第76話 裏切者には制裁を ~アラン視点~
連絡を受けた店の場所に行くと、少し離れたところに見知った顔があった。
「どれ?」
「あの店です」
彼が示したその店は、この国でも有数の大商会の一つだ。
俺が選出した文官たちは、常に店舗に張り付いて監視している。
その他にも協力者として、指定の物を買ってくる代わりに買った物の値段を伝える役を、当日ランダムで選出した貧民に、平民服をプレゼントする代わりにお願いしている筈だ。
文官は、外から担当の店の様子を監視しつつ、買ったものの値段を収集し、今日の祭りが始まる前に監査で入って確認した商品値段と相違がないか、確認するのだが。
「『慈善事業協賛店の称号』を与えるための条件である『城からの助成金を出す代わりに、当日は通常販売価格から十パーセント割引する』という約束、破ってますよこの店。一品だけ、コッソリと通常価格で売ってます。監査の時にはきちんと十パーセント引きしていたのに。しかも、高額商品です」
「つまり、それだけ利益率も高い」
「はい。その上、店の奥にあっても不自然じゃなく、価格の入れ替えも分かりにくい。思い切り確信犯でこちらを出し抜こうとしています」
あるとは思っていた。
王妃様も言っていた。
そういう輩がいるだろうから、と。
そもそもこういう狡い真似は性格的に許せないが、それ以上に腹が立つ。
王妃様の名を冠した催しであると、分かっていてこの自分勝手さ。
つまりそれは、この国や王家、何よりも王妃様を馬鹿にしているのと同じだ。
――王妃様がこの催しのために、どれだけの準備をしたと思っている。
あの方がお子様方の事を何よりも大切にしている事は、少し見ればすぐに分かった。
それでもお子様方との時間を犠牲にして、準備に時間を費やしてきたのを、俺は一番近くで見て知っている。
一度、王妃様に聞いた事がある。
何故そんなに頑張るのですか、と。
通常、慈善事業というのは、ここまでの労力は掛けない。
慈善事業を手伝ったのはこれが初めてだが、平民出でも王城にいれば貴族が同僚な訳だから、少なからず社交事の話は聞こえてくる。
慈善事業は、誰もが余暇に少しの労力で行うものだ。
それを補完するのが金であり、「貴族は金があるからこそ他者に施しができるのだ」という事実を如実に示すのが慈善事業である。
少なくとも俺は、そう思っている。
なのに何故、と尋ねたら「必要だから」と王妃様は答えた。
即答だった。
そうして自らの実績と影響力を拡散させる事が、自分や自分の大切な子どもたちを守る事に繋がるのだと。
そんなふうに言っていた。
その時の王妃様は、母親の顔だった。
子どもを慈しむ表情で告げられた慈善事業への熱意に、俺は妙に納得したのである。
――あぁ、すべてはお子様方のためなのだ、と。
お子様方も、素直で可愛らしい。
ロディス様はあの年齢で既に聡明で、伸び伸びと育っておられるお陰か、私のような平民出の文官にも、いつも話しかけてくださる。
リリア様も、お世話係のアンや王妃様が抱かれている状態でお会いする事が殆どなのだが、とても可愛らしい笑顔をくださる。
そんな方々の時間を侮るようなその行為に、自分でも想定外なくらい、想像以上に腹が立っていた。
「――商会長」
「はい、いらっしゃいま――べトナー卿! ど、どうされましたか?」
「見回りでな」
言いながら、商会長がすぐ隣になった例の商品の値札を伏せたのを、俺は見逃さなかった。
その手をねじり上げ、値札を奪う。
それに目を落とし、ため息を吐き、彼に見せて、こう告げる。
「これは一体どういう事だ」
「どういう事、とは」
「定価だな。十パーセント引きの約束はどうした」
「そ、それはその……」
「値札だけ変え忘れていた、などという言い訳は通じないぞ。監査の時にはきちんと引いた後の値札だったという報告は受けている」
俺の声に、商会長はグッと奥歯を噛んだ。
悔しそうな表情であり、忌々しそうな表情だ。
元々救いようがなくはあるが、ここで後悔が出てこないあたりが、つくづく救いようがない。
「当初の予定通り、この店から今日売った十パーセント分の補助金と『慈善事業協賛店の称号』を得る権利をはく奪する」
「……私と取引をしないか」
「取引?」
「今後の我が商会での、すべての買い物の高額割引に優先購入、果てには我が商会の人脈と情報網。どれも王妃様付きの《《平民》》文官にとっては、喉から手が出るほど欲しいだろう?」
商会長が一変、下卑た笑みを浮かべてそう言ってくる。
商会長の舐めた取引を聞いて王妃様の言葉が脳裏をよぎったのは、別に両者を天秤にかけたからではない。
――信じているわ、貴方の正しさと誠実さを。
その言葉の本当の意味を今、理解したような気がしたからである。
「恥を知れ」
「は……?」
「俺はどんな取引にも応じない。そんな物よりも『王妃様の正しく誠実な文官である』事の方が、余程価値がある」
勝利を確信していた商会長の表情が、僅かに歪んだ。
「わ、私には国の中枢にも伝手があるんだぞ? いいのか? そんな私に楯突いて」
「そんなの知った事ではない。王妃様は今回『どんな立場の人間にも平等に』催しへの参加を許可し、慈善事業を展開されてきた。俺は王妃様の文官だ。王妃様の意志を体現しなければ、何のために今ここにいるのか分からない」
まっすぐそう言い切った瞬間に、商会長の顔が青くなった。
ここに来て初めて顔が青ざめた辺り、俺の事など簡単に御せると思っていたのだろう。
が、それが何だというのか。
ダンッと目の前の机に両手をついた彼は、まだ何か画策しているようだが、俺のここでの仕事はもう終わった。
「……協賛店名は事前に王都に告知していたし、今日もこうして営業していたとなれば周りにもある程度参加が周知されているだろう。そんな店が協賛店の称号を店先に抱えてなければ、どんな影響が出るのか。身を以て受ける事だな。王妃様を侮った事への制裁を」
俺たちはただ、称号を与えないだけだ。
十パーセントの補助金を渡さないだけである。
制裁を与えるのは、俺たちの役目ではない。
それは民衆の役目である。
これから肩身が狭くなるだろう事が、「王妃様を謀った」というレッテルをこの一年張られ続ける事が、この商会にどのような影響を齎すのか。
それはまだ分からない事ではあるが、想像はつくというものだ。




