もう少しまともな家
第16回 もう少しまともな家
朝起きて、最初に目に入ったのは草だった
正確には、昨日エナと一緒に採ってきた薬草だ
岩陰の入口近く、日が当たり風も通る場所に並べてある
その横には食べられる草、少し離して木の実
さらに奥には乾燥肉、薪、水の器、石器、寝床、ルッカの槍
そして、俺とルッカ
「……狭い」
昨日も思った
でも朝になって改めて見ると、やっぱり狭い
最初は何もなかった
俺一人で、石と枯れ草と拾ってきたものが少しだけ
その頃なら、この岩陰は十分広かった
むしろ無駄に広いくらいだった
今は違う
ルッカがいる
食べ物がある
道具がある
薬草まで増えた
人間も来る
エナなんて、もう普通にここまで来る
「家、大きくするか」
隣を見る
ルッカはまだ寝ていた
「おーい」
反応なし
「家、大きくするぞ」
反応なし
「肉」
「肉?」
起きた
「お前ほんまそれで起きるんやな」
ルッカが身体を起こす
寝癖なんて言葉があるのか知らないけど、頭の辺りが妙な方向に跳ねている
俺は岩陰の中を指した
「家」
「家」
両手を広げる
左腕もかなり動くようになった
まだ少し痛むが、昨日までよりずっとましだ
「大きく」
ルッカも両腕を広げた
「大きく」
「そう」
入口を指す
壁を作りたい場所
薬草を乾かしているところ
食べ物を置いているところ
「ここ、狭い」
「狭い」
「家、大きく」
ルッカは周囲を見渡し、少し考えてから、
「木」
と言った
「そうやな」
まず材料がいる
木、枝、草、泥、石
何をどう使えば家になるのか、そこが問題だ
前世で家を建てた経験なんて当然ない
DIYすらほとんどしたことがない
家具を説明書を見ながら組み立てたくらいだ
今は説明書もない
ホームセンターもない
釘もノコギリもない
「ハードモードやな」
「ハード?」
「気にせんでええ」
朝飯を食べながら、どこをどう広げるか考える
岩陰そのものを広げることはできない
岩を削るなんて今の俺には無理だ
なら外側へ足す
岩を背にして、入口から少し前へ、横にも広げる
雨を防ぐ壁、屋根、物を置く場所
「屋根が一番難しそうやな」
今も岩が上に張り出しているから、ある程度の雨は防げる
でも風向き次第では普通に入ってくる
だったら完全な家を一気に作るより、まず壁
次に屋根を伸ばす
そのくらいが現実的だ
「土魔法使えたらなあ」
昨日も考えた
土を動かせるなら、壁を作るのは簡単かもしれない
地面から土壁を生やす
ゲームなら一瞬だ
でも《治癒》を覚えるのにあれだけ苦労した
土魔法だけ急に、
「土よ、壁になれ」
で完成するとは思えない
「まあ、試すだけ試すか」
そう言った時、ルッカが森の奥を見る
俺も反応する
人の気配
一人
ゆっくり近づいてくる
「エナ?」
ルッカが首を振った
「違う」
少しして木の間から姿が見えた
大きめの身体
歩き方に少し違和感がある
「ローデン」
俺が名前を呼ぶ
ローデンが片手を上げた
「よう」
その後ろに誰もいない
一人だ
脚を少しかばっている
前にエナから聞いた通り、まだ痛むらしい
「足」
俺は自分の脚を指し、次にローデン
「痛い?」
ローデンが少し驚く
「言葉、増えたな」
全部は分からない
でも表情で褒められているのは分かる
「少し」
「便利だな、それ」
何が便利なんだ
ローデンは自分の脚を叩く
「大丈夫だ」
「大丈夫?」
「歩ける」
そう言って数歩歩く
確かに歩ける
ただ少し引きずっている
「無理?」
俺が聞く
ローデンは笑った
「それをお前に言われるとは思わなかった」
長い
分からない
「何?」
「何でもない」
最近この返し、人間側も使い始めてないか
ローデンは岩陰の前まで来る
