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水が出れば暮らしが変わる

第17回 水が出れば暮らしが変わる


 朝から、俺は土を見ていた


 昨日立てた柱の根元、ローデンに教えてもらって石と土で固めた場所だ


 右手で触って押すと、少し崩れる


「……やっぱ手でやったほうが早いな」


 昨日何度も試した土魔法は、結局一度も成功しなかった


 土を固くする、形を変える、柱を支える


 目的はかなり具体的になったと思う


 それでも駄目だった


 何かが足りない


「土、魔法」


 横から声がする


 ルッカだ


「まだ」


 俺が答えるより先に、ルッカが言った


「……それ気に入ったん?」


「まだ」


「はいはい」


「ハイハイ」


 朝から腹が立つ


 でも間違ってはいない


 まだだ


 できないまま終わったわけじゃない


 昨日より考え方は少し進んだ


 焦らなくていい


 今日は昨日作った骨組みに、細い枝を編んでいく予定だった


 ローデンはいない


 昨日、今日は来られないと言っていた


 だから俺とルッカだけで、教えてもらったところまで進める


「まず枝やな」


 ルッカが持ってきた細い枝を何本か並べる


 柱の間へ一本、上、下、上、下と交互に通す


「こうやったはず」


 二本目は逆から


 三本目


 少しずつ隙間が埋まっていく


「おお」


 思ったより壁っぽい


 ルッカも覗き込む


「壁」


「そう、壁」


「家」


「まだ壁一枚やって」


「家」


 何を作っても家と言う


 でも嬉しいのだろう


 俺も同じだ


 一本編むたび、少し前までただの森だった場所が自分たちの場所に変わっていく


 昼までには細い枝がかなり入った


 問題はその先だった


「泥やな」


 枝だけでは風が通る


 葉や草を詰める方法も教わった


 さらに泥を使えば隙間を埋められる


 土はある


 いくらでもある


 必要なのは、


「水」


 水の器を見る


 残りは多くない


 飲み水だ


 泥を作るために使うのはもったいない


 また水場から運ぶ必要がある


「ルッカ」


「何?」


「水」


 器を指す


 ルッカが持ち上げようとする


「ちゃうちゃう」


 止める


「飲む水」


 口を指す


「大事」


「大事」


「泥」


 地面を指して、水を混ぜる仕草


「水、いっぱい」


 ルッカが理解したようで、


「取る?」


 と聞く


「そうなるよな」


 水場まで往復する


 今までもずっとそうしてきた


 飲む、身体を拭く、傷を洗う、料理らしいことをする


 全部、水が必要なら取りに行く


 当然だった


 でも家を広げて泥を使う、その量になると話が変わる


 木の器を一つ二つ運んだくらいでは足りない


「水魔法……」


 口にする


 ルッカがすぐ反応した


「まだ」


「まだ言うな」


 でも、そうだ


 水属性適性はある


 土と同じで、使えないだけ


《火弾》


《治癒》


 二つ覚えた


 だったら水も可能なはずだ


「今日はこっちやってみるか」


 土魔法は一旦置く


 昨日から何度も試している


 分からない時に同じことを繰り返しても仕方ない


 それより水


 俺には水について、土より分かりやすいイメージがある


 毎日飲んでいる


 触っている


 冷たさも、重さも、流れ方も知っている


「ルッカ」


「何?」


「水、少し」


 器を渡す


 汲みに行ってもらう


 ルッカは不思議そうだったが、器を持って森へ入った


 俺は作業を中断して待つ


 しばらくして、水を持ったルッカが戻ってくる


「ありがとう」


「ドウイタシマシテ」


 もう完全に定着している


 器を地面に置き、俺はその前に座る


「水」


「水」


 指先を入れる


 冷たい


 朝だからか、少し冷えている


 指を動かすと波紋が広がる


 水をすくえば、掌から落ちる


「これを作る……?」


 火弾は火を出す


 でも火の場合、最初から《火弾》という魔法が使えた


 だから火そのものをどう作っているのか、正直よく分かっていない


 魔力を集める


 火をイメージする


《火弾》


 それで出る


 水は魔法名すら分からない


 まず何を作るのか


 水滴?


 水の塊?


 流れる水?


