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20/96

土は支える

第20回 土は支える


 朝、目を開けると、最初に見えたのは屋根だった


 正確には、屋根になる予定の枝


 昨日ミラが持ってきてくれた縄で仮固定した一本が、岩陰の上から斜めに伸びている


 その向こうには空


「……まだ屋根ちゃうな」


 当然だ


 枝一本で雨が防げるわけがない


 でも、少し前まで何もなかった場所に、今は屋根の始まりがある


 それだけで少し嬉しい


 横を見ると、ルッカは寝ている


 珍しく静かだ


「朝やぞ」


 反応なし


「肉」


「肉?」


 いつも通りだった


「もうこれ目覚ましやな」


 ルッカが起きる


 最初に食料を見て、次に俺、最後に塩を見る


「塩」


「はいはい」


 朝飯は肉に少しの塩、木の実、それから水


「《水球》」


 器へ一つ、二つと落とす


 もうほとんど失敗しない


 最初は一滴出すだけであれだけ苦労したのに、今なら小さい球なら自然に出る


 魔法って、一回覚えたら終わりじゃなく、使うほど馴染んでいくのかもしれない


《火弾》もそうだった


 最初より大きさ、狙い、威力が少しずつ分かるようになっている


《治癒》も、《水球》も、《風圧》も


「慣れって大事やな」


「慣れ?」


「また今度」


 ルッカが水を飲む


「水」


「知ってる」


 食後、《風圧》を弱く使う


 焚き火の煙を入口へ


 ふわ、と外へ流れる


「これも便利」


 毎朝の動きに魔法が入り始めている


 でも魔法だけではない


 火は残った火種を使う


 食べ物は森から集める


 水も大量に必要なら水場へ行く


 魔法は少し楽にする


 そのくらいがちょうどいい


「さて」


 俺は外へ出る


 今日やることは屋根、そして土


 昨日、寝る前まで考えていた


 土は固い


 重い


 形を保つ


 そして、支える


 柱を支える


 壁を支える


 俺たち自身も地面に立っている


 当たり前すぎて意識していなかった


 風は流れる


 水も流れる


 土はそこに留まる


「支える、か」


 地面へしゃがむ


 昨日まで何度も触った、壁の柱の根元


 手で固めた土には石も入れている


 でも、まだ少し揺れる


 これを魔法で支えられたら、目的ははっきりしている


「今日はここやな」


 ルッカが近づく


「土」


「そう」


 少し間


「まだ」


「始める前から言うな」


 ルッカが笑う


 俺も笑う


 でも今日も駄目かもしれない


 それでいい


 今までだってそうだった


 一回でできたほうが少ない


 俺は右手を地面へ置く


 土は冷たく、少し湿っている


 砂、小石、泥、細かいものが混ざっている


 前はこれを動かそうとした


 寄せる


 押す


 固める


 形を変える


 でも、それだけでは何も起きなかった


 今日は違う


 柱には上から重さがかかる


 横から風も受ける


 人が触ることもある


 それでも倒れないように、土が支える


「支える」


 口にする


 魔力を右手から地面へ


 前みたいに押し込まない


 土へ魔力をぶつけない


 土そのものへ触れる


 土がそこにある、その感覚を探す


「……」


 何も起きない


 でも焦らない


 目を閉じる


 手の下の冷たさ、ざらつき、小石、湿り気


 そこへ魔力を薄く広げる


「土」


 一瞬、何かに触れた気がした


「ん?」


 目を開ける


 変化なし


「今なんか……」


 もう一度


 同じ感覚


 土そのものを動かすのではなく、土へ魔力を染み込ませる


 支える


 柱


 倒れない


 形を保つ


「……」


 柱の根元で、ほんの少し土が動いた


「お」


 ルッカも見る


「土」


「動いたよな?」


 ほんの数粒


 偶然かもしれない


 自然に崩れただけかもしれない


 もう一度


 右手


 魔力


 支える


 柱の周囲


 土が寄る


 ほんの少し


「来てる」


 前とは違う


 土を無理やり動かしている感じじゃない


 魔力を流した場所の土が、自分からまとまろうとしている


 自分からというのも変だけど、そんな感覚


「もっと」


 魔力を増やす


 柱の根元、周囲の土


 ぎゅっ


 少しずつ沈み、締まる


