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森から来る牙1

第11回 森から来る牙1


翌朝


目が覚めた時、最初に感じたのは痛みではなかった


「…………?」


静かだ


何か、変だ


「何や?」


目を開ける


岩陰、屋根、低い壁


隣を見る


ルッカがいない


「また朝からおらんの?」


身体を起こし、左腕を動かす


「……お」


昨日よりいい


痛みも弱い


腕をゆっくり曲げてみる


「まだ痛いけど」


悪化はしていない


「ちゃんと休んだ成果やな」


でも今、気になるのはそれではない


「静かすぎへん?」


朝の森なら、いつもは鳥や小さな鳴き声が聞こえる


葉の向こうにも何かがいる


今日は、それが少ない


「…………」


風はある


葉も揺れている


でも、生き物の気配が少ない


「気のせい?」


外へ出る


沢には水が流れている


「ヴァ」


昨日までなら、ルッカが朝から食べ物を探している頃だ


「…………」


いない


籠はある


でも槍がない


「槍ない」


持って出たらしい


「狩り?」


先に左腕の処置をする


布を外して傷を見る


「よし」


赤みは前より少ない


再び開いたところも落ち着いている


「今日は無理せんかったら、かなり良くなりそう」


沢の水で洗い、傷用の草を潰して塗る


「っ」


いつもの刺激


「慣れた」


新しい布を巻く


ミラにもらった乾燥葉は、まだ屋根の下に置いてある


「三日後」


次に会えたら使い方を聞く


昨日が交換の日だから、次は三日後


「今日は一日目」


今日の予定は拠点の修理、食料、左腕の休養


「平和」


のはず


「…………」


森はやっぱり静かだ


「ルッカ」


どこへ行った


少し不安になる


でも、ルッカは俺よりずっと森を知っている


「待つか」


朝飯を準備する


白い根を置き、火をつける


「ファ」


《火弾》を小さく出して着火


火は安定している


「サル」


塩を少し


「一人やと、静か」


「…………」


やっぱ寂しいな


根を食べる


「メラ」


誰も返さない


「…………」


ほんま寂しいな


ルッカ、早く帰ってこい


そう思ったところで、茂みから音がした


がさ


「!」


槍――いや、柄付き石刃を右手に取る


「ルッカ?」


茂みが動く


「…………」


緑色の身体が見えた


「ルッカ!」


出てくる


「遅いわ」


安心する


でも


「…………?」


様子が変だ


息が荒い


走ってきたらしい


槍を持っている


顔も、いつもの食べ物を見つけた時の顔ではない


「どうした?」


ルッカが俺を見る


それから森を指し、低い声を出した


「グギャ、ギャ……」


「何?」


速いゴブリン語


単語の意味を全部拾えるわけではない


でも、危険、向こう、たくさん、臭い、足跡


そんなものが混ざっている


「…………」


「何かおる?」


俺が森を指す


「獣?」


ルッカが四つ足を真似し、牙を示す


「狼?」


自分の左腕を指し、噛む真似をする


ルッカが強く頷いた


「狼」


あの、角ウサギを殺して俺に襲ってきた、灰色の大きい狼みたいな魔物


「一匹?」


指を一本立てる


「ナ」


ルッカは首を横に振る


「二?」


「ド」


また横


「三?」


「テル」


それでも横


「…………」


俺は両手を広げる


「いっぱい?」


ルッカが頷いた


「マジ?」


腹が冷える


「どこ?」


ルッカは森の奥を指し、次にこっちを指す


「来てる?」


頷く


「こっちへ?」


また頷く


「…………」


まずい


一匹でも俺は苦戦した


あの時はLEVEL1で、今はLEVEL2


でも、たくさんなら話が違う


「無理やろ」


俺たち二人で戦える数ではない


「逃げる?」


拠点を捨てても、命を優先する


「どっちへ」


人間側?


ハルナ?