「一番簡単なんどれや」


 ルッカに聞いても仕方ない


 ルッカは器の水を見ている


「飲む?」


「飲まへん」


「水」


「実験」


「?」


「魔法」


「水、魔法」


「そう」


「まだ」


「分かってる!」


 ルッカが笑う


 俺は器の水へ意識を戻す


 まず今ある水を動かす


 それならゼロから生み出すより簡単ではないか


 右手を近づけ、魔力を集める


 水


 動け


「……」


 何も起きない


「水、上」


 掌を持ち上げる


 何も起きない


「来い」


 何も起きない


 指を入れれば動く


 でも魔力では動かない


「土と同じか」


 対象が違うだけで、やっていることは昨日と同じだ


 外から魔力をぶつけて、動けと言っているだけ


 これでは駄目なのかもしれない


《治癒》の時はどうだった


 最初、治れと言っても何も起きなかった


 身体が治ろうとする力を理解して、そこへ魔力を添えた


 火は燃える、熱い、広がる


 水は、


「流れる」


 器を少し傾ける


 水が片側へ寄り、さらに傾ければ流れる


「形がない」


 器に入れば器の形


 掌に乗れば掌の形


 地面に落とせば広がる


 土とは違う


 土は形を保てる


 水は流れる


「水は水のまま動く……?」


 なんとなく、土魔法の手掛かりとも繋がる


 土を水みたいに扱おうとしていたのが間違いなのかもしれない


 土には土の動き方


 水には水の動き方


「属性ごとに考え方違うんか?」


 当然かもしれない


 火を出す方法と、傷を治す方法が全然違った


 全部同じやり方で使えるなら、属性が分かれている意味も薄い


 俺は水へ触れる


 冷たい


 柔らかい


 力を入れると逃げる


 でも器の中に留まる


「じゃあ」


 魔力を手へ集める


 今度は水を動かそうとしない


 水の感覚を魔力に重ねる


 流れる


 柔らかい


 形を変える


 冷たい


 右手の前へ魔力を集める


「水……」


 何も起きない


 でも、魔力の感じが少し変わった気がする


 火弾を出す時のような、熱く、鋭く、前へ向かう感覚ではない


《治癒》のように、暖かく包む感覚でもない


 何というか、するりと指の間を抜けそうな


「今なんかあった」


 ルッカが覗き込む


「水?」


「まだ」


 今度は自分で言った


 もう一回


 水へ触れる


 手を上げ、落ちる雫を見る


 魔力


 流す


 集める


 流す


 集める


「……難しいな」


 火弾の時は一瞬だったのに


 あれが例外だったのかもしれない


 昼前まで何度も試した


 結果、水は出なかった


「腹減った」


 ルッカが言う


「俺も」


 実験を止める


 肉、木の実、前に採った食用草


 食べながら、俺は器の水を見続ける


 ルッカが肉を噛みながら俺を見る


「難しい顔」


「考えてんねん」


「水」


「そう、水」


 ルッカは器を持つ


 俺が止める前に口へ運ぶ


「ちょ、それ実験用」


 ごくごく飲む


「……まあ水やからええけど」


 半分になった


「うまい?」


「水」


「知ってる」


 残った水を見ていると、ふと気づく


 俺はずっと水を作ろうとしていた


 でも、何のために水が欲しい


 飲むため


 洗うため


 泥を作るため


 料理


 畑


 風呂


 たくさんある


 その中で一番単純なのは、飲む


「飲める水」


 火弾みたいに攻撃へ使う必要はない


 大きな水の塊もいらない


 ほんの少し


 まず一口


「それでええやん」


 いきなり器いっぱいを目指す必要はない


《治癒》だって、最初は傷を完全に消せなかった


 小さいところから


 右手を前に出し、掌を上へ向ける


 魔力を集める


 一口の水


 透明


 冷たい


 掌に乗るくらい


 流れ落ちないよう、丸く


「丸……?」


 水は形がない


 でも魔法として出すなら、最初だけ形が必要かもしれない


 火弾は球だった


 水も球


「水の球」


 言葉にする


 ルッカが、


「水球?」


 と言った


 俺が見る


「今なんて?」


「水、球」


「……それや」


 単純


 火弾


 火の弾


 なら、水の球


《水球》


 名前を決めたから出るわけではない


《治癒》は成功の途中で名前が分かった


 でも目指す形を決めるのは悪くない


 右手の上、小さな球、透明な水


 魔力が水へ変わる


 流れる性質


 冷たさ


 重さ


 掌の上へ集まる


「《水球》」


 何も出ない


「そらそうか」


 ルッカが笑う


「笑うな」


 もう一回


