動く
「何かいる」
指す
ダリオが剣へ手を置く
ルッカは地面を見て、木の陰から少し進み、戻る
「獣」
「危ない?」
ルッカは首を傾げる
ダリオと前へ出て少し見る
俺たちは待つ
しばらくして二人が戻る
ダリオ、
「小さい」
「戦う?」
俺が聞く
ダリオは首を振る
「必要ない」
必要ない
分かる
「避ける?」
「そう」
ルッカが別方向を指す
「こっち」
少し迂回
戦わない
また俺の出番なし
でも、これがいい
《魔力感知》で先に気づいた
ダリオが危険度を判断
ルッカが迂回路を出す
それで終わる
「便利やな、みんなおると」
一人なら、分からない獣を見つけた時、とりあえず逃げるか《火弾》を構えるか
それくらいしかない
今は情報が増える
選択肢も増える
◇
しばらく進んだところで、また気配
今度は四つ
動きが速い
こっちへ
「来る」
俺が言う
ダリオが剣を抜く
ルッカも槍
エナとミラは後ろへ
「何?」
茂み
がさ
がさがさ
飛び出してきた
小型の獣が四匹
前にヤギを狙っていたものとは違う
低い身体
牙
俺たちを見ても止まらない
「戦う?」
俺がダリオへ聞く
「来るならな」
短い
分かる
逃げない
こちらへ突っ込んでくる
ルッカが一歩前へ出る
槍
一匹が跳ぶ
「っ!」
突き
ルッカの槍が獣の肩付近へ当たる
倒れる
でもまだ動く
ダリオは二匹目へ剣を横に払う
血
三匹目が回り込む
俺の前
「《風圧》」
ぶわっ
小型で軽い身体が横へずれ、地面へ転がる
「お」
実戦で初めて《風圧》を使った
倒してはいない
でも体勢を崩した
ルッカがすぐ槍を突く
獣が動かなくなる
四匹目
エナ側
「《火弾》」
小さく狙う
胴へ直撃
火
獣が転がる
ダリオが止め
短い戦いだった
森が静かになる
俺は周囲へ《魔力感知》を広げる
「もういない」
ダリオも剣を拭う
ルッカは倒れた獣を見る
「肉?」
「食えるん?」
エナが首を振る
「美味しくない」
「食べられる?」
「食べられるけど」
顔を見る
まずいらしい
「じゃあいらんか」
ルッカは残念そう
「食べる」
「いや、無理して食うな」
ダリオが倒した獣を見る
「持って帰る必要はない」
戦闘
四匹
俺が直接殺したのは、《火弾》を当てた一匹――たぶん
最後はダリオが止めを刺した
経験値がどうなるのか分からない
倒すことと殺すこと
誰が最後に倒したか
そこまで詳しいルールは知らない
でもLEVEL確認は今はしない
それより、
「ルッカ、怪我?」
確認する
ルッカの腕、大丈夫
ダリオも大丈夫
エナ、ミラも無事
「よし」
ダリオが俺を見る
「さっきの風」
「《風圧》」
「使えるな」
「使えた」
初実戦
軽い獣一匹を横へ崩した
思った通り、体勢を崩す用途に使える
殺さなくても仲間が動きやすくなる
「これええな」
《火弾》で一匹ずつ倒すだけじゃない
援護
そういう使い方
「ルッカ、どう?」
俺が聞く
「風」
「邪魔じゃなかった?」
伝わらない
獣、風、ルッカ、槍
「いい?」
「いい」
「よし」
俺が敵を倒さなくても、ルッカが倒しやすくなるなら十分
ダリオも、
「最初に崩してくれれば楽だ」
長いけど、最初、崩す、楽
分かった
「援護」
ミラが言う
「援護?」
「助ける」
戦う人
後ろ
「援護」
「援護」
覚えた
魔法の新しい使い方
援護
それなら《水球》も何かに使えるかもしれない
《土締め》も
《治癒》は完全に援護
《火弾》も威嚇できる
「魔法って役割多いな」
◇
戦闘が終わったあと、さらに先へ進む
森が深くなる
光が少ない
俺たちが普段いる場所より木が太く、根も大きい
「ここらへん、あんま来んほうがええんちゃう?」
俺が呟く
ルッカも少し慎重になっている
「危ない?」
「少し」
少し
それなら今日の目的には合っている
どこまでなら人間側が比較的安全に来られるか
その境界を知る
ダリオも木へ剣で小さく印をつける
「何?」
「ここまで」
「道?」
「安全な道はここまで」
安全
ここまで
分かった
それ以上は危険度が上がる
「戻る?」
ダリオは、
「少しだけ」
と言う
完全に奥へは行かない
周辺確認
ルッカが一人で少し前へ行こうとする
「待って」
俺が止める
「一緒」
今日は案内
みんなで
ルッカも少し考えて頷く
全員でほんの少しだけ先へ進む
そこでルッカが急に止まった
地面を見る
「何?」
返事なし
しゃがむ
土が大きくへこんでいる
「足跡?」
俺も近づく
でかい
俺の足何個分だ
いや、そもそも形がよく分からない
雨で崩れた?
