森から来る牙2
第12回 森から来る牙2
先頭の狼が地面を蹴った
灰色の身体が、一気に距離を詰めてくる
「来た!」
右手にはもう魔力を集めてある
狙うのは狼そのものじゃない
その前にある、障害物の切れ目
「そこや!」
《火弾》
掌から飛び出した火が地面へ叩きつけられる
ぼっ
乾いた土と落ち葉が弾け、赤い火が一瞬だけ広がった
先頭の狼が反射的に横へ跳ぶ
「よし!」
狙い通りだ
その先には倒木と枝で人間たちが組んだ障害物がある
狼はそれを避け、さらに横へ回る
「そっち!」
びゅっ、と弓の音
矢が狼の肩付近へ刺さる
「ギャウッ!」
狼の身体が崩れる
でも止まらない
「強っ」
矢を一本受けたまま走ってくる
前へ出た人間二人が槍を構える
「待て!」
俺の言葉は通じない
でもダリオが何か叫び、二人が位置を合わせる
障害物を回った狼が飛び込む
「今!」
一つの槍が胸元へ、もう一つが横腹へ入る
狼が激しく暴れた
「うわっ!」
人間の一人が押される
そこへダリオが前へ出て剣を振った
首ではなく脚を斬る
狼が倒れる
「…………」
まだ動いている
怖い
「一匹」
いや、
「後ろ!」
二匹が来る
さらに三匹目
「モラ!」
思わず叫ぶ
「ガル、モラ!」
人間側からも、
「モラ!」
返ってくる
「通じる!」
左からも来る
「左!」
日本語だから意味はない
ルッカが俺を見る
俺は地面の左側を指した
「ルッカ!」
「グギャ!」
一匹の狼が障害物を飛び越えようとする
「させるか!」
《火弾》
小さく絞り、着地点へ撃つ
火が爆ぜた
狼は空中で身体をひねり、着地を崩す
「ルッカ!」
「ギャッ!」
ルッカの槍が肩へ刺さる
「浅い!」
狼が振り向き、牙をルッカへ向ける
「下がれ!」
右手へ魔力を集める
でも近すぎる
「撃てん!」
ルッカが槍を横にし、狼の口を押さえる
「ルッカ!」
俺も走る
「っ!」
左腕が痛む
右手には柄付き石刃
でも、
「いや、無理」
俺の力で狼と直接やり合えるわけがない
「火!」
小さな《火弾》を狼の横の地面へ撃つ
ぼっ
狼が驚き、一瞬だけルッカから顔を外した
「今!」
ルッカが後ろへ転がり、槍を抜く
そこへ人間の矢が飛んだ
「危なっ!」
矢は狼の背中へ刺さる
狼が今度は俺を見る
「何でこっち!」
血のついた牙
低い唸り声
「ガル、ダナ!」
自分で言ってから、その通りだと思う
「危ない!」
狼が飛ぶ
俺は横へ避けた
「っ!」
左腕を庇いながら身体ごと地面へ転がる
狼が横を通過する
「痛っ!」
肩ではない
背中を打った
「ラウちゃう!」
すぐ立つ
右手に魔力
狼も向き直る
「来い」
いや、
「来んな!」
俺の後ろには障害物
正面には狼
「一対一」
前に狼と戦った時を思い出す
あの時も怖かった
今も怖い
「でも」
違う
俺は一人じゃない
「ルッカ!」
横にはルッカが立っている
「グギャ!」
反対側では人間が弓を構えている
「そう」
俺は狼の正面
「こっち見ろ」
掌へ魔力を集め、火を見せる
狼が俺を警戒する
「今!」
撃たない
俺が横へ飛ぶと、矢が狼の首元へ入った
「ギャンッ!」
狼の向きが変わる
そこへルッカの槍が横腹へ深く刺さる
「ギャッ!」
狼が暴れ、ルッカは槍を手放した
「離れろ!」
血を流しているのに、狼はまだ立っている
「強い」
右手で狙う
今は周囲に人がいない
ルッカも離れた
「《火弾》!」
火が狼の胸へ直撃し、爆ぜる
狼が倒れた
「…………」
動く
「まだ」
立とうとしている
ルッカは槍を拾えない
人間の槍使いが一人走り、狼の首へ突き込んだ
身体が震え、
止まる
「…………」
死んだ
誰が倒した?