そこで止まる
前に来たダリオたちと同じで、勝手に中へは入らない
「入る?」
俺が聞く
ローデンが少しだけ眉を上げる
「いいのか?」
「家」
岩陰を指す
「入る」
ローデンは俺とルッカを見る
ルッカも特に警戒していない
「じゃあ、少しだけ」
そう言って岩陰へ入る
人間が中に入るのは初めてかもしれない
エナたちは入口近くにいた
ローデンは大きい
入った瞬間、さらに狭くなった
「……狭いな」
「狭い」
即答する
「家、大きくする」
「家を?」
「そう」
俺は今朝考えていた場所を指す
入口、横、外
「ここ、壁」
枝を立てる仕草
「ここ、屋根」
上を指す
「大きく」
ローデンは黙って見る
さっきまでの軽い表情が変わった
岩、地面、木の位置、風が来る方向、水が流れそうな場所
一つずつ見る
「そっちに広げるのか」
意味を完全には理解できない
でも指した方向は分かる
「ここ」
俺も同じ場所を指す
ローデンが首を振った
「そこはやめたほうがいい」
「ダメ?」
「雨」
地面を指す
「水」
少し低くなっている場所へ手を動かす
「ああ」
水が流れる
「雨、水、ここ?」
「そう」
なるほど
全然見ていなかった
平らで作りやすそうだから選んだだけだ
雨が降った時にどうなるかまでは考えていなかった
ローデンは反対側を指す
少し高く、岩に近い
「こっち」
「こっち?」
「水が来にくい」
全部は分からなくても、来ない、水
それで意味は取れる
「なるほど」
ローデンが地面にしゃがみ、枝を一本拾う
土の上に、岩陰、入口、壁を簡単な形で描く
「ここ」
一本目
「壁」
「壁」
次
「ここも」
横
最後に上を示す
「屋根」
俺が言う
「そう」
通じる
面白い
言葉が全部分からなくても、図があると一気に理解できる
ローデンはさらに線を足す
入口は完全に塞がず、少し曲げる
風が直接入らないようにするらしい
焚き火の場所は外寄り
煙が抜ける場所も残す
「火、ここ?」
「そのほうがいい」
今より少し前
寝床から離し、薬草や食料とも離れる
「確かに」
俺は今の焚き火を見る
考えてみれば、寝床も肉も薬草も全部近い
火の粉が飛んだら危ない
今まで火事にならなかったのは運が良かっただけかもしれない
「ローデン、家、分かる?」
聞く
ローデンが笑う
「家くらい作ったことある」
「作る?」
「ある」
自分を指す
「作った」
「家?」
「小さいやつだがな」
すごい
経験者だ
この世界の人間なら、俺より建築に詳しい人がいて当然か
専門職かどうかは分からない
でも少なくとも俺より百倍頼りになる
「教えて」
俺は言う
「家」
ローデン
「教えて」
ローデンが少し黙り、それから、
「いいぞ」
と短く答える
「ありがとう」
「その代わり」
知らない
首を傾げる
ローデンは俺たちの乾燥肉を見る
「肉」
ルッカが反応する
「肉?」
嫌な予感
ローデンは笑った
「昼飯くらい食わせろ」
全部分からない
でも肉を指して自分の口を指している
「食べる?」
「そう」
ルッカが乾燥肉を抱えた
「ダメ」
「おい」
「ルッカ」
「ダメ」
「家教えてくれるんやぞ」
「?」
俺はローデンを指し、地面の図を示す
「家、教える」
次に肉
「肉、あげる」
ルッカはものすごく真剣に考えた
「……少し」
「そこ交渉するんや」
ローデンが意味を察したのか笑っている
朝から家作りの先生が増えた
まず必要なものを教えてもらう
長くてまっすぐな枝
できれば太さが近いもの
細い枝、蔓、葉、草、土、石
「木、多いな」
「森だからな」
それはそう
釘がない以上、縛る、差し込む、組む
その繰り返しになるらしい
ローデンが枝を二本使って見本を作る
交差させ、蔓を巻く
