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真実の『家族』に気が付いた王妃の時戻り ~王妃エリスは賭け続ける~  作者: 野菜ばたけ
【第六章】第十一節:後宮にて(第九賭の結果・敵の明瞭化)

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第78話 私を『敵』にした男



 とはいえこの事を把握している人間は、現時点ではかなり数が少ないだろう。


 だって私がこれを知っているのも、時戻り前の未来に彼らが何をしたか知っているから。

 陛下どころか、お兄様でさえ知らないのではないかしら。



 彼は軽薄な男だ。

 ――いや、一見すると軽薄に見える男というのが正しいか。


 彼のような人間ならば、女性に多く声を掛けていても特に変には見られない。

 周りの人たちの印象にも、強くは残らないだろう。


 たとえば「また女性に声をかけているなぁ」と思われたとして、その相手が誰かまでは覚えていない。

 それが地味な、大した家柄の人間でなければ猶の事、日々多くの社交場に顔を出し色々な情報を浴びる貴族たちの脳は「必要のない情報」として、ゴミ箱にゴミを捨てるが如く、簡単に忘れてしまうだろう。



 しかしその実あの男は、実に策士だった。

 人に取り入るのがうまい。

 相手の弱みを握るのがうまい。


 その上で相手を助けるふりをして、自分たちの共犯者に――引き返す事のできないところにまで、巻き込み堕とす事がうまい。



 少なくとも、時戻り前の彼はそうだった。


 彼は私を見下ろしこう言った事がある。


 ――共通敵として、君はある種有能だったよ。

 だって、何をされても反撃しない。

 俺たちが作り上げた『敵』の範囲からたったの一ミリだってはみ出ずに、今日までそこに居続けてくれたんだから。



 それは、ロディスとリリアがこの世からいなくなった後の事だった。

 葬儀の後、追い打ちをかけるようにしてそう言い嘲笑い、側妃と腕を組み去っていった。



 今の私には時戻り前の様々な記憶が焼き付いているけど、幾つかある強い絶望の記憶の一つに、その時のもある。


 私は、彼の言葉で自分自身が無抵抗だった事を気付かされた。

 私が子どもたちを庇わなかったせいで、きちんと現状に反抗しなかったせいで、子どもたちはその短い命を終えてしまった。


 

 ――私があの子たちの命を、終わらせてしまった。

 そう気づいた最後の一押しがあの時であり、彼のあの言葉だったのだ。



 もし私に、彼に関する情報の優位性がなかったら、おそらく今回その繋がりを見つける事さえできなかっただろう。


 アランには、事前に要注意人物たちの名をあげていた。

 その中の一人が、彼――ロスディン辺境伯だった。


 そして私が張った網に、彼はまんまと引っかかった。



 時戻り前に調べさせた時、この時期に私や子どもたちに関して彼が暗躍していた記録はなかったけど。


「関係ないわ。今彼が動いた、という事がすべて」

「王妃様……?」


 アランが「どうしたのか」と言いたげに聞いてくる。

 そうね、貴方の問いに答えるための言葉ではなかったわね。


「ありがとう、アラン。素晴らしい働きをしてくれて。今回の慈善活動は、この先も場所を変えて、幾つかの大都市で行われる。滑り出しとしては大成功と言っていいでしょう。目立った問題点を周囲に露呈する事もなく、協力店も幾つか見せしめにする形で、監視の実績が示せました。おそらくこれから反響や、影響も出てくる」

