風をつかまえろ
第19回 風をつかまえろ
朝、目が覚めて最初に思ったのは、
寒くない
だった
「……おお」
寝床から身体を起こし、入口の片側に作った壁を見る
昨日までなら、朝になると森から冷たい空気がそのまま岩陰へ入ってきていた
今日は違う
完全に風がなくなったわけではない
入口は開いているし、屋根も岩が張り出しているだけで、隙間だってまだある
それでも壁一枚あるだけでかなり違う
「ちゃんと意味あるやん」
嬉しくなって壁を触る
泥は乾いている
草を混ぜた部分は最初に作ったところよりひび割れが少なく、叩いてもすぐ崩れない
「ええ感じやな」
少し離れて見る
岩陰、枝、泥、葉、草
まだ家と呼ぶには粗い
でも最初よりずっと家っぽい
「ルッカ」
返事なし
「朝やぞ」
返事なし
「肉」
「肉?」
起きた
「毎回これで起こすん嫌やな」
ルッカが寝床から身体を起こす
「肉」
「朝飯な」
昨日もらった干し果実はもうない
犯人は分かっている
残しておいた一つまで、肉三枚との謎の交換でルッカへ渡した
今日は肉、木の実、少しの食用草
塩はほんの少し
「塩」
ルッカがすぐ気づく
「少しだけやぞ」
「少し」
肉を焼き、塩をひとつまみ
それだけで前より何倍も飯らしくなる
俺もルッカも黙って食べる
「……うまいな」
「塩」
「肉も褒めたれよ」
「塩」
完全に塩の勝ちだった
食後、器を洗う
「《水球》」
小さな水球を作り、器へ落とす
昨日より発動が早い
冷たい、流れる、透明
その三つを意識するだけで、魔力が水へ変わる感じが分かる
《治癒》ほど集中しなくていい
《火弾》ほど一瞬ではない
でも、かなり使いやすくなってきた
「慣れてきたな」
ルッカが俺を見る
「水」
「そう、水」
もう一つ
「《水球》」
今度は手を洗う
「生活魔法みたいになってきたな」
生活魔法がこの世界でどういう扱いなのか、詳しくは知らない
でも俺にとっては完全に生活魔法だ
敵へ撃つより、手を洗っている回数のほうが多い
器を置き、焚き火へ枝を足す
今日は家の続きをするつもりだった
壁一面がかなり埋まった
次は上
「屋根やな」
今の岩陰は、上からの雨ならある程度防げる
大きな岩が屋根代わりになっているからだ
でも拡張した部分には何もない
壁を前へ伸ばせば伸ばすほど、屋根のない場所が増える
昨日作った新しい壁の向こう側も、上を見ると空だ
「ここに屋根伸ばしたいな」
ルッカも上を見る
「屋根」
「長い枝をこうして」
岩から斜めに伸ばす仕草をする
「葉」
「葉」
「草」
「草」
「雨、大丈夫」
「大丈夫」
本当に大丈夫かは分からない
そこはローデンに聞きたい
ただ、骨組みくらいなら進められる
「今日は材料集めるか」
ルッカが立つ
「木」
「そう」
でも、その前に気になっていることがある
薬草だ
前にエナと採ってきたものを、日当たりと風通しのいい場所へ並べて乾かしていた
最近、壁を作った
風が減った
その結果、
「乾き遅くなってへん?」
触る
まだ少し湿っているものがある
以前より風が当たりにくい
家が快適になった代わりに、薬草を乾かす環境が悪くなった
「うーん」
一個良くすると、別の問題が出る
家って面倒だ
でも、そういうものなのかもしれない
雨を防ぎたいから壁を作る
壁を作れば風が減り、煙が溜まり、薬草が乾きにくくなる
なら風を通す穴を作る
でも雨も入るかもしれない
「難しいな」
「難しい顔」
「お前その言葉好きやな」
ルッカが薬草を見る
「外?」
「外に出せば乾くけどな」
晴れていればいい
雨なら駄目
毎回出したり入れたりするのも面倒だ
薬草専用の棚
屋根があって、風が通る場所
そのうち欲しい
収納も欲しい
風呂も欲しい
畑も欲しい