俺も真似する
左腕がまだ万全ではないので時間がかかる
「痛いか?」
「少し」
「無理するな」
「大丈夫」
「その大丈夫は信用できんな」
長い
「何?」
「何でもない」
まただ
ルッカは森へ材料を探しに行く
「一人、大丈夫?」
俺が聞く
ルッカは槍を持ち上げる
「大丈夫」
「遠く行かない」
言葉と身振り
ルッカは頷く
「近く」
「そう」
しばらくして、長い枝を二本抱えて戻ってきた
「早っ」
しかも良さそうだ
ローデンが一本受け取り、曲がり、太さ、硬さを見る
「これなら使える」
「使える?」
「いい」
「いい?」
「いい」
ルッカが得意そうな顔をする
「ルッカ、森」
俺が言う
「そうだな」
ローデンも頷く
ルッカはさらに何度も往復する
長い枝、細い枝、蔓、大きな葉
使えそうなものをどんどん持ってくる
俺が探すより圧倒的に早い
何が使えるか
どこにあるか
森の中でどう探すか
全部分かっている
「適材適所やな」
「何?」
「こっちの話」
俺は俺で、ローデンから組み方を教わる
地面へ穴を掘り、枝を立て、周囲の土を戻して踏み固める
一本、二本
やってみる
「……これだけ?」
「これだけなわけないだろ」
やっぱり
枝は簡単に揺れる
壁の柱にするならもっと固定しないといけない
石を使う
土を固める
横木を渡す
蔓で縛る
想像より手間がかかる
「家って大変やな」
ローデンが笑う
「寝るだけなら穴でもいい」
「嫌」
即答する
「風呂も欲しい」
「風呂?」
そこは通じた
「風呂作るのか?」
「いつか」
「ここで?」
「うん」
ローデンは岩陰の周りを見る
「水をどうする」
痛いところを突かれた
「水……魔法」
「使えるのか?」
「まだ」
「まだなのか」
最近、人間側も俺の「まだ」に慣れてきた気がする
「土も」
地面を指す
「魔法」
「土魔法?」
「まだ」
ローデンが少し嫌そうな顔をした
「まさか今から試す気じゃないだろうな」
長い
ほとんど分からない
でも、土、試す
その辺は聞き取れた
「試す」
「やっぱりか」
俺は地面へしゃがむ
ちょうどいい
家作り
土
目の前に必要なものがある
《治癒》の時もそうだった
傷があった
治したかった
エナが治療を教えてくれた
そこから魔法に繋がった
なら土も、ただ土を動かしたいではなく、何のためにどうしたいのか
そこが具体的なら分かりやすいかもしれない
俺は立てた枝の根元を見る
土がまだ緩い
「ここ」
ローデンに示す
「土、固い」
拳を作る
「したい」
「ああ」
ローデンも理解する
「固めたいのか」
「そう」
それなら目的ははっきりしている
土を飛ばしたいわけじゃない
岩を投げたいわけでもない
柱の根元の柔らかい土を硬くする
右手を地面へ近づけ、目を閉じる
魔力を感じる
《火弾》
魔力を火に変える
《治癒》
身体の治る力を助ける
土魔法
土をどうする
「固く」
意識する
地面、土、形
何も起きない
「……まあ一回ではな」
もう一度
魔力を手へ集め、土に向ける
「固く」
何も起きない
ルッカが戻ってきた
俺が地面に手をかざしているのを見る
「何?」
「土、魔法」
「土?」
「そう」
ルッカが地面を指す
「土」
「土」
言葉は合っている
問題は魔法
三回目
魔力を流そうとする
火弾の時みたいに外へ出す
すると、地面の表面の埃が少し舞った
「お」
動いた?
いや
魔力を押し出した風で埃が動いただけかもしれない
ローデンも、
「今のは違うだろ」
みたいな顔をしている
「違うな」
俺も分かる
欲しいのはそれじゃない
土を吹き飛ばすことではない
固める
柱を支える形にする
「形……」
そこで少し引っかかった
固くするというより、土の形を変える?
