11.黒の噂
いつものベッドの上で目覚める。
窓からは朝日が差し込んでいる、どうやら昨夜は何事もなかったようだ。
いつものように階段を降り、ジャスミンが用意してくれたご飯を食べる。
椅子に座っているのは僕と彼女、うちのマスター、そして若干眠そうにしているブレイズだ。
今ここにいる4人で、ライズウィンドのメンバーは勢揃いである。
……そう、今うちのメンバーはたった4人しかいない。
この宿舎を広く感じる裏には、そういった事情もある。
昔はもう少し人がいたような気もするが、見送った背中の数も多かった。
別のギルドに転属したり、そもそも全く違う働き方をしたり……と、別の道を歩む選択をした彼らは今頃元気にやっているだろうか。
「そうだレンチェル、バルドルを覚えているか」
マスターが話しかけてくる。
バルドル……昔うちのメンバーだった一人だ。
僕やジャスミンと同じで、ワイバーンに故郷を追いやられた。
彼はワイバーンへの怨嗟が僕らよりも強く、野心と才能もあったようですぐに公式ギルドへ引き抜かれていった。
「もちろん覚えています。あいつがどうかしたんですか」
「きのう、ブラックパージの副長になったとの知らせが来たんだ」
「えぇ!?」
思わず声が跳ねる。
ブラックパージは公式ギルドのひとつで、戦闘に長けている者たちが集まっている。
所属することすら一苦労する公式ギルドで、上から二番目の立場になってしまうとは流石に驚きを隠せなかった。
「うちを去ってからそんなに経ってませんよね。なのに副長って……すごいな」
「まったくだ、ここにいた時から優秀だったが向こうで更に腕を磨いたらしい。この前はサラマンダーを単騎で倒したらしいぞ」
「いやーやっぱすげえなあいつは! この調子ならギルド長になるのもそう遠くはなさそうだな」
みんなを見ると、それぞれ違った表情をしている。
マスターは満足げな表情で腕を組んでいる。
ブレイズは、俺は分かってたぜと言いたいのか自慢げに頷いている。
「バルドル、無茶しないかな」
それまで黙っていたジャスミンが声を出す。
彼女は膝に手をのせて、不安そうな顔をしていた。
「前言ってたの、ワイバーンを滅ぼすって。でもギルドとしてそんなことするはずはないでしょ? だから一人で動いて何かあったら……」
「大丈夫だよ、あいつはそんなバカじゃない。きっとうまくやるさ」
僕がそう言ってなだめると、隣に座っている彼女は僕の腕をつかんでうつむいた。
「まあそんな不安になるなって。なんてったって副長様だぜ、賢く動くだろうよ」
ブレイズも明るい声で元気づけようとする。
ただ、彼女の空気は明るくならなかった。
「まあまあ、我々はいつも通り頑張ればいいのさ。ごちそうさま」
「その通り! ジャスミン、いつもありがとな」
マスターがそう言って席を立つと、ブレイズもその流れに続いた。
テーブルに座っているのは、僕とジャスミンだけ。
「あいつに会うことがあったら、ジャスミンが不安がってるって伝えておくよ」
「ありがとう、でも今バルドルには会わない方がいいかも」
「どうして?」
「分からない……でもそんな予感がするの」
不思議なことを言うジャスミン。
彼女の予感は当たる、という説は正直僕の中には存在しない。
「レンチェルも気を付けてね、誰にも傷ついてほしくないけど、あなたには……」
ジャスミンは言葉を続けそうになったが、そこで止まってしまった。
彼女は平和主義で、いつもみんなの無事を願っている。
多分、そういう平和的なニュアンスの言葉が続く予定だったのだろう。
「分かってる、今日はちゃんと無事に戻ってくるよ」
「うん、約束ね」
僕もテーブルから立つ。
階段まで歩いたところで、マスターと立ち話をしていたブレイズがこっちにやってきた。
「レンチェル、昨日の適性検査の話を通してみた。今からやるぞ」
「早いな……分かった、やろう」
あまりの瞬発力に少し戸惑うが、元からやろうと決めていたことなのでこちらも乗っかる。
ブレイズは壁沿いの棚まで歩き、引き出しを開けた。
中には最近使っているのか使っていないのか分からないものがいくつか入っていた。
グリフォンの羽ペン、年季の入ったコンパス、縮尺の小さい大雑把な地図……をどかすと、その下にはページ数の少なそうな本が一冊横たわっていた。
「あーこれだこれ」
ブレイズはその本を引っ張りだすと、手でほこりを払い僕に渡してきた。
本を開いて気が付いたが、見開きで1ページしかない。
左のページにはそれぞれ違った色をしている小さな円が並んでいて、右には大きな丸いくぼみがひとつだけ存在していた。
この並びを見て、僕はこの本の使い方をようやく思い出した。
「右のページに手を当てるだけで、魔法の適性が分かる優れもんだ。早速やってみようぜ」
「とはいっても数回しか使えない消耗品だ、結構高いから慎重に使うんだぞ」
後ろからマスターが話しかけてきた。
小さいギルドである以上、こういう事情からは中々目を背けにくい。
「でも、いい機会だ。ブレイズ、君もやっていいぞ」
「いいんですか? よっしゃ、じゃあ俺からやってみるか」
テーブルに本を開いたまま置くと、ブレイズが右のページに手を当てた。
すると、左のページの赤い円だけが強く光る。
適性がある魔法に対応した円が光る仕組みになっているので、彼は一つの魔法にしか適性が無いということになる。
確かこの円は、炎の魔法に対応するものだったはずだ。
「やっぱりこうなるか……まあいいや、もとからこれ一本でやっていくって決めてるしな」
適正の強弱も人によって差があり、それは円の光り方で判断することができる。
この光り方は、相当な適正の高さを示している。
つまり彼は炎魔法以外はからっきしだが、その炎に限って言えばとてつもない力を発揮することができるということだ。
「じゃあ次はレンチェルだな、光が消えてから手を当ててくれよ」
「分かった」
期待と不安を感じながら、僕は本の前に立った。