「欲しいもん増えすぎやな」
でも嫌じゃない
前は必要なものがないという意味で困っていた
今は暮らしが良くなったから、次が欲しくなっている
全然違う
俺は薬草を一枚持ち上げる
ふっ、と息を吹く
揺れる
「風……」
当然のことなのに、少し引っかかった
乾かすのに必要なのは太陽だけじゃない
風
空気が動くこと
煙だって同じだ
風があれば外へ流れる
夏なら涼しくできるかもしれない
火を強くすることもできる
「風魔法……」
水を覚えたばかりだ
土もまだ途中
一度に全部やろうとするな
そう思う
でも風には今、使い道がある
それが大事な気がした
《治癒》は傷
《水球》は生活用水
魔法を覚えられた時には、どちらも具体的に何がしたいかがあった
風も同じだ
薬草を乾かしたい
煙を外へ出したい
家の中の空気を動かしたい
目的がある
「試すか」
ルッカがすぐ振り向く
「魔法?」
「そう」
俺は薬草を置く
まず風を知る
外へ出る
森の中では木々の葉が揺れている
今日は弱い風
頬へ当たる
見えない
水は見えた
土も見える
火も、光も
でも風は見えない
「これ難しいやつやな」
手を前へ出す
何もない
でも空気はある
手を振る
風を感じる
強く振れば、もっと感じる
「空気動かしたら風になる……?」
前世の知識
風という物質があるわけではない
空気が動いている
たぶん、そんな感じだった
気圧がどうとか、温度差がどうとか、詳しく説明しろと言われたら無理だ
でも手を動かせば風が起きる
息を吐いても風になる
「ふー」
掌へ息を吹く
ルッカも真似する
「ふー」
「そう」
二人で自分の手へ息を吹いている
かなり間抜けな光景だ
「これが風」
「風」
ルッカが口を尖らせて、
「ふー」
と俺へ吹く
「いや、それはいらん」
「風」
「まあ風やけど」
今度は地面に落ちた乾いた葉を一枚拾い、息を吹く
動く
「見えるな」
風そのものは見えない
でも葉が動けば、そこに風があると分かる
何枚か地面へ置く
「よし」
右手を向ける
魔力を集める
火にしない
水にも、光にも、しない
空気を動かす
「風」
何も起きない
「まあ知ってた」
もう一度
魔力を前へ押し出す
葉、動け
「……」
一枚だけ、ころ、と動いた
「お?」
風?
いや、普通に風が吹いた
周りの木の葉も揺れた
「紛らわしいわ」
ルッカが笑う
「もう一回」
今度は自然の風が止まるまで待つ
右手
魔力
前へ押す
「風」
葉は動かない
「違うな」
土魔法を試した時と同じだ
魔力をぶつけて、動けと言う
それだけでは成立しない
風の性質
風
空気
流れる
水も流れる
でも水とは違う
水は重さがある
触れば濡れる
風は軽い
見えない
何も残らない
押す
包む
吹き抜ける
「速い……?」
強い風の日を思い出す
前世
台風
傘がひっくり返る
看板が揺れる
窓が鳴る
同じ空気なのに、動きが速くなるだけですごい力になる
「空気を作るんやなくて、今ある空気を動かす?」
《水球》は水そのものを生み出した
風魔法は、空気そのものを生み出す必要がないかもしれない
周りにある
いっぱい
見えないだけ
「じゃあ」
右手の前、そこに空気がある
魔力を外へ出す
空気へ触れる
押す、ではなく流す
「こっちから、向こう」
手前から前へ
一方向
魔力を細く伸ばす
「……」
髪
いや、髪と呼べるほどあるのか分からないけど、頭の細い毛がほんの少し揺れた
「今の」
ルッカが俺を見る
「風?」
「分からん」
自然の風かもしれない
もう一回
今度はルッカの持っていた大きな葉を借りる
地面へ立てる
自然の風を待つ
揺れる
止まる
「今」
魔力
周囲の空気
手前から前へ流す
葉が、ぺこ、と少し曲がった
「おお!」
「風!」
「風や!」
できた?