「…………」


狼たちは森の浅い方へ来ているのか


「待て」


地面に枝を拾い、簡単な線を描く


森の奥、拠点、中間地点、ハルナらしき場所


「狼」


奥を指して、次に進む方向を見る


ルッカは自分で枝を取り、奥に複数の点を描いた


いっぱい


そこから、こちらへ線を引く


「…………」


その先


「ハルナ?」


俺は家を何個か描く


「ハルナ」


ルッカはその名前を知らない


でも、人間が住む場所だと身振りで示す


ルッカは少し考え、狼から家へ線を引いた


「行く?」


頷く


「村の方向」


完全に一直線とは限らない


でも、浅い側、人間の生活圏へ向かっている


「まずい」


エナ、ミラ、ローデン、ダリオ


頭に浮かぶ


「知らせる」


でも


「どうやって?」


人間語が足りない


森も知らない


狼も知らない


多いも、来るも、危ないも知らない


「全然足りへん!」


昨日、人間語が増えたと喜んだばかりなのに、今一番必要な言葉が一つもない


「…………」


それでも


「行く」


中間地点に今日、人間が来る約束はない


「エナおらん」


ハルナの場所は、だいたいの方向しか分からない


「村には来るな」


昨日、ダリオはそういう意思を示した


「約束破る?」


違う


「緊急や」


村へ入る必要はない


「近くまで」


人間を見つけて知らせる


「その前に」


確認する


「ルッカ」


狼がいる方向を見る


「もう一回」


魔力へ意識を向ける


《魔力感知》


外へ


「…………」


昨日までは曖昧だった


鳥かもしれない


気のせいかもしれない


でも今日は、危険があると分かっている


集中する


自分の魔力を中心に、そこから広げる


違う


「自分を広げるんちゃう」


外を聞く


感じる


森を


「…………」


薄い流れ


草、木、空気


いや、魔力?


「分からん」


でも奥に


「…………」


何かある


ざら、ざらとした複数の何か


「…………?」


気のせいかもしれない


ルッカが俺を見る


「向こう?」


方向を指す


ルッカが頷く


「合ってる」


俺が感じた方向と、ルッカの警戒している方向が同じだ


「でも」


これだけで狼とは言えない


「補助」


それでいい


「行こう」


     ◇


拠点へ戻り、置いていくものを確認する


塩、屋根下の布、器、水


「食料」


最低限だけ持つ


籠は――


「いらん」


走るかもしれない


柄付き石刃を蔓で腰へ簡単に固定する


「左腕」


痛みはまだある


「戦う前提にすんな」


今日は知らせるために行く


「逃げる」


必要なら、それを最優先にする


ルッカは槍


俺は《火弾》


「二人」


中間地点へ急ぐ


途中、ルッカが止まった


「…………」


足跡だ


「これ?」


地面の泥に四つ足の跡


「大きい」


前に会った狼の正確な足跡なんて覚えていない


でもルッカは匂いを嗅ぎ、険しい顔をする


「狼」


頷く


「新しい?」


聞き方が分からない


ルッカは土へ触れ、森を見ると急ごうとする


「近いんやな」


走る


中間地点へ着く


「誰もいない」


当然だ


「ハルナ」


昨日、人間が帰っていった方向を見る


「こっち」


でも村の場所を直接は知らない


ルッカが森を見る


「人間の匂い?」


道がある?


獣道より踏まれている場所を見つける


「これ」


人が通る道、たぶん


「追う」


村までは行かない


誰かを見つける


しばらく歩くと、森が少し明るくなる


「浅い」


木の間隔も広い


「人間の生活圏」


切られた枝の跡


加工された木


「ローデンみたいな」


人が来る場所だ


「誰かおれ」


声を出す?


「危険」


ゴブリンの声を聞けば、人間は警戒するかもしれない


「エナ!」


名前なら


「エナ!」


返事はない


「ダリオ!」


大声で呼ぶ


「ダリオ!」


鳥が飛び立った


「…………」


これ、狼にも位置を知らせる?