「《水球》」


 何も出ない


 三回


 四回


 五回


「……名前だけやったな」


 昼食が終わる頃、今日はもう諦めようかと思った


 魔力を無駄に使うのも良くない


 その時だった


 ルッカが食べ終わった木の実の殻を、ぽい、と器へ入れた


「入れるなや」


 水に浮く殻


 俺は取り出す


 水が指にまとわりつく


 ぽた


 一滴落ちる


「一滴……」


 最初から球なんて大きすぎるのか


 一滴


 本当に小さい水


 魔力を指先に集める


 冷たい


 水


 一滴


「……」


 指先が少し冷えた


「ん?」


 見る


 何もない


 気のせいか


 もう一度


 魔力


 水


 冷たい


 一滴


 今度は人差し指の先が、明らかに冷たい


「来た」


 集中する


 火にしない


 光にもならない


 流れる


 冷たい


 透明


 ほんの少し


 指先に、きらりと何かが光った


「お」


 小さな水滴だった


 針の先ほど


 いや、もう少し大きい


「水!」


 ルッカが叫ぶ


「動くな!」


 動いているのは俺だけだ


 水滴が指先に浮かぶ


 本当に一滴


 ぷるぷるしている


「できた……?」


 次の瞬間、落ちた


 地面へ


 消えた


「……」


「水」


「水やったな」


「水」


「水や!」


 嬉しい


 ものすごく地味なのに


 たった一滴


 飲むこともできない


 泥も作れない


 でも出た


 魔力から、水が


「もう一回」


 右手


 魔力


 水


 冷たさ


 流れる


 一滴


 さっきより早い


 指先に水滴


「よし」


 次


 二滴


 三滴


 一つにまとめる


 小さな玉


 豆くらい


 掌へ移す


「……《水球》」


 頭の中に形が落ちてくる


 今度は自分で勝手につけた名前ではない


《治癒》の時と同じ


 意味として分かる


《水球》


 水を球状に生み出す初歩の魔法


「来た!」


 魔力を流す


 水滴が増える


 豆


 木の実


 さらに少し


 掌の上に小さな水の球が浮かんだ


「《水球》」


 発動


 拳より小さい


 でもちゃんと球だ


 透明


 向こう側にルッカの顔が歪んで見える


「水!」


「水や!」


「飲む!」


「待て待て!」


 ルッカが口を開けて近づく


「まだ!」


「水!」


「初めて作ったんやぞ、飲んで大丈夫か分からん!」


 ルッカが止まる


 俺も止まる


 確かに、これ飲めるのか


 魔力で作った水


 毒ではないと思う


 でも保証はない


《火弾》は飲めない


《治癒》は身体へ作用する


 水球の水が普通の水なのか、魔法が切れたら消えるのか


「実験やな」


 地面へ落とす


 ぱしゃ


 普通に濡れた


 消えない


 指で触る


 水


 匂いなし


 色なし


「飲む?」


 ルッカが聞く


「俺が飲む」


 自分で出したものだ


 まず俺


 もう一度《水球》


 今度はさっきより小さい


 掌へ落とし、口へ


「……」


 水だ


 普通


 少し冷たい


 味はない


「水や」


「飲む!」


「はいはい」


 次はルッカ


 小さく作る


 ルッカが口を開ける


 俺はその上へ落とす


「どう?」


「水」


「感想それだけ?」


「もう一回」


「気に入ったん?」


 何度か作る


 三回目くらいで気づいた


 魔力消費はある


 ただ《治癒》を維持するより軽い


 小さな球なら、それほど負担にならない


 大きくすると一気に重くなる感じがする


 試しに器へ入れる


 小さな水球を一つ、二つ、三つ


「……遅い」


 これで器いっぱいにするのは大変だ


 もっと大きく


 拳くらい


 集中


「《水球》」


 できる


 少し魔力が多い


 器へ


 ぱしゃ


「お」


 もう一回


「《水球》」


 ぱしゃ


 水位が上がる


 三回


 四回


「ちょっと疲れるな」


 無限ではない


 当たり前だ


 でも、水場へ往復しなくてもここで水を作れる


 それだけで生活が大きく変わる


「泥!」


 俺は立ち上がる


 ルッカも、


「泥!」


 何を理解したのか知らないが一緒に叫ぶ


 土を入れた場所


 そこへ水球


 ぱしゃ


 もう一回


 ぱしゃ


 土を混ぜる


 片手ではやりにくいが、泥になる


「できた!」


 魔法で泥を出したわけではない


 土魔法でもない


 でも水魔法で水を作り、手で泥にする


 それで目的は達成できる


「全部魔法でやる必要ないんやな」


