林間学校編 上
あれ以来、鬼沢とは言葉を交わしていない。
正確には向こうから話しかけてくる事がなくなった。
僕はバツが悪くて以前のように話しかけることができない。
一言謝ることができれば何か変わったのかもしれないが、意気地なしの僕にはそれができなかった。
親友の助言も聞かずに調子に乗ってしまった結果がこれだ。甘んじて受け入れるしかないと理解していても、日々、後悔の念に苛まれている。
あの時の、全てが輝いて見えた時間が嘘のように、今は全てが色褪せて見える――
◆
「1日目の夕食後には、森の散歩コースを男女ペアで歩いてもらって、キャンプファイヤーの会場まで集合だから――」
林間学校恒例の肝試し。
噂ではこれがきっかけで結ばれたカップルも少なくないという。
実際に、卒業していった前3年生のカップルは肝試しがきっかけで付き合いを始めたそうだ。
よく2人でいるところを見かけたし、最初は羨ましくて疎んでいたものの、きっかけがあって話してみれば、2人とも優しい人たちだったから、劣情は次第に純粋な憧れへと変わって行った。
いつか自分も鬼沢とこうなれたらな、と。
なんて、今はあの頃よりもさらに遠い関係性になってしまったが――
もし鬼沢とペアになることができれば、正直に謝って、関係性を取り戻すことができるだろうか。
ただ———、僕は怖いのが大の苦手だ。
たとえ謝って許してもらえたとしても、情けない姿を晒してしまっては、さらに失望させて、少なくとも男としては見てもらえなくなってしまうのではないだろうか。
ただでさえしっかりしている鬼沢だ。
自分よりも情けない人を好きになるようなことはないんじゃないだろうか———大人しく運営側に回ろう…。
そんな軽い決意を心の内で固めながら、ふと、鬼沢の方を見てみる。
鬼沢は———唇をぐっと噤んで、眉間に皺を寄せていた。
まるで心ここに在らずと言わんばかりに。
「じゃあ学級委員、係を決めていってもらえる?」
「っ!は、はい!」
先生から呼び出しが入り、
ハッとした表情で鬼沢は前へと出ていく。
いつものように黒板の前に立ち、テキパキと進行を進める鬼沢を前に、僕は教室で一人泣いていた彼女の面影を重ねていた———。
◆
そして迎えた林間学校当日。
僕は無事に肝試しの運営係となった。隣のクラスだった悠日も一緒に。だが、心中穏やかではなかった。
なぜなら、鬼沢の肝試しのペアが、あの今川になってしまったからだ。
あいつはお調子者なやつだけど、昔から野球をしていて運動神経が良く成績もそこそこ良い。
そしてモテる。中1のバレンタインでは、この学年で一番多くもらったのが今川らしい。ウワサだけど……
そして、ガミガミと怒る鬼沢だが、怒られている相手を割合で表すと半分以上は今川である。
喧嘩するほど仲が良いとはよく聞く話だ。
もしかして、2人の間にはすでに何かしらの関係性が築かれているのではないだろうか。
僕は情けない姿を見せてでも、あの二人がペアになる事を妨害しなければいけなかったんじゃないだろうか…と、さらに一つ後悔が増える。
むしろもう手遅れなのかもしれない———
◆
『俺、今日の肝試しコース、爆速で駆け抜けてやるよ!!』
ふとサービスエリアの休憩時間に威勢のいい声が聞こえてきた。
『ペアの鬼沢はどうすんだよ?』
『はん?そんなの置いていくに決まってるだろ!』
どういうことだ?今川も鬼沢のことを狙ってたんじゃないのか…?なんでわざわざそんなことを…
『良いのか?せっかくの鬼沢と2人っきりになるチャンスだぜ?』
『ば、何言ってんだ!あんなやつのことなんか、何とも思ってねぇって!むしろ置いていって清清するわ!』
『ま、お前がそれでいいならいーんだけど』
僕の勘違いだったのか?
それとも———、シンプルにドMなのか!?
穏やかではなかった心中は、困惑に包み込まれた。
◆
そんな困惑が解消されないまま肝試しの時間が訪れる。
僕は木の陰に隠れて、棒に吊るしたこんにゃくを参加者にぶつける担当になった。
数人のペアが過ぎていった後で、案の定、今川が1人で雄叫びを上げながら走り去っていった———。
あいつはほんとに、何がしたかったんだ……。
「…こんにゃくが半分くらい千切れてるんだけど、今川のやつ、もしかして齧って行った?」
「ま、まさかぁ…」
深掘りしたい珍事件だったが、僕の意識は次に通るであろう鬼沢に向いていた。
しかし、鬼沢は姿を見せず、次に通っていったのは鬼沢達の次のペア。次も、その次も。
いよいよ最後のペアが通り過ぎて、入り口側の先生達が撤収の指示を出しながら歩いてくる———
———鬼沢はどこにいった?
「先生、今川が一人で走って行った後、鬼沢が通ってないような気がするんですけど……」
「ほんと?今川くんと出て行くのを見送ったっきり見てないわよ?入り口には誰も残ってなかったし、ここに来るまでにも誰もいなかったから……藤宮くんが見逃しちゃったんじゃない?」
「そ、そうですかね…」
実際暗いし、一本道とはいえ仕掛けの関係上、道から少し逸れた場所に僕たちは隠れていた。
鬼沢は1人で歩いっていったなら、話をする相手もいないとなれば、話し声はもちらん聞こえないし、後は足音くらいでしか辿れないから、確かに見逃している可能性はある。
自分の考え過ぎかもしれない———、都合の良い未来を望んでいるだけかもしれない———、だけど———。
もしも一人で泣いているのなら———
「行かないのか?」
立ち竦む僕に声を投げかけたのは、
隣にいた悠日だった。
「あ、ごめん、考え事してた」
「いや、そっちじゃなくて」
先生達に続いて出口へ向かおうとするも制止される。そして——、悠日が親指で後ろの入口の方を指す。
「先生は上手く誤魔化しとくから、こっちは気にしなくていい。俺も見てたけど、多分鬼沢はここを通っていなかった———」
僕の考えが読み取られてることに驚きを覚えるが、今はそれどころではない。
「っ…!いや、でも、僕が行ったところで……」
もし鬼沢がこの暗闇の中にいたとして、僕は見つけ出すことができるのか———?
森に隠されてぼんやりとした月明かりの中、探し切ることができるのか———?
鬼沢はそれを望んでいるのか———?
そもそも行くことは、正解なのか———?
昔から、いざという時に限って心が現実的な問題を、行かない方が良い最もらしい理由ばかりを、突き付けてくる———。
僕はいつも、
ここを踏み出すことができない———。
「行った後悔と行かなかった後悔———、
背負いたいのはどっちだ!?」
周りには極力聞こえないように、でも真剣な声が鼓膜の奥へと突き刺さる———。
あの時、もしも声をかけれていたのな———、
どんな後悔を背負うことになっていたんだろう———、いや、違う。
きっと———、
そういうことじゃ、ないんだろうな———。
気付けば無意識に——、
僕は入口の方を見ていた。
「ッ!ありがとう、行ってくる」
「おう」
みんなが出口に向かう中、僕は木の陰へと身を潜める。
「せんせぇー!誰かに蒟蒻が齧られたんですけどー!」
わざとらしい悠日の声が、僕の背中を押す。
暗闇が蠢く森の中を、
僕は静かに駆け出した———
お読みいただき、誠にありがとうございました。
最終話も是非、お読みいただけると幸いです。