「どの店も自業自得なので、こちらも胸も痛みません」

「えぇ。そして何より、私に対する敵対分子がいる事が明確に浮き彫りになりました」


 私がそう言うと、アランは「それは……」と疑問顔になった。


「王妃様は以前からその存在を感知し、警戒していらっしゃったのでは?」

「でも、それが具体的に誰なのか。傍から見て証拠になり得るもの。それを今回、得る事ができました」


 その声に、アランはゆっくりと目を見開いた。

 そして真面目な顔になり、聞いてくる。


「もしかして、こちらについても見せしめに……?」

「もちろん。むしろのさばらせておいては、増長する人間を増やすだけです。『この程度の粗相なら、王妃様は許す』という言質を取られたような状態になるだけだもの」


 勿論今回あぶり出せた人間がすべてだとは言えない。


 他にもいるのかもしれない。

 が、少なくとも今回はこれでいい。



 私の声に、彼はハッとして、それから少し俯いた。

 何か考え込むような、それでいて少し不安そうな、何か「聞きたい事があるけど聞けない」というような表情を浮かべている。


 そんな彼に、私は思わずクスリと笑みをこぼした。


「聞きたい事があるのなら、どうぞ? 貴方は私が信頼している、数少ない人間の一人だもの」

「……いえ、ただ少しだけ気になって」


 そう言い、彼は顔を上げた。


「王妃様の願いは、叶いそうでしょうか」


 今度は私が驚く番だった。



 ――私の願い。

 彼がそれを何だと思っているのかは、互いに確認しなくても分かる。



 私は彼に、話していた。

 自分が子どもたちのために生きているのだと。


 時戻りに関する事は、言っていない。

 それでも私にとっての最重要――私の急所とも呼べるものを、アンと彼にだけは教えている。



 これは、私なりの防衛策であり、賭けだ。


 例えば私が子どもたちを直接守れなくなった時、何かの理由で拘束されたり、子どもたちと引き離されたり、あるいは先に生を終えた時に、二人には子どもたちの事を見守ってほしい。


 そういうお願いをすると同時に、私は他にも、なるべく多く、そういう話ができる人間を集めなければならないのだという話をした。



 私の言葉にアンは「そんな縁起でもない!」と声を上げたし、アランも複雑そうな顔になっていた。

 それでも二人は私の願いを――いざという時の子どもたちの保護を、買って出ると言ってくれた。



 今回の慈善事業には、幾つかの目的があった。


 ――大規模、かつ前代未聞な慈善事業を成功させる事で私個人の名を売り、社会的地位を上げる事。


 ――私に敵対する人間を表面化させ、周りに知らしめ、本人たちに報いを受けさせる事で、潜在的な敵を減らす事。


 ――そして、信頼できる人を探す事。


「先にも言った通り、元々今回の件だけで、手放しに信頼できる人間を見つけ味方につける事はできないと思っていた。実際に、まだ貴方たちのように手放しで信じるに値する人間かどうかの選別まではできていないけど」


 私がアンとアランを手放しに信じるのは、一種の賭け。

 しかし私は、何の根拠もない賭けはしない主義だ。


 アンもアランも、時戻り前の私が知っている人物である。

 アランの事はほんの少ししか知らなかったし、アンに至っては会った記憶もなかった。


 それでも時戻り前に見た調査結果に、二人の事は綴られていた。

 私はその調査結果の内容を信じた。

 そして二人と面と向かってみて感じた自分自身の直観を信じた。


 それらを信じた上での、賭けだ。



 ――誰かに頼らねば、私一人では子どもたちをあの運命から救うための手が足りなかった。

 あの時早急に、味方が必要だった。


 だから私は二人に賭けたし、もしこれで賭けに負けたとしても、ある種納得できるのだ。


 そういう意味で、今回私が目を付けた彼女たちの事を信じるには、まだ時間がかかる。

 もう少し吟味が必要だ。


 でも。


「これまでは、私にはアンとべトナー卿しか『信じるに足る人間』がいなかった。しかし今後は、貴方たちにプラスして、何人か『信じる事ができるかもしれない人間』ができた。この違いは、大きいと思わない?」


 この話をした時からずっと、彼が私を心配してくれている事は感じていた。

 その思いに今すぐ「もう心配する必要はない」と答えてあげることはできないけれど。


「今回の事は、無駄ではない。私《《たち》》は、前に進んでいる」


 ホッとしたような顔になったアランに笑みを返し、私は手元に視線を落とした。


 アランが報告してくれた、この慈善事業の裏で動いていた不穏分子。


 その中に、――私がよく知る名もあった。



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