第65話 ロディスとの二人時間と、あの日の裏にあった賭け
昼下がりの後宮。
柔らかな日差しの差し込む室内で、パラリと絵本のページをめくる。
「『すると、クマさんはビックリ。だってそこには美味しそうなリンゴが一杯実っていたんだもの』」
「よかったね、クマさん」
「そうね。頑張って探したから見つかったのね」
膝の上に乗せているロディスが見上げてきたので、私も見降ろしフワリと微笑む。
時戻り後からずっと、毎日子どもたちと交流する事を決めごとのようにしていたけれど、思えばリリアが生まれて以降、こうしてロディスと二人でゆっくり話す時間を取れた事が、一体何度あったのか。
そう思い至り、こうしてリリアのお昼寝時間に、二人だけの時間を作る事にした。
ロディスはとてもいい兄をしてくれている。
四歳下の妹の事をよく見ていてくれるし、我儘を言うような事もない。
でも、いい子でいてくれる事と、何も不安や不満がない事とでは、多分雲泥の差がある。
私がそうだった。
ロディス程いい子でなかったかもしれないが、我儘を言った事は殆どない。
それでも寂しかったのは間違いなく、家族からの関心が欲しくて頑張って、だけど駄目で。
そういう気持ちを誰かに言う事もできなくて、その成れの果てがあの時戻り前の私である。
ロディスは私なんかよりよっぽどいい子だから、私のようにはならないだろう。
私が守ってあげられなかったせいで短命で人生を終えなければ、きっと素直ないい子に育ったと思う。
でも、だからと言って今の彼の寂しさや不安をそのままにしておく理由はない。
私はこの子の母親だ。
今度こそこの子を守ると決めた。
それは何も命だけじゃない。
心だって守りたいのだ。
そのために、『王妃』という地位に依存しない、私個人の地盤固めを鋭意行っているところだけど。
――そういう意味では、先日は少し前進した手ごたえがあった。大きく動いたわね。
そう思いながら思い出すのは、先日の夜会での事である。
まず私はこの日に向けて、幾つかの《《種まき》》をしていた。
一つ、私のお使いで町の商人たちとの会談に臨んでくれたアランの動きを、敢えて隠さなかった事。
一つ、商人たちに、会談を行った事の口止めをせず、むしろ敢えて「同業者には特に積極的に話をしても構わない。相談しても構わない』とさえ助言した事。
一つ、その他一切の情報を、誰にも掴ませないように秘密裏に動くよう、アランには厳命していた事。
それだけで、暇を持て余した夫人や令嬢の情報ネットワークには「王妃様が何かをしているらしい」という情報が流れると思った。
そして賭けもしていた。
それが、蒔いた種が芽吹くかどうか。
私の秘密裏な行動が夫人や令嬢の興味を引き、あちらからその件について尋ねてもらう事。
そのために、わざわざその手の噂が飽和した頃を見計らって、久々に夜会に出席した。
この賭けに関しては、必ずしも成功する必要はない。
ただ成功した方が、この件に興味のない人間の目にも「エリスの行動が今社交界で、どうやら注目を浴びているらしい」という印象を与える事ができるだろう。
結論から言うと、一つ目の賭けは無事にうまく行った。
口火を切ったのは、ティーディルディ侯爵夫人だ。
上級貴族で、中立派の家門。
噂好きという前評判のある彼女は、興味や好奇心以外にも、私にこの手の話題を振るにはちょうどいい人材だと言えただろう。
そういう働きを期待して話しかけたのだけど、正解だった。
「王妃様、お聞きしましたわ。新しい慈善事業に関して、色々と動いているのだとか」
そう尋ねてくれた時、私は思わずほくそ笑んでしまいそうになるのを、誤魔化す事に少し苦心した。
しかし一つ賭けに勝ったからといって、安心できる程私は楽天家ではない。
むしろそこからが本番だ。
本命の賭けに出るために、気を引き締めて、そして仕掛けた。
まず、女の仕事であり話題である「慈善事業」に、男性たちにも興味を持ってもらえるよう、話を展開させた。
彼らを釣るためのエサは、『愛国心』と『国に対する忠誠心』、そして『内乱の抑止』。
どれもが、女性よりも男性が強く示すべき言葉であり、政治の分野にも影響しうる言葉である。
それらの言葉を根底にした、平民たちが楽しめる事。
そう考えた結果の催しが、『スタンプラリー』というものだった。
ここには、平民に国に従事する各部署への理解を求める意味合いもある。
『愛国心』と『国に対する忠誠心』、そして『内乱の抑止』。
たとえここまで言葉で飾る程の大きな変化が現れなかったとしても、平民の理解が得られれば楽になる仕事が、実は少なからずあるのだとか。
これはアランに聞いたらしいのだけど、アラン自身や彼の知り合いの騎士や文官が言っている事なので、間違いはない。
夜会に出ている男性たちにとっても、どうやら他人事ではなかったらしい。
少し音量を上げた私の会話に、それなりの量の興味と目が向いたのを肌で感じた。
二つ目の賭けも、成功。
それから三つ目の賭け、『女が寄付に価値を見出してくれるか』にも難なく勝ち、私は思い出したようにお願いをする。
「その他、同日に貧民街で炊き出しも計画しているのですが、こちらはまだ適任者が見つかっておらず――」
このお願いは、私個人と繋がる気のある夫人や令嬢の選別のためのものだ。
四つ目の賭け。
それは――王妃ではなく、私自身の協力者・私自身の味方になってくれる可能性のある人間の選別。
寄付という楽な形で『王妃』への助力をする機会を設けた上で、それでも尚、私の計画に自身の労力を以って協力してくれる人を洗い出す。
実はそのための場でもある。