「まずいか」


声を止める


その時、ルッカが急に槍を構えた


「何?」


前に人影


「人間!」


男が二人


「知らん」


片方は弓、もう片方は斧らしきものを持っている


「止まれ」


たぶん、そう言った


意味は分からない


でも手が武器へ向いている


「止まる!」


俺はすぐ両手を見せる


「ルッカ!」


槍を下げるよう示す


ルッカも下げる


人間は緊張したまま


「ネア!」


俺は叫ぶ


「ネア!」


戦わない


敵じゃない


そういう意味だ


通じてくれ


二人が顔を見合わせる


「ネア」


もう一度


武器には触らない


魔力も集めない


「ハルナ!」


人間が反応した


「ハルナ!」


森の奥を指し、牙と四つ足を示す


「…………」


分からない


「狼!」


日本語は当然通じない


「くそ」


地面へ枝で絵を描く


四つ足、牙


「これ!」


人間が見る


俺は指を一本立てる


「ナ」


二本


「ド」


三本


「テル」


次に両手を広げる


「多い!」


知らない


だから何度も点を描く


「いっぱい!」


人間の表情が変わった


「伝わった?」


狼の絵


森


たくさんの点


ハルナの家


線


「来る!」


狼を指し、ハルナを指し、指を走らせる


「来る!」


人間たちが何か話す


片方が森を見る


「分かった?」


危険な顔をしてハルナを指す


「ラウ」


首を横に振られた


「ラウじゃない!」


大丈夫じゃない


「ネア?」


違う


「言葉足りん!」


人間の一人が急に走り出した


「え?」


ハルナ方向だ


「知らせに行った?」


もう一人は俺たちを見ている


武器はまだ持っている


でも向けてはいない


「待つ?」


分からない


「ここ」


地面を指し、自分を指す


「待つ」


日本語だ


人間が何か短く言い、手を下へ向ける


「ここにいろ?」


たぶん


「分かった」


俺は座る


ルッカは立ったまま森を警戒している


「…………」


数分か、もっとか


人が三人来た


「ダリオ!」


いる


先頭はダリオ


その後ろにエナ


「エナ!」


もう一人は


「ローデン?」


違う


知らない男だ


ダリオが俺を見る


そして地面の絵を見る


「これ」


もう一度説明する


狼


四つ足


牙


森


「テル」


三


首を横に振る


もっと


点をいっぱい


「いっぱい」


その言葉は知らない


エナが理解しようとする


「ルッカ」


ルッカを指し、森を指す


追う、見る


「狼」


牙


複数


ハルナへ走る


「危ない」


それが言えない


ダリオが地面へしゃがみ、足跡を見る


俺も描く


ルッカが実際に見た方向を指す


ダリオの顔が変わった


「信じた?」


ダリオは知らない男へ何か指示する


男が走っていく


エナが俺を見る


「セイジ」


「エナ」


俺はハルナを指し、狼と牙を示す


「ラウ?」


大丈夫?


エナは首を横に振った


「そう」


ラウじゃない


「危ない」


エナが何か短い言葉を繰り返す


「――ガル」


「ガル?」


エナは狼の絵を指し、牙を示す


「ガル」


「狼?」


「ガル」


「ガル」


覚える


狼、たぶん


「ガル」


俺は森を指し、複数を示す


「テル」


首を横に振る


もっと


「ガル」


いっぱい


エナが考え、両手を広げる


「――モラ」


「モラ?」


たくさん?


俺は点をいっぱい指す


「モラ」


エナが頷く


「ガル、モラ」


狼、多い


また頷く


「伝わった!」


次は森


「森」


周囲を指す


エナが答える


「――ミレア」


「ミレア?」


森を指す


「ミレア」


エナは広く木々を指す


「ミレア」


森の名前?


森そのもの?


「分からんけど」


今は使う


「ミレア、ガル、モラ」


森、狼、多い


エナが頷く


「来る」


これが欲しい


狼を指し、指でハルナへ走らせる


「来る」


エナが答える


「――ヴェナ」


「ヴェナ」


移動?


来る?


エナも同じ動きをする


「ヴェナ」


「ミレア、ガル、モラ、ヴェナ」


森から狼がたくさん来る


俺の意図を理解したらしく、エナの表情が真剣になる


ダリオが聞く


エナが人間語で説明する


「やっと」


伝わる


俺はハルナの家を指し、危険な顔をする


「危ない」


エナが手を止め、別の言葉を教える


「――ダナ」


「ダナ?」


エナはハルナと狼を示し、険しい顔をする


「ダナ」


「危ない?」


たぶん


「ハルナ、ダナ」


エナが頷く


「通じた」


森


狼


多い


来る


村


危ない


単語は六つ、ほぼ揃った


「ミレア、ガル、モラ、ヴェナ、ハルナ、ダナ」


文法はめちゃくちゃ


でもエナは分かった


ダリオも分かった


「よし」


それで十分


     ◇


ダリオはすぐ動いた


人を呼び、指示を出す


エナも何か言われて走る


「村?」


俺もついていく?


