第51話 準備が整う
後宮の王妃部屋、朝日が射し込む食堂で、ロディスが美味しそうにご飯を食べる姿を見て表情が緩む。
懸命に食べる姿が可愛らしく、食欲旺盛な様から成長が感じられて嬉しい、というのも勿論あるけど、もう一つ彼の成長を感じるものを見つけて、彼に聞く。
「ロディス、もしかしてアンから食事の作法を、少し教わったのかしら」
私の問いに、ロディスはニカッと笑ってみせた。
「うん! 僕、うまくできてる?」
「えぇ、以前よりまた少し恰好よくなったわ」
私が穏やかに答えると、彼は「えへへ」と照れ笑いする。
ぷっくりとしたロディスの頬には、朝食に使っているソースが付いていた。
成長は感じられても、まだ発展途上。
これからが楽しみだと思いながら、ハンカチで彼の口元を軽く拭いてあげる。
「ロディス様が、『僕もお母さまみたいにカッコよくお食事したい!』とおっしゃって。作法教育が本格的に始まるまでにはまだ二年ほどあるのは分かっていたのですが、ロディス様の気持ちを大切にしたくて」
「ありがとう、アン。ロディスの気持ちを大切にしてくれて、嬉しいわ」
アンが子どもたちを心から思いやってくれている事は、普段の彼女を見ればよく分かる。
子どもたちがアンに懐いているのも、その裏付けになっていると思うし……なんて思っていると、アンが自信なさげに眉尻を下げた。
「本当は、平民の私が王太子殿下に作法を教えるなんて、とも思ったんですが」
「あらいいのよ、そんな事は気にしなくて。アンだって後宮メイドになるにあたって、一通りの貴族の作法は頭に入れてきているでしょう?」
「それはそうですが」
「間違った知識を与えている訳でもなし、実際にロディスも少し食事が上達したし。何よりアンは、ちゃんと『ロディスの教育係』として陛下からの許可も得てここにいるんだから、ロディスに教えてもなんら問題ないわ」
誰にも、何も言わせない。
そういう気持ちで彼女に言えば、おそらくホッとしたのだろう。
ふわりと笑って「そう言っていただけて、嬉しいです」と言ってくれた。
それに頷いてから、私は改めてロディスの方を見る。
ロディスの作法教育はまだ少し先だけど、本人にやる気があるのなら、今から緩やかにでも覚えさせた方が、後のためにはいいかもしれない。
そもそも作法教育は、結構厳しい事が多いのだ。
少しでも間違えば、指し棒などでペシンと手を叩かれる。
そこに愛があればまだマシで、優秀な指南役と目される人でも、自身のストレス発散のために体罰を与えている場合も少なくない。
私の作法教育の時は正にソレで、生家ではそもそも兄より飲み込みの遅かった私はそういう扱いを受けて当たり前だと家族からも思われている節があった。
実際に、指南役を誰も止めなかったし、泣く私を誰も慰めなかった。
作法教育は、当時の王太子――今の陛下との婚約が決まった時にもう一度行われ、そこでも元々覚えていた貴族の作法に王族の作法を上塗りするのに苦心して、同じく毎日体罰を受けた。
そのお陰もあり、今がある。
時戻り前の私も、通常の作法や所作に関してだけは、誰からも馬鹿にはされた事がなかった。
でも、だからといってあの教育方法が正しかったのかと言えば、肯定はできない。
特にその肯定が今後のロディスとリリアへの教育方針にも障るとなると、尚の事『是』と言える気分にはならなかった。
「アン」
「はい、王妃様」
「例えば立ち方とか歩き方とか、遊び半分でいいのだけど、ロディスがやりたいと言った時に、ちょっと教えてあげてくれないかしら」
「王妃様」
「何、ルリゼ」
「なりません。そんな、平民に王太子殿下の教育を任せるなんて」
相変わらずのルリゼに、思わず深いため息を漏らした。
「おかしいわね。貴女は私の教育係ではない筈なのだけど」
ジロリとルリゼの方を見れば、彼女の顔に緊張が走る。
「そもそも陛下からいただいているのは、『家庭教師の雇い入れ』の許可。アンはロディスの家庭教師で、何の教育をしてもらうかは陛下の関知するところではないのよ。この話、前にも似たような話をしたと思うけど」
「……陛下にご報告はします」
「どうぞ、ご勝手に。貴女が陛下に私のアレコレを逐一報告するための人員である事は、分かり切った事だもの。その上で断言しておくけれど、陛下はこんな事如きで動きはしないわ」
心が広いからではなく、純粋に現時点でのロディスにさして興味はないから。
彼がロディスに興味を示すのは、おそらく王族教育が始まって以降、ロディスの評判が世に出てからだ。
それも、評判が良ければ気に掛けるが、評判が平凡ならば放置だろう。
じきにミーナの方の子も生まれる。
そちらと天秤にかけ、よりよい方を優遇する。
――その母親も含めて。
私自身は、別に陛下から目を掛けられなかろうが、どうでもいい。
何ならロディスやリリアだって、陛下に目を掛けられ変に日常に介入され、周りからあらゆる意味で狙われそうになるくらいなら、平凡だった方がむしろいいのかもしれない。
ただ、それによって私たちが気に留められなくなった結果、私たちの立場が弱くなるのは避けたい。
まぁ、そのために時戻りから今日までずっと、地盤を踏み固めている訳だけど。
「それも、そろそろ頃合いだわ」
私は小さく呟いた。
とりあえず目下の危機を脱し、エインフィリア公爵夫人と協力して新しい流行を作り、子どもを安心して任せる事ができるメイドと、不正を嫌う誠実な文官を手に入れた。
これでやっと、事を起こせる。
私はここから私自身の名で、実績を作るべく動く。
【連載再開しました!】
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