 手で押した時みたいに密度が増す


「おお」


 柱を触る


 揺らす


 さっきより少しだけ固い


「できた?」


 まだ魔法名はない


 でも確実に変化した


「土、固い」


 ルッカが触る


「そう」


「魔法?」


「たぶん」


「タブン」


「お前それも好きやな」


 もう一回


 別の柱


 今度は最初から意識する


 土は重い


 そこにある


 柱を支える


 周囲へ魔力を広げ、土同士を締める


 形を崩さない


「……」


 ずず


 目に見えて土が少し寄った


 柱の根元へ


 隙間が埋まる


「来た」


 さらに魔力


 土が締まる


 石の隙間も、周囲の細かい土が埋めていく


 そして頭の中で、またあの感覚


 意味が形になる


《土締め》


 分かった


 名前


《土締め》


 周囲の土へ魔力を作用させ、狭い範囲を締め固める初歩の土魔法


「《土締め》」


 発動


 柱の根元


 ぐっ、と土が締まる


 音は小さい


 派手な光もない


 ただ土が少し沈み、固まる


「……できた」


 柱を掴んで揺らす


 ほとんど動かない


「できた!」


 ルッカが、


「土!」


 と叫ぶ


「土魔法!」


「まだ?」


「もうや!」


 ルッカが笑う


 俺も笑う


 ついに土


 何日考えた


 最初に試したのはいつだったか


《治癒》を覚える前から、家の壁を作りたいと思った時からずっと


 便利そうだ


 土よ動け


 壁になれ


 そんな雑なイメージばかりだった


 でも違った


 少なくとも、今覚えた魔法は違う


 大きな土壁を一瞬で生やす魔法じゃない


 地面を割る魔法でもない


「締めるだけ」


 すごく地味


《水球》を最初に一滴出した時と同じくらい地味


 でも目の前の柱を見る


「めっちゃ使えるやん」


 柱を固定する


 地面を固くする


 泥壁の基礎


 歩く場所


 かまど


 器


 どこまでできるかはまだ分からない


 でも生活で使える可能性が山ほどある


「もう一個」


 次の柱


「《土締め》」


 ぎゅ


 固まる


「おお」


 三本目


「《土締め》」


 ぎゅ


「……あ」


 少し頭が重い


 魔力消費は思ったよりある


《風圧》の弱い使用より重い


 土そのものへ広く働きかけるからかもしれない


「連発はあかんな」


 ルッカが、


「休む」


「まだ三回やで」


「休む」


「……はい」


 最近、俺より健康管理に厳しい


 少し座る


 水


「《水球》」


 自分で作った水を飲む


 目の前三本の柱は、昨日よりしっかりしている


「土魔法覚えたで」


 言う


 ルッカは、


「すごい」


「せやろ」


 今日は自分で言いたくなる


 火、光、水、風、土


 五つ


 適性六つのうち、五属性が使えるようになった


「闇だけか」


 でも闇はまだいい


 何に使うか分からない


 必要もない


 だから今は放置


 それより《土締め》


 こっちを使えるようにする


 休んだあと、少し実験する


 まず柔らかい地面


 足で踏むと少し沈む


 そこへ、


「《土締め》」


 狭い範囲


 ぎゅ


 踏む


「固い」


 前より沈まない


「道に使える」


 家の周り、雨でぬかるむ場所


 そこを固めれば歩きやすくなるかもしれない


 次は土の塊


 手で山を作る


「《土締め》」


 ぎゅ


 硬くなる


 持ち上げる


 ぼろ


 端が崩れる


「石にはならんか」


 当然か


 焼いたわけでもない


 完全に固形化するわけでもない


 ただ締まる


 圧縮される


「じゃあ器は無理」


 少なくとも今は、土の器を魔法だけで一発、はできない


 形を作ってから締める


 乾かす


 焼く


 そこまでやれば何かできるかもしれない


「手作業+魔法やな」


 また同じ結論


 魔法だけで完成させない


 手で形を作る


 魔法で補助する


 そのほうが今の俺には合っている


 次は壁


 前に塗った泥の一部は、まだ少し柔らかい


「これに土締めしたらどうなる?」


 危ない


 全部にやって壊れたら嫌だ


 端の小さいところだけ


「《土締め》」


 ぎゅ


「……」


 触る


 硬くなっている


 でも表面に細かいひび


「うーん」


 締めすぎ?