ダリオは俺とルッカを見て、ここを指す


「待て?」


「待つ」


まだその言葉は知らない


俺は頷く


「分かった」


次にダリオは森を指し、自分とルッカを示す


「確認?」


現地を見る?


「危ないぞ」


でもダリオは自分の胸を指し、森を指した


「行く」


俺はルッカを見る


「案内」


ルッカならできる


「俺も?」


左腕の傷を見る


「…………」


戦わない


確認するだけ


「行く」


自分と森を指して頷く


ダリオが少し俺の左腕を見る


「ラウ」


俺は先に言う


「大丈夫」


ダリオが眉を寄せる


「ミラと同じ顔すんな」


でも歩ける


「無理なら戻る」


ダリオとエナが何か話す


エナは心配そうに俺を見る


「ラウ」


俺が言う


「ラウ」


エナは納得していない


「大丈夫やって」


たぶん


エナは村側へ戻る


俺、ルッカ、ダリオの三人で森の奥へ進む


「変な組み合わせ」


ゴブリン、ゴブリン、人間


数日前なら考えられなかった


「ネア」


俺はダリオを見る


ダリオも返す


「ネア」


「よし」


今は同じ敵がいる


狼


「ガル」


ダリオが頷く


「ガル」


歩く


先頭はルッカ、足跡を探す


ダリオが後ろ


俺が真ん中


「俺守られてる?」


気のせいだ


ルッカが止まる


地面に足跡


ダリオがしゃがむ


「これ」


複数ある


俺でも分かる


「一、二」


いや、重なっている


「モラ」


俺が言う


ダリオも


「モラ」


頷く


「たくさん」


確定


ダリオは足跡へ触れ、何か短く言う


「新しい?」


分からない


ルッカが森を指す


さらに進む


「無理しすぎんな」


自分に言う


左腕はまだ平気


《魔力感知》


意識を広げる


「…………」


自分の魔力を抑え、外を感じる


「…………」


ざら


まただ


「右?」


俺が右を指し、ルッカを見る


ルッカも鼻と耳を右へ向け、少し頷いた


「合った?」


ダリオが俺を見る


「魔力感知」


日本語だから通じない


俺は目を閉じ、右を指す


「何か」


ダリオも右を警戒する


剣は抜かず、手だけ近くへ置く


「まだ」


音はない


「…………」


少し進む


がさ


「!」


ルッカが槍を構える


ダリオが剣を抜く


俺も右手へ魔力を集める


「…………」


茂みから小動物が飛び出した


「鳥?」


違う


小さい灰色の何かが走っていく


「違った」


魔力を解く


「でも」


方向は合っていた


「感知した?」


まだ確信はない


「一回」


偶然扱いでいい


ダリオが俺の手を見る


「ファ」


俺が言う


「ファ」


火の魔法だと身振りで示す


ダリオが理解する


「使わん」


首を横に振る


「ネア」


ダリオが少し頷く


「そう」


今は敵がいない


火は出さない


     ◇


さらに奥へ進むと、ルッカが急に姿勢を低くした


「何?」


俺もしゃがむ


ダリオも同じ


ルッカが前を指す


「…………」


木の隙間


「見えへん」


灰色


「…………!」


一匹いる


遠い


あの時の狼に似ている


「ガル」


小声で言う


ダリオも


「ガル」


一匹


でも、その後ろに


「…………」


何か動く


二


三


「テル」


いや、もっと奥にも影がある


「モラ」


ダリオの顔が変わる


「本当に多い」


全部は見えない


森が遮っている


でも少なくとも三より多い


「ルッカ」


戻ると身振りで示す


ルッカが頷く


