第62話 王妃様の慈善事業 ~噂好きな夫人視点~
この方は、こんな顔をされるような方だっただろうか。
王妃様――いや、エリス様は、もっと存在感のない人だったように思う。
いつから今のように、どこから見てもそれと分かるような存在感を纏うようになったのか。
我が婚家は中立派なので、派閥の違う私には定かではないけど……。
今の彼女は凛とした美しさを感じる。
少しユアリア様に似ているけど、彼女とも違う。
表情が読めるようで読めない感じが少し恐ろしく、しかし同時に神々しくもある。
「実は、近くに五都市で慈善事業として、寄付金を募る祭りをしようと思っているのです」
「お祭りを、ですか……?」
思っていた物とは少し違い、私は思わず首を傾げた。
お祭りと言えば、建国祭などの行事と同じくして、市井で行われる小さな式典のようなものである。
とはいえ『式典』というにはかなり言葉が大げさすぎる。
言葉を飾らずに言うならば、ただの騒ぐための口実に記念の日を使ったようなもので、勿論私はそういう折には王城で行われる夜会などに参加しているものだから、聞いた事があるだけだった。
――それこそ地方に領地を持つ貴族には、少なからず縁があるのでしょうけど。
私の生まれは王都であり、一応領地こそ持っているけど帰るような事は早々ない。
昔はそのような事もなかったようだけど、今時の貴族の殆どは似たような生活を送っている。
特に令嬢――女にとっては、社交こそ自分たちの為すべき責であり、そのためには地方などに籠っていては流行も人脈も逃してしまう。
勿論社交場では領地の特産など、少なからずの知識が必要になる。
しかしそれらを売り込むのは専ら男性の仕事であり、女性は会話に花を添える程度に知っていればそれでいい。
そのくらいの知識なら領地にいなくとも、本や手紙で十分に知れるのだ。
実際に私は生まれてこの方、そのやり方で困った事はなかった。
それは、王妃様も同じ筈だった。
公爵家の女として生まれ、生まれも育ちもこの王都。
私ですら王都の外を大して知らないのだ。
陛下の同年代の令嬢として生まれた時から王妃になる事がほぼ決まっていたような令嬢が、まさか危険のある王都の外に出る筈もない。
私と同じく『祭り』の事も、実際に参加した事はない筈だ。
それなのに彼女はその聞いただけの祭りをするという。
――そのような庶民の真似事が、一体何を生むというのか。
私はすぐにそう思った。
しかし口に出すような愚は犯さない。
これからそれをしようとしている、おそらく今正にその準備に勤しんでいる様子の彼女にそんな事を言って、変な反感を買うのは御免だ。
それでも質問くらいは許されるだろう。
「その『お祭り』とは、具体的に何をするものなのですか」
「そうですね。主軸になるのは三つです」
私たちの会話を聞き、気になった子たちは多かったのだろう。
声の聞こえる範囲にいた令嬢や婦人、そんな方たちと一緒にいた旦那様や子息たちも一応という形で、耳を傾けているのが分かった。
そんな状況においても、王妃様は堂々としたものである。
「一つ目は、『催し』です。こちらは都市の各地にある要所を巡り、その場にいる者から、こちらで用意したハンカチにスタンプを押してもらうのです。それをすべて集めた人にはお菓子を用意し渡します。ささやかなプレゼントではありますが、食べ物に困る者たちや市井の祭りを楽しむ者たちにとっては、いい見返りになるでしょう。しかしこれは、ただのお遊びではありません。要所を巡らせ国の歴史や文化を知らせ、少しでも国民たちの中に、この国に生まれた誇りを育んでもらえたら」
「……なる程。愛国心を育て国のために従事する意味を知らせる事で、国民たちの日々感じる不満を、少しでも軽くするという事か」
誰かがそう呟いた。
男性の声だ。
基本的に、慈善事業は女性の領分だ。
女性はもちろん男性だってそれを分かっているので、あまりこの手の事に関しては皆首を突っ込んでこないし、興味も示さない事が多い。
しかしどうやらその人は、王妃様の言葉に政治の向きを感じ取ったらしい。
その声を皮切りにしたように、少し考え込むようなそぶりを見せた男性たちもチラホラといる。
「その要所というのは、例えばどのような場所なのですか?」
聞いたのは、別の令嬢だ。
侯爵家の令嬢で、新しい物好き。
たしかにそのような性格の彼女にとって、初手から聞いた事もない催しをするというこの話は、興味をそそられるものだったのだろう。
王妃様は、ニコリと微笑んだ。
「王都においては、まず王城は外す事はできないでしょう。城の第一門の前を要所の地点とし、王城について騎士や執事、メイドに話をしていただきます」
「騎士や執事、それにメイド?」
いかにも「何故」と言いたげだった。
王妃様は「えぇ」と頷き言葉を続ける。
「自分たちが、普段どのような仕事をしているか。どのような気持ちで仕事に従事しているのか。スタンプを押す仕事の傍らで、簡単にお話をしていただこうと思います。おそらくその大半を、市井の者たちは知らないでしょう。彼らが仕え守っている国というもの、この城というもの、王族というもの。そして彼ら自身の矜持について。少しでも知ってもらう事ができれば、それは即ち愛国心を知る事に繋がると思っています」
その物言いに、少し驚く。
彼女の言葉は、静かでありながら、それでも尚確信に満ちた声をしていた。
まるでそうなる事を確信しているかのような、彼らが語れるだけの物を持っていると、彼女は信じて疑っていない。
これに反応したのは、ある貴族である。
「『矜持』というのなら、それは城に仕える文官にもあるものと思いますが、何故文官はそこに上がらないのでしょうか」
彼は伯爵家の子息である。