 水分がある状態で圧縮したからか


 分からない


「壁はローデンに聞いてからやな」


 勝手にやって全部割れたら泣く


 試験は小さく


 これ大事


「屋根やろ」


 ルッカが上を見る


「そうやった」


 魔法に夢中になって、本来の目的を忘れていた


 今日は屋根


《土締め》は柱を固定するところで十分役に立った


 俺たちは材料を集める


 長い枝


 昨日仮固定した一本


 追加で三本


 ルッカが森から持ってくる


 選ぶのが早い


「これ」


 一本


「使える」


 俺が言う


 ローデンの真似


 本当に使えるかは、


「たぶん」


「タブン」


 ルッカが言う


「不安になるからやめろ」


 長い枝を岩の近くから外側へ斜めに出す


 雨が外へ流れるよう、少し傾ける


 水平では駄目


 これは前世の知識でも分かる


「こう?」


 ルッカが片側を持ち、俺が反対側


 固定には昨日ミラが持ってきた縄を使う


 丈夫で、蔓より結びやすい


 一つ目


 二つ目


 三つ目


 骨組みはまだ不格好


「屋根っぽい」


 ルッカ、


「屋根」


「まだ骨や」


「家」


「何でも家にするな」


 その上へ細い枝を横に渡し、格子にする


 縄は貴重なので重要な部分だけ


 他は蔓


 ルッカが結び方を覚えてきた


 俺より早い


「そこ」


 指す


 ルッカが縛る


「うまいやん」


「すごい」


「自分で言うな」


 でも本当に上手い


 昼前には、屋根の骨組みが拡張部分の半分くらいまでできた


「ここから葉やな」


 大きな葉と草を重ねる


 ただ置くだけでは風で飛ぶ


 細い枝で挟み、縛って何層かにする


 雨を流す向きは上から下


 水が下へ流れるように


「たぶんこんな感じ」


 完全に素人


 雨が降るまで成功か分からない


「雨来てほしいような、ほしくないような」


 家を試したい


 でも濡れたくない


 複雑


     ◇


 昼


 肉、塩、木の実、少し草


 いつもの飯


 でも今日は屋根の下で食べる


 まだ半分しかない屋根


 それでも、


「家っぽいな」


 ルッカが、


「家」


 と満足そうに言う


「そうやな」


 認める


 家


 昼食後、人の気配が二つ


 俺より先にルッカが反応する


「人間」


 魔力感知


 知っている


 ローデン


 もう一人はダリオ


 珍しい組み合わせ


 しばらくして二人が来る


「よう」


 ローデン


「こんにちは」


 俺


 ダリオは軽く手を上げる


「ダリオ」


「セイジ」


 名前を呼び合う


 これも最初を考えればかなり変わった


 ローデンは真っ先に屋根を見る


「やったのか」


「屋根」


 俺が得意になって指す


「まだ」


 ルッカが言う


「お前はどっちの味方や」


 ローデンが笑う


 ダリオも少し笑った


「見て」


 俺は柱へ行く


「土」


「土?」


「魔法」


 ローデンの顔が嫌そうになる


「また増えたのか」


「《土締め》」


 柱の根元へ弱く


 ぎゅ


 土が締まる


 ローデンが黙る


 ダリオも黙る


「土魔法」


 俺が言う


「できた」


 ローデンが柱を揺らす


「……固いな」


「固い」


 別の柱も確認する


「これをやったのか?」


「そう」


 三本を指す


「全部」


「便利だな」


「便利!」


 認められた


 嬉しい


 ダリオは地面を見る


「これ、戦いに使えるのか?」


 戦い


 分かる


「土締め?」


 自分で考える


 敵の足元を固める?


 地面を変える?


 相手の足を埋める?