ダリオも同じ


「戦わない」


今の目的は確認だ


「帰る」


静かに後ろへ一歩、二歩


「…………」


狼はこちらを見ていない


「よし」


十分に距離を取って離れる


「走る?」


ダリオが速足になる


ルッカもついていく


俺も――


「待って」


左腕が揺れる


「痛っ」


でも走れる


「無理すんな」


自分に言いながら森を抜け、浅い方へ戻る


ダリオは途中、何度も後ろを確認する


「追ってない」


今は


「でも」


移動方向はこちら側


ルッカはそう見た


足跡も、ダリオが確認した


「村」


危険だ


ハルナ


「ダナ」


俺が言う


ダリオを見る


「ハルナ、ダナ」


ダリオが頷いた


「分かってる」


急ぐ


     ◇


中間地点へ戻ると、人が増えていた


「うわ」


五、六


もっといる


「怖い」


反射的に止まる


ルッカが俺を見る


「大丈夫」


「ラウ」


自分に言う


「ネア」


敵じゃない


人間側にエナがいる


「セイジ!」


「エナ」


ミラもいる


「ミラ」


ローデンは


「…………!」


「ローデン!」


いた


でも立っていない


座っていて、脚に布が巻かれている


「来たんかい!」


近づこうとして途中で止まる


「ローデン、ラウ?」


ローデンは俺を見て


「ラウ」


笑った


「よかった」


本当に歩けるかは分からない


でも顔は昨日よりいい


「無理すんなよ」


お互い様だ


ローデンが俺の左腕を見る


「…………」


「ラウ」


先に言う


ローデンは首を横に振った


「何でや」


エナも笑う余裕はない


でも少し口元が緩んだ


「今は」


狼だ


ダリオが人間たちへ話す


空気が変わる


エナが俺とルッカを指す


「ガル、モラ?」


「うん」


俺も答える


「ガル、モラ」


ダリオが何か追加する


人間たちがざわつく


「信じた」


今度こそ完全に


ダリオが自分で見た


ルッカが地面へ枝で地図を描く


「お」


森、足跡、狼の方向、中間地点、人間


「ルッカ先生」


ダリオもしゃがむ


ルッカは複数の道や地形を指しながら説明する


ゴブリン語だから人間には分からない


「でも」


図と指と方向で


「伝わる」


俺も間に入る


「ガル」


狼


「モラ」


多い


「ヴェナ」


来る


「ハルナ」


村


「ダナ」


危ない


エナが人間語で補足する


「…………」


これ、通訳?


「俺が単語」


エナが文章


ルッカが図


「成立してる」


すごい


ダリオはルッカの描いた線を見る


ローデンも座ったまま何か言う


「ローデンも」


参加している


木


柵?


地面へ線を引く


「…………」


ローデンが木材を指す


人間が何人か動き始める


「何する?」


木を運ぶ


縄も


「柵?」


中間地点より人間側の、少し開けた場所


倒木と枝


「障害物」


作る?


「防ぐ準備」


ダリオが人を配置していく


弓を持つ人


剣


槍


「戦う」


村を守る


「…………」


俺たちはどうする


逃げるなら今できる


拠点へ戻り、必要な物を持って、森の別方向へ行く


「それが安全」


俺はゴブリンだ


ハルナは俺の村ではない


「…………」


でも、エナが走って布と水を準備している


ミラは薬みたいなものを並べている


ローデンは脚を怪我しているのに、座ったまま木材の指示を出している


ダリオは武器を持つ人間たちをまとめている


「知ってる」


名前を知っている


「…………」


逃げる?


