中学1年生編
中学生になって自覚したことがある。
僕、藤宮一成は、世間一般でいう面食いという部類に該当するのだと――
◆
「ちょっと今川くん!ここ掃除できてないんだけど!?」
6限終わりの掃除の時間、
蝉の合唱にも負けない怒号が廊下中に響いた。
「うるせぇな、掃除なんかテキトーでいいだろ」
「ダメに決まってるでしょ!?みんなちゃんとやってるんだから!!」
「まぁまぁ、もう掃除の時間も終わるし、その辺にしておきましょう?」
「先生がそう言うなら…」
声の主は渋々引き下がろうとする姿勢を見せるが、目だけは、相手を力強く睨み続けていた。
それが気に食わなかったのか、
「そんなに言うんなら全部お前がやればいいじゃねーか」
先生のおかげで収集がつきそうだった事態に再び油が注がれる。
「…っ!!ちゃんと担当が割り振られているじゃない!男ならそれくらいキチンとやり切りなさいよ!」
「なんだと!?」
「なによっ!?」
「まぁまぁ2人とも落ち着いて…」
まぁ、よく見る光景だ。
そして怒号の主、鬼沢美姫は―――今日も可愛い。
◆
「今日も元気だな、鬼沢」
「え?」
「一成、見過ぎ」
僕の親友である片岡悠日は、そう告げながら、鬼沢から僕へと目線を移す。
「えーと…」
僕はたまらず目を逸らす。
そんな僕を見た悠日は、はぁと大きなため息をつきながら続ける。
「確かに可愛いもんな、スタイルも良いし…。
けど、あの強気に加えて男嫌いときた。
最初の頃は狙ってるやつも多かったみたいだけど、今はそれこそ一成くらいなんじゃない?」
だいぶ核心を突かれている。もう僕の気持ちもバレバレだろう。だけど僕も意地汚く足掻く。
「な、何の話だよ…」
なんとか誤魔化そうとする僕を見て、
悠日はいやらしくニコッと笑う。そして、
軽く息を吸い込んだ――
「っ、すごいよなー!!!喋ったこともないのに好きなんて!!!!」
「うわーー!!!!」
わざとらしい悠日の大声を、慌てて大声で遮る。そもそも、いつから――
「いつから…気付いてた?」
「え?4月の頭」
「早すぎだろ」
悠日はこういうやつだ。目敏いっていうのか、大人びてるというか、僕が観ている景色とは違うものを観ているような。
だから僕は悠日にババ抜きで勝てたことがない。
「いや、バレバレだって。目線がずっと鬼沢を追ってんだから」
そう言われると思い当たる節しかない。
顔が熱を帯びる――
「もしかして他の人にも、バレてる…かな…?」
「まぁ分かる人は分かっちゃうだろうな」
「はぁ…まじかぁ…絶対釣り合ってないとか思われてるよなぁ…」
否定してほしい期待を込めた弱音を吐き出すが、
「お世辞にも手が届くとは思えないな」
と、ドヤ顔で返される。
くそっ、こいつはほんとそういうやつだ。
僕が求めていることを分かった上で、
それを無視して現実を突きつけてくる。
それが悠日なりの優しさだってことも分かってるんだけど――
「ストレートに言わないでくれよ…!夢くらい見させてくれよ……」
「そもそも一成はさ、鬼沢とどうなりたいの?」
「ど、どうって、そりゃ…」
ホームルームが終わって、廊下を出たら鬼沢が待っていて、遅いって文句言いながら駆け寄ってきて2人で他愛もない話をしながら鬼沢を家まで送って、別れ際にキスして帰ろうとしたら腕引っ張られて今家に誰もいないよって言われたりして、そのまま――
「お前、やってんなぁ」
「ま、まだヤってない!これからだ!」
「そっちのヤってるじゃないから…はぁ、とにかく、恋人になりたいんだろ?」
「あ、ああ!」
そういうことか。
つい具体的な妄想をしてしまっていた…
「で、一回も話した事のない今の状況で、そうなれると思ってんの?」
「それは…」
それは、実は運命の赤い糸で結ばれていて、
運命のイタズラで急に距離が近付いたりなんかしちゃって…
「もしも一成が街に出た途端にスカウトを受けまくるほどのイケメンなら、このまま何もしなくても、向こうから寄ってきてくれる可能性はあるかもしれない。けど実際はどうだ?パッとしないルックスについたままの寝癖、勉強も運動も普通。何か特技があるわけでもない。おまけに臆病で小心者。そもそもクラスだって違うんだから認知されているかどうかも怪しい」
確かに悠日の言う通りだ。だけど、だけど、
優しさかもしれないけど……ストレート過ぎるよぉ…!!