俺?
ルッカ?
人間?
「今考えるな!」
次が来る
◇
狼の群れは止まらない
最初は数えようとした
「無理」
前に三匹
その奥にも灰色の身体が見える
「モラ!」
人間側も、もうこの言葉を理解している
矢が飛ぶ
一匹が倒れる
もう一匹が障害物へぶつかる
「こっち!」
地面へ《火弾》
進路をずらす
狼が左へ逸れ、その先で人間の槍が待っている
「よし!」
俺が倒す必要はない
「動かす」
それが俺の役割だ
狼は障害物を嫌う
火も嫌う
「火で道作れる」
いや、道ではない
「選ばせる」
こっちは嫌
ならあっちへ行く
そこには人間が待っている
「これなら」
MPも小さく使える
直接焼き倒すより、
「効率ええ」
掌へ魔力を小さくまとめる
「大きくせん」
《魔力操作》
必要最低限の火にする
《火弾》
地面へ撃つ
ぼっ
狼が逸れる
「次!」
もう一発
障害物の手前
狼が止まり、矢が刺さる
「次!」
右から狼が二匹
「二!」
違う
「ド!」
「ガル、ド!」
エナが後ろから何かを人間語で叫ぶ
ダリオが指示し、弓が右へ向く
「通じた!」
一匹が障害物の間へ入る
「そこ!」
《火弾》
狼が火を避けた
もう一匹とぶつかる
「おお!」
二匹が絡む
ルッカはもう槍を拾っている
「行くな!」
でも行く
「ルッカ!」
「ギャッ!」
一匹へ横から槍を突く
反対側から人間の槍
「挟んだ!」
狼が倒れる
もう一匹が起き上がる
俺は火を撃とうとして、
「…………」
後ろに人間が近い
「駄目」
撃たない
代わりに、
「ファ!」
掌へ火を浮かべて見せる
狼が一瞬止まった
「効いた?」
その隙にダリオの剣が横から入り、さらに槍が続く
「…………」
狼が倒れる
「連携」
言葉がなくてもできる
いや、少しだけ言葉がある
「ド」
二
「モラ」
多い
「ダナ」
危険
「ガル」
狼
「ファ」
火
全部説明はできない
それでも戦うために必要なことが少し伝わっている
「すごいな」
昨日は、
パン、美味しい
それを言えたと喜んでいた
「今日狼の数叫んでる」
成長の方向がおかしい
「スローライフどこ行った!」
また狼が来る
その時、
「後!」
ルッカの声
振り向く
「っ!」
一匹が障害物の横を抜けていた
近い
「間に合わん!」
でも狙っているのは俺じゃない
後方
「エナ!」
水と布を持っているエナへ向かっている
「エナ!」
エナが気づく
でも遅い
「くそ!」
走る
左腕が痛む
「知らん!」
右手へ魔力
エナと狼の距離が近すぎる
「直接撃てん!」
狼の横の地面を狙う
「曲がれ!」
《火弾》
火が爆ぜ、狼が驚いて少し進路を変えた
「エナ、ヴェナ!」
違う
ヴェナは来る
「逃げろ!」
その言葉は知らない
「ダナ!」
エナが横へ走る
狼が追う
「まだ!」
ルッカが俺を追い越した
「ルッカ!」
横から槍を突く
狼が向きを変え、今度はルッカを見る
「今度はそっち!」
魔力を集める
人が離れた
「《火弾》!」
狼の肩へ直撃
「ギャウッ!」
それでも倒れない
「硬い!」
ルッカが槍を引く
狼が飛びかかる
「危ない!」
俺は横の地面へ火を撃つ
狼が跳ねる
その間にエナが離れ、人間二人が槍を持って来る
狼を止める
「よし!」
息が荒い
「エナ!」
エナが俺を見る
「ラウ?」
「俺ちゃう!」
エナ自身を指す
「ラウ!」
「よかった!」
意味が通じた
今は、それがめちゃくちゃ大事だ
「ルッカ!」
「グギャ!」
「ラウ?」
「ラウ!」
「お前も使うんか!」
でも助かる
「全員ラウ!」
今は、それでいい
◇
どれくらい戦った?