ルッカが俺を見る


「お前は」


どうしたい


ルッカは人間を見る


森を見る


俺を見る


「俺に任せる?」


たぶん


「ずるいな」


少し笑う


「俺」


前世から、困っている人を放っておけない


「転生しても変わらんな」


スローライフはしたい


危険は避けたい


死にたくない


「でも」


エナ


ミラ


ローデン


ダリオ


「知ってる人」


このまま放って帰って、狼が村を襲ったら


後でどうなったか考える


「無理」


俺はルッカを見る


「残る」


ゴブリン語で言う


「危ない」


逃げてもいい


ルッカは少し俺を見る


「俺は残る」


ルッカは即座に


「グギャ」


槍を持つ


「お前も?」


頷く


「…………」


「アト」


俺が言う


ルッカも


「アト」


「ほんま」


仲間だ


「助かる」


     ◇


ダリオが俺を見て、森を指し、次に俺たちとは反対の方向を指す


「逃げろ?」


たぶん


「帰れ」


そう言っている


「そらそうや」


ゴブリン二匹を守る義務はない


俺は首を横に振る


「ネア」


違う


これは敵じゃない


「ラウ」


違う


「言葉」


足りない


俺はハルナを指す


エナ、ミラ、ローデン、ダリオ


次に自分とルッカ


地面を指す


「ここ」


残る


戦う


火を示す


「ファ」


手を前へ向ける


《火弾》は出さない


身振りだけ


「ファ」


狼を指す


「ガル」


ダリオの顔が険しくなり、首を横に振る


「駄目?」


「危険?」


俺は


「ラウ」


大丈夫


左腕を指す


「ラウ」


ダリオは左腕を見て、また首を横に振る


「そこ突くな」


確かに怪我人だ


「でも」


右手で魔法は使える


少し魔力を集める


火は出さない


ダリオ、分かるか?


「俺」


戦える


「…………」


ダリオはルッカの槍を見る


俺を見る


森を見る


何か短く言う


エナが来る


ダリオとエナが話す


エナは俺を指し、ここを指し、それから危ない顔をする


「ダナ」


「うん」


危ない


「ダナ」


頷く


「分かってる」


それでも、ここ


自分を指す


「セイジ」


胸を指す


「ルッカ」


「グギャ」


ここにいる


「ネア」


人間は敵じゃない


ガル


狼は森にいる


「…………」


エナが俺を見る


そして


「アト」


「…………」


俺は頭を下げる


「アト」


返す


ダリオが長い息を吐いた


「許可?」


分からない


でも追い返されない


「残っていい?」


たぶん


俺は右手を胸へ置く


「ラウ」


ダリオは


「…………」


首を横に振る


「もうええわ」


怪我が治るまでラウ認定はもらえない気がする


     ◇


準備が始まる


「俺何する?」


戦う前にできること


エナが水を運んでいる


「ヴァ」


俺が言う


「ヴァ」


人間側には、俺たちの木製容器よりもっと大きい桶がある


「でか」


欲しい


「今それどころちゃう」


ローデンが木を指す


男たちが倒木と枝を組んでいく


「柵」


完全な壁ではない


狼が一直線に走りにくくする障害物だ


「なるほど」


俺に前世知識なんて大したものはない


「火」


これは使える


でも森を燃やすのは駄目だ


「火弾」


局所的に使う


狼を追い込む


前にルッカと狩りをした時みたいに、地面へ撃って方向を変える


「使える」


俺はルッカへ地面に線を描く


障害物


狼


俺の火


横からルッカの槍


「分かる?」


ルッカが頷く


「いつもの狩り」


規模が大きい


怖い


でも


「やること同じ」


正面から全部倒すのではなく、動きをずらす


人間には弓も槍もある


「俺は」


火で牽制と補助


「無理に倒さん」


経験値もLEVELも今はどうでもいい


「生き残る」


それが最優先


ダリオの配置も確認する


俺たちはどこにいればいい


「勝手に前出たら邪魔」


ダリオに聞く


自分を指し、火、地面、狼が横へ動く様子を示す


ダリオが見る


「伝わる?」


俺が障害物の横を指す


「ここ?」


ダリオは少し考え、別の場所を指す


俺とルッカ


「そこ?」


前線より少し後ろ


障害物の横


「分かった」


頷く


「ラウ」


ダリオはまた首を横に振る


「何でや!」


エナが笑った


「今笑ったやろ」


緊張が少し抜ける


でも森の向こうは


「…………」


静かだ


朝に感じた静けさ


「これ」


動物が逃げた?


狼の群れが来ているから?


「だから鳥少なかった?」


分からない


でもルッカは朝から異変に気づいていた


「俺より早い」


森で生きる感覚


「やっぱ先生や」


ルッカは今、人間が作っている障害物を興味深そうに見ている


「お前緊張してない?」


「グギャ」


「強いな」


いや、たぶん怖い


でも逃げない


「俺も」


逃げない


     ◇


昼が近い?


時間は分からない


準備は進んでいる


障害物が数か所


弓は後ろ


槍は前


ダリオは中央


ローデンは後方で座ったまま


「怪我人働かせすぎやろ」


でも木と縄の組み方を指示している


「得意なんやな」


エナは水と布を運ぶ


ミラはさらに後ろ


「負傷者対応」


たぶん


「役割」


それぞれある


俺とルッカは端へ行く


「ここ」


魔力を確認する


「…………」


十分だ


朝に《火弾》を一回、着火へ使っただけ


「MP」


数は見えない


でも身体には余裕がある


「撃てる」


何発?