 これだ


 土魔法を覚えないと壁が作れない


 そう思っていた


 違う


 土は手で扱える


 水が遠いなら魔法で出せばいい


 魔法は、できないところを補えばいい


 ルッカが泥を触る


 手にべったりつく


「……」


 俺を見る


「それ壁につけるやつ」


「泥」


「そう」


 ルッカは俺の腕へ塗った


「おい!」


 逃げる


 ルッカが笑う


「泥!」


「家に塗れ!」


 追いかける


 左腕が痛むので本気では走れない


 ルッカはさらに笑う


 結局、俺も泥を少し取ってルッカの腕へ、べた


「これで同じや」


「泥」


 なぜか嬉しそう


 二人とも泥だらけ


 家作りどころではない


「洗う水も出せるやん」


 気づいた


《水球》


 腕の上へ


 ぱしゃ


 泥が流れる


「おお!」


 もう一回


 手を洗う


「便利すぎる」


 飲む


 洗う


 泥を作る


 料理


 この時点で三つ


「風呂!」


 まだ量が足りない


 大量に出したら魔力が先に切れそうだ


 でも、いつか水を大量に出せるようになれば、


 風呂


 できる


「近づいた!」


「風呂?」


「そう!」


 夢だった風呂が、初めて現実に近づいた気がした


 その日は、水魔法の成功だけでほとんど終わった


 魔力を使いすぎないよう途中で止める


 泥は必要な分だけ作った


 枝の隙間へ草と葉を入れ、その上から泥を手で押し込む


 乾けばどれくらい強くなるかは分からない


 でも一部分だけ、ちゃんと壁になった


「家!」


 ルッカが叫ぶ


「今日は言ってええわ」


 壁はまだ一部


 でも風が通らない場所ができた


 水魔法も覚えた


 十分すぎる一日だった


     ◇


 翌朝


 壁の泥は少し乾いていた


 触る


 昨日より硬い


「いけるやん」


 土魔法なしでも、今のところ作れる


 ただ、乾くと少しひびが入っている


 改良は必要だ


 草を多く混ぜるか、泥の硬さを変えるか


 ローデンに聞こう


「セイジ」


 ルッカが森の奥を指す


 人の気配


 三つ


 いや、四つ


「多いな」


 魔力感知を広げる


 知っている反応


 エナ


 ローデン


 もう一人、たぶんミラ


 そして知らない一人


 少し緊張する


 知っている人間だけではない


 俺は立ち上がる


 ルッカも槍を持つ


 構えない


 でも手に持つ


 やがて木々の間からエナが見えた


「セイジ」


「エナ」


 次、ローデン


 昨日は来られないと言っていたから、一日空いている


「ローデン」


「よう」


 脚はまだ少しかばっているが、前より良さそうだ


 ミラもいる


「ミラ」


「ちゃんと覚えてるね」


「覚える」


 そして最後


 知らない男


 年齢は分からない


 ローデンより少し若く見える


 背中に荷物


 武器もある


 俺を見た瞬間、明らかに身体が固くなった


「……ゴブリン」


 聞き取れた


 俺も動かない


 ルッカが少し前へ出る


「待って」


 俺が言う


 ルッカが止まる


 エナが知らない男へ何か話す


 ローデンも、ミラも


 長い


 ほとんど分からない


 たぶん、大丈夫、危険じゃない


 そんな説明だろう


 男はまだ警戒している


 当然だ


 初めて会う人間から見れば、俺とルッカはただのゴブリン


「セイジ」


 自分を指す


 名前だけ言う


 男が俺を見る


「セイジ」


 もう一度


 ルッカ


「ルッカ」


 ルッカも自分を指す


「ルッカ」


 男は少し迷ったあと、自分を指して名前を言った


 聞き取れない


 知らない音


「……もう一回」


 言う


 もう一度


 やっぱり難しい


 三回目


 少し近い


 でも自信がない


「難しい」


 俺が言うと、ミラが笑った


 男の緊張も、ほんの少しだけ緩んだ


 名前はまだ覚えられない


 無理に呼ぶのはやめる


 エナが俺の左腕を見る


「腕」


「だいぶいい」


 言えた


「だいぶ?」


「……使い方合ってる?」


 エナには通じない


 でも、


「いい」


 と答えたのでたぶん大丈夫


 ローデンは壁を見る


 目を丸くした


「進んだな」


「壁」


 俺は得意になる


「水」


 次に泥


「水、魔法」


 ローデンが止まる


「水魔法?」


「できた」


 右手


「《水球》」


 小さく出す


 透明な水球


 四人の視線が集まる


 エナが、


「もう?」


 と言った


 聞き取れた


「もう」


 なんか悪い?