柔らかい地面を、柱を包む形へ
ぎゅっと詰まった形へ
土をどこかから呼び出す必要はない
もうそこにある
動かす必要もほとんどない
今ある土を変える
「……こっちか?」
右手を近づける
土を持ち上げるイメージをやめる
押す
圧縮
集める
柱の周りへ寄せる
土の粒
前世の知識で、土が何からできているか詳しくは知らない
砂、小石、泥、いろいろ
でも全部分かる必要はない
形を変える
そう意識して魔力を流す
「……」
何も起きない
「来そうやったんやけどな」
感覚は少し違った
さっきまでの、魔力を土へぶつけている感じではない
土そのものへ触れようとした
でも届かない
《治癒》を覚える前にも似ている
方向は分かりそうなのに、何か足りない
「今日はここまでにしとけ」
ローデンが言う
「まだ」
俺はもう一度やろうとする
ローデンが腕を掴んだ
左ではなく右
「休め」
「まだできる」
「左腕」
指される
「……」
言い返せない
朝から枝を組んで、穴を掘って、土を踏んで、魔法まで試した
気づけば左腕が少し重い
痛みも戻っている
「少しだけ」
「駄目だ」
「少し」
「駄目」
「……エナみたいになってきたな」
「何?」
「なんでもない」
休憩する
ルッカが肉を持ってくる
ローデンの分は本当に少なかった
「少なっ」
思わず俺が言う
ローデンも肉を見る
ルッカを見る
「俺、嫌われてるのか?」
たぶん違う
肉が惜しいだけだ
「ルッカ」
「何?」
「もう一個」
「ダメ」
「家」
俺は地面の図を指す
ローデン
「教える」
肉
「あげる」
ルッカは悩み、最後に小さめの一枚を追加した
「……交渉成立やな」
ローデンは笑っている
三人で食べる
人間一人、ゴブリン二人
岩陰の前
作りかけの壁
妙な昼飯だ
「ローデン」
「ん?」
俺は壁の柱を指す
「村、家、これ?」
「いや」
首を振る
「もっとちゃんとしてる」
「ちゃんと」
知らない
ローデンは少し考える
「強い」
柱を叩く
「雨、大丈夫」
屋根
「風、大丈夫」
壁
「長く使える」
最後は分からない
でも、ちゃんとした家
たぶんそういう意味
俺は今の岩陰を見る
雨は入る
風も入る
物を置く場所がない
薬草は外
食料も近い
「もっと、ちゃんと」
俺が言う
「そうだな」
「家」
「家」
「もっと、ちゃんとした家」
ゆっくり言う
ローデンが少し笑った
「言えるじゃないか」
長い文章
でも、これは覚えたい
「もっと、ちゃんとした家」
もう一度
ルッカも真似する
「もっと、ちゃんと、家」
「惜しい」
「?」
「まあ通じる」
◇
午後、作業再開
今日は完成させるつもりはない
まず骨組み
入口の片側から、岩より少し前へ伸ばす
柱三本、横木、蔓で固定
最初の一本は俺とローデン
二本目はルッカも加わる
三本目はかなり早くなった
「慣れるもんやな」
ローデンが結び目を見る
「最初よりいい」
「上手?」
「少し」
「それ俺の言葉やろ」
ローデンは笑う
俺の人間語が人間側へ移っている
変な感じだ
壁にはまだならない
骨だけ
隙間だらけ
でも形が見えてきた
「家っぽい」
「まだ壁もないぞ」
「少し」
俺は答える
ローデンがまた笑う
今度はルッカが大きな葉を持ってくる
「これ」
ローデンが見る
「使える」
「屋根?」
「壁にも使える」
葉だけでは弱い
細い枝を編み、その間へ葉や草を入れる
必要なら泥を塗る
「泥」
俺は地面を見る
土と水
「土魔法」
「まだやる気か」
「今日はしない」
「本当か?」
「ほんま」
通じない
「本当」
言い直す
「ならいい」
ローデンの警戒が妙に強い
俺はそんなに無茶をするように見えるのか
たぶん見えるんだろう
エナも同じ反応だった
夕方近く、壁の骨組みが一面だけできた
完成ではない
本当に骨だけ
それでも、昨日まで何もなかった場所に家の形が増えた
俺は少し離れて見る
岩陰、入口、新しい柱、横木
「……ええやん」
ルッカも横に立つ
「家」
「まだ途中や」
「家」
「まあ家か」