 今の範囲と速度では、戦闘中に使うのは難しそうだ


「分からない」


 正直に答える


「家」


 柱を指す


「使う」


 ダリオが、やっぱりか、みたいな顔をする


 最近この反応に慣れた


 ローデンは屋根を見る


「そっちを先に見せろ」


 家


 仕事


 先生だ


 俺たちは屋根の骨組みを見せる


 ローデンが一本ずつ確認する


 結び目、枝、角度、葉の重なり


「ここ」


 一本の角度を示す


「もう少し下」


「下?」


「雨」


 手で流れを示す


 分かった


 傾きが足りない


「ここも」


 今度は葉の重なり


「逆」


「逆?」


 水は上から下


 上の葉が下の葉へ被さるようにする


 俺たちは一部逆だった


「危な」


 これだと隙間へ水が入りやすい


 直す


「先生、助かるわ」


「先生?」


「教える人」


「俺が?」


「そう」


 ローデンが少し照れたような、嫌そうなような顔


「やめろ」


「先生」


 ルッカも言う


「やめろ」


「先生」


「お前ら……」


 ダリオが笑っている


「似合ってるぞ」


 意味は全部分からないけど、ローデンが嫌がっているのは分かる


 面白い


「ローデン先生」


「その呼び方はやめろ」


 使えそうだ


 屋根を直す


 ローデンがいると圧倒的に早い


 枝一本の角度


 縄を結ぶ場所


 葉の向き


 俺たちだけでは「なんとなく」で済ませていたところに理由がある


「経験って強いな」


 魔法でも同じかもしれない


 俺は前世の知識を少し持っている


 それが役に立つこともある


 でも、この世界で家を作るなら、この世界で実際に家を作った人間の経験のほうが強い


 全部俺の知識で解決しようとしなくていい


 ローデンが屋根を見上げる


「これなら雨はかなり減る」


 雨


 減る


 分かる


「全部?」


「全部は無理だ」


「まだ?」


「まだだな」


 ルッカが、


「まだ」


 俺、ローデン、ダリオ


 全員が笑った


     ◇


 しばらくして、ダリオが本題らしい話を始めた


 屋根を見に来ただけではなかったらしい


「セイジ」


「何?」


 ダリオが森の奥を指す


 次に村


 そして人が歩く仕草


「人?」


「そう」


「森?」


「そう」


 説明が長くなる


 俺は半分以上分からない


 ローデンが短く言い直す


「村の人間」


「うん」


 森の手前を指す


「ここまで来る」


「来る?」


「増えた」


 増えた


 分かる


 ヤギの件


 物々交換


 それで俺たちのことを知る人間が増えた?


