ヤングボーイな話
熊本城の復興は進んでいた筈なんだけど、自然災害はどうしようもありません。せめても人的被害が無いと良いのですが。クマでもそう思います。
私の小6が、丁度松田聖子とか田原俊彦がデビューした年で、もろアイドル全盛の時期でした。もちろんそれ以前から、新御三家や花のと言われた中3トリオとか、当然沢田研二や岩崎宏美辺りが、アイドルと言われて存在していたわけなのですが、そもそもそれらの方々は、ともかく上手い。歌唱力という点から見ればこの年以降にデビューしたアイドルたちとは根本的に違います。郷ひろみは少々上手いとは言えない部分もあったのですが、1980年代になって徹底したボイストレーニングを行ったとの事で、見違えるほど上手になって、結局2000年代以降にもヒット曲を出すほど、しかももういい年なのにダンスもキレがあるという凄い歌手になりましたので、何と言うか覚悟が違うという所なんでしょうね。まあ、そこは置いておいて、小6の頃のデビューの方ですと、最初は松田聖子に転びそうになったのですが、色々あって断念した根性なしの私が、それではとはまったのが、河合奈保子さんでした。当時、もう月刊明星という芸能雑誌を購入するようになっていた馬鹿者ですが、最初に買った女性歌手のレコードが、「愛してます」でして、彼女の3rdシングルです。最初に聞いたのはデビュー曲である「大きな森の小さなおうち」ですが、これはお昼の何らかの番組でして、その後セカンドシングル「ヤング・ボーイ」がザ・ベストテンにランクインしてそれを買えばいいのに、当時まだ、女の人の歌うレコード買うのが気恥ずかしかったので少々躊躇しているうちに時機を逸していた・・・という訳でもなく先に1stアルバム『LOVE』を購入したから、というのが本当のところです。何故ならこのアルバムには「大きな森の小さなおうち」も、「ヤング・ボーイ」も収録されていたのでした。シングル買う前にアルバム買ったのは、そういえば初めてでした。あれ、でも、さだまさしもそうか。『夢供養』の前に・・・あ、兄貴と共同で「関白宣言」買ってたや。割と強制的にだったけど。オフコースも同様で、『We are』買う前に「さよなら」入手してたっけ。だからこの時点で、LPをシングルより先に買っていた初の例、なんだよなあ。小学生としては大問題ですよ。お小遣いも多くはなかったし。中学生になって色々やったけど、この時点ではまだ初心だった・・・はず、だよなあ。勉強もせんと、よくそんな事を。ちなみにこの時点では、同期のアイドルだと岩崎良美が「涼風」で、松田聖子が「裸足の季節」で、一緒にザ・ベストテンのスポットライトのコーナーに出演していたけれど、岩崎良美はデビュー曲「赤と黒」で、なんせ岩崎宏美の妹ですよ。歌は当然のように上手だったけど、松田聖子は確かクレアラシルという化粧品?のCMソング(これが「裸足の季節」)で人気急上昇中だったけれど、「ヤング・ボーイ」良かったんですよ。けしてビジュアルが好みでは無かったんですけど⁉、テレビ放送で聞いた時、だから「大きな森の小さなおうち」が良かったんでしょうね。でもその後、買ったEPは次が「夏のヒロイン」でしたから、なんだかなあ。LPなら2ndの「トワイライト・ドリーム」も「ダイアリー」も4枚目の「サマー・ヒロイン」まで購入しましたっけ。でもそれ以降は別の方のレコードに目が向きまして、シングル「けんかをやめて」があまり好きでなかったため自然と聞かなくなってましたね。ヒットしたのに。その少々前、「ムーンライト・キッス」のあたりで某国営放送収録中に、舞台装置上での事故で怪我をされたのを覚えています。当時、でもアイドルに対する扱いなんてひどいものでしたよ。骨折だったはずだし。ピンクレディ以来、某国営放送はそちら方面に冷たかった気もしていました。レッツゴーヤングやってたのに。でもほとんどそっちは見てなかったな。その後アイドルデビューした方も結構出演していた筈なんだけど、そんな青田買いを、当時の小(中)学生がしていたら、お前、何もんだよという気もしますが。いずれ当時から某国営放送は紅白以外はクイズ番組と人形劇くらいでしたかね、見てたのは。故に「南総里見八犬伝」と「真田十勇士」と「紅孔雀」は見てましたね。あ、あとは「鳴門秘帖」だったかな。中学校以降はほとんど見てないや。あ、でも「三国志」は見たっけ。社会人になってからは見てないな。現在熊だし。熊本は今大変ですけど。やっぱり、忘れた頃にやってきます。九州に熊はいないけれど。でも地面は揺れますのでご注意を。
でも地元で起こったら、とてもじゃないけれど怖いです。東北だって他人ごとではない。まだたかだか15年くらいです。クマには逃げ場がありません。普段から気構えと準備を怠らない事くらいしかありません。