時間が分からない
狼は何匹倒れた?
「数えられへん」
人間側にも怪我人がいる
一人は腕から血を流し、後ろでミラが処置している
もう一人は脚を傷めて座っている
エナは水を運んでいる
「死んだ人……」
見える範囲では、
「いない?」
断定はできない
狼はまだ来る
でも、
「減った?」
最初の波は強かった
今は少し間がある
「…………」
右手が熱い
「MP」
減っている
はっきり分かる
「まだ撃てる」
でも最初の余裕はない
「節約」
小さい《火弾》を中心にする
直接撃つのは必要な時だけ
ルッカも俺の横で息が荒い
「大丈夫?」
「ラウ」
「ほんま?」
「ラウ」
「俺も……」
左腕は痛い
でも、
「…………」
布は赤くない
「ラウ」
たぶん
ダリオは前でまだ立っている
剣には血
「強いな」
でも肩で息をしている
「疲れてる」
全員疲れている
「次来たら耐えられる?」
森が静かになる
「…………」
違う
遠吠え
一つ
低い
「…………」
ルッカの顔が変わった
「何?」
今まで遠吠えは何度も聞いた
でもこれは、
「違う?」
人間側もざわつく
ダリオが剣を構え直す
「何や」
《魔力感知》
外へ意識を向ける
「…………」
ざらざらした感覚
今までは複数の薄いものが散っていた
でも、
「…………でかい?」
大きさなのか、強さなのかは分からない
一つだけ濃い
森の奥
「来る」
「ガル?」
ルッカが頷く
でも顔は険しい
「普通ちゃう?」
木々の間から灰色が見える
「…………」
大きい
前に戦った狼より、
「でか」
頭も肩も高い
毛は濃い灰色
片方の耳が一部欠けている
身体には古い傷
その周囲に二匹、三匹と狼がついてくる
「ボス?」
分からない
でも、
「強そう」
見れば分かる
「これ、やばい」
人間たちが弓を引く
ダリオが何か叫ぶ
一斉に矢が飛ぶ
「…………!」
大きな狼が横へ跳んだ
「速っ!」
一本だけ肩をかすめ、他は外れる
「うそやろ」
普通の狼が前へ出る
「囮?」
大きい狼は後ろから見ている
「頭いい?」
嫌な予感がする
人間の槍が普通の狼を迎える
その横を、大きい狼が走った
「速い!」
障害物へ近づく
「そこ!」
《火弾》
地面へ撃つ
大きい狼は止まらない
「え?」
火を踏まず、ぎりぎり横を抜ける
「読んだ?」
もう一発を横へ
《火弾》
大きい狼がさらに方向を変える
「こいつ!」
俺の火を避ける
「学習してる?」
人間の槍使いが一人前へ出た
「危ない!」
槍が狼の胸へ届く前に、大きい狼が身体をずらして人間の腕へ噛みつく
「うわっ!」
人間が地面へ倒れる
「ダナ!」
俺も走る
でも先にダリオが入った
剣で狼の横を斬る
大きい狼が人間の腕を離した
「ミラ!」
エナたちが負傷者を後ろへ運び、ミラが処置する
その間に、大きい狼がダリオへ向いた
「まずい」
ダリオと一対一
相手はでかい
「ルッカ!」
横を指す
ルッカが理解して走る
「俺は正面」
火を見せる
「来い!」
大きい狼がダリオと俺を交互に見る
「…………」
火を警戒している
「こいつ、俺を知ってる?」
いや、
「火が危険って分かってる」
魔物だからといって馬鹿ではない
「なら」
逆に使える
掌に火を浮かべる
撃たない
狼が俺から少し距離を取る
「そう、そっち」
そこにはルッカ
「行け!」
ルッカの槍
大きい狼が気づいて身体をひねる
「外した!」
でも、その隙にダリオの剣が後脚へ入った
「入った!」
大きい狼が唸る
ダリオが離れる
狼は少し後脚を引きずっている
「効いてる」
それでも倒れない
「強い」
俺のMPは、
「まだ」
撃てる
「大きいの、一発直接当てたい」
でも人間が近い
「離して」
どう伝える?
「ダリオ!」
俺は手に火を作り、次に後ろを指す
「ダナ!」
ダリオが俺と火を見る
理解した?
