中学2年生編
中学2年生、
悠日とクラスが離れてしまって絶望したのも束の間、なんと鬼沢が同じクラスだった。
できるだけ目で追わないようにはしている。
だけど、気付けば目を奪われていることが多い。悠日という抑止力を失った今、なんとか自制心を保たなければ……。
最初の頃に比べて、鬼沢の怒号が飛び交うことも少なくなった。
というか、男子が全体的に屈し始めたのだ。
元々鬼沢と同小学校だった男子達はすでに心が折れていて、反発していたのは主に僕と同じ小学校出身の男子達。
数で言うと向こうの小学校出身者の方が多いから、次第にそちらの思想に飲み込まれていっている感じだ。
触らぬ鬼沢に祟りなしって、ね。
ただ、その中でも今川だけは懲りずに反発を続けている。
むしろわざと怒られに行ってる節もあるように思う。
こいつもそのうち屈する時が来るんだろうか――
◆
肌寒さがなくなり、
視界に肌色が増え始めた季節。
登校して、いつも通りメダカに餌をやっていると——
「近づくだけで寄ってくるのね」
「——え?」
ふと——、凛とした声が聞こえた。
それが自分に向けられたものだと判断するのには、刹那ほどの戸惑いが生まれる——、
なぜなら、今まで何気ない日常の中で、その声が自分に向けられたことはほとんどなかったからだ。
まさか——、とは思いつつも期待に腕を引っ張られ、おそるおそる振り向く———。
そこに立っていたのは———、案の定、テレビの向こうから出てきたような美少女だった。
「あ、いや、ごめんなさい——、私は近付いても寄ってこないから——」
なぜか発信源の鬼沢自身も焦っているように見えた。だけど、僕もプチパニックだ——、そこをツッコむ余裕はもはやなかった。
「え、えーと、なん、なんでだろ、いつもエサあげてるから…かな」
と、何とか用意した無難な返答を返しつつ、
いつもと同じ量の餌を水槽に流し込む——。
せっかくのチャンス———、平常心だ、平常心———。
「真面目なのね」
「なんとなくだよ」
エサの入った容器のキャップを捻りながら、
なんてことのないように言う。
「先生に頼まれてるとか?」
「うーん、まぁ一応?」
「なによそれ、しゃんとしなさいよ」
「えっと——、担任がエサやりをよく忘れちゃうって言ってたから、なら僕がやっときますよって。だから頼まれたとは違うのかなって…」
キャップを何度も捻りつつ、淡々と事実を告げる。
ちなみに今の担任は、1年生の時と同じ人だ。
「真面目じゃない」
フフッと、微笑む鬼沢。
遠目では何度も見ていた笑顔だったが、これをこんなに間近で見れる日がくるなんて…
神様、もしかして今日が僕の命日だったりしますか——??
不意に向けられた一撃必殺ばりの破壊力に思わず昇天しそうになるが、そんな幸せな時間は長くは続かなかった。
「おーい、美姫ー!」
「今行くー!じゃあね」
「お、おう」
茶色味の混じった綺麗な黒髪をはためかせて、爽やかな甘い香りを残して、
その美少女は去って行った——
はぁぁああ、緊張したぁぁあ
おいおいおい、なんだよ、モデル?芸能人?
テレビの向こう側の人ですか!?