穴?
「これ動物?」
ルッカが跡の縁へ触れる
匂い
周囲
木
「……」
いつもならすぐ「何」と言う
今日は言わない
「分からん?」
ルッカ、
「大きい」
それだけ
「大きい?」
少し先に、もう一つ同じような地面のへこみ
間隔もかなり広い
さらに木の幹には高い位置に傷がある
俺の頭よりずっと上
樹皮が削れている
「何これ」
エナも見上げる
ダリオの表情が変わる
「ルッカ」
俺は聞く
「どう思う?」
これを聞きたかった
俺が勝手に決めない
森はルッカ
ルッカは跡、木、周りを長い時間見る
「知らない」
初めて聞いたかもしれない
ルッカが森のことで、
「知らない」
と言った
少し背中が冷える
「前、ある?」
「ない」
ない
以前はなかった?
それとも見たことがない?
言葉が足りない
エナも植物では判断できない
ダリオが地面へしゃがむ
「新しい」
新しい?
「いつ?」
分からない
ダリオが土と雨を指す
「雨の前」
雨の前についた?
その後、雨が降って少し崩れた
たぶんそんな話
つまり、かなり最近
「狼?」
俺が聞く
前に大量に来た狼状の魔物
でも跡が全然違う
ルッカも首を振る
「違う」
「じゃあ何?」
「知らない」
また、知らない
ミラが少し怖そうに周囲を見る
俺も《魔力感知》を広げる
遠くに小さい反応はいくつかある
でも、この足跡を残すような大きなものは近くにはいない
「今はいない」
言う
ダリオが、
「戻る」
即答
俺も反対しない
何か分からない
それが一番危ない
追跡はしない
「ルッカ?」
俺が確認する
ルッカも頷く
「戻る」
正しい
たぶん
ここで面白そうだから追う、は駄目だ
今日の目的は安全な道を探すこと
未知の大型生物を狩ることじゃない
「印」
ダリオが近くの木へ、前より大きく印をつける
「危険」
「危険」
覚える
この場所には来ない
少なくとも今は
◇
来た道を戻る
ルッカが先頭
でも今度は全員少し静かだ
俺も《魔力感知》を広めに保つ
さっきまでの森の散歩、探索とは違う緊張
「セイジ」
エナが近くへ来る
「大丈夫?」
「大丈夫」
反射で答える
ダリオが後ろから何か言う
長いけど「大丈夫」だけ聞こえた
「何?」
「何でもない」
いつもの
少し空気が軽くなる
二つ目の水場まで戻り、そこで休憩する
さっきよりみんな少し安心している
「今日の道」
俺は地面へ枝で描く
家
線
分岐
水場
休憩
さらに先
危険
大きく×みたいな印
「ここ、危険」
ダリオが頷く
「当分は行かない」
当分
分からない
でも「行かない」は分かる
「行かない」
俺も
ルッカも、
「行かない」
エナが地図の水場を見る
「ここ、使える」
「水」
「薬草もある」
薬四
周辺には他にも植物
「薬」
ミラ、
「休憩もできる」
「休憩」
安全経路
家からこの水場まで
そこから少し先
途中で小さい獣を避け、戦闘が一回
完全に安全ではない
でも比較的使える
「人間、ここまで?」
俺が聞く
ダリオが水場と少し先を指す
「少人数なら」
長い
ミラが、
「エナたち、一緒なら」
「ああ」
人間だけで誰でも、ではない
森に慣れている人間と俺たちが一緒なら、少し行動範囲を広げられる
「次、地図」
俺は言う
ミラ、
「持ってくる」
「紙?」
「紙」
嬉しい
◇
帰り道は行きより早い
一度通った道
ルッカも危険やぬかるみを全部覚えている
途中、戦った場所には獣の死体がまだある
「肉?」
ルッカ
「まだ言う?」
エナ、
「食べないほうがいい」
「食べない」
ようやく諦めた
その先、朝避けた滑る道は最後まで使わない
別経路
「こっちのほうがええな」
雨上がり用
晴れの日用
森には一つの正解の道だけじゃない
条件で変わる
これもルッカに教わったこと
家が見える
「家」
ルッカ
「ただいま」
俺
「タダイマ」
ルッカ
エナが笑う
「おかえり?」
俺が家を指す
「家が言う?」
「違う」
難しい
俺とルッカ
「オカエリ」
ミラが、
「私たちが言おうか」
意味は雰囲気で分かる
