第77話 嫌がらせの諸悪
「慈善事業による収益は、プラスで終了。寄付金の残りは予定通り、王都にある教会や生活支援団体などに、援助という形で割り振りました」
アランからのそんな報告を、王城の後宮――私たちの居住区で聞く。
手元では、リリアが穏やかな寝息を立てていた。
ロディスはいつものように庭先で、アンと一緒に遊んでいる。
「ありがとう、アラン。貴方のお陰で問題なく事が終えられた」
「いえ、問題がないという事はありませんでした……」
「貴方は本当に真面目で誠実ね」
普通は褒められて素直に喜ぶところ、もしくはいい気になってもおかしくない程の結果を生んだ。
この慈善事業の間違いなく最功労者だし、功績を上げたと言っていい筈なのに、彼は苦虫を噛み潰したような顔になる。
彼は真面目で潔白で、誠実。
立てた功績に対して増長したり、その結果失敗を招くような人ではない。
だからこそ、傍に置く事を選んだのだけど、こうしてみるとその完璧主義的にも見える真面目さがいつか彼の首を絞めてしまわないかと、少しばかり不安にもなる。
が、こういう気質の人間に対して慰めや「もう少し肩の力を抜いてもいいのではない?」などという類のアドバイスは、却って彼を困惑させるだけだろう。
ならば。
「今回に関しては、予め問題がある事を想定し、その影響範囲や出所を探るための催しでもあった。私たちの敵をあぶり出すための、ね。だから問題が出るのは前提条件。むしろ、貴方がそんな顔をするくらいには件数を把握できたのでしょう? それは翻って貴方の功績よ。よくやってくれたわね」
「王妃様……」
嘘は言っていない。
すべて事実だ。
彼もまたそれは分かっている。
だって同じ話を前もってしているから。
彼は今回、すべてにおいて問題が発生する前提で動いていた。
それは、普通に運営するより何倍も手のかかる事だったと思う。
王都という広い場所に神経を張り巡らせて、まるで大きな蜘蛛の巣を張るように、敵の襲来を待った。
彼の仕掛けた蜘蛛の巣に一つも問題が引っかからない方が、問題だったのだ。
だから今回に関しては、それさえも功績になるのは曲げようのない事実である。
私は彼を誉めている訳ではない。
事実を言っているだけだ。
それによって彼の仕事が報われた現状なら、彼の完璧主義の琴線にも触れる事ができるだろう。
そんな私の予想は、どうやら正しかったようだ。
「それで? その問題の内訳と内容について、貴方の事だからもう収集は終わっているのでしょう?」
「勿論です」
少し調子を取り戻した彼は、スッと私の前に書類を出した。
「最終的に、事前トラブルが二件、当日トラブルが十六件ありました。うち、紛失が七件、虚言の類が二件、協賛店のルール違反七件、その他二件。他にも王都内での諍いも対象だった可能性はありますが、見分けがついていないのと、そちらの報告書は後日上がってくると思いますので」
「ありがとう」
聞きながら、書類に目を通す。
紛失は、すべて故意だと思われるもの――つい先程まであった物がなくなっただとか、場所を動かしていない筈なのになくなっただとか。
「紛失のうちの二件は、その後見つかったものの破損していたのね」
「はい。いずれも代替案がうまく嵌り、運営に支障はありませんでした」
「この中に、炊き出し会場での事も含まれているのね?」
「はい。食器類の紛失が。調味料の差し替えは、その他に計上しています。どちらもやはり実行犯は、王妃様が目を付けていらっしゃった通り、ターム男爵令嬢でした」
その報告は、受けている。
というか、報告が勝手にやってきた。
ターム男爵令嬢の監視を頼んだ相手がスイズ公爵家の騎士たちだった事が災いして――まぁあちらからすれば思惑通りだったのだろうけど、私の周りで起きている事の一端を知られる羽目になった。
「再び嫌がらせを仕込もうとしていたところを、会場護衛をしていたスイズ公爵家の騎士が未遂で捕らえました。その後尋問をする傍ら、背後関係を探り、ロスディン辺境伯の影を見つけたという報告が上がってきています」
ロスディン辺境伯。
その名には、私は心当たりがある。
ロスディン辺境伯家は、国の東を守る砦がある場所だ。
我が国の守りとして重要な役割を担っており、軍事的な要所なのは間違いない。
――そして、近隣国家との和平を進めたがっている王国派の方針を、かなり苦々しく思っている家でもある。