いや、まだ魔法名も何もない
ただ空気が少し動いた
でも自分でやった感覚がある
魔力が《水球》の時みたいに別のものへ変わった感じではない
周りにある空気へ力を伝えた
「もう一回」
同じ
空気
流す
葉が、ぺこ
今度はさっきより大きい
「来てる」
ルッカが葉の前へ顔を出す
「ちょ、待て」
間に合わない
もう一度
風
ぶわっ
ルッカの顔へ
「うわ」
頭の毛と耳が揺れる
「……」
ルッカが俺を見る
「ごめん」
少し間
ルッカが、
「もう一回」
「気に入ったん?」
「風」
もう一回
弱く
ふわ
ルッカの顔へ
「涼しい」
「涼しいって言葉いつ覚えた?」
たぶんエナだろう
知らない間に増えている
「これ使えるな」
俺も自分へ向けたい
右手から前へ出るなら、自分には当てにくい
手を横へ向ければ頬へ当たるか
試す
「風」
ふわ
少し冷たい
「おお」
魔法というほど強くない
ただ空気を動かせる
「次は強く」
魔力を少し増やす
押し出すのではなく、空気の流れを速くする
前へ
「っ」
ぶわっ
地面の葉が一斉に飛んだ
「うお!」
ルッカも一歩下がる
「できた!」
次の瞬間、舞い上がった土埃が全部こっちへ返ってきた
「げほっ!」
「セイジ!」
「目、目!」
土
顔
口
最悪
ルッカは笑っている
「笑うな!」
「風!」
「分かったから!」
《水球》
顔を洗う
水魔法覚えててよかった
「風、危ない」
ルッカが言う
「お前に言われたくないわ」
でも本当にその通り
風向きを考えないといけない
強くすればいいわけではない
自分のほうへ埃が来たら意味がない
家の煙も外へ出したい
中へ戻したくない
「方向やな」
そこから練習が変わった
強さより向き
右、左、上、地面
木の葉を何枚も置き、一枚だけ動かす、三枚全部動かす、弱く、強くと少しずつ試す
最初は全然思った方向へ行かない
右へ送るつもりが斜め
一枚だけ動かしたいのに全部
弱くしたつもりが全然動かない
「難しい」
「難しい」
「でも水より感覚分かりやすいかもな」
風は見えない
でも動く対象があると結果が分かる
それに周りの空気を動かすだけなら、水を生み出すより魔力消費が軽いように感じる
ただ、強くしようとすると急に負担が増える
大きな範囲を動かすのも重い
「小さい風なら楽」
これなら生活で使える
昼前、練習を一旦やめる
家へ戻る
ルッカが集めてきた枝を置く
俺は焚き火を見る
壁を作ったことで、前より煙が岩陰の中へ残りやすい
今日は風が弱いせいもある
「これやな」
目的
煙を外へ
直接火へ風を送ったら、火が強くなりすぎる
危ない
だから火ではなく、上に溜まる煙
そこだけ入口方向へ
「ゆっくり」
右手
空気
煙の周り
外へ
ふわ
煙が流れる
「お」
入口へ
外
「成功?」
もう一度
今度は少し長く魔力を流す
煙が細く森側へ抜けていく
「めっちゃ便利やん」
ルッカも煙を見る
「風」
「そう」
「家」
「家に使える」
火、水、光、そして風
また戦闘より生活から始まっている
「俺らしいな」
ただ、まだ正式に魔法を覚えた感覚はない
風を動かせる
でも名前がない
《治癒》や《水球》の時にあった、頭の中へ意味が落ちる感じ
それがない
「何が足りん?」
一度休む
肉を焼く
塩
昼飯
ルッカが食べながら壁を見る
「風、ない」
「壁のこっち?」
「風、ない」
確かに外側は少し風がある
内側は弱い
俺は壁を見る
穴、隙間
「風通す穴、作る?」
でも雨が入る
一個上に小さい穴
そこに屋根をつける
そんな感じか
「ローデンに聞きたいな」
家作りはやっぱり経験者が強い
俺が適当に穴を空けて雨が吹き込んだら意味がない
今日は魔法で煙を逃がせる
でも毎回魔力を使わないと換気できない家も嫌だ
「魔法なくても使える家」
これがいい
魔法は補助
全部魔法依存にしたら、魔力がない時に困る
水も同じだ
大量なら汲む
少量なら《水球》
火も、火種が残っていれば普通に起こす
必要なら《火弾》
「便利やけど、頼りすぎない」
自分の中で少しずつ基準ができてきた
◇
午後
朝触った時、薬草はまだ少し湿っていた
これを使う
広げる
風は弱く、長く、一方向
薬草の表面を撫でる程度