 ミラが笑う


 ローデンが額を押さえる


 知らない男は完全に固まっている


「水」


 俺は水球を器へ落とす


 ぱしゃ


「飲める」


 器を持って一口


「洗う」


 手へ出す


「泥」


 土へ出す


「壁」


 完成した部分を指す


 俺なりに順番に説明する


 ミラが途中で笑い始めた


「生活に使ってるの?」


「生活?」


 知らない


 エナが、


「家、使う」


 と言い直す


「そう」


 魔法を覚えた理由が家の壁


 何かおかしいだろうか


 ローデンが、


「お前らしい」


 と言った


 意味はよく分からない


 知らない男は水の跡を見る


 俺を見る


 また水を見る


 少なくとも、さっきより怖がっているだけの目ではなくなった


 今日四人が来た理由はすぐ分かった


 荷物だ


 ローデンが背負っていた袋


 ミラの包み


 知らない男の荷物


 地面へ並べる


「交換」


 ミラが言う


「交換!」


 俺は覚えている


 前に教えてもらった言葉


「今日?」


「そう」


 今日は交換らしい


 何がある


 俺は子供みたいに覗き込む


 最初は小さな袋


 ミラが開く


 白い粒


「塩!」


 叫んだ


「覚えてるんだ」


「塩!」


 大事だ


 ものすごく大事


 次は布


 大きくはない


 でも傷に巻くような細い布ではなく、もう少し広い


「布」


「そう」


 次は器


 俺たちの木の器とは違う


 硬い


 土を焼いたような小さな器


「これ……」


 持つ


 少し重い


 しっかりしている


 水を入れられる


 食べ物も入る


「器」


「器」


「欲しい」


 即答


 四人が笑う


「全部欲しい」


 正直に言う


 もっと笑われた


 交換にこちらが出すものは、乾燥肉、前までに集めた薬草の一部、木の実


 ただし薬草は俺が勝手に選ばない


 エナと確認する


「薬一」


 俺が言う


 エナが正式名を言う


「薬一」


「違う」


「薬一」


「名前ある」


「難しい」


 いつものやり取り


 知らない男が笑った


 初めて


 それだけで空気が少し軽くなる


 交換の量は、俺にはよく分からない


 何がどれくらい価値があるのか、人間社会の相場なんて知らない


 だからエナ、ローデン、ミラ、ルッカ


 みんなで物を並べる


 ルッカは肉が減るたび嫌そうな顔をする


「交換」


 俺が言う


「塩」


 塩を指す


「肉」


 乾燥肉


「交換」


 ルッカは塩を舐める


 ほんの少し


 目を見開く


「……」


 もう一度舐める


「うまい?」


 ルッカが肉を見る


 塩


 肉


 考える


「交換」


「現金やな、お前」


 肉を二つ追加した


 塩の力は強い


 結局、大量ではない


 試す程度


 塩を少し、布を一枚、小さな器を一つ


 こちらから乾燥肉、薬草、木の実


 それぞれを渡す


 俺がどれくらい得したのか損したのかは分からない


 でも最初はそれでいい


 今回も交換を続けられたこと自体が大きい


「ありがとう」


 俺が言う


 知らない男も少しぎこちなく、


「……ああ」


 と返す


 まだ友達ではない


 仲間でもない


 でも物を交換した


 俺が人間側のものを持つ


 人間側が俺たちの集めたものを持ち帰る


 それだけで、森と人間の暮らしが少し繋がった気がした


 交換が終わった瞬間、俺にはやりたいことがあった


「肉」


 ルッカが、


「肉?」


 と反応する


「塩」


「塩」


「焼く」


 焚き火


 肉


 塩


 ついに味付きの肉


「今から?」


 ミラが聞く


「今」


 断言


 みんながいる前で作る


 乾燥肉ではなく、残っていた肉を火で炙る


 表面が焼ける


 塩をほんの少し振る


 もったいないので少し