一歩下がる
「もっと!」
下がれと手で示す
さらに下がった
「ルッカ!」
今度はゴブリン語で、
「離れろ!」
ルッカも横へ離れる
「よし」
狼一匹が中央に残る
「今!」
魔力を集める
今までは小さく絞っていた
今度は逆
「多く」
体内の中心から右腕、掌へ
熱が集まる
「…………」
大きい
いつもの《火弾》だけど、込める魔力を増やす
「いける?」
火が揺れる
「制御」
《魔力操作》
散ろうとする魔力を押さえる
「丸く」
前にも倒木を相手に試した
最初の日は小さな火だった
今は、
「もっと」
大きい狼が俺を見る
警戒している
「逃がさん」
狼が横へ走る
「《火弾》!」
放つ
今までより明らかに大きい
「っ!」
MPがごそっと減った
「重っ!」
火弾は狼の進行先へ飛ぶ
大きい狼が避けた
「読まれた!」
いや、
「そこ!」
俺が狙っていたのは狼そのものじゃない
逃げた先
障害物
狼は火を避けて身体を横へ振り、その先の倒木へ向かう
「ぶつかれ!」
でも大きい狼は跳んだ
「跳んだ!?」
倒木を越える
「マジか!」
でも空中だ
「ダリオ!」
ダリオが走る
狼が着地した瞬間、傷ついた後脚が崩れた
「今!」
ダリオの剣が肩へ深く入る
狼が暴れ、ダリオが吹き飛ばされた
「ダリオ!」
地面を転がる
「ラウ!?」
返事がない
「くそ!」
狼がダリオへ向く
「こっち!」
俺は魔力を集める
「来い!」
小さな火を掌へ作る
「ファ!」
狼が止まる
「そう」
怖い
「火怖いやろ」
狼が低く唸る
「俺もお前怖い!」
でも引けない
後ろではダリオが起きない
「ルッカ!」
横からルッカが来る
「挟む」
ゴブリン語で伝える
「俺を見る、お前は横」
ルッカが頷く
「行く」
一歩前へ出る
「ファ」
掌の火へ狼が集中する
ルッカが横から静かに回る
「…………」
狼の耳が動く
気づく?
「今!」
《火弾》
小さく正面へ撃つ
狼が横へ避けた
そこにルッカ
「ギャアッ!」
槍が脇腹へ刺さる
「入った!」
狼が吠え、身体を振る
ルッカは槍を離さない
「離せ!」
ルッカが手を放す
槍は狼へ刺さったまま
狼が向きを変える
「俺!」
右手の魔力はもう余裕が少ない
「これ、最後近い」
それでも狼はまだ動く
「直接」
今は周囲に人がいない
「撃つ!」
大きく集めるのは無理
「普通」
確実に胸を狙う
狼が俺へ飛んだ
「《火弾》!」
正面から火を放つ
「当たれ!」
狼の胸へ直撃
爆ぜる
身体が横へ飛び、地面へ転がる
刺さっていた槍がさらに食い込む
「…………」
止まった?
脚が動く
「まだ!」
立とうとしている
「化け物か!」
俺の魔力は、
「…………」
少ない
「もう撃てる?」
分からない
ルッカには武器がない
「ダリオ!」
後ろを見る
「…………!」
立っている
「ラウ!?」
「ラウ!」
「よかった!」
剣を持っているが、少しふらついている
「無理すんな!」
当然通じない
狼を見る
前脚で立とうとしている
後脚には傷
脇腹には槍
胸は焼けている
「まだ来る」
ダリオが剣を上げる
俺も右手へほんの少し魔力を集める
「火は出せる」
小さくていい
ルッカが地面に落ちている人間の槍を拾う
「…………」
三人で狼を囲む
「ネア」
俺は呟く
「こいつとは無理やな」
狼が唸る
「ガル」
危険
「ダナ」
でも、
「終わらせる」
狼が最後に飛んだ
「来た!」
地面へ《火弾》
小さい
狼の進路がずれる
傷ついた後脚で踏ん張れず、身体が傾く
「ルッカ!」
槍が肩へ入る
「ダリオ!」
剣が首元へ深く入る
「…………!」
狼の身体が止まった
一歩だけ俺のほうへ来る
「っ!」
牙が近い
でも届かない
脚が崩れ、地面へ倒れた
「…………」
動かない
「…………」
誰もすぐには近づかない
「死んだ?」
ルッカは槍を構えたまま
ダリオも剣を構えたまま
俺も火を出そうとする
「…………」
もう出せるか怪しい
数秒待つ
狼は動かない
「終わった?」
森の奥にいた普通の狼を見る
「…………」
遠吠えが一つ
次はもっと遠い
「離れてる?」
人間側から声が上がる
「何?」
見ると、残っていた狼が森の奥へ戻っていく
「逃げてる?」
大きい狼が倒れたのを見た?
