道を外れて
一番多く聞いていたものならこれだわ。そういえば最近、ほとんど聞いてないや。まあそういった音楽の話です。健忘症で聞くのを忘れてるんじゃ、ないやい。
オフコース。うん、何が歌謡曲だ。今や小田和正が在籍していたグループとして、若い人には理解されてると思う。私が最初に知ったのは、昼間は学校だったので当然「ロンド」ではない。真面目な小学生は、昼のドラマなど見ない。学校には教育用のテレビはあったが、一般的な小学生はせいぜいエース愛甲の横浜と、荒木大輔がエースだった早実の試合(甲子園ですな)をこっそり見るのに使ったぐらいです。ほかはNHK教育の番組を授業で見たぐらい。あれ、変な記憶化混ざってるな。「さよなら」が大ヒットしたのはその前年。五年生の時だったな。西城秀樹が「眠れぬ夜」をカバーしたのが六年生の時だから、アルバム『We are』もその頃だ。当時宮城県の常としてデパートといえば某チェーンでして、そこの四階にあったレコード屋で初めて買ったレコードでした。行きつけの店以外で初めて買ったレコード。その前は確か、さだまさしの『私花集』。何ゆえオフコースかといえば、ラジオで「時に愛は」聞いたから。松本伊代じゃないよ。同名異曲です。小田和正詞曲の名曲ですが、シングルはアルバムからのカットだったのであまり売れなくて残念でした。このアルバムで一番好きだったのが「いくつもの星の下で」で、これは鈴木康博詞曲の名曲です。前出の「ロンド」も鈴木さんの作で、小田さんの作でないオフコースのシングルでは珍しい曲です。そんな(どんな?)理由で、その数年後解散してしまうオフコースについては、色々思うことがありました。この時点ではまだそれ以前の曲は聞いたことがありませんでしたが、中学に入ってから、がっつり嵌まりましたね。小学生の頃はほぼみんな、特に女子は学校ではゴム飛びかおはじきくらいしかしてなかったのに(偏見ひどい)、中学生になって試験(田舎だから)と部活動(バス遠征なんて無い)がはじまってからは、皆変わりましたね。とかいっても、私がはぶられてただけかもしれんけど。オフコースは中2くらいに何故かものすごく流行りまして、面食らったことを覚えています。そんで中3で『NEXT』が出て解散ですからね。当時、『NEXT』の制作風景がテレビ放映されて、え、こんなのやるの、とやはり面食らいましたが、ほら、やっぱりオフコースは歌謡曲だ(なんで?)。まさかそこまで流行るとは。武道館コンサート10日間とか色々はでなことやりましたが、一ファンとしてはもっと続けてほしかったですね。小田さんのボーカルにぴったりのコーラスをつけられる人も、鈴木さんの歌に素晴らしいコーラスを添えられる人も互い以外にいなかったはずなのに。残念でなりません。オフコース解散(正確には鈴木さんの脱退ですが)以後は「君が嘘をついた」以外は聞くこともありませんでした。最近になり例のごとくオフ系の店で新生オフコースの当時のLP買ってみたのだけれど、収録レベルが高すぎて針が飛んでしまう、と当時どっかの雑誌に書いてあったのを思い出し、かつ実践されました。小田和正さんはその後、真にオフコースを解散されてソロになり、「ラブ・ストーリーは突然に」で一世を風靡しましたが、どうにも寂しく感じてしまうのは私だけではないはず。セールス的には誰も何も言えないだけのものを残していらっしゃいますが、何故か私の周り(せまい周りですが)、鈴木康博ファンが多いのですよ。ちなみに「さよなら」は確か10枚目くらいに手にしたEPです。家に来た三枚目は甲斐バンドの「HERO」だったな。エンリケでもボニーでもないよ。
オフコースについては、いつか再度取り上げたいと思います。たぶん中学時代、一番聞いているから。エビソード的なものはほとんど無いんですが、思い入れは、ね。