ローデンが腰を伸ばす
脚が痛むらしく、少し顔をしかめた
「足」
俺が言う
「休む」
ローデンがこっちを見る
「お前に言われる日が来るとはな」
また長い
「休む」
「はいはい」
「それエナから覚えた?」
「何だ?」
「なんでもない」
今度は俺が返した
ローデンは岩に座る
俺も座る
ルッカはまだ元気だ
追加の枝を整理している
「元気やなあ」
「ルッカは若いからな」
若い
年齢
そういえばルッカが何歳なのか俺は知らない
ゴブリンの年齢なんてもっと分からない
見た目で言えば俺とそこまで大差ない気もする
でも動きは圧倒的に軽い
「ローデン」
「ん?」
自分
「俺」
ルッカ
「ルッカ」
ローデン
「ローデン」
指を使う
「年?」
通じない
「歳?」
ローデンが理解する
「ああ、年齢か」
自分を指して何か数字を言う
聞き取れない
数字の人間語はまだほとんど覚えていない
「……分からん」
「まず数字からだな」
「数字?」
「一、二、三」
これは作業中にも聞いた
柱一本、二本、三本
「一」
指一本
「二」
二本
「三」
三本
「そう」
「四?」
四本
「そう」
「五」
五本
「覚える」
新しい宿題が増えた
薬草、建築、数字、人間語、魔法
やることだらけだ
でも楽しい
ローデンが帰る前、俺は壁の骨組みを指す
「明日?」
ローデンは首を振った
「明日は来られない」
「来ない?」
「そう」
少し残念
でも毎日来られないのはエナと同じだ
「また?」
「また来る」
「教える?」
「教える」
「家?」
「家」
「ありがとう」
ローデンは少し黙る
「どういたしまして」
俺は笑った
みんな覚えている
別れ際、ルッカがローデンへ何か渡した
小さな包み
「肉?」
俺が聞く
「肉」
「さっき渋ってたやん」
ローデンも驚いている
「いいのか?」
ルッカは頷く
「家、教える」
「……そうか」
ローデンが受け取る
「ありがとう」
ルッカが胸を張る
「ドウイタシマシテ」
やっぱり完璧だ
ローデンが笑う
少し歩いて振り返る
「無茶するなよ」
全部は分からない
でも「無茶」という言葉だけ聞き取れた
最近よく言われる
「大丈夫」
俺が返す
ローデンが嫌そうな顔をした
「それが一番信用できない」
分からない
俺は手を振る
「また」
「またな」
森へ消えていく
俺とルッカはしばらく見送る
エナの時ほど寂しい感じではない
でも、また来る
そう言われるのは嬉しい
人間が去るたび安心していた頃とは、本当に変わった
◇
夕方、残った材料を整理する
長い枝、短い枝、蔓、葉
家の中がさらに狭くなった
「広げるための材料で狭くなるってどういうことや」
ルッカは気にしていない
むしろ楽しそうに柱を触っている
「家」
「家やな」
「大きい家」
「まだ骨だけやけどな」
俺は柱の根元を見る
土
今日、少しだけ掴みかけた感覚
動かす、ではない
変える
土を土のまま必要な形へ
「形……」
右手を近づける
魔法は使わない
ローデンと約束した
今日はもうやらない
ただ考える
《火弾》は火を作り、飛ばす
《治癒》は身体が治る力を助ける
土魔法がもし、土を生み出すものではなく、すでにある土へ働きかけるものなら
「動かすより、形変えるほうが近いんかな」
壁、柱の根元、器、かまど、水路、畑
全部、土を必要な場所へ動かすこともある
でも最終的に欲しいのは形だ
平らにする
固める
盛る
掘る
壁にする
何かにする
「土、形」
ルッカが聞いている
俺は地面を指す
「土」
次に柱の根元
「形」
手で丸く包む仕草
「変える」
ルッカが同じ動きをする
「変える」
「そう」
言葉にすると少し整理できる
今日はできなかった
何も起きなかった
でも完全に分からないわけでもない
昨日までより少し近い
そんな感じ
「まだ、やな」
俺は笑う
最近この言葉ばかりだ
まだできない
まだ知らない
まだ足りない
でも「まだ」は、いつかできるかもしれない言葉でもある
《治癒》がそうだった
人間語もそう