「ボスやった?」
断定はできない
でも群れの動きが変わった
一匹、二匹と森の奥へ消える
「追うな!」
俺は日本語で叫ぶ
ダリオも人間たちへ何か叫ぶ
追撃はしない
「よかった」
追うのは危険だ
「終わり?」
まだ分からない
弓も槍も構えたまま、しばらく待つ
「…………」
狼は出てこない
遠吠えも遠く、さらに遠くなる
「…………」
人間の一人が息を吐いた
次に誰かが座り込む
「終わった」
たぶん
「…………」
俺も膝から力が抜ける
「うわ」
その場へ座る
「疲れた」
右手が震えている
「MP」
かなり減った
「空?」
完全ではない
でも《火弾》はもう撃ちたくない
「しんど」
頭も少し重い
「これが魔力使いすぎ?」
覚えておこう
ルッカも俺の横へ座る
「ラウ?」
「…………」
正直に言えば大丈夫ではない
「ラウ」
嘘
ルッカが首を横へ振る
「バレた」
◇
「セイジ!」
エナが走ってくる
「エナ」
俺は座ったまま、
「ラウ」
先に言う
エナは俺の左腕を見る
「ラウ」
強調する
布には血がついていない
「ほら」
ラウ
でも次に俺の顔を見る
「…………」
「何?」
疲れている
魔力が減った
「説明できん」
エナが、
「ラウ?」
「…………ラウ」
今度は少し弱く言う
エナが首を横へ振る
「何でみんな分かるん?」
ミラも来る
「ミラ」
今日は逃げない
というより、座ったままだ
ミラは左腕を確認し、次に顔と目を見る
「魔力?」
何か分かる?
ミラが水を渡す
「ヴァ」
「アト」
飲む
「うま」
「ヴァ、メラ」
エナが少し笑う
「水にメラ使ってええんかな」
知らない
「まあ通じた」
ルッカにも水が渡される
「ヴァ」
「アト」
飲んで、
「メラ」
「お前もか」
ダリオが来る
「ダリオ」
額に少し血がある
「ラウ?」
「ラウ」
「ほんま?」
額を指す
「ラウ?」
ダリオが笑う
「ラウ」
「人のこと言えんな」
ダリオは俺とルッカを見て、次に倒れた大きい狼を見る
そして深く頭を下げた
「アト」
「…………」
後ろの人間からも、
「アト」
別の人も、
「アト」
「…………」
何人も言う
「アト」
俺も返す
「アト」
ルッカも、
「アト」
胸の奥が変な感じになる
「俺ら」
ゴブリンが人間を守った?
「いや」
一緒に守った
それが正しい
「一緒」
その人間語を知りたい
「覚えたいな」
◇
戦場を確認する
狼が複数倒れている
正確に何匹かは分からない
「俺が倒したの、どれ?」
最初の狼は、ルッカ、人間、俺の共同
大きい狼もルッカ、ダリオ、俺の共同
「経験値」
どうなる?
「…………」
STATUSを開く
視界に半透明の画面
久しぶりに見る
「…………」
名前
セイジ
種族
ゴブリンメイジ
「LEVEL」
見る
「…………え?」
瞬きをして、もう一度
「…………」
LEVEL
6
「六!?」
声が出る
「何で!?」
ルッカが俺を見る
「いや、説明できない」
「LEVEL6」
二から六
「四つ上がった?」
複数の狼を倒したから?
「経験値」
共同討伐でも入る?