「こんな感じ」
魔力を流す
葉が小さく揺れる
強すぎない
飛ばない
風だけ通る
「お」
一分
二分
続ける
《治癒》よりずっと軽い
でも長く続ければ魔力は減る
「ずっとは無理」
当然だ
魔法で完全に乾燥させるつもりはない
ただ湿気を飛ばす補助
晴れていて風が弱い日、少し手伝う
それくらい
ルッカが薬草の横へ肉を置いた
「何してんの?」
「肉、乾かす」
「……なるほど」
干し肉
確かに風があれば乾きやすい
「頭ええやん」
「すごい」
「自分で言うの早い」
少しだけ試す
生肉ではなく、すでに乾燥途中のもの
風を当てる
葉と同じで弱く、一定
「使えるな」
薬草、肉、煙、身体を涼しくする
火を強くすることもできる
掃除で埃を飛ばす
いや、さっきみたいになるから掃除は方向を考えないと駄目
「他には……」
屋根の葉を乾かす
泥壁を乾かす
洗った布
洗った器
いくらでもある
生活で風はかなり便利だ
「よし」
目的が明確になってきた
俺は立つ
今度は家の外
昨日塗った壁の泥は、まだ少し湿っている
強い風を直接当てれば表面だけ急に乾いて割れるかもしれない
知らないけど、なんとなく良くなさそう
だから弱く、広く
ふわ
壁全体を撫でる
「風」
魔力が動く
空気が動く
壁、葉、草
全部少し揺れる
その瞬間、感覚が繋がった
押す、ではない
吹き飛ばす、でもない
周りにある空気へ魔力を伝え、一方向へ圧をかける
弱ければそよ風
強ければ押す力
「圧……」
頭の中で何かが、かち、とはまる
《風圧》
分かった
名前
意味
《風圧》
周囲の空気へ魔力を作用させ、指定した方向へ押し流す初歩の風魔法
「来た」
ルッカが振り向く
「何?」
「魔法」
右手
「《風圧》」
ぶわっ
今までよりはっきりした風
壁の横から外へ
草が揺れる
枝の葉も同じ方向
「できた!」
ルッカ、
「風!」
「風魔法!」
「セイジ、風!」
「そう!」
嬉しい
《水球》の時とは違う
水は一滴から作る、だった
風は最初から周りにあるものを動かす、だった
魔法の仕組みが違う
「属性ごとにほんま違うな」
これが面白い
一つ覚えれば全部同じ方法でいけるわけじゃない
毎回、その属性が何なのか、どう動くのか、何をしたいのか考える
難しい
でも面白い
「もう一回」
《風圧》
弱く
ふわ
「もう一回」
少し強く
ぶわ
ルッカの服が揺れる
「おお」
「次お前飛ばせるかな」
「飛ぶ?」
「冗談や」
試さない
そんな威力は今は出ないと思う
出ても困る
「強くしたら攻撃にも使えるんかな」
敵を押す
体勢を崩す
矢を逸らす
火を広げる
いろいろ考えられる
でも今はやらない
昨日、魔法は必要な時に必要な分
そう考えたばかりだ
まず今欲しかった用途
煙、乾燥、換気
そこへ使う
「生活優先」
誰にも通じない
俺の方針
《風圧》
煙を外へ
成功
薬草へ弱い風
成功
乾燥肉
成功
ルッカの顔
成功
「最後いらん」
ルッカが笑う
俺も笑う
◇
夕方近く、予想していなかった人が来た
森の向こうから枝を踏む音
一人
魔力感知
知っている
「ミラ?」
木々の間からミラが出てくる
片手に布包み
もう片方に何か長いもの
「こんにちは」
「こんにちは」
最近、挨拶は自然に出る
「一人?」
「一人」
ミラは岩陰を見る
壁、屋根用の枝、薬草、干し肉
少し驚く
「また変わったね」
速い
分からない
「何?」
ミラは壁を指す
「家」
大きくする仕草
「進んだ」
「進んだ?」
前に覚えた
「進む」
「ああ」
「進んだ」
「そう」
新しい活用だ
言葉難しい
ミラは持ってきた長いものを俺へ渡す
「これ」
紐
いや、縄に近い
蔓より丈夫そう
「ローデンから」
「ローデン?」
「家」
屋根を指す
「ああ!」
建築用
前回、紐が欲しい、交換できたら、みたいな話をしていた
ローデンが使えそうなものを持たせてくれたらしい
「交換?」
俺が聞く
ミラは首を振る
「お礼」
「お礼?」
「ヤギ」
角を作る
「昨日」
「ああ」
ヤギ捜索のお礼
「もらう?」
「うん」
「ありがとう」
「どういたしまして」
これはもう完璧だ
ルッカも近づく
縄を見る
「食べる?」