「セイジ、ルッカ、知る」


 ローデンが言う


「人、増えた」


「ああ」


 噂


 たぶん村の中で、


 森に変なゴブリンがいる


 人間を襲わない


 話す


 魔法を使う


 ヤギを助けた


 そんな話が広がっている


 ダリオの表情は少し真面目だ


「全員、同じじゃない」


 聞き取れた


 全員


 同じじゃない


 それは分かる


「怖い人?」


 俺が聞く


「怖がる人もいる」


 ローデンが続ける


「嫌う人もいる」


 嫌う


 意味はなんとなく分かる


「戦う?」


 俺が聞く


 ダリオは首を振る


「今は」


 今は


「でも」


 武器


 剣へ手を添える


「気をつけろ」


 意味は分かった


 村人全員が、エナ、ミラ、ローデン、ダリオみたいに俺たちを受け入れているわけではない


 当然だ


 むしろ、そのほうが自然


 ゴブリン


 人間側からすれば魔物


 俺だって最初に人間を見た時は怖かった


 相手も同じ


「村、行かない」


 俺は言う


 ダリオが頷く


「今はそれがいい」


 森の入口


 必要なら会う


 人間側の村へ直接はまだ行かない


 焦らない


「ここ」


 俺は自分の家を指す


「人、来る?」


 ダリオは少し考える


「知っている人だけなら」


 全部は分からない


 ローデンが短く、


「エナ、ミラ、俺、ダリオ」


 と指で数える


「大丈夫」


「他?」


 首を横へ


「まだ」


 また、まだ


「分かった」


 今のところ、知らない人間を家まで案内しない


 そういうことだろう


 前に来た、名前をまだ覚えられていない男みたいに、信頼できる人と一緒なら別かもしれない


 でも勝手に人が増えるのは俺も嫌だ


 ここは俺とルッカの家だ


 誰を入れるか、俺たちが決める


「ありがとう」


 ダリオへ言う


 危険や村の空気を教えてくれた


 そういうのは森に住んでいる俺には分からない


「気をつける」


「そうしてくれ」


 ダリオが答える


 少し前なら、ダリオの警戒が嫌だった


 俺を敵として見ている感じがして


 でも今は、その慎重さが助かる


 人間側の危険を教えてくれる


 判断してくれる


「ダリオ」


「ん?」


 剣を指す


「戦う」


 頭を指して考える仕草


「考える」


 うまく言えない


 ルッカ


 森


「ルッカ、森」


 ローデン


 家


「ローデン、家」


 エナ


 薬


「エナ、薬」


 自分


「セイジ、魔法」


 最後にダリオ


「ダリオ、考える?」


 ダリオがぽかんとする


 ローデンが吹き出した


「間違ってない」


 何が面白い


「違う?」


 ダリオが少し考える


「まあ、いい」


「考える」


「もうそれでいい」


 役割


 判断


 警戒


 戦う時に周りを見る


 たぶん、そんな感じ


 俺にはできないところを、ダリオがやっている


「みんな違う」


 エナに教えてもらった言葉


「みんな、できる、違う」


 少し変だけど伝わった


 ダリオが、


「ああ」


 と頷く


「それでいい」


     ◇


 四人で屋根作りを再開する


 ゴブリン二人、人間二人


 ローデンが指示


 ルッカが枝を持ち、俺が縄を扱う


 ダリオまで葉を押さえている


「ダリオも家作るん?」


 俺が笑う


「何を言ってるか分からん」


「家」


 指す


「ダリオ」


「手伝えって言ったのはローデンだ」


「先生?」


「先生だな」


 ローデン、


「おい」


 通じてる


 先生


 定着しそう


 午後には、拡張部分の屋根がだいたい覆われた


 完全じゃない


 隙間もある


 端の補強もまだ必要


 でも上を見ても、空がかなり見えなくなった


「おお……」


 声が出る


 壁、屋根、火、寝床、食べ物、薬、器、塩


「家や」


 ルッカが、


「家」


 と言う


 今度は否定しない


「家やな」


 最初の岩陰とはかなり違う


 まだ木と泥と葉でできた簡単なもの


 でも俺たちが作った


 人間にも手伝ってもらった家


 ローデンが屋根を軽く叩く


「雨が降れば分かる」


「雨」


「漏れるところ」


 水が落ちる仕草


「ああ」


 雨の日に確認して直す


「一回で完成じゃないんやな」


 当然だ


 住みながら直す


 それも家なんだろう


 帰る前、ローデンが《土締め》をもう一度見たいと言う


「これ」


 地面


 柱じゃない場所


 小さい範囲


「《土締め》」


 ぎゅ


 土が締まる


 ローデンが踏む


「固い」


 ダリオも踏む


「本当に変わるな」


「道」


 俺は言う


 歩く仕草


「雨」


 泥


「固い」


 ローデンが理解した


「ぬかるむ場所に使うのか」


「そう」


 家の入口


 水が溜まりそうな場所


 雨が降ったらどうなるか不安だったところを少し高くする


 手で土を盛り、


「《土締め》」


 固める


 また土


「《土締め》」


「おお」


 小さい段差


 水が家へ入りにくいよう、入口の前を少し高くした


「これ便利やな」


 ローデンも頷く


「便利だが」


 何?


