第61話 王妃様付きの文官 ~噂好きな夫人視点~
「文官?」
「えぇ。元々王城の経理文官だったのですが」
「経理部といえば、先日経理部長がその任を外されたと聞いたわ」
「それなら旦那様がお話しされていたから、私の耳にも入っていてよ? 『余計な事をしてくれた』と、何やら酒に酔った勢いで漏らしていたわ」
実際に何があったのかは分からないけれど。
そんなふうに思い出した夫人に、どこかの令嬢が「もしそれがその王妃様に召し上げられた文官なのだとしたら」と思い付きを語る。
「余程優秀な文官だったのでしょうか。でなければ、そのように悔しがるような事は言いませんもの」
「そこまでは分かりません。別部署ですが、文官に子爵家の友人がいるのです。その友人が先日、その文官の名前を出して「自分もそのような、夢のような昇進がしてみたいものだ」と言っていたのを聞いただけですので」
その男爵令嬢の話を聞いて、夫人は「なる程」と納得した。
身分の高い者には高い者の、情報の扱い方がある。
情報は武器だ。
それを皆が知っているから、基本的には情報を出し渋る。
しかし下級貴族同士であれば、その手の情報に対する危機感も薄いのかもしれない。
「で? その文官が何だというの?」
「それが、これはたまたま私が王都の店に買い物に行った時に、小耳に挟んだ事なのですが――その文官が、町の商店の会頭たちの元に出向き、一人一人とお話をしておられるのだとか」
その文官は平民の出で、私は男爵令嬢とくらいの低い貴族ですから、王城で手続きを行う際に、一度その文官に対応してもらった事があったのです。それで顔と名前を覚えていました。
それで、実際にその後、別の店から出てくるその文官の姿もこの目で見て、「あ、あの時の方だ。何故王妃様の文官がこのような場所にいるのだろう」と。
とても楽しげでした。
文官服を着ていましたから、おそらく仕事中なのだろうなと思ったのです。
彼女はそう言った後に、慌てて「本当に王妃様関連のお仕事でそこに居たのかは分かりかねますが」と、きちんと断りを入れていた。
情報の扱いは軽くとも、自衛心がない訳ではなさそうだ。
そうなれば、この子の言葉は嘘ではないのだろう。
少なくともこの子自身には、嘘をついているという自覚はない。
――少し調べてみようかしら。
夫人はそんなふうに思案する。
直接的に王妃様やその周りに探りを入れるのは、流石に私には荷が重い。
しかし王都の、平民街のアレコレになら。
少しくらい動いても問題ないだろう。
勿論強引な手は取らない。
やんわりと、静かに撫でるように程度の調査に留めるけれど。
◆ ◆ ◆
「王妃様、お聞きしましたわ。新しい慈善事業に関して、色々と動いているのだとか」
王家の主催する夜会会場で、夫人は王妃様にそう話を振った。
あの後少し調べた結果、たしかにあの男爵令嬢の言う通り、王妃様が抱えた文官が足しげく王都の各商店に足を運んでいた。
最初は大きなところを回っていたようだが、一通りそれらを終えた後は、中小商店にまで足を延ばし、何かを話して去っていく。
彼と話した人間の反応は、様々だ。
「胡散臭い」だとか「そんな事ができるのか」だとかいう人もいれば「面白い」「手を貸す事にした」と楽しげに語る人もいる。
何に手を貸すのかと聞いたところ、意外にも皆口が軽かった。
――催し物への出店だよ。
そう言った彼らのあまりの警戒心のなさに驚いて思わず情報を聞いてきた者が、本人に「商売事を、そんなにポンポンと口にしてしまっていいのかい?」と聞いたらしい。
すると、相手は皆笑いながらこう言ったのだとか。
「主催が王妃様だっていうのを気にしてるのか? それも出店の話も、口止めは特にされていない。むしろ『話したい人には王妃様の名前も、出店の話もしていい』というお墨付きをもらった。敢えてそんな話をあっちからしてきたんだ。むしろ広めてほしいんじゃないか?」
むしろ情報元のうちの一人は「タダで催しの宣伝ができるようなものだ。王妃様も我々をうまく使ってくれるな」と言って、少し感心したように笑っていたらしい。
――王都の商店への、出店依頼。
その事実は掴んだものの、結局それが一体何のためなのか、王妃様が何をする予定なのかまでは、掴む事ができなかった。
各商店に軒並み出店依頼をしているというのだから、それらが集まる何かしらの場所が用意されるのでしょうけど、それではただの商売だわ。
これが一体どのように慈善活動に関係するのか。
情報は大切だ。
そして、情報は鮮度が大事である。
いち早く情報を知ることができれば、その情報を利用したり、対策を立てるための時間が多く取れる。
そのアドバンテージを知っているから、上級貴族は情報を秘匿し情報に敏感なのである。
この夜会には、元々王妃様も出席するという話があった。
直接その真意を聞く好機である。
下級貴族にはできずとも、上級貴族である私なら、王妃様とも直に話す事ができる。
もちろん王妃様の機嫌を損ねたり、王妃様が話したながらなければ、立場的に無理に聞き出す事など無理ではあるのだけど。
そんな杞憂は、現実にはならなかった。
王妃様はさも当然のように「あぁその事ですか」と優雅に微笑む。




