林間学校編 下
不思議と暗闇に対する恐怖心は消えていた。
僕は勢いに任せて一本道を進む。
ずっと森の中にいたせいもあって、
夜目は冴え渡っていた。
時折名前を呼びかける———、そして、
…っ!!見つけた――
大きな木の根本で蹲っている鬼沢をこの目が捉えた。
これは、入口側から見ると大きな木によって、鬼沢の位置は死角になる。それこそ出口側から歩いてこないと見つけられないだろうな。
僕は一つ、深呼吸をする。そして――
「鬼沢?大丈夫?」
「――っ!」
声をかけた途端、
鬼沢の体がびくんと大きく震えた。
「鬼沢、その、もう最後のペアも行っちゃったから、早く出口の方に向かわないと、その、みんな心配するよ———」
「…1人で行けるから———、放っておいて」
その言葉には、少しの涙声と突き刺さるような冷たさが含まれていた。
「置いていけないよ」
「…なに?まだ彼氏面してるの?この前も言ったけど、別にあなたの事なんて何とも思ってないし、良いとも好きだとも思った事ないから」
真っ直ぐな感情が心に突き刺さる。
「あの時はその、ごめん。ずっと憧れだった人と仲良くなれて、それが嬉しくて、調子に乗ってしまった———、本当にごめん」
そういって僕は深々と頭を下げた。
「…別に謝ってほしいとも思ってなかったから———、どっか行って」
もうあの頃の関係性は取り戻せないと、
言外に言われている気がした———
目的は果たせた。
ここまで言われてここにいる理由もない。
「わかっ…た———、それじゃあ…」
そういって踵を返そうとする———だけど、
「嫌だ、やっぱり置いていけない」
「は?」
「一緒に戻ろう」
「はぁ?なんで?要らないって言ってるじゃん!鬱陶しいんだけど!」
さっきまで蹲っていた鬼沢が立ち上がって吠える———、
月明かりが潤んだ瞳をはっきりと照らす。
普通、ここまでボロカスに言われたら、折れて置いていくんだろう。
だけど、その声に、その目に、ずっと涙が伴っている以上、置いていけば、あの時と同じだ。
「僕は1年生のあの時の事を、君に何もできずに逃げ帰った事を、ずっと後悔してる———!
今もそうだ!もし君を置いて帰れば——、
僕はずっと後悔する!だからお願いだ——、
僕が後悔しないために一緒に来てほしい!!」
再び、頭を深々と下げて懇願する。
言ってることはめちゃくちゃだ。自分の口が何を放っているかももはや理解が追いついていない。
これは本当にただの自己中な僕自身の都合だ。
「……」
「…だめか?」
「…………分かった」
「…っ!!ありがとう!」
鬼沢は本当に渋々といった声だったが、先ほどよりも安堵が含まれている気がした———
◆
「じゃあ、行こうか」
僕は早速、出口の方へ向かおうとする。
しかし、足音が付いて来ない。
振り返ると、鬼沢は下を向いたまま立ち竦んでいた。
「え!?」
鬼沢は両手を胸に当てながら、小刻みに震えていた。
「どうした?どこか痛む?寒いとか?」
鬼沢は首を横に振る———
「えっと、やっぱり怖い…とか?」
「………」
「ああ、いや、暗い中、歩くのが苦手とか?」
「………そんなところ」
鬼沢は言葉とは裏腹に、暗闇でも分かるほど、ガクガクと震えている。
だけど、このままでは埒があかない。
「手でも繋ぐか?」
「それはちょっと…」
「…さすがにな。なら服掴んどく?」
「それも、なんかキショい…」
上着のジャージを脱いで、襟元を持つ。
そして、端の方を持つように鬼沢に促す。
「これならどう?」
「なっ…ギリギリ…許せる」
「なら、いこっか」
ようやく2人は歩き始めた。
1つのジャージを引っ張り合いながら――
◆
なんとか動き始めることができたが、次第に暗闇の森の中というフィールドに心を蝕まれていく。
アドレナリンや庇護欲によって抑えられていた恐怖心が再び声を上げ始める。
側に守りたい人がいても、やはり怖いものは怖い。
熱かった胸の高鳴りは、夜の暗さと森の不気味さによって徐々に冷やされていく。
……っ!!