 でも匂いが違う気がする


「……」


 焼けるまで待つ


 長い


 ルッカがじっと見る


 俺も見る


「まだ?」


「まだ」


「まだ」


「それ魔法以外でも使うな」


 焼けた


 一口


「……うま」


 声が漏れる


 ただの塩


 それだけなのに全然違う


 肉の味が分かる


「うまい!」


 ルッカへ渡す


 食べる


 目が大きくなる


「塩!」


「せやろ!」


「塩!」


 もう一枚


「使いすぎるな!」


 貴重品だ


 人間四人も少し食べる


 人間側からすれば普通なのかもしれない


 でも俺とルッカにとってはご馳走


「料理したい」


 俺が言う


 ミラが、


「料理?」


 と返す


「肉、塩」


 それだけでは料理と言えない気もする


 でも次は、


「水」


《水球》


 器へ入れる


 新しく交換した焼き物の器では、直接火へかけられるか分からないので、今まで通り熱した石を使う


 水を温める


 肉


 食用草


 少し塩


 入れる


「スープ……みたいなもんできるんちゃう?」


 前世の料理知識なんて大したものではない


 でも水、肉、草、塩


 煮れば、たぶん食える


 問題は味の調整


 石で温めるから効率も悪い


 それでも今までより料理らしい


 エナが興味深そうに見る


 ルッカは食べる気満々


 ローデンも座った


 ミラも


 知らない男は少し離れていたが、最後には座った


 一つの器を囲む


 熱した石を何度か入れ替える


 湯気


 肉の匂い


 草


 塩


「できた?」


 ルッカ


「たぶん」


「タブン」


「その言葉覚えたんか」


 少しずつ分ける


 器が足りない


 木の器と新しい器を順番に使う


 俺が飲む


「熱っ」


 でもうまい


 薄い


 かなり薄い


 出汁とかない


 肉と草と塩だけ


 でも温かい


 塩味


 汁がある


「うまい」


 ルッカ


「うまい!」


 エナも飲む


「おいしい」


 知っている言葉


「おいしい?」


「うん」


 ローデン


「もう少し塩があってもいいな」


 長い


 塩という単語だけ聞こえる


「塩?」


 追加しようとする


 ローデンが止める


「いや、貴重なんだろ」


 分からない


 ミラが、


「少しでいい」


 と助ける


「少し」


 ほんの少し追加


 知らない男にも渡す


 一瞬迷ってから受け取る


 飲む


「……悪くない」


 表情を見る限り、まずくはないらしい


 俺は嬉しくなる


 人間に認められたから、だけではない


 自分たちの家で、自分たちが集めた肉と草


 交換した塩


 覚えた水魔法


 それを全部使って、温かい食べ物ができた


「生活や」


 誰にも通じない


 でも、それだった


 生きるだけなら焼いた肉でいい


 水場の水でいい


 岩陰で寝ればいい


 でも少し美味しいものを食べる


 器を増やす


 布を使う


 壁を作る


 そういうことが、暮らすということなんだと思う


 食べ終わった後、俺は新しい《水球》をもう一つ使う


 器へ


「洗う」


 汚れた器を洗う


 エナが見て、


「便利」


 と言う


「便利!」


 これは完全に分かる


「水魔法、便利」


 飲める


 料理


 洗う


 泥


 傷を洗う


 たぶん薬草を洗うのにも使える


 いつか量が増えれば畑、風呂


 もっといろいろ


「戦う?」


 ローデンが聞く


「何?」


 ローデンが水球を示し、次に遠くへ飛ばす仕草


「ああ」


 攻撃


 考えていなかった


 水球を飛ばす


 できるかもしれない


 でも、


「今日はいい」


 魔力も使っている


 それに今は、水を敵へぶつけるより器を洗えることのほうが嬉しい


 ローデンは少し笑った


「そうか」


     ◇