俺の《火弾》が当たり、人間が仕留めた狼もいる
「条件」
分からない
でも、
「上がった」
能力を見る
HP
「…………」
F+
変わらない
MP
E+
筋力 F
耐久 F+
敏捷 E-
器用 E
精神 E+
魔力 E+
「LEVELだけ」
上がっている
「四つ」
新しいSKILLは、
「《魔力感知》」
「《魔力操作》」
同じ
TITLE
「…………」
なし
「何も増えてない」
LEVEL6
「…………」
身体が強くなった感じは、今は疲れすぎて分からない
「後で」
落ち着いて確認しよう
「LEVEL6」
初めて大きく上がった
「進化」
頭に浮かぶ
レベル、進化、条件
何も分からない
「まだ」
何も起きない
「そらそうか」
LEVEL6がどれくらいなのかすら分からない
「焦らん」
でも、
「強くなった」
いや、ランクは変わっていない
「LEVELだけ」
何を意味するのかは保留
今はそれより、
「人」
怪我人を確認しないと
◇
ミラは忙しい
腕の傷、脚の傷、狼の噛み傷
「…………」
俺は自分の左腕を見る
「同じやな」
最初に狼に噛まれた時は怖かった
一人で沢へ行き、薬草もよく分からず、包帯もなかった
「今は」
ミラがいて、エナがいて、人間たちが手当をしている
隣にはルッカ
「違う」
そこでミラからもらった乾燥葉を思い出す
「そうや」
拠点に置いてある
「聞く」
でも今のミラは忙しい
「後やな」
今日は無理
狼がまた来る可能性もある
「ここ」
すぐには離れない
ダリオたち何人かは森を警戒している
「正しい」
俺とルッカは障害物の近くで座る
「腹減った」
ルッカが俺を見る
「…………」
「パナ?」
「お前、この状況で」
「パナ」
「パンない」
その声が聞こえたのか、エナが袋を開く
「え?」
パンが出てきた
「あるんかい!」
ルッカの目が輝く
「パナ!」
エナが半分を渡す
「アト!」
俺にも半分
「アト」
食べる
「…………」
硬い
でも、
「メラ」
戦闘後だから、めちゃくちゃうまい
ルッカは、
「パナ、メラ!」
「知ってる」
エナが笑う
遠くでミラも少し笑った
「…………」
さっきまで狼が襲ってきて、人が血を流し、俺も魔力をほとんど使った
それでもパンを食べて笑っている
「変やな」
でも、
「これ、生きてるって感じする」
◇
午後
たぶん、狼はもう戻らない
人間側もそう判断したらしく、少しずつ緊張が解ける
倒れた狼の処理も始まる
「肉?」
食べる?
人間は毛皮も見ている
「素材か」
俺には詳しく分からない
大きい狼の近くではダリオとローデンが何か話している
「ローデン」
脚を怪我しているのに来ている
「ほんま無理すんな」
近づく
「ローデン」
「セイジ」
「ラウ?」
「ラウ」
「絶対嘘やろ」
俺も自分の左腕を指す
「ラウ」
するとローデンも俺を指し、首を横へ振る
「お互い様か」
笑う
言葉はほとんど通じない
でも、
「分かる」
不思議だ
ローデンが大きい狼を指し、俺の火を示す
「ファ」
次にルッカの槍、ダリオの剣
最後に胸へ手を置く
「アト」
「一緒」
と言いたい
「俺だけちゃう」
自分を指して首を横へ振り、ルッカ、ダリオ、人間たち全員を指す
「…………」
ローデンは少し頷き、何か人間語を言った
「…………」
聞き取れない
そこへエナが来る
ローデンが同じ言葉をもう一度言う
「――ソラ」
「ソラ?」
エナが俺、ルッカ、ダリオ、周囲のみんなを指し、手を合わせるような身振りをする
「一緒?」
「ソラ」
俺は自分とルッカを指す
「ソラ?」
エナが頷く
「一緒、たぶん」
「ソラ」
俺は人間とゴブリン、全員を指す
「ソラ」
エナも頷く
「…………」
覚える
「これ、今日一番大事かもしれない」
「ソラ」
一緒
正確には違うかもしれない
仲間、協力、共に
その辺り
「忘れへん」
◇
夕方
