最初期の次のアニメの話
この辺は大変恥ずかしい話になります。熊にも、いやクマだからこそ恥という概念は持ち続けないと、本当に緊急銃猟の際には危険になります。立ち向かう牙くらい持っておかないと。とにもかくにもヤバいとこの話ですが、実はこれ以上がごろごろしています。今回の話にも一部にじみ出ていますが、見て見ぬ振りもクマに出会ったら必要ですよ。
子供の頃のいわゆるアニメ漫画の次にアニメに嵌ったのは、中一の初めの頃、創刊時の秋田書店刊のマイアニメを書店で手に取ったからでしょう。ちょうど機動戦士ガンダムが、ガンプラ(当時はガンプラなんて言葉無かったんですけどね)がらみで爆発的に売れていたタイミングでした。すぐ上の兄が異常に嵌っていて、毎週末地元の有名プラモデル屋に強制的に連れていかれて往生してのですが、そのせいでガンダムには詳しくなったものの、確かにいくつかは制作もしたけれど、あまり好きにはなれませんでした、何事も強制されるのは楽しくないものです。その兄は徳間書店刊行のロマンアルバムをしこたま所持していましたが、それもその10年後に火災で焼失するのですから、人生何があるかはわかりません。ともかく私個人は、ガンダムとは距離を置いてはいましたが、アニメそのものには非常にはまりまして、刊行当時シャア・アズナブルの書きおろしイラストを纏っていたマイアニメに手を出した次第です。当時のマイアニメは(今、もう無いはずですが)中身は割と薄かった気はしますが、石森正太郎の「JUN」のイラストとか、あづまひでおさんの漫画とか、割と濃い連載もありました。あの辺から大根は人型を取って動き回るものだと理解するようになりました。凄いお馬鹿さんですね。そんなどこをとってもヲタなガキは、本屋さんに並んでいた他の雑誌にも食指を伸ばしたりするものなのです。だからその次はアニメックという更にヲタ臭い雑誌に手を伸ばしたのです。かがみあきらの未完の「はいぱああくてぃぶ」にどっぷりつかってましたが、その数年後、帰らぬ人になってしまわれまして、大変ショックでした。あぽ名義の(ちょっとエッチな)本まで購入したのに。年齢誤魔化して。そんでまあ、アニメについてはおかげさまでか、変にうがった見方することを覚えました。同時期のOUTとかふぁんろ~どのせいかもしれませんが。家に帰れば老舗たるアニメージュ買ってる愚か者もいましたし。ロマンアルバムも半ば強制的に読ませられました。故にアニメ関係の歌にも詳しくはなったわけです。年に一度はグランプリやってましたし、徳間書店。
そんなヲタな(当時の)少年が、熱中してしまったのが、重戦機エルガイム、より前に聖戦士ダンバイン、でもなくて、何故かその号だけ買ったアニメージュの付録についていた(ほぼ)全話のデータ詳細の載った小冊子の魔法の天使クリーミーマミだったのです。放映してたのは当然知っていましたが、魔女っ娘物はさすがにどうかと思って(その前の、ミンキーモモがまさしくアレだったようなので)見るのをためらっていたのですが、その冊子をみて、結構面白いのではないかと思い立ち、最終回の手前ぐらいを視たのが間違いの元。その後、OVAであった「永遠のワンスモア」をテレビ放映したこともあって、その後ビデオテープに手を出し、最終的には(社会人になってからですが)LDボックス購入してしまうくらいになってました。当時レンタルビデオ何て街中にすらなかったし、レンタルレコード店が出来たのすら高校生の頃ですよ。当時不真面目な高校生であった上に、アルバイト何て出来る性格でもなく、ツテもないと来ている。その分家(農業ですな)の仕事を手伝って、他の人よりは裕福な感じではありましたが、レコードはともかくアニメなんてのはねえ。今ほど一般的じゃありませんよ。ジブリアニメだって「風の谷のナウシカ」がまだ連載中だった時分ですよ。他にはアニメージュで「永遠のフィナーレ」が連載していた頃の事です。そう考えれば、今で(も?)言うヲタクのはしりだったと思わんでもないのですが、その当時の例えば漫画家さんはかなりヤバ気でありましたので、とても、足元にもおよびませんわ。前述のあづまひでおさんはその教祖のような方でした(「女王陛下のプティアンジェ」推しで)が、ほかにもみんだなおさんとか、あろひろしさんも流れは汲んでた気がしますね。宮崎某氏は「ルパン三世カリオストロの城」の監督にて名を上げた頃です。いろいろあったなあ。でもクリーミーマミ。そもそもアイドル歌手志望の太田貴子さんを声優に迎え、もしかするとダメ元だったかもしれませんが、ご本人の不断の努力で見事替えの利かないキャラクターを生み出した素晴らしい例だと思います。音楽も大変よく出来ていて、太田貴子さんの歌う主題歌「デリケートに好きして」も良かったですが、共演の島津冴子さんの歌う「ラストキッスでグッドラック」も良い歌でした。島津さん(演じる綾瀬めぐみ)の決まり文句である「慎悟ぉ!」が強力でしたね。その後しばらく同様な挑戦は続きましたが、これを超える存在は無かったですね(熊目線)。もっとも今世紀になって、水樹奈々が出ましたので、なんせ紅白歌手ですよ。凄いですよね。太田貴子と同時期ならリン・ミンメイの飯島真理さんもいたわけですが、私、マクロスは見てないんですよ。7も含めて。あ、バサラは知ってます。俺の歌を聴けはこの熊の免罪符です。
全く何てモノ書いてんでしょうね。この熊は。まさしく熊の上塗りではないですか。いかに匿名のクマでもお里が知れるってものです。ちなみにこの、全く、という字、昔、小学校の国語の教科書で唯一読めなかった読み仮名です。自信あったのに、頭真っ白になりましたよ。それなりに本は読んでいたつもりだったんですがね。その時の文章も覚えています。「全く暑いね」でした。今でもしつこく覚えています。