「なんで食うねん」
ミラが笑う
「ルッカは何でも食べるの?」
長いけど、食べる、ルッカ
その辺で意味が分かった
「なんでもちゃう」
通じない
「毒、食べない」
ルッカが言う
「そこ基準なん?」
ミラがもっと笑う
少しして、ミラが壁の近くに並べた薬草を見る
「薬?」
「薬」
「乾かす?」
「そう」
俺は得意になって右手を出す
「見て」
「何?」
「魔法」
ルッカが先に、
「風」
と言った
「言うなや」
ミラが目を丸くする
「風?」
「《風圧》」
弱く
薬草へ
ふわ
葉が揺れる
ミラが止まる
「……また?」
「また?」
「新しい魔法」
「そう」
ミラは額へ手を当てた
最近、人間側がよくこの反応をする
「何?」
「早い」
「早い?」
「覚える、早い」
「ああ」
比較対象を知らないから、俺には分からない
《火弾》は最初から
《治癒》は何日か
《水球》も一日
《風圧》も今日
たぶん普通ではないのかもしれない
でも適性がある
《魔力操作》もある
前世の知識も少し使える
それらが関係しているのかもしれない
ただ、
「簡単じゃない」
俺は言う
「失敗、いっぱい」
水は出ない
風も出ない
土は、
「土、まだ」
ルッカが言う
「お前そこ好きすぎるやろ」
ミラが笑う
「土も?」
「まだ」
「闇は?」
突然
知らない単語ではない
闇
属性として自分に適性がある
「闇」
少し止まる
そういえば試したことがない
火、光、水、風
土は途中
闇
「何する?」
俺が聞く
ミラが困る
「闇魔法?」
「そう」
「私は分からない」
ミラも魔法使いではない
そりゃそうか
俺自身、闇魔法で何をしたいのか全然分からない
暗くする?
影?
隠れる?
攻撃?
ゲームなら、呪い、毒、弱体化
そんなイメージもある
でも実際のこの世界で何ができるかは知らない
「目的ないな」
《治癒》は治す
《水球》は水
《風圧》は風を動かす
闇は分からない
「試す?」
ミラが聞く
「少し」
興味はある
夕方
岩陰の奥
光が入りにくいところ
影
そこへ手を向ける
「闇」
魔力を集める
暗い
黒い
影
「……」
何も起きない
もう一回
闇
黒
暗い
何も起きない
「闇、増える?」
影を濃くするイメージ
何も起きない
手の周りへ魔力を集め、暗くする
何も
三回
「分からん」
本当に何をすればいいのか分からない
属性のイメージだけ
目的なし
《治癒》の最初と同じ
いや、もっと悪い
治癒は少なくとも傷を治したいという目的があった
闇にはそれすらない
「今日は無理」
俺はすぐやめる
魔力を無駄にする必要はない
ミラが、
「諦める?」
と聞く
「違う」
首を振る
「まだ」
ルッカ、
「まだ」
ミラまで笑う
「便利な言葉だね」
意味は全部取れない
でも、まだ
これでいい
必要になった時
何ができるか分かった時
また考えればいい
闇魔法を覚えること自体が目的ではない
◇
夕方、ミラも少し家作りを手伝った
ローデンから届いた縄
蔓より丈夫
屋根用の長い枝を固定する
ただし、まだ本格的な屋根にはしない
位置、角度、雨
そこはローデンに確認してから
今日は仮固定
壁の上へ一本
斜め
「ここ?」
ミラが手伝う
「少し上」
「上?」
「そう」
ルッカが下から支える
俺が結ぶ
「……俺ら家作ってんな」
口に出して少し笑う
ゴブリン二人
人間一人
森の岩陰
屋根の枝を結んでいる
普通なのか
異常なのか
もう分からない
でも楽しい
ミラが帰る前、《風圧》をもう一度見せる
今度は焚き火の煙
外へ
ふわ
「便利」
「便利」
「戦いに使わないの?」
また聞かれた
「使える?」
「たぶん」
「でも今は」
家、薬草、肉
「こっち」
ミラが笑う
「セイジらしい」
前にも誰かから似たこと言われた気がする
意味はなんとなく分かる
俺らしい
俺は魔法使いになりたいのか
強くなりたいのか
もちろん強くはなりたい
死にたくない
ルッカも守りたい
家も守りたい
でも一番欲しいのは強さそのものではない
ここで気楽に暮らすこと
美味しいものを食べて
風呂に入って
家を作って
時々誰かが来て
笑って
「またな」
ミラが手を振る
「また」
俺も返す
ルッカ、