人間側は戻る準備を始める
狼がまた来た時のため、障害物は全部壊さず残すらしい
「なるほど」
何人かは見張りとして残るようだ
「俺たちは」
拠点へ戻る
ダリオが俺とルッカを呼び止める
いや、何か言っている
エナが指を三本立てる
「テル」
「三日後?」
昨日約束して、今日一日経った
「あと二?」
指を二本
「ド?」
エナは少し考えて頷く
「ド」
中間地点を指し、
「トラ」
「トラ」
予定はまだ生きている
「交換するん?」
こんなことがあった後でも
「するんや」
それが妙に嬉しい
「日常に戻る予定」
「いいな」
俺も、
「ド、トラ」
エナが頷く
「二日後、たぶん」
ダリオを見る
「ネア」
「ネア」
俺も返す
今日、一緒に戦った
もうネア、敵じゃないだけでは足りない気がする
「ソラ」
俺が言うと、ダリオが少し驚いた
エナが笑う
ダリオも、
「ソラ」
「…………」
胸が熱い
「アト」
「アト」
ルッカが、
「パナ」
「最後それやめろ」
エナが笑う
ローデンも笑う
ミラも笑う
ダリオも今度ははっきり笑った
「…………」
俺も笑う
「帰ろ」
◇
森を帰る
朝は静かだった
今は少し鳥が鳴いている
「戻ってる?」
気のせいかもしれない
でも朝より普通だ
ルッカが先を歩く
「今日は疲れた」
足が重い
「LEVEL6」
思い出す
「そうや」
もう一回STATUSを見たい
でも、
「家帰ってから」
まず水、飯、傷
「順番」
拠点が見える
「…………」
ある
当然なのに、
「よかった」
狼はここまで来ていない
屋根、低い壁、水の器、塩、布
「家」
大げさかもしれない
でも、
「帰ってきた」
そう思う
「ただいま」
「グギャ」
「おかえり?」
意味は違う
まあいい
沢で水を飲む
「ヴァ」
「メラ」
ルッカも、
「メラ」
「水にメラ定着したな」
左腕の布を外す
「…………」
血はない
「よし!」
痛みはあるけど、傷は開いていない
「今日は守った」
何を?
「腕」
まずそれ
沢で洗い、傷用の草を塗り、布を巻く
ミラの乾燥葉を見る
「また聞けんかった」
今日は忙しすぎた
「二日後、今度こそ聞く」
それまでは使わない
夕飯は根、青い実、塩
火をつけようとして、
「…………」
魔力
「使いたくない」
今日は《火弾》を撃ちすぎた
普通の火も残っていない
「どうする」
火起こしを《火弾》へ頼っている
「一発、小さくできる?」
魔力を集める
「…………」
重い
でも少しなら、
「いける」
《火弾》
いつもより小さい火を枯れ草へ当てる
着火した
「よし」
魔力は、
「ほぼ……いや、数値分からん」
かなり少ない
身体もだるい
「寝たら戻る?」
今まで、時間が経てば回復する感覚はある
「今日は確認」
明日の朝、どれくらい戻るか覚えておこう
飯を焼く
「サル」
食べる
「メラ」
ルッカも、
「メラ」
「…………」
平和
これだ
「俺が欲しかったん」
狼はいらん
「ほんまに」
◇
飯を食べ終え、STATUSを開く
「出ろ」
視界へ半透明の画面
名前 セイジ
種族 ゴブリンメイジ
LEVEL 6
「やっぱ六」
見間違いではない
HP F+
MP E+
筋力 F
耐久 F+
敏捷 E-
器用 E
精神 E+
魔力 E+
「ランク全部同じ」
LEVELが上がっても、すぐランクが上がるわけではない
「何か内部で成長ある?」
分からない
SKILL
《魔力感知》
《魔力操作》
「同じ」
TITLE
なし
「…………」
期待してない
「ほんまやで」
少し期待した
「狼殺し」
とか、
「村守り」
とか
「いらんけど」
ない
「よし」
安心?
「でも」
LEVEL6は大きい
最初に狼を一匹倒してLEVEL2
今日は共同で複数倒して六
「全部俺が殺してない」
経験値はどう判定されている?
俺の攻撃が当たり、共同で倒したら入る?
補助だけでも入る?