 午後、ローデンに昨日の壁を見てもらう


 ひび、泥、草


 一つずつ確認する


 ローデンが何か説明する


 長い


 ミラが短くする


「草、もっと」


「草?」


「泥の中」


「ああ」


 混ぜる


 土だけより、草を細かくして混ぜたほうが割れにくいらしい


 俺は試す


 土、草、《水球》


 混ぜる


「これ?」


 ローデンが触る


「そう」


 壁へ塗る


 今度は昨日よりまとまりがいい


「土魔法いらん?」


 聞く


 ローデンが笑った


「使えるなら便利だろうが、なくても家は建つ」


 全部は分からない


 ミラが、


「土魔法、なくても、できる」


 と言い直す


「なるほど」


 重要だ


 魔法を覚えることが目的になってはいけない


 家を作るのが目的


 土魔法がなくてもできるなら、まず作ればいい


 でも、


「土魔法、覚える」


「そこは諦めないんだな」


「まだ」


 俺が言うと、ローデン、ミラ、エナ


 三人とも笑った


 知らない男まで少し笑った


 帰る頃には、壁の泥塗りが少し進んだ


 塩、布、器


 全部家に増えた


 人間側は乾燥肉、薬草、木の実を持って帰る


 知らない男は最後まで少し距離を取っていた


 でも帰る時、俺を見る


「セイジ」


 名前


 覚えたらしい


「うん」


 俺は男の名前を思い出そうとする


 ……出ない


「……ごめん」


 正直に言う


 男が一瞬黙り、笑った


 もう一度名前を言う


 俺も繰り返す


 少し違う


 もう一回


 三回


 今度は近い


「覚える」


 俺が言う


「次までにな」


 言葉は分からない


 でも「次」だけ聞き取れた


「次」


 俺も頷く


 また会う


 それでいい


 四人が森へ消える


 俺とルッカは家へ戻る


 増えたものを並べる


 塩


 布


 器


 壁


 薬草


 食料


 そして水


 これは置けない


 でも俺の中にある


「水」


 右手を上げる


「《水球》」


 小さな球


 ルッカが口を開ける


「毎回飲むな」


 それでも口へ落とす


「水」


「水やな」


 俺も一つ飲む


 冷たい


「ほんま便利や」


 魔力で作った水が特別美味しいわけではない


 ただの水


 でも家にいながら出せる


 それがすごい


 今までは水場が生活の中心だった


 水がなくなれば行く


 傷を洗うなら行く


 多く使う日は何度も運ぶ


 危険がある日でも水は必要


 これからは全部ではない


 魔力を使うから、大量の水は今まで通り汲みに行ったほうがいい


 でも少し足りない


 手を洗いたい


 薬草を洗いたい


 泥を作りたい


 料理に使いたい


 そういう時、すぐ出せる


「暮らし変わるな」


 ルッカが壁を触る


「家」


「そう」


 水魔法を覚えたのに、結局そこへ戻る


 家


 魔法も、人間との交換も、薬草も


 全部ここで暮らすために増えている


     ◇


 夜


 初めて塩を振った焼き肉と、昼の残りに近い薄い汁物を食べる


 ルッカはずっと機嫌がいい


「塩」


「使いすぎたらなくなるぞ」


「交換」


「また肉減るけどええん?」


 ルッカが止まる


 難しい顔


「塩」


「肉」


「塩」


「肉」


 長い


 最後、


「交換」


「塩が勝ったか」


 価値観が一つ変わったらしい


 食後、《水球》で手を洗う


 器も洗う


 焚き火の近くに水を少し置く


 火の始末にも使えるかもしれない


 俺は右手を見る


 火、光、水


 三つ


《火弾》


《治癒》


《水球》


 増えた


 まだ三つ


 でも最初は《火弾》だけだった


 しかも新しい二つは、敵を倒すために覚えたわけではない


 怪我を治したい


 水が欲しい


 その結果、魔法になった


「俺、戦うより生活のほうが魔法覚えるんちゃうか」