「また」
ミラが森へ消える
俺はもらった縄を見る
ヤギを助けた礼
人間側から家を作るものが届いた
「繋がってんな」
自分たちが誰かを助ける
相手が何かをくれる
また家が良くなる
家が良くなれば人が来やすくなる
また話す
また知る
ぐるぐる、少しずつ広がっていく
◇
夜
塩肉
汁物
《水球》
火
食事の後、今日覚えた《風圧》を本当に小さく使う
焚き火から上がる煙
入口へ
ふわ
「おお」
何回やっても便利
「これ風呂の次くらいに欲しかったかもしれん」
風呂はまだない
ルッカは火の向こうで風を待っている
「何?」
「風」
「顔に?」
頷く
「自分で扇げや」
「風」
仕方ない
弱く、
「《風圧》」
ふわ
ルッカの顔
「涼しい」
「完全に扇風機やな」
俺にも欲しい
自分へ使う
手の向きを横へ
「《風圧》」
頬へ
「ええな」
夏がどれくらい暑いのか知らない
今の季節も正確には分からない
でも暑い時期があるなら絶対使う
「風呂上がりにこれやな」
「風呂」
「まだ」
ルッカ、
「まだ」
二人で笑う
寝る前、今日の魔法を整理する
《火弾》
火
《治癒》
光
《水球》
水
《風圧》
風
四つ
土
未習得
闇
未習得
適性がある六つのうち四つ、使えるようになった
でも四属性制覇みたいな達成感より、できることが増えたという感覚のほうが強い
火は食事、明かり、戦い
治癒は傷
水は飲む、洗う、料理、泥
風は煙、乾燥、涼む
全部、暮らしへ繋がっている
「魔法って便利やな」
当たり前の感想
でも本当にそう思う
前世の家電と同じかもしれない
電気が何なのか詳しく説明できなくても、冷蔵庫を使う
エアコンを使う
電子レンジを使う
魔法も生活へ入れば、特別な奇跡ではなく道具になる
ただ魔力という限界がある
使いすぎれば動けなくなる
だから何でも魔法、ではない
普通にできることは普通に
楽になるところだけ魔法
「それくらいがええな」
土魔法のことも考える
今日、風を覚えたことで、属性それぞれに違う考え方があることがますます分かった
風は空気を作るのではなく、そこにある空気を動かした
なら土も、土を生み出すのではなく、そこにある土へ働きかける
そこまでは同じ
でも風の性質は、流れる、押す、速い、軽い
土は、固い、重い、支える、形を保つ
「支える」
昨日から引っかかっている
柱
壁
家
土は、そこにあることで何かを支える
その感覚
次はそこから試す
「明日やな」
今日はやらない
《風圧》を何度も使った
闇も少し試した
魔力はまだ残っているけど、無理する理由がない
「休む」
自分で言う
ルッカが俺を見る
「セイジ、休む」
「成長したやろ」
「寝る」
「はいはい」
寝床へ入る
壁ができたおかげで、夜の風も前より弱い
でも今は、必要なら自分で風を作れる
不思議だ
風を防ぐ壁を作って、そのあと風を出す魔法を覚えた
「何してんねやろな」
でも家というのは、そういうものなのかもしれない
外のものを全部拒むのではなく、必要な分だけ取り入れる
雨は防ぐ
風は通す
火は使う
煙は出す
人だって、たぶん同じ
誰でも入れればいいわけではない
でも全部拒めば、ずっと二人だけ
少しずつ知って、話して、信じられる人が増えて、入ってくるものも増える
塩、布、器、縄、言葉、知識
「家と同じやな」
開けるところ
閉じるところ
それを決めながら暮らしやすくしていく
ルッカが隣で寝返りを打つ
「セイジ」
「何?」
「風」
「もう寝るぞ」
「少し」
「しゃあないな」
寝たまま右手だけ外へ向ける
本当に弱く、
「《風圧》」
ふわ
ルッカのほうへ
「涼しい」
「満足?」
「満足」
そんな言葉まで覚えたのか
「おやすみ」
「オヤスミ」
少しして、ルッカが、
「風、すごい」
と呟く
「ルッカもすごいで」
返す
返事はなかった
もう寝たのかもしれない
俺も目を閉じる
今日は敵を倒していない
誰かを助けたわけでもない
家を完成させたわけでもない
でも一つ、新しい風がこの家へ入った
明日は薬草を乾かす
煙を逃がす
壁を作る
土を試す
また少し、できることが増える
森の家は昨日よりほんの少しだけ、暮らしやすくなっていた