「分からん」


無駄撃ちは禁止


「一発一発」


使う


《魔力操作》


体内の中心から手へ流す


「小さく」


牽制


「大きく」


必要な時


切り替えは前にもできた


「焦るな」


自分へ言う


左腕を見る


「痛み」


少しある


走ったからだ


「でも血なし」


今日は右手中心


「ラウ」


自分で言う


ルッカが俺を見る


「ラウ」


ルッカは首を横に振った


「お前まで!?」


人間語の使い方が上手くなっている


「誰に教わった」


ルッカは


「パナ、メラ」


「関係ない」


笑う


ほんの一瞬


それだけで少し、手の震えが止まった


「アト」


俺が言う


ルッカも


「アト」


仲間が隣にいる


「大丈夫」


今度は本当にそう思う


     ◇


最初、俺には音が聞こえなかった


先に反応したのはルッカだ


耳を立てるようにして、顔を森へ向ける


「来た?」


槍を構える


俺も立つ


ダリオはルッカを見ると、すぐ人間たちへ指示を出した


「…………」


全員が静かになる


風


葉


遠くから


「…………」


低い音


「聞こえた」


遠吠えが一つ


遠い


次は別の方向から、少し近い


「…………」


腹が冷える


「ガル」


俺が小声で言う


後ろでエナも


「ガル」


誰かも言った


人間たちが武器を構える


俺は右手を開く


「魔力」


集める


体内の中心から腕、掌へ


熱


「まだ」


出さない


同時に《魔力感知》を外へ向ける


「…………」


できる?


自分の魔力が強い


「邪魔」


少し抑え、外へ意識を向ける


「…………」


ざら


森の前


「いる」


確信ではない


でも今度も、ルッカが同じ方向を見ている


「来る」


遠吠えがもう一つ


「近い」


ダリオが剣を抜く


木漏れ日の光が刃に当たる


「…………」


俺は息を吐く


「スローライフ」


何で狼の群れを迎え撃つことになる


「聞いてへんぞ」


誰に言ってるのか分からない


でも、逃げないと決めた


知っている人たちがいる


ルッカもいる


「守る」


大げさだ


俺一人では全部を守れない


「一緒に」


それならできる


人間は弓


ローデンは障害物


エナは水


ミラは治療


ダリオは指揮


ルッカは森


俺は


「火」


それぞれ、できることを使う


「それでええ」


前の茂みが揺れる


「…………」


一つ


二つ


違う


もっと


灰色の影


「ガル」


俺が言う


「モラ」


たくさん来る


「ヴェナ」


人間語はまだ拙い


でも意味は通じる


後ろからエナが叫ぶ


「セイジ!」


振り返らない


「ラウ!」


「…………」


大丈夫


俺は笑う


「ラウ!」


今度は胸を張って言う


ルッカが槍を低く構える


「ルッカ」


「グギャ」


「無理すんなよ」


「グギャ」


「俺もやな」


右手の熱が強くなる


火はまだ形にしない


「待つ」


狼が近づく


障害物の位置まで来たら俺が撃つ


「焦るな」


第一波が見える


一匹


二匹


三匹


その後ろ


「…………」


さらに灰色が動く


「多い」


予想より


「モラ」


ダリオが低い声で言う


「モラ」


人間たちにも緊張が走る


弓を引く


まだ放たない


「…………」


狼の一匹が止まる


こちらを見る


「気づいた」


次に唸りが聞こえる


その後ろから、また遠吠え


「本隊」


これ、先頭だけ?


「…………」


怖い


正直、めちゃくちゃ怖い


左腕の前の傷を思い出す


牙が食い込んだ痛み


血


「二度目は嫌や」


でも足は動かない


いや


「動かさない」


逃げない


右手を前へ向ける


《魔力操作》


魔力を掌へ集める


小さな熱


火の輪郭


「まだ」


ダリオが剣を上げる


人間たちが息を止める


ルッカが槍を握る


俺は火を握る


狼が前へ出る


一歩


もう一歩


森の奥で、複数の目が光る


「…………来る」


俺は息を吸う


「来るで」


次の瞬間


先頭の狼が地面を蹴った

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