「分からない」
次に確認できる機会があれば
でも、
「経験値のために殺す」
それは嫌だ
必要がある時に戦い、その結果として上がる
「それでいい」
「スローライフやし」
LEVELそのものが目的ではない
「でも強くなるのは助かる」
今日、弱かったらエナも危なかった
ルッカも
ダリオも
「俺も」
強さなんていらない、ではない
「守れるくらい」
欲しい
そう思う
前から最強には興味がない
今も変わらない
「でも」
自分、仲間、知ってる人
「守れる力」
それは欲しい
「…………」
LEVEL6の表示を見る
「まだまだ」
何がまだなのかは分からない
でも、そんな気がした
◇
夜
寝床ではルッカが先に横になっている
「今日は狭い」
いや、
「いつも」
でも安心する
森から狼の遠吠えは聞こえない
「…………」
虫や鳥の小さな音
「普通」
戻ってきた
「よかった」
目を閉じる
今日のことを思い出す
朝、森が静かだった
ルッカが危険を知らせた
人間を探した
言葉が足りず、絵と単語で伝えた
ダリオと一緒に確認した
人間が防衛準備をした
俺も残った
狼と戦った
「…………濃い」
一日が濃すぎる
「十日目やぞ」
転生して十日
「まだ十日?」
信じられない
最初は一人で水を見つけて喜んでいた
「今」
隣にはルッカ
森の向こうにはエナ、ミラ、ローデン、ダリオ
「人間と一緒に狼と戦った」
「ソラ」
今日覚えた言葉
一緒
正確な意味は違うかもしれない
でも俺はそう覚える
「居場所」
前にも考えた
家だけではない
今日、少し分かった気がする
「守りたい場所」
ハルナは俺の家ではない
俺は住んでいない
入ったこともない
「それでも」
そこにはエナ、ミラ、ローデン、ダリオが暮らしている
たぶん
「だから」
危険を知らせた
残った
「俺の居場所?」
違う
まだそこまでは言えない
「でも」
無関係でもない
森
拠点
ルッカ
人間
中間地点
交換
言葉
「少しずつ線が繋がってる」
その線を狼が切ろうとした
「だから守った」
そう考えると、
「…………」
悪くない
俺が欲しいのはスローライフ
静かに飯を食べ、寝床で寝て、笑う
それが今も一番だ
「でも」
それを守るために戦うこともある
「面倒やな」
人生は前世でも異世界でも、
「思い通りならん」
ルッカが寝返りを打ち、俺が押される
「狭っ」
でも笑う
「まあええか」
今日、俺が知っている範囲では誰も死んでいない
狼は倒れた
人間には怪我人がいる
俺も魔力がほとんどなく、左腕にはまだ傷がある
それでも、
「帰ってきた」
家はここ
ルッカもここ
「十分」
目を閉じる
「明日は何も起きるな」
切実だ
「飯食って、屋根直して、腕休めて、人間語復習」
それだけ
「頼む」
誰に頼んでいるのか分からない
「神様おるなら」
転生した理由も知らないけど、
「明日は休ませて」
返事はない
森は静かだ
でも朝の不自然な静けさとは違う
生き物の音、風、沢
「…………」
安心すると眠気が来る
異世界で迎える十度目の夜
俺はLEVEL6になった
でも、それより今日覚えた一つの言葉
「ソラ」
一緒
そっちのほうが少しだけ嬉しかった
隣から、
「パナ……」
「まだ言うんか」
小さく笑う
「明日な」
パンはないけど、
「何かうまいもん探そ」
ルッカの寝言
「メラ……」
「はいはい」
目を閉じる
「おやすみ」
岩陰
屋根
低い壁
二つの木の器
塩
布
石刃
乾燥葉
そして二人分の寝床
最初は、ただ雨風をしのぐ場所だった
今は、
「…………」
帰ってくる場所
そう思える
森の向こうにも、守りたい人たちがいる
それがいいことなのか、面倒なことなのか
「両方やな」
たぶん、それでいい
意識がゆっくり沈む
明日目が覚めたら、まず魔力がどれくらい戻ったか確認する
左腕も確認
それから朝飯
「平和」
それだけでいい
今度こそ、本当に何も起きない一日を願いながら
俺は十度目の夜の眠りへ落ちていった
第一部 完