「ひぃっ!!」
「きゃあっ!!」
突如羽ばたいた鳥の音に驚いた俺は思わず情けない声を出してしまう。
「ごめん、びっくりしちゃって…」
ダサ過ぎて恥ずかしい。
穴があったら入りたい…。
「……もしかして、藤宮くんも怖いの苦手?」
さっきから無言だった鬼沢からふと、声がかかる。
も…って、自分も苦手ですって言ってるようなもんだぞ鬼沢。
「いや、全然そんなことないよ??ちょっとびっくりしただけだから…」
「ふ、ふーん…」
何だか残念そうにも聞こえるトーンだった。
「ねぇ、どうして、あの時、私が泣いてた事を誰にも言わなかったの?」
「…悠日には言ったよ。ちなみに口止めしてくれたのも悠日だ。悠日が止めてくれてなかったら、きっと僕は誰かに喋ってたと思う」
一瞬隠そうかとも思った。
でも、それもなんだか後悔する気がした。
「そう…」
「その感じだと、誰にもバレたくなかったんだな」
「まぁそうね、だから暫くは言いふらされないかって怯えていたわ」
「あの鬼沢でもそんなこと思うんだな」
「一応私もあなたと同じ多感なJCなんだけれど?」
「JCて…少なくとも僕には同じ中学生だとは思えなかった。言いたいことを堂々と言って、相手が誰でも自分が正しいと思うことをまっすぐに信じて、誰に対してもその姿勢で接することができる。だから、そんな鬼沢がかっこいいと思ってた。僕にはできないことだから」
「…私、そんなにかっこいい人間じゃない」
「そうなのか?」
「つい口調がキツくなっちゃうし、後になってもっと言い方があったなって小さな後悔が毎日溜まるし、しっかり者ってイメージを崩したくなくて、いつも気を張って、肝試しも苦手だって言えなくて、誰にも弱音を吐けなくて、私はそんな自分が大っ嫌い」
僕が調子に乗ってやらかしてしまう前よりもずっと、鬼沢を身近に感じれたような気がする。
「なんだか安心したよ、鬼沢がちゃんとJCしてて」
「あなた、もしかしてバカにしてる?」
「いやいや、僕にとっては、鬼沢ってずっと雲の上の存在って感じだったから。なんだか今は同じ場所に立ててる気がして、親近感が湧くというか」
「…何だかちょっとムカつくわ」
「まぁまぁ。いいじゃん。お、あれ、出口じゃないか?」
オレンジ色の光――キャンプファイヤーの光が徐々に大きくなる。
林の向こうの人影が見え始めたところで僕は立ち止まった。
このまま2人で一緒に出ていったら、きっと面倒な事になる。
「どうしたの?」
鬼沢が訝しむように尋ねてくる。
「ここからならもう1人で行けるよね?」
「え、うん?これだけ明るければ…」
「なら先に行って。僕は少し時間を置いてから行くから」
「――分かった」
おそらく、僕の考えを察してくれたのだろう。
1人で向かう姿勢を見せてくれる、が、立ち止まって何かを言い淀む。
だから、先手を打った。
「鬼沢が一緒にきてくれたお陰で、僕は今日のことを後悔せずに済みそうだ、本当にありがとう。
難しいことは考えなくていい。どういたしましてとだけ言ってくれればそれでいいから」
鬼沢は何か少し考える素振りを見せたが、少し微笑みながらどういたしましてと一言告げて、出口の方へと歩いていった。
◆
「どうだった?」
キャンプファイヤーを囲む丸太の椅子に座り込むと、隣の悠日が問いかけてくる。
「鬼沢に、ちゃんと謝ることができたよ。背中を押してくれてありがとう」
「それは良かった。ちなみに進展は?」
「進展どころか、ちゃんと失恋したよ」
「その割には、清々しい顔してるように見えるけど」
「思ってる事をちゃんと口に出して言えるってのは、なかなか良いもんだなって思ってさ」
「…………………エロいな」
「どこがだよ??」
そんなこんなで、一生に1度の中学の林間学校と言う一大イベントは幕を閉じていった———
作者の芝生ななです。
最後までお読みいただきまして、
誠にありがとうございました。
去年の夏、「物語を書いてみたい」と思い立ったものの、なかなかアイデアをまとめきれず、挫折しかけていました
そんな時、「初心者はとにかく短編でもいいから完結させるべし」という言葉を目にしたので、「書き切ること」を目標にこの作品を執筆しました。
この物語のテーマは「後悔」と「勇気」です。
私は、後悔には「時間が解決してくれるもの」と、「何年経っても心に残り続けるもの」があると思っています。
あの時、勇気を出せなかった。選べたのに選ばなかった。そんな後悔は、今でも胸のどこかに残っています。
この作品には、そんな思いを込めました。
感想や評価、「ここが良かった」「ここは気になった」といったご意見をいただけると、今後の参考になります。
これからも少しずつ作品を投稿していきたいと思っていますので、また読んでいただけたら嬉しいです。
最後までありがとうございました。