エナ、
「おかえり」
ミラ、
「おかえり」
ダリオは少し嫌そうな顔をする
でも、
「おかえり」
俺は止まる
変な感じ
でも嬉しい
「ただいま」
もう一回言う
ルッカも、
「タダイマ」
森から帰って、人間三人に「おかえり」と言われる
自分の家で
「なんか逆やな」
でも悪くない
◇
家の前
朝漏れた二か所はまだ印が分かる
「これ」
ミラへ示す
「雨」
ぽたぽた
「漏れた?」
「そう」
ダリオが屋根を見る
ローデンほど詳しくない
でも、
「あとで直せ」
「直す」
エナは今日採った薬四を薬草のところへ並べる
俺は《風圧》を弱く使って乾燥を助ける
「便利」
「便利」
いつもの
探索で疲れた
でもまだ少し明るい
みんなで今日のことを整理する
俺の人間語が足りないので、ほとんど地面の図、指、短い言葉
家
道
水
休憩
薬
危険
大きい
足跡
知らない
そのくらい
ダリオが大きな跡について、村でも聞くみたいなことを言う
「ローデン?」
「ローデンにも」
「村?」
「知っている者がいるか聞く」
全部は分からない
でも人間側でも何か知っていないか確認するらしい
「追う?」
俺が聞く
ダリオは即答
「追わない」
「そう」
俺も賛成
ルッカも、
「追わない」
未知の大型生物
近くにはいない
何かも分からない
今は放置
ただ覚えておく
「狼、いっぱい」
俺は以前の群れを思い出す
ダリオも少し表情が変わる
「関係?」
俺が聞く
ダリオは首を振らない
頷かない
「分からない」
「分からない」
それでいい
まだ結びつけない
狼が多かった
今回、大きな痕跡
二つが関係しているかもしれない
全然関係ないかもしれない
分からないものを勝手に答えにしない
それも大事
◇
夕方
エナ、ミラ、ダリオが帰る
「また」
「また」
エナが、
「今度、地図」
「地図!」
忘れない
「欲しい」
「分かった」
ダリオ、
「一人で奥へ行くなよ」
一人、奥、行かない
「行かない」
次にルッカを見る
「ルッカも」
「行かない」
俺が言わせる
ルッカは少し不満そう
森の案内人として気になるかもしれない
でも、
「危険」
俺
「知らない」
ルッカ
しばらくして、
「行かない」
「よし」
三人を見送る
家へ
今度は本当に俺とルッカだけ
「疲れた」
「休憩」
「家やから休憩でええな」
座る
「《水球》」
二人で飲む
「今日、ルッカすごかったな」
「すごい」
即答
「案内人」
「案内人」
かなり気に入ったらしい
「森の案内人、ルッカ」
「ルッカ、案内人」
胸を張る
追跡
道
天候
獣
危険
水
俺よりずっと分かる
「今日はほぼルッカ頼りやったな」
《魔力感知》は役に立った
戦闘で《風圧》も使った
《火弾》も一度
でもそれだけ
道を決めたのはルッカ
小さい獣を避ける道
水場
帰路
全部
「ルッカ、森」
俺が言う
「セイジ、魔法」
ルッカ
「エナ、薬」
「そう」
「ダリオ、考える」
覚えてた
「そうそう」
「ミラ……」
止まる
「ミラは……言葉?」
ルッカ、
「話す」
「ああ」
「ミラ、話す」
「ええんちゃう」
言葉
間
人と人
俺たちと人間を繋ぐミラ
「みんな役割あるな」
一人ずつ違う
だから一緒に動くと、森の奥まで行けた
「一人で行ったら危なかったやろな」
特に、あの大きな跡
俺だけなら好奇心で少し追ったかもしれない
ルッカだけでも、もしかしたら気になって追ったかもしれない
ダリオが「戻る」と判断した
それに俺たちも従った
「判断任せるの大事やな」
何でも自分で決めなくていい
ルッカ、どう思う
ダリオ、戦う必要ある
エナ、この草大丈夫
ローデン、この家どう作る
聞けばいい
知らないなら、知っている人に
「前世より人に頼ってるかもな」
一人で何とかしようとするより、ずっと楽
◇
夜
屋根の漏れた場所を直す
大きな作業はしない
朝、水が落ちた二か所
葉を一度外し、向きと重なりを確認する
ローデンに教わった通り、上の葉が下へ被さるようにする
追加の草
細枝で固定
