10.明日への兆し
夜も更け、多くの人は明日を見据えて床に就く時間になった。
僕も寝巻になっており、洗面所からこの廊下を歩いて自分の部屋に戻れば、あとは布団の中に入るだけだ。
窓から外を見ると、綺麗な月が大地を照らしていた。
建物をはじめとする人工物と、自然の恵みの具現化ともいえる森が、その光を分け合っている。
地平線の近くをじっくり見ると、海の水面がきらきらと照り返している。
この窓とは反対側にある道のずっと先では、ブルーハウンドのメンバーがこの町のために夜を徹して警備に就いてくれているのだろう。
必要であれば、この宿舎に危険を伝えてくれるらしい。
もちろんその時が来ないことが一番だが、今日いきなりそれが来る可能性もある。
そうなれば僕らが出なければならないので、布団の横には装備を並べることにした。
これから、危険な目に会うことも増えるはず。
……だというのに、僕の根っこは臆病なままだ。
いざというときに体が動かないままでは、町どころか誰も守ることはできない。
今日はワイバーンに助けを求めてなんとかなったが、そうしてばかりでは僕は半人前のまま成長できないだろう。
「ようレンチェル、浮かない顔してんな」
通りかかったブレイズに話しかけられた。
窓に反射している彼の表情は、いつものように明るい。
一方で、僕は複雑な心境をそのまま転写していた。
「ブレイズ、僕は……弱いままだ」
「何言ってんだよ、今日だってお前がいなきゃあの二人は助けられなかっただろ」
「あれはワイバーンのおかげだ、僕は……あのサイクロプスに怯えて何も出来なかった」
ブレイズの方を向かず、窓の方を向いたまま話す。
不思議なことに、胸中の言葉がするすると出てくる。
水でいっぱいの樽に小さな穴をあけて、横倒しにしたような感覚だ。
「でもな、そのワイバーンを連れてきたのはお前だ。あの二人を助けるために必要なのはワイバーンの力だけじゃない、お前がワイバーンを連れてくることもまた大事なことだったんだ」
確かにそうだけど、と心の中で返事をする。
彼は一瞬待ってから言葉を続けた。
「それによ、あんだけ嫌いだったワイバーンと手を組んで人を助けたんだ。それだって成長してる証拠と考えていいんじゃねえかな」
その言葉を聞いてハッとする。
以前の僕だったら、あの時どうしてただろうか。
助けを求められた時に一人で逃げ出したかもしれないし、ワイバーンを嫌って一人で向かったかもしれない。
逃げ出せば自分しか助からないし、向かえば結局みんなで死ぬ。
どちらにせよ、二人は助けられなかっただろう。
だが今日は違った。
気の迷いだったとしても、ワイバーンの力を借りて二人を助け出した。
この結果は、今日の自分でなければ作れなかったかもしれない。
だが、内心ではワイバーンの力を借りることに100パーセント乗り気というわけでもない。
本当は自分ひとりで、あのような強大な相手も倒せるようになりたいと思っている。
「ブレイズ、人はすぐに成長できないなんてこと分かってるけど、それでも僕は強くなりたい。ミノタウロスとかサイクロプスとか、そういう種族とも戦えるようになりたいんだ」
「それはつまり……」
ブレイズはいきなり歩き出して窓を開けると、その手を空にかざす。
僕が彼の方を向くと、その手から炎が噴き出し天にのぼっていった。
「こういうことか?」
「……ああ、そうだ」
そう答えるとブレイズは少し考えた後、窓を勢いよく閉めこう言った。
「とりあえず、明日魔法の適正をチェックしてみようぜ、実は使えたのに使ってなかった魔法があるかもしれないからな」
魔法は、適正があるものでないと使用することができない。
ギルドのメンバーはその適正を検査するツールを使って、どの魔法が使えるか調べることができる。
以前適正が無かった魔法に対して新たに適正が乗る事例もあるため、それに賭けてみようというのが彼の主張だった。
僕は前回いつ検査したか思い出そうとしたが、分からない。
それだけ昔のことだというわけだ。
「確かに……新しい魔法が使えるようになってるかもしれない。やってみるか」
「よっしゃ、じゃあ今日はさっさと寝て明日に備えようぜ」
「ああ、そうだな。ありがとう」
「気にすんな、お前がもっと強くなったらみんな喜ぶだろうよ」
じゃ、と言ってブレイズは自室に入っていった。
僕はそれを見届けると、窓を開けて手を伸ばす。
当然、ただ月と手のひらがにらめっこするだけで何も起こらない。
だけど、いつか何かを変えられる日が来ることを、遠くで瞬く星に願った。