会話が終わったのは残念だが、むしろボロが出る前に会話が切り上げられて良かったかもしれない——。
胸の鼓動が痛いくらいに早く、
顔は焼けるように熱かった。
僕は握りしめたエサの入った容器を見つめる。
これはキャップ式だから、何度捻っても締まるわけがないんだよなぁ……
◆
鬼沢から話しかけられた日から早数ヶ月。
鬼沢と話す機会は着々と増え、今では特に緊張もせず自然体で話せるようになった。
だから最近は毎日が楽しくて仕方がない。
「はよーっ」
教室の扉を開けていつも通り誰に向けてかわからない挨拶を一つ。
「藤宮って、最近鬼沢と仲良いよな」
「え?」
鞄を下ろして席に座ると、隣の席の男子が話しかけてくる。すると、
「俺も思ってたんだよ」
「あいつが男子と普通に喋ってるのって珍しいよな」
「まじで羨ましい…」
「そ、そうかなぁ?」
ぞろぞろと男子たちが集まってきた。
「藤宮って気が強いって感じでもないのに、よく話せるよな」
「まぁ他の人と同じように、普通に話してるだけだけどなあ」
「それがすごいって話だよ」
「そんなことないって」
適当に誤魔化すが、
正直内心は自分でもそう思ってる。
鬼沢とクラスが一緒になって分かったのは、鬼沢が怒る時以外で自分から男子に話しかけるのは凄く珍しいということ。そして、話しかけられる相手のほとんどは僕だということ。
その手の経験が全くない僕だけど、
期待感は日々高まっていた。
2年生ではクラスが離れてしまった悠日からは、この事を話すたびに、あまり期待しない方がいいとか、調子に乗りすぎないように、とか、色々と念を押されたが、僕に彼女ができそうで焦っているだけなんじゃないかと思う——。
自分から何もしないと寄ってこないと言われていたけれど、実際は何もしてないのに、鬼沢の方から話しかけてくれた。
やっぱり運命のイラズラを待っていて正解だった。神様、万歳!!
「――話すだけなら俺だって話してるぞ」
さっきまで離れていた場所で黙っていた今川も会話に入ってくる。
「お前は怒られてるだけだろ…」
「お前もよく懲りないよなぁ」
「男が屈したら負けだろ!」
折れない男を演じているようだけど、
おそらく——、今川も鬼沢を狙っている。
鬼沢と話していると視線を感じるし、
何より今川の視線はよく鬼沢に向いている。
自分もこんな感じだったのかと、反面教師にしたくらいだ。
そんな今川の話に、他の男子たちは特に興味を示さず、変わらずこちらへ話を振ってくる。
「もしかして、もう付き合ってるとか?」
「いや、それは、まだ、だけど」
やっぱりそう見えちゃうよねぇ———。
自然と口角が上がる。
「「まだってことはぁ!?」」
「まぁそれは、時間の問題というかぁ?もう僕のモノっていうかぁ!?」
普段自分がこういった会話の中心になることはほとんどない。
周りから囃し立てられて、ついつい気分が上がってしまう。
「「おお!言うねぇ!!」」
「まぁあの鬼沢も僕の手にかかれば?チョチョイのチョイって感じぃ?」
「「「…………」」」
さっきまでの盛り上がりが嘘のように周囲に集まっていた男子達が一斉に固まる———、僕の後ろに視線を集めて———。
「ん?どうした?」
そういってみんなが見つめる方へ振り返ると、そこには怒ったような、悲しむような、そんな苦しい表情をした鬼沢が立っていた。
「お!鬼沢、おは・・・
「勝手に勘違いして、調子に乗らないで?
別にあんたの事なんて何とも思ってなかったんだけど?男ってほんと最っ低…」
そう言って鬼沢は教室の扉を乱暴に開けて出て行った。
廊下の方で鬼沢を心配する女子達の声が聞こえてくる。
「「「………」」」
「えーと…」
「ふ、藤宮!ど、どんまい!」
「ざまぁ」
「まぁ、良いことあるって!」
「ふっ、だろうな」
「いや、まぁ別に僕も全然好きとかじゃなかったし!あんな性格キツいやつ、こっちから願い下げだって!清々するよ――」
僕はまた一つ、後悔を増やした。
取り返しのつかない後悔を。
そして、中学2年生の立秋。
もうすぐ林間学校が始まる――――
お読みいただき、誠にありがとうございました。
残り2話も是非、お読みいただけると幸いです。