最初は何も分からなかった
今は短い会話ならできる
家も、昨日までは新しい骨組みがなかった
今日は一本増えた
急に完成しなくていい
少しずつでいい
◇
夜、焚き火の位置を少しだけ変えた
ローデンが教えてくれた場所
寝床から前へ
薬草から離す
煙も以前より外へ抜ける
「こっちのほうがええな」
ルッカも火の前に座る
「火」
「今日は火弾使ってへんで」
「セイジ、火」
「もう火担当でええわ」
肉を焼く
少し焦げた
「……塩ほしいな」
この前のパンを思い出す
あの塩気
人間側との交換
まだ話が進んでいない
でも家を作るなら、人間側から欲しいものはさらに増える
布、塩、鍋、道具、刃物、紐
もしかしたら建築に使えるものもある
逆に俺たちは何を渡せる
肉、薬草、木の実、森の物
「ルッカ」
「何?」
「人間、欲しい、森」
言葉が足りない
森のものを指す
肉、薬草、木の実
「人間、欲しい?」
ルッカは首を傾げる
そりゃ分からないか
次にエナかローデンが来た時に聞こう
また一つ話すことが増えた
食事の後、壁の骨組みの前に立つ
昼より暗い
火の光で柱の影が地面へ伸びている
「家」
ルッカがまた言う
今日は何回目だろう
「そんな嬉しい?」
「家」
ルッカは柱に触れる
岩陰、寝床、食料、薬草、俺、自分
全部順番に指して、
「家」
「……そうやな」
俺も触れる
粗い枝
蔓
まだ壁ですらない
でも少し前とは違う
最初の岩陰は、偶然見つけた場所だった
雨を避けるため
敵から隠れるため
生き残るための場所
今は、自分たちで変えている
ここを暮らしやすくしようとしている
「住む場所から、家にしてるんやな」
ルッカには伝わらない
でも俺の中ではしっくりきた
見つけた寝床ではない
作る家
自分たちのために必要なものを増やして、不便なところを直して、帰りたくなる場所にする
それが家なのかもしれない
左腕を見る
傷はまだある
でもかなり動く
数日前、狼に噛まれた直後には考えられなかった
時間が経てば変わる
傷も、暮らしも、人との関係も、魔法も
少しずつ
「明日は壁やな」
「壁」
「枝編んで」
「枝」
「葉」
「葉」
「泥」
「泥」
「土魔法」
ルッカが俺を見る
「まだ」
先に言われた
「お前……」
ルッカが笑う
「土魔法、まだ」
「分かってるわ」
「まだ」
「しつこい」
「まだ」
「はいはい」
「ハイハイ」
また始まった
二人で笑う
夜の森は静かだった
遠くで何かが鳴いている
危険がなくなったわけではない
森は森だ
昨日教わった毒草だってある
少し歩けば魔物もいる
人間全員がエナやローデンみたいに接してくれる保証もない
それでも、この場所だけは少しずつ安心できる場所になっている
火がある
食べ物がある
薬がある
ルッカがいる
人間が来る
今日はローデンが家の作り方を教えてくれた
明日は誰も来ないかもしれない
それでも、教えてもらったものは残る
壁の骨組みとして
知識として
言葉として
俺の中に
寝る前、もう一度地面を見る
右手を置く
魔力は流さない
ただ土の感触を確かめる
柔らかい
少し湿っている
小石が混じっている
指で押せば形が変わる
手なら変えられる
なら、魔力でも
いつか
「動かすんやなくて……」
指先で土を柱の根元へ寄せ、押し、固める
「形を変える」
今日の答えではない
ただの手掛かり
魔法としては失敗したまま
何も習得していない
でも次に何を試すかは、昨日より少し見えている
それで十分だ
「セイジ」
ルッカが寝床から呼ぶ
「何?」
「寝る」
「はいはい」
「ハイハイ」
「それ気に入ったん?」
「寝る」
「分かった」
俺も寝床へ入る
以前より物が多くて狭い
でも入口の向こうには、今日作った骨組みが見える
少しだけ外へ伸びた、俺たちの家
完成には遠い
壁もない
屋根もない
収納もない
風呂なんて夢のまた夢
それでも、明日は今日よりもう少しまともな家になる
たぶん
それを考えると、明日起きるのが少し楽しみだった