 それならそれでいい


 俺が欲しかったのは、強い敵を倒し続ける人生ではない


 気ままに暮らすこと


 家


 風呂


 畑


 食事


 友達


 そういうもの


 もちろん守るための力は必要


 あの狼たちみたいなこともある


 でも力の使い道が、戦うだけである必要はない


「次、風呂やな」


 ルッカが、


「風呂」


 と言う


「まだ無理」


 水球を何十個出せばいいか分からない


 魔力が先に尽きる


「もっと水いっぱい出せたらな」


 両腕で大きな形を作る


「いっぱい」


「水、いっぱい」


「そう」


 練習すれば水球を大きくできるかもしれない


 数を増やせるかもしれない


 魔力消費も減るかもしれない


 でも今は急がない


 今日覚えたばかりだ


「まず壁」


「壁」


「次、屋根」


「屋根」


「収納」


「?」


「これはまた今度」


 土魔法も残っている


 昨日の感覚


 形を変える


 今日、水を覚えて分かったこともある


 属性には属性ごとの性質がある


 水は流れる


 柔らかい


 形が変わる


 じゃあ土は、硬い、重い、積もる、固まる、支える


「支える……」


 柱を見る


 土


 家


 土の役割は、水みたいに動くことではない


 支えることかもしれない


「また一個増えたな」


 手掛かり


 まだ試さない


 今日は水魔法をかなり使った


「休む」


 自分で言う


 ルッカが驚いた顔


「何その顔」


「セイジ、休む?」


「俺かて休むわ」


「寝る?」


「寝る」


 ルッカが満足そう


「大丈夫」


「なんでそこでそれ言うねん」


 夜、寝床へ入る


 壁が少し増えたせいか、風が昨日より弱い気がする


 気のせいかもしれない


 でも悪くない


 入口近くには新しい器、布、塩


 人間の暮らしから来たもの


 横には薬草、木の実、乾燥肉


 森から得たもの


 その両方が同じ家にある


「……繋がってきたな」


 森だけで完結していた暮らし


 そこへエナが来た


 ダリオが来た


 ミラが来た


 ローデンが来た


 今日は知らない人間まで来た


 物を交換した


 一緒に食べた


 少し笑った


 まだ怖がられている


 当然だ


 でも最初から全部分かり合う必要はない


 名前を覚えるところからでいい


 俺だって今日の男の名前、まだちゃんと覚えていない


「次は覚えよ」


 ルッカが横で、


「友達?」


 と聞く


「今日の人?」


「人間」


「まだ友達ちゃうな」


「仲間?」


「それもまだ」


 ルッカが考える


「まだ」


「そう」


 俺は笑う


「まだ、やな」


 でも悪い「まだ」じゃない


 今日、初めて会った


 交換した


 食べた


 名前を呼ばれた


 次がある


 それで十分


 目を閉じる前、右手を少し上げる


 魔法は出さない


 ただ今日の感覚を思い出す


 流れる


 冷たい


 透明


 小さな一滴


 そこから始まった


《水球》


 家に水がある


 それだけで明日できることが増える


 壁を作れる


 洗える


 料理できる


 傷も清潔にできる


 薬草も洗える


 いつか畑にも、風呂にも使えるかもしれない


 一つ魔法が増えると、強さが増えるだけじゃない


 暮らしそのものが広がる


「水が出れば、暮らし変わるな」


 小さく呟く


 ルッカはもう寝ている


 返事はない


 俺も目を閉じる


 明日はまた壁の続きを作る


 土にも触る


 水も練習する


 全部一気にはできない


 でも昨日より、家は少し広くなった


 食べ物は少し美味しくなった


 人間との距離は少し近くなった


 使える魔法は一つ増えた


 それだけあれば十分だ

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