第56話 不正対策とべトナー卿に求める事
私はこれでも、生まれからして公爵令嬢だ。
誰かに日常における世話をされるのが普通の世界でしか生きてこなかった私にとって、「あの日々のお陰で掃除や洗濯、簡単なご飯くらいは作れるようになった」と言えてしまうようになるくらいには、大変な日常をあの場で過ごした。
そんな場所に、家事というものを一切知らない子どもたちを連れていくには、あまりにも過酷が過ぎる。
……あの時は慰問が理由だったので、期限付きだったのがよかった。
でなければ、虐げられる事こそないとはいえど、あの過酷な日々が永遠に続くところだったのだから。
今回の沙汰がこうなったのは、たまたまその時の事を思い出し、「あそこならば」と思ったからである。
普通の教会なら少なからず必要な紹介も、それによって待遇の違いがない代わりに来るものを一切拒まないあの場所では、意味を為さない。
しても無駄なら、しなくてもいい。
事前に伺いを立てる必要も手続きの必要もない島流しは、私にとっても都合がよかった。
むしろ今までメイドとして掃除や洗濯などの経験は少なからずあるだろう彼女にとっては、たしかに一種の牢獄ではあるのだろうけど、衣食住が保障されている分、かなり良心的だと思う。
そう辛い日々を送るような事もないだろう。
そこでただ静かに生きてくれればいい。
「あぁそれよりも、催す予定の『祭り』の、店側に対する不正への対策についてだったわよね」
この国の主要五大都市で行う、『貴族には寄付を募り、困窮者には仕事を与え、商人には経済を回す事で報酬とし、町の人たちには楽しい気分とほんの少しお得な買い物ができる場として提供したい』という主旨の、祭りのような慈善活動。
そんな活動をするにあたっての、懸案事項。
それが、「ほんの少しお得な買い物ができる場として提供したい」という部分に関する店側との協定。
――貴族からの寄付金の一部を商人に支払い、その分店は客への売値を下げる、というもの。
この約束を守らずに、寄付金を貰いながらも客には定価で売るような店が生まれるのではないか。
それが彼の危惧するところであり、同時に過去の私もまた頭を悩ませた部分だ。
しかし一ついい案を思い付いた。
今以上の金銭を必要とせず、同時に私の社交界への影響力を、慈善活動以外でも広げる方法を。
「『慈善事業協賛店の称号を与える』。期限は、毎年開催する想定で一年間。事前申請制であり、申請した店には正体を隠した確認要員を配置するとしたらどうかしら」
「商人相手に、金ではなく名誉をエサにするという事ですか?」
「きちんとお金にもなるわよ。だって、国に貢献した優良商店よ? そういう店とそうでない店、どちらで買い物をしようか悩んだ時、貴方なら一体どちらを選ぶ?」
「それは……たしかに」
べトナー卿は少し考え込む。
この間、何を考えていたのかは分からない。
ただハッとして顔を上げてきた彼が、私を見て一言こう言った。
「しかし、各店に内偵を置くとなると、信用できる結構な数の人員が必要になりませんか……?」
きちんと気が付いてくれた彼に、私はニコリと微笑んだ。
「人員選定から、当日の仕切りまで。よろしくお願いね、べトナー卿」
さて、後は。
そう考える。
色々とやるべき事はあるけど、その中でも一つ保険を作っておくべきだろう。
メイドを辺境の教会に勝手に追いやられて、側妃が一体どう思うか。
どう出るか、どう言うか。
慈善事業の成功という大きな賭けを前には、準備が必要だ。
そのための布石を一つ、打ちに行かねばならない。
――時戻って以降至上、最も向かうのが憂鬱だけど。