「これで次やな」
次の雨で確認
収納は今日はやらない
疲れた
夕飯は肉、塩、木の実、汁
いつもの
でも少し前なら十分ご馳走
焚き火の煙には《風圧》
器は《水球》で洗う
「普通になってんな」
魔法が特別じゃなくなっている
それは悪いことじゃない
今日、戦闘でも《風圧》を使った
小型の獣を横へ崩した
初めてちゃんと援護に使えた
「援護」
言葉を思い出す
俺は《火弾》で全部倒さなくてもいい
ルッカが槍で戦う
ダリオが剣で戦う
俺は風で崩す
必要なら火
怪我したら《治癒》
水、土も状況次第
「選べるのが強いんかもな」
魔法の数や威力だけじゃない
何を使うか
使わないか
誰に任せるか
それも力
焚き火を見る
昼に見た大きな跡を思い出す
あれは何だったのか
大型の獣
魔物
ただの動物
分からない
木の高い位置の傷
大きな足跡みたいなへこみ
ルッカですら知らない
「気になるな」
でも追わない
今日はそれでいい
知らないものを全部すぐ知る必要はない
森は広い
俺たちが知っているのはほんの一部
水場がもう一つ見つかっただけでも、それが分かった
「世界広いな」
最初に目を覚ました時、森全部が敵に見えた
どこへ行けばいいかも分からなかった
今は家がある
水場が二つ
安全に歩ける道
休憩できる場所
避けたほうがいい場所
少しずつ森に意味がついている
ただの木の集まりではなく、俺たちの地図になっていく
まだ紙には書いていないけど、頭の中には増えている
「次、地図やな」
ルッカ、
「地図?」
地面へ今日と同じように、家、線、水を描く
「これ」
「地図」
「そう」
ルッカが見つめる
そして枝で一本追加する
別の道
「何?」
ルッカが木、岩、水を描く
「そこも?」
「ある」
「知らん道まだあるん?」
「ある」
「どんだけ知ってんねん」
森の案内人
まだまだ俺が知らないものを持っている
「全部一気に行かんでええからな」
ルッカ、
「まだ」
「そう、まだ」
ゆっくり行動範囲を広げる
家を中心に少しずつ
帰れる距離
安全
水
全部確認しながら
それでいい
◇
寝る前、STATUSを開こうか少し迷った
今日、戦闘した
小型獣
でも俺が倒した数も、誰が最後だったかも曖昧
LEVELが上がっている可能性はあるのか、ないのか
「……今日はええか」
何となく、今は見なくてもいい気がした
上がっていれば次に見た時分かる
上がっていなくても困らない
今日はLEVELより得たものがある
新しい道
新しい水場
新しい薬草
《風圧》の戦闘援護
そして危険な場所
知らない大きな痕跡
情報
これも生きる力だ
寝床へ入る
屋根
朝直した――
いや、朝じゃない
夜直した二か所
次の雨でどうなるか
壁が風を弱める
火が暖かい
隣にルッカ
「ルッカ」
「何?」
「案内人」
「案内人」
「明日も?」
ルッカは少し考える
「家」
「家作る?」
「家」
「そうやな」
明日は家
探索ばかりでも疲れる
収納、屋根、薬草
やることはある
「森の案内人も休みやな」
ルッカ、
「休憩」
「そう」
少し間
「肉?」
「休憩と肉を繋げるな」
「肉」
「明日」
「塩」
「明日」
「甘い」
「ない」
干し果実はもうない
ルッカが悲しそう
「今度交換できるか聞くから」
「交換」
元気になった
分かりやすい
「おやすみ」
「オヤスミ」
目を閉じる
森は昨日より少し広くなった
俺が強くなったからではない
ルッカが道を知っていたから
エナが草を知っていたから
ダリオが危険を見ていたから
ミラが言葉を繋いだから
俺が気配を感じられたから
一人分の力ではなく、五人分の違う力で少しだけ奥へ進めた
その先にはまだ知らないものがある
大きな跡
知らない生き物
危険
たぶん、これからも全部一人では分からない
だから次も聞けばいい
「ルッカ、どう思う」
「ダリオ、戦う必要ある」
「エナ、この草大丈夫」
そうやって少しずつ、知っている範囲を広げればいい
家から始まった俺の世界は今日、新しい水場まで少しだけ広がった