「ゆ、悠日さん…僕のライフポイントはすでに0です。それ以上は…オーバーキルですよ……」
「おっと、ごめん。つい本音が。あ、あと身長差もほとんどないんじゃないか?」
「ぐぅっ!オーバーキル!!!」
◆
「はぁ、はぁ、まだまだ暑いなぁ」
蝉の合唱が収まり始めたある日の放課後、家に帰ったはずの僕は再び教室に向かっていた。
「くそぅ…」
思わず悪態が口から溢れる。
なんで家に着いてから思い出しちゃったんだろう…、せめて明日まで忘れられていたら……。
だけど、1日飯抜きってのも可哀想だもんなぁ…
教室に着き、僕は後方にある水槽へ向かう。
キャップ式の蓋を開け、餌をその中へ放り込と、数十匹のメダカたちが暴れるようにエサに食いついた。
「やっぱお腹空いてたよな、ごめんな」
今日は寝坊したり宿題を忘れたりと散々な1日だったせいで、日課である毎朝のエサやりができていなかったのだ。
「もうちょっとあげたいんだけど、夕方以降はあんまりあげちゃいけないって先生に言われてるから。おかわりは明日の朝な。ばいばい」
認知されているわけもないのにメダカ達に手を振って、僕は廊下へ出た。
「――」
ん?何か聞こえたような。
息を止めて、音を拾うことに集中する。
「――」
隣の教室の方から人が鼻を啜るような音が聞こえた。
全身に鳥肌が立つ。
頭を過ぎるのはお化けや学校の七不思議――
勘弁してくれよ、と内心思いつつも時に好奇心が勝ってしまうのが人間の性というもの。
恐る恐る音の方へと近付き、
隣の教室内の人影を捕えてしまう。
身体が全身の鳥肌をおっ立てて警告を鳴らす。
これ以上は本当に取り返しつかなくなるかもしれない。そして――
ガタッ――
廊下に出ていた机に気付かずに物音を立ててしまった。
ハッとして再び人影に目をやると、僕の目に映ったのは、普段の強気な態度からは想像もできないような弱々しい顔で涙を流している鬼沢だった。
「「………」」
視線が交差し、沈黙が走る。
「――ご、ごめん!!」
そう言って先に動いたのは、
走り去ってしまったのは、僕だった――――
◆
次の日、鬼沢も周囲もいつも通りだったし、
特に何か言われることもなかったし、
結局彼女が泣いていた原因も分からなかった。
「勿体無いな」
その話を聞いた悠日の第一声。
「やっぱりそうだよな…せっかく話しかけられるチャンスだったのに…」
「いや、違う。鬼沢みたいなタイプは声をかけていたとしても、おそらく邪険に扱われて関係が悪化していたまである。だから話しかけなかったのはむしろ正解だ」
自分の咄嗟の行動が意外にも、正しい行動だったと聞いて、胸がすっと軽くなる。だけど、
「じゃあ何が勿体無いんだ?」
「自販機で飲み物でも買って、買い間違えたからやる、とか言って置き去れば完璧だったのになぁ」
「…どこのギャルゲーの主人公だよ」
「気の強いタイプには序盤のうちにそれとない優しさのコマンドを選んでおくと、大抵はグッドエンドルートだ」
「ギャルゲーじゃねーか」
「俺には3次元は高次元過ぎる…」
「おーい、悠日さーん、帰ってこーい」
達観したような目で遠くを見つめる悠日の前で手を振るが、反応がない。
彼の意識はどこか遠くへと飛んでいってしまったようだ。
悠日は、いわゆるゲーマーだ。
そして特に好んでやっているのが選択肢で結末が変わるマルチエンディングという類のもの。
普段から大人びてみえるのも、そもそも3次元に対して淡白だから俯瞰して物事が見えているだけだ、といつしか本人が言っていた。
「まぁ冗談は置いておいて…。泣いてたって話は誰にも言わない方がいいぞ」
「うわっ、急に帰ってくるなよ…え、なんで?」
わざわざ悠日以外に言うつもりもなかったけど、言わない方がいい理由までは思い付かなかった。
「例えば、明日学校に来たら、一成が鬼沢を好きだってことをクラス全員が知ってたってなったら、どう思う?」
クラス全員が知ってたら、か。それは嫌だな。
そして次は、なんでみんな知ってるのか、になる。
「なるほど、つまり、僕と鬼沢しか知らないことをクラスの誰かが知っている時点で、僕が言いふらしましたと言っているようなものだってことか」
「そういうこと。わざわざ人のいない放課後の教室で泣いてたって事は、きっと誰にも見られたくなかったはず。それを言いふらされたら、それこそ良い印象なんてまず持ってもらえないからな」
「わかった、ありがとう」
「……………」
「どうした?」
「話しかけない方が良かったってのは、確かにそうかもしれないけど、ただ、なんで泣いてたのか、それが心配」
「………………………………愛だな」
「うるせぇよ」
考えても仕方がないことだって思ってる、その場から離れたことが最適解であろうことも理解した。
でも、好きな人が泣いていたら、それを慰めるのは自分でありたいと、分不相応にも思ってしまった――
その後、わざと餌やりを忘れて教室に戻ったりもしたけど、もちろん鬼沢がいるはずもなく、餌を喜ぶメダカ達を死んだ魚のような目で眺めていた。
確かに存在したあの一瞬は、まるで夢のように、自分以外の日常には変化を与えず、ただ、後悔のみを残していった。
そんな後悔が消えてくれないまま、
鬼沢とまともに接する機会もないまま、
時は流れ、僕は中学2年生へと進級する。
お読みいただき、誠にありがとうございました。
続きも是非、お読みいただけると幸いです。