「使いすぎるな」


「ああ」


 魔力


「分かってる」


 俺が言う


 ダリオとローデン


 二人ともものすごく疑う顔


「何その顔」


「何でもない」


 またこれだ


 二人が帰る


「また」


 俺


「またな」


 ローデン


 ダリオも手を上げる


 森へ消える


 人間が二人、家作りを手伝って帰っていく


 もう、あまり変だと思わなくなってきた


 それが一番変かもしれない


     ◇


 夕方


 ルッカと二人で家を見る


「大きくなったな」


 岩陰だけだった頃は、寝床、焚き火、少しの食べ物くらいだった


 今は壁、屋根、薬草、乾燥肉、器、布、塩、縄、道具


 それに水魔法、風魔法、土魔法


 物だけじゃない


 できることも増えた


「次、収納やな」


 ルッカ、


「?」


「物置くところ」


 身振り


「肉」


「そう、肉も」


「塩」


「それは大事やな」


 塩袋は今、岩陰の奥の乾いた場所へ置いている


 濡れたら困る


 薬草も食べ物も分けたい


「棚欲しいな」


 木で作る


 難しいけど、できるかもしれない


 それから畑


 風呂


「まだまだやな」


「まだ」


「その言葉だけ完璧やな」


     ◇


 夜


 少し風が出た


 屋根の葉が、かさ、かさ、と鳴る


 俺は寝床から見上げる


「飛ばへんよな?」


 不安になって外へ出て確認する


 縄


 蔓


 大丈夫


《風圧》は使わない


 自然の風に屋根が耐えるか見たい


 少し強く吹く


 葉は揺れる


 でも残る


「いける」


 ルッカも外へ出る


「風」


「自然のな」


 二人で屋根を見る


「家、大丈夫」


 ルッカ


「たぶん」


 俺


「タブン」


 ルッカ


「言うと思った」


 家へ戻る


 夕食は塩肉と汁


《水球》


 火


 煙には《風圧》


 これが普通になり始めている


 食後、今日覚えた《土締め》を頭の中で整理する


 土を自由自在に操れるわけではない


 地面から壁を生やせない


 石を飛ばせない


 地割れも起こせない


 今できるのは、狭い範囲の土を締めて固める


 それだけ


 でも十分


「最初から大技いらんよな」


 水も一滴だった


 風も葉を少し動かすところから


《治癒》も掌が温かくなるところから


 土も柱一本


 それでいい


 少しずつ覚える


 使う


 慣れる


 必要になったら次を考える


「闇は?」


 ルッカが突然言う


「覚えてたん?」


 昨日ミラと話していたからか


「闇」


「まだ」


「まだ」


「そう」


 笑う


「でも、今いらん」


 必要がない


 何をしたいか分からない


 それなら無理に触らない


 いつか役に立つ時が来るかもしれない


 来ないかもしれない


 適性があるからといって、全部今すぐ使わないといけないわけじゃない


「五個あれば十分やろ」


 火、光、水、風、土


 かなり増えた


 一方でLEVELは最後に見た時から確認していない


 狼との戦い以降、敵を殺していない


 だから上がっていないはず


 でも戦わなくても、これだけできることが増えた


「レベルだけちゃうな」


 前から思っていた


 今日、もっと強く感じる


 魔法、知識、言葉、家、友達、信頼


 どれもSTATUSの表示には出ない


 でも確実に前より生きやすい


 前より楽しい


「これが成長でええやん」


 火の向こうでルッカが塩袋を見ている


「食うなよ」


「少し」


「ダメ」


「肉」


「明日」


「今」


「寝るぞ」


「肉」


「歯磨きもない世界で寝る前に食うな」


 通じない


 当然


「寝る」


「少し」


「ダメ」


 ルッカが諦める


 しょんぼり


「明日な」


「明日」


「そう」


 寝床へ入る


 上には新しい屋根


 横には新しい壁


 入口には少し高く固めた地面


 雨はまだ降っていない


 本当に使える家なのかはこれから分かる


 でも少なくとも昨日よりはいい


 俺は右手を開く


《火弾》


《治癒》


《水球》


《風圧》


《土締め》


 五つ


 最初は火しかなかった


 それが傷を治せるようになって、水を出せるようになって、風を動かせるようになって、土を固められるようになった


 どれも生活の中で覚えた


 俺は魔法の先生に習ったわけではない


 魔導書もない


 ただ困って、考えて、失敗して、誰かに教えてもらえるところは教えてもらって、試した


 それで少しずつ増えた


「一人やったら、こんな早く増えてへんやろな」


《治癒》はエナ


 家はローデン


 森はルッカ


 人間語はみんな


 水は家を作ろうとしたから必要になった


 風も壁を作ったから必要になった


 土も柱を立てたから必要になった


 全部、誰かや何かと繋がった結果


「魔法まで一人で覚えてるわけちゃうんやな」


 使うのは俺


 でもきっかけは俺だけじゃない


 目を閉じる


 外では風が吹き、屋根の葉が鳴る


 壁が風を止め、少しだけ隙間から入る


 ちょうどいい


「セイジ」


「何?」


 ルッカの眠そうな声


「家」


「うん」


「大きい」


「前よりな」


「セイジ」


「何?」


「ルッカ」


「おるな」


 少し間


「家」


 その三つを繋げたかったらしい


 セイジ


 ルッカ


 家


「そうやな」


 俺は笑う


「俺とルッカの家や」


 意味は全部伝わらない


 でもルッカは、


「家」


 ともう一度言った


「おやすみ」


「オヤスミ」


 今日は土を固めた


 屋根を広げた


 村の事情を少し知った


 ダリオの役割も少し分かった


 全部少しずつ


 森の中で俺たちが立っている地面は、昨日よりほんの少しだけ固くなっていた

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